学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら

みどりぃ

10 歓迎会

「美味い……!お、おい秋斗っ」
「だから言ったろ。しばらくこれが食えるなら泊めるのもやむなしだ」
「いいなー!あたしもしばらく泊まる!」
「寝るとこねえよ」

 せこいー!と叫びながらもバクバクと宇佐の料理を食べ続ける夏希。
 食いながら喋るな、というありきたりな注意をするよりも、夏希1人で全部食べてしまいかねないと宇佐を除く全員が素早く動き出す。

「てめっ、1人で全部食う気か?!どけ、俺も食う!」
「夏希、ストップ。僕まだ一口も食べれてない……ちょ、箸を弾くのはマナー違反だろう?!」
「うっせぇ春人!春人は家の料理が美味しいじゃんか!あ、秋斗待て!お前毎日食ってんだろー?!」
「お、お、美味しすぎる……!き、危険すぎだよぉ!でも悔しい、箸が止まらないっ」
「す、すごいじゃない、その歳にしてはやるわね。わ、私の次にね」

 夏希が俺と春人の箸を弾きながらもちゃっかり自分の皿に料理を運ぶ。マナーの欠片もねえなこいつ。
 しかもよく見たら夏希の尊敬する姉さんとなんだかんだ甘い梅雨の妨害はしてないのが余計腹立つ。
 そして姉さん、あんた料理だけはダメなのに何故この飯に対抗心燃やせれるの?

「ね、根古屋さん、また作りますから」
「え、マジっ?!」
「はい、私の料理で良ければお腹いっぱいまで」
「言ったからね!言質とったからね!」

 マナーも女子力もない夏希に見かねたのか、宇佐が宥めるように言う。いや、言ってしまった。

「あーあ、腹いっぱいとか言っちまったか。宇佐ドンマイ」
「え?」
「宇佐さん……今度寸胴鍋貸すよ」
「え、え?」
「冬華ちゃん、度胸と根性あるわね」
「えぇっ?」

 夏希が大食いなのは伝えたんだけど、多分甘く見てるな。

「夕食に回転寿司で5桁まで食って、夜食を食う女だぞ」
「ごっ……?!」

 小さく耳打ちしてやると宇佐が固まった。
それから「ご飯15グラムが2貫で30グラムで、ネタが8グラムの倍の16グラムで、それを100皿だと……え、嘘」とかぶつぶつ言って何回も計算し直してる。
 テスト上位の宇佐が間違えるはずもないけど、色々と認められないらしい。しまいには「カロリーは……いやいやまさか」とか言って乾いた笑い声を真顔で溢してるし。

「ちょっと秋斗、なんか失礼な事言ってなーい?」
「いや全く。夏希がお腹いっぱいになれるようにアドバイスをしただけだ」
「ふーん……え、待って。宇佐さんさっきからあたしの胸めっちゃ睨んでんだけど」
「気にするな」

 夏希の「いや無理無理気にするって!」という半泣きの声と、宇佐の「そこか、そこにいくんですか……?」といういつになく低い声を聞き流して、夏希が怯えて動かない内に宇佐の料理を確保していく。あ、春人のヤツいつの間かしれっとこんもり取り込んでやがる!

「うわ、本当に美味しいね。お母さんの料理を超えかねないレベルだよ」
「だよねお兄ちゃん。これを高校生の美少女が作るなんて……!冬華さん反則ですよぅ!」

 聞きようによってはマザコンのような発言をする志々伎兄妹だが、それは単純にこいつらの母親の料理がマジで美味いだけの話である。
 
「てゆーかアンタ達、冬華ちゃんの料理ばっかりじゃなくて他の料理も食べなさいよ」
「姉さんもな」

 率先して食べてるくせによく言うわ。
うちの母と夏希の母の料理は全然下手じゃないし普通に美味いけど、志々伎母や宇佐の料理とまではいかない。なので普段食べれないレベルに姉さんと夏希は特に食いつくのも仕方ない。

 宇佐は夏希を宥めたり買ってきた料理を食べたりといかにも普通そうにしているが、耳が真っ赤なので照れてるのが見て分かる。

「いよっ、料理上手!良い嫁になれるねっ」
「不思議と褒められてるのに腹が立ちますね」

 褒めたら何故か睨んでくる宇佐に肩をすくめて見せ、料理に視線を戻す。
 うん、美味い。俺もしばらくは居候の条件で食べれるとはいえ、遠慮する気は欠片もない。

「あっ、しまった!秋斗のスイッチが入った!」
「秋斗てめっ、だからお前は明日から食えるだろーが!」
「うるせぇ!今この時の飯は今しか食えねえんだよ!」
「ちょっとアキ!大人気ないわよ!」
「アキくんも何気にたくさん食べるもんねぇ」

 食べるスピードを上げてーーもちろん料理を味わえる範囲でーー箸を進めると、少食だからかすでに満足そうな梅雨以外が慌て始めた。
 夏希が止まったからと油断したな!と食べ進めていきーーものの数分後には宇佐の料理だけが綺麗になくなっていた。

「宇佐さん、ごちそうさま。とても美味しかったよ」
「宇佐さんご飯上手すぎー。嫁においでよー。あ、その前に腹一杯作ってね!」
「冬華ちゃん、とても美味しかったわ。ありがとね」
「冬華さん、ごちそうさまでしたっ!」
「えっと、おそまつさまでした。お口に合って良かったです」
「いや食い終わってないけどな」

 こんな会話をしてるけど、梅雨と宇佐以外は進行形で食事中である。あくまで宇佐作のがなくなっただけ。
 それから買い出し分の料理を食べ進めるも、梅雨、宇佐、姉さん、春人の順に割とすぐに満腹だと箸を置き、それからしばらくして俺もお腹いっぱいになって手を合わせた。

「いやぁ久しぶりに腹いっぱいまで食ったな」
「……大上さん、結構食べますね。食材多めに買わないと…」
「あーいや、普通の一人前で大丈夫だぞ。一般的な一人前で膨れる感覚に慣れてるし」

 毎回満腹まで食ったら食費が高くつくので、満腹にならない事に慣れてしまった。別に不満だとも思わないし、そのうち胃が小さくなれば良いなという希望的観測もある。
 でも、と眉尻を下げる宇佐に本当に問題ないと言い聞かせる。
 しばしの会話の応酬の後に納得した宇佐は、今度はテーブルの上に所狭しの広げていた――だいぶ減ったもののぼちぼちの量が残ってるーー料理を眺めてふむと頷いた。

「残ったものは保存して明日に回しましょう」
「残ればな」
「え?……あ。いや、でもそんな」

 バカな、とでも続けたかったであろう宇佐は、しかし俺や周りの顔を見て言葉を途切らせーーそれからバッと夏希を見た。
その視線に気付いて首を傾げながら食べる速度を落とさない夏希に、恐ろしいものを見たように「ひぇっ」ととても小さく悲鳴を上げていた。

 それからしばらくしてきっちり完食した夏希は満足そうに腹を撫でた。

「さすが春人、量ぴったりだな。ぴったりすぎてキモいわ」
「いや秋斗の追加の微調整も流石だよ。人の妹の胃袋を把握してるとか気味悪いね」

 俺と春人が褒め合うと、何故か姉さんと梅雨が呆れたような視線を向けてきた。
すると、横から「ひえっ」と先程聞いたような悲鳴が聞こえて視線を移す。

「な、なんで睨むんだよ宇佐さーん!」
「…………………いえ、睨んでませんよ」
「め、目に光がない!怖ぁっ!」

 さっきとは逆で悲鳴を上げたのが夏希で、上げさせたのが宇佐だったが。
 おまけに梅雨が「それでいて腹回りはくびれてるんだよね。いーなー夏希姉」と呟き、そのせいかさらに視線が鋭くなってる。

 梅雨に小声で「イジメてやるなよ」と呟くと、てへっと笑う。綺麗な花にはトゲがあるというが、可愛い花には毒があるのかも知れない。
 素直で可愛い妹分だけど、たまに悪戯っ子というか小悪魔のような一面を見せる。
そこも可愛いんだけど、腹黒な一面を持つ兄といい、志々伎家は一癖持たないといけない家訓でもあるんだろうか。

「さて、片付けようかしらね。梅雨、手伝いなさい?」
「えー、わたしなのぉ?」
「そうよ。アンタ準備の時サボったでしょ?」
「あっ、そうだった!ごめんなさぁい、やらしていただきますっ」

 そんな梅雨も姉さんには基本的に逆らわない。まぁなんだかんだ素直で良い子なのもあるか。

「あ、紅葉さん、僕がやりますよ?」
「いいわよ。皿洗いは私の仕事なの」

 姉さんは料理出来ないから、昔から片付けの担当だった。ちなみに作るのは親があまり家にいなかったので割と高い頻度で俺が作ってた。食えなくはないっつーレベルだけど。
 
「そ、それなら梅雨と変わりますよ。手伝わせてください」
「そう?でも梅雨は準備――」
「姉さん、春人が妹思いなのな知ってるだろ?やらせてやれって」

「……そうね。じゃあ春人、手伝ってね」
「はいっ」

 仕方なさそうに肩をすくめる姉さんを追いながら俺をちらっと見る春人に、ニヤリと意地悪く笑ってみせる。
 それにニコリと返す春人。ちっ、からかいがいのないヤツめ。

「お兄ちゃん真面目だなぁ」
「春人のやつ、どんだけ梅雨の事好きなんだよ」
「………え、もしかして…」

 呑気に笑う梅雨と呆れたような夏希は置いといて、何かに勘付いた様子の宇佐に視線をやる。宇佐も先程の俺達の視線のやりとりで察したのか、同時に俺の方に視線を向けてきた。
 誤魔化しても無駄そうだったので、周囲に見られないようさりげなく人差し指を口元に当てる事で伝える。

「………っ!」

 すると、目を輝かせながら丸くして、楽しげに緩む口元を両手で隠しながらチラチラとキッチンへと視線を向け始めた。
 乙女かよ、と見たまんま女子の宇佐に内心ツッコミつつ、視線を追って春人を見ながら誰にも聞こえない音量で「悪い、バレた」と謝っておいた。
 その時にギョッとした顔で春人がこちらを見たのは偶然だろう。真横に居る梅雨にすら聞こえなかったのに、水道から水が出ているキッチンに立つ春人が聞こえるはずない。ない、よね?




 腐れ縁の完璧超人ぶりが人間の域を超えないか内心不安になりつつも、夏希の思いつきで始まった歓迎会は良い雰囲気のまま終わり、成功だったと言えるだろう。
 帰りは全員同じ方向――幼馴染の俺達は実家が割と近所――なので、春人に送りを任せて見送った。

「お疲れさん」
「いえ、こちらこそありがとうございました」

 リビングで休憩がてら腰を下ろすと、長方形のテーブルの対角線に座った宇佐が小さく頭を下げた。
 礼儀正しい。しかし同い年だからなのかどこか壁を感じる態度だが、お湯に浸かりたいが為の居候でしかない彼女からすればそんなもんだろう。
 そういう俺も飯につられただけなので人の事を言えないし、普通の会話が出来れば十分で仲良くなりたいワケではないので追求する気もない。

「いや、今回盛り上がったのは宇佐の飯のおかげだわ」
「それなら嬉しいですけど……えと、今日のお礼は必ず」
「いやいらん。しいて言えばあいつらにしてやれよ」

 特に夏希には約束までしてるし。根古屋家の両親ですら娘を満腹まで食べさせるのは諦めてるくらいだってのに、宇佐も大変だな。
 とか思ってると、宇佐はいつもの無表情さに不満げな雰囲気を匂わせた。けど聞くのも面倒なので無視して時計を見ながら言う。

「風呂、お湯ためて先にどうぞ」
「………良いんですか?」

 お湯をためる事か、先に入る事かは分からないが、どちらも問題ない。

「それが宇佐のご希望のメインだしな。あ、ためたお湯は出る時抜いてもいいぞ」
「大上さんは浸からないんですか?」
「先でも後でも男が浸かるのは嫌って聞くしな。あと俺は普段からシャワーだけだし」

 梅雨は毎回お湯を張替えるらしいし。それを知った志々伎父がショックを受けていたとか。ドンマイっす。
 
「構いませんよ。私は気にしませんし、何よりここはあなたの家ですから」
「……了解。なら久しぶりに少し浸かるか」

 心底不思議そうにキョトンとされては拒否する方がおかしな気がしてしまう。

1時間程で風呂を終えた宇佐の後に風呂に向かい、浴室の嗅ぎ慣れない匂いに眉間に皺が寄った。見れば持ち込んだのか俺が使っていたジャンプーとは違う種類のものが置かれている。

(……さすがに、少し心臓に悪いな)

 どうにも落ち着かず、久しぶりの湯船にも浸かる事なく出る事になってしまった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「……早いですね」
「男なんてそんなもんだろ」

 落ち着かないので結局お湯には浸からなかったと言えずに適当に誤魔化しておく。
 宇佐は漫画の山ーー汚いと先日宇佐に怒られて、とりあえず端に寄せ集めたーーの横に座って漫画を読んでおり、先程の会話も漫画に視線を向けたままである。
 熱中してるなと思う反面、そのシリーズ続きなかったようなと持ち込まれた漫画の不規則さを思い出す。

それと同時に宇佐がパタンと漫画を閉じて、続き探し始めてーー当然無い事に気付いたようで、首だけ動かして視線を俺に向けてきた。

「………」
「………」

 どこか不満気そうな表情ながらも、それを催促するのは居候として気が引けるのか、結局じぃっと俺を見て黙りこむ。
 手元に無いものはないし、夏希に頼んだところで気まぐれなアイツが持ってくるか分からない上に、そもそもめんどいと思って黙る俺。
 先に痺れを切らしたのは宇佐だった。

「続き、ないんですか?」
「見たいなら夏希に頼んでみろよ」
「……その内、聞くだけ聞いてみます」

 頼むのかよ。少し間があったのは遠慮なのか夏希への申し訳なさか。それでも読みたいあたり、かなり面白かったらしい。
 それからどこかしょんぼりした雰囲気で漫画を山のてっぺんに置き、体ごとこちらに向きを変えて「それにしても」と切り出した。
 
「今更ですけど、どういう交友関係なんですか」
「説明したろ?姉と腐れ縁2人、その妹だ」
「そうじゃなくて……いえ、そうですね。では質問を変えます。何で学校ではあのお二人と話さないんですか?」
「腐れ縁とは言え、俺の立場とあいつらの立場は違うからな。話しかけないんじゃなくて、話しかけれないだけだ」

 人気者と嫌われ者だからな、と肩をすくめて見せるも、宇佐の顔に納得した様子はない。案の定、首を小さく傾げた。

「そんな事を気に出来る繊細さを持ってるとは思えませんけど?」
「うるせ。あとはまぁ、人気者と仲良く話してたら周りが怖い。それが大きな理由だな」
「……聞いた噂を信じればですけど、大上さんなら返り討ちに出来るのでは?」
「噂は噂だろ、そんな力はないって。それに仮に俺が強いとしても、集団で来られたら絶対勝てないし」

 ケンカにせよ発言力にせよ、多数というアドバンテージは凄まじい。しかもそれが学校中から嫌われている弱者相手であれば、本当にシャレにならん。
 集団心理で流されたり見境がなくなったりと、調子に乗ってしまった集団イジメはタチが悪い。どこまでもエスカレートしかねないしね。

「なるほど、そうですね。でも、それだけなんですか?」
「あぁ、そうだけど」

 もういいだろ、と肩をすくめても、ジトッとした目で見てくる。何を言わせたいのか分からないーー事はないけど、そこまで言うつもりはないしなぁ。
 逃げるように時計を見れば、それなりに遅い時間になっていた。これ幸いと立ち上がって、逃走することにする。

「んじゃもう寝るわ。宇佐も程々で寝とけよ?明日学校だぞ」
「……そうですね。分かりました」

 追求は諦めてくれたらしく、溜息混じりに返事をして漫画を一冊手に取る。いやまだ読む気かよ。
 まぁいいか、とリビングを出ようとすると、背中に宇佐の声が届いた。

「おやすみなさい」
「………あぁ、おやすみ」

 言葉が詰まったのは、久しぶりに聞いた言葉に何と返すか分からなかったからなのか。

「……嘘つき。根古屋さんの為に話しかけないって言ってたじゃないですか」

 そんな事を考えていたからか、何か宇佐が呟いたような気がしたけど、それを聞き取る事は出来なかった。
 聞き返す気にもなれず、寝室に戻って仕事を進めた後、ベッドに潜り込む。お腹いっぱいになった事もあってか、意識はすぐに飛んでった。

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