学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら

みどりぃ

17 担任教師の観戦

「――高山先生、あなたにお願いしたいと考えています。よろしいですね?」

 「これだから若い者は」という枕詞と、どこか見下したような視線を常とする学年主任。
頭皮が少し寂しい上司の問い詰める色を含む確認の言葉と、拒否など受け付けないとばかりの傲慢さを隠さない表情。

 そして周囲から寄せられるのは、多くの憐憫、少しの嘲笑、僅かな嫉妬、といったいくつかの感情がこもる視線。
反して統一されているのは、誰もが関わりたくないと口を挟まない事。

 そんな視線を今集めてているのが、この志岐高校において最も若輩にあたる教師である私。

「かしこまりました。精一杯努めます」
「よろしい。では2年2組の担任をお願いします」

 2年2組。
 このクラスの担任を任命されたことが、視線が集まる理由である。

 中学生から新たに高校生に進学した新入生。
 新入生というまだ幼さや初々しさの残る彼ら彼女らの、緊張や不安、期待を宿した姿を見るのはーーまだ若輩である私であっても微笑ましく思えるわ。

 ただ、昨年度の新入生の一部は少し違っていた。
 
まだ入学して間もない頃のこと。
 複数の上級生と1年生の男子一人が揉めているという連絡が職員室に飛び込んできたわ。

 一応は偏差値の高い学校を謳っているものの、それほど敷居が高くない高校でもあり、中には素行の悪い生徒もいる。
その中でも、揉めていると聞いた上級生達の名前は悪い意味で有名な子達のものだった。

 それが複数で新入生1人相手となると、その1年生が危ない。私だけではなく生活指導の教師をはじめ数人の教師が急いで駆けつけた。

 そして向かった先で見た光景は酷いものでーーしかし、想像していたものとはかけ離れた光景でもあったわ。
 なんせ、倒れ伏しているのは上級生ばかり、その奥で用は済んだとばかりに背を向けて歩く1年生が居たのだから。

 一瞬というには長い時間固まってしまっていた教師達だけれど、先に我に返った生活指導の教師が一年生に声をかけたわ。
 それに応じるように振り返った時、私は短い教師生活とは言え初めて生徒に対してーー悍ましさに近い、恐怖心を抱いてしまった。

『……今更来て、何?』

 無関心、興味がない、単なる事実確認。そういった正も負もない、ひたすらに無感情な、それ故にどこまでも冷たい眼。
 周りには期待や不安に胸を膨らませる眩しい新入生が溢れているから、その対比で余計に彼の寒々しさが異様に映ったのかも知れない。

そして彼こそが、その後学校一の問題児と教師達が頭を抱える事になる大上秋斗くんだった。

 結局、大上くんはこの騒動の弁解も理由も言うこともなく、あっさりと停学処分となった。
 以降、停学が解けてもサボる日も少なくなく、定期試験や最低限の出席日数をクリアする程度にしか学校に来ない。

 多くの教師が怒り、または見捨てるように諦めた。
 私はというと、生徒に抱くべきではない負の感情を持った罪悪感のようなものもあって、ほとんど関わる事はなかった。
 いえーー結局のところ、あの異様なまでに冷たい眼に恐怖してしまっていたのかも知れないわね。

 関わりを無意識の内に避けていた。それでも、彼の話題は定期的に職員室や学校の中で上る事になる。

 虫川先生の退職や、校外での乱闘騒ぎ、放送室の無断使用、生徒会長へのセクハラ未遂など、多くの話題の中心に居たのが彼だった。
 その全てが有耶無耶になったり証拠がなかったりで処分こそ無かったものの、悪い噂や評判は明確に彼に付き纏い、積み重なっていた。

 気付けば彼は生徒達から学校一の嫌われ者などと呼ばれるようになり、それは教師の耳にも届く程である。

 しかし、そう学校中から呼ばれるようになる頃には、皮肉なことにむしろ私の中での彼のイメージは良いものへとなりつつあった。

 と言うのも、私は年齢が生徒に最も近い事もあってかーー生徒いわく他の教師に信頼が無い、という側面もあってーー生徒から勉学以外の相談をされる機会がそれなりにあった。
 その中には、大上くんについての内容もあったの。

 そしてそれらの生徒個人と一対一で聞く彼の話は、彼を悪く言うものはほとんど無かったの。
 むしろ聞いていくにつれ、今まで起こした騒ぎの全てにちゃんとした理由があり、しかもそれらが全て他人の為だったという事実が見えてきたわ。

 そんな事もあり彼の印象が変わりつつあった頃に、生徒会長へのセクハラ疑惑という件が起きたわ。
 優秀な生徒会長であり容姿端麗の彼女に襲いかかり、抵抗されたことで階段で足を滑らせて両足を骨折したというのが噂の内容だった。

 しかし、聞けば生徒会長を庇ったことでの怪我らしい。

 聞けばそれは生徒会長本人が公言しているのだけれど。
それでも周囲は生徒会長を脅しているとか優しさ故に庇っている等と言い、大上くんが悪いといった噂は完全には消えなかった。
 もっとも、教員達は生徒会長直々に職員室で威圧混じりに説明されたので誤解したくても出来なかったのだが。

 ともあれ、問題はその怪我による出席日数の不足。
 もとより登校日数を最低限しかしなかった彼は、入院することで完全に進級に足る日数を下回る事が決まってしまった。

 それを嘲笑する教師や生徒がほとんどで、あとは1学年の担任をするであろう教師達が留年することで関わる可能性が高くなることを嫌がって嫌な顔をした、といった程度だったわ。

 その全てが、私にはとても気持ち悪かった。
 いや、もしかしたらそれは生徒にも関わらず冷たい眼に恐怖し、避けてきた贖罪の意味もあったのかも知れない。
何にせよ、今更だとしても、何もせず見過ごしたくなかった。

 私は教頭――学年主任に言っても無意味だと分かっていたんだものーーに直談判したところ、校長も含めての話となった。
申し出の結果として年度末の定期試験に一定以上の結果を示せば進級出来るという特例措置の許可を獲得した。
 まぁ獲得と言うより、拍子抜けな程あっさりと許可はおりたのだけれど。

 これは予想でしかないけれど、きっと教頭も校長も噂の根本にある本当の理由――救われた生徒がいる事――を知っていたのではないかと思うわ。
 許可をとろうと頭を下げた際に、気のせいでなければお二人とも嬉しそうに微笑んでいたように見えたもの。

 ともあれ、病院にお見舞いを兼ねて大上くんに特例措置の話をしに行った。
 そこで始めてまともに彼と会話をしたのだけれど、彼が想像以上に穏やかな気質だと驚かされたわ。

 いくら他人の為だという理由が隠れていようと、悪評になるような結果や事実は褒められたものではない。
 だからこそ、そんな選択肢をとる彼はもっと荒々しい生徒だと思っていた。

 しかし、良く言えば清濁併せ呑む、悪く言えば歳不相応に諦観してしまっている印象すらあった。

 話の最後には深く頭を下げてお礼を述べ、「借りは必ず返します」と付け加えたのは微笑ましかったわね。だって当時は社交辞令としか受け取ってなかったもの。
まさか本当にそう考えていたとは思いもしなかったわよ。

 しかもそれ以降、何故か学校内での私の評価が上がっていたわ。
 聞けばーー何故大上くんが退院前なのに情報が漏れたのか分からなかったけれどーーかの問題児が唯一従う教師と言われるようになったのだ。
 他にも他の先輩教師方からもーー学年主任から指導と称した下らない雑務の押し付けがあった時に大上くんが「てめぇでやれよそんくらい」と言ってからーー雑用が減ったりもしたわね。

 とにかく。こうして一度は避けてしまっていた大上くんと教師として向き合う事が出来るようになったのだ。
 しかし、やっぱり教師や生徒からすればやはり学校の問題児には変わりないのだけれど。



 さて、そんな大上くんは一年生でも最たる変わり者の生徒なのだけれど、他にも特筆すべき1年生は居る。
大上くんと並ぶ話題の持ち主で言えば、やはり志々伎春人くんでしょうね。

 成績は優秀で、入学して1年間首位をキープしており、教頭いわく過去最も好成績だとか。
さらに運動も運動部員顔負け。生徒からの信頼も厚く、彼を悪く言う話は聞いた事がない。
 言い方はどうかと思うけれど、教師達からすればこの上なく「良い生徒」であり、もちろん他の生徒からしてもそう。

 そんな大上くんとは方向性は見事に真逆ながらも、話題に欠かない存在である。

しかし、あまりに強い光は時に濃い影を生む。

 これは生徒からの相談によって知った事だけれど、彼によって密かに心を折られた生徒は少なくない。
どれだけ勉強しても勝てない。
高校から始めたバスケ部の彼に、毎日練習しているスポーツで勝てない。
彼を好きだけれど、2人きりで話していたら嫉妬されてイジメられそうになった。

 そういった事もあり、ある意味では扱いに注意すべき生徒とも言えるでしょうね。

 

 話題の一年生は他にもいるわ。
女子で最も目立ったのは宇佐冬華さんと根古屋夏希さんの2人。ともに目立つ容姿と能力を持った2人。

 根古屋さんはその容姿や媚びない言動から異性のみならず同性からも慕われているけれど、その強さ故に敵も少なくない。
 校外の乱闘騒ぎも、結果大上くんが中心ではあるものの発端は彼女にあるという話も噂程度に聞いた。
 それを本人も理解しているからか、周囲に慕われているにも関わらず彼女は1人で居る事が多く、むしろ本人が1人で居ようとしている風に見える。

 多くの好意と少なくない敵意を寄せられながら、たった1人で立つ彼女。
もし今後特定の誰かと親しくするようになればーーきっと、また小さくない騒ぎになるのでしょうね。


 そして宇佐冬華さんは反対に、内なる強さがある印象ね。

 その分、直接的な悪意を捌く事が不得手だったのかも知れない。
入学当初は学校一の美少女として教師にまで届くほど騒がれた彼女は、今は遠巻きにされてしまっている。
親しかった友人の根津さんも離れてしまい、どうにか力になれないかと声を掛けた事もあった。が、彼女は問題ないからと聞いてくれなかったけれど。

 そして本当に発言通りだったようで、彼女はこんな状況でも、少なくとも見た限りでは動揺すらなく過ごしている。成績も優秀で、他の教師からの覚えも良い。
 そう、今の彼女は皮肉にも根古屋さんと同じように孤高となってしまった。それも、根古屋さんと同じように強さを感じさせる佇まいで。
 しかし、彼女とて辛くない訳ではないはず。それが積もり積もって爆発しないよう注意しておく必要があるわ。


 他にも一年生にしてバレー部のエースとなり、県大会優勝を狙えるとまで期待される猪山くん。
文句のつけようのない輝かしい実力と実績ね。とは言え、その立ち振る舞いは反感も多いと聞くわ。

 そして宇佐さんや根古屋さんの影に隠れてしまいがちのようだけれど、容姿が優れており異性から人気の高い根津さん。ただ、同性から嫌われているという話はよく耳にする。
 
また、成績優秀で品行方正の烏丸くん。
志々伎くんや宇佐さんが居なければ間違いなく学年首位になる成績。というより、これについては志々伎くんと宇佐さんの成績が良すぎるとも言えるわね。

 あとは……忘れてはいけないのは嵐山くんね。
 今は根古屋さんに執着しているようだけれど、一年生の頃は何事にもやる気を感じさせない生徒だったわ。それでいて平均以上の結果を出すあたり、ポテンシャルは間違いなく高い。
 気分次第でしか動かない彼は、少し危うくも見える。様子は見ておかないといけないわ。



 他にも変わった子は居るけれど、ともかくそんな癖のある生徒が集まった世代が、2年生となる。
 そのクラス分けは、はっきり言うと揉めたわね。

 どう分けるか、組み合わせに気を遣うべきか、そもそも同じクラスに集めて観察すべきでは、などの意見が飛び交った。
もっとも、白熱したのは2年の担任になる予定の教師達が中心であり、自分の負担がより減る方向に持っていきたいという思惑が透けて見えていたわ。

 そしてそんな思惑が重なった結果、一番の若輩である私にまとめて押し付けるという選択に至ったのだけれど。
 とは言え生徒が優秀であることには変わりないので、教師としての評価を欲する別学年担当の教師からは嫉妬の視線もあったわね。……呑気なものだわ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ともあれ、こうして癖のある生徒の集まる2年2組の担任となった。

 そして現在、宇佐さんを中心に騒ぎが起こる事となり、そこに予想外にも大上くんが加わったようね。
しかも、それとは別にーー結局ひとまとめに片付けようとしてるけれどーー私が発端での騒ぎも起きている。
そのせいで、1人の生徒が退学の危機に陥ってしまった。
 そしてついに、何も出来ないままその退学を賭けた球技大会が始まってしまった。

 渦中の大上くんを含むチームには志々伎くんも居る。
 チーム決めやリーダー決めの時の様子からして、恐らく2人は友人なのかしら。だとすれば随分と目立つ友人二人組ね……

 そんな2人は共に体育の成績は良い。もっとも、万能の志々伎くんに対して、大上くんは球技は苦手なようだけれど。
 だからこそ、よりによって球技大会で退学の話が出た事は不安だった。

 そんな不安から逃げるように私は準備や仕事に没頭したわ。問題から目を背けているだけなのかも知れないけれど。
 とは言え、生徒からすれば『授業がない日』の一言で済ます子もいるけれど、教師――特に若手の私にはそれなりに作業量がある。

 しかしそれも没頭しすぎたのか、割と早く終わった。
 色々と忙しく動き回った事で頭がスッキリしたのか、冷静になって考えられるようになった気がする。

 止めても彼は聞かない。それならせめて、応援もせずに結果だけ後で知るなんて、教師としても騒ぎの原因の1人としてもあり得ない。
 見に行かないと。立場上言葉には出来ずとも、心の中だけでも応援しないと。

 そう覚悟しても体育館に近づくにつれて高まる不安。
 それでも体育館に辿り着き、ざわざわと浮かれた気分の生徒達の中に紛れていく。
 そしていくつかに分かれたコートの1つ、大上くんの居るチームが出るコートに着いた。

「あれ、センセー?」
「…根古屋さん。あなたも応援かしら?」
「あー、そっすね。……まぁ結果なんて分かってるけどー」

 そこでたまたま隣に居た根古屋さんは、私とは違って不安を抱いてはいない様子。
 根古屋さんはここのところ大上くんとよく居る。そんな彼女が余裕を見せている姿は、少なからず私の不安を消してくれた。

「そうなの?大上くんは球技は不得手な方だと聞いているし、チームのほとんどが運動部ではないのよ?」
「それくらい良いハンデでしょー?なんたって春人と秋斗が組むんだし、負けるワケがないって」

 懸念材料を指摘しても、彼女の言い分は少しも変わらない。
 まるで盲信しているようにも見えるけれど、それは話しているうちに始まったプレーを見てそうではないと理解した。

「……すごいわね」

 こう言ってはなんだけれど、やはり嫌われている大上くんに相手のスパイクが集まる。しかしそれを彼はそつなくレシーブしていた。
 そしてそこから繋がり志々伎くんのスパイクへ。
 一際高い跳躍から放たれるそれは次々に相手コートに突き刺さっていった。

「ね、問題ないでしょ」
「そう、みたいね」

 その言葉を裏付けるように、初戦はかなりの点差をつけて勝利していた。

「ま、問題は猪山のいるチームに勝てるか、か」

 だいぶ薄まった不安は、ぼそりと呟いた根古屋さんの言葉で一気に再燃した。
 しかし、そう言った根古屋さんの表情は変わらない。

「ま、勝てるでしょ。だからセンセーも気楽に観戦しなよー?じゃ、あたしはそろそろバスケ行ってくるから」
「え、あ……頑張ってね。応援してるわよ」
「どもども。でも一応言っとくけど、あたしんとこは見に来なくていいからね。ここであいつらでも見てなよ」
「……ありがとう」

 そう言って彼女はするりと猫のように生徒の群に紛れていった。
 彼女には申し訳ないけれど、確かに私は見届けたかった。それを察しているような雰囲気もあったし、見た目だけじゃなく気配りまで出来る。
確かに根古屋さんは確かに周囲が騒ぐだけの魅力的な女子だと思わされたわ。


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