学校一の嫌われ者が学校一の美少女を拾ったら
8 お誘い
散々だった学校を終えて、帰り道までも通りすがる人達――主に男――から睨まれて、やっと家に着いた。
睨まれすぎていい加減精神的に疲れた。このまま横になりたいんだけど、そうもいかない。
「ほら、荷物」
「ありがとうございます。重たかったですよね」
「気にすんな。んじゃ夏希、適当によろしく」
「へーい」
宇佐に荷物を渡して、夏希ごと仕事部屋へと促す。
俺の家なのに何故か半分くらい夏希に侵食されている仕事部屋。そこで宇佐が不定期で泊まるというなら、夏希から説明なり相談なりした方が良いだろう。
それにしてもここまで話を進めておいて今更だけど、何故こうなってしまったのか。
今日の学校を振り返ると既に後悔しかない。今からでもどうにか出来ないもんかね。
「なぁー秋斗ぉ、パソコンはどうするー?」
リビングのソファで頭を抱えてると夏希から声が掛かる。
確かにこれからは仕事部屋として使いにくくなるし、パソコンを置いたままだと不都合になるか。寝室に詰め込むしかないか。
「寝室に持ってくわ。入っていいか?」
「おー」
一応許可をとって仕事部屋へと入る。不思議な事に、俺の家のはずなのに良い匂いがする。これは美少女効果なのか。
「ついでに書類で出してるのも持ってけよー?」
「そうだな。まぁ多分半分くらいもう終わったやつだけど」
「おいおい、ちゃんと整理しろよー?そーゆーとこ雑だよなぁ」
「別にいいだろ、ちゃんと把握はしてるんだから」
夏希から小言をもらいながらパソコンの配線を外して、書類をまとめていく。
大体はメールやデータでやりとりするので、あまり書類は多くない。主に長期間になりそうな仕事を見返しやすくする為に印刷してるだけだし。
「あの……すみません。ご迷惑をおかけしてしまって」
「いや今更だろ。お互いメリットデメリット込みで交渉した結果なんだし気にすんな」
「そう、ですけど」
俺の雑なフォローでは効果が弱かったのか、宇佐は申し訳なさそうに俯いたまま。
まぁいきなり我が物顔でふんぞり返られるよりはマシかも知れないが、だからといってこのままの態度でいられるのも居心地が悪い。
「いつもの傍若無人なマイペースさはどうしたよ?そんな態度だとまともなヤツに見えるぞ?」
「……私、常々まともですけど。あと傍若無人だなんて失礼です」
「いや、割と適切な表現な気がするけど。この荷物だって有無を言わさず押し付けて来たし」
「あ、あれは、だって……大上さんが逃げそうな気がしたので、つい…」
おぉ、読まれてた。ただそれを認める発言は勿論しない。
「まぁとにかく、今更だから変な態度はやめてくれ。こっちが対応に困る」
「はぁ……善処します」
こいつの善処は聞く気がないパターンな気がする……さて、どうするか。
「……よし。夏希、飯食ってくか?」
「え、いいの?もしかして宇佐さんの歓迎会とかかー?」
「あー、そのつもりななかったけど……それでいいや。とにかく美味いもんが食べたい」
「適当だなぁ。てゆーかそれだと出前でもとんの?それともどっか食いに行く?」
「いや、宇佐が作る」
もともと泊める条件に提示されたのは『飯を作ること』だ。だったら当然しっかり履行してもらう。
「はぁ〜?こーゆーのって普通歓迎される側が作らなくない?」
「いいんだよ、そーゆー条件なんだから。なぁ宇佐?」
「そうですね」
「えぇー。なんか違う気がするけどなぁ」
「まぁそう言うなよ。そういう条件で泊めるワケだし、それに夏希だって一回食ったら俺の気持ちが分かるはずだ」
「え、そんな美味いの?宇佐さんそんな可愛い上に料理上手?」
「え、いや、どうなんですかね……」
「マジで美味い。じゃないと俺が泊める許可なんて出すと思うか?」
宇佐の高校生とは思えないレベルの料理がなければ、面倒事ばかりの宇佐なんてとっくに追い返している。
夏希も俺の事は理解してるからこの説明で分かるはずだ。
「はぇー……てっきり秋斗も可愛い子には弱いのかと思ってた」
「い、いえ、そんなことは……」
「可愛いのは認めるけど、それだけじゃ俺がこんな面倒な事するワケないだろ」
「あ、あのもう……」
「分かんないじゃん。なんてったって学校一の美少女だしー?」
「こ、この話はやめませんか……」
「バカ、逆に考えてみろよ。こんだけ可愛けりゃ俺がどうこう出来るワケないだろ。だから飯の方が大事なんだよ」
「う、うぅ……」
「まぁそれはそーかも。秋斗も不細工じゃないけど、宇佐さんはちょっとレベルが違いすぎるもんねぇ」
「…………」
やっと理解した夏希に溜息をつきつつ、飯のリクエストをしようと宇佐へと振り返る。
俺の視線を追った夏希と俺が、宇佐を見て同時に言葉を失った。
「………これ、怒ってる?」
「いや、照れてるんじゃない?」
「そうか?怒ってるようにしか見えないんだけど……よし夏希、あと頼んだ」
真っ赤な顔を俯かせて握り拳をプルプルとスカートの前で振るわせる宇佐。なんて声を掛けるべきか分からず小声で夏希へ助けを求める。
だが、それよりも早く宇佐が起動した。
「ふ、2人とも私の話を無視して!もう知りません!ご飯のリクエストは何ですか!?」
「知らないって言う割にはリクエスト聞いてくれてる!宇佐さん可愛い!」
「そ、それを辞めろって言ったじゃないですか!根古屋さんは意地悪です!」
「確かに夏希って意地悪だよなぁ。宇佐、ドンマイ」
「大上さんが一番意地悪ですっ!リクエストは何ですか?!」
「え、何で俺も?てかリクエスト聞いてはくれるんか」
ぷりぷり怒る宇佐を夏希と2人で宥め、リクエストを伝える。とりあえず和食が美味かったし、和食で何かしらよろしく。という大雑把なものだけど。
それでも宇佐は了承してくれて、冷蔵庫の中を確認している。その姿をなんとなく眺めていた夏希がぽそりと言葉を漏らした。
「……ねぇ。何あの可愛い生き物」
「いやめっちゃ怒られたけど」
「秋斗はバカだなー。あれどう見ても照れ隠しだったじゃん」
「はぁ?顔赤くなるまで怒ってたろ。実際怒鳴られまくってるし」
「あーあ、これだから秋斗は。アイツの爪の垢でもなめとけ」
「せめて煎じてくれ……」
呆れの視線を寄越す夏希に顔をひきつらせていると、ふと夏希の表情が変わった。
まさに『良い事思いついた』みたいな表情に、しかし何故か嫌な予感がする。
「てゆーかさぁ、歓迎会ならもっと人数欲しくない?」
「え、宇佐が作るの大変になるだろ。食材も足りないかもだし」
「だーかーらぁ、そこは持ち込みとかで補うんだよ!そしたら宇佐さんの飯も食べれるし、宇佐さんにも料理を用意したって事で歓迎してる感も出るじゃん!」
まぁ言わんとする事は分からなくもない。
そもそも、宇佐にこうしていきなりご飯を作ってもらってるのも、遠慮してる様子だったから交換条件を履行してもらって遠慮を無くす為だったし。
それをちゃんとこなしつつ、こちらも人数と料理を用意することで歓迎会としての雰囲気を作るというのは間違ってはないと思う。
思うのだが。
「誰を呼ぶ気だよ……」
そう、そこが問題なのだ。
少なくとも志岐高校には俺と夏希の友人なんて数える程しかいない。しかも嫌われ者という評価の俺は、その数少ない友人にすら表立って話さないようにしてるし。
「決まってんだろー?アイツくらいしか居ないじゃん。あ!あと紅葉さんも来てくれたら嬉しいなぁ」
「お前まだ姉さんの事好きなんだな」
「そりゃーね!マジ尊敬する!」
「あっそ……しかしアイツかぁ。なんか面倒な学校生活が余計面倒になる気がする」
「まぁそこはあたしも保証出来ないなー」
「お前な……」
アイツかぁ。アイツと俺が友人だってバレたら絶対面倒な事になる。
今まで隠しきれてきたのに、これをきっかけに知られてしまったりしたらと思うとどうも気が進まない。
(………いや、待てよ?)
確かにリスクは大きいけど、メリットもあるか?
少なくとも、仮に宇佐のイジメを解消したいとなったとすれば、アイツを巻き込んでおけばはっきり言って勝利確定だ。
それに現状においても、アイツと宇佐が会話をするだけでも猪山達への牽制になる。それくらいの影響力がアイツにはある。
いや、しかもそうなれば宇佐が俺に話しかけてくる事はなくなるはずでは?
そうだよ、アイツと話せるようになれば俺に話しかける意味もメリットも何もない。なんてったって嫌われ者ですし。
そうなりゃ俺の学校生活もまた静かなものに戻る!おぉ、よく考えたら結構なメリットがある!
(アイツが簡単に思うように動いてくれるかは分からないけど……)
それでも試す価値はある気がしてきた。リスクも難易度もあるけど、上手くやれりゃ俺の学校生活はほぼ元通りになる。
よし、やってみるか。
「分かった、呼んでみるか……って、どうした?」
思考から戻って頷いてみせると、夏希がどこか楽しげに俺を見ていた。懐かしさすら覚える含みのない笑顔に思わず首を傾げる。
「いやー、秋斗、今からアイツに何か仕掛ける気だろ?」
「……バレたか。頼むから内緒にしといてくれ」
「いーよ。それより、また秋斗とアイツがやり合うのを見る方が楽しいしねー」
「やり合うってなぁ。別になんか勝負するワケじゃないんだけど」
「分かってるって。でもなんか久々じゃん」
確かにアイツは妙に俺と勝負をしたがる。
それも含めて学校生活では表立って関わらないようにしていたから、言われてみれば久しぶりなのは間違いない。
中学までは何かと勝負に持ち込まれては逃げられず頻繁に戦ってたからあまり意識してなかったな。
「ま、今回はアイツを上手く誘導するだけで俺の勝ちだからな。どうにかなるだろ」
「いや秋斗って心理はともかく感情には鈍いからなー。アイツはそこらへんも強いしぃ?」
「は?いやアイツも鈍いだろ。中学までとか鈍感主人公を地でいってたろ」
「アイツがいつまでも弱点をそのままにしてるとは思えないけどー?」
……それは確かに。いやだけどアイツだぞ?鈍感主人公そのものかよって散々ツッコミを入れてきたアイツだぞ?
「……いや、大丈夫だろ。いけるいける。よし、とりあえず連絡してみるわ」
「まず呼ぶ時点で条件つけられそーだな」
「そこは大丈夫だ。とっておきがある」
これは夏希も知らない、というか俺しか知らないアイツの弱点だ。
たまたま会話の流れとしても不自然じゃないし、上手く利用させてもらう。
「とりあえず姉さんから声掛けてみるか」
「おっ、いーねぇ!紅葉さん来てくれるかなぁ」
「さぁな。忙しいのは忙しいだろうし」
言いつつスマホを操作して姉へとコールする。少し出るまで遅かったものの、無事電話に出てくれた。
『アキ、どうかしたの?アンタから掛けてくるなんて珍しいじゃない』
「あーいや、暇なら飯でもどうかと思ってな。成り行きで人数集めて美味いもん食おうってなってさ」
『どんな成り行きよそれ。まぁでも良いわよ、丁度今日は予定もないし、アンタがちゃんと一人暮らし出来てるか確認もしたかったしね』
「ちゃんとしてるって。まぁそれじゃよろしく。いつ来ても大丈夫だから」
『分かったわ。もうすぐ生徒会も目処がたつから終わったら行くわ』
「了解。それじゃ」
よし、姉は確保した。そしてこれでアイツへの勝利条件はひとつクリアだ。
「来るってよ」
「やったー!それじゃ持ち込みの料理は紅葉さんの好きなやつにしよー!」
「おー、そこらへんも含めてアイツに連絡してみるわ」
さて問題のアイツへの連絡だ。喜んでる夏希からそっと離れて廊下に出る。数コールの後、相手が電話に出た。
『……驚いた。珍しいね、連絡なんて。槍だけじゃ気が済まなかったのかい?』
「うるせぇ。丸太でも鉄骨でも降って当たりやがれ」
『酷いな。で、どうしたんだい?こちとらやっと解放されたところなんだけど』
「お疲れさん。疲れた時には美味い飯でもどうだ?」
『……まさか、秋斗の部屋でかい?お誘いなんていつぶりだろ。鉄骨どころかグンニグルでも降りそうだね』
「正解。実は宇佐をしばらく泊める事になってな、その歓迎会をする事になってんだよ」
上手く宇佐の事は隠したいから濁したかったけど、どのみちアイツ相手じゃバレそうだしな。最初から言った方がかえって話が早いだろう。
『……へぇ。確かに面白そうだね。でも怪しいな、それをわざわざ僕に教えて、しかも僕を呼ぶなんて……何を企んでるんだい?』
「別に。単に歓迎会となりゃ人数が欲しいとか夏希が言い出してな。呼べるのはお前くらいだろ?」
『だしても、だよ。秋斗は僕との関係をあれほど隠したがってたからね。余程宇佐さんの為に何かしたいと思ってない限りあり得ない』
「そうかも知れないだろ」
『宇佐さんを否定する訳じゃないけど、秋斗が簡単に人を信じたり惚れたりするとは思えないからね』
まぁやっぱりこうなるよな。勘が良い上に俺のことを理解してるとなればそう簡単には釣れないわな。
ただ、こうなることが分かっていたから先に姉さんを呼んだんだ。
「まぁ俺が信じれないって言うなら別にいい。俺と夏希、あとは姉さんとで寂しくやるよ」
『…………………も、紅葉さんも来るのかい?』
はい食いついた。この完璧超人の数少ない弱点、というよりは弱み。
それが我が姉、大上紅葉である。
「おー、来るぞ?お互い忙しいからあんまり話す機会ないだろぉ?いいのかなぁ、こうやって話すチャンスを無駄にしてもぉ?」
『ぐっ……!』
「まぁ来ないなら仕方ない、姉さんには伝えといてやるよ。姉さんが来るって言っても断られた、ってよ」
『………今すぐ行く』
はい釣れた。姉さんの事がなけりゃ苦戦どころじゃなかったろうけど、こうなりゃちょろいもんだ。
「了解。あと宇佐が3人分料理作ってるから、不足の2人分を皆んなでつつける料理で補填したい。来る時に買ってきてくれ。金は分割、内容は任せた」
『はぁ、分かったよ。ちなみに作ってるのは何だい?』
「和食」
『ざっくりしてるね……まぁいいよ、了解』
電話を切り、リビングへと戻る。喜びから落ち着いたらしい夏希がいじっていたスマホから目を離してこちらを見てきた。
「アイツも来るってよ」
「へぇ。で、交換条件は何?」
「なし、だな。料理も適当に買ってこさせた。内容はお任せにしたから良い感じのを買ってくるだろ」
俺の勝利報告に夏希は目を丸くする。
「え、マジ?すごいじゃん秋斗、何て言ったんだよ?」
「秘密だ。これは言うワケにはいかん」
「ええーー!まぁいいけどー」
深くは追求しないのは食い下がっても無駄だと分かってるからだろう。それくらいには付き合いが長いし、夏希は察しが良い。
宇佐にも人が増える事と料理の追加は買ってくる事を伝えた。
いきなりすぎだと怒られたけど、そこは夏希に言って欲しい。夏希のせいだと言っても何故か俺だけ怒られた。
そして丁度料理が完成した頃、チャイムが鳴った。
宇佐の仕上げるタイミングの良さか、それとも姉さん達の来るタイミングの良さか。どっちでも良いけど、配膳を2人に任せて玄関に迎えに行く。
そこには姉さんとアイツが揃っていて、聞けばすぐそこで鉢合わせらしい。
俺は姉さんにバレないようにアイツにニヤリと笑ってやると、思い切り足を踏まれた。
ともあれ、2人を連れてリビングへと戻る。
さて、これからどうなるかな。
睨まれすぎていい加減精神的に疲れた。このまま横になりたいんだけど、そうもいかない。
「ほら、荷物」
「ありがとうございます。重たかったですよね」
「気にすんな。んじゃ夏希、適当によろしく」
「へーい」
宇佐に荷物を渡して、夏希ごと仕事部屋へと促す。
俺の家なのに何故か半分くらい夏希に侵食されている仕事部屋。そこで宇佐が不定期で泊まるというなら、夏希から説明なり相談なりした方が良いだろう。
それにしてもここまで話を進めておいて今更だけど、何故こうなってしまったのか。
今日の学校を振り返ると既に後悔しかない。今からでもどうにか出来ないもんかね。
「なぁー秋斗ぉ、パソコンはどうするー?」
リビングのソファで頭を抱えてると夏希から声が掛かる。
確かにこれからは仕事部屋として使いにくくなるし、パソコンを置いたままだと不都合になるか。寝室に詰め込むしかないか。
「寝室に持ってくわ。入っていいか?」
「おー」
一応許可をとって仕事部屋へと入る。不思議な事に、俺の家のはずなのに良い匂いがする。これは美少女効果なのか。
「ついでに書類で出してるのも持ってけよー?」
「そうだな。まぁ多分半分くらいもう終わったやつだけど」
「おいおい、ちゃんと整理しろよー?そーゆーとこ雑だよなぁ」
「別にいいだろ、ちゃんと把握はしてるんだから」
夏希から小言をもらいながらパソコンの配線を外して、書類をまとめていく。
大体はメールやデータでやりとりするので、あまり書類は多くない。主に長期間になりそうな仕事を見返しやすくする為に印刷してるだけだし。
「あの……すみません。ご迷惑をおかけしてしまって」
「いや今更だろ。お互いメリットデメリット込みで交渉した結果なんだし気にすんな」
「そう、ですけど」
俺の雑なフォローでは効果が弱かったのか、宇佐は申し訳なさそうに俯いたまま。
まぁいきなり我が物顔でふんぞり返られるよりはマシかも知れないが、だからといってこのままの態度でいられるのも居心地が悪い。
「いつもの傍若無人なマイペースさはどうしたよ?そんな態度だとまともなヤツに見えるぞ?」
「……私、常々まともですけど。あと傍若無人だなんて失礼です」
「いや、割と適切な表現な気がするけど。この荷物だって有無を言わさず押し付けて来たし」
「あ、あれは、だって……大上さんが逃げそうな気がしたので、つい…」
おぉ、読まれてた。ただそれを認める発言は勿論しない。
「まぁとにかく、今更だから変な態度はやめてくれ。こっちが対応に困る」
「はぁ……善処します」
こいつの善処は聞く気がないパターンな気がする……さて、どうするか。
「……よし。夏希、飯食ってくか?」
「え、いいの?もしかして宇佐さんの歓迎会とかかー?」
「あー、そのつもりななかったけど……それでいいや。とにかく美味いもんが食べたい」
「適当だなぁ。てゆーかそれだと出前でもとんの?それともどっか食いに行く?」
「いや、宇佐が作る」
もともと泊める条件に提示されたのは『飯を作ること』だ。だったら当然しっかり履行してもらう。
「はぁ〜?こーゆーのって普通歓迎される側が作らなくない?」
「いいんだよ、そーゆー条件なんだから。なぁ宇佐?」
「そうですね」
「えぇー。なんか違う気がするけどなぁ」
「まぁそう言うなよ。そういう条件で泊めるワケだし、それに夏希だって一回食ったら俺の気持ちが分かるはずだ」
「え、そんな美味いの?宇佐さんそんな可愛い上に料理上手?」
「え、いや、どうなんですかね……」
「マジで美味い。じゃないと俺が泊める許可なんて出すと思うか?」
宇佐の高校生とは思えないレベルの料理がなければ、面倒事ばかりの宇佐なんてとっくに追い返している。
夏希も俺の事は理解してるからこの説明で分かるはずだ。
「はぇー……てっきり秋斗も可愛い子には弱いのかと思ってた」
「い、いえ、そんなことは……」
「可愛いのは認めるけど、それだけじゃ俺がこんな面倒な事するワケないだろ」
「あ、あのもう……」
「分かんないじゃん。なんてったって学校一の美少女だしー?」
「こ、この話はやめませんか……」
「バカ、逆に考えてみろよ。こんだけ可愛けりゃ俺がどうこう出来るワケないだろ。だから飯の方が大事なんだよ」
「う、うぅ……」
「まぁそれはそーかも。秋斗も不細工じゃないけど、宇佐さんはちょっとレベルが違いすぎるもんねぇ」
「…………」
やっと理解した夏希に溜息をつきつつ、飯のリクエストをしようと宇佐へと振り返る。
俺の視線を追った夏希と俺が、宇佐を見て同時に言葉を失った。
「………これ、怒ってる?」
「いや、照れてるんじゃない?」
「そうか?怒ってるようにしか見えないんだけど……よし夏希、あと頼んだ」
真っ赤な顔を俯かせて握り拳をプルプルとスカートの前で振るわせる宇佐。なんて声を掛けるべきか分からず小声で夏希へ助けを求める。
だが、それよりも早く宇佐が起動した。
「ふ、2人とも私の話を無視して!もう知りません!ご飯のリクエストは何ですか!?」
「知らないって言う割にはリクエスト聞いてくれてる!宇佐さん可愛い!」
「そ、それを辞めろって言ったじゃないですか!根古屋さんは意地悪です!」
「確かに夏希って意地悪だよなぁ。宇佐、ドンマイ」
「大上さんが一番意地悪ですっ!リクエストは何ですか?!」
「え、何で俺も?てかリクエスト聞いてはくれるんか」
ぷりぷり怒る宇佐を夏希と2人で宥め、リクエストを伝える。とりあえず和食が美味かったし、和食で何かしらよろしく。という大雑把なものだけど。
それでも宇佐は了承してくれて、冷蔵庫の中を確認している。その姿をなんとなく眺めていた夏希がぽそりと言葉を漏らした。
「……ねぇ。何あの可愛い生き物」
「いやめっちゃ怒られたけど」
「秋斗はバカだなー。あれどう見ても照れ隠しだったじゃん」
「はぁ?顔赤くなるまで怒ってたろ。実際怒鳴られまくってるし」
「あーあ、これだから秋斗は。アイツの爪の垢でもなめとけ」
「せめて煎じてくれ……」
呆れの視線を寄越す夏希に顔をひきつらせていると、ふと夏希の表情が変わった。
まさに『良い事思いついた』みたいな表情に、しかし何故か嫌な予感がする。
「てゆーかさぁ、歓迎会ならもっと人数欲しくない?」
「え、宇佐が作るの大変になるだろ。食材も足りないかもだし」
「だーかーらぁ、そこは持ち込みとかで補うんだよ!そしたら宇佐さんの飯も食べれるし、宇佐さんにも料理を用意したって事で歓迎してる感も出るじゃん!」
まぁ言わんとする事は分からなくもない。
そもそも、宇佐にこうしていきなりご飯を作ってもらってるのも、遠慮してる様子だったから交換条件を履行してもらって遠慮を無くす為だったし。
それをちゃんとこなしつつ、こちらも人数と料理を用意することで歓迎会としての雰囲気を作るというのは間違ってはないと思う。
思うのだが。
「誰を呼ぶ気だよ……」
そう、そこが問題なのだ。
少なくとも志岐高校には俺と夏希の友人なんて数える程しかいない。しかも嫌われ者という評価の俺は、その数少ない友人にすら表立って話さないようにしてるし。
「決まってんだろー?アイツくらいしか居ないじゃん。あ!あと紅葉さんも来てくれたら嬉しいなぁ」
「お前まだ姉さんの事好きなんだな」
「そりゃーね!マジ尊敬する!」
「あっそ……しかしアイツかぁ。なんか面倒な学校生活が余計面倒になる気がする」
「まぁそこはあたしも保証出来ないなー」
「お前な……」
アイツかぁ。アイツと俺が友人だってバレたら絶対面倒な事になる。
今まで隠しきれてきたのに、これをきっかけに知られてしまったりしたらと思うとどうも気が進まない。
(………いや、待てよ?)
確かにリスクは大きいけど、メリットもあるか?
少なくとも、仮に宇佐のイジメを解消したいとなったとすれば、アイツを巻き込んでおけばはっきり言って勝利確定だ。
それに現状においても、アイツと宇佐が会話をするだけでも猪山達への牽制になる。それくらいの影響力がアイツにはある。
いや、しかもそうなれば宇佐が俺に話しかけてくる事はなくなるはずでは?
そうだよ、アイツと話せるようになれば俺に話しかける意味もメリットも何もない。なんてったって嫌われ者ですし。
そうなりゃ俺の学校生活もまた静かなものに戻る!おぉ、よく考えたら結構なメリットがある!
(アイツが簡単に思うように動いてくれるかは分からないけど……)
それでも試す価値はある気がしてきた。リスクも難易度もあるけど、上手くやれりゃ俺の学校生活はほぼ元通りになる。
よし、やってみるか。
「分かった、呼んでみるか……って、どうした?」
思考から戻って頷いてみせると、夏希がどこか楽しげに俺を見ていた。懐かしさすら覚える含みのない笑顔に思わず首を傾げる。
「いやー、秋斗、今からアイツに何か仕掛ける気だろ?」
「……バレたか。頼むから内緒にしといてくれ」
「いーよ。それより、また秋斗とアイツがやり合うのを見る方が楽しいしねー」
「やり合うってなぁ。別になんか勝負するワケじゃないんだけど」
「分かってるって。でもなんか久々じゃん」
確かにアイツは妙に俺と勝負をしたがる。
それも含めて学校生活では表立って関わらないようにしていたから、言われてみれば久しぶりなのは間違いない。
中学までは何かと勝負に持ち込まれては逃げられず頻繁に戦ってたからあまり意識してなかったな。
「ま、今回はアイツを上手く誘導するだけで俺の勝ちだからな。どうにかなるだろ」
「いや秋斗って心理はともかく感情には鈍いからなー。アイツはそこらへんも強いしぃ?」
「は?いやアイツも鈍いだろ。中学までとか鈍感主人公を地でいってたろ」
「アイツがいつまでも弱点をそのままにしてるとは思えないけどー?」
……それは確かに。いやだけどアイツだぞ?鈍感主人公そのものかよって散々ツッコミを入れてきたアイツだぞ?
「……いや、大丈夫だろ。いけるいける。よし、とりあえず連絡してみるわ」
「まず呼ぶ時点で条件つけられそーだな」
「そこは大丈夫だ。とっておきがある」
これは夏希も知らない、というか俺しか知らないアイツの弱点だ。
たまたま会話の流れとしても不自然じゃないし、上手く利用させてもらう。
「とりあえず姉さんから声掛けてみるか」
「おっ、いーねぇ!紅葉さん来てくれるかなぁ」
「さぁな。忙しいのは忙しいだろうし」
言いつつスマホを操作して姉へとコールする。少し出るまで遅かったものの、無事電話に出てくれた。
『アキ、どうかしたの?アンタから掛けてくるなんて珍しいじゃない』
「あーいや、暇なら飯でもどうかと思ってな。成り行きで人数集めて美味いもん食おうってなってさ」
『どんな成り行きよそれ。まぁでも良いわよ、丁度今日は予定もないし、アンタがちゃんと一人暮らし出来てるか確認もしたかったしね』
「ちゃんとしてるって。まぁそれじゃよろしく。いつ来ても大丈夫だから」
『分かったわ。もうすぐ生徒会も目処がたつから終わったら行くわ』
「了解。それじゃ」
よし、姉は確保した。そしてこれでアイツへの勝利条件はひとつクリアだ。
「来るってよ」
「やったー!それじゃ持ち込みの料理は紅葉さんの好きなやつにしよー!」
「おー、そこらへんも含めてアイツに連絡してみるわ」
さて問題のアイツへの連絡だ。喜んでる夏希からそっと離れて廊下に出る。数コールの後、相手が電話に出た。
『……驚いた。珍しいね、連絡なんて。槍だけじゃ気が済まなかったのかい?』
「うるせぇ。丸太でも鉄骨でも降って当たりやがれ」
『酷いな。で、どうしたんだい?こちとらやっと解放されたところなんだけど』
「お疲れさん。疲れた時には美味い飯でもどうだ?」
『……まさか、秋斗の部屋でかい?お誘いなんていつぶりだろ。鉄骨どころかグンニグルでも降りそうだね』
「正解。実は宇佐をしばらく泊める事になってな、その歓迎会をする事になってんだよ」
上手く宇佐の事は隠したいから濁したかったけど、どのみちアイツ相手じゃバレそうだしな。最初から言った方がかえって話が早いだろう。
『……へぇ。確かに面白そうだね。でも怪しいな、それをわざわざ僕に教えて、しかも僕を呼ぶなんて……何を企んでるんだい?』
「別に。単に歓迎会となりゃ人数が欲しいとか夏希が言い出してな。呼べるのはお前くらいだろ?」
『だしても、だよ。秋斗は僕との関係をあれほど隠したがってたからね。余程宇佐さんの為に何かしたいと思ってない限りあり得ない』
「そうかも知れないだろ」
『宇佐さんを否定する訳じゃないけど、秋斗が簡単に人を信じたり惚れたりするとは思えないからね』
まぁやっぱりこうなるよな。勘が良い上に俺のことを理解してるとなればそう簡単には釣れないわな。
ただ、こうなることが分かっていたから先に姉さんを呼んだんだ。
「まぁ俺が信じれないって言うなら別にいい。俺と夏希、あとは姉さんとで寂しくやるよ」
『…………………も、紅葉さんも来るのかい?』
はい食いついた。この完璧超人の数少ない弱点、というよりは弱み。
それが我が姉、大上紅葉である。
「おー、来るぞ?お互い忙しいからあんまり話す機会ないだろぉ?いいのかなぁ、こうやって話すチャンスを無駄にしてもぉ?」
『ぐっ……!』
「まぁ来ないなら仕方ない、姉さんには伝えといてやるよ。姉さんが来るって言っても断られた、ってよ」
『………今すぐ行く』
はい釣れた。姉さんの事がなけりゃ苦戦どころじゃなかったろうけど、こうなりゃちょろいもんだ。
「了解。あと宇佐が3人分料理作ってるから、不足の2人分を皆んなでつつける料理で補填したい。来る時に買ってきてくれ。金は分割、内容は任せた」
『はぁ、分かったよ。ちなみに作ってるのは何だい?』
「和食」
『ざっくりしてるね……まぁいいよ、了解』
電話を切り、リビングへと戻る。喜びから落ち着いたらしい夏希がいじっていたスマホから目を離してこちらを見てきた。
「アイツも来るってよ」
「へぇ。で、交換条件は何?」
「なし、だな。料理も適当に買ってこさせた。内容はお任せにしたから良い感じのを買ってくるだろ」
俺の勝利報告に夏希は目を丸くする。
「え、マジ?すごいじゃん秋斗、何て言ったんだよ?」
「秘密だ。これは言うワケにはいかん」
「ええーー!まぁいいけどー」
深くは追求しないのは食い下がっても無駄だと分かってるからだろう。それくらいには付き合いが長いし、夏希は察しが良い。
宇佐にも人が増える事と料理の追加は買ってくる事を伝えた。
いきなりすぎだと怒られたけど、そこは夏希に言って欲しい。夏希のせいだと言っても何故か俺だけ怒られた。
そして丁度料理が完成した頃、チャイムが鳴った。
宇佐の仕上げるタイミングの良さか、それとも姉さん達の来るタイミングの良さか。どっちでも良いけど、配膳を2人に任せて玄関に迎えに行く。
そこには姉さんとアイツが揃っていて、聞けばすぐそこで鉢合わせらしい。
俺は姉さんにバレないようにアイツにニヤリと笑ってやると、思い切り足を踏まれた。
ともあれ、2人を連れてリビングへと戻る。
さて、これからどうなるかな。
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