学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら

みどりぃ

37 隠し事と追憶

「大上くーんっ、一緒にご飯食べよっ!」
「どこに行く気ですか秋斗」
「あっきー、勉強教えてくんない?」
「やぁ秋……大上くん。手はちゃんと洗ったかい?」

 6人揃って昼飯を食べた日から半月がつ経った。

 河合は昼休憩が始まるとあざとく駆け寄ってくるし。
 昼飯ではおかずを少し分けてくれる冬華が逃すまいと捕まえてくるし。
 根津は授業が終わるとたまに教科書持って突撃してくるし。
 トイレに行けば行った先に春人が居て雑談をしたり。ちなみに手は洗ってるからな。

 その度にーーいや春人だけは人の居ないところだから問題ないけどーー周囲から突き刺さる男子の殺意マシマシの視線。
 特に冬華、しかも秋斗と名前呼びすると倍増。次点で根津、並んで河合。いや並ぶのかよ河合。

 忘れていたけど、こいつらもともとは人気者でしたね。
 宇佐は言うまでもなく学校一の美少女とか言われてるし、根津も何気に男子からの人気はかなりのものらしい。河合はまぁ、うん、分かる。

 フォローしとくと河合は男女共に人気がある。いわく、女子からは女友達のようだと親しみやすく、男子からは距離感の近い女子と話している気分になれて嬉しいのだとか。
 意外……でもないけど。そもそもシンプルに良いヤツだし、その上にあの容姿。言われてみれば納得。てか普通に可愛い。

「はぁ……」

 さすがにこうも嫌な視線を浴び続けるのはしんどい。
 校内のどこに行こうと殺意、敵意、嫌悪。
 以前からもあったんだったけど、まだ忌避されて目も合わせないという生徒も多かった。というより大多数がそうだった。

 それらが揃いも揃って睨んでくる。陰口を叩く。
 下駄箱を筆頭にチラホラ遠回しな嫌がらせも挟んでくるし。
 
「よぉ、何黄昏てんだー?似合わないよー?」
「意気消沈してんだよ……」
「くくっ、余計似合わねーから」

 そんな俺にも言いたい放題なのはもちろん夏希だ。
 とは言え、唯一話していても視線等に変化が起きないのが夏希だったりする。

 冬華にも劣らない人気らしいけど、孤高や自由といった印象が強い。加えて、誰も文句を言えないという印象もある。
 その印象に加えて、以前から俺と話していたからだろう、とは春人の談。

 要は夏希の好きにさせよう、下手に文句言って嫌われないようにしよう、といった感じらしい。

「あー……まさか学校で夏希と話してる時間が一番楽な時間になるとはなぁ」
「にしし、良かったなーあたしが居て」
「まぁな……夏希とバカ話出来るのはデカい。でないとストレスがやばい」
「おーおー、参ってんなー?まぁあいつら最近攻めてるしねー」
「だなぁ……何でこんな事に…」

 さぁなー、と言い残して夏希は去っていった。その足取りは妙に軽く見える。

「……俺とは違ってなんか機嫌良さそうだな」
 次の授業が終わったら昼飯だからだろうか。なんにせよ羨ましいね。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 それからも針のむしろになりながら下校時間を迎えた。

 どことなく重たい足取り、その横に立つのはいつものように夏希――ではなく、冬華だ。

「……一応聞くけど、何で居るんだ?」
「逆に聞きますけど、私がどこで何をしようと私の勝手じゃないですか?」
「質問を質問で返すな……はぁ、もういいや…」

 精神的疲労もありどうにでもなれと匙を投げると、冬華はどことなく満足気な表情を浮かべる。
 そして当然集まる大量の視線。思わず溜息が溢れた。

「……秋斗。今日この後時間、ありますか?」
「ない」
「あるんですね。ではちょっと着いてきてください」
「聞いてる?いや聞こえてる?」
「最近秋斗の嘘がたまに分かるようになっちゃいました」

 全く話を聞かずに、その上嬉しそうに腹立つ報告までしてくる。
 
「適当言うな。そもそも俺は嘘なんかつかない」
「それこそ嘘ですよね……」

 まぁそれはそう。
 しかし、こんな中身のない会話でも視線がエサを与えた鯉よりも集まる。
 いい加減に慣れる頃かと思っていたけど、慣れるどころか疲れが溜まってる気がする。

「ではついてきてください」
「はいはい……って、どこに行くんだこれ?」
「ついてくれば分かりますよ」

 そう言ってサクサク歩き出す宇佐。
 ここで無視して方向転換してしまえばーーいや、後が怖いし辞めとこ。

「はぁ……あんま遠いとこは勘弁してくれよ」
「ふふ、良い子ですね」
「何目線だよ」

 楽しげにくすりと柔らかく笑う冬華に、思わずイラッとする。
 その苛立ちのおかげか、今日一番の集まりを見せた視線には気付く事はなかった。



「ここだよ」
「ここは……」

 学校から俺の家の反対方向に向かう事しばし。
 住宅街の中で一際大きな建物の前に立って冬華はそう言った。
 てか今更ながら2人の時しか敬語外れないのな。

 それよりどこだここ?と思ったけど、視界の端にある表札を見てその疑問は氷解した。

「……冬華の家か。でかいな」
「うん。と言っても、誰もいないから無駄でしかないんだけどね」

 自虐にしては気にした様子もなくサラリと言ってのける宇佐に、それでも返す言葉は見つからない。
 黙る俺に構わず、冬華は慣れた手つきで門を開けて歩いていく。
 着いていけば良いのか?と一瞬悩む俺に彼女は振り返って手招きした。

「……マイペースめ」
「秋斗だけには言われたくない」

 いやお前大概マイペースだからな。 宇佐に並び、家へと立ち入る。

 広くすっきりとした玄関。調度品などはないけど金持ちなんだなと思わされた。
 いや、もしかしたら調度品とかはあったけど売られたのかも知れない。

「こっち」

 そう言って冬華は廊下の脇にある階段を上っていく。
 いい加減何か説明しても良いんじゃないですかね。
 いつになったら説明するのかと思ってたし、まぁ聞き辛い内容だったから切り出せなかったのもあるけど……いい加減気になって仕方ない。

「冬華、一体何なんだよ?」

 俺の質問に、宇佐は階段を上がってすぐの部屋の扉を開けながら振り返った。

「説明するし、どうぞ。部屋の中で座って話そうよ」
「お、おい………」

 宇佐はそれ以上何も言わずに部屋へと入っていった。
 こんのマイペースめ。ついていくしかない、か。

「いらっしゃい、でいいのかな」

 ここは……冬華の部屋、か?
 白と淡い寒色の色合いで彩られた部屋は、どことなく冬華らしさを感じる。

 その中心付近、テーブルの横にクッションを置いて座るよう促された。
 大人しくそこに座り、対面に腰掛ける冬華を見る。

「……今日はこんな所まで来てくれてありがとう」
「あぁ。で、何なんだよ?」
「実は、何かするって程の事でもなくてね。ちょっとした話がしたくて」

 話?それなら俺のの家でも出来るだろうに。なんて内心で呟いてると、冬華は言葉を重ねる。

「私の父はちょっとした企業の社長で、母は専業主婦。私は一人娘で、比較的可愛がられて育てられたと思う」

 物語の語り部のようにーーではなく、むしろ原稿を機械的に読み上げるような無機質さを感じる声。
 いつもの無表情がより無機質なものへとなっているように見えた。

「でも、私が小学生の時に母の不倫が発覚して……離婚。親権は父が持ち、忙しい父はあまり家にいる時間は多くなく、1人で過ごす時間が増えた」

 微かに目を伏せて、まるでここではないどこかを見ているような目。

「寂しかったんだと思う。けど、それを共有する相手はいない。学校も、片親という事で多少なり揶揄われたしね」

 そこで、冬華は顔を上げる。
 語り部のような口調が少し砕けたのに合わせるように、彼女の表情は無機質なものから人のそれにーーしかし代わりに、冷たさが宿っていた。

「そして父の事業もうまくいかなくなって先日倒産。少なくない借金を父は背負い、そしてこの家から姿を消した」

 ふぅ、と話の節目だと言うように。もしくは言い辛い過去を話した負担を紛らわせるように溜息をついた。

「昨日、ね……この家がなくなると連絡を受けたの」

 話の流れからして、借金返済にあてるのだろうか、
 ただ、そこに住む娘はどうなるか……それを親父さんは考えていたのだろうか。

「連絡をくれた弁護士さんいわく、父は私との関係を事実上経つ事にするみたい。父がそう判断して、縁を切る事にしたんだって」

 よくフィクションで親と子の縁を切ると聞くけど、戸籍上のそれは難しい。
 その為、『事実上』なのだろう。
 遠回しな言い方をしてはいるが、要はほぼ絶縁だ。

 借金に追われる生活から彼女を遠ざける為、なのだろうか。
 もしそうなら、そのやり方は奇しくも俺の常套手段に似ていた。

「学費は卒業までの分がすでに払われてるらしいんだ。その代わり、他は何もない。家ももうすぐなくなる」

 金がない中で学費を全て払っていたのは親の愛か。
 だとしても、残された現実は酷く厳しい。
 
 未成年の高校生1人で生きていける程、社会は優しくない。
 それを俺は昔嫌という程痛感した。

 そこで話は終わったのか、彼女は肩の力を抜いたように溜息をつく。
 それを見て、俺も張り付いてうまく出ない声を絞り出す。

「……そうか」
「はい。つまらない話を聞かせてごめんね」
「いや、そんな事はないけど……それより、どうするつもりだ?」
「これから考えるよ」

 バッサリと言い捨て、冬華は笑う。
 たまに彼女が浮かべる笑顔とは、比べ物にならない程輝きのない、痛々しい笑顔だった。

「……それにこれはね、あくまでお世話になった秋斗への報告みたいなもの。本題じゃないんだ」
「……もうお腹いっぱいなんだけど」
「だとは思うけど、普通口に出すかな?」

 呆れたような宇佐に肩をすくめてなが、小さく笑ってみせた。
 こんな軽口で少しでも気が紛れてくれたなら儲け物だ。

「まぁ秋斗らしいけどね、本題はーー」

 そう言いながら宇佐は立ち上がり、俺の横に腰を下ろして……俺の頭をガシッと掴み。

「へ?……おわっ?!」
「――あなたのお悩み相談、かな」

 そのまま引っ張られ、ポスッと宇佐の膝に押し付けられた。

「は??お、お悩み……?てか何して…」
「ついでに、男子の憧れと聞いた膝枕で癒し効果もつけてあげようかなって」
「それは誤情報……じゃなくても、人によるだろ。ちなみに誰から聞いた?」
「愛」

 根津、覚えとけ。
 世間知らずで常識によるブレーキがないのか、冬華はさらっとこういう事をするからタチが悪い。
 
「秋斗、しんどそうですね。私の……私達のせいで」
「―――……」

 気付かれてたか。どう考えても今の冬華の方が大変な状況だったし、これでも隠してるつもりだったけど。

「でもごめんね。だからと言って学校で話さなくなるのは嫌なの」
「潔すぎるだろ……」

 そこは諦めたり妥協案なりを出すなりして引き下がる場面じゃないの?

「だからね、時間が欲しいな。必ず解決するから」
「……ふーん?えらく強気だな」

 言い切る冬華に思わずそう言って、遅れて気付く。

「……誰かが、いや2人ともか?」
「さすがだね。志々伎さん、夏希が中心になって動いてるよ」

 微妙にはぐらかした返事だけど、まぁ十分だ。というか人数はぶっちゃけ関係ない。

「やめろ」
「言うと思った」

 はぁ、と溜息混じりに返された。
 食い気味に返してきたあたり、本当に予想通りだったのだろう。

「本当は、秋斗には伝えるなって言われてるの。止めるだろうからって」
「だろうな。何で言った?」
「さっきの話とこの話で、私の隠し事は全て言ったから、だよ」
「……は?」

 まるで噛み合わない、と思う返事に首を捻る。
 
「これで、私は秋斗に全てを話したの。隠し事をしていてはあなたの信頼を得る事は出来ないと思ったから」

 続く言葉に目を瞠った。何を言うかと思えば、そんな事の為に?

「だからどうって話じゃないし、秋斗の秘密を言えって訳でもないよ?ただ少しは信じてくれたら嬉しいなって」

 そう言いながら、冬華は俺の頭を優しく撫でる。
 
「お疲れだよね?少し寝ようよ」
「……帰って寝るから」
「人の話を聞かない人は太ももじゃなくて膝で良いかな?文字通りの膝枕だよ」
「いてっ?!ちょ、ゴリゴリする!」

 こいつ、膝を枕にしてきやがった。いや、太ももでも膝枕なのか、ややこしい。 ほっぺ膨らませたからって許されると思うなよ?いやかわいいし許すヤツは多そうだけども。

 ゴリゴリと頭を膝に押し付けたかと思えば、また太ももに移動させられ、また頭を撫でられる。こいつやりたい放題か。

 けど悔しい事に……妙に心地良い。
 あっという間に起き上がるのも億劫になり、ぼんやりと上に視線を投げる。

(さて……どうするかなぁ)

 借金を理由に冬華を遠ざけた父親。
 やり方は俺と似てる部分もあるが……どうにも受け入れる気になれない。

 他にやり方はなかったのか。
 冬華とちゃんと話して決めるべきだろ。
 そんな考えが浮かんでは消える。

 何より、親からの離縁と唐突な孤独を淡々と話して、あまつさえ俺の心配なんて事をやってのける彼女の気持ちはどうなる。
 こんなの、彼女の優しさと強さに甘えてるだけじゃねぇか。

 ……いや、俺もそこは人の事は言えないか。

(……せめて、せめて何か、俺からもあげれないのか)

 居候なんて一時的なものじゃダメなんだろう。
 彼女の性格や強さから見るに、施しの中に閉じ込めるのではなく、彼女が自分で立って歩くようにした方が良いはず。
 でないと彼女は彼女らしく生きれない。

(じゃあどうするか……だけどな……)

 そこで冬華がこちらを見て、優しく微笑んだのを最後に、俺は意識を手放した。

 それにしても、俺の秘密ね……別にたいそうな隠し事があるワケでもないんだけどね。




『ねぇ、大丈夫?』
『……誰だ、お前』

『私は……。お父さんのお仕事にお母さんとついてきて、今はお散歩中なんです』
『あっそ。じゃあな』

『それよりその格好、寒くないですか?風邪、ひきますよ?』
『なんでまだ話しかけてくんだよ。風邪なんてひかねぇし』

『もう、ガンコですね。って怪我してますよ!大丈夫ですか?!』
『人の話を聞けよ!大丈夫だからほっとけっつってんだ!』

『どこが大丈夫なんですか!うそつき!』
『うぇ?ちょ、やめ、さわんな!』

『もうっ、誰でも痛いのは痛いし寒いのは寒いんです!ちゃんと自分を大事にしてくださいね』
『ちょ、おま、はなせ!何で抱きつくんだ?!』

『痛い時はこうするんですよ?お母さんがいつもやってくれるんです』
『お前と一緒にすんな!俺は1人でも大丈夫なんだよ!』

『ほら、うそつきです。1人で大丈夫な人なんていません。でも、今だけは、私がついてますから』
『だから人の話をっ……あーもう、なんてマイペースなヤツ…』

『えへへ。ありがとうございます』
『断じて褒めてねぇ……』

『でも大丈夫です、これからあなたは1人じゃないですよ』
『……は?いい加減な事言ってんじゃねぇよ』

『お、怒らないでよ!でもホントだもん。これからは私があなたの味方ですからね』
『……………いきなり何言ってんだ』

『いいじゃないですか。年も近そうですし。ほら、元気出してください』
『……なんか、異様に肩の力抜けたわ』

『うふふ、すごいでしょう』
『だから褒めて……いや、はいはい……ありがとな』

『………お前、名前は?』
『え、気になりますかー?仕方ないですね、教えてあげます!』

『宇佐冬華っていいます!』

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