学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら
58 志々伎梅雨
「で、どこ行くんだこれ?スーパー?」
「買い出しの荷物持ちじゃないよ?!」
夏休みももう終わりが近いのに、まだまだ暴れ足りないらしい太陽に灼かれる。
でも、大好きな人の横にいれば乙女の天敵である日差しも気にならない。
浮かれてる自覚はある。きっと顔はだらしなく緩んでると思う。
みっともないし我慢しようとは思ったけど、アキくんに会いに走ってる途中で諦めた。
だって嬉しくて仕方ないんだもん。
あのアキくんがやっと、前を向いたんだから。
「えへへ、どこ行こっかっ?」
「決めてねぇの?!じゃあこれただの蒸し焼き散歩だろ!」
なぁんて言ってるけど、知ってるよ?
愕然として嫌そうに叫ぶアキくんは、しかし踵を返す事はしない。
わたしの歩く速度に合わせた歩調も変わる事はない。
さりげなく車道側を歩き、溜息混じりに目についた自販機でスポーツドリンクとオレンジジュースを買い、オレンジジュースを「ほれ」と気怠げに手渡してくる。
「わぁ、ありがとっ!」
「倒れられたら春人にしばかれるからな。背に腹は変えられんし、しゃーなしな」
またそんな事言ってぇ。知ってるよ?
アキくんの言動からは分かりにくいけど、ホントはとっても優しい事。
突然連れ出されて行く宛なく歩いても怒ったりしない事。
1人だと歩くの速いのに、誰かと一緒だと合わせてくれる事。
実は紳士的で、理屈っぽい理由をつけるのは相手に負担に思わせないようにしてる事。
全部ぜーんぶ、ずっと見てきたもん。
「じゃあ仕方ないね〜。しゃーなし奢られてあげるっ」
「なんでお前が偉そうなの?お兄ちゃんびっくりなんだけど」
そして、わたしを妹のように大事にしてくれる事も。
アキくんは、家族を求めてお父さんと戦い、そして家族を壊してしまった。
これは直接教えてもらったわけじゃない。
多分知ってるのはアキくん一家とお兄ちゃんと夏希姉だけ。
でも、ずっと見てきたんだもん。さすがに今となっては分かる。
そんなアキくんは同時に学校でも悪意に晒された。
もしかしたらその人達からしたら悪意ですらない悪戯程度の軽い気持ちだったのかも知れない。
当時人気者だったアキくんをからかう程度だったのかも知らない。
でもきっかけはどうであれ、その小さな波紋は瞬く間に悪意を孕んで渦になった。
そしてそれは心が壊れかけていたアキくんに容赦なく突き刺さる。
「あ、じゃあさっ、お昼はわたしが奢るよ〜」
「え、何、やめて?天変地異で死にたくない」
「そこまで珍しいかなっ?!……あれ、確かに奢られるか割り勘ばっか?」
それをギリギリで食い止めたのが、お兄ちゃんと夏希姉。
あの時から3人は特別な幼馴染同士になったんだと思う。
当時はまだ学校でたまに話したり遊ぶ程度だったわたしが、アキくんや夏希姉といっぱい遊ぶようになったのもその頃。
お兄ちゃんは好きだったし、そのお兄ちゃんと一緒になって遊んでくれるようになった2人は、まるで兄姉が増えたみたいで嬉しかった。
けど、3人のそれはどこか脆いものでもあって。
アキくんの、心の奥で血を流す傷をただ蓋で無理やり塞いだだけのような危うさ。
その傷に触れて余計に広がらないように、どこか言葉を選ぶような空虚さ。
その空虚さに、ふとした拍子に崩れそうな危うさを幼いながら感じていた。
「じゃあ今日こそは奢るもん!雷津波竜巻地割れかかって来ぉい!」
「かかってこさせんな。やめて?そんなこの世の終わりみたいな昼食ある?」
それを少しでも埋めたくて、わたしは3人にしつこく絡むようになった。
ふとした時に陰のある表情を見せるアキくんに笑って欲しくて、常に笑顔で接した。
たまに心配そうな顔で踏み込めなくなる夏希姉に代わって、思い切り抱きついた。
かける言葉が見つからなくなるお兄ちゃんの代わりに、甘えるようにワガママを言った。
きっとその場しのぎの、時間稼ぎにしかならなかった。
それでも、その時間稼ぎを無駄にするお兄ちゃんと夏希姉じゃない。
お兄ちゃんは肩を並べる道を選んだ。
夏希姉は愚直なまでに寄り添う道を選んだ。
あたしは、ただそのまま妹として在り続けるしか出来なかった。
胸の奥に生まれた気持ちを笑顔とワガママで覆い隠して、時折暴れそうになる感情を無我夢中に抑えつけて。
「じゃあれっつごー!あ、その後はボルダリングしよっ!やった事ないんだよね〜」
「お、予定決まったのか。てゆーか俺の意見聞かれてないんだよなぁ」
「いーじゃんっ!その後はバッティングセンター行って〜、最後はアキくんちでおしゃべりするっ!」
高校生になっても、自分に痛みを与えるようにしながらアキくんは人を助けていた。
変わらぬ優しさ。でもそれはどこか寂しくて。
そんなアキくんが、最近になって大きく変わり始めた。
きっかけは、冬華さん。
アキくんのペースをことごとく乱し、遠ざけようとするアキくんに構わずスルリと距離を縮め、わたし達が腫れ物を避けるようにしていた傷に踏み込もうとした。
驚いた。 可憐な見た目に反した、その強引にも似たマイペースさに。
そしてマイペースなんて言葉に収まらないくらいの、溢れんばかりの意思と優しさに。
そんな彼女に、お兄ちゃんも夏希姉も期待を寄せた。
きっと賭けだったんだと思う。でも、その賭けは驚く程上手くいった。
少しずつ変わるアキくんを見逃さず、2人も踏み込んだ。そして2人に続くように、アキくんの家族も。
そしてついに、アキくんは傷に向き合い、その上で前を向いた。
すごいなぁ、冬華さん。
頑張ったね、夏希姉。
良かったね、お兄ちゃん。
「はいはい。んじゃ行くか」
「うんっ!アキくんがあっと驚くデートにしたげるねっ」
「はいはい、ありがとさん」
わたしは、役に立てたか分かんないけど。
でももう、いいかなぁ?
隠してた気持ち、もう我慢しなくても、いいかなぁ?
「ぅおっと!……お前な、高校生にもなって抱きつくのやめろよ?あと夏はマジでやめて?」
「逆だよアキくん!もう出来なくなるから今のうちに抱きつくんだよ?分かんないかな〜?まぁアキくんだし仕方ないかっ」
「なんで呆れられた?これ怒ってもいいよね?春人も許してくれるよね?」
もう、いいじゃん。許してよね、アキくん。
きっと明日からは、気軽に抱きつけなくなるんだからさ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ふぃ〜、暑かったぁ」
「いや本当にな。なんでこの暑い中運動ばっかなんだよ」
お昼ごはんはカレー屋さんに行って、「まだ甘口しか食べれないのか」とニヤニヤするアキくんに揶揄われた。仕返しにアキくんのハンバーグを少し奪ってやった。
ボルダリングではインストラクターさんがビックリするくらいアキくんが身体能力を見せつけた。わたしも食い下がったけど勝てなかったよ。
でも「よくそこまでついてきたな、俺もキツかったコースなのに」とは言わせてやった。
バッティングセンターでは最初はわたしの独壇場だった。 けど、わたしなりのコツを教えてみたらどんどんボールに当たるようになり、最後はホームランマークに当たって2人で「よっしゃー」って叫びながらハイタッチした。
そしてアキくんちに帰り着いたのが今。
着いてすぐにわたしにタオルとオレンジジュースをアキくんが用意してくれて、2人でソファに並んで座ってる。
「ごめんってば〜。ちょっと体動かしたい気分だったんだもん」
タオルで汗を拭きながら唇を尖らせてみる。
「はいはい」と呟きながら滲む汗ごとタオルで髪をかきあげるアキくん。
その横顔には色気があって、尖らせた唇を解いてつい口が呆けたように開いてしまう。
やっぱカッコいいなぁ。
うぅ、やばい。なんか緊張してきちゃったよ。 でも、もう我慢はしたくないもん。
「だからってあんなガチで暴れ回らなくてもな。ハイスペック見せつけられた気分だわ」
「それアキくんが言う?ボルダリングとか片手だけでぶら下がってたじゃん」
だから、今日。 わたしは妹を脱却する。
そして1人の女の子として、アキくんに見てもらいたい。
ただでさえ出遅れてるんだ。
冬華さんは怒涛の快進撃を見せてるし、最近では根津さんや静まで加わってる。おまけに超美人教師の高山先生までなんだか怪しい雰囲気だし。
てゆーか改めて考えたら、ものの見事に綺麗で可愛い人ばっかりじゃん!
そんな彼女達が頑張る姿を見て、歯を食いしばって言葉を呑み込んだのは両手じゃ足りない。
わたしだって。わたしも。そう叫びたい気持ちを、泣きそうになりながら抑え込み続けた。
でも、決めてたから。
アキくんの心が癒えて、3人の絆から危うさがなくなるまでは。
わたしは妹として出来ることをしようって。
「………ところでさ、アキくん」
「んん?」
でもいざ進もうと思うと……怖い。
ずっと絶やさなかった、というか勝手に浮かんでくる笑顔も歪む。声が震えて、視線が落ちる。
冬華さんは、この恐怖を前にしてずっと突き進み続けてきたのだろうか。改めてその凄さを思い知る。
「……どうした?また春人に勝負でもしかけたくなった?」
あぁ。そんな事もあったね。
大好きなお兄ちゃんだったけど、だんだんと比べられるようになって。何一つ勝てないお兄ちゃんに嫉妬するようになったんだ。
次第にそれは大きくなって、ついにはアキくんや夏希姉達と遊んでる時ですらわたしだけ劣ってるんだと、3人に見せつけられてるような気さえしてきて。
『梅雨、お前隠し事ヘッタクソだなぁ。何勝手に拗ねてんだよ』
いつしかアキくんすら睨むようになったわたしに、しかしアキくんは怒るでもなくそう呆れたように笑いかけてくれた。
『でもそれ勘違いな?考えてもみろ。春人のやつは何故か俺をライバル視してるだろ?』
『……うん。なに、自慢?』
『違うっての。てかそんな事出来るかよ、自分のライバルに向かってさぁ』
『……どーゆーこと?』
『最近梅雨にゲーム負けこしてるだろ?俺のライバルは梅雨なんだよ。次こそ勝つ』
『……無理でしょ。アキくん弱いもん』
『てめ、言ったな?……まぁとにかくだ。春人だけ見りゃ手強いライバルかも知れないけど、春人は俺を、俺は梅雨を手強いライバルだと思ってる』
だから、三角関係だな。
なんておどけるように笑うアキくんに、不覚にも反抗期だったであろうわたしはつられて笑った。
「……違うよ。でもそれ、懐かしいね」
おまけに「一回くらい勝っとくか?」なんて引っ張って行かれて、相撲勝負なんてさせられたね。
お兄ちゃんとの直接対決ではなくて、紅葉姉にそれぞれ挑んで、白星が多い方が勝ちなんてルールの間接的な対決。
真っ赤な顔で紅葉姉に踏み込めないお兄ちゃんはあっさり負けて。わたしはアキくんに「勝ちたいのお姉ちゃん、お願い?」と組み合ってる時に言わされ、紅葉姉が鼻を抑えて倒れて勝利したりして。
(今思えばホント子供騙しみたいな、なんか斜め上な暴論とやり方だったけど)
すっごく、嬉しかった。
もやもやしてた嫉妬が、呆気ないくらいさっぱり消え去った。
そして代わりとばかりに、この気持ちが生まれたんだ。
「そうだな。梅雨にも反抗期なんて時期があったよなぁ。実はあん時、春人のやつずっと俺らに相談してきてたんだぞ?」
「……それ、言って良かったの?」
「まぁ時効だろ。でも内緒な?」
そう言って笑うアキくんは、優しい目をしてて。
さっきから妹のわたしの様子がおかしいからとおどけてくれてるのが分かって、つい嬉しくなる。
あぁ、夏希姉はこれを守りたかったんだね。
夏希姉が『恋愛感情が搭載された』なんて言った時、「付き合わなかったんだ」とすぐに気付いた。
ごく最近、3人の中にあった僅かな危うさは消えた。きっと、あの時ついにお兄ちゃんと夏希姉がアキくんに踏み込んだんだ。
そして、乗り越えた。きっともう、誰であろうと3人の絆は傷つける事すら出来ない。
そう、当人達以外は。
だから夏希姉は、あの強固で何者にも侵されない3人の絆を護る道を選んだんだ。
(じゃあ、やっぱり…わたしもそれでいいかな……?)
妹としてなら、ずっとこの距離のままいれる。
3人には及ばずとも、その次くらいには近いという自覚も自負もある。
甘えて、甘やかされて。
抱きついて、仕方なさそうに微笑まれて。
好きって言って、優しく頭を撫でられて。
そんな関係でも、よくない?
そうでしょ?十分幸せじゃんか。 それでさ。ずっとこのまま近くで、この気持ちを抑えて、冬華さん達の頑張る姿を我慢してーー
「アキくん、好き。好きなの。大好き、なの」
そんなの、やっぱり嫌だ。
目を丸くして動きを止めるアキくんに、でも一度決壊した気持ちはもう抑えようもない程に溢れてくる。
「ずっと、ずっとずっと好きだったの。誰よりも優しくて、困ってる人をなんだかんだ言いながら必ず助けてちゃって。自分の痛みよりも人の痛みばっかり見ちゃうけど、そんな強さと優しさを持ったアキくんが、誰よりも好きなの」
声は、不思議と穏やかだった。
いつか伝える時は、きっと気持ちのまま泣いたり大声になると思ってたのに。
「自分より周りを優先してボロボロになっちゃうアキくんを支えたいの。時折見せる寂しい顔をもうしなくていいように笑顔にしたいの。いつももらってばっかりだったわたしを……わた、しを、全部、あげる…から、だからっ……」
あぁ、アキくんの顔がぼやける。
やっぱり、泣いちゃったかぁ。
「アキくんの気持ちを……愛を、わたしに、ください」
わたしの告白に、アキくんがどんな顔するか、見たかったのになぁ。
ぼやけてよく見えないよ。
「アキくん……大好き」
嗚咽が止まらない。おさまってよ、アキくんが心配しちゃうじゃん。
せめて涙を拭おうと手を持ち上げようとして。
「アキ、くん?」
「……お前、泣いたらゴシゴシこする癖あるだろ?」
わたしの手は止められ、代わりにティッシュで優しく目元を撫でられた。
そして鮮明になった視界には、
「………!」
「あ、あんま見んな!」
真っ赤になったアキくんの顔があった。
あぁもう。こんな時だというのに、アキくんが可愛く見えて仕方ない。
いつも飄々としてる彼が、こんな顔をするのは初めて見た。 その事実が、どうしようもなく心を揺さぶり、この上なくわたしを昂揚させる。
「えへへ………ねぇアキくん、あっと驚くデートになった?」
これなら宣言通りだと胸をはれる。
始めにはいはいと流された言葉を、改めてアキくんに突きつけてやった。
「……あぁ、参りました。これ以上ないくらい驚かされたわ」
さすが俺のライバルだな、なんて小さく呟く彼に、思わず抱きつく。
えへへ、妹を辞めたらもう出来ないと思ってたけど、今くらい良いよね?
「……今日も、ありがとな。昼飯に俺の好きなハンバーグカレー奢ってくれて、缶詰状態の俺の気晴らしに運動させてくれて、最後はゆっくり休ませようとしてくれたんだろ?」
……むぅ、さすがアキくん。 バレバレだったかぁ。なんか格好つかないじゃんか。
「お前、なんだかんだ分かり辛いよな」
「でも昔っからアキくんには隠し事出来ないなぁ……」
「そりゃな。どんだけ長い付き合いだと思ってんだ」
わたしの自慢だったりするアキくんを見抜ける事。 それはアキくんからしてもそうだったみたい。うーん、ちょっと恥ずかしいかも。
「それはわたしのセリフでもあるんだよ?」
「知ってるよ」
「……ま、お兄ちゃんや夏希姉には勝てないかもだけどさ」
本当に仲が良い3人。年下ながら微笑しい3人。大好きな、3人。
けど。たまに羨ましく思う事は、やっぱりある。
「何言ってんだか」
でもやっぱり、アキくんはアキくんだった。
「前も言ったけど俺ら4人組は色々お互い様で、じゃんけんみたいに勝ち負けもそれぞれだろ。勝ち負けなんて一概にはないっての」
「…………え?」
え、え、え?今、なんて?
「あれ、忘れた?前は春人と俺と梅雨の三角関係とか言ったけど……まさか夏希だけハブってワケじゃないだろ?」
「いや、ちがくてっ、むしろ、逆、あたし」
驚きすぎて、言葉が喉に詰まる。
言葉と気持ちを整理したいけど、なかなか頭が落ち着いてくれない。
「あぁ……まぁた勝手に拗ねてんのか?これもあの時言ったけど、勘違いな、それ」
それなのにアキくんは文章にもなってない、辿々しい言葉をあっさり理解してくれた。
そしていつか見たそれと同じ、呆れたような笑顔を見せる。
「俺ら3人をずっと支えてくれた梅雨を脇に置いて、3人と1人なんて言うワケないだろ。春人はもちろん、夏希も俺も梅雨のことが大切なんだからな?」
「ーー!」
彼らしからぬ、遠回りでも濁すでもない、ストレートな言葉。
そのギャップのせいか、それとも偽りを疑わせない真っ直ぐな目をしていたからか、その言葉は否定のしようもなく心に染み渡る。
「………わたしも、アキくん達の輪に入れてたんだ…」
「今更すぎるくらい、とっくにな」
あぁ、ほんっとずるい。 告白の返事をもらう前から、こんなにも嬉しい気持ちにさせるなんて。
こんなの、満足しちゃうじゃん。満ち足りて、溢れる気持ちに笑顔が止まらなくなっちゃうじゃん。
「……で、返事なんだけどな。あー、その」
「ううん、返事はいらない」
「……梅雨?」
だからってワケじゃないんだけどね?もともともらうつもりはなかったし。 まさかここまで嬉しく、晴れやかな気持ちで待てるとは思ってもなかったけどさ。
そんなさりげないのに心の奥底まで届く優しさが、大好きなんだよ。
そんな思いを隠すように、わたしは意地悪く笑ってみせる。
「だってアキくんさ〜、最近搭載されたばっかのお子ちゃま恋愛機能しかないじゃん?」
「と、搭載?!お子ちゃまっ?!」
えへへ、混乱してるなぁ。かわいいんだからもうっ!
「そんなアキくんに、ずぅっっっと温めておっきくなったわたしの気持ちなんて受け止めきれっこないもんね〜?知ってる知ってる。わたし、ちゃあんと分かってるからっ!」
「……なんだろう、その通りだって気持ちと腹立つ気持ちがでかすぎて頭おかしくなりそう」
「あはははっ!顔赤いよ?アキくんかーわい〜っ」
「だぁあ頭撫でんな!」
少し固い髪を撫でまわし、近くなった距離のまま顔を覗き込む。
「えへへ……だからね、返事はまたね?アキくんの気持ちが、ちゃーんと分かってからでいいから」
「っ……はぁ。相変わらず、敵わないというかなんというか。最近やられっぱなしだわ」
「あはは、夏希姉にもやられたんだ?てゆーか、どーせ夏希姉もおんなじだよ?夏希姉のことだし、幼馴染のままでいいとか言ったんでしょ?」
「………さすが」
夏希姉の言葉は嘘じゃない。けど、それが全部でもないんだよ?
「きっとそのうち参戦してくるよ、夏希姉も」
「……マジかぁ。いやなんか言う権利もないし俺も多分嬉しいんだろうけど、少なくともまだ今はそれ気付きたくなかったかも………てか梅雨、待つとか言う割に容赦ないよな」
夏希姉がアキくんの為にあえて伏せた事を言うのだから、アキくんの恨みがましい目も仕方ない。
けどね?昔からそうだったでしょ? 夏希姉が踏み込めない時は、わたしの出番だもん。
「えへへ、わたしワガママだもん。知らなかったの?」
「……はぁ、知ってた」
こうやって3人と1人は、4人になってきたんでしょ? こんなわたしを、認めてくれたんでしょ?
だったらこれからも、わたしはわたしのままここにいるの。
だから、
「えへへ、アキくん大好きっ」
「っと、だからお前、抱きつくのはな……」
「知らな〜いっ!ぎゅーっ!」
これからもずっと、抱きついちゃうし、あなたの事を大好きでいるの。
逃してあげないんだからねっ!
「買い出しの荷物持ちじゃないよ?!」
夏休みももう終わりが近いのに、まだまだ暴れ足りないらしい太陽に灼かれる。
でも、大好きな人の横にいれば乙女の天敵である日差しも気にならない。
浮かれてる自覚はある。きっと顔はだらしなく緩んでると思う。
みっともないし我慢しようとは思ったけど、アキくんに会いに走ってる途中で諦めた。
だって嬉しくて仕方ないんだもん。
あのアキくんがやっと、前を向いたんだから。
「えへへ、どこ行こっかっ?」
「決めてねぇの?!じゃあこれただの蒸し焼き散歩だろ!」
なぁんて言ってるけど、知ってるよ?
愕然として嫌そうに叫ぶアキくんは、しかし踵を返す事はしない。
わたしの歩く速度に合わせた歩調も変わる事はない。
さりげなく車道側を歩き、溜息混じりに目についた自販機でスポーツドリンクとオレンジジュースを買い、オレンジジュースを「ほれ」と気怠げに手渡してくる。
「わぁ、ありがとっ!」
「倒れられたら春人にしばかれるからな。背に腹は変えられんし、しゃーなしな」
またそんな事言ってぇ。知ってるよ?
アキくんの言動からは分かりにくいけど、ホントはとっても優しい事。
突然連れ出されて行く宛なく歩いても怒ったりしない事。
1人だと歩くの速いのに、誰かと一緒だと合わせてくれる事。
実は紳士的で、理屈っぽい理由をつけるのは相手に負担に思わせないようにしてる事。
全部ぜーんぶ、ずっと見てきたもん。
「じゃあ仕方ないね〜。しゃーなし奢られてあげるっ」
「なんでお前が偉そうなの?お兄ちゃんびっくりなんだけど」
そして、わたしを妹のように大事にしてくれる事も。
アキくんは、家族を求めてお父さんと戦い、そして家族を壊してしまった。
これは直接教えてもらったわけじゃない。
多分知ってるのはアキくん一家とお兄ちゃんと夏希姉だけ。
でも、ずっと見てきたんだもん。さすがに今となっては分かる。
そんなアキくんは同時に学校でも悪意に晒された。
もしかしたらその人達からしたら悪意ですらない悪戯程度の軽い気持ちだったのかも知れない。
当時人気者だったアキくんをからかう程度だったのかも知らない。
でもきっかけはどうであれ、その小さな波紋は瞬く間に悪意を孕んで渦になった。
そしてそれは心が壊れかけていたアキくんに容赦なく突き刺さる。
「あ、じゃあさっ、お昼はわたしが奢るよ〜」
「え、何、やめて?天変地異で死にたくない」
「そこまで珍しいかなっ?!……あれ、確かに奢られるか割り勘ばっか?」
それをギリギリで食い止めたのが、お兄ちゃんと夏希姉。
あの時から3人は特別な幼馴染同士になったんだと思う。
当時はまだ学校でたまに話したり遊ぶ程度だったわたしが、アキくんや夏希姉といっぱい遊ぶようになったのもその頃。
お兄ちゃんは好きだったし、そのお兄ちゃんと一緒になって遊んでくれるようになった2人は、まるで兄姉が増えたみたいで嬉しかった。
けど、3人のそれはどこか脆いものでもあって。
アキくんの、心の奥で血を流す傷をただ蓋で無理やり塞いだだけのような危うさ。
その傷に触れて余計に広がらないように、どこか言葉を選ぶような空虚さ。
その空虚さに、ふとした拍子に崩れそうな危うさを幼いながら感じていた。
「じゃあ今日こそは奢るもん!雷津波竜巻地割れかかって来ぉい!」
「かかってこさせんな。やめて?そんなこの世の終わりみたいな昼食ある?」
それを少しでも埋めたくて、わたしは3人にしつこく絡むようになった。
ふとした時に陰のある表情を見せるアキくんに笑って欲しくて、常に笑顔で接した。
たまに心配そうな顔で踏み込めなくなる夏希姉に代わって、思い切り抱きついた。
かける言葉が見つからなくなるお兄ちゃんの代わりに、甘えるようにワガママを言った。
きっとその場しのぎの、時間稼ぎにしかならなかった。
それでも、その時間稼ぎを無駄にするお兄ちゃんと夏希姉じゃない。
お兄ちゃんは肩を並べる道を選んだ。
夏希姉は愚直なまでに寄り添う道を選んだ。
あたしは、ただそのまま妹として在り続けるしか出来なかった。
胸の奥に生まれた気持ちを笑顔とワガママで覆い隠して、時折暴れそうになる感情を無我夢中に抑えつけて。
「じゃあれっつごー!あ、その後はボルダリングしよっ!やった事ないんだよね〜」
「お、予定決まったのか。てゆーか俺の意見聞かれてないんだよなぁ」
「いーじゃんっ!その後はバッティングセンター行って〜、最後はアキくんちでおしゃべりするっ!」
高校生になっても、自分に痛みを与えるようにしながらアキくんは人を助けていた。
変わらぬ優しさ。でもそれはどこか寂しくて。
そんなアキくんが、最近になって大きく変わり始めた。
きっかけは、冬華さん。
アキくんのペースをことごとく乱し、遠ざけようとするアキくんに構わずスルリと距離を縮め、わたし達が腫れ物を避けるようにしていた傷に踏み込もうとした。
驚いた。 可憐な見た目に反した、その強引にも似たマイペースさに。
そしてマイペースなんて言葉に収まらないくらいの、溢れんばかりの意思と優しさに。
そんな彼女に、お兄ちゃんも夏希姉も期待を寄せた。
きっと賭けだったんだと思う。でも、その賭けは驚く程上手くいった。
少しずつ変わるアキくんを見逃さず、2人も踏み込んだ。そして2人に続くように、アキくんの家族も。
そしてついに、アキくんは傷に向き合い、その上で前を向いた。
すごいなぁ、冬華さん。
頑張ったね、夏希姉。
良かったね、お兄ちゃん。
「はいはい。んじゃ行くか」
「うんっ!アキくんがあっと驚くデートにしたげるねっ」
「はいはい、ありがとさん」
わたしは、役に立てたか分かんないけど。
でももう、いいかなぁ?
隠してた気持ち、もう我慢しなくても、いいかなぁ?
「ぅおっと!……お前な、高校生にもなって抱きつくのやめろよ?あと夏はマジでやめて?」
「逆だよアキくん!もう出来なくなるから今のうちに抱きつくんだよ?分かんないかな〜?まぁアキくんだし仕方ないかっ」
「なんで呆れられた?これ怒ってもいいよね?春人も許してくれるよね?」
もう、いいじゃん。許してよね、アキくん。
きっと明日からは、気軽に抱きつけなくなるんだからさ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ふぃ〜、暑かったぁ」
「いや本当にな。なんでこの暑い中運動ばっかなんだよ」
お昼ごはんはカレー屋さんに行って、「まだ甘口しか食べれないのか」とニヤニヤするアキくんに揶揄われた。仕返しにアキくんのハンバーグを少し奪ってやった。
ボルダリングではインストラクターさんがビックリするくらいアキくんが身体能力を見せつけた。わたしも食い下がったけど勝てなかったよ。
でも「よくそこまでついてきたな、俺もキツかったコースなのに」とは言わせてやった。
バッティングセンターでは最初はわたしの独壇場だった。 けど、わたしなりのコツを教えてみたらどんどんボールに当たるようになり、最後はホームランマークに当たって2人で「よっしゃー」って叫びながらハイタッチした。
そしてアキくんちに帰り着いたのが今。
着いてすぐにわたしにタオルとオレンジジュースをアキくんが用意してくれて、2人でソファに並んで座ってる。
「ごめんってば〜。ちょっと体動かしたい気分だったんだもん」
タオルで汗を拭きながら唇を尖らせてみる。
「はいはい」と呟きながら滲む汗ごとタオルで髪をかきあげるアキくん。
その横顔には色気があって、尖らせた唇を解いてつい口が呆けたように開いてしまう。
やっぱカッコいいなぁ。
うぅ、やばい。なんか緊張してきちゃったよ。 でも、もう我慢はしたくないもん。
「だからってあんなガチで暴れ回らなくてもな。ハイスペック見せつけられた気分だわ」
「それアキくんが言う?ボルダリングとか片手だけでぶら下がってたじゃん」
だから、今日。 わたしは妹を脱却する。
そして1人の女の子として、アキくんに見てもらいたい。
ただでさえ出遅れてるんだ。
冬華さんは怒涛の快進撃を見せてるし、最近では根津さんや静まで加わってる。おまけに超美人教師の高山先生までなんだか怪しい雰囲気だし。
てゆーか改めて考えたら、ものの見事に綺麗で可愛い人ばっかりじゃん!
そんな彼女達が頑張る姿を見て、歯を食いしばって言葉を呑み込んだのは両手じゃ足りない。
わたしだって。わたしも。そう叫びたい気持ちを、泣きそうになりながら抑え込み続けた。
でも、決めてたから。
アキくんの心が癒えて、3人の絆から危うさがなくなるまでは。
わたしは妹として出来ることをしようって。
「………ところでさ、アキくん」
「んん?」
でもいざ進もうと思うと……怖い。
ずっと絶やさなかった、というか勝手に浮かんでくる笑顔も歪む。声が震えて、視線が落ちる。
冬華さんは、この恐怖を前にしてずっと突き進み続けてきたのだろうか。改めてその凄さを思い知る。
「……どうした?また春人に勝負でもしかけたくなった?」
あぁ。そんな事もあったね。
大好きなお兄ちゃんだったけど、だんだんと比べられるようになって。何一つ勝てないお兄ちゃんに嫉妬するようになったんだ。
次第にそれは大きくなって、ついにはアキくんや夏希姉達と遊んでる時ですらわたしだけ劣ってるんだと、3人に見せつけられてるような気さえしてきて。
『梅雨、お前隠し事ヘッタクソだなぁ。何勝手に拗ねてんだよ』
いつしかアキくんすら睨むようになったわたしに、しかしアキくんは怒るでもなくそう呆れたように笑いかけてくれた。
『でもそれ勘違いな?考えてもみろ。春人のやつは何故か俺をライバル視してるだろ?』
『……うん。なに、自慢?』
『違うっての。てかそんな事出来るかよ、自分のライバルに向かってさぁ』
『……どーゆーこと?』
『最近梅雨にゲーム負けこしてるだろ?俺のライバルは梅雨なんだよ。次こそ勝つ』
『……無理でしょ。アキくん弱いもん』
『てめ、言ったな?……まぁとにかくだ。春人だけ見りゃ手強いライバルかも知れないけど、春人は俺を、俺は梅雨を手強いライバルだと思ってる』
だから、三角関係だな。
なんておどけるように笑うアキくんに、不覚にも反抗期だったであろうわたしはつられて笑った。
「……違うよ。でもそれ、懐かしいね」
おまけに「一回くらい勝っとくか?」なんて引っ張って行かれて、相撲勝負なんてさせられたね。
お兄ちゃんとの直接対決ではなくて、紅葉姉にそれぞれ挑んで、白星が多い方が勝ちなんてルールの間接的な対決。
真っ赤な顔で紅葉姉に踏み込めないお兄ちゃんはあっさり負けて。わたしはアキくんに「勝ちたいのお姉ちゃん、お願い?」と組み合ってる時に言わされ、紅葉姉が鼻を抑えて倒れて勝利したりして。
(今思えばホント子供騙しみたいな、なんか斜め上な暴論とやり方だったけど)
すっごく、嬉しかった。
もやもやしてた嫉妬が、呆気ないくらいさっぱり消え去った。
そして代わりとばかりに、この気持ちが生まれたんだ。
「そうだな。梅雨にも反抗期なんて時期があったよなぁ。実はあん時、春人のやつずっと俺らに相談してきてたんだぞ?」
「……それ、言って良かったの?」
「まぁ時効だろ。でも内緒な?」
そう言って笑うアキくんは、優しい目をしてて。
さっきから妹のわたしの様子がおかしいからとおどけてくれてるのが分かって、つい嬉しくなる。
あぁ、夏希姉はこれを守りたかったんだね。
夏希姉が『恋愛感情が搭載された』なんて言った時、「付き合わなかったんだ」とすぐに気付いた。
ごく最近、3人の中にあった僅かな危うさは消えた。きっと、あの時ついにお兄ちゃんと夏希姉がアキくんに踏み込んだんだ。
そして、乗り越えた。きっともう、誰であろうと3人の絆は傷つける事すら出来ない。
そう、当人達以外は。
だから夏希姉は、あの強固で何者にも侵されない3人の絆を護る道を選んだんだ。
(じゃあ、やっぱり…わたしもそれでいいかな……?)
妹としてなら、ずっとこの距離のままいれる。
3人には及ばずとも、その次くらいには近いという自覚も自負もある。
甘えて、甘やかされて。
抱きついて、仕方なさそうに微笑まれて。
好きって言って、優しく頭を撫でられて。
そんな関係でも、よくない?
そうでしょ?十分幸せじゃんか。 それでさ。ずっとこのまま近くで、この気持ちを抑えて、冬華さん達の頑張る姿を我慢してーー
「アキくん、好き。好きなの。大好き、なの」
そんなの、やっぱり嫌だ。
目を丸くして動きを止めるアキくんに、でも一度決壊した気持ちはもう抑えようもない程に溢れてくる。
「ずっと、ずっとずっと好きだったの。誰よりも優しくて、困ってる人をなんだかんだ言いながら必ず助けてちゃって。自分の痛みよりも人の痛みばっかり見ちゃうけど、そんな強さと優しさを持ったアキくんが、誰よりも好きなの」
声は、不思議と穏やかだった。
いつか伝える時は、きっと気持ちのまま泣いたり大声になると思ってたのに。
「自分より周りを優先してボロボロになっちゃうアキくんを支えたいの。時折見せる寂しい顔をもうしなくていいように笑顔にしたいの。いつももらってばっかりだったわたしを……わた、しを、全部、あげる…から、だからっ……」
あぁ、アキくんの顔がぼやける。
やっぱり、泣いちゃったかぁ。
「アキくんの気持ちを……愛を、わたしに、ください」
わたしの告白に、アキくんがどんな顔するか、見たかったのになぁ。
ぼやけてよく見えないよ。
「アキくん……大好き」
嗚咽が止まらない。おさまってよ、アキくんが心配しちゃうじゃん。
せめて涙を拭おうと手を持ち上げようとして。
「アキ、くん?」
「……お前、泣いたらゴシゴシこする癖あるだろ?」
わたしの手は止められ、代わりにティッシュで優しく目元を撫でられた。
そして鮮明になった視界には、
「………!」
「あ、あんま見んな!」
真っ赤になったアキくんの顔があった。
あぁもう。こんな時だというのに、アキくんが可愛く見えて仕方ない。
いつも飄々としてる彼が、こんな顔をするのは初めて見た。 その事実が、どうしようもなく心を揺さぶり、この上なくわたしを昂揚させる。
「えへへ………ねぇアキくん、あっと驚くデートになった?」
これなら宣言通りだと胸をはれる。
始めにはいはいと流された言葉を、改めてアキくんに突きつけてやった。
「……あぁ、参りました。これ以上ないくらい驚かされたわ」
さすが俺のライバルだな、なんて小さく呟く彼に、思わず抱きつく。
えへへ、妹を辞めたらもう出来ないと思ってたけど、今くらい良いよね?
「……今日も、ありがとな。昼飯に俺の好きなハンバーグカレー奢ってくれて、缶詰状態の俺の気晴らしに運動させてくれて、最後はゆっくり休ませようとしてくれたんだろ?」
……むぅ、さすがアキくん。 バレバレだったかぁ。なんか格好つかないじゃんか。
「お前、なんだかんだ分かり辛いよな」
「でも昔っからアキくんには隠し事出来ないなぁ……」
「そりゃな。どんだけ長い付き合いだと思ってんだ」
わたしの自慢だったりするアキくんを見抜ける事。 それはアキくんからしてもそうだったみたい。うーん、ちょっと恥ずかしいかも。
「それはわたしのセリフでもあるんだよ?」
「知ってるよ」
「……ま、お兄ちゃんや夏希姉には勝てないかもだけどさ」
本当に仲が良い3人。年下ながら微笑しい3人。大好きな、3人。
けど。たまに羨ましく思う事は、やっぱりある。
「何言ってんだか」
でもやっぱり、アキくんはアキくんだった。
「前も言ったけど俺ら4人組は色々お互い様で、じゃんけんみたいに勝ち負けもそれぞれだろ。勝ち負けなんて一概にはないっての」
「…………え?」
え、え、え?今、なんて?
「あれ、忘れた?前は春人と俺と梅雨の三角関係とか言ったけど……まさか夏希だけハブってワケじゃないだろ?」
「いや、ちがくてっ、むしろ、逆、あたし」
驚きすぎて、言葉が喉に詰まる。
言葉と気持ちを整理したいけど、なかなか頭が落ち着いてくれない。
「あぁ……まぁた勝手に拗ねてんのか?これもあの時言ったけど、勘違いな、それ」
それなのにアキくんは文章にもなってない、辿々しい言葉をあっさり理解してくれた。
そしていつか見たそれと同じ、呆れたような笑顔を見せる。
「俺ら3人をずっと支えてくれた梅雨を脇に置いて、3人と1人なんて言うワケないだろ。春人はもちろん、夏希も俺も梅雨のことが大切なんだからな?」
「ーー!」
彼らしからぬ、遠回りでも濁すでもない、ストレートな言葉。
そのギャップのせいか、それとも偽りを疑わせない真っ直ぐな目をしていたからか、その言葉は否定のしようもなく心に染み渡る。
「………わたしも、アキくん達の輪に入れてたんだ…」
「今更すぎるくらい、とっくにな」
あぁ、ほんっとずるい。 告白の返事をもらう前から、こんなにも嬉しい気持ちにさせるなんて。
こんなの、満足しちゃうじゃん。満ち足りて、溢れる気持ちに笑顔が止まらなくなっちゃうじゃん。
「……で、返事なんだけどな。あー、その」
「ううん、返事はいらない」
「……梅雨?」
だからってワケじゃないんだけどね?もともともらうつもりはなかったし。 まさかここまで嬉しく、晴れやかな気持ちで待てるとは思ってもなかったけどさ。
そんなさりげないのに心の奥底まで届く優しさが、大好きなんだよ。
そんな思いを隠すように、わたしは意地悪く笑ってみせる。
「だってアキくんさ〜、最近搭載されたばっかのお子ちゃま恋愛機能しかないじゃん?」
「と、搭載?!お子ちゃまっ?!」
えへへ、混乱してるなぁ。かわいいんだからもうっ!
「そんなアキくんに、ずぅっっっと温めておっきくなったわたしの気持ちなんて受け止めきれっこないもんね〜?知ってる知ってる。わたし、ちゃあんと分かってるからっ!」
「……なんだろう、その通りだって気持ちと腹立つ気持ちがでかすぎて頭おかしくなりそう」
「あはははっ!顔赤いよ?アキくんかーわい〜っ」
「だぁあ頭撫でんな!」
少し固い髪を撫でまわし、近くなった距離のまま顔を覗き込む。
「えへへ……だからね、返事はまたね?アキくんの気持ちが、ちゃーんと分かってからでいいから」
「っ……はぁ。相変わらず、敵わないというかなんというか。最近やられっぱなしだわ」
「あはは、夏希姉にもやられたんだ?てゆーか、どーせ夏希姉もおんなじだよ?夏希姉のことだし、幼馴染のままでいいとか言ったんでしょ?」
「………さすが」
夏希姉の言葉は嘘じゃない。けど、それが全部でもないんだよ?
「きっとそのうち参戦してくるよ、夏希姉も」
「……マジかぁ。いやなんか言う権利もないし俺も多分嬉しいんだろうけど、少なくともまだ今はそれ気付きたくなかったかも………てか梅雨、待つとか言う割に容赦ないよな」
夏希姉がアキくんの為にあえて伏せた事を言うのだから、アキくんの恨みがましい目も仕方ない。
けどね?昔からそうだったでしょ? 夏希姉が踏み込めない時は、わたしの出番だもん。
「えへへ、わたしワガママだもん。知らなかったの?」
「……はぁ、知ってた」
こうやって3人と1人は、4人になってきたんでしょ? こんなわたしを、認めてくれたんでしょ?
だったらこれからも、わたしはわたしのままここにいるの。
だから、
「えへへ、アキくん大好きっ」
「っと、だからお前、抱きつくのはな……」
「知らな〜いっ!ぎゅーっ!」
これからもずっと、抱きついちゃうし、あなたの事を大好きでいるの。
逃してあげないんだからねっ!
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