学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら

みどりぃ

31 久しぶりの登校

――私が初めて恋をした人は、とってもズルい人。



「秋斗、ご飯出来たよ」
「んぁあ……ありがとな冬華。ただ悪いけど部屋で食う。あと今日も学校休むわ」

 先週末にテスト返却と点数発表があり、その翌週の水曜日の今日。
 秋斗は学校はこれで3日連続で休んでます。つまりテスト返却以降ずっと休んでます。

 烏丸さんとの中間テストの勝負は文句なしの秋斗の勝利。なんといっても不動の満点王志々伎くんと同点、つまりは満点を叩き出したんですから。
 もちろん私も負けた。悔しいか悔しくないかと聞かれたら悔しすぎて秋斗に思わず出会い頭に頭突きしたくらいには悔しい。
 何より悔しいのは、いつも赤点回避くらいしか勉強しない秋斗が頑張ったのは、多分私の為だから怒れないのが悔しい。

 私としては勝負に負けて学校では話せなくなると思ってました。
 それでもグレーゾーンをついて学校外であるこの家なら良いじゃん、なんて考えてましたし。
 そんな考えや、初恋で浮かれまくってた私は秋斗がこんなに頑張ってくれてるなんて考えもしなかった。それもまた、悔しい。

 あ、そうそう。テスト返却があった日の夜、「勉強頑張ってるのに気付かなくてごめんね、ありがとう」と伝えたところ、彼は目が半分閉じた眠そうな顔で欠伸混じりに言ったんです。

『感謝は受け取ってもいいけど、謝罪はいらんわ。てか感謝よりハンバーグカレー食いたい』

 せめてどっちか受け取れよ。どっちも突き返してんじゃねーよ。
 なんて思わず夏希――テスト勉強中に仲良くなってお互い呼び捨てになっちゃいましたーーみたいな口調で内心吐き捨てましたよね。
 でもその時に、眠そうな顔をへにゃりと柔らかく歪ませた彼に、内心とは裏腹に心臓は暴れ回るんです。
 私の意思を無視して暴れるなんて調子に乗ってる心臓ですよ、ロデオマシーンかなんかですか。

 何が言いたいかと言うと、こっちはこんな悔しかったり心臓に悪い思いをしてるのに、彼は平常運転。ズルいって思いませんか?いえズルいです。ズルすぎるぅ。

 しかもですよ。学校でも話せる、なんて語尾に音符でもつきそうな私らしからぬテンションで迎えた月曜の朝。

『あー、悪い。仕事止めてた分が一気に来てな、しばらく学校行けそうにないわ』

 言葉を失うとはこの事かと実感しましたね。
 効果音をつけるなら「ガーン」でしょうか。いえ、ちょっぴりブキギレかけたので「ピシャアン」かもしれません。
 てゆーか仕事って何ですか?毎晩部屋からカタカタとキーボードを叩く音が聞こえるのはそれですか?居候の私には教えてくれないんですか?むぅ。

 私の膨れっ面に、しかし彼は気付きもせずにさっさと自室にこもっちゃいました。
 なんならテスト勉強より本気なんじゃないかってくらい熱心にこもってます。当然私なんてほったらかしです。

 いえ、もともと居候の条件は『ご飯を作る事』で、対価が『風呂及び寝泊まりの許可』なので、別に仲良く話す事はこの居候とは無関係なのは分かってます。
 でも好きと自覚してからは、こう、やっぱりもっと話したいといいますか。ちょっと新婚さんぽいやりとりとかしてみたいなぁとか思っちゃうじゃないですか!
 なのに自覚してからすぐにテスト勉強で深夜帰りや泊まっていったりで、テスト明けは自室にひきこもり。うぅ、おあずけですか!生殺しなんですか?!寂しいですよぅ……

「……って話ですよ」
「あっはっはっは!いやー開き直ってんなー、恋する乙女かよ!」

 学校でそんな愚痴を夏希にぶつけると、それはもう楽しそうに笑われました。
 テスト期間はさすがに落ち着いてましたが、色々話題になってしまった私は気付けば人に囲まれます。
 さすがに辟易としてきた私達の作戦はコレ、夏希バリアに頼る、です。
 ですが秋斗の幼馴染だけあってか、彼女も一筋縄ではいかないというか、厄介なんですよ。

「ち、違います!別に好きとかそんなんじゃなくてですね!」
「ぶふっ、あはははっ!マジ?隠してるつもりなのかよー?」

 良いオモチャを見つけたとばかりにニンマリと楽しげに笑って揶揄われ放題です。反論しても柳に風。猫のようにスルスルと回避されます。
 いまだ落ち着いてくれないこの感情を、こうも面白そうに弄られてはたまったもんじゃないですよ。
 自覚できる程顔に血液が集まってくるので、唸りながら顔を伏せるしかありません。

「えー……ウソぉ、冬華が?学校一の美少女とか言われてる冬華が、学校一の嫌われ者のあっきーを……?」
「お?その嫌われ者になりかけてたのを助けてもらっといて言うねー?」
「ひぇっ……いや、その、そういう意味じゃなくてぇ…」
「くくっ、分かってるってー。じょーだんだよじょーだん」

 同じく逃げてきたの愛は、まだ少し夏希を怖がってるみたいです。だけど、これでもかなりマシになった方なんですよね。

 ちなみに何でそんなに怖がってるのか聞いたんですけど、愛いわく夏希は『イジメ嫌い』だそうで。主に女子同士の陰湿なイジメの場にフラリと現れて止めたりするんですって。
 その止め方が、まぁちょっと過激らしく……そんな事もあり、イジメをするようなカースト上位の女子からは割と恐れられてるとか。

 それを聞いた時は『あぁ、秋斗の幼馴染って感じですね』なんて思ったものです。
 ちなみにたまに夏希に話しかける女子は、大抵はイジメから助けられた子だとか。 驚きなのはたまにイジメる側だった子からも話しかける事。過激な止め方とは言え、終わった後に呑気な笑顔で何事もなかったように話しかけられると怒る気にもなれない、とかなんとか。うぅん、人たらしなとこも似てますね。

(志々伎さんもですけど、大概夏希もカリスマというか、存在感ありますよね)

 外見もあるんでしょうけど、立ち振る舞いや言動、何より中から滲み出るような人柄。それらが意思をもって方向性をつけられ、威圧だったり、反対に魅力だったりを放ってる。
 これまで話す機会はありませんでしたが、話してみて一層そう思わされたんですよね。

「まぁ根津からすれば困るもんなぁー?」
「な、なにがよ……?」

 なんとなく夏希を眺めていたら、彼女は悪戯っぽいーー似合いすぎる表情ですねーー笑顔で愛を見ます。

「冬華を相手にしないといけなくなるもんなー?」
「…………。は、はぁあ?!」
「その上梅雨もいるしー?秋斗も梅雨には甘いし、距離も近いから強敵だぞー?」
「な、え、ちが、違うし!なんでわたしがあんなクズなんかっ!」

 ほっほー……なるほどぉ?愛までそんな感じなんですね……?
 顔を真っ赤にして怒鳴る愛に、夏希はそれはもう楽しそうに笑ってます。女子にしては豪快な笑い方も、妙に似合うからセコいというかなんというか。
 それにそうかもとは思ってましたが、梅雨さんもライバルですかー……2番目に敵に回したくない子だったんですけどねぇ。

 そう思いながら、1番敵に回したくない彼女に向かって言葉を放ります。

「夏希こそどうなんですか?物凄い仲良しの幼馴染でしょう?」
「あ!そうだよ、根古屋こそ好きなんじゃないの?!」

 愛も揶揄い返すとばかりにニヤリと笑って私の言葉に乗っかります。
 私と愛の視線を受け止めた夏希は、顔を赤くするでもなくニヤリと笑いました。

「残念だったなー。今はあたしと秋斗はそんな関係じゃないんだよねー」
「はぁあ?ホントにぃ?」
「本当だってのー。秋斗に聞いてもいーよ?」

 ……ウソじゃなさそう、に見えますね。確かに夏希と秋斗はなんというか、男友達みたいな気安い関係に見えますけど。
 とは言え、こうも言い切れる程に男女間で割り切れるものなんでしょうか……?いや、もしかしてーー

「――昔何かあったんですかね……」

 私の知らない、2人だけの長い付き合い。その中で決定的に2人の関係を位置付けてしまう何かがあったのなら、この割り切り方にも説明がつきます。
 そんな私の呟きが聞こえたのか、夏希は少し目を丸くして私を見て、すぐに優しげな笑みを見せてきました。

(……肯定、ととるべきですかね)

 普通ならそう思うんですが、夏希……と秋斗って、分かりにくいというかウソつきなところがありますからね。
 うん、断定はしない方が良いかもです。今は、とか言ってますし。
 はぁ、やっぱりズルいですね、夏希と秋斗は。

 
 そんな会話があった翌日。
 久しぶりに秋斗が登校してきました。

 と言っても一緒に通学はしてません。昨晩のうちに今日も仕事だと聞いてたから先に通学したのですが、チャイムが鳴るギリギリになって眠そうな秋斗が教室に現れたんです。
 思ったより早く終わらせれたという事でしょうけど……それなら一声かけてくれてもいいじゃないですか!一緒に登校したかったのにぃ!

 それと同時に、教室中から湧き上がる声が聞こえたきました。

「来たよ、志岐高のクズが」
「なんでまだ居るんだよ、カンニング野朗。退学だろ」

 本人にとっても望外のテスト結果だった秋斗の満点という結果。
 それを周囲がどう思ってるのかは、私も知ってました。誤解は解きたかったんですけど、夏希がほっとけと言うので放置していましたが……本人にも聞こえそうな声で言いますかね、普通。

 しかし、見れば秋斗はまるで聞こえてないかのように平常運転。慣れてるとよく言ってましたけど、本当にそうらしいです。
ついでに夏希も似たような表情で……いや、あれは地味に怒ってますね。陰口嫌いって言ってましたしそれはそうですよね。
 おまけで志々伎さんを見るとこちらも平常運転。って何で気付かれたんですか?!余裕そうに大丈夫だよみたいな笑顔を見せてきますし……この3人、やっぱちょっと変ですよ。

 それから間もなく高山先生が来て、連絡事項を告げていきます。

「中間テスト後で気が抜けがちでしょうけれど、期末試験もそう遠くないから引き続き頑張るようにね」

 淡々とした無駄のない連絡。
 それでいて通る涼やかな声にいつもなら静かに聞く生徒達も、ここ数日はそうでもありません。
 ざわざわと聞き取れないながらも集まることで耳障りに感じる程度には膨らんだ音が教室を漂ってます。
 
 この理由もここ数日で耳にしたので知ってます。
 中間テスト前に烏丸さんが言っていた『秋斗との男女関係』。それが収まるどころか広まっており、そのせいで高山先生に対する疑心感がこうして漏れ出てるようです。

 秋斗を見れば、たったこれだけで察したのか眉間に皺を寄せて苛立った様子です
 まぁ無理もありません。そもそも勝負に負けたはずの烏丸さんが収めるという約束ですし、それが出来てないのですから。
 もっとも、秋斗の内心としては『そんな事実無根な噂を信じやがって』といった感じでしょうけど……私から見ても割と本気で仲良すぎるんですよね、先生と秋斗って。

 そんな事もありつつホームルームを終えて小休憩の時間。
 苛立った雰囲気の大上さんはすぐにでも席を立とうとしており、それを夏希が止めてるみたいですね。恐らく、烏丸さんに会いに行こうとする秋斗を止めてるんでしょう。

 まぁ双方言いたい事は分かりますよ。
 秋斗からすれば烏丸さんを問い正し、すぐにでも約束を履行させたい。
 夏希からすれば話題の本人が動くと、どう噂が悪化するか分からないから止めたい。

 ええ、分かりますとも。でもですね、私は私で意見があるんです。
 そう思いながら、静かに揉める秋斗と夏希の方へ歩きます。一歩ごとに集まる視線が増えるのを感じつつ、もちろん無視して足を動かします。
 そして私に気付いた秋斗は顔をひそめて……ぼそりと小声で呟きました。

「……後にしろ」

 これも予想済みですとも。なんせ学校一の嫌われ者においても、過去見ない程の注目度と悪感情の向けられ方をしてますからね。
 早い話が超絶嫌われ者状態の今、話しかけて飛び火するのを嫌がってるんでしょうね。

 ズルい。あーもうズルいです。そんな優しさで距離をとろうなんて。 でもダメです。こっちはおあずけ状態だったんですよ?しかも一緒に通学もしてくれないし……いや待ってください、もしかしたら嫌われ具合の悪化を見越してわざと別々になるように仕向けられたのかも。
 むぅ、多分そうです。まんまとやられました、このウソつきやろーめ!

「おはようございます。久しぶりですね……秋斗」
「っおい……?!」

 目を剥く大上さんに、私はきっと意地悪な笑顔を浮かべてるんでしょうね。
 そして一瞬遅れて爆発する教室の喧騒。何故でしょうか……なんて言いませんよ。こちとら確信犯ですから。逃がしませんよ、秋斗?

「もう。挨拶されたら返すのがマナーですよ?」

秋斗の顔を両手で挟み込むように持ち、無理やり視線を合わせます。周囲の喧騒はさらに大きくなり、動揺の声どころか悲鳴まで私の耳まで届いてきます。

「……人の顔面を掴むのもマナー違反だけどな」
「それは仕方ないんです。どう無視しようか悩んでるみたいでしたし」
「あのな……それこそ仕方ないだろ?わざわざ一番叩かれてるタイミングに話しかけてくるんだからよ」
「何回言わせる気ですか?どうでも良いって言いましたよね」
「まぁ……そうだけど、だからってお前……」
「冬華、って呼んでくれないの……?」

 あ、なんだか拒否する秋斗に寂しくなって素の話し方しちゃいました。
 これはまた周りがうるさく……あれ、なってませんね。むしろ何故か無音です。痛い程の無音ですよ。何で??まぁ話やすいしどうでもいいですね。

「普通に痛いんだけど」

 しばしの間を置いて出てきた言葉は、これでした。
 はいはい、あれですね?濁しながら誤魔化して離れて、逃げようとしてますねこれ……ふふ、逃すとでも思ってるんですかね?

「ふふ、自業自得です」
「いや絶対違うだろ。てかそろそろ痛いんだけど。いろんな意味で」
「痛いのは我慢してください」
「……お前さては一般常識に欠けてるな?」
「お、大上さんに言われると腹が立ちますね」

 いやこれは本気で。普通にイラッとしちゃいました。秋斗が言っていい言葉じゃないです。

「どういう意味だ……」
「そのままですよ。それよりほら、名前」
「宇佐さん、俺なんかに話しかけない方がいいぞ?」

 むぅ、しぶといですね。というか往生際が悪いですよ。こうなったら恥ずかしいなんて言ってられません、お家モードです!お家モードで秋斗もお家みたいに名前呼びしてもらうんです!
 
「秋斗……お願い?」
「「「「ゔっ!!」」」」
「…………お前な…」

 むむぅ、なんですかその呆れた顔は。あと何で周りの人たちはいきなり蹲ったんですかね、ちょっとびっくりしたじゃないですか。
 と、周りをチラリと見回す私に、するりと顔を寄せた秋斗が耳元で小さく囁きました。

「……冬華、今はダメだ。すぐに呼べるようにするから少し待ってろ」
「「ゔっ」」

 くぅ……や、やられました…
 至近距離のいきなり名前呼びはずるいです。あと近くに居た愛も流れ弾が被弾したようで、2人して机に突っ伏してしまいました。
 まずい、このままでは負けてしまいます。そしたらまたしばらくはおあずけになっちゃいます。それはやです、やだやだ!

 この捻くれ強敵男にどう攻めれば良いか突っ伏したまま考えてると、シンとした教室に無駄にハキハキとした大きな声が響き渡りました。

「底辺くん!やっと来たか!」

 言うまでもなく烏丸さんです。以前も思いましたけど、本当に空気読まないですね!秋斗に逃げられるじゃないですか!
 そんな無言の訴え、もとい睨みつけると、烏丸さんが何故か寒そうに腕をさすってます。よく分かりませんがざまぁみろです。

「な、なんだか急に冷気と寒気と悪寒が……いや、とにかくだ!底辺くん、君はカンニングをしたそうじゃないか!」

 言うと思いました。思いましたが……やっぱり腹立たしいですね。
 浮かれて気付けなかった私も間抜けですが、あれほど頑張っていた大上さんに向かってこの男は……!もっと睨みつけてやります!

 さっきより腕をさするスピードを上げた烏丸さんに、秋斗はだるそうに口を開きます。

「してない……けど、そう言っても信じてくれないんだろ?」
「そうだね!君のやった事は聞いたよ!とても許される事ではない!」

 ……聞いた、ですか。

「で、俺が何をやったって聞いたんだ?」
「とぼけないでもらおうか!君は高山先生とお付き合いをして、高山先生からテストの答えを教えてもらったんだろう?!学生として、人として、それはどうかと思うよ!」
「………烏丸は、それを聞いて信じたワケか」
「信じられない事だが、辻褄は合う!何より周りの皆も言っていたさ!」

 呆れた。思わず溜息をこぼすと、秋斗も同じだったようで同時に溜息をついてました。

「はぁ……だから、真実だってか?」
「そうだろう!嘘だとしたら否定する声があまりに少なすぎるからね!」
「多数決してるワケじゃないんだけどな」
「失望したよ!男と男の勝負で卑怯な手段に出るなんて!」

 おい聞けよ。っと思わず口が悪くなりそうですが、この空気も読まない愚直なまでの素直さが烏丸さんですからね……これは苦労しそうです。

「それに、高山教諭にもだ!」
「………は?」
「っ」

 目の前からぽろっと溢れた冷たい声に、思わず息を呑みました。
 そろーっと秋斗を見れば、いつぞや見たように表情が抜け落ち、しかし目には鋭い光が覗いて……やばい、怒ってますよこれ。

「素晴らしい教師だと思っていたのに残念だよ!」
「…………」
「それに宇佐さん!何故こんな男の側に居るんだ!今すぐ離れた方が良い!」

 ここで私に振りますか?!それどころじゃないと気付かないんですかねこの人?!
 とは言え、水を向けられたからにはきちんとお答えしておきましょう。

「それは私の勝手です」
「な、なな何だって!?僕は君の為を思ってーー」

「――うるせえ」

 唐突に、目の前に大型の肉食獣が現れた。
 そんな言葉が頭のどこかで不意に浮かぶ。それほどまでに、秋斗の声は剣呑さを孕んだ鋭い威圧感があって。
 私はおろか、烏丸さんも教室も痛い程の沈黙に支配されました。

「おい烏丸」
「なっ……なな、なんだい」
「失望しただぁ?それはこっちのセリフだ。俺のカンニングならまだしも、高山先生がそんなアホな事すると思ってんのか?」
 秋斗がゆっくりと席を立ち、烏丸さんの前に立ちました。
 烏丸さんの瞳が動揺したように揺れ、パクパクと動く口からは声は出ることはありません。

「普通に考えてあの模範的な教師がそんな事すると思うか?お前だってきっとあの人に世話になった事もあるだろ?……それをくだらない上に根拠のない噂を信じて一方的に決めつけて、ましてや巻き込まれた無関係の先生にまで勝手に失望して……何様だお前?」

 視界の端で、教室内でも何人もの生徒がバツの悪そうな顔で俯いてます。
 きっと悪意はなく、ただ流されたり悪ノリ程度で高山先生を批判していた人達なんでしょう。
 それを、「世話になったことがある」という言葉で引き戻された。高山先生の素敵さは生徒間でも有名ですしね。

「お前には、たかが噂程度で無罪かも知れない人を好き勝手に悪者に仕立てる権利でもあんのか?」

 ふざけるな。そんな副音声が聞こえそうな程、荒げる事なく淡々とした口調に込められた怒気が烏丸さんを容赦なく食らいつきます。
 小さく手を震えさせる烏丸さんにーー不意に秋斗は威圧を少し和らげるかのように、声のトーンをいつもの気怠げなものに戻して言葉を続けます。

「証拠が揃ってるならまだしも、根拠もねぇような噂を頭から信じるなよ。それでも野次馬丸出しで喚きたいなら、せめて俺だけにしとけ……どうせお前にあれこれ吹き込んだヤツも含めて、ほとんどのヤツらは俺を叩きたいだけなんだろ?」

 そう言って秋斗が周りに視線をぐるりとやると、慌てて顔を背ける人がほとんど。言葉がないとはこの事ですかね……
 呆れるやら情けないやらの思いを抱いていると、秋斗が烏丸さんの肩に手を置きました。ビクリと烏丸さんの体が震えます。
 
「烏丸、お前は頭も良いし根が素直だから分かるだろ?……いいか、冷静に考えろ。真実だという証拠も無いのに、人を弾劾する事が正しい行いだと思うか?」
「………いや、間違って、いる」
「だろ?分かったんなら高山先生に謝っとけよ、いきなり知りもしない事で軽蔑されたんだからな。周りの誤解も責任持って消せ」
「あぁ……あぁ、必ず、すぐにでもするよ」

 ……決着、ですかね。
 烏丸さんの愚直さ相手では苦戦するかと思いましたが、蓋を開けてみれば呆気ない程簡単に終わりましたね。
 いえ、有無を言わせない迫力が烏丸さんの反論する思考を削いだからかも知れません。
 
 周囲の生徒達に漂う沈黙も気まずさや罪悪感だけではなく、秋斗への恐れも見られます。
 まぁそうでしょうね。彼の悪評には暴力的なものも含まれてますが、同時にやり返されない、腰抜けといった雰囲気もありましたから。
 
 実際は黙って見逃してもらっていただけだと思い知らされたのかも知れません。
 少なくとも、一方的に理不尽なことが出来る相手ではないと気付いたのでしょう。

(……とは言え、言い返しただけでこの雰囲気になっちゃうんですね)

 余程彼の雰囲気が怖かったんでしょうけど、実力行使に出られた時はどうなるんですかね……あの廃墟まがいで転がる男子達を思い出して、背筋が少し凍りました。

 すると、痛い程の沈黙の中にガララと扉が開く音。見れば高山先生が来てます。
 そう言えば1限目は現代文でしたね。

「さて、授業を始めるわよ。席に戻りなさい」
「高山先生っ!すみませんでしたぁああっ!!」
「え、えぇっ?!な、何なのかしら急に?!ていうか何でここに烏丸くんがいるのかしら?!」

 高山先生は、いきなり他のクラスの烏丸さんに勢いよく謝られて目を丸くしてました。
 まぁ、はい、そうなりますよね。

「ほら、宇佐さんも席に戻れよ」
「あ、うん…………あっ」

 し、しまったぁ!結局まんまと秋斗に逃げられちゃいました!名前呼びしてもらって学校でも話せるようになりたかったのにぃ!
 秋斗も確信犯とばかりに意地悪な笑みを浮かべてます。もしかして、タイミングを計りながら烏丸さんとの会話の長さを調整してたんじゃ……?

 うぅうう……やっぱり私が初めて恋をした人は、とってもズルい人です!

 



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