学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら

みどりぃ

23 仲違いと仲直り

 それからは女子に睨みを効かせながらも率先してイジメた。周囲には「余計な事はするな」「手を出すな」「話しかけるな」等と言い、冬華に被害が出ないように、かつ孤立するように仕向けた。

 順調だった。だから気付けなかった。

 気付いたのは学校一の嫌われ者でクズのイジメられっ子、大上がしゃしゃり出た時。
 何故か大上に同調するように、もしくは同じところに逆鱗があったように志々伎くんーーと根古屋さんーーが立ち上がってわたしと猪山を睨んだ時だった。

(え……何この目…)

 誰にでも優しい志々伎くんが、見た事もない冷たい目でわたしを見ていた。
 そこで気付いた。思い知らされた。

(あ。これ、冬華を助けたとしても手遅れだ)

 きっと覆りようのない悪印象だと何故か確信した。
 そこから色々と考えが広がると、そもそも自作自演に隠された悪意や野望が志々伎くんにバレない保証なんてない。むしろ、彼の優秀さを考えればバレる可能性の方が高い。

 わたしはバカだ。
 まんまと猪山に乗せられた。いや……気付かずに沈む泥舟に意気揚々と乗ってしまった。

 そして後悔に沈む中、切り替える間もなく事態は進む。
 大上と志々伎くんが球技大会で猪山を倒し、しかもバカが調子に乗ったせいで自作自演を最悪のタイミングで公開する事になった。
 しかも追い詰められて余裕がない猪山は、なんと「助けるつもりの自作自演だった」とすら言わずに「わたしに唆された」と発言しやがった。

(今からでもホントの事を言わなきゃ)

 そうは思っても、もはや空気は完全に『猪山とわたしが諸悪の根源』で固まってしまった。
 もはや何を言っても無駄なんだとわたしの経験や勘が言っていた。

 終わった。何もかも。

 これ以上ない最悪の事態。
 後悔も自己嫌悪も悲しさも容赦なくわたしの心を苛む。

 そこでふと、意識したつもりもないのに、わたしは冬華を見た。

(……何で?)

 その表情は、気のせいじゃなかったら心配そうにしていた。
 こんな心境だから見えた都合の良い妄想かも知れない。けど、思考を停止させかけていたわたしは絶対にやらなくちゃいけない事を見つけた。

(……冬華に、素直に謝ろう)

 許してもらうつもりはない。単なる自己満足で、自分の為だけの醜い行動。
 そう分かっていても、自分の中で区切りをつけるために。そして多分、許す許さないとは別の意味で、話す機会は冬華にも必要だと思ったから。

 今すぐに学校から逃げ出して家に帰りたい。休憩時間の度に本当に帰ろうかと思った。
 けど今日謝らないと、きっとずっとムリだと思って耐えた。耐えて耐えて、放課後になっても冬華に集まる人達から冷たい目で見られても耐えて。
 そしてやっと冬華が解放されて帰ろうとして、慌てて着いて行った。

 でも切り出すタイミングが分からず、ストーカーみたいな真似をする羽目になった。
 情けなさが倍増するけど、ここに来てびびっちゃって一歩が踏み出せない。

それが後悔とバカさが連なるわたしの、最後の後悔とバカだった。

 だってわたしが早く決断しなかったせいで、目の前で冬華がいかにもチャラそうな男達に囲まれ、あっという間に連れ去られてしまったんだから。

「待って!」

 勇気だの情けないだの言ってる場合じゃなくなってはじめてわたしは飛び出した。
 その声に男達はギョッとした顔をするも、止まる事なく逃げるように走り去っていく。必死に追いかけて、コケて手をついても止まらず、髪がぐちゃぐちゃになっても走った。
 それでも追いつけなくなりそうな時に、やっと男達は止まった。というより、いかにも怪しげな廃墟に入っていった。
 疲労や恐怖でガクガク震える脚を引っ叩き、歩き出す。すると、それを分かっていたかのように猪山が廃墟から出てきた。

「よぉ根津……」
「あ、あんた、何して、んの」

 荒い呼吸でなんとか問いただすも、昏い表情で笑う猪山が気持ち悪くて仕方なくて、逃げ出したくなる。
 そんなわたしの内心を見抜いてかは分からないけど、猪山は更にキモくて怖い笑顔になってブツブツと呟く。

「こうなったら、無理矢理俺のモンにするしかねぇ……邪魔するならお前も一緒にヤっちまうからな……」

 その言葉のせいで、考えないようにして必死に蓋をしていた最悪の想定が脳裏を否応なく過ぎった。
 しかも、これ以上はわたしも危ない。そう気付いたら、疲労や猪山の気持ち悪さで何度も止まろうとしては必死に動かしてきた足が……ついに止まってしまった。
 そのままその場で崩れ落ち、視界が滲む。喉がひくついて、言葉も出ない。自分が泣いていると気付いたのは、猪山が数秒わたしを見てから廃墟に戻った時だった。

 嗚咽が勝手に溢れて、止めようとしてもなかなか止まらない。涙は拭っても拭っても好き勝手に出てきて、もう目の周りが擦りすぎて痛い。
 
 なんでこうなっちゃったんだろう。

 涙と一緒に溢れてくる後悔が止まらない。
帰り道にもっと早く冬華に声をかけていれば。猪山が志々伎くんのチームに負けなければ。あの時大上がしゃしゃり出てこなければ。もっと早く自作自演を止めていれば。わたしが、こんな話に乗らなければ。

(…………冬華、たすけにいかなきゃ)

 湧き上がる後悔に混じり、すべき事が頭によぎる。でも、何度も引っ叩いて動かしてきた脚をまた叩いても、殴っても、脚は動こうとしてくれない。

 死にたい。消えたい。
 そんな現実逃避の、でも本気で浮かんだ考え。そしてそれと同時に襲う全てを放り出すような諦め。
 体中の力が抜け落ち、拭っていた手をだらりとおろした時だった。

「何してんだ、何かあったのか?」

 大上が現れた。
 下駄箱にゴミ突っ込まれたり誰にも話しかけてもらえなくて陰口叩かれても面倒くさそうにしてるだけの大上が、どこか必死そうに汗を顎から垂らして息を切らせていた。

 コイツがしゃしゃり出て、しかも猪山に勝たなければ、こんな事には。

 咄嗟に浮かんだ怒りは、間違いなく八つ当たりだった。でもそれを止める事なんて出来なくて、こちらに走ってくる大上を睨んで口を開く。

「お願いっ、ふっ、冬華がっ!」

 でも、口をついて出た言葉は違って。
 そこからも嗚咽も言葉も止まらずにワケ分かんない言葉ばっか言って。

 でも大上は冷静に聞いて、わたしに上着とスマホを渡して、迷いも躊躇も見せずに廃墟へと走っていった。
 無意識の内に電話を耳に当てて、電子音の後に相手――根古屋さんーーが出て何かを言ってくるのも無視しちゃって。
 目の前で大上が人生でも聞いた事がないような大きな音を立てて扉を蹴り壊すのを見てから、やっと言葉が出た。

「……廃墟って、壊したらどこに弁償するのかな?」

 はぁ?という言葉が電話越しに聞こえてから、ハッと我にかえったわたしは慌てて根古屋さんに事情を説明する。
 その時にひとつだけ根古屋さんから指示を受けて、震える手でそれをこなしながらただただ待った。

 それからそう時間を置くことなく、その場に根古屋さんと志々伎くんが駆けつけてきた。

 それから志々伎くんと根古屋さんは少し話し合っていた。頭が回らず上手く理解できなかったけど、多分わたしを連れていくかどうかだ。
 それが分かって「行きたい」と言うと、反対してたっぽい根古屋さんも頭をガシガシかいてーー綺麗なのに男前な動きするのねーー頷いた。

 そして根古屋さんに半分くらい引き摺られるように廃墟に向かう。もうすぐで壊れた扉から中が見える。
恐怖と心配が入り混じって鼓動が早くなった時に、志々伎くんがこんな時なのにいつもと変わらない笑みで何気なく言った。

「根津さんが、皆んなが見下してる秋斗の、本当の姿の一端が見れるよ」

 いやいやなんて場違いな言葉か。志々伎くんって頭良いと思ったけどそうでもないのか。
 ましてや何で少し楽しみな雰囲気出してやがるのか。志々伎くんじゃなけりゃぶん殴ってたぞ、命拾いしたな。

 なんて思ったのも束の間、扉から中を見て絶句した。

「何、これ」

 人、人、人。
 たくさんの男。冬華を拐った時は5人くらいだったからその程度を想像していたのに、目の前には1クラス分組めるんじゃないかってくらいの男がいた。

 そしてその男達が全員、例外なく倒れていた。
まるで毒ガスでも充満してるのかと思った。けど、廃墟の奥の方。ここからだと半分くらいしか見えない扉の向こうに1人の男子が立っていた事で、やっと毒ガスなんて非現実的な考えから戻ってこれた。

 人間、未知を前にすると目を逸らさずに凝視するんだと気付いた。きっとホラー映画とかで幽霊から目を逸らさない被害者はこんな気持ちなんだ。
 そんな場違いな考えを他所に、先導する志々伎くんに続く根古屋さんに引き摺られてーー2人とも容赦なく道中の男子を踏みながらーーその男子の方へと進む。

 そして開けっぱなしになった扉の奥。
 涙の跡が残る冬華と鼻血と涙を垂れ流す猪山からの視線を浴びて立つ、鬼みたいな顔をした大上が立っていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「あぁあああっ!しんどっ!」

 扉を蹴り壊して入ると、まぁよく集まったなと感心すべきかこんな狭いとこにギチギチとむさ苦しいとキレるべきか分からないくらいのヤロー共。
 全員が驚いたように俺を見てくるので、思わず「お邪魔しまーす」と返しておく。
疲れで息が切れるのに挨拶を欠かさない自分のマメさを自讃してると、一斉に襲いかかってきた。

 そしてその瞬間、入れ替わるように奥へ走る男が目についた。
 後ろ姿だけど、さすがに分かった。猪山だ。

「おい猪山!お前何してんだアホか!」
「う、うるせぇ!知るかぁ!てめぇのせいだ!もうどうにでもなれ!」

 疲れでやけっぱちに叫ぶと、振り返った猪山は昏い表情でもっとやけっぱちな叫びが返してきた。
 
「大体てめぇの方がアホだろ!のこのこ来やがって!」
「うるせぇバーカ!こんなとこに隠れてバカみたいな人数集めてる方がアホだバーカ!」
「アホかバカかどっちかにしろやぁ!まぁこんなに早く来るとは思わなかったけど遅かったな!宇佐をヤれるって言ったらこんなに集まった!」

 なんか叫んでるうちに余裕が出てきたのか、昏い表情から怒りで赤くさせた顔になる。まぁこうも仲間がいるから余裕なのかも知れないけど。

「てめぇがボコボコにされてる横で俺ぁ楽しんどくからよ!」

 そう言い残して扉の奥へと姿を消す猪山。
 話している間も絶え間なく襲いかかってくるヤロー共を黙らせているが、数が数だけあって追いかけられない。

「こいつ、よく見たら大上じゃねーか!」
「良い機会だ、今までの恨みを晴らしてやる!」

 何の恨みか分からんわ。心当たり多すぎて。
 とは言えあまりの物量に押し切れない。それどころか押し返されてるし、このままじゃマジでやられる。
 そんな時、部屋の奥からくぐもった悲鳴が聞こえてきた。多分、いや間違いなく宇佐の声だろう。

――その瞬間、フラッシュバックでもしたように昔の光景が浮かぶ。
 
「っ……!」

 息切れが止まる。音が止む。体が軽い。視野が狭まる。




 
 いつの間にか俺の周りに立ってるヤツはいなくて。俺は扉を蹴り飛ばして奥の部屋へと入っていた。

 そして衣服が乱れて泣いている宇佐と、抵抗されていたのか足跡まみれで宇佐に掴み掛かろうとしている猪山が居て。

――キャアッ!やめて!やめてよ!

 脳裏の光景がより鮮明に蘇り、考えるよりも早く猪山の顔に拳を叩き込んでいた。

「がっ?!…………な、え……?」
「お………大上、さん?」

 鼻血を垂らして、条件反射なのか涙まで流し始める猪山。
 何が起きたか分からない、というよりは俺が大上か確信出来ないみたいな顔の宇佐。

――な、何してるんだよ!女は守るもんだって言ってたろ?!
――ちっ、うるせぇんだよ!

 ダメだ。まだ猪山は動ける。まだ守れてない。

 猪山へと足を進めると、今度こそ本当の意味で泣き出したのか、悲鳴に嗚咽が混じり出したような声をあげて縮こまる。

 演技かも知れない。そうでなくても、またすぐ同じ事をする。信じても無駄なら、確信出来るまで俺が動くしかない。

 いつの誰に向かって考えているか曖昧な気がするが、どちらにせよやる事は変わらない。
 何やらぬるりとベタつく手を握りしめて拳を作り、振り上げようとした時だった。

「よぉー秋斗ぉ。久しぶりに暴れた気分はどーだぁ?」

 突如後ろからガバッと肩に手を回されて、耳元で聞き慣れた声がした。
 顔を横に向けると、黙ってりゃクールな美人の顔で悪戯小僧みたいに笑ってる女子が目の前にいた。

「……夏希?」
「はぁ?何で疑問系?どう見てもあたしでしょ」

 思わず呟くと、夏希が不服そうに空いてる手で俺の頬を突く。
 そして夏希の反対側から、俺の拳ーーまだ握りしめてたらしいーーに手を置き、優しげな口調で呟く声。

「もう落ち着いても大丈夫だよ。だって、もう守れてるじゃないか」

 俺の逆立った感情を、根っこから宥めるような言葉。耳を通さず直接心に届くような声音の主は、言うまでもなく春人だ。
 見やると、声音に負けない優しげな微笑みを見せていてーー一拍の後、ニヤリと笑った。

「それとも、こんなマジモードのままでいるかい?後で悶えても知らないよ?あ、なんなら振り返りやすいようにムービーでも撮ろうか。紅葉さんも呼んで鑑賞しようよ」
「はぁ?ちょ、おま」
「おー、春人グッドアイデアじゃん!よし、撮影はあたしに任せとけ!」
「だから待てって、ってマジで撮ってる!?やめ、やめてお願いぃ!」

 腹立つニヤケ面に囲まれてるのに、あまりに不利な状況すぎて白旗を力いっぱい振るしか出来ない。悔しいよぉ。

「冬華ぁっ!」
「……愛…」

 ふと聞こえてきた声に振り向くと、根津が宇佐に倒れ掛かるように抱きついて大泣きしており、宇佐が優しげな雰囲気――顔はやはりいつもの無表情――で根津を受け止めて頭を撫でていた。
 それは微笑ましく。シリアスながらも優しく、そしてーー俺達みたいに茶化してるのが逆に恥ずかしくなる光景だった。

「「「……………」」」

 同じ事を2人も思ったのか、なんとも言えない表情で口を閉じる俺達。
 2人とも珍しくちょっと顔が赤いが、それをからかう気になれないどころか、多分俺も同じような顔になってる。

 凄まじく気まずい。気まずいが、何故か一周して笑えてきた。堪えていたが、数秒で我慢出来ずに吹き出す。
 2人は「なんだこいつ」みたいな顔で俺を見て、こいつらも数秒でつられたのか笑い出した。

「ってこいつの事忘れてたな」

 意味も分からず笑ってたが、こそこそと這って逃げようとする猪山が視界の端に映った途端に俺達3人は真顔に戻って立ち塞がる。
 俺と夏希でしゃがみ込んで覗き込むように睨み、真ん中で春人が見下すように立っていると、猪山が声にならない悲鳴を上げた。
 その声に反応したらしく、宇佐と根津もこちらを見て、そして猪山を睨みつけた。

「さーて、どーするよ?とりあえずもいどく?」
「何をだよ。いや分かるけど辞めろ。もいだ後どうするんだよ、捨て方分からねぇよ」
「燃えるゴミで良いんじゃないかな?生ゴミの一種だよ」

 処分を相談し合う俺達を前に、猪山の顔色はどんどん悪くなる。そっと下腹部に手を添えたのは最後の抵抗だろうか。
 
「んなもん、俺らが決めなくてもちょうど良いのがそこに居るだろ」
「そうだね。僕もそれが良いと思うよ」
「んー、あたしとしてはもいでから渡そうと思ったんだけどなぁ……まぁいいか。ねぇ宇佐さーん、どーする?」

 ぼそりと男からすれば背筋が凍るような呟きから、にこやかに笑って宇佐へと話しかける夏希。その切り替えをしっかりと見ていた宇佐と根津はビクッと震えてから2人で顔を見合わせた。

「……とりあえず、警察に連絡しようかと思います」

 宇佐が答えて、根津は黙り込む。
 いまだに抱き合う2人を眺めてから、春人と夏希に視線をやる。

「………」

 夏希は宇佐に「そっか」とだけ言って口を閉じ、春人は俺の視線に気付いて目を合わせるも黙ったまま。
 言う気はない、か。まぁ後から来た2人に言わせるのも確かにダメだわな。

「……なぁ宇佐。猪山を警察に突き出すのは良いとして、そいつはどうすんの?」

 そう言い、俺は宇佐の横、根津を指差す。
 根津は目を伏せ、宇佐はーー首を傾げてみせた。

「? どうするとは?普通に家に帰ってもらって、また明日学校で会いますけど」
「いやその反応はおかしいだろ……」

 きょとんとした宇佐に呆れてしまう。ちなみに夏希と春人は苦笑いを浮かべ、根津は訳が分からなそうに目をは瞬いている。

「そうですね、助けてもらったのに説明が適当はダメですよね。失礼しました……でも、別に難しい話じゃないんですよ」

 宇佐は切り替えるように少し佇まいを正して、俺を真っ直ぐに見据えて、ゆっくりと口を開く。

「私と愛は、単にケンカをしてただけです。友達付き合いにケンカはつきものですよね?そして今、仲直りできました。それだけです」

 そう言い切った。
 負の感情も誇大した様子も見せず、ただ事実を述べるだけとばかりに、あっさりと。

 ……圧倒された、と言えば良いのか。
 いつもなら勝手に出てきそうな反論の言葉が頭に浮かびすらしない。ただ目を丸くして宇佐を見て、ふと春人や夏希までもが同じ表情をしている事に気付いた。

「……っ、ぅっ」

 根津が堪えきれずに泣き始めるまで、おそらく数秒。
 その小さな嗚咽に、やっと我に返れた。だが、それでも文句を言う気どころか「それでいいのか」という確認すらする気になれない。

「……ま、好きにしろ」

 絞り出せたのは、こんな言葉だけだった。春人も夏希も異存はないらしく、肩をすくめて何も言わない。
 
――血が繋がってようと、信じられなきゃ敵と変わらねぇよ

 思い出したくもない言葉が不意に過ぎる。
 『もしも』なんてあり得ない妄想なのは分かってるが、それでもあの時、俺がこんな強さを持っていれば、今は違っていたのだろうか。

(……なんてな。らしくもないし下らない)

 浮かんでは纏わりつこうとする思考を振り払う。
 終わったのだ。昔の事はもちろん、宇佐のイジメの問題もたった今完全に。

 疲れたし帰って寝よう。そんで明日からはいつも通り。
 だから夏希さんに春人さんや、そんな顔で見るな。心配いらねぇから。

「よし、警察んとこ寄って帰るか」

 切り替えるように笑ってみせ、立ち上がる。
 途中でヤロー共が織りなす絨毯に、宇佐が「ひぇっ」とか言ったり根津は「また踏むの……?」とか躊躇ったりしたりしつつ、猪山を引き摺って外へ出た。

 すっかり日が沈んだ空を見上げると、ふと袖を引かれた。
見れば、たまに見せる笑顔とは違い、穏やかながらも照れ臭そうに微笑む宇佐が目を細めて言う。

「言い忘れてましたけど……大上さん、助けてくれてありがとうございました」
「……おー、気にすんな」

改めて言われるとどうにも気恥ずかしくなり雑に返すと、宇佐は笑みを深めた。

その笑顔を見てーーやっと、宇佐への『恩返し』も終わった気がした。


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