学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら
28 新たな関係へ
あれから荒ぶる梅雨を鎮めて、部屋がギチギチになるような人数を部屋から追い返した。
帰り際に静が何か考え込むように黙っており、名前通りの静かさが妙に不気味、いや気がかりではあったが。
ちなみに宇佐の居候がいつものメンバー以外にバレないよう、宇佐と根津には話があるからと残ってもらった。根津も残したのはそれっぽく見せる為だけど、実際に用はあるので丁度良い。
まぁ高山先生ならバレても聞く耳持たずに処分を言いつけるなんて事はないとは思うけど。ついでに静にも黙っておいたのは単純に念の為ってだけ。
で、今は俺と宇佐と根津がリビングでそれぞれ腰掛けてるワケだが。
「……っ、……!」
「………?」
無言。おまけにただ無言ならまだしも、根津は気まずそうにソワソワしてる、 宇佐は根津の様子に気付く事なく考え事に没頭しており、たまにガバッと頭を抱えたりする。その度に根津がビクッと縮まこまるのが哀れに見えて仕方ない。
何この感じ。すっげえ話し辛いんだけど。もう帰りたくなってきた。あ、家ここか……
そんな中で口火を切ったのは意外にも根津だ。
「あ、あっきー……その、えっと…」
「何だ?慌てなくて良い。ゆっくりで良いから」
頭すっからかんの勢い任せな根津らしからぬ歯切れの悪さだが、この雰囲気の中で貴重な発言に思わず全力で聞く体制をとった。
それから何故か更にもじもじしだして、根気よく待つ事約1分。ゆっくりと根津は口を開きーー
「わた、わたし……こう見えて、は、初めてだから……優しくシ「づぉおおおい!」ひぅっ!」
とんでもない事を言い始めた。
「何考えてんの?!てか俺何考えてると思ってんの?!」
「え、だ、だって。男の一人暮らしの部屋だし……」
「んなワケあるか!てか宇佐もいるだろ!」
「だから3ぴ「づぉおおおい!もう喋んなお前!」
なんてアホだ。いやビッチか。いや初めてとか言ってたしムッツリか。
「おいムッツリ。単に相談があるだけだ」
「ムッツリ?!ひどっ!ムッツリじゃないし!」
「いやこの流れでそれは無理あるから。で、だ」
顔を真っ赤にして吠えるムッツリを強引に黙らせ、本題を切り出す。
「根津、お前って一人暮らし?実家?」
「はぁ?それが何……はっ、もしかして一人暮らしならわたしの部屋で……?!」
「はいはいムッツリムッツリ。違う、宇佐をしばらく泊めれるかって話だ」
いちいち流れを変えられそうになるのを強引に引き戻す。あれか、女子は話が転々とすふってのはこういう事なのか?
内心溜息をつきつつ無理矢理本題を告げると、根津だけでなく頭を抱えていた宇佐も揃って目を丸くして俺を見ていた。
「……大上さん、どういう事ですか?」
先に口を開いたのは宇佐だ。眉尻を下げて、目を少し潤ませた彼女は揺れる瞳で俺を見つめている。
「どうもなにも、いつまでも男の部屋に居るってのはマズイだろ?それに烏丸との勝負の後は関わる事も出来なくなるし、だったら今の内に居候先を探しといた方が良いだろ」
何一つおかしくない、普通の話だ。誰であっても反論の余地がないくらいだと思う。 まぁ居候される側は色々思う事もあるかもだが、根津は宇佐と仲良しな上に負い目を感じてるだろうし適任だと思ったワケだ。
そう述べると、宇佐は目を伏せて、根津はワナワナと震え始めた。
「も、もももしかして、今冬華ってあっきーんちに泊まってんの?!」
「そうなんだよ、色々あってな」
「あわわわ……!冬華、いつもわたしより何でも先を行く子だと思ってたけど、夜のアレまで……!」
「ステイムッツリ。何もしてねぇよアホ」
「ウソだぁーっ!だって冬華だよ!?学校一のモテ女だよ?!結構おっぱいデカいんだよ?!触ったら柔らかいし良い匂いするんだよ?!」
「やめろ、いややめてやれ。流れ弾で宇佐が泣きそうになってるから」
俯いてた宇佐がプルプル震えながら赤い顔を両手で覆ってる。髪の隙間から見える耳は真っ赤。さすがに可哀想だわ。
「で、どうなんだよ?大丈夫そうか?」
「え?あぁ、うーん。実家暮らしだしママ達に聞かないとだけど……多分大丈夫。ただずっとはムリかも」
「なら良かった。期間は転々とすりゃどうにかなるだろ」
後で夏希や春人に聞いてみるのもアリだろうし、宇佐に群がる人の中から選んでも良いだろうし。
「よし。来週頭にテストがあるから、来週末くらいには結果が出るだろ。それまでに親御さん達に話を通しといてくれ」
「ん、りょーかい」
とりあえずこの場で進められる話はついたので解散とした。と言っても帰るのは根津だけなんだけど。
帰り際に「襲っちゃダメだからね!」などと供述しているアホを追い出して、やっと肩の力を抜いた。
(宇佐のイジメが終わって、親友のムッツリと気楽に過ごせるようになって、泊まる場所も確保した……もうやる事ないくらい頑張ったんじゃないか俺?)
頑張り過ぎた気もするけど、まぁ終わった話だ。
今日くらいはゆっくりしよっと。宇佐の美味い飯でも食べて、久しぶりに湯船にでも浸かろっかな。
なんて気持ちでリビングの扉を開けるとーーあれ?なんか室温下がってない?
「……大上さん、少しお話する時間をもらえませんか?」
そのリビングの中で、顔を俯かせたままの宇佐が抑揚のない声で聞いてきた。なんだろう、何故か嫌な予感というか、第六感が警鐘を鳴らしてるような気がする……
「い、いいけどさ。腹も減ったし飯にしながらとかはどうよ?」
「それなら、急いで作りますね。塩おにぎりのフルコースなんてどうですか?」
「最速簡単メニュー……!」
これはアレか、聞くしかないやつか。今日は宇佐の美味い飯を食べたい気分だし塩おにぎりをひたすら食べるのは避けたい。
「や、やっぱ話を先にするか」
「ありがとうございます。ではここに座ってください」
そう言って宇佐がペシペシと叩くのは宇佐とテーブルを挟んだ対面――ではなく、宇佐の隣だった。
「いや普通対面だろ」
「そんなに私の顔を見たいんですか?明日愛と根古屋さんに顔をジロジロと視姦されたと言っていいですか?」
「まぁ話すのに場所なんてどうでも良いよな。横失礼するわ」
手のひらくるりんこ。
機敏な動きで右横に腰を下ろすと、ほぼ同時に宇佐の右手が伸びてきて俺の腕を掴んだ。
美少女らしくそっと弱々しく『離れないで……』なんて副音声が聞こえるヤツじゃなく、『逃げられると思うなよ……?』と聞こえてきそうな力強いヤツ。ええ、鷲掴みです。
「大上さんは、やっぱり私の事……迷惑でしたか?」
しかし鷲掴みに続く言葉は、聞いた事がないくらいにか細く弱弱しかった。
不意打ちをもらった心地で思わず宇佐を見ると、やはり顔を俯かせていたが、肩が微かに震えてる事に気付く。
(……………えぇーー……どゆこと?)
予想外すぎる反応に返す言葉も出ずに内心で嘆く。
いやだってさ、絶対喜ぶと思うじゃん。
冷静に考えてみ?学校一の嫌われ者で男で一人暮らしの部屋に、普通泊まりたくないと思うだろ。
なのに何で俺の心配?どんだけ良いヤツなのこいつ。
「いや迷惑とかはないな。飯うまいし掃除とかもしてくれたろ?助かったよ。何より飯美味いし」
だから塩おにぎりは辞めて、と遠回しに言ってみる。
出来たらハンバーグカレーが良い。あれマジ美味かったし。と考えつつ、宇佐の反応次第ではお願いしようと思って宇佐をチラリと見ると。
「……じゃあ何で追い出そうとするんですかっ!」
腕を掴む右手と反対の左手で俺の肩に手を置き、今にも溢れそうに涙を湛えた瞳で俺を見つめいた。
詰め寄るような体勢のせいで吐息が当たる至近距離、そして彼女らしからぬ大声に、俺は一瞬完全に思考が止まった。
「烏丸さんとの勝負だって、別に引き受ける必要ありませんでしたよね?!しかも受けたのに勉強してないですし!そんなに私とっ!」
そんなカカシと化した俺に構わず宇佐は勢いよく続けていたが、不意に言葉を切った。
そして、ついに。耐えきれずに涙を溢して、くしゃりと顔を歪ませながら、小さく絞り出すようにして吐き出す。
「……………そんなに私と、一緒にいたくないんですかぁっ……」
その言葉が防波堤だったかのように、彼女の瞳からは涙がポロポロと流れ落ちる。 嗚咽を堪えるように歯を食いしばり、伝う涙が雫となって床を濡らして……それでも彼女は少したりとも目を逸らす事なく俺の目をまっすぐに見つめていた。
それから情けなくも言葉が出ずに沈黙が過ぎていった。
これ以上は勘弁してくれたら嬉しい。完全に予想外だし、色々とキャパオーバーなんだよ。
「……何で?」
沈黙の末に出てきた言葉は、きっと場にそぐわないもの。
しかし、俺にとってはそれ以外ないと思うほどに頭を支配する感情の言語化。
「……何で、そう思う?逆だろ。気を遣いがちなお前を、恩だとか言って嫌々残らないように俺から切り出したのに」
「……私、そんなに優しく、ないです」
「……嫌われ者の一人暮らしだぞ。普通他に選択肢があればそっち行くだろ」
「勝手に、決めないでください……普通とか、関係ないです」
俺自身、止める間もなく滑り落ちていく疑問。 それに、震える声で途切れ途切れに、ひとつひとつ答える宇佐。
「何で……」
そしてついに、自分の疑問すら分からず、いや言語化できずに言葉が出なくなった。
それなのに。
「……志々伎さんと言い争ってる時、聞いてしまいました。恋愛、する気がないって」
「それに、紅葉さんからもあなたからも、父親の話が一切出てこないですよね」
声の震えが少し収まった彼女からは、言葉は続いていく。
何より、その内容に俺はこれでもかと目を瞠る。ドグン、と嫌な音を立てて心臓が軋むのが聞こえた。
「きっと……きっとあなたには、辛い事がたくさんあったんだと思います。それのせいで辛くても、ずっと耐えてきたんだと思います」
止まりそうになる呼吸は、戻そうとするも空回りをして徐々に浅くなっていく。
意識が遠のき、代わりに記憶の底にある光景が這い上がろうとしている。その感覚に体の芯が凍りつく気がした。
「やめろ……」
「でも……私の勝手な想像でしかありませんが、大上さんは自分自身を責めているように見えます」
甦る光景。 何度夢に見たか。
泣きじゃくる姉さん。涙を流して呆然と固まる母さん。
倒れ込むーーと、
赤く染まって両手。
「大上さんは、きっと自分の事が嫌いなんですよね」
――いいか秋斗、女の子は守るもんだ
色々と教えてくれる尊敬する父。
優しい笑顔で見守る母。 たまに怖いけど頼りになる姉。
――な、何してるんだよ!女は守るもんだって言ってたろ?!
家族が好きだった。 子供ながらに、この家族を守れるような男になりたいと思った。
その家族を壊したのは……俺だ。
自分自身が嫌いか?何を当たり前な事を。
俺は世界で一番、俺が嫌いだ。
「っ!?大上さん、大上さん?!」
「………?どうした?」
「あ……いえ、あの……ごめんなさい、傷つけるつもりはなかったんです」
「いや、傷ついちゃいねぇけど」
いきなり慌て出したと思えば、何を言ってんだか。まぁ内容が内容だけに気を遣ってしまうのかね。ありもしない罪で落ち込まれても困るし、安心させるように笑ってみせる。
「考えすぎだ。本当に気を遣うやつだな」
「…――っ!」
「んむぉ!?」
落ち着いてくれるかと思いきや。何故か切羽詰まったように顔を歪ませてーー思い切り抱きしめられた。
ふにゅんと柔らかいものに挟まれて呼吸が詰まる。苦しい。がしかぁし!離れる気が起きないっ!
「ごめ、ごめんなさい……!」
「ふぁいふぁ?(何が?)」
「わ、私、そんな顔をさせるつもりは……」
どんな顔?と言いたいのだが、更に強く抱きしめられたせいでついに「ふぁいふぁ」とか腑抜けた言葉すら出せない。窒息コース入りましたー。がしかぁし!離れる気(ry 
……いややっぱ離れるか。そろそろやばいし。文字通り色々な意味で。
「ご、ごめ……きゃっ?!」
「ぶはっ……たく、いきなり人様を窒息させようとしやがって。ありがとうございます」
「窒息が何でお礼に……?じゃなくて、そのっ」
宇佐がせっかく止まった涙を再び目に溜め始めたので、今度こそはと笑顔を見せてみる。
それが上手くいったのかどうかは分からないがーー一瞬顔が歪んだので、多分下手だったんだろうけどーー宇佐も不器用な笑顔をつくって見せた。
「ふ、ははっ、変な顔」
「なっ?!お、大上さんに言われたくないですっ!もうっ」
「あはははっ!だってお前、学校一の美少女とか言われといて、さっきの笑顔はちょっとおまっ、ははははっ!」
「あー!笑いすぎですよっ!………ふふっ、あははっ」
いやはや何がおかしいのか。冷静になって振り返っても1ミリも面白さなんて分からない。なのに、この時俺はーーいや俺達はただ可笑しくて笑いまくった。
笑いすぎて頬が痛くなってきて、ようやく笑いの余韻が引く。
2人してふぅと溜息をつき、改めて顔を見合わせた。
「……お前何笑ってんだ」
「先に笑ったのはあなたですけど」
さっきまでの重苦しさや神妙さはない。何の話だったけ、なんて事を言うつもりはないが、いつもの空気感になった事に不思議な安心感を抱いた。
「……もう。真面目な話を真面目に話してたのに」
「別に良いだろ。マイペースなお前がらしくない事するから変な感じになるんだし」
「マイペース……何故かよく言われるんだよね……まぁいいや。とにかく!」
結局まぁいいやで済ますあたりがマイペースなワケだが。
とか考えてる内に、ビシッと指を俺に伸ばしてむんっと真面目っぽい顔をする宇佐。指差しは行儀悪いよ?
「あなたがどれだけ自分のことを嫌いでも!私はそんなあなたに助けられたの!」
「いやそれは成り行――」
「成り行きだろうと偶然だろうと!」
いや人のセリフに被せるなよ。行儀悪いよ?まぁ会話がループするような言葉を挟む俺が悪いのかもだけど。
とか考えてる俺を他所に、宇佐はさらにグッと勢いよく詰め寄って言葉を重ねる。
「一人暮らしの男だろうと!人の胸に顔をうずめて喜ぶ変態だろうと!」
き、気付いてたか……いやでもお前からやったんじゃんか。まぁ離れなかったのは俺だし、確かに満喫してましたけど。
「昔のことで傷ついてようと……学校で一番の嫌われ者だろうと」
不意に、指を下ろして語気を弱めて。 先程とは違って勢いはなくとも、自然にするりと詰め寄って。 視線で捉えようとするかのように、至近距離で俺を見つめた。
「……そんなあなたが、好きなの。だからまだ、一緒に居たい」
ほんのりと頬を染め、熱を持ったような吐息が顔を撫でる。
春人がうっかりバラした恋愛をしない云々の俺でも、凶悪なまでの魅力に否応なく視線を奪われ、どれだけ意思を込めても離れようとしない。
改めて思う。凄まじい美少女だと。しかもそれが外見だけならまだ良かった。
会ってまだ全然時間が経ってないというのに、これほどまでにこんな俺を理解してくれて、寄り添ってくれた。
それを成したのは、宇佐の優しさや真っ直ぐさ。つまりは内面までよく出来たときたもんだ。もはや手に負えない。
「………そっか。うん………ありがとな」
そんな宇佐が、俺で良いと、いや、俺が良いと言ってくれたのだ、
自分は嫌いだし、学校中から嫌われてるし、性格が良くない自覚はあるし、お世辞にも仲良くなりたくない人間であろう俺をだ。
それでも裏切られるのは怖いし、普段ならそれでも突き放す。
でも、ここまでしてもらって、言ってもらって、なお怖いなどと弱音を吐くのは……さすがに情けないよな。
「っ……あ、あの……それって」
「あぁ」
「〜〜っ!」
肯定するように頷いてみせると、息を呑むように目を丸くして更に顔を赤くする。 そんな宇佐に、きちんと言葉で伝えるべく口を開く。
「こんな俺で良いって言ってくれたんだ。正直、戸惑いはあるけど……嬉しい、んだと思う」
「えっ、あっ、そのっ!……わ、私も、嬉しいな…」
「……そっか、ありがとな」
目を合わせられなくなったのか俯く宇佐。人の目を見て話す事を常とする彼女がこうなるって事は、相当気恥ずかしいんだろう。俺もそうだから気持ちは分かるけど。
そんな彼女は、何か言い忘れでも思い出したようにハッと顔を上げて、真っ赤な顔で俺を見ながらもごもごと呟き始める。
言い辛いのか?いや、そうだよな。立場的にも普通そうだし、ここは俺から切り出すべきだよなそりゃ。
「じゃあ、その……大上さんっ、私と付き」
「遠慮なんかしなくていいぞ。居候、続けたいんだろ?」
「あ………って?」
なんか急ブレーキ踏んだように言葉が止まるーーいやちょっとなんかはみ出してた気もするけどーー宇佐に、俺は続ける。
「正直言って、いや気付いてたんだろうけど、俺は春人達以外に友達を作る気なんてなかった。周りだって俺なんか嫌だろうし」
でも、と俺は宇佐をまっすぐに見つめる。
「宇佐の事は……俺も好きだ。一緒に居て、楽しいとも思える」
何故かピクッと体を揺らして頬を染める宇佐に、ついはにかむように笑ってしまう。
「気恥ずかしいよな、俺もだわ……でもまぁ、うん、お前は俺の友達だ。困った事があれば言ってくれ。居候も好きなだけ居ていい。俺も、困ったら頼らせてもらう」
春人や夏希、梅雨以外にこんな関係を作れるとは思ってなかった。
けど、付き合いは確かに短くとも、良い付き合いが出来る気がする。
それだけの人となりと気持ちを、この上なく鮮明に示してくれたのだから。
そんななんとも持て余す感情を抱きながら、宇佐を見るとーー俯いてた。
気恥ずかしさから……とかじゃないと思う。だってすんごい冷気を放ってるんだもの。え、なんで?
「……………………………………………………………………………………ふふっ」
え何ちょ怖い怖い怖い。
なっっがい沈黙の後に小さく笑った宇佐は、ゆぅっくりと顔を上げた。
その顔は、とっても良い笑顔。美少女を美少女たらしめる素敵なスマイル。なのに怖いのは何故?
「ふふっ、ふふふっ……そうだしたね。そうでした。ええ、それが大上さんでしたね」
そう俺にーーいや、虚空に向けて話した宇佐は、一拍置いてからギラリと俺を睨んだ。
「覚えててよね。絶対リベンジするんだから」
「あ……そ、そっか。えっと、頑張れ?」
「むぅ」
拗ねたように頬を膨らませる彼女に、これ以上は何を言っても怒らせそうなので話題を探してみる。
とは言え、こんな時に嫌味も違和感もなく切り出せる話題なんてそうそうあるもんじゃ……ってそう言えば。
「てか宇佐、お前敬語じゃなくなってない?」
「……嫌、かな?」
「いや良いけど。正直敬語が癖というかデフォルトだと思ってたわ」
「それはそうなんだけど。これは、うん、区切りというか覚悟というか……家族とか極親しい人には敬語は使わないし」
「まぁそりゃそうだわな」
「うん……って、そうだ!」
どうにか話題を逸せて普通に会話が出来るようになりホッとしてると、宇佐は何かを思い出したように声を上げ、それなら俺を睨んだ。あれ?誤魔化せなかった?
「大上さん……志々伎さんのこと、春人って呼んでるよね。根古屋さんは夏希って」
「んん?まぁ、そうだな」
あ、良かった。さっきの意味不明な怒りの再燃じゃなさそう。まぁ今回のも今のところ意味不明だけども。
「梅雨さんの事は梅雨、だよね。それで、最近知り合った伊虎さんの事は?」
「静。本人の希望だしな」
「つまり、ある程度話す相手は全員名前呼びなんだよね?」
「あー、言われてみりゃそうだな」
考えた事もなかったけど、確かにそうだわ。
などと感心してると、宇佐はむっと頬を膨らませた。
だが、さすがにここまで来れば言いたい事は分かる。
そもそも、俺は別に鈍感じゃない。むしろ敏感な方だ。何故か誰も頷いてくれないけど。
「……そう言えば最初のままだったな。んじゃまぁ冬華……でいいか?」
「っ、うんっ!えへ、じゃあよろしくね……秋斗」
「おー、よろしく」
宇佐の照れくさそうな笑顔を見て、きっと俺も笑ってたと思う。
それから宇佐から根津へと居候の件は見送る事を伝えてもらった。
寄り道をしてまだ家に着いてなかったので親御さんに言う前だったのは幸運だった。
それからハンバーグカレーを作ってもらって舌鼓を打ち、それぞれ寝室へと別れた。
普通に疲れたが、妙な充実感のような感覚もあって寝る気にもなれず、ふと重要な事を思い出した。
「………やるかぁ」
結局、その日の睡眠時間は2時間程度だった。翌朝死ぬほど眠かったし、なかなか布団から出れずにいたら宇佐には半ギレで起こされました。
帰り際に静が何か考え込むように黙っており、名前通りの静かさが妙に不気味、いや気がかりではあったが。
ちなみに宇佐の居候がいつものメンバー以外にバレないよう、宇佐と根津には話があるからと残ってもらった。根津も残したのはそれっぽく見せる為だけど、実際に用はあるので丁度良い。
まぁ高山先生ならバレても聞く耳持たずに処分を言いつけるなんて事はないとは思うけど。ついでに静にも黙っておいたのは単純に念の為ってだけ。
で、今は俺と宇佐と根津がリビングでそれぞれ腰掛けてるワケだが。
「……っ、……!」
「………?」
無言。おまけにただ無言ならまだしも、根津は気まずそうにソワソワしてる、 宇佐は根津の様子に気付く事なく考え事に没頭しており、たまにガバッと頭を抱えたりする。その度に根津がビクッと縮まこまるのが哀れに見えて仕方ない。
何この感じ。すっげえ話し辛いんだけど。もう帰りたくなってきた。あ、家ここか……
そんな中で口火を切ったのは意外にも根津だ。
「あ、あっきー……その、えっと…」
「何だ?慌てなくて良い。ゆっくりで良いから」
頭すっからかんの勢い任せな根津らしからぬ歯切れの悪さだが、この雰囲気の中で貴重な発言に思わず全力で聞く体制をとった。
それから何故か更にもじもじしだして、根気よく待つ事約1分。ゆっくりと根津は口を開きーー
「わた、わたし……こう見えて、は、初めてだから……優しくシ「づぉおおおい!」ひぅっ!」
とんでもない事を言い始めた。
「何考えてんの?!てか俺何考えてると思ってんの?!」
「え、だ、だって。男の一人暮らしの部屋だし……」
「んなワケあるか!てか宇佐もいるだろ!」
「だから3ぴ「づぉおおおい!もう喋んなお前!」
なんてアホだ。いやビッチか。いや初めてとか言ってたしムッツリか。
「おいムッツリ。単に相談があるだけだ」
「ムッツリ?!ひどっ!ムッツリじゃないし!」
「いやこの流れでそれは無理あるから。で、だ」
顔を真っ赤にして吠えるムッツリを強引に黙らせ、本題を切り出す。
「根津、お前って一人暮らし?実家?」
「はぁ?それが何……はっ、もしかして一人暮らしならわたしの部屋で……?!」
「はいはいムッツリムッツリ。違う、宇佐をしばらく泊めれるかって話だ」
いちいち流れを変えられそうになるのを強引に引き戻す。あれか、女子は話が転々とすふってのはこういう事なのか?
内心溜息をつきつつ無理矢理本題を告げると、根津だけでなく頭を抱えていた宇佐も揃って目を丸くして俺を見ていた。
「……大上さん、どういう事ですか?」
先に口を開いたのは宇佐だ。眉尻を下げて、目を少し潤ませた彼女は揺れる瞳で俺を見つめている。
「どうもなにも、いつまでも男の部屋に居るってのはマズイだろ?それに烏丸との勝負の後は関わる事も出来なくなるし、だったら今の内に居候先を探しといた方が良いだろ」
何一つおかしくない、普通の話だ。誰であっても反論の余地がないくらいだと思う。 まぁ居候される側は色々思う事もあるかもだが、根津は宇佐と仲良しな上に負い目を感じてるだろうし適任だと思ったワケだ。
そう述べると、宇佐は目を伏せて、根津はワナワナと震え始めた。
「も、もももしかして、今冬華ってあっきーんちに泊まってんの?!」
「そうなんだよ、色々あってな」
「あわわわ……!冬華、いつもわたしより何でも先を行く子だと思ってたけど、夜のアレまで……!」
「ステイムッツリ。何もしてねぇよアホ」
「ウソだぁーっ!だって冬華だよ!?学校一のモテ女だよ?!結構おっぱいデカいんだよ?!触ったら柔らかいし良い匂いするんだよ?!」
「やめろ、いややめてやれ。流れ弾で宇佐が泣きそうになってるから」
俯いてた宇佐がプルプル震えながら赤い顔を両手で覆ってる。髪の隙間から見える耳は真っ赤。さすがに可哀想だわ。
「で、どうなんだよ?大丈夫そうか?」
「え?あぁ、うーん。実家暮らしだしママ達に聞かないとだけど……多分大丈夫。ただずっとはムリかも」
「なら良かった。期間は転々とすりゃどうにかなるだろ」
後で夏希や春人に聞いてみるのもアリだろうし、宇佐に群がる人の中から選んでも良いだろうし。
「よし。来週頭にテストがあるから、来週末くらいには結果が出るだろ。それまでに親御さん達に話を通しといてくれ」
「ん、りょーかい」
とりあえずこの場で進められる話はついたので解散とした。と言っても帰るのは根津だけなんだけど。
帰り際に「襲っちゃダメだからね!」などと供述しているアホを追い出して、やっと肩の力を抜いた。
(宇佐のイジメが終わって、親友のムッツリと気楽に過ごせるようになって、泊まる場所も確保した……もうやる事ないくらい頑張ったんじゃないか俺?)
頑張り過ぎた気もするけど、まぁ終わった話だ。
今日くらいはゆっくりしよっと。宇佐の美味い飯でも食べて、久しぶりに湯船にでも浸かろっかな。
なんて気持ちでリビングの扉を開けるとーーあれ?なんか室温下がってない?
「……大上さん、少しお話する時間をもらえませんか?」
そのリビングの中で、顔を俯かせたままの宇佐が抑揚のない声で聞いてきた。なんだろう、何故か嫌な予感というか、第六感が警鐘を鳴らしてるような気がする……
「い、いいけどさ。腹も減ったし飯にしながらとかはどうよ?」
「それなら、急いで作りますね。塩おにぎりのフルコースなんてどうですか?」
「最速簡単メニュー……!」
これはアレか、聞くしかないやつか。今日は宇佐の美味い飯を食べたい気分だし塩おにぎりをひたすら食べるのは避けたい。
「や、やっぱ話を先にするか」
「ありがとうございます。ではここに座ってください」
そう言って宇佐がペシペシと叩くのは宇佐とテーブルを挟んだ対面――ではなく、宇佐の隣だった。
「いや普通対面だろ」
「そんなに私の顔を見たいんですか?明日愛と根古屋さんに顔をジロジロと視姦されたと言っていいですか?」
「まぁ話すのに場所なんてどうでも良いよな。横失礼するわ」
手のひらくるりんこ。
機敏な動きで右横に腰を下ろすと、ほぼ同時に宇佐の右手が伸びてきて俺の腕を掴んだ。
美少女らしくそっと弱々しく『離れないで……』なんて副音声が聞こえるヤツじゃなく、『逃げられると思うなよ……?』と聞こえてきそうな力強いヤツ。ええ、鷲掴みです。
「大上さんは、やっぱり私の事……迷惑でしたか?」
しかし鷲掴みに続く言葉は、聞いた事がないくらいにか細く弱弱しかった。
不意打ちをもらった心地で思わず宇佐を見ると、やはり顔を俯かせていたが、肩が微かに震えてる事に気付く。
(……………えぇーー……どゆこと?)
予想外すぎる反応に返す言葉も出ずに内心で嘆く。
いやだってさ、絶対喜ぶと思うじゃん。
冷静に考えてみ?学校一の嫌われ者で男で一人暮らしの部屋に、普通泊まりたくないと思うだろ。
なのに何で俺の心配?どんだけ良いヤツなのこいつ。
「いや迷惑とかはないな。飯うまいし掃除とかもしてくれたろ?助かったよ。何より飯美味いし」
だから塩おにぎりは辞めて、と遠回しに言ってみる。
出来たらハンバーグカレーが良い。あれマジ美味かったし。と考えつつ、宇佐の反応次第ではお願いしようと思って宇佐をチラリと見ると。
「……じゃあ何で追い出そうとするんですかっ!」
腕を掴む右手と反対の左手で俺の肩に手を置き、今にも溢れそうに涙を湛えた瞳で俺を見つめいた。
詰め寄るような体勢のせいで吐息が当たる至近距離、そして彼女らしからぬ大声に、俺は一瞬完全に思考が止まった。
「烏丸さんとの勝負だって、別に引き受ける必要ありませんでしたよね?!しかも受けたのに勉強してないですし!そんなに私とっ!」
そんなカカシと化した俺に構わず宇佐は勢いよく続けていたが、不意に言葉を切った。
そして、ついに。耐えきれずに涙を溢して、くしゃりと顔を歪ませながら、小さく絞り出すようにして吐き出す。
「……………そんなに私と、一緒にいたくないんですかぁっ……」
その言葉が防波堤だったかのように、彼女の瞳からは涙がポロポロと流れ落ちる。 嗚咽を堪えるように歯を食いしばり、伝う涙が雫となって床を濡らして……それでも彼女は少したりとも目を逸らす事なく俺の目をまっすぐに見つめていた。
それから情けなくも言葉が出ずに沈黙が過ぎていった。
これ以上は勘弁してくれたら嬉しい。完全に予想外だし、色々とキャパオーバーなんだよ。
「……何で?」
沈黙の末に出てきた言葉は、きっと場にそぐわないもの。
しかし、俺にとってはそれ以外ないと思うほどに頭を支配する感情の言語化。
「……何で、そう思う?逆だろ。気を遣いがちなお前を、恩だとか言って嫌々残らないように俺から切り出したのに」
「……私、そんなに優しく、ないです」
「……嫌われ者の一人暮らしだぞ。普通他に選択肢があればそっち行くだろ」
「勝手に、決めないでください……普通とか、関係ないです」
俺自身、止める間もなく滑り落ちていく疑問。 それに、震える声で途切れ途切れに、ひとつひとつ答える宇佐。
「何で……」
そしてついに、自分の疑問すら分からず、いや言語化できずに言葉が出なくなった。
それなのに。
「……志々伎さんと言い争ってる時、聞いてしまいました。恋愛、する気がないって」
「それに、紅葉さんからもあなたからも、父親の話が一切出てこないですよね」
声の震えが少し収まった彼女からは、言葉は続いていく。
何より、その内容に俺はこれでもかと目を瞠る。ドグン、と嫌な音を立てて心臓が軋むのが聞こえた。
「きっと……きっとあなたには、辛い事がたくさんあったんだと思います。それのせいで辛くても、ずっと耐えてきたんだと思います」
止まりそうになる呼吸は、戻そうとするも空回りをして徐々に浅くなっていく。
意識が遠のき、代わりに記憶の底にある光景が這い上がろうとしている。その感覚に体の芯が凍りつく気がした。
「やめろ……」
「でも……私の勝手な想像でしかありませんが、大上さんは自分自身を責めているように見えます」
甦る光景。 何度夢に見たか。
泣きじゃくる姉さん。涙を流して呆然と固まる母さん。
倒れ込むーーと、
赤く染まって両手。
「大上さんは、きっと自分の事が嫌いなんですよね」
――いいか秋斗、女の子は守るもんだ
色々と教えてくれる尊敬する父。
優しい笑顔で見守る母。 たまに怖いけど頼りになる姉。
――な、何してるんだよ!女は守るもんだって言ってたろ?!
家族が好きだった。 子供ながらに、この家族を守れるような男になりたいと思った。
その家族を壊したのは……俺だ。
自分自身が嫌いか?何を当たり前な事を。
俺は世界で一番、俺が嫌いだ。
「っ!?大上さん、大上さん?!」
「………?どうした?」
「あ……いえ、あの……ごめんなさい、傷つけるつもりはなかったんです」
「いや、傷ついちゃいねぇけど」
いきなり慌て出したと思えば、何を言ってんだか。まぁ内容が内容だけに気を遣ってしまうのかね。ありもしない罪で落ち込まれても困るし、安心させるように笑ってみせる。
「考えすぎだ。本当に気を遣うやつだな」
「…――っ!」
「んむぉ!?」
落ち着いてくれるかと思いきや。何故か切羽詰まったように顔を歪ませてーー思い切り抱きしめられた。
ふにゅんと柔らかいものに挟まれて呼吸が詰まる。苦しい。がしかぁし!離れる気が起きないっ!
「ごめ、ごめんなさい……!」
「ふぁいふぁ?(何が?)」
「わ、私、そんな顔をさせるつもりは……」
どんな顔?と言いたいのだが、更に強く抱きしめられたせいでついに「ふぁいふぁ」とか腑抜けた言葉すら出せない。窒息コース入りましたー。がしかぁし!離れる気(ry 
……いややっぱ離れるか。そろそろやばいし。文字通り色々な意味で。
「ご、ごめ……きゃっ?!」
「ぶはっ……たく、いきなり人様を窒息させようとしやがって。ありがとうございます」
「窒息が何でお礼に……?じゃなくて、そのっ」
宇佐がせっかく止まった涙を再び目に溜め始めたので、今度こそはと笑顔を見せてみる。
それが上手くいったのかどうかは分からないがーー一瞬顔が歪んだので、多分下手だったんだろうけどーー宇佐も不器用な笑顔をつくって見せた。
「ふ、ははっ、変な顔」
「なっ?!お、大上さんに言われたくないですっ!もうっ」
「あはははっ!だってお前、学校一の美少女とか言われといて、さっきの笑顔はちょっとおまっ、ははははっ!」
「あー!笑いすぎですよっ!………ふふっ、あははっ」
いやはや何がおかしいのか。冷静になって振り返っても1ミリも面白さなんて分からない。なのに、この時俺はーーいや俺達はただ可笑しくて笑いまくった。
笑いすぎて頬が痛くなってきて、ようやく笑いの余韻が引く。
2人してふぅと溜息をつき、改めて顔を見合わせた。
「……お前何笑ってんだ」
「先に笑ったのはあなたですけど」
さっきまでの重苦しさや神妙さはない。何の話だったけ、なんて事を言うつもりはないが、いつもの空気感になった事に不思議な安心感を抱いた。
「……もう。真面目な話を真面目に話してたのに」
「別に良いだろ。マイペースなお前がらしくない事するから変な感じになるんだし」
「マイペース……何故かよく言われるんだよね……まぁいいや。とにかく!」
結局まぁいいやで済ますあたりがマイペースなワケだが。
とか考えてる内に、ビシッと指を俺に伸ばしてむんっと真面目っぽい顔をする宇佐。指差しは行儀悪いよ?
「あなたがどれだけ自分のことを嫌いでも!私はそんなあなたに助けられたの!」
「いやそれは成り行――」
「成り行きだろうと偶然だろうと!」
いや人のセリフに被せるなよ。行儀悪いよ?まぁ会話がループするような言葉を挟む俺が悪いのかもだけど。
とか考えてる俺を他所に、宇佐はさらにグッと勢いよく詰め寄って言葉を重ねる。
「一人暮らしの男だろうと!人の胸に顔をうずめて喜ぶ変態だろうと!」
き、気付いてたか……いやでもお前からやったんじゃんか。まぁ離れなかったのは俺だし、確かに満喫してましたけど。
「昔のことで傷ついてようと……学校で一番の嫌われ者だろうと」
不意に、指を下ろして語気を弱めて。 先程とは違って勢いはなくとも、自然にするりと詰め寄って。 視線で捉えようとするかのように、至近距離で俺を見つめた。
「……そんなあなたが、好きなの。だからまだ、一緒に居たい」
ほんのりと頬を染め、熱を持ったような吐息が顔を撫でる。
春人がうっかりバラした恋愛をしない云々の俺でも、凶悪なまでの魅力に否応なく視線を奪われ、どれだけ意思を込めても離れようとしない。
改めて思う。凄まじい美少女だと。しかもそれが外見だけならまだ良かった。
会ってまだ全然時間が経ってないというのに、これほどまでにこんな俺を理解してくれて、寄り添ってくれた。
それを成したのは、宇佐の優しさや真っ直ぐさ。つまりは内面までよく出来たときたもんだ。もはや手に負えない。
「………そっか。うん………ありがとな」
そんな宇佐が、俺で良いと、いや、俺が良いと言ってくれたのだ、
自分は嫌いだし、学校中から嫌われてるし、性格が良くない自覚はあるし、お世辞にも仲良くなりたくない人間であろう俺をだ。
それでも裏切られるのは怖いし、普段ならそれでも突き放す。
でも、ここまでしてもらって、言ってもらって、なお怖いなどと弱音を吐くのは……さすがに情けないよな。
「っ……あ、あの……それって」
「あぁ」
「〜〜っ!」
肯定するように頷いてみせると、息を呑むように目を丸くして更に顔を赤くする。 そんな宇佐に、きちんと言葉で伝えるべく口を開く。
「こんな俺で良いって言ってくれたんだ。正直、戸惑いはあるけど……嬉しい、んだと思う」
「えっ、あっ、そのっ!……わ、私も、嬉しいな…」
「……そっか、ありがとな」
目を合わせられなくなったのか俯く宇佐。人の目を見て話す事を常とする彼女がこうなるって事は、相当気恥ずかしいんだろう。俺もそうだから気持ちは分かるけど。
そんな彼女は、何か言い忘れでも思い出したようにハッと顔を上げて、真っ赤な顔で俺を見ながらもごもごと呟き始める。
言い辛いのか?いや、そうだよな。立場的にも普通そうだし、ここは俺から切り出すべきだよなそりゃ。
「じゃあ、その……大上さんっ、私と付き」
「遠慮なんかしなくていいぞ。居候、続けたいんだろ?」
「あ………って?」
なんか急ブレーキ踏んだように言葉が止まるーーいやちょっとなんかはみ出してた気もするけどーー宇佐に、俺は続ける。
「正直言って、いや気付いてたんだろうけど、俺は春人達以外に友達を作る気なんてなかった。周りだって俺なんか嫌だろうし」
でも、と俺は宇佐をまっすぐに見つめる。
「宇佐の事は……俺も好きだ。一緒に居て、楽しいとも思える」
何故かピクッと体を揺らして頬を染める宇佐に、ついはにかむように笑ってしまう。
「気恥ずかしいよな、俺もだわ……でもまぁ、うん、お前は俺の友達だ。困った事があれば言ってくれ。居候も好きなだけ居ていい。俺も、困ったら頼らせてもらう」
春人や夏希、梅雨以外にこんな関係を作れるとは思ってなかった。
けど、付き合いは確かに短くとも、良い付き合いが出来る気がする。
それだけの人となりと気持ちを、この上なく鮮明に示してくれたのだから。
そんななんとも持て余す感情を抱きながら、宇佐を見るとーー俯いてた。
気恥ずかしさから……とかじゃないと思う。だってすんごい冷気を放ってるんだもの。え、なんで?
「……………………………………………………………………………………ふふっ」
え何ちょ怖い怖い怖い。
なっっがい沈黙の後に小さく笑った宇佐は、ゆぅっくりと顔を上げた。
その顔は、とっても良い笑顔。美少女を美少女たらしめる素敵なスマイル。なのに怖いのは何故?
「ふふっ、ふふふっ……そうだしたね。そうでした。ええ、それが大上さんでしたね」
そう俺にーーいや、虚空に向けて話した宇佐は、一拍置いてからギラリと俺を睨んだ。
「覚えててよね。絶対リベンジするんだから」
「あ……そ、そっか。えっと、頑張れ?」
「むぅ」
拗ねたように頬を膨らませる彼女に、これ以上は何を言っても怒らせそうなので話題を探してみる。
とは言え、こんな時に嫌味も違和感もなく切り出せる話題なんてそうそうあるもんじゃ……ってそう言えば。
「てか宇佐、お前敬語じゃなくなってない?」
「……嫌、かな?」
「いや良いけど。正直敬語が癖というかデフォルトだと思ってたわ」
「それはそうなんだけど。これは、うん、区切りというか覚悟というか……家族とか極親しい人には敬語は使わないし」
「まぁそりゃそうだわな」
「うん……って、そうだ!」
どうにか話題を逸せて普通に会話が出来るようになりホッとしてると、宇佐は何かを思い出したように声を上げ、それなら俺を睨んだ。あれ?誤魔化せなかった?
「大上さん……志々伎さんのこと、春人って呼んでるよね。根古屋さんは夏希って」
「んん?まぁ、そうだな」
あ、良かった。さっきの意味不明な怒りの再燃じゃなさそう。まぁ今回のも今のところ意味不明だけども。
「梅雨さんの事は梅雨、だよね。それで、最近知り合った伊虎さんの事は?」
「静。本人の希望だしな」
「つまり、ある程度話す相手は全員名前呼びなんだよね?」
「あー、言われてみりゃそうだな」
考えた事もなかったけど、確かにそうだわ。
などと感心してると、宇佐はむっと頬を膨らませた。
だが、さすがにここまで来れば言いたい事は分かる。
そもそも、俺は別に鈍感じゃない。むしろ敏感な方だ。何故か誰も頷いてくれないけど。
「……そう言えば最初のままだったな。んじゃまぁ冬華……でいいか?」
「っ、うんっ!えへ、じゃあよろしくね……秋斗」
「おー、よろしく」
宇佐の照れくさそうな笑顔を見て、きっと俺も笑ってたと思う。
それから宇佐から根津へと居候の件は見送る事を伝えてもらった。
寄り道をしてまだ家に着いてなかったので親御さんに言う前だったのは幸運だった。
それからハンバーグカレーを作ってもらって舌鼓を打ち、それぞれ寝室へと別れた。
普通に疲れたが、妙な充実感のような感覚もあって寝る気にもなれず、ふと重要な事を思い出した。
「………やるかぁ」
結局、その日の睡眠時間は2時間程度だった。翌朝死ぬほど眠かったし、なかなか布団から出れずにいたら宇佐には半ギレで起こされました。
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