学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら
12 チーム分け
「……今日は球技大会のチーム分けを決めてもらいます。男子はバレー、サッカー。女子はバスケ、バレーになりました。各種目ごとに集まってチームを決めてください」
どことなく覇気のない高山先生によるホームルームの号令。
ちなみに一限目はそのままチーム決めに使って良いんだとか。
高山先生はチラリと俺の方を見やる。凛とした隙のない高山先生にしては珍しく、眉尻が少し下がってる。
心配してくれてるのかな。冷たいとか言われてるらしいけど、やっぱ優しい先生だな。
それからクラスで男女別に分かれ、参加する競技を決めた。当然、俺と猪山はバレーに登録した。
「バレーに登録してるやつらは集まれ!」
なんとなく高山先生の視線を受け止めるようにボケっと眺めてたら、猪山のやつが号令をかけた。
偉そうに、なんて誰も言うことはなくバレー組が席を立って集まる。俺も行こっと。
「さぁて、バレーは2チーム組まなきゃいけねぇからな。その内の1チームは俺が決める。あとは残ったヤツらで組め」
つまり自分が選んだ精鋭と残りものチームに分かれろ、と。なかなかの言い分だな。さすがに何人か顔をしかめてるやつもいる。
とは言え、
「文句はねぇよなぁ?球技大会は総合点なんかねぇし、あくまで順位勝負だ。だったら、強い1チームを作った方が賢いのは分かるよなぁ?」
言い方はともかくその通りで、考え方は間違っちゃいない。考え方だけは。
カーストが高い猪山に文句はしないらしく、顔をしかめるも文句を言うヤツはいない。
それに満足したように笑う猪山は、視線を俺に向けてその笑顔をニヤリと歪ませて言う。
「あぁ、大上ぃ。てめぇは俺とは別チームな」
「そうだな」
屯田先生、あんたこういう時だけは仕事早いのね。
まぁ楽しみで仕方ない感じだったし、あの後すぐに猪山のとこに行ったんだろうな。
「お前、バカだな!屯田先生にケンカ売るとはよ!これで退学決定だなぁ!」
すごく嬉しそうに叫ばれた。周りからざわりと声が上がり、目を丸くしてこちらを見てる。
高山先生は目を伏せて、夏希はフンッと鼻を鳴らしてるけど。
宇佐も無表情を忘れて目を丸くしてるしーーこの場で猪山の横にいる春人は、興味深そうに微笑んでやがるし。小さく「へぇ」とか言ってるのが怖い。
「マジか、またやからしたのかよアイツ」
「ついに退学か。いつかやると思ってました」
「ただ屯田にケンカ売りたい気持ちは分かる」
聞こえてんだよな。言いたい放題かよ。そして屯田もなかなか嫌われてるなぁ。
けど確かに勝てるかどうかは確率で半々かそれ以下だし。退学になる可能性は高い。半々ってのもメンバー次第だし。
「バレーで俺に勝てると思ってんのかよバァカ!しかも同じクラスでな!せいぜい俺の選んだメンツの残りカスみたいなヤツらと組んでボロ負けしやがれ!」
ギャハハ、とすっごく楽しそうに笑う猪山くん。
そんな猪山くんの発言に、さすがに苛立ったらしく舌打ちとかしちゃうクラスメイト達。
「前から目障りだったんだよテメェは!学校の嫌われ者のくせに妙に目立ちやがって!はっ、やっとこれで邪魔者が1人消えるワケだ!」
椅子に足を乗せて俺を見下すように笑う。テンション高いなぁこいつ。
てか邪魔者って、目立つ云々じゃなくて宇佐の事だろうな。そんなんじゃないのに気にしすぎだろ。
「良かったな。てかチーム決めようや。周りが待ちぼうけしてるぞ」
「あァ?はいはい、決めてやるから慌てんなよ」
高笑いの余韻を残した猪山はニヤニヤしながらバレー参加組のメンツを見渡す。その視線にバレー参加組のクラスメイトは不快そうな表情だ。
まぁあんな言い方されちゃあな。選ばれなけりゃ腹も立つし、選ばれても選ばれなかった生徒に気まずく思うのが普通だろうしな。
「はい、まず1人決定ぃ!志々岐春――」
「あ、僕は大上くんと組むよ」
「――人ぉおおおお?!」
おぉ、なかなか愉快な驚き方だな。にっこりと人の良い笑顔を浮かべる春人は、猪山の指名をぶった切った。
とは言え俺も驚いてる。春人の事だから、俺と対戦したいとか言って敵チームになる可能性の方が高いと思ってた。
ただ、そのおかげで勝率が半々まで上がったのは事実だ。
はっきり言って春人が敵に回ったら絶対勝てない。そして味方につけばバレー部エース相手でも勝機はある。
一瞬先に誘う事も考えたけど、春人が俺の言う通りに動くかなんて分からないしな。少なくとも条件付きだろうし、夏希とは違うがこいつは自分の基準でしか動かない。
だったら春人の独自の判断に任せることにしたがーー上手くいったようだ。
「な、なな、なんでだよ!?俺がチームを決めるっつったろうが!」
「僕は一言も賛成とは言ってないよ」
「否定もしなかったろうが!」
「じゃあ今否定するよ」
淡々と受け流す春人に猪山の怒りは増える一方だ。ヒートアップしすぎてて顔真っ赤。顧問と似た怒り方だな。
「大体、志々伎はこのクズの事嫌いだろ!よくケンカ売ってたじゃねぇか!」
「何の事だい?普通にクラスメイトのスキンシップをとってだけさ」
「ウソつけ!どう考えてもそんなノリじゃなかったぞ!」
それは確かに。もっと言え猪山。
「あーくそ!ふざけんなよテメェ!」
「ふざけてなんかないさ。それに、ここには他にもバレー部員やバスケ部、野球部と球技に長けた生徒もいるし、僕なんかがいなくても優勝出来るだろ?」
「ちっ……!」
まぁ普通そうなんだよな。しかも1番指名が春人だったからか、ここに居る背の高い男子生徒はどこか苛立たしげだし。多分こいつがバレー部員なんだろうな。
「……まぁいいぜ。そのかわり、あとは俺が決めるからな!」
「お好きにどうぞ」
「じゃあまずはーー」
そうしてヤケクソ気味に指名していく猪山。見た感じだけど運動部っぽいのががっつり集まってチームになった。
んで、こっちはメガネの似合う文系男子や、背の低いかわいい系男子などなど。そんなメンツを見て、猪山はニヤリと笑う。
「すまねぇなぁ大上ぃ、そっちに回す運動部はいなかったわ!」
「あぁ、いいよ。そんなに気にすんなよ?」
「してねぇんだよバァカ!」
怒っちゃった。んじゃ言うなよ。めんどくさいヤツだな。
「チーム分けは終わりましたか?終わったら各チームに分かれてリーダーを決めてください。決まり次第、リーダーはチームのメンバーを私に報告しにくるように」
タイミングを見計らうように高山先生が指示を飛ばす。
猪山が叫び散らしてる間に他の種目のチーム決めも終わってたらしい。
「さてと、それじゃリーダーを決めようか」
いやもうお前がリーダー決定だろ。周りもそんな感じの視線で春人を見てるし。
「志々伎くん、お前がやるべきだろ」
「せっかちだね、待ちなよ。皆んなの意見を聞いてからだよ、大上くん」
こいつ……視線が言ってやがる。俺にやらせようと。やってたまるかと睨んでおく。
「いや、皆んなも同じ意見だと思うけど」
「ふぅん、そうかな?」
そう聞き返す春人にチームメイトも揃って頷く。ほら見ろ。こいつの超人ぶりは有名だし、さしおいてリーダーをしようなんて言うヤツはそうはいないだろ。
「でも、大上くんは今回の球技大会は大事なものではないのかい?」
「なんのことだ?」
「猪山くんの言い回しからして、退学がかかってるんだろう?恐らくは、猪山くんのチームに負けたら退学、とか」
ざわり、とまた教室がどよめく。っておい、みんなして聞き耳立ててたのかよ。
あ、高山先生がなんか悔しげな表情してる。それに気付いて、周りが本当みたいだと確信して行く。頼んますよ先生。
「だったら、しっかりリーダーとして立つべきだろう?」
「リーダーだろうがそうじゃなかろうが勝ち負けには関係ないだろ」
「勝った時に、リーダーだった方が印象は良いはずさ」
勝った時に、ね。勝てるワケないだろっていう周りからの視線がすごいですが?ついでに辞めてしまえって視線もすごいけど。
「それに、リーダーと言ってもこれといって仕事はないよ。せいぜい、当日に点呼をとって報告するくらいさ」
「なら誰でも良いワケだろ、志々伎くん?」
「つまり君でも良いよね、大上くん?」
折れる気のない春人に一歩詰め寄る。このやろ……絶対こいつにやらせてやる。
「俺みたいなのより、志々伎くんの方がウケが良いだろ。人気者さんよ」
「退学を賭けた勝負をしてる大上くんがリーダーの方がドラマがあるよ」
「そんなの周りからすりゃどうでもいい、むしろ辞めろとか思ってんだよ志々伎くん」
「そんなことないさ。少なくとも注目の的になるはずだよ、大上くん」
ぜ、全然引く気ねぇなこいつ。腹たってきた、絶対負けねぇ。
「注目の的ぉ?やっと厄介者が消えるっていう嘲笑の的の間違いだろ志々伎くぅん?!」
「……はぁ?分からないだろう?真っ当な盛り上がりを見せるはずだよ大上くぅん!」
「さっすが優等生は考える事が違いますねぇ志々伎くぅん?!」
「優等生じゃないさ、君がひねくれすぎてるだけだろ?それとも目立って賞賛されるのが恥ずかしいのかな大上くんは?!」
「はぁあ?!学校一の嫌われ者とか言われてんだぞこっちは!なら学校中のやつが消えて欲しいと思ってるに決まってんだろぉが、この志々伎春人ぉ!」
「はぁあ?!学校中がだって?!バカ言わないで欲しいな!それに自意識過剰じゃないかなぁ?!それに猪山くんも嫌われてるし負けたら喜ぶ人もいるさ、大上秋斗!」
「俺をポッと出の嫌われ者に負ける嫌われ者だと思うなよ春人ぉ!」
「そこに食いつくのおかしいよね秋斗!?」
「おい志々伎ぃ!誰が嫌われ者だこら!」
「「うるさい!」」
「うぉっ?!」
「てか今何の話してんだっけ春人ぉ!?」
「君が自意識過剰って話だよ!!」
「違ぇだろ!そうだ、お前が優等生だって話だったろ!」
「――どちらも違います。リーダーを、早く、決めましょう、ね?」
「「あ、はい」」
……やべ、つい熱くなってしまった。
高山先生の底冷えするような、一言一言強調させた声に一気に冷静になった。こわぁ。
「おいおい春人、お前のせいで怒られたろうが」
「バカだね、間違いなく秋斗のせいだよ。僕は優等生だからね」
「あっ!ほらやっぱ優等生じゃねえか!言った通りだ!はい俺の勝ちぃ!」
「そんな話じゃなかったろう!?秋斗が自意識過剰って話だ!まだ勝負はついてない!」
「私の話、聞いてましたか?」
「「すいません」」
くっ、春人のせいでまた怒られちまった。
しかもこいつ、お前のせいだみたいな目で見てきやがって。こっちのセリフだ。……それにしても教師の威圧感ってこういう事を言うんだな、久々に背筋が凍った気分だ。
「あ、あんな志々伎くん初めて見た……!」
「だ、だな……同じチームになった時はどうしたのかと思ったけど、やっぱりめっちゃ仲悪いんだなあいつら」
「いや途中から自然に呼び捨てにしあってなかったか?むしろあれは逆に仲良くね?」
「ムキになる志々伎くんもステキ……!」
……ぅあー……やっちまった。
よく見たら周りが好奇心やら疑問やらの視線をこっちに向けてきてるし。つい熱くなりすぎた。春人相手だとこうなる事があるから良くない。
あとゲラゲラ笑ってやがる夏希さんや、忘れねぇからな。
「あ、先生。リーダーは大上くんがやります」
「はぁ?!おま、ちょ、何をしれっと!」
「分かりました」
「あれ、分かっちゃうんすか?!ちょ、高山先生、嘘です!志々伎くんがやります!」
「いえ、今その志々伎くんから報告がありましたから」
「いや違いますって!ツッコミ待ちっすよ、優等生のつまらんボケってやつっす!」
「失礼だな大上くんは。僕はボケなんかしたことないよ」
「ある種の天然ボケの志々伎くんが何か言ってるぞおい!」
「ぼっ、僕のどこか天然ボケだ!」
「定期的にボケとしか思えない超人ぶりをお届けしやがって!ツッコミにくいんだよ!その上自覚ないから天然だっつってんだろうが!」
「サブスクみたいな言い回しが鼻につくよ!それにこじつけが過ぎる!大体それを言うなら君はツンデレだろう!男のツンデレとかどうなんだい?!」
「バカか!俺はただの平凡男子だ!」
「それはツッコミ待ちかい?!バカは君だよ、今すぐ校内放送で平凡男子に謝るんだね!」
「やかましいぞ天然ボケェ!お前はその超人ぶりを俺に謝れ!」
「2人ともやめなさい。大上くん、リーダー決定ね」
「うそん」
ポカンとした教室に、それはもう夏希の笑い声は響き渡りました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はぁ……マジで悪い。お前らのリーダーが俺になっちまった。志々伎くんのせいで」
ジロリと春人を睨みながらバレーのチームメイトとなったメンツに謝る。
俺の睨みは春人の得意げな笑顔に弾かれたけどな。次こそ覚えとけよ……!
「い、いや、別に大上くんでも大丈夫だよ……?」
「う、うん。それに、あんなに志々伎君があそこまで推すなら……」
かわいい系男子と、ぽっちゃり系男子が曖昧に笑いながらそう言ってくれた。文系男子も頷いている。優しいじゃないかこいつら。春人とは大違いだ。
「ありがとな。もし俺のせいで周りからなんか言われるようなら志々伎くんに言ってくれ。後始末してくれるらしいから」
「わ、分かった……い、いいの?志々伎くん?」
「構わないよ。もし、そうなったらね」
よし、言質ゲット。これでこいつらの心配はしなくていいだろ。
さてと、作戦会議だっけか。ほっぽりだして寝たい。ちゃんとしないとまた高山先生に怒られるけど……作戦ねぇ。
「なぁ志々伎くんよ。作戦とかいるのか?」
「リーダーが決めなよ」
「おい、リーダーの仕事は点呼だけじゃなかったのか?」
にっこり笑って黙る春人。こ、こいつ……!
「よぉし、分かった。作戦は志々伎にボールを集める、だ。ローテーション無視でとにかく集める。以上!」
「えっと、志々伎君が後衛にローテーションしても……?」
「集める」
「一度トスを挟……」
「むことなくひたすら集める」
春人ならバックアタックも出来るだろうし。
チームメイトは「えぇ……」と春人の顔を見る。
「うん、別に良いよ。それなら僕は大上くんに集めるけど」
「はぁあ?!おいおい子供かよ志々伎くぅん?!」
「君に言われたくないよ大上くん」
「お、落ち着いて……」
「「………」」
メガネが似合う文系男子が止めてきた。
そんな怯えた表情で言われちゃ止まらざるを得ない。さすがに悪い気がした。多分春人もそんな感じだろう。
「じゃあ折衷案にするかい?僕か大上くんがローテーションしてもどちらかが常に前衛になるようにポジションを組む。そして僕か大上くんの前衛にいる方に集める」
「……はぁ。冗談が過ぎたな。志々伎くんよ、お前もそろそろ冗談はよせ」
「あはは、そうだね。でも君が言い出したんだろう」
「あぁ、これは俺が悪かった」
さすがに反省だ。チームメイト達に軽く頭を下げておく。春人も同じく頭を下げていた。
「え、えっと……急に謝られても。どうしたの?」
かわいい系男子がこてんと首を傾げて聞いてくる。
す、すげぇ……こいつ、一部の層になら金がとれそうだな。無駄に可愛いんだけど。
こんな面白いクラスメイトがいたのか。いや、今はバレーの話か。
「集める云々の悪ふざけの事だよ。あんなのは冗談で、もちろん全員でレシーブもトスもアタックもする。学生行事だしな、全員で楽しくやってなんぼだろ。な、志々伎くんや」
「そうだね。でも、当然負ける気はないよ」
「プレッシャーになる発言はやめとけ、今時そんなスポ根のやつなんて少ないんだからよ。やりたいようにやりゃいいだろ」
「――君は退学がかかってるのに緩すぎないかい?」
その春人の発言でチームメイトから視線が集まる。そこにこもる感情は予想に反して悪いものではなさそうでーーだからこそ俺にはよく分からなかったが。
肩の力を抜きながら溜息をひとつ。これで微妙に強張った空気が緩むと思いたい。
「はぁ……まぁ、別に退学になろうがならなかろうが、どっちでもいいしな」
「……そう、かい」
「そうそう。何より、そんなのここにいるチームメイトには関係ない話だしな。なぁ、かわいい系男子くん」
「か、かわいい系男子?!それボクのこと?!え、ちょ、もしかしてボクの名前知らないの?!もう二年の六月なのに?!」
「悪い、あんま学校来ないからな」
「だとしてもだよ!河合だよ!河合大樹!」
「かわいい……だんし?」
「かわいだいきぃっ!」
程よいテンポと切れ味のツッコミ。さすが高山先生のクラス、優秀だなぁ。
「てゆーかホントに覚えてないの?!去年助けてくれたじゃんかっ!」
目をぎゅっと閉じて両手で握り拳を胸元でつくって叫ぶ河合。
うわぉ。え?これでわざとじゃないの?あざとくない?あとで夏希と考察しよう。
「去年の春に怖い先輩に絡まれてたのを助けてくれたじゃん!それで大上くんは停学になったのに謝罪も感謝も受け取ってくれないし!もうっ!」
もうっ、ですって。こいつ、名前と見た目に恥じぬ可愛さかよ。
「って何その微笑ましい顔っ!ちゃんと聞いてないでしょ!」
「かわいい男子……」
「かわいっ!だいきっ!」
あーもうっ!と頭を抱えて叫ぶ河合。和む。
いやまぁ、さすがに思い出してきたけどさ。なんか集団いじめしてたやつの被害者か。確かにそんな事もあったなぁ。一時期話しかけてきた記憶もある。
こいつがあの時の生徒だったのか。さてしっかり思い出したし、とぼけないとな。
「わるい、覚えてない。それ別人じゃないか?」
「そんなワケないじゃん!そうやっていつもはぐらかして!今日こそ謝罪と感謝を受け取ってもらうからねっ!」
なんかヒートアップしてる河合。あー、どうしたものか。
視線だけ周囲に向けると、シンと静まり返ってこちらを注目してる。これはよろしくないなぁ。
「落ち着け、かわいい男「かわいだいきぃっ!」テンポ良すぎぃ」
ついツッコミ欲しさが。しかし食い気味にくるとはやるな。
次は……いや違う、落ち着け。からかうのは後回しだぞ俺。
「まぁ聞け」
河合と、あと自分を落ち着ける為に……ついでに周囲の注目も集まるよう一旦言葉を切って数秒黙る。案の定、河合やクラス中がこちらを見ていた。
「仮にそれが俺だったとして、別にお前を助けるつもりだったとは限らないだろ?たまたまケンカに巻き込まれて運良く無傷だっただけで、もしかしたら一緒にボコボコにされてたかも知れんし」
黙りこくってこちらを睨む河合。涙目ですけどね、怖いどころかむしろかわいらしい。
「それに、例えばだ。女子がしつこくナンパされてて、そのナンパ男がたまたま通り魔に刺されたとする。そして通り魔は捕まった。その女子は通り魔に謝罪と感謝をすべきか?」
「…………」
「仮にだ。仮に俺がお前を結果的に助けたとしても、それが感謝するようなもんかは別だろ。だから、もう気にすんな」
河合は黙りこんだままだ。しかもクラスもなんかお通夜かってくらい静まり返ってるし。
うぅむ、これはどうにも居心地悪い……よし。
「志々伎さんや。これにて作戦会議はおしまいです。締めておしまいなさい」
「ここで僕に振るのかい……」
と言いつつ締めてくれた上にクラスの雰囲気を笑顔とトークでほぐしていく春人さん。さすがっす。
どことなく覇気のない高山先生によるホームルームの号令。
ちなみに一限目はそのままチーム決めに使って良いんだとか。
高山先生はチラリと俺の方を見やる。凛とした隙のない高山先生にしては珍しく、眉尻が少し下がってる。
心配してくれてるのかな。冷たいとか言われてるらしいけど、やっぱ優しい先生だな。
それからクラスで男女別に分かれ、参加する競技を決めた。当然、俺と猪山はバレーに登録した。
「バレーに登録してるやつらは集まれ!」
なんとなく高山先生の視線を受け止めるようにボケっと眺めてたら、猪山のやつが号令をかけた。
偉そうに、なんて誰も言うことはなくバレー組が席を立って集まる。俺も行こっと。
「さぁて、バレーは2チーム組まなきゃいけねぇからな。その内の1チームは俺が決める。あとは残ったヤツらで組め」
つまり自分が選んだ精鋭と残りものチームに分かれろ、と。なかなかの言い分だな。さすがに何人か顔をしかめてるやつもいる。
とは言え、
「文句はねぇよなぁ?球技大会は総合点なんかねぇし、あくまで順位勝負だ。だったら、強い1チームを作った方が賢いのは分かるよなぁ?」
言い方はともかくその通りで、考え方は間違っちゃいない。考え方だけは。
カーストが高い猪山に文句はしないらしく、顔をしかめるも文句を言うヤツはいない。
それに満足したように笑う猪山は、視線を俺に向けてその笑顔をニヤリと歪ませて言う。
「あぁ、大上ぃ。てめぇは俺とは別チームな」
「そうだな」
屯田先生、あんたこういう時だけは仕事早いのね。
まぁ楽しみで仕方ない感じだったし、あの後すぐに猪山のとこに行ったんだろうな。
「お前、バカだな!屯田先生にケンカ売るとはよ!これで退学決定だなぁ!」
すごく嬉しそうに叫ばれた。周りからざわりと声が上がり、目を丸くしてこちらを見てる。
高山先生は目を伏せて、夏希はフンッと鼻を鳴らしてるけど。
宇佐も無表情を忘れて目を丸くしてるしーーこの場で猪山の横にいる春人は、興味深そうに微笑んでやがるし。小さく「へぇ」とか言ってるのが怖い。
「マジか、またやからしたのかよアイツ」
「ついに退学か。いつかやると思ってました」
「ただ屯田にケンカ売りたい気持ちは分かる」
聞こえてんだよな。言いたい放題かよ。そして屯田もなかなか嫌われてるなぁ。
けど確かに勝てるかどうかは確率で半々かそれ以下だし。退学になる可能性は高い。半々ってのもメンバー次第だし。
「バレーで俺に勝てると思ってんのかよバァカ!しかも同じクラスでな!せいぜい俺の選んだメンツの残りカスみたいなヤツらと組んでボロ負けしやがれ!」
ギャハハ、とすっごく楽しそうに笑う猪山くん。
そんな猪山くんの発言に、さすがに苛立ったらしく舌打ちとかしちゃうクラスメイト達。
「前から目障りだったんだよテメェは!学校の嫌われ者のくせに妙に目立ちやがって!はっ、やっとこれで邪魔者が1人消えるワケだ!」
椅子に足を乗せて俺を見下すように笑う。テンション高いなぁこいつ。
てか邪魔者って、目立つ云々じゃなくて宇佐の事だろうな。そんなんじゃないのに気にしすぎだろ。
「良かったな。てかチーム決めようや。周りが待ちぼうけしてるぞ」
「あァ?はいはい、決めてやるから慌てんなよ」
高笑いの余韻を残した猪山はニヤニヤしながらバレー参加組のメンツを見渡す。その視線にバレー参加組のクラスメイトは不快そうな表情だ。
まぁあんな言い方されちゃあな。選ばれなけりゃ腹も立つし、選ばれても選ばれなかった生徒に気まずく思うのが普通だろうしな。
「はい、まず1人決定ぃ!志々岐春――」
「あ、僕は大上くんと組むよ」
「――人ぉおおおお?!」
おぉ、なかなか愉快な驚き方だな。にっこりと人の良い笑顔を浮かべる春人は、猪山の指名をぶった切った。
とは言え俺も驚いてる。春人の事だから、俺と対戦したいとか言って敵チームになる可能性の方が高いと思ってた。
ただ、そのおかげで勝率が半々まで上がったのは事実だ。
はっきり言って春人が敵に回ったら絶対勝てない。そして味方につけばバレー部エース相手でも勝機はある。
一瞬先に誘う事も考えたけど、春人が俺の言う通りに動くかなんて分からないしな。少なくとも条件付きだろうし、夏希とは違うがこいつは自分の基準でしか動かない。
だったら春人の独自の判断に任せることにしたがーー上手くいったようだ。
「な、なな、なんでだよ!?俺がチームを決めるっつったろうが!」
「僕は一言も賛成とは言ってないよ」
「否定もしなかったろうが!」
「じゃあ今否定するよ」
淡々と受け流す春人に猪山の怒りは増える一方だ。ヒートアップしすぎてて顔真っ赤。顧問と似た怒り方だな。
「大体、志々伎はこのクズの事嫌いだろ!よくケンカ売ってたじゃねぇか!」
「何の事だい?普通にクラスメイトのスキンシップをとってだけさ」
「ウソつけ!どう考えてもそんなノリじゃなかったぞ!」
それは確かに。もっと言え猪山。
「あーくそ!ふざけんなよテメェ!」
「ふざけてなんかないさ。それに、ここには他にもバレー部員やバスケ部、野球部と球技に長けた生徒もいるし、僕なんかがいなくても優勝出来るだろ?」
「ちっ……!」
まぁ普通そうなんだよな。しかも1番指名が春人だったからか、ここに居る背の高い男子生徒はどこか苛立たしげだし。多分こいつがバレー部員なんだろうな。
「……まぁいいぜ。そのかわり、あとは俺が決めるからな!」
「お好きにどうぞ」
「じゃあまずはーー」
そうしてヤケクソ気味に指名していく猪山。見た感じだけど運動部っぽいのががっつり集まってチームになった。
んで、こっちはメガネの似合う文系男子や、背の低いかわいい系男子などなど。そんなメンツを見て、猪山はニヤリと笑う。
「すまねぇなぁ大上ぃ、そっちに回す運動部はいなかったわ!」
「あぁ、いいよ。そんなに気にすんなよ?」
「してねぇんだよバァカ!」
怒っちゃった。んじゃ言うなよ。めんどくさいヤツだな。
「チーム分けは終わりましたか?終わったら各チームに分かれてリーダーを決めてください。決まり次第、リーダーはチームのメンバーを私に報告しにくるように」
タイミングを見計らうように高山先生が指示を飛ばす。
猪山が叫び散らしてる間に他の種目のチーム決めも終わってたらしい。
「さてと、それじゃリーダーを決めようか」
いやもうお前がリーダー決定だろ。周りもそんな感じの視線で春人を見てるし。
「志々伎くん、お前がやるべきだろ」
「せっかちだね、待ちなよ。皆んなの意見を聞いてからだよ、大上くん」
こいつ……視線が言ってやがる。俺にやらせようと。やってたまるかと睨んでおく。
「いや、皆んなも同じ意見だと思うけど」
「ふぅん、そうかな?」
そう聞き返す春人にチームメイトも揃って頷く。ほら見ろ。こいつの超人ぶりは有名だし、さしおいてリーダーをしようなんて言うヤツはそうはいないだろ。
「でも、大上くんは今回の球技大会は大事なものではないのかい?」
「なんのことだ?」
「猪山くんの言い回しからして、退学がかかってるんだろう?恐らくは、猪山くんのチームに負けたら退学、とか」
ざわり、とまた教室がどよめく。っておい、みんなして聞き耳立ててたのかよ。
あ、高山先生がなんか悔しげな表情してる。それに気付いて、周りが本当みたいだと確信して行く。頼んますよ先生。
「だったら、しっかりリーダーとして立つべきだろう?」
「リーダーだろうがそうじゃなかろうが勝ち負けには関係ないだろ」
「勝った時に、リーダーだった方が印象は良いはずさ」
勝った時に、ね。勝てるワケないだろっていう周りからの視線がすごいですが?ついでに辞めてしまえって視線もすごいけど。
「それに、リーダーと言ってもこれといって仕事はないよ。せいぜい、当日に点呼をとって報告するくらいさ」
「なら誰でも良いワケだろ、志々伎くん?」
「つまり君でも良いよね、大上くん?」
折れる気のない春人に一歩詰め寄る。このやろ……絶対こいつにやらせてやる。
「俺みたいなのより、志々伎くんの方がウケが良いだろ。人気者さんよ」
「退学を賭けた勝負をしてる大上くんがリーダーの方がドラマがあるよ」
「そんなの周りからすりゃどうでもいい、むしろ辞めろとか思ってんだよ志々伎くん」
「そんなことないさ。少なくとも注目の的になるはずだよ、大上くん」
ぜ、全然引く気ねぇなこいつ。腹たってきた、絶対負けねぇ。
「注目の的ぉ?やっと厄介者が消えるっていう嘲笑の的の間違いだろ志々伎くぅん?!」
「……はぁ?分からないだろう?真っ当な盛り上がりを見せるはずだよ大上くぅん!」
「さっすが優等生は考える事が違いますねぇ志々伎くぅん?!」
「優等生じゃないさ、君がひねくれすぎてるだけだろ?それとも目立って賞賛されるのが恥ずかしいのかな大上くんは?!」
「はぁあ?!学校一の嫌われ者とか言われてんだぞこっちは!なら学校中のやつが消えて欲しいと思ってるに決まってんだろぉが、この志々伎春人ぉ!」
「はぁあ?!学校中がだって?!バカ言わないで欲しいな!それに自意識過剰じゃないかなぁ?!それに猪山くんも嫌われてるし負けたら喜ぶ人もいるさ、大上秋斗!」
「俺をポッと出の嫌われ者に負ける嫌われ者だと思うなよ春人ぉ!」
「そこに食いつくのおかしいよね秋斗!?」
「おい志々伎ぃ!誰が嫌われ者だこら!」
「「うるさい!」」
「うぉっ?!」
「てか今何の話してんだっけ春人ぉ!?」
「君が自意識過剰って話だよ!!」
「違ぇだろ!そうだ、お前が優等生だって話だったろ!」
「――どちらも違います。リーダーを、早く、決めましょう、ね?」
「「あ、はい」」
……やべ、つい熱くなってしまった。
高山先生の底冷えするような、一言一言強調させた声に一気に冷静になった。こわぁ。
「おいおい春人、お前のせいで怒られたろうが」
「バカだね、間違いなく秋斗のせいだよ。僕は優等生だからね」
「あっ!ほらやっぱ優等生じゃねえか!言った通りだ!はい俺の勝ちぃ!」
「そんな話じゃなかったろう!?秋斗が自意識過剰って話だ!まだ勝負はついてない!」
「私の話、聞いてましたか?」
「「すいません」」
くっ、春人のせいでまた怒られちまった。
しかもこいつ、お前のせいだみたいな目で見てきやがって。こっちのセリフだ。……それにしても教師の威圧感ってこういう事を言うんだな、久々に背筋が凍った気分だ。
「あ、あんな志々伎くん初めて見た……!」
「だ、だな……同じチームになった時はどうしたのかと思ったけど、やっぱりめっちゃ仲悪いんだなあいつら」
「いや途中から自然に呼び捨てにしあってなかったか?むしろあれは逆に仲良くね?」
「ムキになる志々伎くんもステキ……!」
……ぅあー……やっちまった。
よく見たら周りが好奇心やら疑問やらの視線をこっちに向けてきてるし。つい熱くなりすぎた。春人相手だとこうなる事があるから良くない。
あとゲラゲラ笑ってやがる夏希さんや、忘れねぇからな。
「あ、先生。リーダーは大上くんがやります」
「はぁ?!おま、ちょ、何をしれっと!」
「分かりました」
「あれ、分かっちゃうんすか?!ちょ、高山先生、嘘です!志々伎くんがやります!」
「いえ、今その志々伎くんから報告がありましたから」
「いや違いますって!ツッコミ待ちっすよ、優等生のつまらんボケってやつっす!」
「失礼だな大上くんは。僕はボケなんかしたことないよ」
「ある種の天然ボケの志々伎くんが何か言ってるぞおい!」
「ぼっ、僕のどこか天然ボケだ!」
「定期的にボケとしか思えない超人ぶりをお届けしやがって!ツッコミにくいんだよ!その上自覚ないから天然だっつってんだろうが!」
「サブスクみたいな言い回しが鼻につくよ!それにこじつけが過ぎる!大体それを言うなら君はツンデレだろう!男のツンデレとかどうなんだい?!」
「バカか!俺はただの平凡男子だ!」
「それはツッコミ待ちかい?!バカは君だよ、今すぐ校内放送で平凡男子に謝るんだね!」
「やかましいぞ天然ボケェ!お前はその超人ぶりを俺に謝れ!」
「2人ともやめなさい。大上くん、リーダー決定ね」
「うそん」
ポカンとした教室に、それはもう夏希の笑い声は響き渡りました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はぁ……マジで悪い。お前らのリーダーが俺になっちまった。志々伎くんのせいで」
ジロリと春人を睨みながらバレーのチームメイトとなったメンツに謝る。
俺の睨みは春人の得意げな笑顔に弾かれたけどな。次こそ覚えとけよ……!
「い、いや、別に大上くんでも大丈夫だよ……?」
「う、うん。それに、あんなに志々伎君があそこまで推すなら……」
かわいい系男子と、ぽっちゃり系男子が曖昧に笑いながらそう言ってくれた。文系男子も頷いている。優しいじゃないかこいつら。春人とは大違いだ。
「ありがとな。もし俺のせいで周りからなんか言われるようなら志々伎くんに言ってくれ。後始末してくれるらしいから」
「わ、分かった……い、いいの?志々伎くん?」
「構わないよ。もし、そうなったらね」
よし、言質ゲット。これでこいつらの心配はしなくていいだろ。
さてと、作戦会議だっけか。ほっぽりだして寝たい。ちゃんとしないとまた高山先生に怒られるけど……作戦ねぇ。
「なぁ志々伎くんよ。作戦とかいるのか?」
「リーダーが決めなよ」
「おい、リーダーの仕事は点呼だけじゃなかったのか?」
にっこり笑って黙る春人。こ、こいつ……!
「よぉし、分かった。作戦は志々伎にボールを集める、だ。ローテーション無視でとにかく集める。以上!」
「えっと、志々伎君が後衛にローテーションしても……?」
「集める」
「一度トスを挟……」
「むことなくひたすら集める」
春人ならバックアタックも出来るだろうし。
チームメイトは「えぇ……」と春人の顔を見る。
「うん、別に良いよ。それなら僕は大上くんに集めるけど」
「はぁあ?!おいおい子供かよ志々伎くぅん?!」
「君に言われたくないよ大上くん」
「お、落ち着いて……」
「「………」」
メガネが似合う文系男子が止めてきた。
そんな怯えた表情で言われちゃ止まらざるを得ない。さすがに悪い気がした。多分春人もそんな感じだろう。
「じゃあ折衷案にするかい?僕か大上くんがローテーションしてもどちらかが常に前衛になるようにポジションを組む。そして僕か大上くんの前衛にいる方に集める」
「……はぁ。冗談が過ぎたな。志々伎くんよ、お前もそろそろ冗談はよせ」
「あはは、そうだね。でも君が言い出したんだろう」
「あぁ、これは俺が悪かった」
さすがに反省だ。チームメイト達に軽く頭を下げておく。春人も同じく頭を下げていた。
「え、えっと……急に謝られても。どうしたの?」
かわいい系男子がこてんと首を傾げて聞いてくる。
す、すげぇ……こいつ、一部の層になら金がとれそうだな。無駄に可愛いんだけど。
こんな面白いクラスメイトがいたのか。いや、今はバレーの話か。
「集める云々の悪ふざけの事だよ。あんなのは冗談で、もちろん全員でレシーブもトスもアタックもする。学生行事だしな、全員で楽しくやってなんぼだろ。な、志々伎くんや」
「そうだね。でも、当然負ける気はないよ」
「プレッシャーになる発言はやめとけ、今時そんなスポ根のやつなんて少ないんだからよ。やりたいようにやりゃいいだろ」
「――君は退学がかかってるのに緩すぎないかい?」
その春人の発言でチームメイトから視線が集まる。そこにこもる感情は予想に反して悪いものではなさそうでーーだからこそ俺にはよく分からなかったが。
肩の力を抜きながら溜息をひとつ。これで微妙に強張った空気が緩むと思いたい。
「はぁ……まぁ、別に退学になろうがならなかろうが、どっちでもいいしな」
「……そう、かい」
「そうそう。何より、そんなのここにいるチームメイトには関係ない話だしな。なぁ、かわいい系男子くん」
「か、かわいい系男子?!それボクのこと?!え、ちょ、もしかしてボクの名前知らないの?!もう二年の六月なのに?!」
「悪い、あんま学校来ないからな」
「だとしてもだよ!河合だよ!河合大樹!」
「かわいい……だんし?」
「かわいだいきぃっ!」
程よいテンポと切れ味のツッコミ。さすが高山先生のクラス、優秀だなぁ。
「てゆーかホントに覚えてないの?!去年助けてくれたじゃんかっ!」
目をぎゅっと閉じて両手で握り拳を胸元でつくって叫ぶ河合。
うわぉ。え?これでわざとじゃないの?あざとくない?あとで夏希と考察しよう。
「去年の春に怖い先輩に絡まれてたのを助けてくれたじゃん!それで大上くんは停学になったのに謝罪も感謝も受け取ってくれないし!もうっ!」
もうっ、ですって。こいつ、名前と見た目に恥じぬ可愛さかよ。
「って何その微笑ましい顔っ!ちゃんと聞いてないでしょ!」
「かわいい男子……」
「かわいっ!だいきっ!」
あーもうっ!と頭を抱えて叫ぶ河合。和む。
いやまぁ、さすがに思い出してきたけどさ。なんか集団いじめしてたやつの被害者か。確かにそんな事もあったなぁ。一時期話しかけてきた記憶もある。
こいつがあの時の生徒だったのか。さてしっかり思い出したし、とぼけないとな。
「わるい、覚えてない。それ別人じゃないか?」
「そんなワケないじゃん!そうやっていつもはぐらかして!今日こそ謝罪と感謝を受け取ってもらうからねっ!」
なんかヒートアップしてる河合。あー、どうしたものか。
視線だけ周囲に向けると、シンと静まり返ってこちらを注目してる。これはよろしくないなぁ。
「落ち着け、かわいい男「かわいだいきぃっ!」テンポ良すぎぃ」
ついツッコミ欲しさが。しかし食い気味にくるとはやるな。
次は……いや違う、落ち着け。からかうのは後回しだぞ俺。
「まぁ聞け」
河合と、あと自分を落ち着ける為に……ついでに周囲の注目も集まるよう一旦言葉を切って数秒黙る。案の定、河合やクラス中がこちらを見ていた。
「仮にそれが俺だったとして、別にお前を助けるつもりだったとは限らないだろ?たまたまケンカに巻き込まれて運良く無傷だっただけで、もしかしたら一緒にボコボコにされてたかも知れんし」
黙りこくってこちらを睨む河合。涙目ですけどね、怖いどころかむしろかわいらしい。
「それに、例えばだ。女子がしつこくナンパされてて、そのナンパ男がたまたま通り魔に刺されたとする。そして通り魔は捕まった。その女子は通り魔に謝罪と感謝をすべきか?」
「…………」
「仮にだ。仮に俺がお前を結果的に助けたとしても、それが感謝するようなもんかは別だろ。だから、もう気にすんな」
河合は黙りこんだままだ。しかもクラスもなんかお通夜かってくらい静まり返ってるし。
うぅむ、これはどうにも居心地悪い……よし。
「志々伎さんや。これにて作戦会議はおしまいです。締めておしまいなさい」
「ここで僕に振るのかい……」
と言いつつ締めてくれた上にクラスの雰囲気を笑顔とトークでほぐしていく春人さん。さすがっす。
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