メグルユメ
3.波と吹雪と子と親と
アシドは漁師の家系だ。
200年前から続く由緒ある漁師らしく、とても長く感じる。父はアシドの幼少期には漁師ではなかったらしいが、10年前に漁師になった。
アシドにとって父はかっこいい憧れの存在だった。強く、かっこよく、優しい。すべてにおいて父はアシドの理想であり、目指すべき目標だった。3年前、勇者の仲間に選ばれたとき、父は自身もかつて勇者の仲間だったことを明かした。その日からアシドの中では、父は父ではなくゾースになった。それはつまり、家族ではなく超えるべき目標。倒すべき敵。
家に着くときには打倒ゾースを掲げていた。
「おう。おかえり」
日焼けした肌を惜しげもなく晒した細身の男が皿洗いしていた。アシドと同じ蒼髪に金の眼、アシドをそのまま老けさせたような男、ゾースがいた。
「ただいま、父さん」
アシドは父子家庭だ。昔にアシドを産んだことで体力を使い果たした母は、そのまま衰弱死したそうだ。そのせいもあってかゾースとアシドの仲は15年以上たった今でもギクシャクしている。
「茶、飲むか?」
「もらおうかな」
それ以上の会話はない。コポコポと湯を沸かす音だけがしている。
「ほら」
「ん」
…………。
「今日はもう寝るよ」
「そうか」
アシドは悶々としながらベッドに入る。くそぅ。どうしていっつもこうなんだ。
?
もぞもぞとベッドの中が動いた。
オレは動いてないぞ?え、オレ以外に誰かいるのか?
オレこういうの苦手なんだよな。確認しなきゃダメ?駄目だよな。
アシドはそーっと目を薄く開ける。視界内に何もいない、アシドの寝ているベッドのふくらみ以外は。なんだよ、このふくらみ。温かいな。少し高めの体温って感じか。
アシドはさらにそーっと掛布団をめくる。アシドは掛布団を戻し、額を手で覆った。
「吸血鬼姉妹じゃねェか」
ベッドの中には見覚えのある金髪が2つ見えた。
「あら、起きたのね」
紅赤色のドレスを着た姉が妖艶な笑みを浮かべ、抱き着く力を強めた。
「寒いものね」
「なぜここに?」
聞くと唇に指を当てられた。
「アルがまだ寝ているから静かにね」
もう一方の金髪は規則正しい寝息を立て、涎をアシドの服に染み込ませていた。アシドは嫌そうに顔を歪める。
「服は後で買ってあげるわ。それと、さっきの疑問の答えなんだけど、魔王討伐おめでとうを言いに来たのよ」
「それだけ?」
「えぇ。貴方は今やアルのお気に入りなんですもの。私のこと以上に楽しそうにするのよ、嫉妬しちゃうわ」
「痛」
チラスレアの爪が少し食い込む。
「アルが来たいって言ったのよ。来ないわけにはいかないじゃない。私はアルに嫌われたくないもの」
「シスコン」
「甘んじて受け入れるわ」
誹ったと思ったら誇られた。前会ったときはこんな感じだっただろうか。
「貴方達に負けてから壁が壊れた気がするわ。アルが甘えてきてくれるようになったの。お礼を言うわ」
「来た理由の本命、そっちだろ」
「ええ」
悪びれることなく認めていく。アシドはその潔さに尊敬の念を抱き始める。
「ん~~?お姉、様?」
「あら、アル。お寝坊さん」
「ん~~」
寝ぼけ眼を擦るアルバトエルの顎をチラスレアが撫でる。アルバトエルは気持ちよさげに猫のような声を出す。
「アル、言うんでしょう?」
「ん、アシド、おめでとう」
アシドは力が抜けたように起こしていた上体を倒す。
「まだ眠いから寝かせてくれ」
「ええ、私達の体温であったまるといいわ」
「私も寝る」
アシドは2人に聞こえないかどうか微妙な大きさの嘆息を吐いた。
「いいのか?」
ゾースは目の前の執事に聞く。
「はい。一時的とはいえ、住まわせてもらうのです。お任せください」
「やるの私なんだけど」
リックの言葉にサナエラが反応した。
訪れてきたのが吸血鬼と看破していたが、敵意がないので受け入れていた。目の前で家事が行われているのは予想外だ。しかも、上手い。ちょっと嫉妬するが、よしとしよう。ゾースにとってそこは本質ではない。
茶を一口。う、美味い。咳払いを一つ。
「何が目的なんだ。私の首ではなさそうだな。アシドか?」
「はい。我等が主様はアシド様に負けました。ゆえに今回のことは本人に伝えたかったようです」
「………。そうなのか」
沈黙が流れ、翌日まで破られることはなかった。
次の日、アシドは庭で素振りをしていた。汗を散らし、息を切らせ、槍を振るう。
チラスレアとアルバトエルは部屋の中からその様子を眺めていた。
「アシド」
名を呼ばれ、動きを止める。
「父さん」
「アシド。手合わせをしないか」
ゾースの手には槍があった。本気だ。
槍を構え、肯定の意思を見せる。ゾースも首を縦に振り、同様に構える。
地面が爆発する。
初めての感覚だ。ゾースの方が速い。勇者の脚として存在する足の速さが自慢のアシドより速い。この時点でアシドがゾースよりも優れているものは何もない。
槍が交差し、アシドは一瞬で力負けする。立て続けに突きが繰り出されるのに対し、アシドは蒼いオーラを放ち応じる。
サナエラと違い、ただの人間であるリックには最初から何も見えない。
「何がどうなっているのでしょうか」
「アシドが押されているね。まぁ当然かな。レベルに差が大きいからね。むしろアシドは粘ている方よ」
リックは解説してくれる主に慈悲深さを感じ、また、自分は主の視点には立てていないことを知り、気分を落ち込ませる。
「技を切らされているのは痛いですね」
「そうだね。当面のアシドの目標は父親に技を使わせることかな」
サナエラの言葉に返すようにチラスレアが言い終えると、アシドは芝生に大の字になった。
アシドが帰ってきてから3日。昨日と同じように大の字になった。倒れているとアルバトエルは馬乗りになってきて、顔をつついてくる。正直痛いので止めてほしいが止めるだけの体力も残っていない。チラスレアも姉として止めてほしいが愛おしそうな顔でこちらを見ている。止める意思はないようだ。
帰ってきて7日。ゾースは初めて技を使った。アシドとしてはゾースと戦えるのは楽しくて嬉しい。自分が成長できているのが分かる。
14日目。
蒼いオーラを放つ2人が槍をぶつける。
「う」
「ぬ」
アシドは吐き気を催し、ゾースは身体能力の減少と頭痛を発生させる。アシドの一撃はゾースを掠めた。ゾースはアシドの槍をかち上げ、石突で胸を突き、距離を取らせる。
「かっ」
アシドは痛みに目を剥く。
「ふん」
振るわれる槍から冷気が溢れ、アシドの体を鈍らせていく。眉毛や産毛に霜がつく。吐く息が白い。
「成長したな。アシド」
「何だよ、今更」
「私はアシドと会話をしてこれなかった。取り戻そうにも今までできなかったことをそう簡単にいきなりできるものではない。お前が吸血鬼を倒した聞いてな。どれほど強くなったのか知りたかったんだ」
「親父にしては静かに喋るじゃないか」
「どう接していいか分かんねェんだよ」
ゾースは目を逸らし、乱暴に頭を掻く。
「難儀な2人」
チラスレアは膝に頭をのせるアルバトエルの頭を撫でながら溜息を吐いた。
200年前から続く由緒ある漁師らしく、とても長く感じる。父はアシドの幼少期には漁師ではなかったらしいが、10年前に漁師になった。
アシドにとって父はかっこいい憧れの存在だった。強く、かっこよく、優しい。すべてにおいて父はアシドの理想であり、目指すべき目標だった。3年前、勇者の仲間に選ばれたとき、父は自身もかつて勇者の仲間だったことを明かした。その日からアシドの中では、父は父ではなくゾースになった。それはつまり、家族ではなく超えるべき目標。倒すべき敵。
家に着くときには打倒ゾースを掲げていた。
「おう。おかえり」
日焼けした肌を惜しげもなく晒した細身の男が皿洗いしていた。アシドと同じ蒼髪に金の眼、アシドをそのまま老けさせたような男、ゾースがいた。
「ただいま、父さん」
アシドは父子家庭だ。昔にアシドを産んだことで体力を使い果たした母は、そのまま衰弱死したそうだ。そのせいもあってかゾースとアシドの仲は15年以上たった今でもギクシャクしている。
「茶、飲むか?」
「もらおうかな」
それ以上の会話はない。コポコポと湯を沸かす音だけがしている。
「ほら」
「ん」
…………。
「今日はもう寝るよ」
「そうか」
アシドは悶々としながらベッドに入る。くそぅ。どうしていっつもこうなんだ。
?
もぞもぞとベッドの中が動いた。
オレは動いてないぞ?え、オレ以外に誰かいるのか?
オレこういうの苦手なんだよな。確認しなきゃダメ?駄目だよな。
アシドはそーっと目を薄く開ける。視界内に何もいない、アシドの寝ているベッドのふくらみ以外は。なんだよ、このふくらみ。温かいな。少し高めの体温って感じか。
アシドはさらにそーっと掛布団をめくる。アシドは掛布団を戻し、額を手で覆った。
「吸血鬼姉妹じゃねェか」
ベッドの中には見覚えのある金髪が2つ見えた。
「あら、起きたのね」
紅赤色のドレスを着た姉が妖艶な笑みを浮かべ、抱き着く力を強めた。
「寒いものね」
「なぜここに?」
聞くと唇に指を当てられた。
「アルがまだ寝ているから静かにね」
もう一方の金髪は規則正しい寝息を立て、涎をアシドの服に染み込ませていた。アシドは嫌そうに顔を歪める。
「服は後で買ってあげるわ。それと、さっきの疑問の答えなんだけど、魔王討伐おめでとうを言いに来たのよ」
「それだけ?」
「えぇ。貴方は今やアルのお気に入りなんですもの。私のこと以上に楽しそうにするのよ、嫉妬しちゃうわ」
「痛」
チラスレアの爪が少し食い込む。
「アルが来たいって言ったのよ。来ないわけにはいかないじゃない。私はアルに嫌われたくないもの」
「シスコン」
「甘んじて受け入れるわ」
誹ったと思ったら誇られた。前会ったときはこんな感じだっただろうか。
「貴方達に負けてから壁が壊れた気がするわ。アルが甘えてきてくれるようになったの。お礼を言うわ」
「来た理由の本命、そっちだろ」
「ええ」
悪びれることなく認めていく。アシドはその潔さに尊敬の念を抱き始める。
「ん~~?お姉、様?」
「あら、アル。お寝坊さん」
「ん~~」
寝ぼけ眼を擦るアルバトエルの顎をチラスレアが撫でる。アルバトエルは気持ちよさげに猫のような声を出す。
「アル、言うんでしょう?」
「ん、アシド、おめでとう」
アシドは力が抜けたように起こしていた上体を倒す。
「まだ眠いから寝かせてくれ」
「ええ、私達の体温であったまるといいわ」
「私も寝る」
アシドは2人に聞こえないかどうか微妙な大きさの嘆息を吐いた。
「いいのか?」
ゾースは目の前の執事に聞く。
「はい。一時的とはいえ、住まわせてもらうのです。お任せください」
「やるの私なんだけど」
リックの言葉にサナエラが反応した。
訪れてきたのが吸血鬼と看破していたが、敵意がないので受け入れていた。目の前で家事が行われているのは予想外だ。しかも、上手い。ちょっと嫉妬するが、よしとしよう。ゾースにとってそこは本質ではない。
茶を一口。う、美味い。咳払いを一つ。
「何が目的なんだ。私の首ではなさそうだな。アシドか?」
「はい。我等が主様はアシド様に負けました。ゆえに今回のことは本人に伝えたかったようです」
「………。そうなのか」
沈黙が流れ、翌日まで破られることはなかった。
次の日、アシドは庭で素振りをしていた。汗を散らし、息を切らせ、槍を振るう。
チラスレアとアルバトエルは部屋の中からその様子を眺めていた。
「アシド」
名を呼ばれ、動きを止める。
「父さん」
「アシド。手合わせをしないか」
ゾースの手には槍があった。本気だ。
槍を構え、肯定の意思を見せる。ゾースも首を縦に振り、同様に構える。
地面が爆発する。
初めての感覚だ。ゾースの方が速い。勇者の脚として存在する足の速さが自慢のアシドより速い。この時点でアシドがゾースよりも優れているものは何もない。
槍が交差し、アシドは一瞬で力負けする。立て続けに突きが繰り出されるのに対し、アシドは蒼いオーラを放ち応じる。
サナエラと違い、ただの人間であるリックには最初から何も見えない。
「何がどうなっているのでしょうか」
「アシドが押されているね。まぁ当然かな。レベルに差が大きいからね。むしろアシドは粘ている方よ」
リックは解説してくれる主に慈悲深さを感じ、また、自分は主の視点には立てていないことを知り、気分を落ち込ませる。
「技を切らされているのは痛いですね」
「そうだね。当面のアシドの目標は父親に技を使わせることかな」
サナエラの言葉に返すようにチラスレアが言い終えると、アシドは芝生に大の字になった。
アシドが帰ってきてから3日。昨日と同じように大の字になった。倒れているとアルバトエルは馬乗りになってきて、顔をつついてくる。正直痛いので止めてほしいが止めるだけの体力も残っていない。チラスレアも姉として止めてほしいが愛おしそうな顔でこちらを見ている。止める意思はないようだ。
帰ってきて7日。ゾースは初めて技を使った。アシドとしてはゾースと戦えるのは楽しくて嬉しい。自分が成長できているのが分かる。
14日目。
蒼いオーラを放つ2人が槍をぶつける。
「う」
「ぬ」
アシドは吐き気を催し、ゾースは身体能力の減少と頭痛を発生させる。アシドの一撃はゾースを掠めた。ゾースはアシドの槍をかち上げ、石突で胸を突き、距離を取らせる。
「かっ」
アシドは痛みに目を剥く。
「ふん」
振るわれる槍から冷気が溢れ、アシドの体を鈍らせていく。眉毛や産毛に霜がつく。吐く息が白い。
「成長したな。アシド」
「何だよ、今更」
「私はアシドと会話をしてこれなかった。取り戻そうにも今までできなかったことをそう簡単にいきなりできるものではない。お前が吸血鬼を倒した聞いてな。どれほど強くなったのか知りたかったんだ」
「親父にしては静かに喋るじゃないか」
「どう接していいか分かんねェんだよ」
ゾースは目を逸らし、乱暴に頭を掻く。
「難儀な2人」
チラスレアは膝に頭をのせるアルバトエルの頭を撫でながら溜息を吐いた。
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