学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら
24 仮面の後輩
「ちょっと先輩!あり得ないんですけどー!」
疲れのせいか、朝起きた時の眠気のえげつなさに即座にサボりを決心。
しかし無念にも宇佐と美味そうな匂いのせいでベッドから引きずり下ろされ、重たい目蓋のままアパートを出た瞬間だった。
「あたしの自転車、どこ行ったんですかぁー!」
これにはさすがに固まった。え、誰この子?
プンプンと怒った様子で、頬を膨らませて腰に手をやる女子。怒ってるんだろうけど、そのあざとさというか嘘くさい感じのせいでどうにも謝る気になれない。
いや謝る以前に誰?あと自転車って何?
「あぁー!もしかして忘れてますね?!」
「……悪い、その通りだ」
「やっぱりぃ!もうっ、さすがは学校一の問題児ですよ!」
どうにも口を挟み辛く黙っていると、プンプンとひとしきり怒った後に目の前の女子生徒は腕を組んで「いかにも怒ってます」といった体勢でじとっと睨んできた。
「先輩〜。昨日急いでどっか行ってる時にぃ、誰かに自転車借りませんでしたかぁ〜?」
「……………あ」
「やっと思い出しましまか!さぁ、今すぐ返してくださいよあたしの愛チャリを!」
すっっっかり忘れてた!やっぺ、どうしたっけ?……あ、乗り捨てたまんまほったらかしにしてたわ。
「……悪い、ここにはないわ」
「はぁあ〜?!どっかに乗り捨てちゃったんですか?!」
「いや、捨ててはない、はず。場所は分かるからあるのはある……回収されてなければ」
道端に夕方前から一晩放置。回収されている可能性は割と高い。
というか鍵をかけた記憶もないな。盗難の線もあるか。というかこっちのが可能性高いな。
とは言わず、というか言えずにぼそりと呟くと、目の前の女子生徒はキッと睨んで頬を膨らませた。
「なくなってたら、弁償ですからね!」
「あー、うん、その時は必ずする。本当に悪かった」
しっかりと頭を下げる。言い訳もしようがないくらい、完全に俺が悪い。
一拍置いて頭を上げると、目を丸くした女子生徒が見えた。そして、すぐに楽しげなーー気のせいでなければ、悪戯を思いついた夏希のそれに似てたーー笑顔を見せる。
「ふぅん?まぁちゃんと謝ってくれたので、ここではこれ以上言いませんよ。あ、でも自転車のとこまでは案内してくださいね!」
「あぁ、そりゃな」
そう言って歩き出そうとして、今更に宇佐が呆然と立っている事に気付く。
例の如くなんだかんたで一緒に登校する流れになった宇佐だが、どうやら突然の来客に相当驚いてるらしい。
目の前の女子生徒も宇佐に気付いたのか、大きめな目をさらに大きくした。
「えっ!?宇佐冬華先輩?!うわ美人!やばーい!」
「………えと、はい、宇佐ですけど……すみません、あなたは?」
朝からテンション高い女子生徒に、宇佐は戸惑ったように問う。
「あっ、失礼しましたっ!あたしは伊虎静と言います!苗字がいかつくてイヤなんでぇ、静って呼んでくれたら嬉しいですっ!」
「そ、そうなんですね。では、静さんと」
「わぁい!冬華先輩、よろしくお願いします!あ、先輩も特別に静って呼んでいいですよ?」
宇佐に対して満面の笑みと高いトーンで言った後、ついでのようにトーンも下げて言われた。何こいつ、露骨に扱いが違うじゃん。
まぁ学校一の美少女相手じゃしょうがないか、と俺は女子生徒――静に頷いてみせる。
「はいはい、分かった。名前負けの静さんね」
「どういう意味ですかぁ〜?」
だって静どころかマジでうるさいし。
こいつも自覚があるんだろう、即座に反応して睨んできた。
「そのまんまだよ。それよりいい加減行こうや、遅刻するぞ」
「先輩のせいですけどね。自転車があればとっくに出発して、なんなら到着してますよぉ」
「いやさすがに着きはしないだろ。チャリ漕ぐのどんだけ早いの?」
「も〜!細かいですねぇ。そんなんだからイジメられるんじゃないですかぁ?」
プンプンと怒ったように言い、俺を睨む静。そろそろ面倒になってきたので、さっさと行くように促そうとしてーー気付いた。
俺を見る目に、怒りの感情がない。
あるのはーー恐らく、少しの恐怖と、こちらを虎視眈々と探るような雰囲気だろうか。
(……何が目的だ?)
気付いたのは良いものの、どうするべきか悩む。
色々なパターンで絡まれてきた俺だけど、正直この手の人種は初めてだ。
俺が怖いなら近寄らなければ良い。普通そうするし、昨日梅雨と一緒に居たので友達っぽいから梅雨経由で受け取れば良かったはずだ。
それをわざわざ朝一に自分1人で俺の家――多分梅雨から聞いたなーーまで来る理由が分からない。
好奇心?何か聞きたい事でもあるのか?それにしたって、こいつはわざとらしいくらい俺にストレートに罵詈雑言やら生意気な態度やらをぶち込んでくる。
聞きたい事があるならわざわざ悪印象を持たせる可能性がある言動をする必要はない。しかも本気で怒ってる気配は多分ないので、わざとそうしている。
……挑発だろうか?でも何の為に?
結論。お手上げだ。この後輩、意味分からん。
そんな思考が読まれたのか、笑顔のまま、しかし瞳の奥で妖しげな光が歪んだ気がした。
「何か、言いたそうですね?」
「別に。単純にお前の目的が分からんだけだ。ただ、そのわざとらしい演技がもし俺を怒らせたいっつーならムダだから辞めとけ。煽られるの慣れてるし。あとその仮面みたいな笑顔もいらん、愛想なんて俺に振り撒いても得はないぞ」
「……先輩、意外と鋭いんですね。初対面でそこまで色々バレたのは初めてかもです」
瞳に映っていた小さな恐怖心は消え、代わりに映るのは驚きと好奇心、かな。おまけに分かりやすくニンマリと人を食ったような笑みを浮かべた。
唐突の変化に宇佐は「え?」と驚いてるけど、静も俺もとりあえずスルー。
「昨日梅雨から良い人だって聞いたんですけど、どうも信じられないなぁって」
「……梅雨の為に確認か?てか信じなくてい良いぞ。お前の疑い通り、良い人ではないし」
「いえいえ、友達は信じないとですよぉ?それに、思ったより面白そーな人ですし?」
「……はぁ。なんで梅雨のやつもこんな変なのと友達になったんだか」
「あ!ひどいですよぉ!」
これ以上はマジで面倒なのでぎゃーぎゃーうるさい静を無視して昨日の廃墟へと向かう。チャリあるかなぁ?
幸いほとんど学校へ向かうルート上にあるので時間のロスは少ないけど、時間的にギリギリなのは確か。宇佐は真っ直ぐに学校へ向かうように言い、うるさい後輩と共に歩き出す。
ちなみにチャリはなかったです。多分昨日のヤロー共の誰かに盗まれたな。
弁償する事に決まり、逃げられても困るのでと連絡先を聞かれた。逃げる気はないものの、教えないのもおかしいかと教えて学校に向かう。
まぁ間に合うはずもなく、その事でまた静はぎゃーぎゃーと言っていたが。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
さて。昨日の帰りに『宇佐絡みの面倒事は全部終わったー!』なんて開放感を感じていた俺だが、実はまだあったんだよね。
宇佐が相談したいと言っていた件であり、約束通り昨晩に話を聞いた。
内容は『根津を助けたい』というもの。
順番は前後したものの、宇佐は根津との確執を『単なる友達同士のよくあるケンカ』の範囲に捉えており、その決着としてはあまりに現状の根津の状況は悪すぎる。
だから反省させるにしてもせめてこの四面楚歌の状況からは助けたい、との事。
お人好しが過ぎる。
と切り捨てたかったけど、猪山を警察に突き出す時は淡々と、しかし冷たさをもって容赦なく事実を伝えて突き放していた。
単なるお人好しではない。恐らく、相当根津の事を信用していたか、友情を感じていたのだろう。
実際、根津な俺から見ても深く反省してるように見えた。俺だけじゃなく春人や夏希もそう言ってるあたり、俺の勘違いじゃないだろう。
(でも、いくら考えても助ける方法が思いつかない……か)
『イジメの主犯は猪山と根津』という答えが一度出た以上、それを解消するのは難しい。ましてや犯人が自ら口にした事だし、仮に宇佐が庇っても、それこそ根津がやろうとしていた自作自演のように宇佐の評価が上がるだけ。
根津の立場は大きく変わらないだろう。
なんて事を頭を抱えながら相談してきたワケだ。確かに言ってることは正しいし、普通にやれば難しいとも思う。けどーー
(ぶっちゃけ簡単なんだよなぁ)
それをやるか否かは別として、俺なら難しくない。成功率も高いと思う。
ただそれを宇佐に伝えなかったのは、単に根津の為にそこまでやる気になれないってだけの話だ。
宇佐の頼みと捉えたとしてもーー俺は昨日、『借りは返せた』と感じてしまった。
そうなると、自分でもどうしようもない。延々と返し終わった借りを返す義理はないと考えた俺は、『返し終わった』と気持ちが判断したら終わりだと決めている。
曖昧だと白い目を向ける人も居るかも知れないが、いつも夏希も春人も返しすぎだと言ってるくらいだし返済不足って事はないっぽいし。
そんなワケで、理由がないのだ。宇佐へも根津へも、俺が何かする気が起きないんだよな。
「うわ、学校来てるし!」
「猪山の方は来てねーのにな」
学校ではまぁ予想通り根津は針のむしろ状態。毎日欠かさない俺の下駄箱のゴミもいつもの半分くらいしかなかったし、余程注目されてるんだろう。悪い意味で。
しかし、意外にも根津は怯えも俯きもしていなかった。
内心はともかく、毅然とした態度で座っており、罵詈雑言にも表情を変えずに耐えている。
その姿に見覚えがあった。そう、イジメられていた時の宇佐に似ているのだ。
(へぇ……次は自分の番だ、ってとこかね?)
正直驚いた。根津は上っ面ばかりで根は弱く脆い印象だったし。
どういう心境の変化かは分からんけど、間違いなく宇佐との『仲直り』による影響はあるんだろう。
ちなみに宇佐は心配そうに見ているし、それこそ休憩時間の度に声をかけようとひている。が、周りに集まる人の群れによって近寄れない様子。
周りも近寄らせないようにしてるくさいしな。『イジメてきた人なんかに話しかけなくていいって』等と言って。
悪気はなく、むしろ善意のつもりだから宇佐も無碍に出来ないんだろう。
結局、今日1日はそんな感じで終わった。
ずっと1人で耐える根津と、心配そうにしながらも近寄れない宇佐。
そして傍観を決め込む俺。春人と夏希もそうらしく、特に何も言わないし動きもしない。
「秋斗ぉ、帰ろー?」
「だから話しかけんなって……まぁもういいか」
学校が終わり、当たり前のように話しかけてくる夏希に諦めのため息が出る。ただ、今日は一緒に帰れないのは確かなワケで。
「悪い、今日は用事があるから別で」
「はぁ?用事ぃー?」
嘘つけ、と顔に書いてある夏希。そんな信用ないの俺?もしくは暇人だと思われてる?
「いやマジであるんだって。まぁ行かなくて良いなら俺も行きたくないんだけどなぁ」
「何だよそれ?なら良いじゃん、帰ろーよ」
「え〜ダメですよぅ。逃げたら借りパクだって先生にチクっちゃいますからね」
背後から唐突に会話に混じってきた声に、顔が引きつったのを自覚した。振り返りたくない。確認したくない。
目の前の夏希も少し目を瞠ってるし、教室もざわざわと動揺の声が沸き始めてる。
そりゃそうだろうよ。なんたって別学年の生徒が、しかも俺に、学校内で、話しかけてきたんだから。何考えてんのこいつ?
「……バカかお前。学校で俺と話したらどんだけお前にデメリットあるか分かるだろ」
「えぇ〜?そんなのあたしには分かんないです〜」
小声でのやりとりに、にへらと笑う後輩。溜息と共に、嘘つけと内心で吐き捨てる。
こいつ、静はアホ丸出しの喋り方に反して冷たい部分を持ち合わせている。そんなヤツが誰でも分かるようなミスを見逃すワケがない。
「……今ならまだ他人の振りをしてやれるから、さっさとどっか行け」
「そんな事言って逃げる気ですかぁ?ちゃんと責任とってくださいよ、秋斗先輩?」
名前呼び……やりやがったこいつ。てか言い方よ。
俺が天を仰ぐと同時に、教室の喧騒が一気に爆発した。
「……マジでお前が分からん。いや待て、聞きたくない。だから関わるな。金なら渡すから」
「あたしの大事なアレを奪っておいて、金だけ渡すなんてひどくないですかぁ?」
だから言い方な。完全にわざとだろこいつ。
まぁ確かに金だけ渡すのは誠意に欠けるかも知れないけど、俺の立場とか考えたらむしろその方が相手の為だと思う。一緒に居るとこ見られたらいじめの被害が飛び火しかねないし。
「伊虎ちゃんが名前呼び?!そんなっ!あり得ない、これは夢、悪夢だぁっ!」
「我らが妹が、あんなクズの毒牙にぃっ!」
テンション高く叫ぶ男子達。どうやらこいつ、男子からは人気らしい。やめといた方が良い気がするけど。
「おいみんなの妹、お兄ちゃん達が泣いてるぞ。泣き止ませに行ってこいよ」
「私一人っ子ですよ?あ、でも秋斗先輩ならお兄ちゃんになってくれても良いかも」
沈静化を計る俺を無視して、更なる燃料を投下する静。
よーく分かった。こいつ俺の事嫌いなんだな。
「……おい、今更俺の嫌われ具合を悪化させても意味ないぞ」
「? 何の話……って、なるほど。違いますよもうっ、ひどいですねお兄ちゃん」
ほんの少しだけトーンを下げて否定する静。悔しいことに、恐らくそうなんだろう。むしろ余計にタチが悪いけども。
「……で?大事なアレを奪った秋斗くんや。今日の用事の行き先はホテルかぁ?」
「気になるね。クラスメイトとして真偽を確かめるべく着いていく必要がありそうだ」
「……大上さん。私の相談をほったらかして静さんと妹プレイですか?」
だとしても、こいつが俺を貶めてるのは変わらない気がする。
目の前に並ぶ夏希、春人、宇佐を見て、やっぱり静は俺の事嫌いだろと内心で吐き捨てた。
疲れのせいか、朝起きた時の眠気のえげつなさに即座にサボりを決心。
しかし無念にも宇佐と美味そうな匂いのせいでベッドから引きずり下ろされ、重たい目蓋のままアパートを出た瞬間だった。
「あたしの自転車、どこ行ったんですかぁー!」
これにはさすがに固まった。え、誰この子?
プンプンと怒った様子で、頬を膨らませて腰に手をやる女子。怒ってるんだろうけど、そのあざとさというか嘘くさい感じのせいでどうにも謝る気になれない。
いや謝る以前に誰?あと自転車って何?
「あぁー!もしかして忘れてますね?!」
「……悪い、その通りだ」
「やっぱりぃ!もうっ、さすがは学校一の問題児ですよ!」
どうにも口を挟み辛く黙っていると、プンプンとひとしきり怒った後に目の前の女子生徒は腕を組んで「いかにも怒ってます」といった体勢でじとっと睨んできた。
「先輩〜。昨日急いでどっか行ってる時にぃ、誰かに自転車借りませんでしたかぁ〜?」
「……………あ」
「やっと思い出しましまか!さぁ、今すぐ返してくださいよあたしの愛チャリを!」
すっっっかり忘れてた!やっぺ、どうしたっけ?……あ、乗り捨てたまんまほったらかしにしてたわ。
「……悪い、ここにはないわ」
「はぁあ〜?!どっかに乗り捨てちゃったんですか?!」
「いや、捨ててはない、はず。場所は分かるからあるのはある……回収されてなければ」
道端に夕方前から一晩放置。回収されている可能性は割と高い。
というか鍵をかけた記憶もないな。盗難の線もあるか。というかこっちのが可能性高いな。
とは言わず、というか言えずにぼそりと呟くと、目の前の女子生徒はキッと睨んで頬を膨らませた。
「なくなってたら、弁償ですからね!」
「あー、うん、その時は必ずする。本当に悪かった」
しっかりと頭を下げる。言い訳もしようがないくらい、完全に俺が悪い。
一拍置いて頭を上げると、目を丸くした女子生徒が見えた。そして、すぐに楽しげなーー気のせいでなければ、悪戯を思いついた夏希のそれに似てたーー笑顔を見せる。
「ふぅん?まぁちゃんと謝ってくれたので、ここではこれ以上言いませんよ。あ、でも自転車のとこまでは案内してくださいね!」
「あぁ、そりゃな」
そう言って歩き出そうとして、今更に宇佐が呆然と立っている事に気付く。
例の如くなんだかんたで一緒に登校する流れになった宇佐だが、どうやら突然の来客に相当驚いてるらしい。
目の前の女子生徒も宇佐に気付いたのか、大きめな目をさらに大きくした。
「えっ!?宇佐冬華先輩?!うわ美人!やばーい!」
「………えと、はい、宇佐ですけど……すみません、あなたは?」
朝からテンション高い女子生徒に、宇佐は戸惑ったように問う。
「あっ、失礼しましたっ!あたしは伊虎静と言います!苗字がいかつくてイヤなんでぇ、静って呼んでくれたら嬉しいですっ!」
「そ、そうなんですね。では、静さんと」
「わぁい!冬華先輩、よろしくお願いします!あ、先輩も特別に静って呼んでいいですよ?」
宇佐に対して満面の笑みと高いトーンで言った後、ついでのようにトーンも下げて言われた。何こいつ、露骨に扱いが違うじゃん。
まぁ学校一の美少女相手じゃしょうがないか、と俺は女子生徒――静に頷いてみせる。
「はいはい、分かった。名前負けの静さんね」
「どういう意味ですかぁ〜?」
だって静どころかマジでうるさいし。
こいつも自覚があるんだろう、即座に反応して睨んできた。
「そのまんまだよ。それよりいい加減行こうや、遅刻するぞ」
「先輩のせいですけどね。自転車があればとっくに出発して、なんなら到着してますよぉ」
「いやさすがに着きはしないだろ。チャリ漕ぐのどんだけ早いの?」
「も〜!細かいですねぇ。そんなんだからイジメられるんじゃないですかぁ?」
プンプンと怒ったように言い、俺を睨む静。そろそろ面倒になってきたので、さっさと行くように促そうとしてーー気付いた。
俺を見る目に、怒りの感情がない。
あるのはーー恐らく、少しの恐怖と、こちらを虎視眈々と探るような雰囲気だろうか。
(……何が目的だ?)
気付いたのは良いものの、どうするべきか悩む。
色々なパターンで絡まれてきた俺だけど、正直この手の人種は初めてだ。
俺が怖いなら近寄らなければ良い。普通そうするし、昨日梅雨と一緒に居たので友達っぽいから梅雨経由で受け取れば良かったはずだ。
それをわざわざ朝一に自分1人で俺の家――多分梅雨から聞いたなーーまで来る理由が分からない。
好奇心?何か聞きたい事でもあるのか?それにしたって、こいつはわざとらしいくらい俺にストレートに罵詈雑言やら生意気な態度やらをぶち込んでくる。
聞きたい事があるならわざわざ悪印象を持たせる可能性がある言動をする必要はない。しかも本気で怒ってる気配は多分ないので、わざとそうしている。
……挑発だろうか?でも何の為に?
結論。お手上げだ。この後輩、意味分からん。
そんな思考が読まれたのか、笑顔のまま、しかし瞳の奥で妖しげな光が歪んだ気がした。
「何か、言いたそうですね?」
「別に。単純にお前の目的が分からんだけだ。ただ、そのわざとらしい演技がもし俺を怒らせたいっつーならムダだから辞めとけ。煽られるの慣れてるし。あとその仮面みたいな笑顔もいらん、愛想なんて俺に振り撒いても得はないぞ」
「……先輩、意外と鋭いんですね。初対面でそこまで色々バレたのは初めてかもです」
瞳に映っていた小さな恐怖心は消え、代わりに映るのは驚きと好奇心、かな。おまけに分かりやすくニンマリと人を食ったような笑みを浮かべた。
唐突の変化に宇佐は「え?」と驚いてるけど、静も俺もとりあえずスルー。
「昨日梅雨から良い人だって聞いたんですけど、どうも信じられないなぁって」
「……梅雨の為に確認か?てか信じなくてい良いぞ。お前の疑い通り、良い人ではないし」
「いえいえ、友達は信じないとですよぉ?それに、思ったより面白そーな人ですし?」
「……はぁ。なんで梅雨のやつもこんな変なのと友達になったんだか」
「あ!ひどいですよぉ!」
これ以上はマジで面倒なのでぎゃーぎゃーうるさい静を無視して昨日の廃墟へと向かう。チャリあるかなぁ?
幸いほとんど学校へ向かうルート上にあるので時間のロスは少ないけど、時間的にギリギリなのは確か。宇佐は真っ直ぐに学校へ向かうように言い、うるさい後輩と共に歩き出す。
ちなみにチャリはなかったです。多分昨日のヤロー共の誰かに盗まれたな。
弁償する事に決まり、逃げられても困るのでと連絡先を聞かれた。逃げる気はないものの、教えないのもおかしいかと教えて学校に向かう。
まぁ間に合うはずもなく、その事でまた静はぎゃーぎゃーと言っていたが。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
さて。昨日の帰りに『宇佐絡みの面倒事は全部終わったー!』なんて開放感を感じていた俺だが、実はまだあったんだよね。
宇佐が相談したいと言っていた件であり、約束通り昨晩に話を聞いた。
内容は『根津を助けたい』というもの。
順番は前後したものの、宇佐は根津との確執を『単なる友達同士のよくあるケンカ』の範囲に捉えており、その決着としてはあまりに現状の根津の状況は悪すぎる。
だから反省させるにしてもせめてこの四面楚歌の状況からは助けたい、との事。
お人好しが過ぎる。
と切り捨てたかったけど、猪山を警察に突き出す時は淡々と、しかし冷たさをもって容赦なく事実を伝えて突き放していた。
単なるお人好しではない。恐らく、相当根津の事を信用していたか、友情を感じていたのだろう。
実際、根津な俺から見ても深く反省してるように見えた。俺だけじゃなく春人や夏希もそう言ってるあたり、俺の勘違いじゃないだろう。
(でも、いくら考えても助ける方法が思いつかない……か)
『イジメの主犯は猪山と根津』という答えが一度出た以上、それを解消するのは難しい。ましてや犯人が自ら口にした事だし、仮に宇佐が庇っても、それこそ根津がやろうとしていた自作自演のように宇佐の評価が上がるだけ。
根津の立場は大きく変わらないだろう。
なんて事を頭を抱えながら相談してきたワケだ。確かに言ってることは正しいし、普通にやれば難しいとも思う。けどーー
(ぶっちゃけ簡単なんだよなぁ)
それをやるか否かは別として、俺なら難しくない。成功率も高いと思う。
ただそれを宇佐に伝えなかったのは、単に根津の為にそこまでやる気になれないってだけの話だ。
宇佐の頼みと捉えたとしてもーー俺は昨日、『借りは返せた』と感じてしまった。
そうなると、自分でもどうしようもない。延々と返し終わった借りを返す義理はないと考えた俺は、『返し終わった』と気持ちが判断したら終わりだと決めている。
曖昧だと白い目を向ける人も居るかも知れないが、いつも夏希も春人も返しすぎだと言ってるくらいだし返済不足って事はないっぽいし。
そんなワケで、理由がないのだ。宇佐へも根津へも、俺が何かする気が起きないんだよな。
「うわ、学校来てるし!」
「猪山の方は来てねーのにな」
学校ではまぁ予想通り根津は針のむしろ状態。毎日欠かさない俺の下駄箱のゴミもいつもの半分くらいしかなかったし、余程注目されてるんだろう。悪い意味で。
しかし、意外にも根津は怯えも俯きもしていなかった。
内心はともかく、毅然とした態度で座っており、罵詈雑言にも表情を変えずに耐えている。
その姿に見覚えがあった。そう、イジメられていた時の宇佐に似ているのだ。
(へぇ……次は自分の番だ、ってとこかね?)
正直驚いた。根津は上っ面ばかりで根は弱く脆い印象だったし。
どういう心境の変化かは分からんけど、間違いなく宇佐との『仲直り』による影響はあるんだろう。
ちなみに宇佐は心配そうに見ているし、それこそ休憩時間の度に声をかけようとひている。が、周りに集まる人の群れによって近寄れない様子。
周りも近寄らせないようにしてるくさいしな。『イジメてきた人なんかに話しかけなくていいって』等と言って。
悪気はなく、むしろ善意のつもりだから宇佐も無碍に出来ないんだろう。
結局、今日1日はそんな感じで終わった。
ずっと1人で耐える根津と、心配そうにしながらも近寄れない宇佐。
そして傍観を決め込む俺。春人と夏希もそうらしく、特に何も言わないし動きもしない。
「秋斗ぉ、帰ろー?」
「だから話しかけんなって……まぁもういいか」
学校が終わり、当たり前のように話しかけてくる夏希に諦めのため息が出る。ただ、今日は一緒に帰れないのは確かなワケで。
「悪い、今日は用事があるから別で」
「はぁ?用事ぃー?」
嘘つけ、と顔に書いてある夏希。そんな信用ないの俺?もしくは暇人だと思われてる?
「いやマジであるんだって。まぁ行かなくて良いなら俺も行きたくないんだけどなぁ」
「何だよそれ?なら良いじゃん、帰ろーよ」
「え〜ダメですよぅ。逃げたら借りパクだって先生にチクっちゃいますからね」
背後から唐突に会話に混じってきた声に、顔が引きつったのを自覚した。振り返りたくない。確認したくない。
目の前の夏希も少し目を瞠ってるし、教室もざわざわと動揺の声が沸き始めてる。
そりゃそうだろうよ。なんたって別学年の生徒が、しかも俺に、学校内で、話しかけてきたんだから。何考えてんのこいつ?
「……バカかお前。学校で俺と話したらどんだけお前にデメリットあるか分かるだろ」
「えぇ〜?そんなのあたしには分かんないです〜」
小声でのやりとりに、にへらと笑う後輩。溜息と共に、嘘つけと内心で吐き捨てる。
こいつ、静はアホ丸出しの喋り方に反して冷たい部分を持ち合わせている。そんなヤツが誰でも分かるようなミスを見逃すワケがない。
「……今ならまだ他人の振りをしてやれるから、さっさとどっか行け」
「そんな事言って逃げる気ですかぁ?ちゃんと責任とってくださいよ、秋斗先輩?」
名前呼び……やりやがったこいつ。てか言い方よ。
俺が天を仰ぐと同時に、教室の喧騒が一気に爆発した。
「……マジでお前が分からん。いや待て、聞きたくない。だから関わるな。金なら渡すから」
「あたしの大事なアレを奪っておいて、金だけ渡すなんてひどくないですかぁ?」
だから言い方な。完全にわざとだろこいつ。
まぁ確かに金だけ渡すのは誠意に欠けるかも知れないけど、俺の立場とか考えたらむしろその方が相手の為だと思う。一緒に居るとこ見られたらいじめの被害が飛び火しかねないし。
「伊虎ちゃんが名前呼び?!そんなっ!あり得ない、これは夢、悪夢だぁっ!」
「我らが妹が、あんなクズの毒牙にぃっ!」
テンション高く叫ぶ男子達。どうやらこいつ、男子からは人気らしい。やめといた方が良い気がするけど。
「おいみんなの妹、お兄ちゃん達が泣いてるぞ。泣き止ませに行ってこいよ」
「私一人っ子ですよ?あ、でも秋斗先輩ならお兄ちゃんになってくれても良いかも」
沈静化を計る俺を無視して、更なる燃料を投下する静。
よーく分かった。こいつ俺の事嫌いなんだな。
「……おい、今更俺の嫌われ具合を悪化させても意味ないぞ」
「? 何の話……って、なるほど。違いますよもうっ、ひどいですねお兄ちゃん」
ほんの少しだけトーンを下げて否定する静。悔しいことに、恐らくそうなんだろう。むしろ余計にタチが悪いけども。
「……で?大事なアレを奪った秋斗くんや。今日の用事の行き先はホテルかぁ?」
「気になるね。クラスメイトとして真偽を確かめるべく着いていく必要がありそうだ」
「……大上さん。私の相談をほったらかして静さんと妹プレイですか?」
だとしても、こいつが俺を貶めてるのは変わらない気がする。
目の前に並ぶ夏希、春人、宇佐を見て、やっぱり静は俺の事嫌いだろと内心で吐き捨てた。
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