学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら
35 根津の言葉
「あー食った食ったー」
「俺も腹一杯だ。久々に満腹になったわ」
少し苦しいくらいに焼肉を堪能した。
空を見るとだいぶ暗くなっている。わざわざ切り出すまでもなく、自然と解散の雰囲気だ。
「さーて、帰るか」
「そうだね。皆、気をつけて」
独り言に近い言葉を継いで春人が締めた。それぞれが別れの挨拶を口にしながら各自の家へと足を向ける。 そんな中、横に立つ夏希が俺の肩を叩いて口を開く。
「なぁ秋斗、今日家行くなー。勉強ばっかで溜まってんだよー」
「まぁ、だろうな……今日の夜は長くなりそうだなぁ」
体力的にしんどいんだよなぁ。出来たら今日はすぐ寝たかったわ。
まぁ夏希がせっかく前向きなんだし気張るとするか。
そんな会話をして、ふと周りが静かになっている事に気付く。
視線を巡らせると、春人と姉さんを除いた4人が目を丸くして俺達を見ながら固まっていた。
ちなみに春人はニヤついてて、姉さんは呆れ顔。え、何?
「……?夏希、なんか変な事言ったろお前」
「んー?言ったかー?うっかり無自覚自爆は秋斗の得意技だろー」
夏希さん辛口ぃ。てか俺ってそんな感じなの?ちょっと詳しく聞きたいんだけど。
「「ちょ、ちょっと?!」」
「ぃあっ?!」
そんな間の抜けた会話をしてると、宇佐と根津がいつになく素早い身のこなしで詰め寄ってきた。
俺のシャツを掴む宇冬華と腕を掴む根津の迫力に変な声出ちゃったわ。
「な、なんなんだ?」
「なんだもくそもないです!そ、そんな事いつもしてたんですか?!」
「それはダメっしょ!まだわたし達コーコーセーだし?!」
「………何言ってるのかマジで分からないんだけど……夏希?」
「あたしも分かんなーい」
だよなぁ。と、揃って首を傾げていると、2人は実力行使に出た。
俺の体を力任せに揺さぶり始める。ちょ、せめて左右でタイミング合わせて?体と腕が千切れそうなんだけど。
「大上さん!私が来てからも夏希と、その、えと……そ、そんなコトしてるんですか?!」
「た、たた溜まってる、んなら、えと、そのっ、わ、わわたしが……」
根津、日本語で頼むわ。まるで意味が分からん。ただ、冬華の言葉からなんとなく言わんとせん事は分かった。
夏希も同じく思い至ったらしく、ポンと手を叩く。
「あぁ、言ってなかったっけかー?まぁ隠してたワケじゃないんだけど、まぁわざわざ言う事でもねぇと思ってなー」
「だな。まぁその通りだ。俺が一人暮らしなのもそこらへんが関係してる。……今日は朝までコースだろうなぁ」
「ひ、一人暮らし……夜な夜な……朝まで…」
「……そ、そう…なんですか……」
と言うか冬華は居候してるのに気付いてなかったのかね。
夏希と2人で頷いておくと、根津は赤いのか青いのか分からん顔でぶつぶつ呟き始め、冬華は珍しく大声出していた反動なのかものすっごく小声で暗い顔になる。
「「………?」」
んん?なんか噛み合ってない気がする。夏希も疑問に思ったのか首を傾げてる。
ふと周りを見やると、河合は顔を赤くして頬に両手を当ててる。はいはい無駄にかわいい。
静は物凄い形相で睨んできてる。おいいつものぶりっこはどうした?素が出てるぞ。
梅雨は何故か半泣きだ。今にも溢れそうな程に目に涙をためてる。って待て待て!
「お、おい梅雨?どうした、大丈夫か?」
「つ、梅雨―?どっか痛いのかー?」
元気いっぱいの妹分の涙目に慌てて駆け寄る。夏希も可愛がってる梅雨に同じく駆け寄り、背中をさすっていた。
「や、やめてよっ!そうやって見せつけないでよぉ…!う、うぅ…っ」
「み、見せつけ?な、なんか知らんけど泣くな梅雨、な?」
「そ、そーそー。何が嫌だったんだー?あたしが聞いてやるから言え、な?」
慰めたつもりが何故か余計に泣きそうになり、いよいよ焦る。
ちらと頼りになりそうな2人を見やると、春人は口を手で押さえて俯きながら肩を振るわせてるし、姉さんはいつ終わるんだとばかりに近くの椅子に腰掛けてる。つ、使えねぇえええ!
だが、夏希の言葉が効果的だったらしい。
梅雨はこちらをキッと睨んで口を開く。
「じゃあ言うもんっ!ふ、2人はっ……いつから付き合ってるの?!」
「「……………………は?」」
「は?じゃないよ!夜な夜な2人で、朝まで、一人暮らしで、溜まってるんでしょっ?!」
後半語彙力どうした?成績優秀だったよなお前。
いや、一言目で意味は分かったけども。
「梅雨、聞け」
「っ、き、聞きたくないっ」
「いーや聞け。それ勘違い」
「……っ、う、うぅ……………え?」
イヤイヤと首を振る梅雨に端的に言うと、目尻に涙か浮かんだまま間抜けな顔で固まった。
とりあえず溢れた涙を拭って、頭を撫でておく。梅雨が泣いた時はこれがよく効くしね。なんたって本人のお墨付き。
「よしよーし。兄と姉代わりみたいな俺らが遠くに行っちまうとか思ったのかね……あのな、俺が誰かと付き合えると思うか?」
「はぁ……ったくよー、どこでそんな勘違いになったんだよ梅雨―。高校生になってもおっちょこちょいなとこは変わらないなー?」
夏希も加わって2人で梅雨をよしよしとあやす。
そうする内に、呆然としていた梅雨は理解が及んできたらしく、だんだんと顔を赤くしてプルプルと震えだした。拭った涙がまた目尻に浮かんでる。
「アキくん、夏希姉……っ!」
「んん?」
「どーしたぁ?」
「……紛らしいよっ!バカァ!もう嫌いっ!」
「「ゔえ?」」
え、嫌い?何故?
あ、あの可愛い妹分が……ついに反抗期に…?!
固まる俺達を尻目に梅雨はふいっと勢いよく顔を背ける。
そこでついに春人が吹き出し、笑いの勢いそのままに爆笑。
聞き流す余裕なんて欠片もない俺と夏希が、ケンカを売ってるとしか思えないバカ笑い目掛けて同時に殴りかかったのは言うまでもない。
「あははははっ!あはははははははっ……ってうおおっ?!ちょ、やる気かい?って待っ、ちょ、本気すぎないかいっ?!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それから騒がしい解散の後、俺はやっと家に到着。ちなみにどうにか梅雨の機嫌は治せました。
なんかもう、すっごい疲れた……
「夏希ぃ……もう今日やりたくないわ…」
「甘ったれてんじゃ……いやすまん、あたしももうムリ」
だよなぁ。もう明日からやろっと。
何をかと言えば、夏希もお得意先の1人で……つまりは動画配信者だ。
編集待ちの動画が溜まってるんだが、テストや他のお得意先を優先して待ってくれていたワケだ。
「とりあえず明日からな。何日かは学校は行けんかも」
「そーだな。あたしもいい加減次の撮らないとだし、明日はこのままここにいるー」
「あいよ」
「「………………」」
というか、どちらにせよそれどころじゃなかった気もするしな。
「「……………」」
「「……………」」
簡単な情報共有をしている間も、二つの視線が俺らに突き刺さる。
なんとなく俺らも見てみる。
それでも変わらずこちらを睨む2人。
「……あのな、さっきのワケ分からん誤解は解けたろ。なんで着いてきてんだ?」
このままじゃキリがないと言葉を発すると、鋭い視線はそのままに2人は言う。
「そんな事言って、嘘かも知れませんから。大上さん、嘘つきですし」
「わ、わたしはその……た、溜まってるなら、その…」
ダメだこいつら。いや冬華は良いとして、根津はマジで意味不明なんだけど。
「夏希、頼んだ」
「任せろ。風呂入った後でなー」
「おう……おう?!」
頼もしい返事に騙された。夏希はさらっと風呂場へと1人向かい、扉を閉めて鍵をガチャリ。あ、あいつ、逃げやがった…!
「秋斗」
「大上くん……っ」
置いていかれた哀れな俺の心情もお構いなしに、2人は視線を一直線に向けてきて逸らしてすらくれない。根津のは何故か熱がこもってる気がするけど。
「……はぁ〜…、もう好きにしろ。そこまで言うなら泊まって監視でもなんでもしろよ」
「と、泊まっ?!」
「もちろんです」
「もちろんなの?!」
「はいはい。風呂は夏希の後にな」
「風呂、え、2人で?!」
「「うるさい」」
「はい……」
いちいちうるさい根津も黙らせ、リビングに適当に座らせる。まぁ冬華が面倒見てくれるだろうし、もう好きにしてくれ。
とりあえず茶だけ出して、寝室で休憩しよ。疲れた。
「ほれ、茶。あとは好きにしてくれ」
「はい、分かりました」
「根津はどうするよ?やっぱ帰るってなら今なら送るぞ」
「えっ、いや、泊まっていいなら泊まりたい、かな」
「あっそ」
てか今更だけど根津って冬華が居候してる事聞いてないんかな?冬華が言ってなけりゃ知らないだろうけど……一応隠す方向で話すか。
となれば、冬華が家の事を詳しく知ってるとバレたらややこしくなるし……あー、とりあえずは夏希に任せる形でいくかね。
「じゃ、あとの事は夏希に聞いてくれ。あと俺は自分の部屋にいるから、全員風呂済ませたら声かけてくれ」
「……分かりました」
「じゃあな」
伝える事を伝え、寝室に入る。
そのままベッドに倒れ込み、うつ伏せのまま深呼吸――というか溜息をつく。
(あー……何で俺の周りのやつらはこうも自分勝手なやつが多いんだ……普通男の一人暮らしの部屋に女子が気軽に泊まりに来るか?)
男子高校生としての本能云々より、シンプルに呆れが勝る。どんだけ警戒心がないのかと。
まぁ冬華は居候だけど……ってその方がよっぽどか。その上根津もとか、類は友を呼ぶってやつですか?
(あ………やばい、寝るなこれ……まぁ夏希がいるし)
別に大丈夫だろ……と、そこで意識ポイっと投げ捨てた。おやすみぃ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ねぇ、起きて?」
「……んぁ?」
あ、やべ、寝てた。
えと、何してたんだっけ?つか俺なんで制服?風呂は……あぁ、開いたから呼びに来るんだったか。
「……はよ」
「あはは……まだ夜だけどね」
んん?聞き慣れた声とは違うんだけど。
「根津…?」
「うん、根津。ネズミじゃないし」
「それ根に持ってんの?」
「別にぃ」
どうやら起こしに来てくれたのは根津だったらしい。ちょっと驚いた。夏希が来るとばかり思ってたわ。
「……さんきゅ。今何時?」
「3時くらいだよ」
「そか……は?3時?」
「うん」
「うんじゃねぇよ。お前ら風呂長すぎだろ」
帰ってきたのは9時頃。つまり6時間経過。一人頭2時間。
いやね、女子の風呂が長いとは聞いてるよ?とは言えだ、人んちの風呂でそこまで時間かけちゃう?
「いや、違くて……11時前には終わってたんだけど、根古屋さんが寝かせとけって」
「あー……なるほど。まぁならいいか」
夏希1人でこいつらの相手をしてくれた、って事ね。夏希も疲れてるだろーに……まぁありがたいんだけどね。悪いことしたな。
「で、お前は何で俺を起こしに来たんだよ?」
「ご、ごめんってば……」
「いや謝らなくていいから」
気にしなくて良いっつってんのにどうにもまだ縮こまってんだよなぁこいつ。
まぁ以前みたいに偉そうにされても鬱陶しいけど、だからといってこんな遠慮がちな態度が続かれても鼻につくというか。
あれ、俺って面倒くさい事言ってる?
「……まぁつまり、いつも通りのお前でいてくれりゃいいって事で」
とりあえず、言い直しておく。なんか面倒な無茶振り上司みたいな感じになってる気がしたし。
とまぁバツが悪くて視線を外しつつ言ったワケだが、視線を戻すと何故か根津は顔を手で押さえて蹲ってる。
おまけになんか震えてる?
「……寒いのか?夏だぞ?」
「ち、ちが……うぅ、反則だし」
「……またそれかよ。冬華といいルールが分からん…」
俺が何かをしたってんだ。訳も分からず俺が悪いみたいな言い方されちゃたまったもんじゃない。
だが、俺の小さな呟きを拾ったらしい根津はピクリと反応した。
そのままガバッと立ち上がり、グイッと詰め寄り、ガシッと俺の肩を掴んだ。おぉう、勢い良いな。
「ああ、あっきーはっ!」
「な、なんだ?」
い、勢いだけじゃなくて気迫もすごいな。つい気圧されちまった。
「冬華と付き合ってんの?!」
「はぁ?」
何言ってんのこいつ?
「いいから答えてっ!」
「付き合ってるワケないだろ」
「ホントにホントっ?!」
「ほんとにほんと。つか聞くまでもないだろ、そんなの」
「そんなの分からないじゃん?!」
どうでも良いけどなんでコイツこんなに食いついてんだ?親友の冬華の心配なんだとしたら少し安心出来るけども。
「分かるだろ。俺と付き合おうっつー頭おかしいヤツがいると思うか?」
「居るに決まっーー………」
ん?なんかいきなり固まった。
詰め寄った勢いで顔が間近にあり、その距離感のままじっと俺の目を見つめてくる。
蹲ったり詰め寄ったり固まったり、こいつ忙しいな。とりあえずこの状況をどうにかしたいし「どうした?」と言いかけ、
「もしかしてあっきーってさ……恋愛する気がない?というか、何か理由があってしないようにしてる?」
「―――!」
今度は俺が固まる事になった。
「やっぱり……そっか、きっと大変だったんでしょ?」
「ま、待て、待て待て。なんでそうなる?」
何やら確信してる口調だけど……なんだいきなり。エスパー?正直急な事で頭が追いつかないんだけど。
「? なんか見てたら雰囲気で分かるくない?」
「いや分かってたまるか。それに仮にそうだとして、なんでそう思うんだよ?」
「うーん……何でって言われても。そこらへんはわたしの方が慣れてるつもりだし」
「……はぁ。あっそ。だからと言って、俺の考えを決めつけられるのは腹立つけどな」
苦し紛れに言うと、根津は分かってるとばかりに小さく笑って首を横に振る。
「ごめんね、そんなつもりじゃなかったんだけどさ。あ、別に詳しく聞く気もないし」
「……ならいい」
正直、意外だ。
見抜かれた事もだが、踏み込まない範囲や踏み込み方が絶妙すぎる。
俺が恋愛弱者な事もあるんだろうが、それを差し引いても根津が恋愛という分野において卓越してるのは、言うだけあって確かなんだろう。
「うん、ありがと。でもね、ひとつだけいい?独り言を聞き流してくれるくらいで良いし」
「なんだよ?」
無駄に近い距離感の根津は、さらに少しだけ距離を詰めた。
これ以上縮めたら焦点も合わないギリギリーーというか、下手したらキスでもしそうなくらい近い。
つい眉間に皺が寄りそうになったタイミングで、根津はスルリと滑り込むように言葉を落とす。
「誰かが誰かを好きになる事は自由だし……身勝手で良いんだってば」
「……………」
「好きになる事に良いも悪いもないの。あるとしたら、その気持ちとその相手をどう扱うか」
「……………」
「だからね?好き勝手に、身勝手に好きになっていいの。好きになる事自体に罪なんて一切ないの……好きになってから、気持ちとか相手にどう向き合うか考えればいいんだよ。向き合い方が大事なの」
固まる俺に、根津は詠うように言葉を紡ぐ。
「だから反対に、好きになられる事も自由なんだよ?あっきーにはありえないなんて言う権利もないんだよ?それに、好きになられても気負ったり気にかける必要はないの」
そう言って微笑みーースルリと俺から離れた。
「ま、あくまでわたしの持論だけどさ」
そう言いながらあっさりと俺に背を向けて数歩歩く。
まるで独り言は終わりだと。俺の言葉なんていらないと、いや伝えたいだけだと言うように。
「…………根津、お前…」
それでも何か言おうとして、しかし言葉にはならない。
正直、混乱してるんだろう。
俺の中の変わることがないと思っていた価値観に、真っ直ぐに、しかし不思議と突き刺さった言葉に。
そんな俺に構わず、根津は振り返って微笑む。
傲慢な彼女とも、最近の弱々しい彼女とも違う。いや、俺の中で、この数分で印象が変わったから違うように見えたのかも知れない。
言葉を噛み砕く。
好きになる気持ちに罪はなく、自由であり、自分だけのものだと。
反面、これは明確には言われなかったが……その気持ちと向き合い、どう表すかで良くも悪くもなる。という事なんだろう。
「……はぁ。その言葉、肝に銘じとく。……貴重な言葉だった、と思う。……ありがとう」
「………!」
頭を軽く下げる。根津はそれに目を丸くして、またすぐ微笑み……そしていきなり暗い顔でへこみだした。
「……んん?」
「………ねぇ、聞いても良いかな?」
一方的に喋って、今度は聞け?やっぱり根津のやつ、自己中かよ。
いや……ただの自己中なやつじゃないのは、たった今分からされたけど。
先程の言葉は、きっと根津が苦しんだり悩んだりした経験から紡ぎ出されたものだろう。
そしてその言葉は、ただ考え足らずの自己中からは生まれないようなものだった。
そんな言葉をくれたんだ。話くらいは、な。
「……何だよ?」
「うん。えへ……あのね?」
何故か小さくはにかみ、それから少し目をふせる。
「今回の事さぁー……わたし、かなりやらかしちゃったと思うんだよね」
「そうだな」
「うん……嫉妬して、騙されて、エスカレートして、やっちゃダメな事をたくさんしちゃったし」
「そうだな」
「親友の冬華に……」
「……あぁ」
言葉に詰まり、泣きそうな顔で俯く。
「なのに……………なんで、誰も責めないの?」
「…………」
いや最初ボロカス言われたろ、とは言わない。根津が言いたいのは今の話だろう。
「分かってるよ。あっきーが助けてくれたから……でも、それって多分冬華がお願いしたからじゃないのかな?」
「…………」
その通り、とは口にしない。
冬華が言うつもりがなかったから根津も知らないんだろうし……根津も確信してるだろうから、言うまでもないとも言える。
「ねぇ、なんで冬華はわたしなんかを助けようとしてくれたの?なんであっきーは助けてくれたの?」
今にも泣きそうな顔で俺を見る根津。
さて、どうするかなぁ。
仮にも一応助けた立場だし、何より冬華の頼みを聞き入れてこの結果を生み出した以上、根津を追い詰める発言はしない方が良い、か?
じゃあ耳障りの良い言葉を並べるか?
根津の欲しいであろう言葉をただ機械的に吐き出すか?
それが、先ほど言葉をくれた根津へ、俺が返す言葉でいいのか?
「……知らん」
「……え?」
「他人の意思から生まれた行動の理由なんか、そいつしか知らんだろ」
根津は予想外だったのか、目をパチクリとさせている。
「俺が助けたのは借りがある冬華に頼まれたからだ。冬華については知らん。ただな、」
そこで言葉を切り、根津を真っ直ぐに見据える。
正直、俺が言える言葉はこれが限界だ。俺の意思だけなら伝えられる。けど、他人はそうじゃない。
だが、それはつい先程までのこと。
今の俺には、言える言葉がある。
それも、ちゃんと心に突き刺さる、決して薄っぺらいものじゃない言葉が。……まぁ、歴は浅いのは許してもらうしかない。
「ひとつだけ言える。それは、冬華がどう思って行動しても、それは冬華の自由だって事だ」
「っ!」
それはまさに、根津がくれた言葉だ。
それに虚を突かれたように目を丸くする。
「そんで、行動の責任をとるのは自分だ。冬華はあいつの自由のもと、行動して、責任を負った。だから、俺が知った事じゃないし……お前が背負う必要もない」
「…………」
「ただ、それでそうやって悩むんなら……お前も好きに動けばいい。恩返しだろうとなんだろうと、お前の好き勝手に、自由に……自分の責任のもと行動すりゃいい」
目を瞠ったまま、口元を手で押さえる根津に、俺は声音を軽くして肩をすくめる。
「……と、俺は思うぞ?」
「……………うん、ありがと」
正直矛盾もあるし、詭弁ともとれる。けどまぁ、俺が言えるのはこれくらいのもんでして。
しばしの沈黙の末に、根津は小さく頷いた。
それから何度かの呼吸を繰り返してから、こちらを見て笑う。
「にしてもさ、さっきのわたしのパクリぃ?」
「うるせ、偉そうに。他全てアホ丸出しのくせに調子に乗るな」
「ぼ、ボロカスじゃんっ?!あっきー、やっぱ口悪い!」
そんな軽口をしばし叩いてから、根津は部屋を後にした。ぐっすり寝れそうとかなんとか。
正直、根津とこうして話す事になるとは欠片も思ってなかった。けど、悪い時間じゃなかったと素直に思える。
なにしろ、多分俺も今日はぐっすり寝れそうなのだから。
「俺も腹一杯だ。久々に満腹になったわ」
少し苦しいくらいに焼肉を堪能した。
空を見るとだいぶ暗くなっている。わざわざ切り出すまでもなく、自然と解散の雰囲気だ。
「さーて、帰るか」
「そうだね。皆、気をつけて」
独り言に近い言葉を継いで春人が締めた。それぞれが別れの挨拶を口にしながら各自の家へと足を向ける。 そんな中、横に立つ夏希が俺の肩を叩いて口を開く。
「なぁ秋斗、今日家行くなー。勉強ばっかで溜まってんだよー」
「まぁ、だろうな……今日の夜は長くなりそうだなぁ」
体力的にしんどいんだよなぁ。出来たら今日はすぐ寝たかったわ。
まぁ夏希がせっかく前向きなんだし気張るとするか。
そんな会話をして、ふと周りが静かになっている事に気付く。
視線を巡らせると、春人と姉さんを除いた4人が目を丸くして俺達を見ながら固まっていた。
ちなみに春人はニヤついてて、姉さんは呆れ顔。え、何?
「……?夏希、なんか変な事言ったろお前」
「んー?言ったかー?うっかり無自覚自爆は秋斗の得意技だろー」
夏希さん辛口ぃ。てか俺ってそんな感じなの?ちょっと詳しく聞きたいんだけど。
「「ちょ、ちょっと?!」」
「ぃあっ?!」
そんな間の抜けた会話をしてると、宇佐と根津がいつになく素早い身のこなしで詰め寄ってきた。
俺のシャツを掴む宇冬華と腕を掴む根津の迫力に変な声出ちゃったわ。
「な、なんなんだ?」
「なんだもくそもないです!そ、そんな事いつもしてたんですか?!」
「それはダメっしょ!まだわたし達コーコーセーだし?!」
「………何言ってるのかマジで分からないんだけど……夏希?」
「あたしも分かんなーい」
だよなぁ。と、揃って首を傾げていると、2人は実力行使に出た。
俺の体を力任せに揺さぶり始める。ちょ、せめて左右でタイミング合わせて?体と腕が千切れそうなんだけど。
「大上さん!私が来てからも夏希と、その、えと……そ、そんなコトしてるんですか?!」
「た、たた溜まってる、んなら、えと、そのっ、わ、わわたしが……」
根津、日本語で頼むわ。まるで意味が分からん。ただ、冬華の言葉からなんとなく言わんとせん事は分かった。
夏希も同じく思い至ったらしく、ポンと手を叩く。
「あぁ、言ってなかったっけかー?まぁ隠してたワケじゃないんだけど、まぁわざわざ言う事でもねぇと思ってなー」
「だな。まぁその通りだ。俺が一人暮らしなのもそこらへんが関係してる。……今日は朝までコースだろうなぁ」
「ひ、一人暮らし……夜な夜な……朝まで…」
「……そ、そう…なんですか……」
と言うか冬華は居候してるのに気付いてなかったのかね。
夏希と2人で頷いておくと、根津は赤いのか青いのか分からん顔でぶつぶつ呟き始め、冬華は珍しく大声出していた反動なのかものすっごく小声で暗い顔になる。
「「………?」」
んん?なんか噛み合ってない気がする。夏希も疑問に思ったのか首を傾げてる。
ふと周りを見やると、河合は顔を赤くして頬に両手を当ててる。はいはい無駄にかわいい。
静は物凄い形相で睨んできてる。おいいつものぶりっこはどうした?素が出てるぞ。
梅雨は何故か半泣きだ。今にも溢れそうな程に目に涙をためてる。って待て待て!
「お、おい梅雨?どうした、大丈夫か?」
「つ、梅雨―?どっか痛いのかー?」
元気いっぱいの妹分の涙目に慌てて駆け寄る。夏希も可愛がってる梅雨に同じく駆け寄り、背中をさすっていた。
「や、やめてよっ!そうやって見せつけないでよぉ…!う、うぅ…っ」
「み、見せつけ?な、なんか知らんけど泣くな梅雨、な?」
「そ、そーそー。何が嫌だったんだー?あたしが聞いてやるから言え、な?」
慰めたつもりが何故か余計に泣きそうになり、いよいよ焦る。
ちらと頼りになりそうな2人を見やると、春人は口を手で押さえて俯きながら肩を振るわせてるし、姉さんはいつ終わるんだとばかりに近くの椅子に腰掛けてる。つ、使えねぇえええ!
だが、夏希の言葉が効果的だったらしい。
梅雨はこちらをキッと睨んで口を開く。
「じゃあ言うもんっ!ふ、2人はっ……いつから付き合ってるの?!」
「「……………………は?」」
「は?じゃないよ!夜な夜な2人で、朝まで、一人暮らしで、溜まってるんでしょっ?!」
後半語彙力どうした?成績優秀だったよなお前。
いや、一言目で意味は分かったけども。
「梅雨、聞け」
「っ、き、聞きたくないっ」
「いーや聞け。それ勘違い」
「……っ、う、うぅ……………え?」
イヤイヤと首を振る梅雨に端的に言うと、目尻に涙か浮かんだまま間抜けな顔で固まった。
とりあえず溢れた涙を拭って、頭を撫でておく。梅雨が泣いた時はこれがよく効くしね。なんたって本人のお墨付き。
「よしよーし。兄と姉代わりみたいな俺らが遠くに行っちまうとか思ったのかね……あのな、俺が誰かと付き合えると思うか?」
「はぁ……ったくよー、どこでそんな勘違いになったんだよ梅雨―。高校生になってもおっちょこちょいなとこは変わらないなー?」
夏希も加わって2人で梅雨をよしよしとあやす。
そうする内に、呆然としていた梅雨は理解が及んできたらしく、だんだんと顔を赤くしてプルプルと震えだした。拭った涙がまた目尻に浮かんでる。
「アキくん、夏希姉……っ!」
「んん?」
「どーしたぁ?」
「……紛らしいよっ!バカァ!もう嫌いっ!」
「「ゔえ?」」
え、嫌い?何故?
あ、あの可愛い妹分が……ついに反抗期に…?!
固まる俺達を尻目に梅雨はふいっと勢いよく顔を背ける。
そこでついに春人が吹き出し、笑いの勢いそのままに爆笑。
聞き流す余裕なんて欠片もない俺と夏希が、ケンカを売ってるとしか思えないバカ笑い目掛けて同時に殴りかかったのは言うまでもない。
「あははははっ!あはははははははっ……ってうおおっ?!ちょ、やる気かい?って待っ、ちょ、本気すぎないかいっ?!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それから騒がしい解散の後、俺はやっと家に到着。ちなみにどうにか梅雨の機嫌は治せました。
なんかもう、すっごい疲れた……
「夏希ぃ……もう今日やりたくないわ…」
「甘ったれてんじゃ……いやすまん、あたしももうムリ」
だよなぁ。もう明日からやろっと。
何をかと言えば、夏希もお得意先の1人で……つまりは動画配信者だ。
編集待ちの動画が溜まってるんだが、テストや他のお得意先を優先して待ってくれていたワケだ。
「とりあえず明日からな。何日かは学校は行けんかも」
「そーだな。あたしもいい加減次の撮らないとだし、明日はこのままここにいるー」
「あいよ」
「「………………」」
というか、どちらにせよそれどころじゃなかった気もするしな。
「「……………」」
「「……………」」
簡単な情報共有をしている間も、二つの視線が俺らに突き刺さる。
なんとなく俺らも見てみる。
それでも変わらずこちらを睨む2人。
「……あのな、さっきのワケ分からん誤解は解けたろ。なんで着いてきてんだ?」
このままじゃキリがないと言葉を発すると、鋭い視線はそのままに2人は言う。
「そんな事言って、嘘かも知れませんから。大上さん、嘘つきですし」
「わ、わたしはその……た、溜まってるなら、その…」
ダメだこいつら。いや冬華は良いとして、根津はマジで意味不明なんだけど。
「夏希、頼んだ」
「任せろ。風呂入った後でなー」
「おう……おう?!」
頼もしい返事に騙された。夏希はさらっと風呂場へと1人向かい、扉を閉めて鍵をガチャリ。あ、あいつ、逃げやがった…!
「秋斗」
「大上くん……っ」
置いていかれた哀れな俺の心情もお構いなしに、2人は視線を一直線に向けてきて逸らしてすらくれない。根津のは何故か熱がこもってる気がするけど。
「……はぁ〜…、もう好きにしろ。そこまで言うなら泊まって監視でもなんでもしろよ」
「と、泊まっ?!」
「もちろんです」
「もちろんなの?!」
「はいはい。風呂は夏希の後にな」
「風呂、え、2人で?!」
「「うるさい」」
「はい……」
いちいちうるさい根津も黙らせ、リビングに適当に座らせる。まぁ冬華が面倒見てくれるだろうし、もう好きにしてくれ。
とりあえず茶だけ出して、寝室で休憩しよ。疲れた。
「ほれ、茶。あとは好きにしてくれ」
「はい、分かりました」
「根津はどうするよ?やっぱ帰るってなら今なら送るぞ」
「えっ、いや、泊まっていいなら泊まりたい、かな」
「あっそ」
てか今更だけど根津って冬華が居候してる事聞いてないんかな?冬華が言ってなけりゃ知らないだろうけど……一応隠す方向で話すか。
となれば、冬華が家の事を詳しく知ってるとバレたらややこしくなるし……あー、とりあえずは夏希に任せる形でいくかね。
「じゃ、あとの事は夏希に聞いてくれ。あと俺は自分の部屋にいるから、全員風呂済ませたら声かけてくれ」
「……分かりました」
「じゃあな」
伝える事を伝え、寝室に入る。
そのままベッドに倒れ込み、うつ伏せのまま深呼吸――というか溜息をつく。
(あー……何で俺の周りのやつらはこうも自分勝手なやつが多いんだ……普通男の一人暮らしの部屋に女子が気軽に泊まりに来るか?)
男子高校生としての本能云々より、シンプルに呆れが勝る。どんだけ警戒心がないのかと。
まぁ冬華は居候だけど……ってその方がよっぽどか。その上根津もとか、類は友を呼ぶってやつですか?
(あ………やばい、寝るなこれ……まぁ夏希がいるし)
別に大丈夫だろ……と、そこで意識ポイっと投げ捨てた。おやすみぃ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ねぇ、起きて?」
「……んぁ?」
あ、やべ、寝てた。
えと、何してたんだっけ?つか俺なんで制服?風呂は……あぁ、開いたから呼びに来るんだったか。
「……はよ」
「あはは……まだ夜だけどね」
んん?聞き慣れた声とは違うんだけど。
「根津…?」
「うん、根津。ネズミじゃないし」
「それ根に持ってんの?」
「別にぃ」
どうやら起こしに来てくれたのは根津だったらしい。ちょっと驚いた。夏希が来るとばかり思ってたわ。
「……さんきゅ。今何時?」
「3時くらいだよ」
「そか……は?3時?」
「うん」
「うんじゃねぇよ。お前ら風呂長すぎだろ」
帰ってきたのは9時頃。つまり6時間経過。一人頭2時間。
いやね、女子の風呂が長いとは聞いてるよ?とは言えだ、人んちの風呂でそこまで時間かけちゃう?
「いや、違くて……11時前には終わってたんだけど、根古屋さんが寝かせとけって」
「あー……なるほど。まぁならいいか」
夏希1人でこいつらの相手をしてくれた、って事ね。夏希も疲れてるだろーに……まぁありがたいんだけどね。悪いことしたな。
「で、お前は何で俺を起こしに来たんだよ?」
「ご、ごめんってば……」
「いや謝らなくていいから」
気にしなくて良いっつってんのにどうにもまだ縮こまってんだよなぁこいつ。
まぁ以前みたいに偉そうにされても鬱陶しいけど、だからといってこんな遠慮がちな態度が続かれても鼻につくというか。
あれ、俺って面倒くさい事言ってる?
「……まぁつまり、いつも通りのお前でいてくれりゃいいって事で」
とりあえず、言い直しておく。なんか面倒な無茶振り上司みたいな感じになってる気がしたし。
とまぁバツが悪くて視線を外しつつ言ったワケだが、視線を戻すと何故か根津は顔を手で押さえて蹲ってる。
おまけになんか震えてる?
「……寒いのか?夏だぞ?」
「ち、ちが……うぅ、反則だし」
「……またそれかよ。冬華といいルールが分からん…」
俺が何かをしたってんだ。訳も分からず俺が悪いみたいな言い方されちゃたまったもんじゃない。
だが、俺の小さな呟きを拾ったらしい根津はピクリと反応した。
そのままガバッと立ち上がり、グイッと詰め寄り、ガシッと俺の肩を掴んだ。おぉう、勢い良いな。
「ああ、あっきーはっ!」
「な、なんだ?」
い、勢いだけじゃなくて気迫もすごいな。つい気圧されちまった。
「冬華と付き合ってんの?!」
「はぁ?」
何言ってんのこいつ?
「いいから答えてっ!」
「付き合ってるワケないだろ」
「ホントにホントっ?!」
「ほんとにほんと。つか聞くまでもないだろ、そんなの」
「そんなの分からないじゃん?!」
どうでも良いけどなんでコイツこんなに食いついてんだ?親友の冬華の心配なんだとしたら少し安心出来るけども。
「分かるだろ。俺と付き合おうっつー頭おかしいヤツがいると思うか?」
「居るに決まっーー………」
ん?なんかいきなり固まった。
詰め寄った勢いで顔が間近にあり、その距離感のままじっと俺の目を見つめてくる。
蹲ったり詰め寄ったり固まったり、こいつ忙しいな。とりあえずこの状況をどうにかしたいし「どうした?」と言いかけ、
「もしかしてあっきーってさ……恋愛する気がない?というか、何か理由があってしないようにしてる?」
「―――!」
今度は俺が固まる事になった。
「やっぱり……そっか、きっと大変だったんでしょ?」
「ま、待て、待て待て。なんでそうなる?」
何やら確信してる口調だけど……なんだいきなり。エスパー?正直急な事で頭が追いつかないんだけど。
「? なんか見てたら雰囲気で分かるくない?」
「いや分かってたまるか。それに仮にそうだとして、なんでそう思うんだよ?」
「うーん……何でって言われても。そこらへんはわたしの方が慣れてるつもりだし」
「……はぁ。あっそ。だからと言って、俺の考えを決めつけられるのは腹立つけどな」
苦し紛れに言うと、根津は分かってるとばかりに小さく笑って首を横に振る。
「ごめんね、そんなつもりじゃなかったんだけどさ。あ、別に詳しく聞く気もないし」
「……ならいい」
正直、意外だ。
見抜かれた事もだが、踏み込まない範囲や踏み込み方が絶妙すぎる。
俺が恋愛弱者な事もあるんだろうが、それを差し引いても根津が恋愛という分野において卓越してるのは、言うだけあって確かなんだろう。
「うん、ありがと。でもね、ひとつだけいい?独り言を聞き流してくれるくらいで良いし」
「なんだよ?」
無駄に近い距離感の根津は、さらに少しだけ距離を詰めた。
これ以上縮めたら焦点も合わないギリギリーーというか、下手したらキスでもしそうなくらい近い。
つい眉間に皺が寄りそうになったタイミングで、根津はスルリと滑り込むように言葉を落とす。
「誰かが誰かを好きになる事は自由だし……身勝手で良いんだってば」
「……………」
「好きになる事に良いも悪いもないの。あるとしたら、その気持ちとその相手をどう扱うか」
「……………」
「だからね?好き勝手に、身勝手に好きになっていいの。好きになる事自体に罪なんて一切ないの……好きになってから、気持ちとか相手にどう向き合うか考えればいいんだよ。向き合い方が大事なの」
固まる俺に、根津は詠うように言葉を紡ぐ。
「だから反対に、好きになられる事も自由なんだよ?あっきーにはありえないなんて言う権利もないんだよ?それに、好きになられても気負ったり気にかける必要はないの」
そう言って微笑みーースルリと俺から離れた。
「ま、あくまでわたしの持論だけどさ」
そう言いながらあっさりと俺に背を向けて数歩歩く。
まるで独り言は終わりだと。俺の言葉なんていらないと、いや伝えたいだけだと言うように。
「…………根津、お前…」
それでも何か言おうとして、しかし言葉にはならない。
正直、混乱してるんだろう。
俺の中の変わることがないと思っていた価値観に、真っ直ぐに、しかし不思議と突き刺さった言葉に。
そんな俺に構わず、根津は振り返って微笑む。
傲慢な彼女とも、最近の弱々しい彼女とも違う。いや、俺の中で、この数分で印象が変わったから違うように見えたのかも知れない。
言葉を噛み砕く。
好きになる気持ちに罪はなく、自由であり、自分だけのものだと。
反面、これは明確には言われなかったが……その気持ちと向き合い、どう表すかで良くも悪くもなる。という事なんだろう。
「……はぁ。その言葉、肝に銘じとく。……貴重な言葉だった、と思う。……ありがとう」
「………!」
頭を軽く下げる。根津はそれに目を丸くして、またすぐ微笑み……そしていきなり暗い顔でへこみだした。
「……んん?」
「………ねぇ、聞いても良いかな?」
一方的に喋って、今度は聞け?やっぱり根津のやつ、自己中かよ。
いや……ただの自己中なやつじゃないのは、たった今分からされたけど。
先程の言葉は、きっと根津が苦しんだり悩んだりした経験から紡ぎ出されたものだろう。
そしてその言葉は、ただ考え足らずの自己中からは生まれないようなものだった。
そんな言葉をくれたんだ。話くらいは、な。
「……何だよ?」
「うん。えへ……あのね?」
何故か小さくはにかみ、それから少し目をふせる。
「今回の事さぁー……わたし、かなりやらかしちゃったと思うんだよね」
「そうだな」
「うん……嫉妬して、騙されて、エスカレートして、やっちゃダメな事をたくさんしちゃったし」
「そうだな」
「親友の冬華に……」
「……あぁ」
言葉に詰まり、泣きそうな顔で俯く。
「なのに……………なんで、誰も責めないの?」
「…………」
いや最初ボロカス言われたろ、とは言わない。根津が言いたいのは今の話だろう。
「分かってるよ。あっきーが助けてくれたから……でも、それって多分冬華がお願いしたからじゃないのかな?」
「…………」
その通り、とは口にしない。
冬華が言うつもりがなかったから根津も知らないんだろうし……根津も確信してるだろうから、言うまでもないとも言える。
「ねぇ、なんで冬華はわたしなんかを助けようとしてくれたの?なんであっきーは助けてくれたの?」
今にも泣きそうな顔で俺を見る根津。
さて、どうするかなぁ。
仮にも一応助けた立場だし、何より冬華の頼みを聞き入れてこの結果を生み出した以上、根津を追い詰める発言はしない方が良い、か?
じゃあ耳障りの良い言葉を並べるか?
根津の欲しいであろう言葉をただ機械的に吐き出すか?
それが、先ほど言葉をくれた根津へ、俺が返す言葉でいいのか?
「……知らん」
「……え?」
「他人の意思から生まれた行動の理由なんか、そいつしか知らんだろ」
根津は予想外だったのか、目をパチクリとさせている。
「俺が助けたのは借りがある冬華に頼まれたからだ。冬華については知らん。ただな、」
そこで言葉を切り、根津を真っ直ぐに見据える。
正直、俺が言える言葉はこれが限界だ。俺の意思だけなら伝えられる。けど、他人はそうじゃない。
だが、それはつい先程までのこと。
今の俺には、言える言葉がある。
それも、ちゃんと心に突き刺さる、決して薄っぺらいものじゃない言葉が。……まぁ、歴は浅いのは許してもらうしかない。
「ひとつだけ言える。それは、冬華がどう思って行動しても、それは冬華の自由だって事だ」
「っ!」
それはまさに、根津がくれた言葉だ。
それに虚を突かれたように目を丸くする。
「そんで、行動の責任をとるのは自分だ。冬華はあいつの自由のもと、行動して、責任を負った。だから、俺が知った事じゃないし……お前が背負う必要もない」
「…………」
「ただ、それでそうやって悩むんなら……お前も好きに動けばいい。恩返しだろうとなんだろうと、お前の好き勝手に、自由に……自分の責任のもと行動すりゃいい」
目を瞠ったまま、口元を手で押さえる根津に、俺は声音を軽くして肩をすくめる。
「……と、俺は思うぞ?」
「……………うん、ありがと」
正直矛盾もあるし、詭弁ともとれる。けどまぁ、俺が言えるのはこれくらいのもんでして。
しばしの沈黙の末に、根津は小さく頷いた。
それから何度かの呼吸を繰り返してから、こちらを見て笑う。
「にしてもさ、さっきのわたしのパクリぃ?」
「うるせ、偉そうに。他全てアホ丸出しのくせに調子に乗るな」
「ぼ、ボロカスじゃんっ?!あっきー、やっぱ口悪い!」
そんな軽口をしばし叩いてから、根津は部屋を後にした。ぐっすり寝れそうとかなんとか。
正直、根津とこうして話す事になるとは欠片も思ってなかった。けど、悪い時間じゃなかったと素直に思える。
なにしろ、多分俺も今日はぐっすり寝れそうなのだから。
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