学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら
42 台風
――ピシャァピシャァアン!ゴロゴロゴロゴロ……
「あー……すげぇ雷っすね」
「そうね。かなり大きな台風って話だったものね……」
俺と先生は遠い目で窓から呆然と外を眺めていた。
だってアホほど荒れてるんだもの。見た感じだけなら世の終わりみたいな光景。 停電してないだけラッキーってレベル。ガタガタと風に揺られる窓ガラスには、シャワーかよってくらいの雨が叩きつけている。
「……では、帰るわね」
「……やめといた方が良くないすか?」
「……………」
窓の向こうで枝が投げ槍みたいに飛んでる光景を2人で眺める。この中を出歩くのは濡れる以前に危険すぎる。
とは言えよろしくないのは確かだ。もう日が沈み、台風は深夜にかけて近付くーーつまりまだまだ帰れるようにはならない。
このままだと『俺と美人女性』問題はもちろん、『生徒と教師』問題もいよいよ無視出来なくなってしまう。
じゃあ帰れるのかと言えば、先生の無言が物語っているワケだけど。
「……まぁ、様子見ましょか」
「……そ、そうね」
「と、とりあえず飯でも食いません?」
「え、それは悪いわよ。帰って食べるわ」
うん、常識的発言。でも……言い辛いけど、帰れるか分かんないしなぁ。
ちなみにちょっと嫌な予感はしていたが、冬華は夏希の家に泊まると連絡があった。
冬華も急な土砂降りで帰宅のタイミングを逃したらしい。
「まぁそう言わずに。少しだけでも恩返ししたいんすよ」
「うっ……そ、それはずるいって言ったじゃない」
「あはは、さーせん」
冬華のおかげで食材はある。今から買いに行かなくて良いのはホント助かるわ。
「ちなみに嫌いな食べ物あります?」
「ないわよ」
「了解っす。あんま上手じゃないんでクオリティは目をつむってくださいね」
「もちろんよ、ありがとう。それとーー」
「パソコンっすよね?隣の部屋にあるんで使ってください。案内しますね」
「あ、ありがとう。すごく助かるわ」
大変だな、教師って。家に仕事持ち帰ったり、サービス残業当たり前だし。
先生は何で教師になったんだろ。高山先生なら他の仕事でも活躍出来そうなもんなのに。
まぁいいか。おかげで俺は初めて教師で尊敬出来る人に会えたワケだし。
さて、冷蔵庫には……豚肉、カップうどん、キャベツ、玉ねぎ、カップラーメン、もやし、キムチ、レトルトカレー、ほうれん草か
意外とあるな……てか夏希のやつのカップラーメン、まだあるし。出しとこ。
あ、コチュジャンある。なるほど、豚キムチ作ろうとしてたんかな?それでいこ。
ついでにほうれん草のお浸しとオニオンスープも用意しとくか。
「鍋は……あれ、2個も置いてある」
いつの間に……いよいよ俺の家って感じがしなくなってきたな。まぁ茹で汁とスープを同時に進めれるし、ありがたく使おう。
さてコンソメどこっけ?あと出汁の素。お、あった。
「なんか久々に飯作る気がするな、っと」
ほうれん草茹でながらスープ進めるか。茹で時間は……適当でいいか。
浸す出汁は茹でた後に作ろ。鍋足りないし。炒め物は野菜から水分出るし最後で。
工程を頭に描きながら、料理をしていく。
夏希みたいにピンポイントな味付けや宇佐みたいな繊細な味は出せないけど、まぁ無難な味には出来る。
そんなこんなで1時間弱で料理は完成した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「先生―、お仕事お疲れ様っす。とりあえず腹ごしらえでもしません?」
「あ……もうこんな時間なのね。ありがとう、頂くわ」
パソコンがある寝室から出てきた先生と、あまり大きくないテーブルを挟んで座る。
こうやって誰かと食べるのは慣れたつもりだけど、先生相手となると妙な違和感を覚えるな。
「お口に合うか分からんっすけど、どうぞ」
「え、えぇ……いただきます」
何故か目を丸くしている先生が、これまた何故か恐る恐るといった感じに料理を口に運ぶ。
不味そうに見えたのか?いや見た目は普通のはずなんだけど……
心配になってつい先生を凝視してると、目を瞠って一言。
「お、美味しい……」
「あー良かった……えらい警戒して食べるからびびったじゃないすか」
「いや、それは……ご、ごめんなさい」
「いや謝らなくても。まぁ先生が作る飯には及ばないでしょうけど、そこは勘弁してください」
「ぅえっ?!い、いや、そんな事ないわよ……?」
んん?んんんん?
いやいやいやいや、そんなまさかね?この美人で我が校最強教師がそんな。
「今度良かったら先生の飯食ってみたいっすね。得意料理とかあるんすか?」
「えっ?!えぇっとね。その、ほら……ビーストロガノフとか」
「ダウト」
「ぅぅっ……」
嘘だろ……まさか先生が料理下手とは。意外すぎる弱点だ。
「だって……料理をする時間もないじゃない」
「時間は作るもんすよ」
「あとほら、1人暮らしで自炊って食べきれなかったりかえって高くついたりするのよ」
「タッパー保存とか冷凍庫使うとか、工夫次第でどうにかなるっすよ」
「……なんか社会人の先輩かお母さんを相手にしてる気分なんだけれど」
すっかりむくれてしまった先生に苦笑いしつつ、箸を進める。うーん……
「やっぱ夏希や冬華には勝てんなぁ……」
「え?」
「ん?」
「大上くんあなた、根古屋さんや宇佐さんの料理を食べた事あるの?」
「えぇ、まぁ。どっちも俺より上手っす」
「へぇ〜……」
あれ?なんかもっと拗ねてしまった。
いや、そりゃそうか。料理出来ないことで拗ねた人にもっと上手な料理作る人――しかも自分の教え子――がいるとなると、まぁそうなるか。失言だったか、さーせん。
「…………で、大上くんはどうするつもりなのかしら?」
「え?何をっすか?」
「だから、どなたを選ぶのかしら?」
なんか先生、妙に前のめりになってません?聞き方もいつもより棘があるような。
まぁ一応校外だしオフなワケだしな。少しは気を緩めてくれてるのかも知れない。
もしそれが少なからず信頼されての事なら、素直に嬉しい。
しかし、誰を選ぶか?料理だよな。どっちも捨てがたいんだよなぁ。
「んん……どっちも捨てがたいんすよねぇ。さすがにこれは選べないっす。その時の気分で決めたいというか」
「うぇえっ?!」
「あ、でも先生のも食いたいってのはありますね。楽しみにしてますよ?」
「え、ちょ、えぇっ!?」
あれ?ちょっと意地悪程度のからかいのつもりだったのに、えらく驚かれてしまった。
そんなにやばいのか……?やっぱ撤回しとくべきなのだろうか……
「お、大上くん、ちょっと不埒すぎないかしら?!」
「え?ふらち?」
「だ、だって……根古屋さんと宇佐さんだけじゃなく私まで……」
あれ?なんか噛み合ってない気がする。
そして、詳しくは分からないけど、先程の発言からして勘違いしている方向性だけは分かった。
「一応言っときますけど、料理の話っすよ?てか何の話のつもりだったんすか?」
「え……………あ」
「先生……実は結構むっつりなんすか?」
「〜〜〜っ!」
ニヤニヤと笑ってやると、先生は顔を真っ赤にして声にならない悲鳴を上げた。
いやぁ、散々からかわれたから良い仕返しになるわ。
「うわ可愛いっすね、先生。ムービー撮っていいすか?」
「もぉおお!お、怒るわよっ!?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ところで……その、期末テストは勉強する時間がなかったのかしら?」
食べ終わり、食器を洗っていると、高山先生が聞きづらそうに問いかけてきた。
「いや、時間とかは別に。今回はあんまやる気なかっただけっす」
「……はぁ。まぁ貴方は今までもそうだったものね。中間テストでは頑張ってたから今回も楽しみにしてたのだけれど」
「あー……それは申し訳なかったっすね」
今回の期末テストは少ししか勉強してない。おかげで仕事も溜めずに済んだけど、先生が楽しみにしてくれてたのは盲点だったな。
「でも、満点じゃなかったけれどかなりの高得点だったわよ」
「あー、それも現代文だけかも知れないっす」
フォローするように言ってくれる先生に、申し訳なさを覚えつつ言葉を返す。
赤点はないし、平均は超えるとは思うけど、高得点は現代文以外ないと思う。
「そ、そうなの……でも、何で現代文だけ?」
「いや、先生の授業が悪いとか言われたら困るかな、と」
あまり点数が悪いと先生の評価に関わるらしいからな。
少ししか勉強してないと言ったけど、その少しは恩師の教科である現代文だけに注ぎ込んだ。
「……もう。喜ぶべきか怒るべきか分からないわね」
「怒っていいんすよ?実際春人には怒られましたし」
まぁ軽い口調でだけど。カンニング疑惑の再燃やら見直され始めた俺の評価が下がるやら言われたな。
「そう。じゃあ一言だけお説教しようかしら」
「はい」
一言だけかラッキー、とは勿論言わずに、食器洗いも丁度終わったのでお説教を頂くべく正座する。
反省している風の表情を作って前を向きーー笑顔を浮かべている先生に驚いて、表情は崩れてしまった。
「――次のテストは、期待してるわね」
「……………ずるいっすよ、それ」
「あのね。貴方には言われたくないわよ」
これは、やられた。怒鳴られるよりキツイのが来てしまったな。
さすがというか……他の先生とは違って一筋縄ではいかない。
「ま、ぼちぼちで頑張ってみます」
「ありがとう」
お説教でありがとうなんて言葉を使う先生とか今まで会った事ないですって。俺にはこれ以上なく刺さる言葉だけどさぁ。
「……ところで、これは不躾な質問だし、もちろん答えなくても良いのだけれど」
「え?あ、はい」
先程までの教師の威厳や包容力を感じさせる雰囲気を、一気に捨て去った先生が眉間に皺を寄せて詰めてきた。
「家庭の事情で仕事をしてるとは報告されてたけれど……もしかして結構稼いでるのかしら?」
「うわぁお、急に俗っぽぉい」
「だ、だって!あの部屋見たら、思ったより本格的で驚いたんだものっ」
まぁ専門分野じゃなくても先生くらいの人なら部屋の資料やらを見るだけでなんとなく分かるのか。
てか両拳を胸の前で上下させるのかわいいからやめません?俺の理性に優しくないから。
でもまぁ高山先生になら隠す事でもないか。
よく金の話は俗っぽいとか汚いみたいな風潮があるけど、あんま共感出来ないんだよな。
むしろ、そんな事言ってるから金の扱い方や稼ぎ方とか、金の勉強が出来ずに大人になってしまう人が多いんじゃないかと思ってしまう。 金の話をしないから金の勉強になるような情報の風通しも悪くなるワケだし。
日本は普通に過ごしてたら雇われの労働者になるように仕組まれてると俺は思ってる。
だからフリーランスや起業家みたいな個人的に稼げる人が少ないんだろうな。
「まぁ、ーーくらいっすね」
「え……わ、私より多い…」
「そりゃ教師ってほぼ固定給みたいなもんなんすよね?一般企業みたいに実力評価の昇給とかあれば先生ならもっと貰えそうなのにっすね」
それから唇を尖らせる先生を宥めたり、先生が今日持ち帰った仕事を終わらせるまで俺は勉強させられたりしながら時間は経っていった。
そして時計の短針が10を過ぎた頃、やる事もなくなった俺達はというと、なんとなくテレビを眺めている。
「………………」
相変わらず、というより更に激しく窓の外は風と雨が暴れ回っている。ピークは日を跨いだ頃らしいから当然なんだけども。
ここまで来ると、さすがに言わざるを得ない。
覚悟を決めて、どうか怒られませんようにと祈りつつ口を開く。
「あの、先生。もう泊まってったらどうすか?荷物や着替えは明日の朝パッと戻れば良いですし」
言った。言ってやった。言ってもーた。俺は素早く心の中で身構える。 説教やむっつりモードならまだ良い。一番怖いのは無言で睨まれるとかの何も言われないパターンだ。だって物凄く居たたまれなくなるんだよ、あれ。
「……そう、ね。申し訳ないけれどお願いするわ。部屋は先程のパソコンが置いてある部屋でいいのかしら?」
「え……あ、いや、もう一つの部屋の方で。そっちなら一応鍵もあるんで」
あら?随分とあっさり。
よ、良かった……!さすが高山先生、大人だ!そうだよ、緊急事態だってのに変なこと気にする方がおかしいんだよ!
思わず安堵の溜息が溢れた俺に、高山先生はクスリと笑う。
「何の心配をしていたのかは知らないけれど、善意で言ってくれる貴方に失礼な事は言わないわよ。ありがとう」
「あ、いえ。すんません、パソコンがない部屋になりますけど」
「貴方が仕事で使うものなのだから仕方ないじゃない。借りれただけありがたいし、勿論資料やデータも見たりしてないわ」
「お気遣いありがとうございます」
淡々と話は進んでいく。
あー良かった。学生相手じゃないからと変に構えすぎてたのかも知れない。さすが先生だ。
勿論側から見れば良くない状況だろうけど、ちゃんとした理由もあるし緊急事態なんだから。
「じゃあ、その……お、おやすみなさい」
「はい、おやすみっす」
なので、先生の顔が真っ赤な事には触れないでおこう。
うん、絶対触れない。だって今の一言だけで、色々持ってかれたし。
「あー……すげぇ雷っすね」
「そうね。かなり大きな台風って話だったものね……」
俺と先生は遠い目で窓から呆然と外を眺めていた。
だってアホほど荒れてるんだもの。見た感じだけなら世の終わりみたいな光景。 停電してないだけラッキーってレベル。ガタガタと風に揺られる窓ガラスには、シャワーかよってくらいの雨が叩きつけている。
「……では、帰るわね」
「……やめといた方が良くないすか?」
「……………」
窓の向こうで枝が投げ槍みたいに飛んでる光景を2人で眺める。この中を出歩くのは濡れる以前に危険すぎる。
とは言えよろしくないのは確かだ。もう日が沈み、台風は深夜にかけて近付くーーつまりまだまだ帰れるようにはならない。
このままだと『俺と美人女性』問題はもちろん、『生徒と教師』問題もいよいよ無視出来なくなってしまう。
じゃあ帰れるのかと言えば、先生の無言が物語っているワケだけど。
「……まぁ、様子見ましょか」
「……そ、そうね」
「と、とりあえず飯でも食いません?」
「え、それは悪いわよ。帰って食べるわ」
うん、常識的発言。でも……言い辛いけど、帰れるか分かんないしなぁ。
ちなみにちょっと嫌な予感はしていたが、冬華は夏希の家に泊まると連絡があった。
冬華も急な土砂降りで帰宅のタイミングを逃したらしい。
「まぁそう言わずに。少しだけでも恩返ししたいんすよ」
「うっ……そ、それはずるいって言ったじゃない」
「あはは、さーせん」
冬華のおかげで食材はある。今から買いに行かなくて良いのはホント助かるわ。
「ちなみに嫌いな食べ物あります?」
「ないわよ」
「了解っす。あんま上手じゃないんでクオリティは目をつむってくださいね」
「もちろんよ、ありがとう。それとーー」
「パソコンっすよね?隣の部屋にあるんで使ってください。案内しますね」
「あ、ありがとう。すごく助かるわ」
大変だな、教師って。家に仕事持ち帰ったり、サービス残業当たり前だし。
先生は何で教師になったんだろ。高山先生なら他の仕事でも活躍出来そうなもんなのに。
まぁいいか。おかげで俺は初めて教師で尊敬出来る人に会えたワケだし。
さて、冷蔵庫には……豚肉、カップうどん、キャベツ、玉ねぎ、カップラーメン、もやし、キムチ、レトルトカレー、ほうれん草か
意外とあるな……てか夏希のやつのカップラーメン、まだあるし。出しとこ。
あ、コチュジャンある。なるほど、豚キムチ作ろうとしてたんかな?それでいこ。
ついでにほうれん草のお浸しとオニオンスープも用意しとくか。
「鍋は……あれ、2個も置いてある」
いつの間に……いよいよ俺の家って感じがしなくなってきたな。まぁ茹で汁とスープを同時に進めれるし、ありがたく使おう。
さてコンソメどこっけ?あと出汁の素。お、あった。
「なんか久々に飯作る気がするな、っと」
ほうれん草茹でながらスープ進めるか。茹で時間は……適当でいいか。
浸す出汁は茹でた後に作ろ。鍋足りないし。炒め物は野菜から水分出るし最後で。
工程を頭に描きながら、料理をしていく。
夏希みたいにピンポイントな味付けや宇佐みたいな繊細な味は出せないけど、まぁ無難な味には出来る。
そんなこんなで1時間弱で料理は完成した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「先生―、お仕事お疲れ様っす。とりあえず腹ごしらえでもしません?」
「あ……もうこんな時間なのね。ありがとう、頂くわ」
パソコンがある寝室から出てきた先生と、あまり大きくないテーブルを挟んで座る。
こうやって誰かと食べるのは慣れたつもりだけど、先生相手となると妙な違和感を覚えるな。
「お口に合うか分からんっすけど、どうぞ」
「え、えぇ……いただきます」
何故か目を丸くしている先生が、これまた何故か恐る恐るといった感じに料理を口に運ぶ。
不味そうに見えたのか?いや見た目は普通のはずなんだけど……
心配になってつい先生を凝視してると、目を瞠って一言。
「お、美味しい……」
「あー良かった……えらい警戒して食べるからびびったじゃないすか」
「いや、それは……ご、ごめんなさい」
「いや謝らなくても。まぁ先生が作る飯には及ばないでしょうけど、そこは勘弁してください」
「ぅえっ?!い、いや、そんな事ないわよ……?」
んん?んんんん?
いやいやいやいや、そんなまさかね?この美人で我が校最強教師がそんな。
「今度良かったら先生の飯食ってみたいっすね。得意料理とかあるんすか?」
「えっ?!えぇっとね。その、ほら……ビーストロガノフとか」
「ダウト」
「ぅぅっ……」
嘘だろ……まさか先生が料理下手とは。意外すぎる弱点だ。
「だって……料理をする時間もないじゃない」
「時間は作るもんすよ」
「あとほら、1人暮らしで自炊って食べきれなかったりかえって高くついたりするのよ」
「タッパー保存とか冷凍庫使うとか、工夫次第でどうにかなるっすよ」
「……なんか社会人の先輩かお母さんを相手にしてる気分なんだけれど」
すっかりむくれてしまった先生に苦笑いしつつ、箸を進める。うーん……
「やっぱ夏希や冬華には勝てんなぁ……」
「え?」
「ん?」
「大上くんあなた、根古屋さんや宇佐さんの料理を食べた事あるの?」
「えぇ、まぁ。どっちも俺より上手っす」
「へぇ〜……」
あれ?なんかもっと拗ねてしまった。
いや、そりゃそうか。料理出来ないことで拗ねた人にもっと上手な料理作る人――しかも自分の教え子――がいるとなると、まぁそうなるか。失言だったか、さーせん。
「…………で、大上くんはどうするつもりなのかしら?」
「え?何をっすか?」
「だから、どなたを選ぶのかしら?」
なんか先生、妙に前のめりになってません?聞き方もいつもより棘があるような。
まぁ一応校外だしオフなワケだしな。少しは気を緩めてくれてるのかも知れない。
もしそれが少なからず信頼されての事なら、素直に嬉しい。
しかし、誰を選ぶか?料理だよな。どっちも捨てがたいんだよなぁ。
「んん……どっちも捨てがたいんすよねぇ。さすがにこれは選べないっす。その時の気分で決めたいというか」
「うぇえっ?!」
「あ、でも先生のも食いたいってのはありますね。楽しみにしてますよ?」
「え、ちょ、えぇっ!?」
あれ?ちょっと意地悪程度のからかいのつもりだったのに、えらく驚かれてしまった。
そんなにやばいのか……?やっぱ撤回しとくべきなのだろうか……
「お、大上くん、ちょっと不埒すぎないかしら?!」
「え?ふらち?」
「だ、だって……根古屋さんと宇佐さんだけじゃなく私まで……」
あれ?なんか噛み合ってない気がする。
そして、詳しくは分からないけど、先程の発言からして勘違いしている方向性だけは分かった。
「一応言っときますけど、料理の話っすよ?てか何の話のつもりだったんすか?」
「え……………あ」
「先生……実は結構むっつりなんすか?」
「〜〜〜っ!」
ニヤニヤと笑ってやると、先生は顔を真っ赤にして声にならない悲鳴を上げた。
いやぁ、散々からかわれたから良い仕返しになるわ。
「うわ可愛いっすね、先生。ムービー撮っていいすか?」
「もぉおお!お、怒るわよっ!?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ところで……その、期末テストは勉強する時間がなかったのかしら?」
食べ終わり、食器を洗っていると、高山先生が聞きづらそうに問いかけてきた。
「いや、時間とかは別に。今回はあんまやる気なかっただけっす」
「……はぁ。まぁ貴方は今までもそうだったものね。中間テストでは頑張ってたから今回も楽しみにしてたのだけれど」
「あー……それは申し訳なかったっすね」
今回の期末テストは少ししか勉強してない。おかげで仕事も溜めずに済んだけど、先生が楽しみにしてくれてたのは盲点だったな。
「でも、満点じゃなかったけれどかなりの高得点だったわよ」
「あー、それも現代文だけかも知れないっす」
フォローするように言ってくれる先生に、申し訳なさを覚えつつ言葉を返す。
赤点はないし、平均は超えるとは思うけど、高得点は現代文以外ないと思う。
「そ、そうなの……でも、何で現代文だけ?」
「いや、先生の授業が悪いとか言われたら困るかな、と」
あまり点数が悪いと先生の評価に関わるらしいからな。
少ししか勉強してないと言ったけど、その少しは恩師の教科である現代文だけに注ぎ込んだ。
「……もう。喜ぶべきか怒るべきか分からないわね」
「怒っていいんすよ?実際春人には怒られましたし」
まぁ軽い口調でだけど。カンニング疑惑の再燃やら見直され始めた俺の評価が下がるやら言われたな。
「そう。じゃあ一言だけお説教しようかしら」
「はい」
一言だけかラッキー、とは勿論言わずに、食器洗いも丁度終わったのでお説教を頂くべく正座する。
反省している風の表情を作って前を向きーー笑顔を浮かべている先生に驚いて、表情は崩れてしまった。
「――次のテストは、期待してるわね」
「……………ずるいっすよ、それ」
「あのね。貴方には言われたくないわよ」
これは、やられた。怒鳴られるよりキツイのが来てしまったな。
さすがというか……他の先生とは違って一筋縄ではいかない。
「ま、ぼちぼちで頑張ってみます」
「ありがとう」
お説教でありがとうなんて言葉を使う先生とか今まで会った事ないですって。俺にはこれ以上なく刺さる言葉だけどさぁ。
「……ところで、これは不躾な質問だし、もちろん答えなくても良いのだけれど」
「え?あ、はい」
先程までの教師の威厳や包容力を感じさせる雰囲気を、一気に捨て去った先生が眉間に皺を寄せて詰めてきた。
「家庭の事情で仕事をしてるとは報告されてたけれど……もしかして結構稼いでるのかしら?」
「うわぁお、急に俗っぽぉい」
「だ、だって!あの部屋見たら、思ったより本格的で驚いたんだものっ」
まぁ専門分野じゃなくても先生くらいの人なら部屋の資料やらを見るだけでなんとなく分かるのか。
てか両拳を胸の前で上下させるのかわいいからやめません?俺の理性に優しくないから。
でもまぁ高山先生になら隠す事でもないか。
よく金の話は俗っぽいとか汚いみたいな風潮があるけど、あんま共感出来ないんだよな。
むしろ、そんな事言ってるから金の扱い方や稼ぎ方とか、金の勉強が出来ずに大人になってしまう人が多いんじゃないかと思ってしまう。 金の話をしないから金の勉強になるような情報の風通しも悪くなるワケだし。
日本は普通に過ごしてたら雇われの労働者になるように仕組まれてると俺は思ってる。
だからフリーランスや起業家みたいな個人的に稼げる人が少ないんだろうな。
「まぁ、ーーくらいっすね」
「え……わ、私より多い…」
「そりゃ教師ってほぼ固定給みたいなもんなんすよね?一般企業みたいに実力評価の昇給とかあれば先生ならもっと貰えそうなのにっすね」
それから唇を尖らせる先生を宥めたり、先生が今日持ち帰った仕事を終わらせるまで俺は勉強させられたりしながら時間は経っていった。
そして時計の短針が10を過ぎた頃、やる事もなくなった俺達はというと、なんとなくテレビを眺めている。
「………………」
相変わらず、というより更に激しく窓の外は風と雨が暴れ回っている。ピークは日を跨いだ頃らしいから当然なんだけども。
ここまで来ると、さすがに言わざるを得ない。
覚悟を決めて、どうか怒られませんようにと祈りつつ口を開く。
「あの、先生。もう泊まってったらどうすか?荷物や着替えは明日の朝パッと戻れば良いですし」
言った。言ってやった。言ってもーた。俺は素早く心の中で身構える。 説教やむっつりモードならまだ良い。一番怖いのは無言で睨まれるとかの何も言われないパターンだ。だって物凄く居たたまれなくなるんだよ、あれ。
「……そう、ね。申し訳ないけれどお願いするわ。部屋は先程のパソコンが置いてある部屋でいいのかしら?」
「え……あ、いや、もう一つの部屋の方で。そっちなら一応鍵もあるんで」
あら?随分とあっさり。
よ、良かった……!さすが高山先生、大人だ!そうだよ、緊急事態だってのに変なこと気にする方がおかしいんだよ!
思わず安堵の溜息が溢れた俺に、高山先生はクスリと笑う。
「何の心配をしていたのかは知らないけれど、善意で言ってくれる貴方に失礼な事は言わないわよ。ありがとう」
「あ、いえ。すんません、パソコンがない部屋になりますけど」
「貴方が仕事で使うものなのだから仕方ないじゃない。借りれただけありがたいし、勿論資料やデータも見たりしてないわ」
「お気遣いありがとうございます」
淡々と話は進んでいく。
あー良かった。学生相手じゃないからと変に構えすぎてたのかも知れない。さすが先生だ。
勿論側から見れば良くない状況だろうけど、ちゃんとした理由もあるし緊急事態なんだから。
「じゃあ、その……お、おやすみなさい」
「はい、おやすみっす」
なので、先生の顔が真っ赤な事には触れないでおこう。
うん、絶対触れない。だって今の一言だけで、色々持ってかれたし。
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