学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら
52 俺達の冒険(学校生活)はこれからだ
場を荒らすだけ荒らして母さんは満足気に帰っていった。
帰り際に、
『素敵な終業式だったみたいね。行けなかったけど、話を聞いて今日伝えようと思ったの』
と、少ししんみりした顔で言うんだから我が親ながらセコい。怒りも消えたわ。心労かけてすみませんでした。
そんな事もあって、いくら広めといえど人が多くてむさ苦しい空間や騒がしさも落ち着くーーと思いきや、そうはならず。
「せんぱぁ〜い、なんであたしを呼んでくれなかったんですかぁ?すっごく面白、じゃなくて大変だったみたいじゃないですかぁ」
「それ!ねぇやっぱまだ怒ってんの?だから仲間外れにしたとか?ちょっと聞いてる?」
むしろ増えた。
ニヤニヤと意地の悪そうな笑顔の静と、なんか面倒くさいヤツみたいになってる根津が、母さんが帰って割とすぐに来た。
解散の雰囲気なのに誰も帰らないと思ったらコレだよ。何でってのは聞くまでもないんだけどな。
「春人……どういうつもりだよ」
「あはは、バレたかい?」
場の空気を支配する天才、春人しかいない。
今思えば解散の雰囲気を有耶無耶にしつつ、会話を繋げて帰らないように誘導してたし。
「だって今日は秋斗にとって分岐点だよ?関係者はいた方が良いと思ってね」
「は?関係者ぁ?てか分岐点とか大袈裟な……単に彼女作って母さんに目にもの見せるってだけだろ」
「「か、彼女っ?!」」
テーブルに身を乗り出して驚愕の表情で叫ぶ静と根津。
そんなに意外かよ……いくらモテそうにないからって酷くない?
「悪いかよ。別にモテなくても目指すのは個人の自由だろ」
「いや悪いとかじゃないですけど……先輩、そういうの避けてるかと思ってました」
「てか避ける以前にそんな考え自体なかったぽかったじゃん!」
お、おぉ。関わった期間が少ない2人なのに、意外とバレてら。
確かに静は人見てるしな。根津に至っては完全に正解だし。さすが恋愛大好き女子高生。
「色々あってな、ちょっと頑張る事にした。まぁめちゃくちゃ難しいのは分かってるけどな」
「いやそれ分かってないし」
「ホントダメダメですね先輩」
何これいきなり酷評ですよ。なんなのこの2人、俺をいじめに来たの?
「まーまー、秋斗は自分のペースでやるのが良いと思うよー?」
「そうですね。でないと『ちゃんと好きな相手』という条件が抜けかねませんし」
「うんうんっ。アキくんのペースで、自分の気持ちと向き合いながら、ねっ!」
酷評2人組と違い、夏希と冬華と梅雨は柔らかい口調でアドバイスをくれた。
なるほど、そういうもんなのか。参考になる。 それにしても妙に優しくない?いや助かるし嬉しいけどさ。
「まぁ俺の事はともかく、二学期からは荒れるぞ。なんせ姉さんも恋人探すからな」
「いや荒れはしないでしょ」
「「ええっ?!」」
いや荒れるからね、この鈍感め。
幼馴染組は同感らしく、静と根津以外は呆れた表情だし。
「うそ。生徒会長さん、彼氏いなかったんですかぁ?すっごく意外ですぅ」
「わたしもビックリだし……あんなにモテるのに」
「あはは、私モテないわよ?まぁ女子からは何故か好かれるんだけど」
「「………あー」」
新規乱入組も姉さんの鈍感ぶりに気付いたらしく、微妙な表情を浮かべてる。
何故か俺の方を見るのは謎だが。
「……ま、姉さんものんびりやれば?てか姉さんの場合は二学期を待つ必要もないだろ」
「はぁ?休みの日に同級生呼び出せっての?」
「いやそうじゃなくて……なぁ?」
「……秋斗、その顔やめてくれないかな?殴るよ?」
ニヤニヤと春人を見ると、ガチで睨まれた。ごめんて。
あ、でも確かに今のはダメだったか。根津と静は春人狙いだったっけ。
それに冬華も普通に考えて春人に惹かれるだろうし。夏希はよく分からんけど。
「……あっきー、何その申し訳ないみたいな目は」
「あー……分かっちゃいました。根津先輩、耳貸してください」
「………はぁ、なるほどね。なんなん?マジでこの姉弟やばいくない?」
「本当ですよ。まさか、まさか私までそう思われてるなんて……!秋斗、殴っていいですか?」
静と根津に呆れられ、冬華に至っては暴行予告をもらってしまった。何故だ。
なんとなしに夏希を見ると、興味なさげに頬杖をついてた。
夏希が春人を……まぁなさそうか?長い付き合いで今更だしなぁ。
「……アンタこそ二学期待たなくて良いじゃない」
「んん?姉さんなんか言った?」
「何でもないわよ。アンタがホンットダメダメだって思っただけ」
いや姉さんにだけは言われたくない。いつか春人に謝らせてやる。
てか小声で「目くそ鼻くそ」「どっちもどっちの泥試合」「五十歩百歩、いや五十歩五十歩」とか聞こえてきた気が……
「でも、二学期から荒れるのは間違いないよ」
妙な雰囲気になった部屋に響くのは、春人の落ち着いた声。声音に反して内容は不吉だが。
「姉さんのせいで?」
「それもあるだろうけどね。一番は秋斗だよ」
「あー、彼女探そうなんてしたら余計に気持ち悪がられるよな。俺もそれは懸念してた」
やっぱ彼女なんて俺には無理か?いや学外で探せばあるいは。
「はぁ、バカだね。またバカな事を考えてるみたいだけど違うよ、バカだね」
「おいバカバカ言い過ぎだろ」
「バカにバカと言って何が悪いんだい?」
「あーもううるさいわね、アキ黙って聞いてなさい」
「うそ、俺が悪いのこれ?」
ちょいと冷たくないですか?同意を求めて見回しても味方どころか春人に同意してるっぽいし。やっぱモテる男が勝つんですか?
「いつもならその場になって慌てる秋斗の反応を楽しみたいところだけど……今回は特別に教えておくよ」
「そりゃ確かに珍しいな……てかそんな楽しみ方してたの?仮にも親友相手に腹黒すぎない?」
「まず先に伝えておくのは、二学期からは僕も普通に君と一緒に居るから。よろしく」
「よろしくって……いやまぁ終業式の事もあるし別に良いけどよ」
「あとは今更だろうけど、夏希と宇佐さんも一緒に居るだろうしね?」
まぁそうだろうなぁ。
夏希は特に今更だし、冬華も避けても関係ないとはかりのマイペースだし。
「………あー」
「おっ、根津さんは気付いたみたいだね」
「マジか根津。お前すげぇな」
「……いやむしろ気付かない方が少数派だし。あっきー達ってば周りを気にしてなさすぎ」
気にしても仕方ない立場だったから仕方なくない?
「……あんさ。普通ある程度仲良し同士とかでグループとか作るわけじゃん」
そうなんだ。俺ぼっちだから分からんわ。
「で、特に有名だったり発言力が強いグループが、立場が強かったり注目されんの」
「へぇ、なるほど。でもそれ今関係あんの?」
「あるし。あっきー、今わたしらの学年で発言力強いのって誰か分かる?」
今の流れだと強いとこのグループの誰かだよな?
いや全然知らんわ……って待てよ?これひっかけ問題だろ。
発言力なんてこいつの独壇場だわ。
「春人」
「そ。あとは根古屋さんと冬華が次にくるかな」
おぉ、夏希も食い込むのか。こんなグループどころか個人主義の自由人なのにセコくね?
「要するに春人のグループが一番強いってワケか。そーいや春人ぉ、お前のグループってどんなヤツがいんの?」
言われてみりゃ考えたこともなかったな。学校じゃ関わらないようにしてたし。
もしかして親友の知らない一面が見れるかもとか思いながら話を振ると、春人はにこやかに口を開いた。
「いないよ?」
「は?いやいやウソつけって。いつもお菓子に群がる蟻みたいに人集めてるだろ」
「いやあっきー、今のホントだし」
首を横に振る根津に、いよいよ首を傾げる。
「えっとね。志々伎くんって特定のグループとか組んでないの。誰にでも平等に接して、誰とも同じ距離をとってんの」
「あー……そう聞くと納得だわ」
つまりは『皆んなの志々伎くん』として距離を保ったと。
誰かに入れ込めばどこかで不満が出る。
誰からも好かれる立場をつくる為には、グループとかは邪魔だったと判断したワケか。
「生徒全員への発言力を持つのにはそうすべきだと思ってね」
「さすがの春人もグループってのを組んだら嫌うヤツも出るのか?」
「だね。でもその必要もなくなった」
……今なら言いたい事は分かる。俺の為か。
終業式みたいに俺のことを庇う為に発言力をつけてきた、と。
「まぁ普通そんな上手く立ち回れないけど。志々伎くんだならこそってやつかな」
「なるほどなぁ」
「……で、あっきー。まだ分かんない?」
「んん?」
そういや何の話だっけ?あぁ、グループやら発言力やらか。興味なくて適当だったわ。
「あのね……志々伎くんがあっきーと一緒に居るって、要はグループになるって事でしょ?しかも根古屋さんと冬華も加わるってゆーし」
「「あぁ」」
あれ、夏希と冬華も理解したっぽい。
やべ、俺だけ?なんか悔しいんだけど。ちゃんと聞いてない俺が悪いですねすんません。
「つーまーり。グループなしでも発言力があったトップ達が集まったグループになんの!もうね、間違いなく目立つし、絶対大騒ぎになるよ」
「しかもぉ、その中に今話題性ナンバーワンの先輩が混じるんですよねぇ……うん、学校中から大注目間違いなしです!おもしろそーですね、せーんぱいっ!」
「……………え?」
いやいや、いやいやいや。
「待て待て待て!や、やめてくれ!俺を殺す気か!?」
ようやく理解しました。
でも待って?ちょっと夏希や冬華に絡まれたくらいであんだけ嫉妬や敵意を向けられてたんだぞ?マジで背後からやられかねないんじゃ?
けど、春人は違うとばかりに首を横に振る。表情が小馬鹿にしてる感じなのが大変うざい。
「全く、分からないのかい?逆だよ。秋斗の立ち位置を確立するんだ」
「ぜんっぜん分からん。背中からグサリしか分からん」
「グサリ……?あのね、今の秋斗は嫌われ者から脱却しかけてる状態だ」
脱却……終業式の影響だよな。
そっか、二学期からは嫌悪感を利用する方法は使えないんだよなぁ。地味に困る。
「でもまだ不安定だ。夏休みを挟んだ事で余計にね。注目こそ集まってるけど、まだ様子見の状態だと思う。だからーー」
春人いわく、俺の顔を見れば条件反射で嫌悪感が出るところを、終業式という最後に見る場面で良い印象を与えたと。
つまり時間を置く事で俺のイメージをリセットさせてるんだとか。
細かく言えば悪いイメージを衝撃の事実で混乱させてどっちつかずにさせてる、らしい。
……そこまで考えてたのか、どんだけだよ。
ともあれ、久しぶりに会う二学期で、マイナスからフラットに近付いた俺の印象を、一気にプラスに運んでしまう為にーー
「一応は人気者で通ってる僕や、言わずもがなの夏希と宇佐さんと仲良くすれば良い」
そうする事で、人気者の影響を受けて俺の印象を良い方向に固めるんだと。
これってあれだよな、ハロー効果とか認知バイアスとか言うやつ。
春人のやつ、こざかしい技使ってんなぁ。
「……言いたい事は分かった。けどこれ、絶対デメリットあるだろ」
「お、バレたかい?」
「そりゃな。伊達に長年悪意を向けられてねぇわ」
まず、春人は誤魔化そうとしたけど、やはり俺への嫉妬や敵意は普通に発生するはず。
これは俺のイメージ云々関係なくふっつーに出る。だって人間そんなものだもの。
他にもある。というか、こっちの方が俺的に気になる。
「……お前らの立場も変わるだろ?」
光が強ければ影は濃くなる。
こんな強すぎる集団を作れば、今までとは違う影響が出る可能性は当然あるはずだ。
そこらへんに疎い俺じゃ細かく想像出来ないだろうけど、嫉妬や不満は出ると思う。
何より、俺がそこに加わるんだ。
「何で俺じゃなくてあいつが」という声は確実に出る。そしてそれが、俺だけじゃなくこいつらに向けられる可能性は低くない。
「まぁ、ね。正直に言えば、一番変わるのは僕だと思うよ。あとは宇佐さんかな」
「え?私ですか?」
「……どう変わるんだ?誤魔化さずに言ってくれよ」
しかし俺が予想できて春人が予想できないはずもなく。
「……はぁ、まぁどうせ分かる事だしね。 ちなみに秋斗、僕って周りからずっと付かず離れずの距離を保つ事で今の立場を守ってきたって言ったろう?」
「言ってたな。で、それが何だよ?誤魔化す気か?」
「違うよ、最後まで聞きなって……で、そんな立場に居るために、僕が一番避けてきたのは何だと思う?」
人気者で居るために避けてきたもの……?
「俺?」
「いや違う。いや違わなくもないけど、秋斗にはたまに話しかけてきただろう?」
「そういやそっか。んんー……分からん」
「答えはね、宇佐さんだよ」
え、冬華?
意外な答えに思わず視線を向けると、彼女は得心がいったような表情を見せている。
「なるほどですね。言われるまで気付きませんでしたけど……確かにそうでしたね。助かりました、ありがとうございます」
「いや、気にしないで。お互い様さ」
「いやそこだけで勝手に納得するなよ。詳しく」
「秋斗、まだ分からないのかい?本当にその手の感情に疎いんだね」
「え、ここでバカにされんの?」
腹立つけどマジで分からんから堪えるしかない。 こういうのに詳しいイメージがあるのは根津か?見れば分かりきってるとばかりにもはやスマホをいじってらっしゃる。やっぱ分かるヤツには分かるのか。
「宇佐さんの男子からの人気は半端じゃないんだよ。だから僕だろうと下手に仲良くなれば嫉妬されるし、やっかみを買う」
「……あぁ、なるほど。分かった。つまり逆も然りってやつか?」
「そうですね。志々伎さんの人気はすごいですし、変に関われば愛から受けた嫌がらせどころじゃなかったかも知れませんね」
つまり、異性に人気なこいつらが揃うと、それぞれ同性から不満が出ると。
そんなもんなのか?お似合いじゃーんとかなるかと思った。いや、中途半端に関わったらそうなるって事かな?
「まぁ一部だろうけどね。それでも僕の目的を考えたら避けるべきだったって事さ」
「はぁ……なんか色々考えて過ごしてんだなぁ」
「そうだね、正直この一年半は本当に疲れたよ……でも、もうそれも終わりさ」
春人は楽しげに笑って見せる。
「もともと人気者なんて興味ないしね。必要だったからなっただけさ」
「必要だからってなれるのがすごいと思うけど……それを崩しかねないのがあの終業式ってワケか……あの、なんか申し訳なくなってきたんだけど」
「あはははっ!そう思うなら二学期からよろしく頼むよ、秋斗」
く、くそ、すっごい断りにくい! まさかこれも計算の内じゃないだろうな?こいつなら有り得るから怖いんだけど。
「それに夏希もそうさ」
「……ま、そーかもなー」
「……あー…」
これはさすがに分かる。
夏希は俺を1人にしない為に、自分も1人になった。
俺が避ける内は接触は最低限だったが、冬華の件からは俺に絡むようになった。
でもそれも今思えば、さっきの春人と同様に、冬華の影響で俺に集まりすぎるやっかみを減らす為でもあったんだろう。
冬華と夏希が仲良くする姿はよく見かけたし、『俺と冬華が仲良し』から『夏希の気まぐれで仲良くしてる俺と、夏希の友達の冬華』程度に緩和しようとした。
それでも随分睨まれたけど、春人ですら避ける冬華と居てあの程度なら効果は少なからずあったはずだ。
そう思えば……俺なりの方法で守るつもりだったのに、むしろ随分と守られてたんだな。
「……なんか色々情けなくなってきたわ」
「バカだね。そこはお互い様さ」
「そーだぞー。少なくともあたしはもらったもん返す為ってだけだしー」
独白のつもりがあっさりと否定される。
こいつら良いヤツすぎるんだよホント。
何で俺なんかの幼馴染やってくれてんだかいまだに分からん。
「あーっ!じゃあさじゃあさっ」
黙っていた梅雨がいきなり目を輝かせて俺に飛びついてきた。
条件反射で受け止めると、梅雨は嬉しそうな笑顔をのぞかせて言葉を続ける。
「アキくんがわたしを避ける理由もなくなったって事だよねっ?学校でもたくさん一緒に入れるじゃんっ!」
「……そう、なるのか?」
「なるよなるよっ!わーい!たくさん遊びに行くねっ!やったー!」
確かにそうか。梅雨を避けたのって俺の悪評の影響がいかないようにする為だし。
でも梅雨と絡むようになると、それってーー
「あはははっ、秋斗、集まるやっかみが増えるね」
「ですよね!?」
つまりはそういう事でして。
でもかわいい妹分の期待の眼差しと嬉しそうな顔を曇らせるのは躊躇われる……
「それってつまりぃ、あたしともたくさんお話してくれるんですよねぇ?」
躊躇ってるうちに、悪戯っぽい笑顔の静まで加わり、するりと俺の腕に触れてきた。
「いや、お前はダメだ」
「えっ、ちょ、なんでですかぁ?!そこは「かわいい静なら大歓迎だよ」って言うところですよ?!」
「いやかわいくないし。静は完全に俺が困るのを楽しんでるだろ」
「むむむ……厄介なのは分かってましたけど、やっぱムカつきますねこの人」
何でだよ。嬉しそうな妹分の視線と睨む後輩に困り果ててると、救世主が現れた。
「ほら、秋斗が困ってます。離してあげてください」
冬華だ。するりと割って入り、2人の手を俺から外す。 マイペースな彼女らしからぬ空気を読める行動に内心感動した。やればできるじゃねぇか……!
「別に秋斗と話すのは構いません。けど、私が優先されるのでそこは理解してください」
……あれ?何か変な事言ってない?
とか思ってる内に、冬華はするりと俺の膝の上に腰を下ろした。柔らかい感触が伝わってくる。え、何事?
「ふふん。秋斗、二学期が楽しみですね」
「あ、あぁあああっ!き、危険!危険だよっ!」
「むむむむ……分かってましたけど、ホント強敵ですねぇ」
肩越しに俺に微笑む冬華。その向こうに見えるのは睨む一年生ズ。
もしかして助けてくれたと見せかけて悪化させてません?
「おりてくれませんか?」
「ダメです。最初が肝心なんですよ?」
「何が?」
もうダメだ、今日は苦手な話ばっかで疲れた。
俺の諦めを察したのか、冬華は笑みを深めて俺にもたれかかるように体重を預けてくる。
ふわりと優しい匂いが伝わり、少しだけ落ち着けた気がした。
「……姉さん、俺彼女どころか3学期まで生きてけないかも」
「あんたホントバカね、何でそうなんのよ。どう考えてもどっちも問題ないでしょ」
あかん、愚痴にまでバカにされるようになってる。誰か優しくして?
てか母さんや、とんでもない挑発してくれたな。まさかこんな事になるとは思いもしなかったわ。
「あーぁ、アキは良いわよねぇ。もうお腹いっぱいだし、私は帰るわよ」
「あっ、紅葉さん、送っていきます」
「え?良いわよ別に。まだ明るいし」
「僕がもう少し一緒にいたいんで。良かったら少し寄り道しませんか?紅葉さんにオススメしたいカフェがあるんです」
「ふーん、そう?ならヒマだしお願いしようかしら」
お、おぉう……いつになく春人が攻めてるぅ…
「……ついに吹っ切れたか?」
「だなー。危機感だろ。二学期から鈍感紅葉さんが下手に動く前にケリつけようって魂胆だろーなぁ」
俺の独白に頷いたのは夏希だ。なるほどなぁ、なんにせよついに重い腰を上げたか。
春人の事だ、こうなれば近い内にきっちり捕まえるだろう。というか姉さんが心許す男なんて春人以外知らんし。
うん。少し早いけど春人、そして姉さんおめでとう!
「ところで秋斗?これってさぁ、いつかの話の続き……してくれるのかなー?」
「……そうだな。勿論、ちゃんと考える」
「あははっ……そっか。うん、あたしも考える。だから、楽しみにしてるね?」
一瞬だけ口調を昔のものにした夏希が淡く微笑む。
周りのみんなは首を傾げているが、空気を読んでか口を挟みはしなかった。
「あ、ちなみに二学期までなー?」
「ちょっと?早くないっすか夏希さん」
「じゃないと春人が説明した意味ないだろー?」
「……?」
春人が説明した意味?説明って、二学期からの話だよな。
確かに俺がその時になって苦労するのを見るのが好きな春人らしくない。
珍しいとは思ったけど、意味があったのか?
「あれはなー、あたし達への助言でもあったんだろーよ」
「「「……あぁ」」」
納得した様子を見せる女性陣。
いや分からん、あーもー今日はとことん蚊帳の外だな俺。いい加減泣いていい?
「……難しい話ばっかで疲れた。もうやだ、ムリ、不貞寝する」
「あははっ、拗ねんなよー。ま、いーけど?あたしも一緒に寝るー」
「仕方ないですね。私も付き添いますよ」
「え、えぇえええ?!もうそんな感じなのっ?!」
「梅雨の考えてるのとは違うと思うけどぉ……でも、ここまで肉食だとは思わなかったぁ」
その場に体を投げ出すように寝転ぶも、うるさすぎて寝れる気がしないんですが。
それにしても人間関係の構築やらを切り捨てて過ごしてきた弊害がここまでとはなぁ。
今日の話も全然ついていけなかったし、さすがに反省しないとな。
そもそも、そのせいで気付かない内に春人や夏希に助けられてたみたいだし。
二学期からはちゃんと向き合っていかないとダメだな。
嫌悪感を利用する常套手段も使えなくなるし、やっかみやら集まるだろうし、人間関係も勉強しないとだし。
はぁ……大変だろうなぁ。失敗する事も間違いなくあるだろうし。
けど、頭じゃそう思ってるのに心ってのは正直なもんで。
幼馴染達や関わるようになったヤツらと楽しく過ごせるかも知れない……そう思うと、やっぱワクワクする部分もある。
夏休みもまだ残ってるし、いっそ素直に楽しむのも良いかもなぁ。
そう思いながらわいわい騒いでる彼女達を見やる。
「……ま、色々よろしく」
溢れた小さな呟きに、真横にいた2人の少女が微笑んだ。
「はい、お腹いっぱいってくらい楽しみましょうね。覚悟してくださいよ?」
「おー、今までの分取り返すくらいじゃ足んないからなー?逃がさねーぞ?」
帰り際に、
『素敵な終業式だったみたいね。行けなかったけど、話を聞いて今日伝えようと思ったの』
と、少ししんみりした顔で言うんだから我が親ながらセコい。怒りも消えたわ。心労かけてすみませんでした。
そんな事もあって、いくら広めといえど人が多くてむさ苦しい空間や騒がしさも落ち着くーーと思いきや、そうはならず。
「せんぱぁ〜い、なんであたしを呼んでくれなかったんですかぁ?すっごく面白、じゃなくて大変だったみたいじゃないですかぁ」
「それ!ねぇやっぱまだ怒ってんの?だから仲間外れにしたとか?ちょっと聞いてる?」
むしろ増えた。
ニヤニヤと意地の悪そうな笑顔の静と、なんか面倒くさいヤツみたいになってる根津が、母さんが帰って割とすぐに来た。
解散の雰囲気なのに誰も帰らないと思ったらコレだよ。何でってのは聞くまでもないんだけどな。
「春人……どういうつもりだよ」
「あはは、バレたかい?」
場の空気を支配する天才、春人しかいない。
今思えば解散の雰囲気を有耶無耶にしつつ、会話を繋げて帰らないように誘導してたし。
「だって今日は秋斗にとって分岐点だよ?関係者はいた方が良いと思ってね」
「は?関係者ぁ?てか分岐点とか大袈裟な……単に彼女作って母さんに目にもの見せるってだけだろ」
「「か、彼女っ?!」」
テーブルに身を乗り出して驚愕の表情で叫ぶ静と根津。
そんなに意外かよ……いくらモテそうにないからって酷くない?
「悪いかよ。別にモテなくても目指すのは個人の自由だろ」
「いや悪いとかじゃないですけど……先輩、そういうの避けてるかと思ってました」
「てか避ける以前にそんな考え自体なかったぽかったじゃん!」
お、おぉ。関わった期間が少ない2人なのに、意外とバレてら。
確かに静は人見てるしな。根津に至っては完全に正解だし。さすが恋愛大好き女子高生。
「色々あってな、ちょっと頑張る事にした。まぁめちゃくちゃ難しいのは分かってるけどな」
「いやそれ分かってないし」
「ホントダメダメですね先輩」
何これいきなり酷評ですよ。なんなのこの2人、俺をいじめに来たの?
「まーまー、秋斗は自分のペースでやるのが良いと思うよー?」
「そうですね。でないと『ちゃんと好きな相手』という条件が抜けかねませんし」
「うんうんっ。アキくんのペースで、自分の気持ちと向き合いながら、ねっ!」
酷評2人組と違い、夏希と冬華と梅雨は柔らかい口調でアドバイスをくれた。
なるほど、そういうもんなのか。参考になる。 それにしても妙に優しくない?いや助かるし嬉しいけどさ。
「まぁ俺の事はともかく、二学期からは荒れるぞ。なんせ姉さんも恋人探すからな」
「いや荒れはしないでしょ」
「「ええっ?!」」
いや荒れるからね、この鈍感め。
幼馴染組は同感らしく、静と根津以外は呆れた表情だし。
「うそ。生徒会長さん、彼氏いなかったんですかぁ?すっごく意外ですぅ」
「わたしもビックリだし……あんなにモテるのに」
「あはは、私モテないわよ?まぁ女子からは何故か好かれるんだけど」
「「………あー」」
新規乱入組も姉さんの鈍感ぶりに気付いたらしく、微妙な表情を浮かべてる。
何故か俺の方を見るのは謎だが。
「……ま、姉さんものんびりやれば?てか姉さんの場合は二学期を待つ必要もないだろ」
「はぁ?休みの日に同級生呼び出せっての?」
「いやそうじゃなくて……なぁ?」
「……秋斗、その顔やめてくれないかな?殴るよ?」
ニヤニヤと春人を見ると、ガチで睨まれた。ごめんて。
あ、でも確かに今のはダメだったか。根津と静は春人狙いだったっけ。
それに冬華も普通に考えて春人に惹かれるだろうし。夏希はよく分からんけど。
「……あっきー、何その申し訳ないみたいな目は」
「あー……分かっちゃいました。根津先輩、耳貸してください」
「………はぁ、なるほどね。なんなん?マジでこの姉弟やばいくない?」
「本当ですよ。まさか、まさか私までそう思われてるなんて……!秋斗、殴っていいですか?」
静と根津に呆れられ、冬華に至っては暴行予告をもらってしまった。何故だ。
なんとなしに夏希を見ると、興味なさげに頬杖をついてた。
夏希が春人を……まぁなさそうか?長い付き合いで今更だしなぁ。
「……アンタこそ二学期待たなくて良いじゃない」
「んん?姉さんなんか言った?」
「何でもないわよ。アンタがホンットダメダメだって思っただけ」
いや姉さんにだけは言われたくない。いつか春人に謝らせてやる。
てか小声で「目くそ鼻くそ」「どっちもどっちの泥試合」「五十歩百歩、いや五十歩五十歩」とか聞こえてきた気が……
「でも、二学期から荒れるのは間違いないよ」
妙な雰囲気になった部屋に響くのは、春人の落ち着いた声。声音に反して内容は不吉だが。
「姉さんのせいで?」
「それもあるだろうけどね。一番は秋斗だよ」
「あー、彼女探そうなんてしたら余計に気持ち悪がられるよな。俺もそれは懸念してた」
やっぱ彼女なんて俺には無理か?いや学外で探せばあるいは。
「はぁ、バカだね。またバカな事を考えてるみたいだけど違うよ、バカだね」
「おいバカバカ言い過ぎだろ」
「バカにバカと言って何が悪いんだい?」
「あーもううるさいわね、アキ黙って聞いてなさい」
「うそ、俺が悪いのこれ?」
ちょいと冷たくないですか?同意を求めて見回しても味方どころか春人に同意してるっぽいし。やっぱモテる男が勝つんですか?
「いつもならその場になって慌てる秋斗の反応を楽しみたいところだけど……今回は特別に教えておくよ」
「そりゃ確かに珍しいな……てかそんな楽しみ方してたの?仮にも親友相手に腹黒すぎない?」
「まず先に伝えておくのは、二学期からは僕も普通に君と一緒に居るから。よろしく」
「よろしくって……いやまぁ終業式の事もあるし別に良いけどよ」
「あとは今更だろうけど、夏希と宇佐さんも一緒に居るだろうしね?」
まぁそうだろうなぁ。
夏希は特に今更だし、冬華も避けても関係ないとはかりのマイペースだし。
「………あー」
「おっ、根津さんは気付いたみたいだね」
「マジか根津。お前すげぇな」
「……いやむしろ気付かない方が少数派だし。あっきー達ってば周りを気にしてなさすぎ」
気にしても仕方ない立場だったから仕方なくない?
「……あんさ。普通ある程度仲良し同士とかでグループとか作るわけじゃん」
そうなんだ。俺ぼっちだから分からんわ。
「で、特に有名だったり発言力が強いグループが、立場が強かったり注目されんの」
「へぇ、なるほど。でもそれ今関係あんの?」
「あるし。あっきー、今わたしらの学年で発言力強いのって誰か分かる?」
今の流れだと強いとこのグループの誰かだよな?
いや全然知らんわ……って待てよ?これひっかけ問題だろ。
発言力なんてこいつの独壇場だわ。
「春人」
「そ。あとは根古屋さんと冬華が次にくるかな」
おぉ、夏希も食い込むのか。こんなグループどころか個人主義の自由人なのにセコくね?
「要するに春人のグループが一番強いってワケか。そーいや春人ぉ、お前のグループってどんなヤツがいんの?」
言われてみりゃ考えたこともなかったな。学校じゃ関わらないようにしてたし。
もしかして親友の知らない一面が見れるかもとか思いながら話を振ると、春人はにこやかに口を開いた。
「いないよ?」
「は?いやいやウソつけって。いつもお菓子に群がる蟻みたいに人集めてるだろ」
「いやあっきー、今のホントだし」
首を横に振る根津に、いよいよ首を傾げる。
「えっとね。志々伎くんって特定のグループとか組んでないの。誰にでも平等に接して、誰とも同じ距離をとってんの」
「あー……そう聞くと納得だわ」
つまりは『皆んなの志々伎くん』として距離を保ったと。
誰かに入れ込めばどこかで不満が出る。
誰からも好かれる立場をつくる為には、グループとかは邪魔だったと判断したワケか。
「生徒全員への発言力を持つのにはそうすべきだと思ってね」
「さすがの春人もグループってのを組んだら嫌うヤツも出るのか?」
「だね。でもその必要もなくなった」
……今なら言いたい事は分かる。俺の為か。
終業式みたいに俺のことを庇う為に発言力をつけてきた、と。
「まぁ普通そんな上手く立ち回れないけど。志々伎くんだならこそってやつかな」
「なるほどなぁ」
「……で、あっきー。まだ分かんない?」
「んん?」
そういや何の話だっけ?あぁ、グループやら発言力やらか。興味なくて適当だったわ。
「あのね……志々伎くんがあっきーと一緒に居るって、要はグループになるって事でしょ?しかも根古屋さんと冬華も加わるってゆーし」
「「あぁ」」
あれ、夏希と冬華も理解したっぽい。
やべ、俺だけ?なんか悔しいんだけど。ちゃんと聞いてない俺が悪いですねすんません。
「つーまーり。グループなしでも発言力があったトップ達が集まったグループになんの!もうね、間違いなく目立つし、絶対大騒ぎになるよ」
「しかもぉ、その中に今話題性ナンバーワンの先輩が混じるんですよねぇ……うん、学校中から大注目間違いなしです!おもしろそーですね、せーんぱいっ!」
「……………え?」
いやいや、いやいやいや。
「待て待て待て!や、やめてくれ!俺を殺す気か!?」
ようやく理解しました。
でも待って?ちょっと夏希や冬華に絡まれたくらいであんだけ嫉妬や敵意を向けられてたんだぞ?マジで背後からやられかねないんじゃ?
けど、春人は違うとばかりに首を横に振る。表情が小馬鹿にしてる感じなのが大変うざい。
「全く、分からないのかい?逆だよ。秋斗の立ち位置を確立するんだ」
「ぜんっぜん分からん。背中からグサリしか分からん」
「グサリ……?あのね、今の秋斗は嫌われ者から脱却しかけてる状態だ」
脱却……終業式の影響だよな。
そっか、二学期からは嫌悪感を利用する方法は使えないんだよなぁ。地味に困る。
「でもまだ不安定だ。夏休みを挟んだ事で余計にね。注目こそ集まってるけど、まだ様子見の状態だと思う。だからーー」
春人いわく、俺の顔を見れば条件反射で嫌悪感が出るところを、終業式という最後に見る場面で良い印象を与えたと。
つまり時間を置く事で俺のイメージをリセットさせてるんだとか。
細かく言えば悪いイメージを衝撃の事実で混乱させてどっちつかずにさせてる、らしい。
……そこまで考えてたのか、どんだけだよ。
ともあれ、久しぶりに会う二学期で、マイナスからフラットに近付いた俺の印象を、一気にプラスに運んでしまう為にーー
「一応は人気者で通ってる僕や、言わずもがなの夏希と宇佐さんと仲良くすれば良い」
そうする事で、人気者の影響を受けて俺の印象を良い方向に固めるんだと。
これってあれだよな、ハロー効果とか認知バイアスとか言うやつ。
春人のやつ、こざかしい技使ってんなぁ。
「……言いたい事は分かった。けどこれ、絶対デメリットあるだろ」
「お、バレたかい?」
「そりゃな。伊達に長年悪意を向けられてねぇわ」
まず、春人は誤魔化そうとしたけど、やはり俺への嫉妬や敵意は普通に発生するはず。
これは俺のイメージ云々関係なくふっつーに出る。だって人間そんなものだもの。
他にもある。というか、こっちの方が俺的に気になる。
「……お前らの立場も変わるだろ?」
光が強ければ影は濃くなる。
こんな強すぎる集団を作れば、今までとは違う影響が出る可能性は当然あるはずだ。
そこらへんに疎い俺じゃ細かく想像出来ないだろうけど、嫉妬や不満は出ると思う。
何より、俺がそこに加わるんだ。
「何で俺じゃなくてあいつが」という声は確実に出る。そしてそれが、俺だけじゃなくこいつらに向けられる可能性は低くない。
「まぁ、ね。正直に言えば、一番変わるのは僕だと思うよ。あとは宇佐さんかな」
「え?私ですか?」
「……どう変わるんだ?誤魔化さずに言ってくれよ」
しかし俺が予想できて春人が予想できないはずもなく。
「……はぁ、まぁどうせ分かる事だしね。 ちなみに秋斗、僕って周りからずっと付かず離れずの距離を保つ事で今の立場を守ってきたって言ったろう?」
「言ってたな。で、それが何だよ?誤魔化す気か?」
「違うよ、最後まで聞きなって……で、そんな立場に居るために、僕が一番避けてきたのは何だと思う?」
人気者で居るために避けてきたもの……?
「俺?」
「いや違う。いや違わなくもないけど、秋斗にはたまに話しかけてきただろう?」
「そういやそっか。んんー……分からん」
「答えはね、宇佐さんだよ」
え、冬華?
意外な答えに思わず視線を向けると、彼女は得心がいったような表情を見せている。
「なるほどですね。言われるまで気付きませんでしたけど……確かにそうでしたね。助かりました、ありがとうございます」
「いや、気にしないで。お互い様さ」
「いやそこだけで勝手に納得するなよ。詳しく」
「秋斗、まだ分からないのかい?本当にその手の感情に疎いんだね」
「え、ここでバカにされんの?」
腹立つけどマジで分からんから堪えるしかない。 こういうのに詳しいイメージがあるのは根津か?見れば分かりきってるとばかりにもはやスマホをいじってらっしゃる。やっぱ分かるヤツには分かるのか。
「宇佐さんの男子からの人気は半端じゃないんだよ。だから僕だろうと下手に仲良くなれば嫉妬されるし、やっかみを買う」
「……あぁ、なるほど。分かった。つまり逆も然りってやつか?」
「そうですね。志々伎さんの人気はすごいですし、変に関われば愛から受けた嫌がらせどころじゃなかったかも知れませんね」
つまり、異性に人気なこいつらが揃うと、それぞれ同性から不満が出ると。
そんなもんなのか?お似合いじゃーんとかなるかと思った。いや、中途半端に関わったらそうなるって事かな?
「まぁ一部だろうけどね。それでも僕の目的を考えたら避けるべきだったって事さ」
「はぁ……なんか色々考えて過ごしてんだなぁ」
「そうだね、正直この一年半は本当に疲れたよ……でも、もうそれも終わりさ」
春人は楽しげに笑って見せる。
「もともと人気者なんて興味ないしね。必要だったからなっただけさ」
「必要だからってなれるのがすごいと思うけど……それを崩しかねないのがあの終業式ってワケか……あの、なんか申し訳なくなってきたんだけど」
「あはははっ!そう思うなら二学期からよろしく頼むよ、秋斗」
く、くそ、すっごい断りにくい! まさかこれも計算の内じゃないだろうな?こいつなら有り得るから怖いんだけど。
「それに夏希もそうさ」
「……ま、そーかもなー」
「……あー…」
これはさすがに分かる。
夏希は俺を1人にしない為に、自分も1人になった。
俺が避ける内は接触は最低限だったが、冬華の件からは俺に絡むようになった。
でもそれも今思えば、さっきの春人と同様に、冬華の影響で俺に集まりすぎるやっかみを減らす為でもあったんだろう。
冬華と夏希が仲良くする姿はよく見かけたし、『俺と冬華が仲良し』から『夏希の気まぐれで仲良くしてる俺と、夏希の友達の冬華』程度に緩和しようとした。
それでも随分睨まれたけど、春人ですら避ける冬華と居てあの程度なら効果は少なからずあったはずだ。
そう思えば……俺なりの方法で守るつもりだったのに、むしろ随分と守られてたんだな。
「……なんか色々情けなくなってきたわ」
「バカだね。そこはお互い様さ」
「そーだぞー。少なくともあたしはもらったもん返す為ってだけだしー」
独白のつもりがあっさりと否定される。
こいつら良いヤツすぎるんだよホント。
何で俺なんかの幼馴染やってくれてんだかいまだに分からん。
「あーっ!じゃあさじゃあさっ」
黙っていた梅雨がいきなり目を輝かせて俺に飛びついてきた。
条件反射で受け止めると、梅雨は嬉しそうな笑顔をのぞかせて言葉を続ける。
「アキくんがわたしを避ける理由もなくなったって事だよねっ?学校でもたくさん一緒に入れるじゃんっ!」
「……そう、なるのか?」
「なるよなるよっ!わーい!たくさん遊びに行くねっ!やったー!」
確かにそうか。梅雨を避けたのって俺の悪評の影響がいかないようにする為だし。
でも梅雨と絡むようになると、それってーー
「あはははっ、秋斗、集まるやっかみが増えるね」
「ですよね!?」
つまりはそういう事でして。
でもかわいい妹分の期待の眼差しと嬉しそうな顔を曇らせるのは躊躇われる……
「それってつまりぃ、あたしともたくさんお話してくれるんですよねぇ?」
躊躇ってるうちに、悪戯っぽい笑顔の静まで加わり、するりと俺の腕に触れてきた。
「いや、お前はダメだ」
「えっ、ちょ、なんでですかぁ?!そこは「かわいい静なら大歓迎だよ」って言うところですよ?!」
「いやかわいくないし。静は完全に俺が困るのを楽しんでるだろ」
「むむむ……厄介なのは分かってましたけど、やっぱムカつきますねこの人」
何でだよ。嬉しそうな妹分の視線と睨む後輩に困り果ててると、救世主が現れた。
「ほら、秋斗が困ってます。離してあげてください」
冬華だ。するりと割って入り、2人の手を俺から外す。 マイペースな彼女らしからぬ空気を読める行動に内心感動した。やればできるじゃねぇか……!
「別に秋斗と話すのは構いません。けど、私が優先されるのでそこは理解してください」
……あれ?何か変な事言ってない?
とか思ってる内に、冬華はするりと俺の膝の上に腰を下ろした。柔らかい感触が伝わってくる。え、何事?
「ふふん。秋斗、二学期が楽しみですね」
「あ、あぁあああっ!き、危険!危険だよっ!」
「むむむむ……分かってましたけど、ホント強敵ですねぇ」
肩越しに俺に微笑む冬華。その向こうに見えるのは睨む一年生ズ。
もしかして助けてくれたと見せかけて悪化させてません?
「おりてくれませんか?」
「ダメです。最初が肝心なんですよ?」
「何が?」
もうダメだ、今日は苦手な話ばっかで疲れた。
俺の諦めを察したのか、冬華は笑みを深めて俺にもたれかかるように体重を預けてくる。
ふわりと優しい匂いが伝わり、少しだけ落ち着けた気がした。
「……姉さん、俺彼女どころか3学期まで生きてけないかも」
「あんたホントバカね、何でそうなんのよ。どう考えてもどっちも問題ないでしょ」
あかん、愚痴にまでバカにされるようになってる。誰か優しくして?
てか母さんや、とんでもない挑発してくれたな。まさかこんな事になるとは思いもしなかったわ。
「あーぁ、アキは良いわよねぇ。もうお腹いっぱいだし、私は帰るわよ」
「あっ、紅葉さん、送っていきます」
「え?良いわよ別に。まだ明るいし」
「僕がもう少し一緒にいたいんで。良かったら少し寄り道しませんか?紅葉さんにオススメしたいカフェがあるんです」
「ふーん、そう?ならヒマだしお願いしようかしら」
お、おぉう……いつになく春人が攻めてるぅ…
「……ついに吹っ切れたか?」
「だなー。危機感だろ。二学期から鈍感紅葉さんが下手に動く前にケリつけようって魂胆だろーなぁ」
俺の独白に頷いたのは夏希だ。なるほどなぁ、なんにせよついに重い腰を上げたか。
春人の事だ、こうなれば近い内にきっちり捕まえるだろう。というか姉さんが心許す男なんて春人以外知らんし。
うん。少し早いけど春人、そして姉さんおめでとう!
「ところで秋斗?これってさぁ、いつかの話の続き……してくれるのかなー?」
「……そうだな。勿論、ちゃんと考える」
「あははっ……そっか。うん、あたしも考える。だから、楽しみにしてるね?」
一瞬だけ口調を昔のものにした夏希が淡く微笑む。
周りのみんなは首を傾げているが、空気を読んでか口を挟みはしなかった。
「あ、ちなみに二学期までなー?」
「ちょっと?早くないっすか夏希さん」
「じゃないと春人が説明した意味ないだろー?」
「……?」
春人が説明した意味?説明って、二学期からの話だよな。
確かに俺がその時になって苦労するのを見るのが好きな春人らしくない。
珍しいとは思ったけど、意味があったのか?
「あれはなー、あたし達への助言でもあったんだろーよ」
「「「……あぁ」」」
納得した様子を見せる女性陣。
いや分からん、あーもー今日はとことん蚊帳の外だな俺。いい加減泣いていい?
「……難しい話ばっかで疲れた。もうやだ、ムリ、不貞寝する」
「あははっ、拗ねんなよー。ま、いーけど?あたしも一緒に寝るー」
「仕方ないですね。私も付き添いますよ」
「え、えぇえええ?!もうそんな感じなのっ?!」
「梅雨の考えてるのとは違うと思うけどぉ……でも、ここまで肉食だとは思わなかったぁ」
その場に体を投げ出すように寝転ぶも、うるさすぎて寝れる気がしないんですが。
それにしても人間関係の構築やらを切り捨てて過ごしてきた弊害がここまでとはなぁ。
今日の話も全然ついていけなかったし、さすがに反省しないとな。
そもそも、そのせいで気付かない内に春人や夏希に助けられてたみたいだし。
二学期からはちゃんと向き合っていかないとダメだな。
嫌悪感を利用する常套手段も使えなくなるし、やっかみやら集まるだろうし、人間関係も勉強しないとだし。
はぁ……大変だろうなぁ。失敗する事も間違いなくあるだろうし。
けど、頭じゃそう思ってるのに心ってのは正直なもんで。
幼馴染達や関わるようになったヤツらと楽しく過ごせるかも知れない……そう思うと、やっぱワクワクする部分もある。
夏休みもまだ残ってるし、いっそ素直に楽しむのも良いかもなぁ。
そう思いながらわいわい騒いでる彼女達を見やる。
「……ま、色々よろしく」
溢れた小さな呟きに、真横にいた2人の少女が微笑んだ。
「はい、お腹いっぱいってくらい楽しみましょうね。覚悟してくださいよ?」
「おー、今までの分取り返すくらいじゃ足んないからなー?逃がさねーぞ?」
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