学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら
18 不安と解説
――私の心配と不安は杞憂だったらしい。
自信満々な笑みを浮かべていた根古屋さんは、どうやら正しかったようね。
それを証明するように、次の試合も、その次の試合も大上くんのチームは問題なく勝ち上がっていったわ。
彼らの基本のスタイルは全く変わらない。
全員で拾ったボールを志々伎くんに集めて、点を獲る。志々伎くんが後衛についてもバックアタックをする場面があったほど。
志々伎くんが後衛の時には大上くんにもボールが集まる事もあったけれど、彼はスパイクフェイントーースパイクをすると見せかけて軽くボールをブロックの向こうに浮かせて入れてばかりいた。
最初はそれで決まったりもしていたが、結局最後まで一度もスパイクを打たなかったので相手も察したらしく、すぐに拾われるようになっていたけれど。
(もちろん他のメンバーもスパイクを決めたりと攻撃に参加しているものの、主砲は完全に志々伎くんね……ほぼミスがないのだから流石の一言だわ)
それでも目を引いたのは志々伎くんだけではない。
文化系のメンバーだった河合くん達の防御が思った以上に強固だった。運動部の強烈なスパイクを怯まずにレシーブで受け止める姿は素直に驚いたものだわ。
この日に向けて練習したのだろうと分かるわね。
学校一の嫌われ者や、完璧故に影を生む天才と同じチームでありながら、プレーの後に笑顔を見せてハイタッチしたりと、良いチームにしか見えない。
担任として素直に嬉しい光景ね。柄にもなく少し目頭が熱くなっちゃったもの。
球技大会は中間試験の前という生徒からすれば辛い時期に行われる。だから、大会に熱意のある生徒は少ないの現状なのよね。
それにも関わらずこうして彼らが頑張っている姿は教師として素直に嬉しく思える。
「おっ、センセーまだ居たー」
「根古屋さん、先生には敬語を使ってください」
「その内な。なーセンセー、別にいいだろー?」
バスケの試合に行っていた根古屋さんと、一緒についてきたらしい宇佐さんが話しかけてきた。
それに伴い、随分と視線が集まるのを感じる。
……本当に目立つ子達なのね。確かに多感な時期の高校生に、この容姿の2人を見るなというのは難しいのかも知れないけれど。
「宇佐さん、根古屋さんの敬語は今後に期待するわ。だから今は気にしなくていいわよ」
「ほれ見ろー」
「せめて反省くらいしたらどうですか」
こうして仲良さげに話す2人は微笑ましく、多くの話題が付き纏う彼女達もこうしているとただの生徒だと思い知らされる気分になる。
いえ、実際にただの生徒には違いないのよね。ただ周りが騒いでいるだけでーー
「……あなた達も、普通の生徒なのよね」
「え?」
「ん?」
「あ」
どうやら口が滑ったらしい。なんて失礼な事を言ってしまったの私は。
「あ、えっと、」
「そりゃそーでしょ。こんな普通な生徒捕まえて何言ってんのセンセー」
「根古屋さんは言うほど普通ではないような……」
謝ろうとするが、それより先に根古屋さんの軽口が飛ぶ。軽口だと分かるように少しおどけた態度が『気にしてないから謝罪なんかいらない』という意味だと不思議と分かった。
「……ふふ、優しいわね根古屋さん」
「だからー、普通でしょ」
「どうかしら。そのどこか不器用なところ、大上くんに似てるわよ。あなたは大上くんが普通だと思うかしら?」
呆れたような口調まで似ており、つい大上くんと話すような気軽さから揶揄うような口調になってしまう。
根古屋さんは言葉に詰まったように口をつむぎーーそれからニヤリと笑って口を開く。
「そー言うセンセーだって意外だったぜ。才色兼備の冷徹美人教師もそんな軽口言うんだなー?」
「………?」
「っておいおい、自覚なしなの?人の事言えねーなぁ、センセーも秋斗に似てるとこあるじゃんか」
意外そうな根古屋さんに、しかし訳が分からず首を傾げる事しか出来ない。
「あの、高山先生。先生はこの学校の教師の中でとても優秀で……でも、その、少し冷たい態度が怖がられている、学校一の美人で怖い教師と言われているのは知っていますか?」
「………え?」
知ってません。
褒められたようで貶された気がする言葉に、つい言葉を失う。
「確かに優秀だよなぁ。授業は分かりやすいし、説明は分かりやすいし、面倒見も良ければ仕事も早い。おかげでうちの学校の国語の成績は全教科で一番平均点高いしなー」
「そうみたいですね。別にテストの難易度が低い訳ではないんですけどね」
「……私、そんなに怖がられてるのね…」
「あ、復活した。てか気になるのそこなんだ」
いえ、知らない訳ではなかったのだけれど、まさか学校一とまで言われているなんて。
普通そこは生徒指導室の教師ではないのかしら。剣道部顧問で筋骨隆々の武藤先生よりも怖がられているという事……?さすがに少しヘコむわ。
「そんな落ち込むなってセンセー。一部のやつらが言ってるだけで、頼り甲斐があるセンセーだって言ってるやつも沢山いるからさー」
「そ、そうですよ!それに男子からも大人気です!」
おざなりと懸命。そんな2人の対照的な態度のフォローにハッとする。
生徒に励まさせるなんて情けないわね、しっかりしなさい私。
切り替える私を見抜いたように、根古屋さんは視線をコートに戻して話を変えるように切り出してくれる。
「んで、これに勝てば決勝戦だな」
「そこまで勝ち進んだんですね。さすがは志々伎さん、と言えば良いんでしょうか」
「まぁ、それは間違いじゃないだろーけど。ただ他のやつらも頑張ってる」
「そうね。神崎くんや赤嶺くんはレシーブがとても上手だし、河合くんや田中くんのトスも素晴らしいわ」
根古屋さんのフォローをするように告げると、2人の視線が集まる。
「……高山先生、よく見ていらっしゃいますね」
「教師だもの。生徒の頑張りはちゃんと見たいわよ」
「センセーは真面目だねぇ。ただ、宇佐さんが言ってるのは多分違うっすよ」
「え?」
根古屋さんの言葉で宇佐さんに視線を向けると、彼女は頷きながら言う。
「ええ、高山先生はいつから見ていたのかな、と思いまして」
「ずぅーっとここで見てたよ。ま、秋斗の事がよっぽど気になるんだろ」
「は、はぁっ?!」
「「え?」」
つい声を荒げてしまった私に、2人は揃って目を丸くしていた。
それを見て、私も急いで平静を取り戻す。
「そ、そうね。退学がかかっている生徒がいるんだもの。当然でしょう」
「……そうですね。それより、さっきの慌てぶりは一体どうしたんですか?」
「それについては失礼したわね。でも気にしなくていいわ」
「いえ、なんとなく気になります。教えて下さい、先生」
「な、なんでそんなに?!良いから試合を見ましょう」
「少しくらい大丈夫です。それに見ながらでも構いません」
「い、いえ、ちゃんと集中して見て……というより宇佐さん、なんだか圧を感じるのだけれど」
一歩近寄って至近距離からこちらを見る宇佐さんの視線に妙な力を感じてつい後退りそうになる。
……いえ、私だって何故あんな声が出たか分からないのよ。それに、それを深く考えるのも何故か避けてしまっているというか……
そんなことを脳裏で考える私の思考を読んだのか、さらに宇佐さんが詰め寄ってきた気がした。
それを横に立つ根古屋さんは楽しげにニヤニヤしている。
「う……ち、ちょっと根古屋さん、助けてくれないかしら……?」
「えー、あたしとしては面白いからもっと見たいんすけど」
楽しげな彼女は、しかし言葉とは裏腹に宇佐さんを落ち着かせるように肩に手を置いた。
そしてそのまま耳元に口を寄せてぼそりと言う。
「……んで、宇佐さんはなんでそんなに気になるのかなー?もしかしてぇ、なんか甘酸っぱい理由とかぁ?」
「は?何を言ってるんですか?そんなワケないじゃないですか」
根古屋さんの言葉は小声で聞こえなかったけれど、効果はあった。
宇佐さんは毅然とした口調でそれを拒否して、私からスッと離れる。
「ふーん?まぁ宇佐さんがそーゆーなら別に良いけどぉ?」
「そうです。そしてこの話は終わりです。根古屋さんも試合をちゃんと見てください」
「さっき話しながらでも良いって言ったの宇佐さんだけど?」
「さっきはさっき、今は今です。ほら、大上くんも少しは仕事をしているようですよ、見事なスパイクフェイントです」
「誤魔化し方強引だなー。てかあいつそれしかしてねーから」
逃すまいとニヤニヤして詰め寄る根古屋さんを強引に受け流しながらコートを頑なに見る宇佐さん。
それは彼女達の秘密事なのだろうか。正直聞いててもあまり意味は分からなかったが、なんとなく二人の雰囲気が微笑ましく思える。
よく見ると宇佐さんの耳か少し赤くなっているのがまた可愛らしい。
「ふふ、そうね。根古屋さんも試合をちゃんと見てあげなさい?」
「へーい。どーせあいつらが勝つけどな」
不貞腐れたような言葉とは裏腹に、根古屋さんはこれ以上問い詰める気はなかったのだろう。人を食ったような笑みをあっさり収めてコートに視線を向ける。
「……そうなんですか?」
「ん?不安なのかぁ、心配なんだよなぁ宇佐さんは?」
「別に不安とか心配とかではないです。単なる事実確認です」
「くくっ。はいはい、わかったってば」
……隙あらば遊ぼうとするわね。
ムッとする宇佐さんを楽しそうに笑いながら見ている。
今度は粘る気はないようであっさりと視線をコートに移した。
「ま、春人はマジモンの怪物だからな。そこらへんの運動部の2、3人分の働きくらいはしてもおかしくはねぇよ」
「そ、それはいくらなんでも……ですが、バスケで大活躍した根古屋さんがそれ程褒めるくらいなら安心感はありますね」
「いや見りゃ誰でも分かるだろー?あいつの超人ぶりくらいさぁ」
「いくらなんでも限度があると思ってしまうじゃないですか」
そうね、例え志々伎くんでもいくらなんでも、という考えはある。
ただ、現状は根古屋さんの言う通り、その考えを良い意味で裏切られているのだけれど。
「まぁそりゃーな。ハイレベルのバレー部とかでこられたらキツいかもな」
「それでもキツいだけなんですね……って、それだと不味くないですか?これに勝っても、結局最後は猪山さんと、しかも他にもバレー部が1人いますよ。他も運動部ばかりですし」
ハッと気付いたように宇佐さんは言う。その意味は、私にも理解出来た。
宇佐さんと同じく、つい根古屋さんに視線を向けて言葉の続きを求めてしまう。
「ま、大丈夫だいじょーぶ」
それでも、根古屋さんの答えは変わらない。
「あんまり他のメンバーがやる気なかったり酷かったらヤバかっただろーけどな。でもほれ、すんごい頑張ってるみたいだし」
彼女の視線の先で、河合くんが必死に相手のスパイクをレシーブしていた。
大きく横に逸れたボールを、田中くんが歯を食いしばり走って追いかけ、どうにかトスを上げる。
そのボールはネット側どころか、ほとんど自陣コートの中心に向かってしまう。
けれど、それに構わず志々伎くんはタイミングを合わせて大きく跳躍して、スパイク。
脚にバネでも仕込んでいるのかという跳躍からの打球は、弾丸のように放たれてブロックを弾いてコートの外へと落ちた。
そして体育館中から黄色い声援が飛ぶ。
本当に人気のある男子だと思うけれど、確かにあれほどの活躍を見れば容姿関係なく目を引いてしまうのも仕方ないとも思うわね。
「ほれ、終わりだ」
あぁ、今の得点によって勝利したのね。いつの間にか終わってしまっていたわ。
……いよいよ次は決勝戦ね。疑っていた訳ではないけれど、まさか本当にここまで勝ち進むなんて。
「相手も良いスパイクとか打ってたけど、それをあんなちっこい男でも頑張って受けてんだ。かなりやる気もあるみてーだし、なんだかんだボールを繋いでるあたり練習もしたんだろーよ」
「そう、みたいですね。正直、球技大会に向けて練習する生徒がいるとは思いもしませんでしたけど」
宇佐さんの感想は同意するけど、教師としてはなんとなく『こんな時期に球技大会をすんじゃねぇよ』と言われている気がして、少し気まずいわね……
「まぁ河合あたりが言い出しっぺだろーなぁ」
「……あぁ、なるほど」
簡潔な説明に、しかしあっさり納得する宇佐さん。
河合くん、か。そういえば、彼にもかつて大上くんことを相談された事があったわね。
その恩返しにこうして練習までして頑張っている、という事かしら。
そう思い至りながら宇佐さんを見ると、表情があまり動かない印象の彼女が、小さな、しかしとても柔らかい笑顔を浮かべていた。
その視線の先は、河合くんか、それとも大上くんか。
「2人とも、嬉しそーだなぁ?」
「「え?」」
根古屋さんの声でハッとすると、彼女は楽しげに微笑みながらこちらを見ていた。
そしてすぐにその言葉の意味を理解する。
……どうやら、私も宇佐さんと似たような笑顔になっていたらしい。
「そ、そうね。生徒同士のーーいえ、男の子同士の助け合いと言うのかしらね。どちらにせよ、教師としては嬉しい話だわ」
「そ、そうですね。良いお話だと思いました」
「ふーん?」
揶揄うような表情をしつつも、問い詰めはしない。それがかえって気恥ずかしさを誘うのだけれど……それも計算通りだしたら根古屋さん、なかなか意地悪な性格みたいね。
それからあっさりと視線を動かす彼女につられて視線を追うと、コートに入る見慣れた学生達が居た。
球技大会最後の試合。
そのどちらのチームも2年2組。
つまり、猪山くんのチームも順調に決勝へと進んできていた。
過去を振り返っても珍しい事態だし、それを担任として嬉しく思うものの……今回ばかりは猪山くん達のチームがどこかで敗退する事を祈ってしまっていたかも知れない。
教師としては失格かも知れないけれど、それで1人の生徒の退学が無くなるのなら仕方ないのではないかと思う。
しかし、やはりそうはならず、こうして直接対決する事となる。
「相手は随分と余裕そうな態度だなー」
「そうですね。周りも大上さん達が勝てるとは思ってないようですし」
彼女達の言う通りで、ここから見ても猪山くんが余裕の笑みを浮かべているのが分かる。
それから何やら話しているようだけれど、猪山くんが一方的に突っかかっているようね。
猪山くん、あの子は少し自信の表れ方がよろしくない傾向があるのが玉に瑕と言えるわ。だからこそ、こうして『2組』に配属されたのだろうけど。
「やっと決勝かー。ったく、やっと終わるなぁ」
「そういえば、あなた達はバスケの試合はもうないのかしら?」
「いや今頃やってますよ。勝ち進みはしましたけど、次の試合は出ないと言ってきました」
「まぁ多少は出てやったけど、ぐちぐちうるせぇやつらとチームなんて面倒だしぃ?」
「私は気にしませんけど……」
「嘘つけ。いや、もしそうだとしてもあたしは好きにはなれねーんだよ」
根古屋さんの言い方はともかく、察するに宇佐さんのーーもしかしたら大上くんの事もーー陰口に嫌気がさして抜けてきたのだろう。
それについては力になれなかった私がどうこう言える事ではない、わね。
「……ごめんなさいね、宇佐さん。力になれなくて」
「え?いえ、気にしないでください」
「そーそー。それよりほら、始まるぜ」
その言葉で、重ねようとした謝罪が止まってしまった。
宇佐さんが本当に気にしてなさそうに試合に目を向けたのもそうだけど、私もやはり気になってしまったから。
それに謝るにしろ今ではないわよね。後で時間をきちんともらわないと。
そして最後の試合だけあって今日一番観客が多く集まる中、決勝に同クラスが揃う異例の試合が始まった。
自信満々な笑みを浮かべていた根古屋さんは、どうやら正しかったようね。
それを証明するように、次の試合も、その次の試合も大上くんのチームは問題なく勝ち上がっていったわ。
彼らの基本のスタイルは全く変わらない。
全員で拾ったボールを志々伎くんに集めて、点を獲る。志々伎くんが後衛についてもバックアタックをする場面があったほど。
志々伎くんが後衛の時には大上くんにもボールが集まる事もあったけれど、彼はスパイクフェイントーースパイクをすると見せかけて軽くボールをブロックの向こうに浮かせて入れてばかりいた。
最初はそれで決まったりもしていたが、結局最後まで一度もスパイクを打たなかったので相手も察したらしく、すぐに拾われるようになっていたけれど。
(もちろん他のメンバーもスパイクを決めたりと攻撃に参加しているものの、主砲は完全に志々伎くんね……ほぼミスがないのだから流石の一言だわ)
それでも目を引いたのは志々伎くんだけではない。
文化系のメンバーだった河合くん達の防御が思った以上に強固だった。運動部の強烈なスパイクを怯まずにレシーブで受け止める姿は素直に驚いたものだわ。
この日に向けて練習したのだろうと分かるわね。
学校一の嫌われ者や、完璧故に影を生む天才と同じチームでありながら、プレーの後に笑顔を見せてハイタッチしたりと、良いチームにしか見えない。
担任として素直に嬉しい光景ね。柄にもなく少し目頭が熱くなっちゃったもの。
球技大会は中間試験の前という生徒からすれば辛い時期に行われる。だから、大会に熱意のある生徒は少ないの現状なのよね。
それにも関わらずこうして彼らが頑張っている姿は教師として素直に嬉しく思える。
「おっ、センセーまだ居たー」
「根古屋さん、先生には敬語を使ってください」
「その内な。なーセンセー、別にいいだろー?」
バスケの試合に行っていた根古屋さんと、一緒についてきたらしい宇佐さんが話しかけてきた。
それに伴い、随分と視線が集まるのを感じる。
……本当に目立つ子達なのね。確かに多感な時期の高校生に、この容姿の2人を見るなというのは難しいのかも知れないけれど。
「宇佐さん、根古屋さんの敬語は今後に期待するわ。だから今は気にしなくていいわよ」
「ほれ見ろー」
「せめて反省くらいしたらどうですか」
こうして仲良さげに話す2人は微笑ましく、多くの話題が付き纏う彼女達もこうしているとただの生徒だと思い知らされる気分になる。
いえ、実際にただの生徒には違いないのよね。ただ周りが騒いでいるだけでーー
「……あなた達も、普通の生徒なのよね」
「え?」
「ん?」
「あ」
どうやら口が滑ったらしい。なんて失礼な事を言ってしまったの私は。
「あ、えっと、」
「そりゃそーでしょ。こんな普通な生徒捕まえて何言ってんのセンセー」
「根古屋さんは言うほど普通ではないような……」
謝ろうとするが、それより先に根古屋さんの軽口が飛ぶ。軽口だと分かるように少しおどけた態度が『気にしてないから謝罪なんかいらない』という意味だと不思議と分かった。
「……ふふ、優しいわね根古屋さん」
「だからー、普通でしょ」
「どうかしら。そのどこか不器用なところ、大上くんに似てるわよ。あなたは大上くんが普通だと思うかしら?」
呆れたような口調まで似ており、つい大上くんと話すような気軽さから揶揄うような口調になってしまう。
根古屋さんは言葉に詰まったように口をつむぎーーそれからニヤリと笑って口を開く。
「そー言うセンセーだって意外だったぜ。才色兼備の冷徹美人教師もそんな軽口言うんだなー?」
「………?」
「っておいおい、自覚なしなの?人の事言えねーなぁ、センセーも秋斗に似てるとこあるじゃんか」
意外そうな根古屋さんに、しかし訳が分からず首を傾げる事しか出来ない。
「あの、高山先生。先生はこの学校の教師の中でとても優秀で……でも、その、少し冷たい態度が怖がられている、学校一の美人で怖い教師と言われているのは知っていますか?」
「………え?」
知ってません。
褒められたようで貶された気がする言葉に、つい言葉を失う。
「確かに優秀だよなぁ。授業は分かりやすいし、説明は分かりやすいし、面倒見も良ければ仕事も早い。おかげでうちの学校の国語の成績は全教科で一番平均点高いしなー」
「そうみたいですね。別にテストの難易度が低い訳ではないんですけどね」
「……私、そんなに怖がられてるのね…」
「あ、復活した。てか気になるのそこなんだ」
いえ、知らない訳ではなかったのだけれど、まさか学校一とまで言われているなんて。
普通そこは生徒指導室の教師ではないのかしら。剣道部顧問で筋骨隆々の武藤先生よりも怖がられているという事……?さすがに少しヘコむわ。
「そんな落ち込むなってセンセー。一部のやつらが言ってるだけで、頼り甲斐があるセンセーだって言ってるやつも沢山いるからさー」
「そ、そうですよ!それに男子からも大人気です!」
おざなりと懸命。そんな2人の対照的な態度のフォローにハッとする。
生徒に励まさせるなんて情けないわね、しっかりしなさい私。
切り替える私を見抜いたように、根古屋さんは視線をコートに戻して話を変えるように切り出してくれる。
「んで、これに勝てば決勝戦だな」
「そこまで勝ち進んだんですね。さすがは志々伎さん、と言えば良いんでしょうか」
「まぁ、それは間違いじゃないだろーけど。ただ他のやつらも頑張ってる」
「そうね。神崎くんや赤嶺くんはレシーブがとても上手だし、河合くんや田中くんのトスも素晴らしいわ」
根古屋さんのフォローをするように告げると、2人の視線が集まる。
「……高山先生、よく見ていらっしゃいますね」
「教師だもの。生徒の頑張りはちゃんと見たいわよ」
「センセーは真面目だねぇ。ただ、宇佐さんが言ってるのは多分違うっすよ」
「え?」
根古屋さんの言葉で宇佐さんに視線を向けると、彼女は頷きながら言う。
「ええ、高山先生はいつから見ていたのかな、と思いまして」
「ずぅーっとここで見てたよ。ま、秋斗の事がよっぽど気になるんだろ」
「は、はぁっ?!」
「「え?」」
つい声を荒げてしまった私に、2人は揃って目を丸くしていた。
それを見て、私も急いで平静を取り戻す。
「そ、そうね。退学がかかっている生徒がいるんだもの。当然でしょう」
「……そうですね。それより、さっきの慌てぶりは一体どうしたんですか?」
「それについては失礼したわね。でも気にしなくていいわ」
「いえ、なんとなく気になります。教えて下さい、先生」
「な、なんでそんなに?!良いから試合を見ましょう」
「少しくらい大丈夫です。それに見ながらでも構いません」
「い、いえ、ちゃんと集中して見て……というより宇佐さん、なんだか圧を感じるのだけれど」
一歩近寄って至近距離からこちらを見る宇佐さんの視線に妙な力を感じてつい後退りそうになる。
……いえ、私だって何故あんな声が出たか分からないのよ。それに、それを深く考えるのも何故か避けてしまっているというか……
そんなことを脳裏で考える私の思考を読んだのか、さらに宇佐さんが詰め寄ってきた気がした。
それを横に立つ根古屋さんは楽しげにニヤニヤしている。
「う……ち、ちょっと根古屋さん、助けてくれないかしら……?」
「えー、あたしとしては面白いからもっと見たいんすけど」
楽しげな彼女は、しかし言葉とは裏腹に宇佐さんを落ち着かせるように肩に手を置いた。
そしてそのまま耳元に口を寄せてぼそりと言う。
「……んで、宇佐さんはなんでそんなに気になるのかなー?もしかしてぇ、なんか甘酸っぱい理由とかぁ?」
「は?何を言ってるんですか?そんなワケないじゃないですか」
根古屋さんの言葉は小声で聞こえなかったけれど、効果はあった。
宇佐さんは毅然とした口調でそれを拒否して、私からスッと離れる。
「ふーん?まぁ宇佐さんがそーゆーなら別に良いけどぉ?」
「そうです。そしてこの話は終わりです。根古屋さんも試合をちゃんと見てください」
「さっき話しながらでも良いって言ったの宇佐さんだけど?」
「さっきはさっき、今は今です。ほら、大上くんも少しは仕事をしているようですよ、見事なスパイクフェイントです」
「誤魔化し方強引だなー。てかあいつそれしかしてねーから」
逃すまいとニヤニヤして詰め寄る根古屋さんを強引に受け流しながらコートを頑なに見る宇佐さん。
それは彼女達の秘密事なのだろうか。正直聞いててもあまり意味は分からなかったが、なんとなく二人の雰囲気が微笑ましく思える。
よく見ると宇佐さんの耳か少し赤くなっているのがまた可愛らしい。
「ふふ、そうね。根古屋さんも試合をちゃんと見てあげなさい?」
「へーい。どーせあいつらが勝つけどな」
不貞腐れたような言葉とは裏腹に、根古屋さんはこれ以上問い詰める気はなかったのだろう。人を食ったような笑みをあっさり収めてコートに視線を向ける。
「……そうなんですか?」
「ん?不安なのかぁ、心配なんだよなぁ宇佐さんは?」
「別に不安とか心配とかではないです。単なる事実確認です」
「くくっ。はいはい、わかったってば」
……隙あらば遊ぼうとするわね。
ムッとする宇佐さんを楽しそうに笑いながら見ている。
今度は粘る気はないようであっさりと視線をコートに移した。
「ま、春人はマジモンの怪物だからな。そこらへんの運動部の2、3人分の働きくらいはしてもおかしくはねぇよ」
「そ、それはいくらなんでも……ですが、バスケで大活躍した根古屋さんがそれ程褒めるくらいなら安心感はありますね」
「いや見りゃ誰でも分かるだろー?あいつの超人ぶりくらいさぁ」
「いくらなんでも限度があると思ってしまうじゃないですか」
そうね、例え志々伎くんでもいくらなんでも、という考えはある。
ただ、現状は根古屋さんの言う通り、その考えを良い意味で裏切られているのだけれど。
「まぁそりゃーな。ハイレベルのバレー部とかでこられたらキツいかもな」
「それでもキツいだけなんですね……って、それだと不味くないですか?これに勝っても、結局最後は猪山さんと、しかも他にもバレー部が1人いますよ。他も運動部ばかりですし」
ハッと気付いたように宇佐さんは言う。その意味は、私にも理解出来た。
宇佐さんと同じく、つい根古屋さんに視線を向けて言葉の続きを求めてしまう。
「ま、大丈夫だいじょーぶ」
それでも、根古屋さんの答えは変わらない。
「あんまり他のメンバーがやる気なかったり酷かったらヤバかっただろーけどな。でもほれ、すんごい頑張ってるみたいだし」
彼女の視線の先で、河合くんが必死に相手のスパイクをレシーブしていた。
大きく横に逸れたボールを、田中くんが歯を食いしばり走って追いかけ、どうにかトスを上げる。
そのボールはネット側どころか、ほとんど自陣コートの中心に向かってしまう。
けれど、それに構わず志々伎くんはタイミングを合わせて大きく跳躍して、スパイク。
脚にバネでも仕込んでいるのかという跳躍からの打球は、弾丸のように放たれてブロックを弾いてコートの外へと落ちた。
そして体育館中から黄色い声援が飛ぶ。
本当に人気のある男子だと思うけれど、確かにあれほどの活躍を見れば容姿関係なく目を引いてしまうのも仕方ないとも思うわね。
「ほれ、終わりだ」
あぁ、今の得点によって勝利したのね。いつの間にか終わってしまっていたわ。
……いよいよ次は決勝戦ね。疑っていた訳ではないけれど、まさか本当にここまで勝ち進むなんて。
「相手も良いスパイクとか打ってたけど、それをあんなちっこい男でも頑張って受けてんだ。かなりやる気もあるみてーだし、なんだかんだボールを繋いでるあたり練習もしたんだろーよ」
「そう、みたいですね。正直、球技大会に向けて練習する生徒がいるとは思いもしませんでしたけど」
宇佐さんの感想は同意するけど、教師としてはなんとなく『こんな時期に球技大会をすんじゃねぇよ』と言われている気がして、少し気まずいわね……
「まぁ河合あたりが言い出しっぺだろーなぁ」
「……あぁ、なるほど」
簡潔な説明に、しかしあっさり納得する宇佐さん。
河合くん、か。そういえば、彼にもかつて大上くんことを相談された事があったわね。
その恩返しにこうして練習までして頑張っている、という事かしら。
そう思い至りながら宇佐さんを見ると、表情があまり動かない印象の彼女が、小さな、しかしとても柔らかい笑顔を浮かべていた。
その視線の先は、河合くんか、それとも大上くんか。
「2人とも、嬉しそーだなぁ?」
「「え?」」
根古屋さんの声でハッとすると、彼女は楽しげに微笑みながらこちらを見ていた。
そしてすぐにその言葉の意味を理解する。
……どうやら、私も宇佐さんと似たような笑顔になっていたらしい。
「そ、そうね。生徒同士のーーいえ、男の子同士の助け合いと言うのかしらね。どちらにせよ、教師としては嬉しい話だわ」
「そ、そうですね。良いお話だと思いました」
「ふーん?」
揶揄うような表情をしつつも、問い詰めはしない。それがかえって気恥ずかしさを誘うのだけれど……それも計算通りだしたら根古屋さん、なかなか意地悪な性格みたいね。
それからあっさりと視線を動かす彼女につられて視線を追うと、コートに入る見慣れた学生達が居た。
球技大会最後の試合。
そのどちらのチームも2年2組。
つまり、猪山くんのチームも順調に決勝へと進んできていた。
過去を振り返っても珍しい事態だし、それを担任として嬉しく思うものの……今回ばかりは猪山くん達のチームがどこかで敗退する事を祈ってしまっていたかも知れない。
教師としては失格かも知れないけれど、それで1人の生徒の退学が無くなるのなら仕方ないのではないかと思う。
しかし、やはりそうはならず、こうして直接対決する事となる。
「相手は随分と余裕そうな態度だなー」
「そうですね。周りも大上さん達が勝てるとは思ってないようですし」
彼女達の言う通りで、ここから見ても猪山くんが余裕の笑みを浮かべているのが分かる。
それから何やら話しているようだけれど、猪山くんが一方的に突っかかっているようね。
猪山くん、あの子は少し自信の表れ方がよろしくない傾向があるのが玉に瑕と言えるわ。だからこそ、こうして『2組』に配属されたのだろうけど。
「やっと決勝かー。ったく、やっと終わるなぁ」
「そういえば、あなた達はバスケの試合はもうないのかしら?」
「いや今頃やってますよ。勝ち進みはしましたけど、次の試合は出ないと言ってきました」
「まぁ多少は出てやったけど、ぐちぐちうるせぇやつらとチームなんて面倒だしぃ?」
「私は気にしませんけど……」
「嘘つけ。いや、もしそうだとしてもあたしは好きにはなれねーんだよ」
根古屋さんの言い方はともかく、察するに宇佐さんのーーもしかしたら大上くんの事もーー陰口に嫌気がさして抜けてきたのだろう。
それについては力になれなかった私がどうこう言える事ではない、わね。
「……ごめんなさいね、宇佐さん。力になれなくて」
「え?いえ、気にしないでください」
「そーそー。それよりほら、始まるぜ」
その言葉で、重ねようとした謝罪が止まってしまった。
宇佐さんが本当に気にしてなさそうに試合に目を向けたのもそうだけど、私もやはり気になってしまったから。
それに謝るにしろ今ではないわよね。後で時間をきちんともらわないと。
そして最後の試合だけあって今日一番観客が多く集まる中、決勝に同クラスが揃う異例の試合が始まった。
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