学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら

みどりぃ

19 静かな決着

 先攻は志々伎くんのチーム。
田中くんの下手打ちでサーブを確実に相手コートに放ると、猪山くんのチームメンバーがそれを淀みなく繋いでいく。
 そして猪山くんがそれに合わせて跳躍。

――ズバンッ!

 鋭く大きな打撃音が響き、それと共にボールがコートに突き刺さる。
 
 一拍遅れて体育館から湧き上がる歓声。
 全国区である猪山くんのスパイクは、それだけの目を引くだけの力強さがあった。
 しかも決勝戦、そして賭けもある勝負だけあってか、準決勝までのそれよりもギアが一段増しているようにすら感じる。

 その次に猪山くんのチームによるサーブ。
バレー部の1人、石田くんのジャンピングサーブは比べるのはおかしいと分かっていても、田中くんのそれとはやはり桁違いに速い。
 どうにか河合くんがそれをレシーブするものの、勢いに負けてボールが大きく後方に吹き飛んでしまい、そのまま得点となってしまう。

「ま、まずくないですか?連続で失点してますよ」
「んー?そうだなぁ、あたしが思ったより猪山と石田ができるみたいだな」
「ちょ、そんな呑気な!」

 珍しく慌てている宇佐さんだが、正直言って私も同じ意見だ。
 あれだけ自信満々だった根古屋さんが苦笑いを浮かべているのを見ると、どうしようもない不安と焦燥感が湧き上がってきてしまう。
 
「んー……確かにこのままじゃやばいだろーなぁ」
「なっ……!そ、そんなっ」
「まーまー落ち着けって。ここで何言っても結果はコートのやつら次第なんだしよ」
「分かってますけどっ……!」

 分かっているけど、感情が追いつかない。きっと、彼女の無言の言葉はそう続いたのだろう。
だって、私もそうだもの。

 再び武田くんのサーブ。それを、神崎くんが先程の河合くんと同じく後方に弾いてしまう。

 連続得点に盛り上がる体育館からは、もうこのまま一方的に終わるんじゃないかと言う声さえ聞こえてくる。
 すでに何も出来ないまま3連続失点しており、その勢いも止まらない。確かに、志々伎くんのチームはいわゆる負けムードというもの。

「けどまぁ、それでも大丈夫だろ。だってさぁーー」

 そんな中でポツリと聞こえてきた言葉は、根古屋さんのもの。
 それを聞き逃さなかった私と宇佐さんの視線の先で、また石田くんのサーブ。

 だんだんと調子が乗ってきたのか、更に速度を増しているように見えるボールはーーその速度にしては小さな音をもって進行方向を変えた。

 トン、と軽く浮かされたボールを、一瞬呆けていた河合くんが慌ててトスで繋ぐ。それはピタリとネット近くに寄り、それを志々伎くんのスパイク。
 それは運動部の子によるブロックをすり抜けて、コートへと強かに突き刺さった。

『――秋斗も動くだろうし』

 根古屋さんの言葉はそう続いていた。
そしてその通り、強烈なサーブを受け止めたのは大上くんだ。
 
 急激に動きが変わって驚いてしまい言葉が出ない私を尻目に、試合は進んでいく。

「まぐれだ、調子に乗んなよクズが」
「そうだな、まぐれがこんだけ続くあたり俺は今日ツイてるわ」

 猪山くんの挑発――単なる嘲りではない事を担任として祈るーーを軽く受け流しつつ、次の猪山くんチームのサーブが始まる。
 猪山くんの指示か、そのサーブは一直線に大上くんへと突き進む。

「っしょ」

 先程の武田くんのサーブよりも遅いボールを、しかしどこか受けにくそうに大上くんがレシーブする。
 失敗したのか、受けたボールは上方向ではなく斜め前――つまり相手コートへと飛ぶ。

「はっは!下手くそが!やっぱまぐれだったなぁ、また打ち返してや……」

 猪山くんの戦略的挑発――きっとそうだと思う。というか思いたいーーが、途中で止まる。

「ナイスパスだよ秋斗!」
「呼び捨てにすんな志々伎くんよぉ!」

 ミスだと思われたボールを待ち構えていたかのように、すでに上空に跳び上がっていたのは志々伎くんだ。そのまま一切の停滞もなくボールを打ち抜く。
 まるでレシーブしたボールが角度を変えて急加速した。そう言うしかない弾道で停滞なく志々伎くんがボールを撃ち抜いた。

「す、すごーいっ!」
「さすが志々伎く〜ん!かっこいーっ!」
「いや、今の志々伎が跳んでからレシーブしてたよな?つまりあれって大上が…」

 周りの生徒達からも色々な声が上がる。
 多くの声は志々伎くんへの黄色い声だが、少なからず大上くんを評価する声もあった。

 こうして大上くんが止めて、志々伎くんが決める。
他のメンバーがこぼすこともあったり、猪山くんと武田くんの2枚ブロックによって志々伎くんのスパイクが決まらない場面もあったが、点差は覆らずともどうにか食らいついている。

 そして、ローテーションにより志々伎くんが後衛に、そして大上くんが前衛となる。

 得意の得点パターンが崩れてしまうフォーメーション。
 猪山くんのチームもそれを理解しており、少し安心したような様子が見てとれる。
 確かにこれでは、例え志々伎くんがいかにレシーブを成功させても点をとれる者がいないのだから。

 しかし、それは懸念だった事をすぐに思い知らされる。

「あぅっ!……志々伎くん、お願い!」

 河合くんがかろうじてレシーブを成功するも、ボールはコートのやや外側に飛んでいく。

「任せて」

 声よりも早く駆け出していた志々伎くんが素早く回り込む。
 彼はチラとコート内側に視線を送ってから、大きく跳び上がりーー思い切りスパイクを打った。

「はっ!そんなとこから打って入れてやると思ってんのかよ!」

 先程まではネット際でスパイクを何度も決めた志々伎くんのそれも、さすがにコート外側から成功させてくれる程甘くなかった。
 志々伎くんの打球をブロックしようと飛び上がる。

 かなり遠くからのスパイクにも関わらずコースが正確なのは流石の一言だが、しかしあっさりと猪山くんはそれを捉えようとしてーー

「頼んだよ秋斗!」
「今日ちょっと慣れ慣れしくないですか志々伎くぅん!」

 いつの間にか大上くんが打球の直線上で跳躍していた。

「なぁっ?!」
「ほっ」

 意表を突かれたといった猪山くんを尻目に、大上くんは打球を横から軽く叩いた。
 それだけで鋭い打球は威力そのままに角度を変えて、コートへと突き刺さった。

「……す、すごい」

 どこからか、そんな声が聞こえてきた。
 そしてその一拍後、体育館に歓声が上がる。

「やべぇー!なんだ今の?!」
「ボールが曲がったぞ!つーか志々伎のやつ、あそこからあんな正確に打つとかバケモノかよ!」
「きゃー!志々伎くーん!」

 盛り上がる熱が渦巻く中、試合は続いていく。
 
 やはり得点力は志々伎くんが後方に下がった事で低下しており、大上くんをはじめとした前線では高いブロックの壁の前にボールは自陣へと落とされていく。
 大上くんはここにきてもフェイントしか打たないのも大きな理由ね。

 大上くんと志々伎くんの絶妙なコンビネーションによるプレイで流れが変わったかに見えたが、やはり猪山くんを筆頭としたチームは強い。
 じわじわと点差は広がっていき、このままジリ貧で敗北する未来が脳裏に浮かぶ。

「いやぁ、全国クラスの実力ってのは伊達じゃねーなぁ」

 そんな時に呑気な口調で呟いた根古屋さんの方を見てしまう。
 この展開について、いえ、何か打開策を用意してないのか、勝てるのかを聞きたかった。

「…………!」

 しかし、喉元まで出かけた言葉は、彼女の顔を見て躊躇われた。
というより、話しかけるのが怖かったというべきか。

 コートを見ながらどこか猛獣を思わせる嗜虐的な笑みを浮かべている根古屋さん。
そんな彼女から聞かされる内容を、無意識のうちにに教師として聞くべきではないと思ってしまったかも知れない。

 そのまま彼女から逃げるようにコートに視線を戻してしまう。
 その先で、一瞬。
 大上くんもまた、根古屋さんに負けない獰猛な笑みを浮かべた。

「……ハッ」

 軽く吹き出したような笑いが根古屋さんから聞こえると同時に、猪山くんチームのサーブ。
運動部とはいえバレー部ではない生徒のサーブであり、打球の鋭さは先程よりも一段階劣る。
それを赤嶺くんがどうにかレシーブして浮かし、そのボールを志々伎くんがトス。

「え……」

 小さく漏れた声は、宇佐さんからだったか。もしかしたら私だったのかも知れない。

 他の生徒も似たようなものらしく、歓声が飛び交う体育館にほんの小さな静寂が訪れた。
 何故なら、志々伎くんがのトスが異常なまでに高かったから。
 今までの流れを断ち切るかのような空白の時間が、その静寂を生んだのかも知れない。

 そんな喧騒の隙間に生まれた静けさの中、ボールの着地点付近で大上くんが跳躍した。

 それに続き、ブロックしようと前衛の猪山くんが大上くんにつられるように跳ぶ。

 なお喧騒が戻らない無音の空間で、2人の男子の跳躍。
 だが、ほんの数瞬の後、またどこからか「え?」という声が響いた。

 先に跳んだ大上くんは、一瞬遅れで飛んだ猪山くんよりも先に最高到達点へと至り、先に重力に引かれて落ちていくーーことなく、尚も上へと跳んでいるのだから。
 まるで跳躍ではなく飛翔と間違いそうなそれは、ついに猪山くんとは頭ひとつ離れた位置で止まり、

――ドパァアンッ!

 ボールが破裂したかと思うような音とともに、ボールを振り抜いた。

「ぐァあっ?!」

 次いで聞こえるのは猪山くんの声。
 勢いよくブロックを弾いたボールは、そのままコートを荒々しく叩いて勢いのまま壁の方まで強かに飛んでいく。

 ……凄まじいプレー、だったはず。

 自信を持って言い切れないのは、そんなプレーにも関わらず、痛いほどの静寂が体育館を包んでいるから。

「こっから逆転だ」

 そんな中で、根古屋さんの声はよく聞こえた。
 それと同時に、猪山くんの呻き声が遠くから聞こえてくる。

「お、おい猪山、大丈夫かっ!?」
「う、うるせぇ!大丈夫だこんくらい!」

 石田くんが慌てたように駆け寄る先で、猪山くんは手を抑えて蹲っていた。

 それでも石田くんの静止を振り切って試合を続ける猪山くん。
けれど、先程のスパイクが狼煙だったと言わんばかりに、スパイクを解放した大上くんと、志々伎くんの容赦のない攻撃に耐えられず、段々と点差が埋まっていく。

 猪山くんの攻撃が明細を精彩を欠いた事も原因でしょうね。恐らく、先程のブロックで手が痺れている……悪ければ怪我をしているかも知れない。

 しかし、それにしてもーー

「大上くん、全然球技出来てるわね……」
「ですね……さっきからスパイクほとんど得点になってます」

 急激な追い上げの一番の理由と言えるであろう、大上くんの得点力。
 高い位置から放たれる打球は、志々伎くんと違ってブロックの隙間を縫うような精度はないものの、強引にブロックを吹き飛ばす威力がある。

「その理由は2つだな」

 根古屋さんは、私と宇佐さんが視線を向けても楽しげにコートに視線を向けており、指を一本立てて言葉を続ける。

「1つは、そもそも秋斗は別に球技はヘタってワケじゃない」

 え?という疑問符に根古屋さんはいつもの間延びした口調とは違って淡々と説明をしていく。

「しいて言うなら、『苦手』の前に、『あたしら3人の中で』とか『秋斗の身体能力の割に』とかの注釈を入れれば間違ってはないな」
「なるほど……」

 一年生の頃から全女子生徒で一番運動が出来ると体育教師が言う根古屋さんと、志々伎さんが比較対象……それはあまり参考にならないわね。
 それにしてもそこでその2人の名前が出るあたり、やはり志々伎くんと大上くんは友人のようね。

「それに、秋斗は身体能力に全振りしてるからな。その分、他のヤツだと合わないんだよ」
「? 合わないとはどういう意味ですか?」
「春人のやつのトス、高かったろ?普通のトスじゃ秋斗には低いんだよ。だから噛み合わない」

 およそこれくらいだと常識で判断して連携をとろうとしても、身体能力が仇になって上手くいかないという事ね。つまりーー

「だから1つ目の理由は……簡単に言えばあの2人が組んだから、かな」

 ――志々伎くんなら大上くんのポテンシャルを十分に引き出せるという事、ね。

「2つ目は、まぁ作戦によるもんだ」
「作戦……ですか?大上さんがずっとスパイクフェイントばかりだったのも?」
「そ。一発目のスパイクで相手に印象付ける為にタイミングを見計らってたんだよ」

 楽しげに見ている根古屋さんは、微かにその笑顔に獰猛さを滲ませて続ける。

「スパイクフェイントしか打たない相手に力を入れてブロックなんかしない。その油断をついて、エースの猪山を吹き飛ばした。あわよくば怪我のひとつでもさせる勢いでな」

 実際に空中で姿勢を崩して尻餅をつき、手を痺れさせて呻き声を上げた猪山くんを思い出す。確かにこれ以上ないインパクトがあった。

「結果、エースが負けて怪我をしかけた……そうなると他のメンバーはどう思う?全員部活生なのに、球技大会で怪我をする可能性を前に積極的にブロックをしたいと思うか?」

 すでに決勝まで勝ち進み、内申点としては申し分ない。そんな中で自分が所属する部活動よりも球技大会を優先する訳がない。
 ましてや、目の前で本職のバレー部エースが吹き飛ばされたのだ。ブロックから逃げる理由には十分すぎた。

「なるほど……悪どいですね」
「くくっ、それが春人と秋斗の違いだな」

 志々伎くんは真向勝負で勝ち続けてきた。対して、大上くんは作戦を用いて、相手の心理を利用して勝とうとしている。

「そうなんですね。あまり大上さんって勝負とかに執着するイメージがないですけど」
「んー、そうでもないけど……まぁ執着心とかはあんまないかもな。ただ、今回はかなり気合い入ってたはずだぞ?」
「え、そうなんですか?」

 気合いという、大上くんからイメージしにくい単語に食いつく宇佐さんと同じく、つい私も根古屋さんに視線を向けた。
 すると、もともと見ていたらしく根古屋さんと目が合い、ニヤリと笑われる。

「なんたって大好きな先生の為だからなぁ」
「「は?」」

 何故か宇佐さんと言葉が被った。それはさておき今の言葉を追求しようとするも、根古屋さんはフイと顔をコートに戻して呑気に口を開く。

「おっ、追いついたな」

 その言葉に、つい視線を戻すと、表示された点数が同じになっていた。ついに同点に並んだのね。

(あんなに不利な相手で、不利な状況から……し、しかも、それが私の為?)

 自分の思考な何故か顔が熱くなりそうになり、誤魔化すように周囲を見渡す。

そこには逆転劇を前にして盛り上がるーー事はなく。生徒の半分は驚愕に固まり、もう半分はーー大上くんの退学が叶いそうにないーー落胆の表情を浮かべていた。
 そして屯田先生は、愕然とした表情で固まっており、他の先生方も似たような状態。
残るコートの中の選手は苦悶や真剣さの表情を見せている。

「はっ。あの2人が組んで負けたところ、いまだに見た事ないんだよなぁ」

 そんなどこか重苦しい雰囲気の体育館で、たった3人。
 大上くん、志々伎くん、根古屋さんだけは、笑っていた。
 
誰一人として途中で帰った訳でもないのに、歓声は途絶えたまま。
ついに志々伎くんの最後のスパイクが決まり、逆転勝利が決定した。

その最後まで、観客と化した生徒達は静寂の中のまま終わった。



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