学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら

みどりぃ

40 面倒くさい2人

 時間は経って長かった梅雨も明け、本格的に夏が始まった。

 期末試験もそう遠くない時期なんだけど、梅雨が終わったからか生徒達のテンションは高い。
 期末試験が終わるとすぐに夏休みが始まる事も理由なんだろうな。

「最近、あんまりゴミが入ってないなぁ」
「良い事じゃんか」
「まぁそうなんだけど、何も入ってないと逆に不安になるわ」

 中間テスト以降から少しずつ下駄箱のゴミが減っていき、最近はなんと何も入ってない日もあるほどだ。
 嬉しい話のはずなんだけど、理由が分からないとかえって不安でしかない。

 しかも気のせいでなければ陰口も減っている気がする。
 というより、俺の勘違いじゃなければ俺に聞こえないよう言っている、といった感じか。

「何が原因なんだ……?」
「さぁなー?」
「………んん?」

 今の感じ……もしかして夏希は何か知ってんのか?
 
「夏希、何かしたんか?」
「別にぃ、あたしは日々の学校を楽しんでるだけだしー」
「……まぁそれならいいか」

 言う気はない、か。いや、そもそも俺の勘違いかも知れないけども。

 もし夏希が原因だとしても、何も言わないなら問題ないんだろうと思う。
 それにこの自由人に何か言ったところで聞くとも思えないしな。

「それよかぼちぼちで期末テストだな。勉強してんのかー?」
「するワケないだろ。面倒くさい」
「言うと思った」

 呆れたような夏希だけど、最近はよく俺の部屋に動画を持ち込んで来てる。
 多分夏希も中間テストほどの勉強はしていないだろうな。

 教室に着き、席に座る。
 軽いバッグを机にかけると同時に、視界にスラリとした脚が入ってきた。

「おはようございます」
「……おはよ」

 変化があったと言えばこいつもか。

 宇佐冬華。
 盗難の噂も完全に消え去り、その話題性のおかげか以前以上の人気者。
 学校一の美少女であり、隠れミスコンの2位と3位――生徒会長の大上紅葉と、自由人で人を寄せ付けない根古屋夏希――には話しかけにくい事もあって、男子からの好意の集まり方は異様な程、らしい。

 そんな冬華だけど、変化したのは『人気』だけではない。
 
「何を変な顔で見てるんですか?……それとも、見惚れてくれました?」
「はぁあ……何言ってんだ。やめろそーゆーの」

 宇佐が揶揄うように悪戯げな笑顔を見せる。
 その言葉と相まってどこか小悪魔然とした雰囲気がある。……静の影響じゃないよな?

 そしてそんな普段の彼女らしくない言動は非常に、ひっじょーに目を惹く。
 それは当然、その言動の対象である俺のにも向くワケで。

「ちっ……」
「くそっ、またかよぉ!」
「なんでアイツが……!」

 向けられる大量の視線と、それに乗せられた敵意。
 数こそ男女問わずだった以前よりも単純に半分なんだけど、質がなぁ。悪意に慣れたはずの俺でも普通に怖い。目がね、血走ってんだもん。

「ほら、こうなった……」
「ふふっ、注目の的ですね」
「悪い意味でだけどな」
「今更でしょう?」
「うるせ。てかマジでやめてくんない?」

 基本的に冬華は根津、あとは夏希と主に話しており、他の女子とも話す場面もある。
 それ以外は……俺にこうして話しかけてくるんだよな。

 つまりは、まともに話す男子は俺だけ。
 他の男子にも話しかけられたら受け答えこそするものの、言葉少なく最低限の会話のみ。
 春人は基本話しかけはしないようにしてるみたいだし。

 そのせいもあって男子からの敵意の密度が上がってるワケだ。うんざりである。もういっそ避けて過ごすかな。

「じゃあ私のこと、無視しちゃうの……?」

 俺の内心を見抜いてか、それともこれまでの会話パターンから予想したのか、冬華は不安そうにこちらを覗き込んでくる。しかも家でのみの口調まで出してきて。
 この言動も先程までと同様の小悪魔らしいからかいーーなら良かったんだけど、こういう時に限って心から不安そうだから余計にタチが悪い。
 
 周囲の視線やカーストやらを無視してズカズカ来て揶揄ったり楽しげにする癖に、いざ突き放そうとするとマジで不安そうにしやがる。 やっぱ冬華とは相性が悪いらしい、と内心で再認識しつつ手を適当に振る。

「……いやそれはしないけど」
「良かったです……もう、意地悪ですね」
「お前な……!」

 こいつだけには言われたくねぇ!
 しかも自覚がないから最悪だ。腹立つぅ……!

「で、何か用?」
「いえ、ちょっと聞きたくて。期末テストの勉強は順調ですか?」
「順調も何も、してないし」
「えぇっ?!」

 夏希と似たような会話だけど、リアクションは違った。夏希と違って驚いている。

「な、何でですか?勉強しなくても全て理解してる、とかですか?」
「んなワケないだろ……いやまぁ平均点くらいはとれると思うけど、全部じゃないな。授業もたまに寝落ちしてるし」
「なら何でですか!次こそ負けないよう私は頑張ってるというのに!」

 あーなるほど。
 こいつも意外と負けず嫌いなところがあるし、勝負がしたかったのか。なにそれどこの腹黒幼馴染王子?

「どっちにせよ冬華が勝ってたと思うぞ。前回のは最初の中間テストっつー狭い範囲だったから、短期集中でどうにかなっただけだし」
「だとしてもです。そ、それに………その、一緒に勉強とか、したかったですし…」
「はぁ?そんだけの学力があれば一緒にやってもかえって非効率じゃないか?」
「ちょ?!き、聞こえてたんですか?!」

 いや聞こえるだろ。難聴なワケでもない、どころか姉さんに似て耳は良い方だし。

 なんにせよ一緒に勉強は必要ない。
 今回は学校にも通って授業もそれなりに受けてるから、勉強しなくてもそれなりに点数はとれるし。

「むぅ……納得いきません」
「して欲しいとも思ってないし」
「むむむぅ……!良いんですか?そんな事言うなら、ずっと秋斗の部屋で勉強しますよ?」
「はぁ?!何そのお互いダメージしかないその脅し?!」
「お、お互いでは……い、いえっ、とにかく!そういう事なら代わりに私のお願いを聞いてもらいます!」
「却下」
「まだ言ってないですけど?!」

 いやそりゃな。なんで代わりが言う事聞く事になるんだよ。

 呆れを肩をすくめて示すと宇佐は更に不機嫌そうに口を尖らせる。
 だからといってこの天然小悪魔の爆弾娘の言う事を聞くなんて自殺行為は絶対頷けないけども。

「つーかさー、秋斗ぉ」
「……夏希、助けるならもっと早く……!」

 夏希は冬華が話しかけてくる時に大体逃げる。集まる視線が鬱陶しい、との事らしい。
 腐れ縁の悪友の助けがあればどうにか視線を受け流す方法もありそうなもんだけど……まぁもしかしたら夏希が揃う事で余計に俺に敵意が集まるのを回避してくれてるのかも知れないけどさ。

 そんなことを思いつつ夏希を睨むと、肩をすくめて呆れたように返される。

「アホか。そうやって2人の世界に入るから周りに睨まれてんだよ。気付いてなかったのかー?」
「はぁ?」

 え、自業自得なの?
 思わず冬華を見ると、彼女も首を傾げてる。

「いや冬華も心当たりなさそうだし、夏希の考えすぎだろ」
「あー……はいはい。あとは若いもんだけでやっとけ」
「おい待て同い年!そういう事言うとーーっ」

 本日一の、いや過去一番の敵意が集まった。
 さすがに俺もびびって声が途切れた。こ、怖ぁ!もはや殺意だろこれ!

「まったく夏希は自由ですね……では、若い2人で仲良くしましょうか、秋斗?」
「やめろァ!殺す気かぁ!?」

 こうしてここ最近は冬華と夏希に振り回される事も多い。
 こんなぼっちをイジメやがって……!

「くそ、せめて相手が志々伎なら文句もないってのに……!」
「なぁ志々伎、今度大上を葬ってやろうぜ!」
「あはは、放っておこうよ。女子の邪魔をする方が怖い目にあっちゃうかも知れないよ?」

 聞こえてくる殺害計画を諌めるのは春人。
 こうして陰ながらフォローしてくれるのは助かっている。本人には言わないけど。

「それより皆、期末テストは大丈夫かい?今回は数学が難所になりそうだけど」
「あっそうだった!助けてくれよ志々伎ぃ!このままじゃ追試になっちまうよぉ!」
「あぁーん!志々伎くん、私も助けてよぉ。お勉強会して欲しいなぁ〜?」
「ごめんね、最近部活が忙しくて勉強会はちょっと。分からない事があれば質問してくれたら答えるからそれで許してくれないかな」

 相変わらず男女ともに人気の春人をなんとなく眺める。

 人気はもちろん、好意もかなりの数だ。
 頬を染めて詰め寄る女子の多さたるや。さすが圧倒的な女子人気一位の男。リア充の王。いつ爆発してもおかしくない。

 まぁそれを受け止めるでも遠ざけるでもなく受け流し、かつ女子達が睨み合わないように上手く立ち回る春人のそれは神業だろう。 いざこうして目で見ても真似出来る気がしない。春人であってもかなり神経を尖らせてるだろうな。

 それでもにこやかな笑顔を崩さない春人に尊敬の念が湧く。
 とても同い年とは思えないな……転生かタイムリープでもして人生二周目とかじゃないんだろうか。

「それに、数学以外はそんなに難しくないから大丈夫だよ。頑張って」
「……………んん?」

 なんだ今の発言……いや、あいつもしかして。

「……おーい、志々伎くんや。お山の大将やる前にやるべき事をやれよ?」

「……どうしたんだい、大上くん?」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「……どうしたんだい、大上くん?」

 突然だった。
 
 中間テストで烏丸さんに勝って以来、学校で話しかけても無理に遠ざけたり無視しなくなった秋斗。
 それが嬉しくてついたくさん話しかけてしまう。
 噂で遠ざかり話しかけて来なかった男子――まぁほぼ全員なんですけどねーーとは最低限しか話さない事もあって、より秋斗が厳しい視線を集めてるのは気付いています。
 それでも受け止めてくれる。相変わらず優しいんですから。え?逃げようとした?逃すとでも?

 そんな秋斗は集まる視線もあってか、本当に大人しく学生生活を送っています。
 学校にも毎日来て、授業も受けています。たまに寝てますが。

 そんな中の、彼らしくない突然の行動。

「どうしたも何もないな、志々伎くんや。確かお前、保健委員じゃなかったっけか?」
「え?いや違うよ?……あぁ、以前保健委員の子が休んでいたから代理でやったから勘違いしたのかな?」
「あっそ。まぁどうでも良いんだよ。勉強教える暇があるならさっさと体調不良のやつを保健室に連れていけ」

 困惑した様子の志々伎さんに、妙に強引に会話を進める秋斗。
 強引なところはあれど理に適わない事は言わない印象でしたので、支離滅裂ともとれそうな強引さはどうにも違和感があります。

 それは側から見れば、こじつけでケンカを売っているようにしか見えませんから。

「はぁ?いきなり何?!あんたみたいなのが志々伎くんに話しかけてんじゃないわよ!」
「そうだぜ!何いちゃもんつけてんだ!ケンカ売ってんのか?!」

 当然、志々伎くんの周りーーいえ、クラス中の生徒が怒りを露わにして口々に秋斗を責め立て始めました。
 それを柳に風で聞き流しながら、大上さんは志々伎さんから目を離さず見据えています。
 もっとも、無視されていると思った周囲は余計に怒っていますが。

「……で、体調不良っていうのは誰だい?もし嘘なら邪魔しないでくれないか。勉強を見ないといけないからね」
「あぁ?別にほっときゃいいだろ」
「そんな事出来ないさ。蓮見さんは部活にとても力を注いでいるんだ、勉強を教える事で力になれるなら力を尽くしたいからね」
「志々伎くん……!」
「はっ、お優しいこって」
「っ!さっきからマジでうざい!このクズ!」

 志々伎さんも勉強を聞かれた生徒――蓮見さんーーを気にかけており、秋斗を少し睨むようにして言い返す。
 大上さんの突っかかるような態度もですが……わずかとはいえ怒りをクラスメイト達の前で簡単に見せる志々伎さんもなんだか珍しい気がしますね。

 そんな2人の睨み合いと、周囲からのブーイングで教室はとても騒がしいです。
 そんな中、大上さんは肩をすくめておざなりに指を1人の生徒へと向けます。

「河合だよ」
「ええぇっ?!」
「いや本人びっくりしてるけど?大上くん、適当な事言ってないかい?」
「本人も自覚がないんだろ。いいから寝かせてこい。あ、移るかも知れないから志々伎くんも熱測ってから戻ってこいよ?俺に移されたら嫌だからな」

「はぁあ?!」「マジでサイテー!」

 傲慢な物言いに教室内の熱気は止まる事を知りません。
 このままでは殴り合いのケンカに発展してもおかしくないのではないかとさえ思う程です。
 
 さすがに心配になって立ち上がる私に、いつの間にか横に立っていた夏希がそっと肩に手を置きました。

「あー、やっと分かったわ。よく気付けるよなー秋斗のやつ。いっそキモい」
「え?ど、どういう事ですか?」
「まぁほっといて大丈夫って事。のんびり見てよーか」

 いや大丈夫とは思えませんけど?!
 そんな私の心配を他所に、夏希も秋斗も自然体のままです。

「おらさっさと行け。蓮見?とかいうヤツの勉強なら気にすんな。それとも保健委員に行かせて、そいつに風邪を移させたいのか?ひでぇヤツだなお前、それでも優等生か?」
「………はぁ、分かったよ。何がしたいのかは分からないけど、そこまで言うなら言う通りにしよう」
「えぇー?!志々伎くん、勉強はぁ?」
「ごめんね、試験までには分からないところを教えるから、他のところを進めておいて」

 ついに話がついたようですね。
 志々伎くんが折れる形となり、頼ってくれた蓮見さんに申し訳なさそうに微笑みながら河合さんへと近寄って行きます。

 訳が分からないといった河合さんに、秋斗は視線を向けて一言。

「河合、頼んだ」
「………う、うん?」

 河合さんはよく分からない様子ながらも、出来上がった流れに従って保健室へと向かう姿勢を見せます。
 そのまま志々伎さんと共に教室を去りました。


「ってめぇ!一体何なんだよ!」
「あ……!」

 志々伎さんが居なくなった瞬間、1人の男子生徒が秋斗へと掴み掛かりました。
 いきなりで驚きのあまり声が出てしまいましたが、それを呑み込む怒声が教室に響きます。

「何でお前なんかが偉そうに指揮ってんだ!?宇佐さんと根古屋さんに話しかけられて調子乗ってんじゃねえかお前?!」

「――うるせぇ!!」
「「「っ!?」」」

 び……びっくりした。
 秋斗が男子生徒を上回る声量で一喝したんです。

 これまでどれだけ嫌がらせや陰口を言われても何も言わなかった秋斗が、怒りに染まった表情で怒鳴った……

 男子生徒も、いやクラスメイト全員が私と同じだったんでしょう。
 先程までの喧騒がウソのように鎮まりかえり、痛い程の沈黙が教室を支配しています。
 その沈黙を破ったのは、それをもたらした本人。

「お前ら、いくらなんでも同い年の志々伎くんに頼りすぎじゃねぇか?しかも寄ってたかってよ」
「………っ!」

 誰もが何か言いたそうな表情を浮かべていますが、秋斗の怒りを前に誰も口にはしませんでした。
 その分、苛立ちは溜め込まれているようですが、それを爆発させる気は大上さんには無いようです。
 普段よりも少し荒い口調で、誰も反論させない雰囲気と威圧感をもって言葉を重ねていきます。

「なっさけねぇなぁ?たった1人に全員が甘えて助けてもらってよ。志々伎くんの苦労が目に浮かぶわ。あいつ子守りをする為に学校来てんのかもな」

 怒りのままに煽りに煽ってますね……
 言葉にこそなってませんが、苛立ちが高まっているのは側から見ても一目瞭然。爆発すれば大変な事になるでしょう。

 そしてついにその内の1人が口を開きかけた瞬間、それよりも早くクスクスと小さく笑い声が響きました。

「え?な、夏希?」
「あー、くくっ……いや、すまんすまん。笑うつもりも茶化すつもりもないんだけど、なかなか言い得て妙だったからさー」
「………あぁもう、どう収拾をつけるつもりですか」

 おぉう、夏希まで参加してしまいました……
 そんな夏希を秋斗は咎めるように睨みますが、夏希はどこか挑発的な笑みをもって受け流しています。

 と言うより、気のせいでなければ夏希も少し怒ってるような……

 なんですか、この三竦み。一歩間違えたらとんでもない事になりますよ。

 こういう時に志々伎さんが居ればきっと上手くまとめてくれるんでしょうけど。
 早く帰ってきてくれないでしょうか。こんなの私には無理ですよ。

――カララ……

 そんな私の祈りが届いたのか、そろそろと弱々しく教室の扉が開きました。

 全員の視線が一斉に扉へと集中します。
 あ、いえ、よく見れば秋斗と夏希はお互い睨み合ったままですが。

 その視線の先で、1人の男子生徒は集まる視線に驚いたようにビクッと体を震わせてから、遠慮がちに口を開きます。

「あの……志々伎くん、体調不良で保健室で休むように言われて……もしかしたら早退するかもだから担任に伝えるように言われた…」

 そう言ったのは、秋斗に勝手に体調不良にされた河合さんでした。

 河合さんの言葉に、全員が驚きを露わにして絶句しています。
 そんなクラスメイトを他所に、秋斗は河合さんに質問を投げかけます。

「あぁ、河合は体調大丈夫だったんだな。わるい、俺の勘違いだったわ。それより志々伎くんから風邪はもらってないだろうな?」
「あ、うん。それは大丈夫だよ。志々伎くんも風邪とかじゃなくて疲労が溜まったせいだって言ってたから」
「そっか、なら良い……ありがとな、河合」

 素っ気ない口調ですが、今のは夏希じゃなくて私でも分かりました。

 なるほど……体調不良なのに無理する志々伎くんへの心配と、あとは河合さんに移らないかの確認ですね。
 いつの間にか荒くなっていた口調もいつも通りですし……安心したんでしょうね。

 そして秋斗はそれだけ聞ければ充分とばかりに肩をすくめて、固まるクラスメイトを尻目に踵を返そうとして、

「………あ、やべ、忘れてた」

 そう小さく呟いてまた振り返り、無言でスルリと蓮見さんの持つノートを奪いました。

「あっ、ちょっ!?返しなさいよアンタ!」
「あーもううるさいな。少し黙ってくれ、気が散る」
「はぁ?!意味分かんないわよクズ!好き勝手言ったと思ったら人のもの盗っーー」
「……よし、分かった。悪いけどペン借りるぞ」
「は?って何勝手に人のペンを、ってちょ、何書いてんのよ!って無視?!おーい?!」

 いや、あの、さすがにマイペースすぎますって。
 ノートを奪い、ペンを筆箱から抜き取り、そのままノートに書き込む。
 その間、蓮見さんの言葉を一切無視。そりゃ怒ります。

「てめぇ何――」
「ほれ」

 それまで呆気にとられていた他のクラスメイトが慌てて怒鳴ろうとしたタイミングで、大上さんはあっさりとペンとノートを蓮見さんに返しました。

 それを慌てて受け取って、何を勝手に書いたのかと怒りに染まった表情でノートを睨む蓮見さん。
 けれど、その視線の鋭さは時間を追うにつれて困惑、そして驚愕へと染まっていきます。

「え………あ、アンタこれ……」
「ウソだと思うなら教師に確認してみろ。あ、それで分からないって言うんなら、もうそこらへんは捨てて別のとこで点伸ばした方がいいかも。そこの配点少ないだろうし」
「……いや、理解はしたわよ……一応、先生には確認するけど」
「あっそ」

 置いてけぼりで頭上にクエスチョンマークを飛ばすクラスメイト達を他所に、蓮見さんと秋斗は主語のない会話を済ませました。
 何がなんだか、といった微妙な空気になった教室に、まるで見計らったかのように高山先生が入室してきました。

「ホームルームを始めるわよ。全員座りなさい」

 綺麗で透き通る声に、混乱しつつも大人しく従う生徒達。
 そんな中で、後ろの席から「勝手な事すんなバカ」「知るか、あたしの勝手だボケ」といった会話が聞こえてきますが、それを高山先生は咎める事はしませんでした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「くそ、やられたよ」
「ザマァないな」

 ホームルーム中にトイレだと逃げてきた俺は、保健室へと向かう。
 そこには予想通り悔しそうな表情をしている春人が居た。

「さすがに抱え込みすぎだアホ。超人だろうと高校生なんだぞお前。最近クラスのやつらも目に余るしな」
「超人じゃないと言ってるだろバカ。まぁクラスメイトはともかく、キャパを見誤ったのは確かに僕のミスだよ」
「だな。部活も追い込み時期なんだろ?あんな甘ったれた奴らなんかほっとけよ」
「そうもいかなさいさ。あ、蓮見さんの勉強をみてくれてありがとう」
「……何の事だか」

 はいはい、と微笑む春人にイラッとする。こいつ見てもねぇのに。
 
「弱ってても腹立つな。さっさと早退しろ」
「いや、2限目まで休めば治ると思うよ」
「本当かよ?3限目になって寝てたら笑ってやるよ」
「その時は盛大に笑ってくれ」

 まぁ春人が言うならそうなんだろう。
 どうせ3限目にはいつも通りの表情でひょっこり帰ってくるんだろうよ。
 まぁ長々話すのもなんだし、さっさと退散するか。

「はいはい、夏希と2人で笑ってやるよ。じゃあな」
「あれ、もう帰るのかい?」
「トイレに行かないといけないんだよ」
「あははっ、なるほどね。じゃあ漏らしたら僕が笑ってあげるよ」
「その時は盛大に笑ってくれ」

 そう言って保健室を後にする。
 その際、誰かが居たような気がしたけど……まぁ気のせいか。



「全く……なんと言えばいいんですかね。あの人達はすごいのかややこしいのか……とても仲良しなのは分かりましたけど」
「はっ、2人とも面倒くせーだけだろー?つーかあたし達も早く戻るぞー」


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