学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら
25 耐える覚悟
「これでいいか?」
「はいっ!ありがとうございます!……ってのもおかしいですね、むしろ謝ってください」
「あー、これについてはマジで悪かった。あと助かったわ」
学校からそう遠くない自転車屋で新しい自転車を弁償して、生意気な笑顔の静に軽く頭を下げる。
あの自転車による時短がなければ宇佐がどうなっていたか分からなかったし、その上紛失させてしまったのだから謝罪も感謝も自然と出るというもの。
しかし静は自分からそれを要求しておいて意外そうに目を軽く丸くしてる。もっとも、それも一瞬の事ですぐにドヤ顔を貼り付けた。
「……ふふん!まぁあたしのおかげですからね!」
「あの、私からもお礼を。ありがとうございました」
「あ、いえいえっ!冬華先輩こそ大変でしたね、お役に立てたなら良かったですぅ」
結局ついてきた宇佐に、静は俺とは真逆の礼儀正しい態度で対応してる。何なのこの差。
「僕からもありがとう。いつも梅雨がお世話になってるし、今度お礼でもしないとね」
「とんでもないですよぉ!梅雨にお世話になってるのはあたしですしね」
「そんな事はないと思うよ。梅雨もよく君の話をしてるしね。賢くて良い子だって」
「え〜、そんなぁ、照れちゃいますよ……春人先輩こそ球技大会かっこよかったです。好きになっちゃいそうでしたもんっ」
梅雨経由で顔見知りらしい春人にも、きゃるんと擬音が聞こえそうな可愛らしくも謙遜した態度。だから何この差。
「へぇ、春人にねー。まぁお似合いかもね」
「えっ、あ、あはは……そんな、お似合いだなんて。根古屋先輩ったらやだな〜…」
そして何故か夏希にはびびってる感じだ。仮面のような態度や笑顔にヒビが入りまくってる。何で?夏希さんついに後輩シメちゃったの?
「し、志々伎くんに馴れ馴れしくしてぇ……!何なのよこいつ…」
「あ、馴れ馴れしかったですか春人先輩〜?ごめんなさぁい」
「いや、別にそんな事はないよ」
「えへへっ、それなら良かったですっ」
「ぐっ……このクソガキぃ…」
一番の謎はこいつ、根津だ。何で居るの?チャリ選んでる間に何があったよ。
宇佐の後ろに隠れて文句を言ってるけど、静は春人経由で話す事で挑発しており、そのドヤ顔を根津は悔しそうな顔で睨み合ってる。どうやら後輩の方が一枚上手そうだ。
それにしても、根津と静は春人狙いか。相変わらずモテるな。まぁここに居る2人は癖強すぎるし同情しなくもないけど、見た目は間違いなく可愛いワケだし。
「で、何でこいつが居んの?」
とりあえず一番の疑問を指差しながら放り投げる。それを投げ返してくれたのは、俺に指刺されて不快そうに睨む根津を雑に宥める宇佐だ。
「愛、どうどう。えっと、私と帰りたくてついて来てたみたいです。人前では話しかけれないからと尾行する形で」
「うわ怖っ」
「はぁあ?うっざ!クズのくせに調子乗んな!」
ストーカーが逆ギレした。俺をこれでもかと睨むつけているけど、宇佐に隠れたままなのと、幼くも見える完全にかわいい系の顔立ちのせいか小動物の威嚇にしか見えない。
それでも鼻にはつくが、まぁいつも学校で言われてる事なのでスルー。
「ちょっと!無視すんな!」
「うるせーなぁ。帰りたいのー?」
「ひぃっ」
なおも噛みつこうとしてくる根津に夏希がダルそうに言うと、完全に宇佐の後ろに隠れた。夏希さんや、静といい根津といい、すんごいビビられてますやん。
そこでふと思い浮かんだ疑問もついでに小声で放る。
「……ところで、宇佐はあれに混じって対抗しなくて良いのか?」
今も春人と話している静の方を宇佐にだけ見えるように指差して聞くと、宇佐は視線だけ一度春人達に向けて、一拍置いて俺の方に戻してーー冷ややかに薄く笑った。
「へぇ……大上さんはそんな事聞きますか」
「………え?」
「ほんっっとに、さすがは学校一の嫌われ者だけありますね」
「な、なんか怒ってる?」
「知りません」
しまいにはそっぽを向かれてしまった。
何で?俺は確認や、場合によっては助言でもしようという善意だったのに……思わず俺こそが助言を乞おうと横にいる夏希を見ると、何故かゴミを見る目で見られるし。
「……サイッテー…」
「お前にだけは言われたくない」
「はぁあ?!こっちのセリフだし!」
「多分今のお前、俺と変わらないレベルの嫌われ者だけどな」
宇佐の後ろから顔だけ出して突っかかってくる根津に言い返していると、宇佐が後ろ手に根津の肩に手を力強くーーそれはもう、バシン!という音を立ててーー置いた。
「……愛、うるさいです」
「ひぇっ……ふ、冬華?だ、だってーー」
「うるさいです」
二度も言われ、根津が完全沈黙した。すごすごと宇佐の背中に戻っていく。
背後霊かよ。にしては弱いけど。とか思ってたら、宇佐の視線がゆっくりと俺に向いた。
その目は先程以上に冷たく、吹雪の中に放り込まれたような冷気を感じさせる。つまり、ふつーにマジで怖い。
「……大上さん?」
「は、はい。いかがしましたか?もし良ければお飲み物を買ってきますので、少しお待ち頂ければ」
「逃げようとしてもムダです」
俺を止めるように肩に手を置かれた。根津の時と違ってそっと置かれた手は、何故か叩かれるよりも背筋が冷える恐怖がある。
まるで雪女を前にして凍りついた気分でいると、ふわりと距離を詰めてきた。
吐息がかかる程近く、文字通り目と鼻の先に宇佐の顔がある。学校一の美少女と言われるだけあり、これだけ近くで見ても非の打ち所がない綺麗な造形。
そんな顔に微かに朱を滲ませ、宇佐はそっと囁くように柔らかそうな唇を振るわせる。
「大上さんが悪いんですからね……覚悟してくださいよ?」
どこか昨日の夕方、救出の帰りに見せた表情にも似た、しかし圧倒的に妖艶さを感じさせる笑顔。
叱るような、揶揄うような。それでいて困難に挑むような声音は、しかし何故か柔らかく心地よい。
美少女で声が綺麗って得だな、なんて場違いなことを思いながらも、体は動かない。
何秒経ったか、不意にするりと距離をとった宇佐。なんとなく顔を見れずに横を向くと……全員がーー春人さえもーー目を丸くしてこちらを見ていた。
なんとも言えない空気。誰も何も言わない。せめて何か言ってくれ、弁解するから。
そんな居た堪れない俺の願いとは裏腹に、背後霊の根津が仕事を持ち場を離れて俺の前に移動した。
「……あの、さ。今更だけど……その、昨日はありがとね」
髪を落ち着きなく指で弄りながら、消え入りそうな声で呟く。
周囲の喧騒に隠れそうなそれは、しかし宇佐によって訪れた静寂の中ではしっかりと聞こえた。
「……明日は雪か」
「今夏なんだけど。降るわけないじゃん、バカじゃないの?」
「バカはお前だろ。皮肉だよ、何ガチで返してんだ」
「はぁあ?!ムカつく!あっきーの分際で調子乗んな!」
「「「あっきー?」」」
今度は全員で沈黙を破った。というかハモった。
いやそうもなるわ。なんだあっきーって。ネズミの王様?
そんな全員の疑問に、根津はしどろもどろに返す。
「や、だって……助けてくれたのにクズってのも、その、良くないかってゆーか…」
「だからってそのチョイスはどうなんだ」
「はぁあ?!別にいいじゃん!あんた目つき悪いから可愛い名前にしてあげたの!感謝してほしいくらいだし!」
「いや無理。なんなら俺が頭下げるから別の名前にして。というかクズのままで良い」
「なんでよ?!うざっ!あっきーの意見なんか聞かないし!けってー!はいけってー!」
こいつマジでクソガキだな……!下手な挑発よりよっぽど腹立つんだけど。
つーか気付いてないだろうけど、後ろの宇佐がすげぇ冷たい目で見てるぞ。多分お前背後霊の職はクビだな。
「ちょっと先輩!あたしを除け者にして良いと思ってるんですかぁ?」
「いや良いだろ。てか春人と話してただろ、早く戻れよ。その方がお前も嬉しいだろ?」
「は?何の話ですか?……あっ、もしかして春人先輩と話してたから嫉妬しちゃいました?先輩かわいいとこあるんですね〜」
「春人―、悪いけどこれ早く回収してくれー」
いつの間か俺の間横に立っていた静を春人に突き返しておく。
「ちょっと先輩!?」とか言ってるけど無視。だって何故か宇佐と根津が睨んでるし。根津はともかく宇佐が怖いんだよ。
じたばたと抵抗する静を無事返却しようとして、やっと一息つけると思いきや。
「見つけたーっ!探したよ静っ!何で置いてったの?!」
「あっ、ごめーん梅雨!つい!」
「つい、じゃないよぅ!冷たいじゃんかーっ!」
梅雨、到来。……こいつ1人増えただけで一気に騒がしくなる気がするな。
むーっ、と頬を膨らませる梅雨に笑って誤魔化すように謝罪する静。さしもの梅雨も静には振り回されるのか、と眺めていると、よく見たら静は冷や汗かいてた。
「あーあ、梅雨は怒ったら長いからなぁ。しっかり怒られろタヌキ後輩」
「たぬっ?!ちょっと先輩、それはひどいんじゃないですかぁ〜?」
「キツネの方が良い?」
「それなら許しますっ!」
「許しちゃうのか」
「静ぁ〜?何でアキくんといちゃついてるのかな〜?」
「あ、あはは、いちゃついてなんかないってぇ……だから梅雨、怒らないでぇ…?」
「アキくんはわたしのものなの!あげないからね!」
いつの間に俺は梅雨の所有物に……?昔はかわいかったのに、今じゃ物扱いか。時の流れは無常だなぁ。
「という事は僕の物でもあるのかな?」
「何で妹のは自分のもんになんだよ?剛田家の長男なの?」
「つーかそもそも秋斗はあたしのもんだしな。なー秋斗?」
「夏希は煽りたいだけだろ、その楽しそうなニヤケ面引っ込めろ」
「でも、私は大上さんのものですもんね……」
「宇佐さん何言ってんの?その悲しげな表情やめて?なんか俺が悪いみたいになるから。ほら見ろ一年生ズが引いてるから!あと根津は何赤くなってんだぁ!?」
ひどい。皆んなしてイジメてくるんだけど。もう疲れた、帰りたい。
「さて、秋斗が拗ねちゃったからそろそろ帰ろうか」
「誰のせいだよ……」
「僕だけじゃないのは確かだね。ほら、帰って勉強しないとだろう?」
「別にしなくても赤点回避くらいは出来そうだしなぁ」
楽しげに俺に微笑む春人。相変わらず人当たりの良い笑顔だけど、目に揶揄う色が浮かびまくってんだよ。あと宇佐さん、何で睨むの?怖いんだけど。
「は?あっきーバカそうだし、ちゃんと勉強しないとヤバイんじゃないん?」
「お前よりは良いっての、この背後霊が」
「はぁあ?わたしの方がちゃんと学校来てるし!てゆーか背後霊って何?!」
「南無阿弥陀南無阿弥陀…」
「成仏しないし!てゆーか生きてるっての!」
根津を供養してたら、春人が肩をすくめて仕方なさそうに呟く。
「ま、勉強を見て欲しかったら言いなよ。勉強会でもしよう、見てあげるよ」
「えらっそーに……いやえらいか。不動の学年一位様でしたね」
「あはは。秋斗が張り合ってくれないからね」
春人の戯言をスルーして帰路につく。付き合ってられん。
すると、わざとらしく苦笑いを浮かべた春人が解散を告げた。
春人は買い物に寄るらしく、梅雨と一緒に別の方向に行き、静もついて行く。
残りの同じ方向の夏希と、同じ家の宇佐、宇佐についてきた根津が後ろについてくる形になった。
「なぁ秋斗、マジで烏丸には勝つ気ねーの?」
「まぁな。イマイチやる気が起きないんだよな……」
「飽きっぽいもんなー。球技大会で燃え尽きたか」
後ろから横に並んできた夏希はつまらなそうに溜息をついた。
ついでに言えば、後ろから冷気が突き刺さってる気がする。振り向いたらダメだ、前だけを見るんだ……!
「つーか意外だったよなー、後ろにいるヤツ。もっとヘコむかと思ったのに」
「あぁ……確かにな」
チラと視線を後ろに向ける夏希を追い、俺も首だけで振り返る。
宇佐の横に並ぶ根津が、会話が聞こえたのかひきつった表情で固まっていた。
「……俺としては何で夏希がそんなにビビられてんのかが気になるけどな」
「まーそんなのどーでもいいじゃん。で、アンタはこれからどーするつもり?」
教えてくれないのかよ……まぁいいか。確かに根津の変化は俺も少し気になったし。
夏希の視線に銃口でも向けられたように固まっていた根津は、投げかけられた言葉に俯く。
横に立つ宇佐がフォローする、と思いきや意外にもただ見ているだけ。なんとなく宇佐を見ると、目が合った彼女は「心配いらない」とばかりに小さく微笑む。
それを見たワケでもないだろうに、宇佐の無言の主張を保証するように、根津は目に力を入れて顔を上げた。
「どうもしないし……学校じゃ冬華には話しかけないし、何言われても耐えるだけだし」
「へぇ?あたしも少しはイラついてるし、もしかしたらあたしも参加するかも知れないけど?耐えられるかなー?」
怖ぇ……夏希さん、よく笑顔なのにそんだけ鋭い視線を飛ばせますね…
案の定――いやこれは仕方ないと思うけどーービクッと震えた根津だが、しかしその場に踏ん張ったまま、目も逸らさない。
「……や、やればいいじゃん。耐えてやるし……そんでイジメを耐え抜いたら、また学校で冬華と仲良くするんだもん…」
「卒業まで終わらないかも知れないけどー?」
「だったら……だったら、卒業してから仲良くするし。冬華は耐えた。なら、次はわたしだし。ここで逃げたら友達失格だもん」
唆されたとは言え、悪意が無いワケじゃなかった根津なりの贖罪。それが筋が通っているかどうかは別として、その覚悟だけは本物だろう。
それを証明するように、いつの間にか根津の声の震えは止まっていた。
それを肯定するように、被害者だった宇佐は微笑んでいた。
「へぇ。言うじゃん」
「……不可侵の女帝相手だろうと、絶対負けないし」
落ち着け……笑うな。今は笑うところじゃない。
「……根古屋さんのそれ、かっこいいですね」
「…………っ!宇佐、やめろ。そのフォローは下手すぎる」
「フォロー?単純な意見ですけど。他にも『高嶺の花』や『孤高』、『男子よりイケメン』とか『エロテロリスト』『運動神経が猫』『声をかけられたら一日ラッキー』等がありますけど、私は『不可侵の女帝』が一番かっこいいと思います」
「ぶふっ!」
「ちょっと宇佐さんストォップ!てか秋斗てめー笑うなっ!」
「いや、ちょっと、仇名多いっすね、ぶはっ!」
「うるせー!つーかあたしも知らないんだけど?!そんなにあんの?!」
「やばい、今度から使お。春人達にも教えてあげなきゃ」
「や、やめて!お願い!宇佐さんも言わないでよー?!」
えー、かっこいいのに、とか呟く宇佐。わざとじゃないからタチが悪い。
これには堪えたのか、顔を赤くしてプルプル震える夏希。さすがに同情するわ。はーおもしろ。
「……言っとくけど、あっきーも色々呼ばれてるから」
「……………………えっ?」
置いてけぼりの根津がぽそっと呟いた言葉に、一気に血の気が引くのが分かった。
嘘だろ?と宇佐を見ればうんうんと頷いている。思わず横を見ると、夏希がすんごい良い笑顔を浮かべていた。
「ふ〜〜ん?例えばー?」
「『一匹狼』『最悪の問題児』『志岐校史上最も嫌われた男』『目つき悪すぎボッチ』『キングオブクズ』『志岐校の七不思議の内五つはヤツ』『下駄箱は公共のゴミ箱』」
「めっちゃある!全部悪口!あはははっ!」
「うぉおおい!やめろ!てゆーか七不思議の内五つって他二つ何だよ!」
「志々伎くんの超人ぶりと、根古屋さんと冬華があっきーに仲良く話しかける事」
「最後のやつ最近じゃねぇか!絶対適当だろその七不思議!」
まさか俺までこんな辱めに……!てか俺の下駄箱がゴミまみれなのって公共ゴミ箱扱いされてるからか!あと宇佐はうんうん頷くの腹立つからやめろ!
てかこの学校暇人多すぎだろ!どんだけ仇名考えてんだ!
「はーおもしろ。今度新しい仇名考えて広めよーっと」
「やめろぁ!いやお願いですやめてくださいぃ!」
「……あっきー、って流行らせていい?」
「良いと言うとでも?!」
「………鈍感ツンデレ、なんてどうです?」
「何でノってきた?!つか要素ゼロだろそれ!」
は?と夏希と宇佐、さらに根津までハモった。嘘、そんな誤解されてんの?こんなに察して動く素直な俺を?
「はいっ!ありがとうございます!……ってのもおかしいですね、むしろ謝ってください」
「あー、これについてはマジで悪かった。あと助かったわ」
学校からそう遠くない自転車屋で新しい自転車を弁償して、生意気な笑顔の静に軽く頭を下げる。
あの自転車による時短がなければ宇佐がどうなっていたか分からなかったし、その上紛失させてしまったのだから謝罪も感謝も自然と出るというもの。
しかし静は自分からそれを要求しておいて意外そうに目を軽く丸くしてる。もっとも、それも一瞬の事ですぐにドヤ顔を貼り付けた。
「……ふふん!まぁあたしのおかげですからね!」
「あの、私からもお礼を。ありがとうございました」
「あ、いえいえっ!冬華先輩こそ大変でしたね、お役に立てたなら良かったですぅ」
結局ついてきた宇佐に、静は俺とは真逆の礼儀正しい態度で対応してる。何なのこの差。
「僕からもありがとう。いつも梅雨がお世話になってるし、今度お礼でもしないとね」
「とんでもないですよぉ!梅雨にお世話になってるのはあたしですしね」
「そんな事はないと思うよ。梅雨もよく君の話をしてるしね。賢くて良い子だって」
「え〜、そんなぁ、照れちゃいますよ……春人先輩こそ球技大会かっこよかったです。好きになっちゃいそうでしたもんっ」
梅雨経由で顔見知りらしい春人にも、きゃるんと擬音が聞こえそうな可愛らしくも謙遜した態度。だから何この差。
「へぇ、春人にねー。まぁお似合いかもね」
「えっ、あ、あはは……そんな、お似合いだなんて。根古屋先輩ったらやだな〜…」
そして何故か夏希にはびびってる感じだ。仮面のような態度や笑顔にヒビが入りまくってる。何で?夏希さんついに後輩シメちゃったの?
「し、志々伎くんに馴れ馴れしくしてぇ……!何なのよこいつ…」
「あ、馴れ馴れしかったですか春人先輩〜?ごめんなさぁい」
「いや、別にそんな事はないよ」
「えへへっ、それなら良かったですっ」
「ぐっ……このクソガキぃ…」
一番の謎はこいつ、根津だ。何で居るの?チャリ選んでる間に何があったよ。
宇佐の後ろに隠れて文句を言ってるけど、静は春人経由で話す事で挑発しており、そのドヤ顔を根津は悔しそうな顔で睨み合ってる。どうやら後輩の方が一枚上手そうだ。
それにしても、根津と静は春人狙いか。相変わらずモテるな。まぁここに居る2人は癖強すぎるし同情しなくもないけど、見た目は間違いなく可愛いワケだし。
「で、何でこいつが居んの?」
とりあえず一番の疑問を指差しながら放り投げる。それを投げ返してくれたのは、俺に指刺されて不快そうに睨む根津を雑に宥める宇佐だ。
「愛、どうどう。えっと、私と帰りたくてついて来てたみたいです。人前では話しかけれないからと尾行する形で」
「うわ怖っ」
「はぁあ?うっざ!クズのくせに調子乗んな!」
ストーカーが逆ギレした。俺をこれでもかと睨むつけているけど、宇佐に隠れたままなのと、幼くも見える完全にかわいい系の顔立ちのせいか小動物の威嚇にしか見えない。
それでも鼻にはつくが、まぁいつも学校で言われてる事なのでスルー。
「ちょっと!無視すんな!」
「うるせーなぁ。帰りたいのー?」
「ひぃっ」
なおも噛みつこうとしてくる根津に夏希がダルそうに言うと、完全に宇佐の後ろに隠れた。夏希さんや、静といい根津といい、すんごいビビられてますやん。
そこでふと思い浮かんだ疑問もついでに小声で放る。
「……ところで、宇佐はあれに混じって対抗しなくて良いのか?」
今も春人と話している静の方を宇佐にだけ見えるように指差して聞くと、宇佐は視線だけ一度春人達に向けて、一拍置いて俺の方に戻してーー冷ややかに薄く笑った。
「へぇ……大上さんはそんな事聞きますか」
「………え?」
「ほんっっとに、さすがは学校一の嫌われ者だけありますね」
「な、なんか怒ってる?」
「知りません」
しまいにはそっぽを向かれてしまった。
何で?俺は確認や、場合によっては助言でもしようという善意だったのに……思わず俺こそが助言を乞おうと横にいる夏希を見ると、何故かゴミを見る目で見られるし。
「……サイッテー…」
「お前にだけは言われたくない」
「はぁあ?!こっちのセリフだし!」
「多分今のお前、俺と変わらないレベルの嫌われ者だけどな」
宇佐の後ろから顔だけ出して突っかかってくる根津に言い返していると、宇佐が後ろ手に根津の肩に手を力強くーーそれはもう、バシン!という音を立ててーー置いた。
「……愛、うるさいです」
「ひぇっ……ふ、冬華?だ、だってーー」
「うるさいです」
二度も言われ、根津が完全沈黙した。すごすごと宇佐の背中に戻っていく。
背後霊かよ。にしては弱いけど。とか思ってたら、宇佐の視線がゆっくりと俺に向いた。
その目は先程以上に冷たく、吹雪の中に放り込まれたような冷気を感じさせる。つまり、ふつーにマジで怖い。
「……大上さん?」
「は、はい。いかがしましたか?もし良ければお飲み物を買ってきますので、少しお待ち頂ければ」
「逃げようとしてもムダです」
俺を止めるように肩に手を置かれた。根津の時と違ってそっと置かれた手は、何故か叩かれるよりも背筋が冷える恐怖がある。
まるで雪女を前にして凍りついた気分でいると、ふわりと距離を詰めてきた。
吐息がかかる程近く、文字通り目と鼻の先に宇佐の顔がある。学校一の美少女と言われるだけあり、これだけ近くで見ても非の打ち所がない綺麗な造形。
そんな顔に微かに朱を滲ませ、宇佐はそっと囁くように柔らかそうな唇を振るわせる。
「大上さんが悪いんですからね……覚悟してくださいよ?」
どこか昨日の夕方、救出の帰りに見せた表情にも似た、しかし圧倒的に妖艶さを感じさせる笑顔。
叱るような、揶揄うような。それでいて困難に挑むような声音は、しかし何故か柔らかく心地よい。
美少女で声が綺麗って得だな、なんて場違いなことを思いながらも、体は動かない。
何秒経ったか、不意にするりと距離をとった宇佐。なんとなく顔を見れずに横を向くと……全員がーー春人さえもーー目を丸くしてこちらを見ていた。
なんとも言えない空気。誰も何も言わない。せめて何か言ってくれ、弁解するから。
そんな居た堪れない俺の願いとは裏腹に、背後霊の根津が仕事を持ち場を離れて俺の前に移動した。
「……あの、さ。今更だけど……その、昨日はありがとね」
髪を落ち着きなく指で弄りながら、消え入りそうな声で呟く。
周囲の喧騒に隠れそうなそれは、しかし宇佐によって訪れた静寂の中ではしっかりと聞こえた。
「……明日は雪か」
「今夏なんだけど。降るわけないじゃん、バカじゃないの?」
「バカはお前だろ。皮肉だよ、何ガチで返してんだ」
「はぁあ?!ムカつく!あっきーの分際で調子乗んな!」
「「「あっきー?」」」
今度は全員で沈黙を破った。というかハモった。
いやそうもなるわ。なんだあっきーって。ネズミの王様?
そんな全員の疑問に、根津はしどろもどろに返す。
「や、だって……助けてくれたのにクズってのも、その、良くないかってゆーか…」
「だからってそのチョイスはどうなんだ」
「はぁあ?!別にいいじゃん!あんた目つき悪いから可愛い名前にしてあげたの!感謝してほしいくらいだし!」
「いや無理。なんなら俺が頭下げるから別の名前にして。というかクズのままで良い」
「なんでよ?!うざっ!あっきーの意見なんか聞かないし!けってー!はいけってー!」
こいつマジでクソガキだな……!下手な挑発よりよっぽど腹立つんだけど。
つーか気付いてないだろうけど、後ろの宇佐がすげぇ冷たい目で見てるぞ。多分お前背後霊の職はクビだな。
「ちょっと先輩!あたしを除け者にして良いと思ってるんですかぁ?」
「いや良いだろ。てか春人と話してただろ、早く戻れよ。その方がお前も嬉しいだろ?」
「は?何の話ですか?……あっ、もしかして春人先輩と話してたから嫉妬しちゃいました?先輩かわいいとこあるんですね〜」
「春人―、悪いけどこれ早く回収してくれー」
いつの間か俺の間横に立っていた静を春人に突き返しておく。
「ちょっと先輩!?」とか言ってるけど無視。だって何故か宇佐と根津が睨んでるし。根津はともかく宇佐が怖いんだよ。
じたばたと抵抗する静を無事返却しようとして、やっと一息つけると思いきや。
「見つけたーっ!探したよ静っ!何で置いてったの?!」
「あっ、ごめーん梅雨!つい!」
「つい、じゃないよぅ!冷たいじゃんかーっ!」
梅雨、到来。……こいつ1人増えただけで一気に騒がしくなる気がするな。
むーっ、と頬を膨らませる梅雨に笑って誤魔化すように謝罪する静。さしもの梅雨も静には振り回されるのか、と眺めていると、よく見たら静は冷や汗かいてた。
「あーあ、梅雨は怒ったら長いからなぁ。しっかり怒られろタヌキ後輩」
「たぬっ?!ちょっと先輩、それはひどいんじゃないですかぁ〜?」
「キツネの方が良い?」
「それなら許しますっ!」
「許しちゃうのか」
「静ぁ〜?何でアキくんといちゃついてるのかな〜?」
「あ、あはは、いちゃついてなんかないってぇ……だから梅雨、怒らないでぇ…?」
「アキくんはわたしのものなの!あげないからね!」
いつの間に俺は梅雨の所有物に……?昔はかわいかったのに、今じゃ物扱いか。時の流れは無常だなぁ。
「という事は僕の物でもあるのかな?」
「何で妹のは自分のもんになんだよ?剛田家の長男なの?」
「つーかそもそも秋斗はあたしのもんだしな。なー秋斗?」
「夏希は煽りたいだけだろ、その楽しそうなニヤケ面引っ込めろ」
「でも、私は大上さんのものですもんね……」
「宇佐さん何言ってんの?その悲しげな表情やめて?なんか俺が悪いみたいになるから。ほら見ろ一年生ズが引いてるから!あと根津は何赤くなってんだぁ!?」
ひどい。皆んなしてイジメてくるんだけど。もう疲れた、帰りたい。
「さて、秋斗が拗ねちゃったからそろそろ帰ろうか」
「誰のせいだよ……」
「僕だけじゃないのは確かだね。ほら、帰って勉強しないとだろう?」
「別にしなくても赤点回避くらいは出来そうだしなぁ」
楽しげに俺に微笑む春人。相変わらず人当たりの良い笑顔だけど、目に揶揄う色が浮かびまくってんだよ。あと宇佐さん、何で睨むの?怖いんだけど。
「は?あっきーバカそうだし、ちゃんと勉強しないとヤバイんじゃないん?」
「お前よりは良いっての、この背後霊が」
「はぁあ?わたしの方がちゃんと学校来てるし!てゆーか背後霊って何?!」
「南無阿弥陀南無阿弥陀…」
「成仏しないし!てゆーか生きてるっての!」
根津を供養してたら、春人が肩をすくめて仕方なさそうに呟く。
「ま、勉強を見て欲しかったら言いなよ。勉強会でもしよう、見てあげるよ」
「えらっそーに……いやえらいか。不動の学年一位様でしたね」
「あはは。秋斗が張り合ってくれないからね」
春人の戯言をスルーして帰路につく。付き合ってられん。
すると、わざとらしく苦笑いを浮かべた春人が解散を告げた。
春人は買い物に寄るらしく、梅雨と一緒に別の方向に行き、静もついて行く。
残りの同じ方向の夏希と、同じ家の宇佐、宇佐についてきた根津が後ろについてくる形になった。
「なぁ秋斗、マジで烏丸には勝つ気ねーの?」
「まぁな。イマイチやる気が起きないんだよな……」
「飽きっぽいもんなー。球技大会で燃え尽きたか」
後ろから横に並んできた夏希はつまらなそうに溜息をついた。
ついでに言えば、後ろから冷気が突き刺さってる気がする。振り向いたらダメだ、前だけを見るんだ……!
「つーか意外だったよなー、後ろにいるヤツ。もっとヘコむかと思ったのに」
「あぁ……確かにな」
チラと視線を後ろに向ける夏希を追い、俺も首だけで振り返る。
宇佐の横に並ぶ根津が、会話が聞こえたのかひきつった表情で固まっていた。
「……俺としては何で夏希がそんなにビビられてんのかが気になるけどな」
「まーそんなのどーでもいいじゃん。で、アンタはこれからどーするつもり?」
教えてくれないのかよ……まぁいいか。確かに根津の変化は俺も少し気になったし。
夏希の視線に銃口でも向けられたように固まっていた根津は、投げかけられた言葉に俯く。
横に立つ宇佐がフォローする、と思いきや意外にもただ見ているだけ。なんとなく宇佐を見ると、目が合った彼女は「心配いらない」とばかりに小さく微笑む。
それを見たワケでもないだろうに、宇佐の無言の主張を保証するように、根津は目に力を入れて顔を上げた。
「どうもしないし……学校じゃ冬華には話しかけないし、何言われても耐えるだけだし」
「へぇ?あたしも少しはイラついてるし、もしかしたらあたしも参加するかも知れないけど?耐えられるかなー?」
怖ぇ……夏希さん、よく笑顔なのにそんだけ鋭い視線を飛ばせますね…
案の定――いやこれは仕方ないと思うけどーービクッと震えた根津だが、しかしその場に踏ん張ったまま、目も逸らさない。
「……や、やればいいじゃん。耐えてやるし……そんでイジメを耐え抜いたら、また学校で冬華と仲良くするんだもん…」
「卒業まで終わらないかも知れないけどー?」
「だったら……だったら、卒業してから仲良くするし。冬華は耐えた。なら、次はわたしだし。ここで逃げたら友達失格だもん」
唆されたとは言え、悪意が無いワケじゃなかった根津なりの贖罪。それが筋が通っているかどうかは別として、その覚悟だけは本物だろう。
それを証明するように、いつの間にか根津の声の震えは止まっていた。
それを肯定するように、被害者だった宇佐は微笑んでいた。
「へぇ。言うじゃん」
「……不可侵の女帝相手だろうと、絶対負けないし」
落ち着け……笑うな。今は笑うところじゃない。
「……根古屋さんのそれ、かっこいいですね」
「…………っ!宇佐、やめろ。そのフォローは下手すぎる」
「フォロー?単純な意見ですけど。他にも『高嶺の花』や『孤高』、『男子よりイケメン』とか『エロテロリスト』『運動神経が猫』『声をかけられたら一日ラッキー』等がありますけど、私は『不可侵の女帝』が一番かっこいいと思います」
「ぶふっ!」
「ちょっと宇佐さんストォップ!てか秋斗てめー笑うなっ!」
「いや、ちょっと、仇名多いっすね、ぶはっ!」
「うるせー!つーかあたしも知らないんだけど?!そんなにあんの?!」
「やばい、今度から使お。春人達にも教えてあげなきゃ」
「や、やめて!お願い!宇佐さんも言わないでよー?!」
えー、かっこいいのに、とか呟く宇佐。わざとじゃないからタチが悪い。
これには堪えたのか、顔を赤くしてプルプル震える夏希。さすがに同情するわ。はーおもしろ。
「……言っとくけど、あっきーも色々呼ばれてるから」
「……………………えっ?」
置いてけぼりの根津がぽそっと呟いた言葉に、一気に血の気が引くのが分かった。
嘘だろ?と宇佐を見ればうんうんと頷いている。思わず横を見ると、夏希がすんごい良い笑顔を浮かべていた。
「ふ〜〜ん?例えばー?」
「『一匹狼』『最悪の問題児』『志岐校史上最も嫌われた男』『目つき悪すぎボッチ』『キングオブクズ』『志岐校の七不思議の内五つはヤツ』『下駄箱は公共のゴミ箱』」
「めっちゃある!全部悪口!あはははっ!」
「うぉおおい!やめろ!てゆーか七不思議の内五つって他二つ何だよ!」
「志々伎くんの超人ぶりと、根古屋さんと冬華があっきーに仲良く話しかける事」
「最後のやつ最近じゃねぇか!絶対適当だろその七不思議!」
まさか俺までこんな辱めに……!てか俺の下駄箱がゴミまみれなのって公共ゴミ箱扱いされてるからか!あと宇佐はうんうん頷くの腹立つからやめろ!
てかこの学校暇人多すぎだろ!どんだけ仇名考えてんだ!
「はーおもしろ。今度新しい仇名考えて広めよーっと」
「やめろぁ!いやお願いですやめてくださいぃ!」
「……あっきー、って流行らせていい?」
「良いと言うとでも?!」
「………鈍感ツンデレ、なんてどうです?」
「何でノってきた?!つか要素ゼロだろそれ!」
は?と夏希と宇佐、さらに根津までハモった。嘘、そんな誤解されてんの?こんなに察して動く素直な俺を?
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