学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら

みどりぃ

38 もしもお互い様なら

 それから目を覚まして膝枕をされている事に気付いて跳ね起きたり、長く正座をして痺れた足の冬華が立ち上がれず抱きついてきて顔を赤くしてたり、残る荷物をまとめると残る彼女に手伝いを申し出たら下着がとか小声で呟いた後顔を赤くして先に帰らされたりした。

 そしてすっかり夜になった9時頃に1人で帰宅。今日は久しぶりにコンビニ弁当かと思っていると、

「遅かったね、秋斗」
「……何で居るんだよ…」

 鍵を開けたら、何故か目の前に腐れ縁の親友が立っていた。

「この前の件で手間をかけさせたからね。僕もピッキングを覚えたんだ」
「アホかお前!覚えんなそんなもん!あと俺の家で試すな!」

 斜め上の返事に思わず叫ぶ。それに春人は楽しげに笑いながら、肩をすくめる。

「ま、冗談なんだけどね」
「あたしだっての。春人のやつはなんかついてきたー」

 タチの悪い冗談はやめろ。
 後ろからひょっこり出てきた夏希が肩をすくめながらネタ明かししてきた。夏希の合鍵で入ってきたワケね。

 それと同時にふわりと美味そうな匂いが鼻腔をくすぐる。

「秋斗ぉ、飯作ったから食ってもいーよ」
「お?マジか!さんきゅ。腹減ってたんだ」
「秋斗聞いてくれよ、夏希ってば僕のご飯ないって言うんだ」
「ザマァ見ろばーか!」

 とはいえ、絶対用意してるだろうけどな。
 そんな軽口を叩きつつ、俺達はテーブルを囲む。

 しっかし、ハンバーグにオムライス、唐揚げ、刺身……統一感はないけど、これって全部――

「――なんか俺の好物ばっかだな」
「そーだっけ?まーラッキーじゃん」

 夏希は素っ気なく吐き捨てたけど、そんなワケがない。わざわざ用意してくれたんだろう。
 ありがたいけど何故?いや、細かい事はいいか、美味そうだしシンプルに嬉しいし、それに久しぶりの夏希の飯だしな。

「ありがとな。いただきまーす!」
「おう、食え食えー」
「僕も頂こうかな……あれ夏希、僕の刺身は?」
「あ、すまん、ないわ。足りなかったー」

 あ、ホントに春人は無いおかずもあったんだ。
 しかし春人は気にした様子もなくハンバーグを堪能している。

「で、なんでこんなメニューなんだ?いやすっげぇ嬉しいけど」
「だーかーらー、たまたまだってのー」
「分からないかい?秋斗の元気がなさそうだったから元気づけようとしてるんだよ」
「……春人てめー」
「あははっ、図星だったかな」

 なるほど、そういう。
 夏希らしい素っ気なさと優しさに、目の前の飯が余計に美味く感じる。

 ほんと、俺の幼馴染させとくにはもったいないヤツらだよ。

「ありがとな、夏希」
「はいはい、いいから冷める前に食えってのー」
「照れんなってのー」
「口調真似んなバーカ!」

 お礼代わりの言葉も言ったし、夏希の言う通り冷めない内に食べるかね。
 あーうめえー。俺の好みに合った、少し濃いめの味付け。
 冬華の繊細な味付けも素直に美味いと思えるけど、やっぱ夏希の味付けの方が舌に馴染む。

「……秋斗、顔色良くなったね」

 食べ終わった春人がおもむろに呟く。
 俺も食べ終わり、お茶を流し込んでいるタイミングでの発言。
 俺が飲み込むまでに、夏希が最後の一口を飲み込んで言う。

「冬華のおかげだろー?」
「……まぁ、そうなんだと思うわ」

 俺自身、他人の家であれ程爆睡するとは思ってもなかった。
 俺が思う以上に疲れていたんだろうし、俺が思う以上に冬華との時間で回復しているのかも知れない。

「良かったね。ところでーー」

 春人はにこやかに笑い、それから一気に真顔になって言葉を続ける。

「いつまでこんな状況を野放しにするつもりだい?ましてやそれに振り回されるなんて……らしくないし、情けない」
「……あァ?」

 ピリッと空気が張り詰めた気がした。
 春人の威圧感に、無意識の内に俺も神経を尖らせる。

「そうだろう?自分で蒔いた種で針の筵になって、その状況に参っている。これは秋斗の落ち度でしかない、違うかい?」
「だとしてもお前にどうこう言われる筋合いはねぇよ。なんか迷惑でもかけたか?」
「いや、迷惑なんてかかってないさ。ただ秋斗のそんな情けない姿は見ていて気持ち良いものじゃない」
「知るか。そもそも買い被りなんだよ、平々凡々の一学生だし振り回されも参りもするわ」

 お互い鋭く睨み合う。
 春人が何に怒ってんのか知らんが、買い被りを押し付けられたらたまっだんじゃない。
 沈黙がしばし部屋を支配するが、そんな中で不似合いな程気怠げな声が落ちる。

「……なぁ秋斗ぉ」
「……なんだ夏希」
「何で冬華や河合を受け入れたんだー?春人ですら学校じゃ基本関わらないようにしてるのにさー」

 春人とは反対に、世間話のように切り出す夏希。
 とは言え、その言葉には聞きようによっては棘がなくはない。
 もっとも、そんな雰囲気は無く、単に気になったから聞いてみたような口調だけど。

 とは言え、実はその回答は俺も簡単には言えない。というより、自分でも明確には分からないのだ。

「……さぁな」
「ふーん……というかいつまで睨み合ってんだってのお前ら」

 結果として濁すような答えになったけど、それを夏希は咎めるでも問い正すでもなく頷き、ついでに夏希との会話中もずっと睨み合っていた俺と春人に文句を添えた。

「春人、そういうこった。分かったらいつまでも拗ねんなってのー」
「は?面白い事を言うね夏希。僕がいつ拗ねたって言うんだい?」
「今」
「は?」
「あ?」

 夏希はさっきので何が分かった?春人が拗ねてる?付き合いの長い2人の会話が、まるで理解出来ない。
 いつの間にか俺をほっといて睨み合う春人と夏希に、俺は追いつかない思考で天を仰ぐ。

「はぁ……一体何か言いたいんだか」
「本当に分からないのかい?」
「分かったら苦労しねぇわ」

 少し驚いた様子の春人に匙を投げるように頷くと、しばらく沈黙した春人は溜息ひとつで鋭い雰囲気を霧散させた。
 同時に夏希はどこか拗ねた様子で鼻を鳴らす。

「秋斗ぉ。お前がこんな風になってる理由、教えてあげよっかー?」
「………夏希?」

 手に顎を乗せて、投げやりにも聞こえる口調で夏希は言葉を重ねる。

「関心が出たんだよ。興味と言ってもいいかもなー」
「……関心?何だそれ」
「だから、周りからの感情にも反応してんのー。以前までは興味関心が文字通りゼロだったから、何言われても気にしなかっただろー?」
「まぁ……言われてみりゃ確かに平気だったけど、興味ゼロってのはさすがに言い過ぎーー」
「――じゃないんだなー。秋斗は関わらないヤツらに、良くも悪くも興味が無かったっての……少なくともずっと見てきたあたしからはそう見えた」

 うぅむ。まぁ夏希が言うなら、少なくともそういった要素はあるのだろうか。いやでもそれすげぇ冷たい人みたいな扱いじゃないすか。
 
「で、それが崩れた。もちろん興味津々って程じゃないけどさ、立て続けに関わるヤツが増えてから周りへの興味関心がほんの僅かだが出てきた」
「……それで今までは平気だったのに精神的に疲れるようになっちゃったと?」
「だとあたしは思うけどねー」

 見れば春人も納得したように頷いている。
 どうやら反論などは無いらしく、それどころか「さすが夏希、よく見てるね」とか褒めてるし。

「マジか……」

 俺としては春人のように頷けない。というか飲み込めない。
 いや何で自分の事を他人に説明されてるんだよ。頼むぞ俺、自己分析甘すぎだろ。

「まぁなっちまったもんは仕方ないだろー。言わせてもらうなら、あたしとしては良い事だと思ってるしー?」
「そうだね、そこだけは同感だよ。情けないと言ったのも一応取り消すよ、まさか自覚がないとは思ってもなかったしね……で、秋斗」

 気のせいでなければどこか嬉しそうに話す2人が頷き合い、そして春人が俺に水を向ける。

「これからどうするんだい?いや、どうしたいんだい?」

 漠然とした問いかけ。
 しかし、誤解のしようもない程明確でもある。

 他人への興味が出た事で精神的にしんどい状況となった学校。
 今までなら気にならず、ましてや狙ってそうなっていた『嫌われ者』の立ち位置。
 そして、これは推測だけど……新たに関わるようになった人達のことも含まれているんだろう。

 それらを、これからどうしていくのか。
 いや、どうしていきたいのか。
 自分が作った環境だと甘んじて耐えるのか。
 または今までのようにーー関わりを捨ててーー無関心に戻るのか。
 それとも、進みながら何かを変えていくのか。

「いや待て……そんないきなり、興味関心やらも今聞いたばっかだし、答えなんか簡単に出るかよ」
「そうだね。でも、周りは待ってくれないよ」
「……!」

 それは、きっと、そうなんだろう。

「分かってるよね。これから状況はまだまだ動くよ。むしろ、今は変化し始めなんじゃないかな」
「………かも、な」
「うん。だからね秋斗、あんまりゆっくりしてたら、状況に流されるばかりになってしまうよ。それこそ……情けないと思わないかい?」

 カチンときた。口を開いた。が、声にはならない。

「図星だろう?秋斗はバカじゃない。僕が言うまでもなく全て分かっているはずさ。それなのに、行動に移せない。行動を決める為の指針すら分からない」
「……………」

 図星、だな。そして春人が言う『指針が分からない』理由も、まぁ分かってる。

「……で、どうするんだい?」

 ……困ったな。参った。

 仕方ない、ここはいつものように濁すか。
 冷静じゃない自覚もあるし、少しでもいいから時間が欲しい。

『すぐには出せない。少し時間をくれ』
『うるさい、関係ないだろ、ほっといてくれ』
『決めた。けど、これは俺の考えだ。他人に言う事じゃない』

 さぁ、どうしようかーー

「……分からない。どう、すりゃいいんだろうな」

 漏れた呟きに、目の前の2人が目を瞠った。

 そうだ。こいつら相手に、誤魔化す必要なんて……本当にあるのか?
 
 いい加減、分かってるんじゃないか?
 こいつらが、どれだけ俺を大事にしようとしてくれてるのかを。
 その思いを、優しさを、俺が受け止める力がないだけなんだって。

 だから俺のすべき事は、せめて、せめてこの2人に、嘘も誤魔化しもせずに。
 ずっと情けなくて恥ずかしくて、自分自身ですら目を背け続けてきた気持ちを、伝えるべきじゃないのか。

「春人、お前も知ってるだろ……親とすらあんな事になる俺が、今更他人の気持ちに向き合ったところでどうなるってんだよ」

 それでも顔を伏せるのは、きっと情けなく歪んでるであろう顔を見られたくないからだ。
 我ながら、情けない。

「なのに、今更興味?関心?何考えてんだ俺は、アホかよ……」

 いつも思う。俺にはもったいないヤツらだ。
 ほら、今も顔を上げる事すら出来ない。
 弱くて、情けなくて、消えてなくなりたくなる。

 もういっそ、ここで失望されても……

「だからいつも言ったろ、買い被りだってーー」
「……秋斗ぉ」

 あぁ。夏希からか。
 立ち上がり、ツカツカと距離を詰める彼女に、怒ってるのなら一発くらいは叩かれようと頭の片隅で他人事のように呟き、

「やぁーーっと弱音が出てきたなぁ」

 ニヤリと笑い、抱きしめられた。

「強がってばっかでさー。それとも何?弱音ひとつ吐いたからって離れるとでも思ってんのかー?」

 そうじゃない、違う……とは言えなかった。

「秋斗ってさー……ずっと気張ってたじゃん」

 ……そうなんだろうな。あれ以来、1人でも生きていけるように。
 施しなんていつ消えるか分からない。
 弱音なんて何の役にも立たない。 施しに縋っても助けを求めても何も手に入らないと思い知らされたから。

 だから勉強した。強くなった。稼げるようになった。
 そして今、イジメから自衛が出来るようになったし、自分の金で一人暮らしもして生きれるようになった。

 それなのにいまだに甘えている。
 離れ難くて、手放し難くて、腐れ縁の幼馴染という言葉に縋って、2人からの助けを求めてる。

 我ながら、度し難い。

 春人の言葉は、矛先はともかく、いつも正しい。
 俺はいつも情けなく、恥を晒して生きている。

 この2人にずっと、甘えて生きてきた。

「かっこつけんなバーカ。腐れ縁の悪友なんだろ?お互い言いたい事言ってきたじゃんか」

 それなのに、夏希の声は柔らかい。

「なのに、お前だけ隠すなよ。それこそあたしが1人で甘えてるみたいになっちゃうじゃんか、恥ずかしいだろー。一緒に恥かけっての」

 視界の端にある夏希の首筋が赤い。
 声は震え、すんと鼻を鳴らす音が小さく耳元を撫でる。

(甘えてたのは、俺だけじゃなかった、のか……?)

「秋斗、君は『貸し借り』とよく口にするね」

 そう、だな。
 春人とは特によく貸しだったり借りだったりを作り合ってきた。

「それ、『あの時』から言うようになった自覚はある?」

 そう、だったか?
 自覚はなかったな。相変わらず、よく見てるな。

「はっきり言うと、それは秋斗が怯えてるからだと思ってる。貸し借りという形で人との繋がりを利害関係に当てはめて、それが返済されれば解消されるようにしたんだ」

 ……そう、かも知れない。
 だとしたら、確かに情けないと言われても仕方ない。

「悪いと言うつもりはないさ。けどいい加減、僕達くらいはそうじゃないと認めてくれても良いんじゃないかい?」

 利害関係。貸し借りの返済で解消される関係。

 春人と夏希もあれの直後はそうだった。
 けど今、俺にとって2人は利害だけで繋がる関係なのか。

「昔、僕は助けられたんだ。それなのにお礼をしても貸しだ借りだと言われたら、寂しいだろバカ」

 思わず目を瞠る。
 春人の声も、夏希のように震えていたから。
 
 知らず顔を上げる。
 俺の視界の中で、春人の目からは涙が一粒溢れていた。

「……あはは、何泣いてるんだい、バカだな」

 驚愕に目を剥く俺に投げかけられる、らしくもない下手くそな笑い声。
 それを聞きながら、自分の頬に流れるものに気付いた。

「……お前がだろ、バカか」
「お互い様、の間違いだろ。バカだね」

 それでも絞り出した憎まれ口は、やっぱり悪態で返される。

 憎まれ口も悪態も、バカなのも泣いているのも。
 甘えてたのも甘えているのも、縋るのも求めてるのも。
 ーーもし、全部がお互い様なのだとしたら。

(あー……なんかバカみたいだな俺)

 肩の力がゆるりと抜けた。

 それと共に、俺達の中にあった、最後の壁が音もなく崩れたような気がした。

 それから少しの間、不思議と居心地の良い沈黙に鼻を啜る音がたまに落ちていった。



「……で、秋斗。いつまで抱きしめてもらうつもりだい?」
「「っ?!」」

 そ、そう言えばっ?!
 色々びっくりしすぎて気にしてなかったけど、なんか恥ずかしい感じになってた気がするっ!

「あははっ、可愛いね君たち。愉快だよ」
「は?おい夏希、女子達に『実は春人くんはドSの女子が好き』ってうわさ流して性的にイジメさせてやれ」
「任せろ、明日中に終わらせる」
「や、やめてくれぇっ!」

 さすがにシャレにならないのが想像出来たのか、春人は慌てて謝った。いぇーい溜飲下がるぅー。

「……さて、恥ずかしい腐れ縁どもよ」
「一匹狼気取った親友よりかは恥ずかしくない自覚があるけどね」
「精神年齢中学二年生、体は大人ってかー?うわ需要ないわー」
「ちょ、言い過ぎ言い過ぎ。待ってまだ精神的に落ち着いてないの受け止められないの」

 肩慣らしのパス程度に投げたつもりの、ちょっとしたジョークで投げた言葉のボール。ここまでえげつない打球で返されるとかある?

「……ま、まぁ、とにかくあれだ。ありがとな。これからは、少しずつ変わってってみるわ」
「あっそ、まぁ頑張ればー?」
「仕方ないから応援してあげなくもないよ」

 割と重めの決意のはずが、いつものようにサラリと受け止められた。
 けど、これこそがこいつらって感じがしてつい笑ってしまう。

「ま、特別に少しだけ手伝ってやんよー」
「そうだね。なんせ言質はとったからね?逃げ場なんて作ってあげないからね」
「………あれ?」

「くくくっ、やぁーっとか。これで心置きなくやれるってもんだぜ。なー春人ぉ」
「だね。ふふふ、ふふふふふふふふふふっ、楽しみだねぇ」
「………え?」

え、何?極悪な笑みの夏希と、春人の黒い笑いが怖いんだけど。

「……ちょ、待ったお前ら」
「わぁーい、明日からが楽しみだなー」
「うん、僕もいっぱい張り切っちゃおっと」

 いやそんな子供に見せられない笑顔のまま子供っぽい口調で言われましても!

「まっ待ってぇええ!やっぱ待って怖い!ちょっと時間をくれぇ!」
「はぁ?秋斗ってやっぱ往生際悪いとこあるよなー」
「前からさ。決断の早い時と遅い時の差がひどいんだよね」

 結局泣きの懇願でしばらく時間をもらえました。
 学校で幅を利かせてるこの2人が暴走したらどうなるか分かったもんじゃないし。

 それにしても、まるで子供の頃のように楽しげな2人と、多分同じような笑顔の俺。 なんかこう、体の奥が妙にくすぐったく、恥ずかしいのやら嬉しいやら分かったもんじゃない。とりあえず布団に包まって叫びたい。

 でもきっと、これもお互い様なんだろう。
 そう思えば、不思議とこのくすぐったさも嫌じゃなかった。



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