学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら
32 打ち上げ
授業が終わり、教室を出る前に高山先生に呼び止められた。
うーむ、やっぱ逃げられないか……出来れば問題――例のアホな噂が解決してから話をしたかった。
そしたらもう終わったと言えば怒られずに済みそうだったのに。 まぁ仕方ない、大人しく謝ろう。
「全く。大上くん、一体何をしたのかしら?烏丸くんが怖いくらい頑なに謝罪を繰り返してきたのだけれど」
「好きに謝らせてやりゃいいんすよ。てか何で俺が何かしたって事になるんすか」
「当たり前じゃない、理由なんてあなた以外に思いつかないわよ」
「う……いや、問題児扱いされてんのは自覚ありますけど、決めつけは良くないっすよ?」
よくある事とは言え、高山先生らしくない発言な気もするな。まぁ正解だから何も言えないけど。
そう思いきや、にこりと素敵な、それでいて悪戯げな色を少し含む笑顔を向けられた。
「あら、違うわよ?問題児としての疑いじゃなくて、問題を解決してくれる生徒への信頼よ」
……や、それは反則でしょ。
「お……お、おぉ…?」
「? 何かしら?」
「あ、いや……そんなまともに褒められる事してないっすから、その」
「何を言ってるの。教師としてダメなのかも知らないけれど、いつも助けてもらって嬉しいわよ、大上くん」
「そ、そりゃ何よりっす」
大人っぽさに少女みたいな雰囲気が混ざる高山先生。その笑顔と言葉の破壊力に言葉に詰まる。
はぁ、綺麗な年上の女性なのに可愛いなこの人。どんだけ魅力を搭載すれば気が済むんだか。
「今度お礼でもするわ。また連絡するからちゃんと返信してね」
そう言いながらメモを寄越された。見れば連絡先が書かれている。 いやちょい待った、さらっと爆弾発言だよこれ。他に誰もいないとは言え、よりによって最近の状況で言う発言ではないと思うんですが。
「いや、気にしないで下さいよ。てかそんなん言うとまた噂がややこしくなっちまいますよ……って何の事か分からないかも知れないすけど」
「ちゃんと知ってるわよ、私と大上くんが付き合ってるって噂でしょう?」
知ってんのかい。なに?確信犯すか?この人意外とお茶目だなおい。
「……ほんと、ご迷惑をおかけしてます。必ず噂は欠片も残さず消滅させるんで」
「い、言い回しが物騒なのが気になるけど、別に所詮噂よ。構わないわ、気にしないで」
「いや寛容すぎでしょ」
「……さぁ、どうなのかしらね」
どこか妖しく微笑み、受けとらずにいたので宙に浮いていたメモ用紙をスッと俺のポケットに突っ込む高山先生。
突き返す……のは失礼だよなぁ。いいのかね、何気にすげぇレアなもんもらった気がするんだけど。
「ほら、そろそろ次の授業が始まるわよ。私も準備しないといけないのに、間に合わなかったら生徒達に怒られてしまうわ」
「いや、誰のせいだと」
「そうね……ふふっ、2人のせいかしらね」
周囲から隙がなく堅物に見える原因の一つーー完成されすぎた美貌。
そんな美貌が、笑うと可愛いさを覗かせる。もし分かってやってるなら静どころじゃない小悪魔だ。
とりあえず、迂闊に笑わないで欲しい。心臓に悪いわ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あぁ〜疲れた」
「サボってばっかりだからだろー?毎日来てりゃ慣れるっての」
「しゃーないだろ?納期厳しかったんだし」
久しぶりの学校を終えた放課後。机で伸びをしていると夏希の呆れたような声が横から飛んでくる。
「そーいや秋斗ぉ、急ぎの仕事は片付けたんだろ?」
「まぁな。しばらくはのんびりやれそうだ」
今回は勉強で遅れただけでなく、結構仕事が重なった事も手間取った要因だ。
その代わり、仕事が固まった分それらを片付けてしまえばしばらくは余裕が出来る。
テストも終わり、期末テストはそこまで手間をかけるつもりはない。
特に行事がある訳でもないので、当面は気楽な生活を送れそうだ。
「だったら打ち上げでもしよーよ」
「んん?打ち上げ?」
「そーそー。テスト勉強やら仕事やらも終わったし、お疲れ様って事でさー」
なるほど。確かに一息つけるタイミングだし悪くないかもな。ただまぁーー
「まさか、そういう名目で奢れって言うんじゃないだろうな?」
「それも悪くないけどねー。今回は言葉通り。割りカンでいーよ」
「いーよじゃねえよ。なんで基本奢られるみたいになってんの?」
恒例の遠回しなたかりではないらしい。
それにしても、気のせいじゃなければ機嫌が良いように見える。
長い付き合いの勘だと、良い事があってテンション上がってるっつーより、良い事がありそうで浮かれてるって感じな気がする。
恐らく、何かが上手くいきそうなんだろう……多分、何か企んでるな。
まぁ言ってこないなら俺には関係ないんだろう。手が足りないなら貸しはするけど……
「……一応言っとくけど、手伝える事があれば言えよ?大した事は出来ないだろうけど」
「あ?……あー、えと、気にすんな。大した事じゃないしさー」
うーむ、やっぱり隠しておきたいらしく言葉を濁された。それなら心置きなくほっとこ。
「そか。それより、打ち上げってのは何食うよ?」
「ん、あぁ。そーだな、ここは学生らしく焼肉とかどーよ」
肉好きだよなぁ、とか思いながら、頷いて話を促す。俺も肉は好きだし。
「それじゃ食い放題にするか。帰り道にあったよな」
「オッケー。食い放題ってんならコンディション整えないとなー!」
「気合い入れすぎだろ、店側が泣くぞ。つかそこまでする?」
「当たり前だろー?おら今から行くぞ」
「その打ち上げは、当然僕も呼んでくれるんだよね?」
「「おわぁっ?!」」
背後の、すぐ近くから不意に小さな声が湧いた。誰なのか確認するまでもない。
「それ辞めろっつってんだろー春人ぉ!」
「趣味悪いんだよ腹黒優等生!」
「いやぁ、良いリアクションしてくれるからつい」
アホほど整った顔で楽しげに笑う春人。こいついつか顔面発光しそうだな。
「てか話しかけんなよ志々伎くん」
まぁ最低限気を遣って、最初のセリフは小声にしたんだろうけど。
「そうしたいんだけど、置いていかれそうだったからさ。仕方ないじゃないか」
「仕方なくないだろ」
つか置いていくワケないだろ。 久しぶりに本気で勉強したけど、正直日頃の怠慢は大きかった。
それを満点まで引き上げてくれたのは間違いなく春人と夏希の力だ。
「アホな事言ってないで、志々伎くんはあっちで寂しそうにしてる女子達のとこ行ってこい」
「つれないね」
「……アホか、無駄な心配すんな。場所決まったら連絡する」
「はは、了解。またね、ツンデレくん」
「誰がツンデレだ!」
「「いや誰がどう見ても」」
「そんなワケ、って夏希までっ?!」
目を剥く俺に、春人が音もなく丸めた紙を俺に放り投げて戻っていった。
なんだこれ?メモ?
『予約するなら8人にしときなよ』
いや多すぎだろ。春人が超人じみてるのは認めるけど、さすがに意味分からん。つーかこれいつ書いたの?
「………よし、さっさと行くぞ」
「おー。で、他に誘いたいやつは?」
「居ない、というかまず俺と打ち上げするっつって来るヤツがいるとでも?」
「居るだろ。後ろに」
「そうですよ。私は除け者ですか?」
春人相手じゃあるまいし、今回は気付いてた。だからこそスルーしたかったのに。
「……せめて外でこの話をしたかったんだけど」
「あー、だからさっさと行こうとか言ってたのかー。くく、残念だったなー秋斗ぉ」
「そうですよ。というより往生際が悪いです」
「うっせ」
宇佐のやつ、マジでお構いなしか。あーもう、周りの目が痛い。
とりあえず適当にこの場を誤魔化そうと振り返り、
「……は?」
宇佐の隣に立つ、予想外の人物に目を丸くした。
「……あー……ね、ね…ネズミだっけ?」
「ちょ、何で名前忘れてんのよ?!」
宇佐の横には、気まずげに縮こまってる根津が居た。
いや何故に?いくら冬華大好きなこいつでも俺がいれば来ないと思ってんだけど。
「愛、大丈夫です。多分ですけど、本当は覚えてます」
「お、やるなぁ冬華。せーかい」
アホなの?それ言ったら意味なくなるだろ。
「じゃあ、嫌がらせ?何それ!……文句言える立場じゃないけどさぁ」
「いえ、逆ですよ」
「へ?」
間の抜けた顔をする根津の耳に顔を寄せ、宇佐は小声で言う。
「周りに人がいるから、素っ気なくして仲良くないと示してるんですよ。自分が嫌われてるからって。早い話、彼なりに守ろうとしてるんです」
「―――……」
何を言ったかは聞こえないけど、まぁ内容は想像がつく。
ただ、それを言われた根津の反応は分からない。虚を突かれたのだろうか、目を丸くして固まっている。
「……愛?」
「………いい」
「うぇ?」
これまたぽそりと小さく呟く根津。聞き取れないし、これについては本当に分からない。
けど、それを聞いたであろう宇佐が初めて聞くような間抜けな声を漏らした。まぁおバカなこいつらしい、おバカな発言でもしたんだろう。
「ちょ、えっ、桜っ?こんなところで何言って……」
「何慌てて……根津のやつ、一体何を言ったんだか」
「あー……あたし分かったかもー」
「マジ?すげぇな夏希。エスパー?」
「ちがうっての。ほら、乙女心ってやつー?」
「あー出た出た、お手上げだわ。てか夏希にも乙女心なんてもんがあったのか?」
「てめ、こんな高純度乙女に向かって」
「何純度って。乙女って鉱石の一種なの?」
夏希と軽口を叩き合っている間も、根津は呆けたまま。
なんか待つのも面倒になってきたし、何より視線が痛い。
冬華達は仲良くなった夏希と話してると解釈されるとは思う、いや思いたいが……一応さっさと教室出るか。
「夏希、とりあえず出といてくれ」
「ん、そーだな。じゃーまた明日な、秋斗。ほれ冬華、行くぞー」
「え、ちょ……」
「いーからいーから」
さすが夏希。マジで以心伝心いけちゃうとか考えてみたらすごいな。
「おーまたな。ちなみにそいつも連れてくのか?」
「とーぜん」
「……何でだろ、なんか嫌な予感がするんだけど」
「にしし、そーかもなー?」
楽しげに笑う夏希に、嫌な予感が余計増していく。
だからといって止めて聞く夏希じゃないので溜息ひとつで受け入れておく。
しばらく時間を置いて席を立ち、のんびり歩く。 下駄箱に着いて靴に履き替えたタイミングで、いきなり背中を衝撃が襲った。
「おわっ?!」
「ついに見つけたー!犯人確保だよっ!」
「……冤罪だ、無実を主張する」
「ネタはあがってんだぜ〜?『私と一緒に帰ってくれない罪』、懲役10年!」
「厳しすぎるだろ。それ強盗よりも重いんだけど」
「あははっ!じゃあ見逃してあげるから今日こそ一緒に帰ろっ?」
突然の襲来の犯人を見て確認するまでもなく、その体勢のまま会話を始める。
というかいきなり背中に飛び乗るようなヤツは1人しか知らない。
俺に対して割と無遠慮な妹分、梅雨だ。
時間をずらして周りに人が居ないから良いものを……見られて困るのはこいつだってのに分かってんのかね。
「いや無理。今日テストの打ち上げやるんだとよ」
「えぇ〜っ!やっと一緒に帰れると思ったのにぃ……」
「また今度一緒に……んん?」
ふと春人からのメモを思い出す。
待てよ、今何人だ?
俺、夏希、春人、宇佐、根津…5人。
仮に梅雨が何故か来ることになったとしても6人。
関係ないって事か?いや、そもそもいくら春人でも突拍子がなさすぎるし、気にする事じゃない、よな?
「も〜、梅雨ってば足速すぎ!あ、せんぱーい!相変わらず色々やってるみたいですね〜?せっかくなんでお話聞かせてくださいよぉ?」
そんな思考をぶった斬るのは、いかにも外面用といったぶりっ子ボイスの静。
さらりと付いてくる発言を添えつつ、拒否はさせませんよ?とばかりに目は笑ってない。
「あっ、居た!ねぇ大上くん、今日一緒に帰りたいんだけどさ。色々話がしたいから少し遊ぶがてら寄り道しない?」
さらに立て続けに現れたのは、少し遠慮がちに上目遣いなんかしちゃうあざとさと可愛いさの権化、しかし静と違って天然、ただし男。
かわいい男子こと河合大樹。
はい、8人目〜。何でこうも声をかけられる上に重なるのか。
つまりあれか、そういうことか?春人くんや。
「じゃあさじゃあさ!皆んなで行こうよ!ね、アキくん!」
「え、何か予定あったの?えと、大丈夫?」
「え、いいんですかぁ〜?やったぁ、さすが先輩!」
名案だ、とばかりに明るい声でーー顔は分からん。まだ背中にくっついてるしーー騒ぎつつ足をバタバタさせる15歳児梅雨。 不安げに、しかし期待を微かに滲ませる正ヒロインムーブをかます男子高校生河合。
そして返事もしてないのに勝手に許可した体で話を進める腹黒ぶりっ子静。
なんて濃いヤツらだ。めんどくさいから避けたいところだけど……一応夏希や春人に確認をとるとしてーー
「構わないさ。ねぇ、夏希、秋斗?」
「……お前、マジでこれ読んでたのか?」
「どうだろうね?」
俺の思考を読んだかのようなタイミングで了承しながら背後に現れたのは、まぁ言うまでもなく春人だ。
もう驚かない。こいつは多分人間を辞めた。
やったー!などと騒いでいる3人を春人の近くに立たせながら離れて歩きーーあくまで俺はたまたま居合わせただけですよー皆さんーー学校から出ると、校門近くで待っていたらしい夏希がバシッと肩を叩いた。
「あははっ!なんだか賑やかになったなー秋斗ぉ!」
「何で楽しそうなんだ、夏希」
「良いじゃんか、学生っぽくて。たまには秋斗もわいわい楽しもうぜ?」
あまり騒がしいのは好まないと思ってた夏希は何故かノリノリ。
春人も楽しげに、というか嬉しそうに?笑ってる。というかお兄さん?また飛び乗ってきた妹引き取ってくんない?
ふと気付けば、幼馴染以外から無言の視線が俺――じゃなくて背中の梅雨に集まっていた。
「梅雨、下りろ。なんか知らんけど睨まれてんぞ」
「……むむ、これは敵性反応だよアキくん!下りたら負けだっ、このまま移動を開始するっ」
「却下」
「発進!れっつごーアキくんっ!」
「聞けよ」
なんでこの兄妹って俺の話聞かないの?そしてなんで梅雨から俺に視線が移動してんの?怖いわ。
「あははっ、大上くん人気者だね!」
「本当だね。いやぁ、羨ましいよ」
「河合はともかく、春人のは腹立つ」
あーもう行く前から疲れるわ。まだ学校出てすぐなんだけど。
まずいなぁ。
ぎゃいぎゃい各々言いたい事を言いながら歩き出す。つーかあんま人が居ないとは言え、見られたらヤバいメンツな気がする……現地集合にすりゃ良かったな。
まぁ聞いてくれるヤツらじゃないんだけど……いや本当に話を聞かないヤツばかりだ。
まぁそれが嫌な気がしてない俺が、一番まずいんだけどな。
うーむ、やっぱ逃げられないか……出来れば問題――例のアホな噂が解決してから話をしたかった。
そしたらもう終わったと言えば怒られずに済みそうだったのに。 まぁ仕方ない、大人しく謝ろう。
「全く。大上くん、一体何をしたのかしら?烏丸くんが怖いくらい頑なに謝罪を繰り返してきたのだけれど」
「好きに謝らせてやりゃいいんすよ。てか何で俺が何かしたって事になるんすか」
「当たり前じゃない、理由なんてあなた以外に思いつかないわよ」
「う……いや、問題児扱いされてんのは自覚ありますけど、決めつけは良くないっすよ?」
よくある事とは言え、高山先生らしくない発言な気もするな。まぁ正解だから何も言えないけど。
そう思いきや、にこりと素敵な、それでいて悪戯げな色を少し含む笑顔を向けられた。
「あら、違うわよ?問題児としての疑いじゃなくて、問題を解決してくれる生徒への信頼よ」
……や、それは反則でしょ。
「お……お、おぉ…?」
「? 何かしら?」
「あ、いや……そんなまともに褒められる事してないっすから、その」
「何を言ってるの。教師としてダメなのかも知らないけれど、いつも助けてもらって嬉しいわよ、大上くん」
「そ、そりゃ何よりっす」
大人っぽさに少女みたいな雰囲気が混ざる高山先生。その笑顔と言葉の破壊力に言葉に詰まる。
はぁ、綺麗な年上の女性なのに可愛いなこの人。どんだけ魅力を搭載すれば気が済むんだか。
「今度お礼でもするわ。また連絡するからちゃんと返信してね」
そう言いながらメモを寄越された。見れば連絡先が書かれている。 いやちょい待った、さらっと爆弾発言だよこれ。他に誰もいないとは言え、よりによって最近の状況で言う発言ではないと思うんですが。
「いや、気にしないで下さいよ。てかそんなん言うとまた噂がややこしくなっちまいますよ……って何の事か分からないかも知れないすけど」
「ちゃんと知ってるわよ、私と大上くんが付き合ってるって噂でしょう?」
知ってんのかい。なに?確信犯すか?この人意外とお茶目だなおい。
「……ほんと、ご迷惑をおかけしてます。必ず噂は欠片も残さず消滅させるんで」
「い、言い回しが物騒なのが気になるけど、別に所詮噂よ。構わないわ、気にしないで」
「いや寛容すぎでしょ」
「……さぁ、どうなのかしらね」
どこか妖しく微笑み、受けとらずにいたので宙に浮いていたメモ用紙をスッと俺のポケットに突っ込む高山先生。
突き返す……のは失礼だよなぁ。いいのかね、何気にすげぇレアなもんもらった気がするんだけど。
「ほら、そろそろ次の授業が始まるわよ。私も準備しないといけないのに、間に合わなかったら生徒達に怒られてしまうわ」
「いや、誰のせいだと」
「そうね……ふふっ、2人のせいかしらね」
周囲から隙がなく堅物に見える原因の一つーー完成されすぎた美貌。
そんな美貌が、笑うと可愛いさを覗かせる。もし分かってやってるなら静どころじゃない小悪魔だ。
とりあえず、迂闊に笑わないで欲しい。心臓に悪いわ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あぁ〜疲れた」
「サボってばっかりだからだろー?毎日来てりゃ慣れるっての」
「しゃーないだろ?納期厳しかったんだし」
久しぶりの学校を終えた放課後。机で伸びをしていると夏希の呆れたような声が横から飛んでくる。
「そーいや秋斗ぉ、急ぎの仕事は片付けたんだろ?」
「まぁな。しばらくはのんびりやれそうだ」
今回は勉強で遅れただけでなく、結構仕事が重なった事も手間取った要因だ。
その代わり、仕事が固まった分それらを片付けてしまえばしばらくは余裕が出来る。
テストも終わり、期末テストはそこまで手間をかけるつもりはない。
特に行事がある訳でもないので、当面は気楽な生活を送れそうだ。
「だったら打ち上げでもしよーよ」
「んん?打ち上げ?」
「そーそー。テスト勉強やら仕事やらも終わったし、お疲れ様って事でさー」
なるほど。確かに一息つけるタイミングだし悪くないかもな。ただまぁーー
「まさか、そういう名目で奢れって言うんじゃないだろうな?」
「それも悪くないけどねー。今回は言葉通り。割りカンでいーよ」
「いーよじゃねえよ。なんで基本奢られるみたいになってんの?」
恒例の遠回しなたかりではないらしい。
それにしても、気のせいじゃなければ機嫌が良いように見える。
長い付き合いの勘だと、良い事があってテンション上がってるっつーより、良い事がありそうで浮かれてるって感じな気がする。
恐らく、何かが上手くいきそうなんだろう……多分、何か企んでるな。
まぁ言ってこないなら俺には関係ないんだろう。手が足りないなら貸しはするけど……
「……一応言っとくけど、手伝える事があれば言えよ?大した事は出来ないだろうけど」
「あ?……あー、えと、気にすんな。大した事じゃないしさー」
うーむ、やっぱり隠しておきたいらしく言葉を濁された。それなら心置きなくほっとこ。
「そか。それより、打ち上げってのは何食うよ?」
「ん、あぁ。そーだな、ここは学生らしく焼肉とかどーよ」
肉好きだよなぁ、とか思いながら、頷いて話を促す。俺も肉は好きだし。
「それじゃ食い放題にするか。帰り道にあったよな」
「オッケー。食い放題ってんならコンディション整えないとなー!」
「気合い入れすぎだろ、店側が泣くぞ。つかそこまでする?」
「当たり前だろー?おら今から行くぞ」
「その打ち上げは、当然僕も呼んでくれるんだよね?」
「「おわぁっ?!」」
背後の、すぐ近くから不意に小さな声が湧いた。誰なのか確認するまでもない。
「それ辞めろっつってんだろー春人ぉ!」
「趣味悪いんだよ腹黒優等生!」
「いやぁ、良いリアクションしてくれるからつい」
アホほど整った顔で楽しげに笑う春人。こいついつか顔面発光しそうだな。
「てか話しかけんなよ志々伎くん」
まぁ最低限気を遣って、最初のセリフは小声にしたんだろうけど。
「そうしたいんだけど、置いていかれそうだったからさ。仕方ないじゃないか」
「仕方なくないだろ」
つか置いていくワケないだろ。 久しぶりに本気で勉強したけど、正直日頃の怠慢は大きかった。
それを満点まで引き上げてくれたのは間違いなく春人と夏希の力だ。
「アホな事言ってないで、志々伎くんはあっちで寂しそうにしてる女子達のとこ行ってこい」
「つれないね」
「……アホか、無駄な心配すんな。場所決まったら連絡する」
「はは、了解。またね、ツンデレくん」
「誰がツンデレだ!」
「「いや誰がどう見ても」」
「そんなワケ、って夏希までっ?!」
目を剥く俺に、春人が音もなく丸めた紙を俺に放り投げて戻っていった。
なんだこれ?メモ?
『予約するなら8人にしときなよ』
いや多すぎだろ。春人が超人じみてるのは認めるけど、さすがに意味分からん。つーかこれいつ書いたの?
「………よし、さっさと行くぞ」
「おー。で、他に誘いたいやつは?」
「居ない、というかまず俺と打ち上げするっつって来るヤツがいるとでも?」
「居るだろ。後ろに」
「そうですよ。私は除け者ですか?」
春人相手じゃあるまいし、今回は気付いてた。だからこそスルーしたかったのに。
「……せめて外でこの話をしたかったんだけど」
「あー、だからさっさと行こうとか言ってたのかー。くく、残念だったなー秋斗ぉ」
「そうですよ。というより往生際が悪いです」
「うっせ」
宇佐のやつ、マジでお構いなしか。あーもう、周りの目が痛い。
とりあえず適当にこの場を誤魔化そうと振り返り、
「……は?」
宇佐の隣に立つ、予想外の人物に目を丸くした。
「……あー……ね、ね…ネズミだっけ?」
「ちょ、何で名前忘れてんのよ?!」
宇佐の横には、気まずげに縮こまってる根津が居た。
いや何故に?いくら冬華大好きなこいつでも俺がいれば来ないと思ってんだけど。
「愛、大丈夫です。多分ですけど、本当は覚えてます」
「お、やるなぁ冬華。せーかい」
アホなの?それ言ったら意味なくなるだろ。
「じゃあ、嫌がらせ?何それ!……文句言える立場じゃないけどさぁ」
「いえ、逆ですよ」
「へ?」
間の抜けた顔をする根津の耳に顔を寄せ、宇佐は小声で言う。
「周りに人がいるから、素っ気なくして仲良くないと示してるんですよ。自分が嫌われてるからって。早い話、彼なりに守ろうとしてるんです」
「―――……」
何を言ったかは聞こえないけど、まぁ内容は想像がつく。
ただ、それを言われた根津の反応は分からない。虚を突かれたのだろうか、目を丸くして固まっている。
「……愛?」
「………いい」
「うぇ?」
これまたぽそりと小さく呟く根津。聞き取れないし、これについては本当に分からない。
けど、それを聞いたであろう宇佐が初めて聞くような間抜けな声を漏らした。まぁおバカなこいつらしい、おバカな発言でもしたんだろう。
「ちょ、えっ、桜っ?こんなところで何言って……」
「何慌てて……根津のやつ、一体何を言ったんだか」
「あー……あたし分かったかもー」
「マジ?すげぇな夏希。エスパー?」
「ちがうっての。ほら、乙女心ってやつー?」
「あー出た出た、お手上げだわ。てか夏希にも乙女心なんてもんがあったのか?」
「てめ、こんな高純度乙女に向かって」
「何純度って。乙女って鉱石の一種なの?」
夏希と軽口を叩き合っている間も、根津は呆けたまま。
なんか待つのも面倒になってきたし、何より視線が痛い。
冬華達は仲良くなった夏希と話してると解釈されるとは思う、いや思いたいが……一応さっさと教室出るか。
「夏希、とりあえず出といてくれ」
「ん、そーだな。じゃーまた明日な、秋斗。ほれ冬華、行くぞー」
「え、ちょ……」
「いーからいーから」
さすが夏希。マジで以心伝心いけちゃうとか考えてみたらすごいな。
「おーまたな。ちなみにそいつも連れてくのか?」
「とーぜん」
「……何でだろ、なんか嫌な予感がするんだけど」
「にしし、そーかもなー?」
楽しげに笑う夏希に、嫌な予感が余計増していく。
だからといって止めて聞く夏希じゃないので溜息ひとつで受け入れておく。
しばらく時間を置いて席を立ち、のんびり歩く。 下駄箱に着いて靴に履き替えたタイミングで、いきなり背中を衝撃が襲った。
「おわっ?!」
「ついに見つけたー!犯人確保だよっ!」
「……冤罪だ、無実を主張する」
「ネタはあがってんだぜ〜?『私と一緒に帰ってくれない罪』、懲役10年!」
「厳しすぎるだろ。それ強盗よりも重いんだけど」
「あははっ!じゃあ見逃してあげるから今日こそ一緒に帰ろっ?」
突然の襲来の犯人を見て確認するまでもなく、その体勢のまま会話を始める。
というかいきなり背中に飛び乗るようなヤツは1人しか知らない。
俺に対して割と無遠慮な妹分、梅雨だ。
時間をずらして周りに人が居ないから良いものを……見られて困るのはこいつだってのに分かってんのかね。
「いや無理。今日テストの打ち上げやるんだとよ」
「えぇ〜っ!やっと一緒に帰れると思ったのにぃ……」
「また今度一緒に……んん?」
ふと春人からのメモを思い出す。
待てよ、今何人だ?
俺、夏希、春人、宇佐、根津…5人。
仮に梅雨が何故か来ることになったとしても6人。
関係ないって事か?いや、そもそもいくら春人でも突拍子がなさすぎるし、気にする事じゃない、よな?
「も〜、梅雨ってば足速すぎ!あ、せんぱーい!相変わらず色々やってるみたいですね〜?せっかくなんでお話聞かせてくださいよぉ?」
そんな思考をぶった斬るのは、いかにも外面用といったぶりっ子ボイスの静。
さらりと付いてくる発言を添えつつ、拒否はさせませんよ?とばかりに目は笑ってない。
「あっ、居た!ねぇ大上くん、今日一緒に帰りたいんだけどさ。色々話がしたいから少し遊ぶがてら寄り道しない?」
さらに立て続けに現れたのは、少し遠慮がちに上目遣いなんかしちゃうあざとさと可愛いさの権化、しかし静と違って天然、ただし男。
かわいい男子こと河合大樹。
はい、8人目〜。何でこうも声をかけられる上に重なるのか。
つまりあれか、そういうことか?春人くんや。
「じゃあさじゃあさ!皆んなで行こうよ!ね、アキくん!」
「え、何か予定あったの?えと、大丈夫?」
「え、いいんですかぁ〜?やったぁ、さすが先輩!」
名案だ、とばかりに明るい声でーー顔は分からん。まだ背中にくっついてるしーー騒ぎつつ足をバタバタさせる15歳児梅雨。 不安げに、しかし期待を微かに滲ませる正ヒロインムーブをかます男子高校生河合。
そして返事もしてないのに勝手に許可した体で話を進める腹黒ぶりっ子静。
なんて濃いヤツらだ。めんどくさいから避けたいところだけど……一応夏希や春人に確認をとるとしてーー
「構わないさ。ねぇ、夏希、秋斗?」
「……お前、マジでこれ読んでたのか?」
「どうだろうね?」
俺の思考を読んだかのようなタイミングで了承しながら背後に現れたのは、まぁ言うまでもなく春人だ。
もう驚かない。こいつは多分人間を辞めた。
やったー!などと騒いでいる3人を春人の近くに立たせながら離れて歩きーーあくまで俺はたまたま居合わせただけですよー皆さんーー学校から出ると、校門近くで待っていたらしい夏希がバシッと肩を叩いた。
「あははっ!なんだか賑やかになったなー秋斗ぉ!」
「何で楽しそうなんだ、夏希」
「良いじゃんか、学生っぽくて。たまには秋斗もわいわい楽しもうぜ?」
あまり騒がしいのは好まないと思ってた夏希は何故かノリノリ。
春人も楽しげに、というか嬉しそうに?笑ってる。というかお兄さん?また飛び乗ってきた妹引き取ってくんない?
ふと気付けば、幼馴染以外から無言の視線が俺――じゃなくて背中の梅雨に集まっていた。
「梅雨、下りろ。なんか知らんけど睨まれてんぞ」
「……むむ、これは敵性反応だよアキくん!下りたら負けだっ、このまま移動を開始するっ」
「却下」
「発進!れっつごーアキくんっ!」
「聞けよ」
なんでこの兄妹って俺の話聞かないの?そしてなんで梅雨から俺に視線が移動してんの?怖いわ。
「あははっ、大上くん人気者だね!」
「本当だね。いやぁ、羨ましいよ」
「河合はともかく、春人のは腹立つ」
あーもう行く前から疲れるわ。まだ学校出てすぐなんだけど。
まずいなぁ。
ぎゃいぎゃい各々言いたい事を言いながら歩き出す。つーかあんま人が居ないとは言え、見られたらヤバいメンツな気がする……現地集合にすりゃ良かったな。
まぁ聞いてくれるヤツらじゃないんだけど……いや本当に話を聞かないヤツばかりだ。
まぁそれが嫌な気がしてない俺が、一番まずいんだけどな。
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