メグルユメ

トラフィックライトレイディ

38.千里の道も一歩から

「倒れるまでやるかフツー」



「愛なんだよ、愛」



「オレにゃ分かんねェーな」



 ロッドは気を失っているイライザを前に腰に両手を当て呆れる。カレトワの言うことにもピンと来ず、首を傾げてしまう。



「布を持ってきた」



 コウガイはイライザにかける用の布を持ってきて掛ける。



「ところで、さっきの光は何?」



 アスミンが目を傷める原因となった光について言及する。



「さぁ?」



「知らにゃーい」



「ごめんな、アスミン。お兄ちゃんも分かんねェんだ」



 誰も知らなかった。ロッドは肩を竦め、カレトワは右手をひらひらと振る。コウガイは妹の役に立てず本気で落ち込み、肩を落とす。



「覗いてごらん」



 望遠鏡の調整をしていたロッドが、アスミンにその望遠鏡を手渡し覗くように薦める。促されるままに覗いてみる。



 そこには光り輝く魔王がいて――――。















 インサーニアは体術中心に戦っていた。魔術を使わないのには理由がある。使い勝手が悪いという理由もあるが、すでにインサーニアには魔力酔いの危険性が迫ってきており、その兆候が見られていたからだ。あと2,3発も耐えられずに魔力酔いが来るだろう。



 光のおかげでステータスが上昇しているが、シキはその身軽さでもって躱していく。魔力の塊で逃げるルートを絞り、確定させられる。



 拳が飛んでくる。シキはナイフでガードするが、宙にいるシキが踏ん張れる要素がない。拳から離れていく瞬間、痛みに耐えてナイフを引き、インサーニアの左手の中指を切り落とす。



 インサーニアはシキの後を追う。



 インサーニアは気付かない。その足元に黒い霧が絡みついていたのを。















 酒。魔法。分かり合えることなく。



「ふ、うぷ」



「おいおいおい。オレの上で止めろよ!?」



 止血はしたものの未だに治癒されていないので、血を滲ませるアシドは痛みを我慢して起き上がる。柔らかな感触が離れ、少し名残惜しいが仕方ない。吐かれたものが自分にかかるのは避けたい。



「大丈夫よ。人前では吐かないわ」



 青ざめたアストロを見て、嘆息する。



「変なプライドは捨てろよ。我慢してっと体に悪ィぞ」



 目を逸らしてフンッと短く鼻を鳴らす。



「じゃあ、穴掘って」



「え?あ、はい」



 アシドは一瞬にして1メートルほどの穴を掘る。アストロは髪を纏め上げ、穴に四つん這いになる。



「オエエエエエエエエエエ」



「んなに我慢してたのかよ」



 アシドがアストロの背を擦ってやる。



 レイドは意識を取り戻した瞬間、血を吐き出す。あと少しで窒息するところだった。体を起こそうとするが、諦める。体が痛すぎて動かない。今の状態が一番楽だ。レイドは動かずに誰かが来るのを待つ。



「早く誰か来てくれないかな」



 呟いてみて胸が痛み、悶える。



「何やってんのよ」



 上から女性の声が降ってくる。痛すぎて顔を上げられないが、おそらくアストロだろう。ズザザとスライディングしながらクレーター内にアストロが下りてくる。



「応急処置するからじっとしてなさい」



「すまない」



「謝んないで。私たちの間には謝罪が必要な善悪は存在しないのよ」



 小さなバッグから包帯を取り出す。



「包帯は有限だから失敗は許されないわ。私、専門じゃないから文句言わないでよ」



「あい、分かった」



 レイドはアストロの処置に身を任せた。















「シキさん」



 僥倖だった。シキの飛ばされた先にはエンドローゼとアレンがいた。エンドローゼは一目見てシキの体が骨の折れている状態だと見抜いた。



「な、な、治します」



「…………ありがとう」



 ひた隠そうとする脂汗を見つけられるが、覚悟を決め、揺るぎなさそうな瞳にシキは提案を受け入れる。淡い光が体を包み、消える。



「エンドローゼさん!?」



 アレンは倒れるエンドローゼを支える。



「エンドローゼは魔力酔いしながらも魔法を使い続けている。そして失神した。どこか陰に寝かせて。もう魔王が来る」



 アレンは急いで木の陰に凭れかからせる。



『もう夜が遅い。ここまで梃子摺るとは思わなかった。素直に、素直に称賛しよう。見事だ。素晴らしい』



 三白眼が鋭くなる。



『ここで終わりにしよう。ここで決着を。ここで終幕に』



 返事はない。しかし、ナイトメアスタイルで構える。



 右の拳が迫る。威圧感がある。しかし、冷静に対処する。左のナイフで拳の軌道をずらし、体を傾け、通り抜けざまに右のナイフを振り抜く。左のナイフで追撃しようとして、マントに阻まれる。着地する脚から力が抜ける。回復は外傷を治すだけだ。血までは戻せない。シキは激しく動いたせいでクラリと眩んでしまう。



 インサーニアは中指の抜けた拳を叩き込む。また血が失われる。



「シキさん」



 アレンが近づいてくる。



「アレン」



「はい?」



「アレ持ってる?」



 アレンは首肯し、懐を弄った。















 願えども願えども願い叶わず



 走れども走れども辿り着けず



 登れども登れども堕ちて爪剥げ



 戦えども戦えども癒えぬ傷増え



 贖えども贖えども罪は消えず



 廻れども廻れども終わりは見えない















『ようやく、終わりだ』



 青ざめた顔のインサーニアは倒れるシキを捉え、深く息を吐く。踏み潰そうと足を上げたところ、矢が刺さる。シキはゴロゴロと横に転がり、踏み付けを躱す。



 インサーニアは眉根を寄せる。矢を使う奴がいただろうか。嫌な脂汗が止まらない。おかしい。



 あの光がステータスの増強を行うものであることは明らかだった。ならばなぜ疲れるのが早い。なぜ、あの少女に追いつけない。



 そこで気が付いた。腰から下の光が翳っていた。



 何だ、これは。















 父の教えは体に染みついていた。暗殺者はなるべく対峙しない。必ず不意をつけ。相手に勝ちたければ一点を狙え。媚びるな。ねだるな。勝ち取れ。



 インサーニアは下を向いている。腰元に絡みつく黒い霧を手で梳き、観察している。



 項が丸見えだ。木の上から項に爪を突き刺す。



『ゴォアッ!?』



 首裏に手を当てようとすると、人差し指を切り落とされる。シキは飛び降りながら次の爪を取り出す。剣に6枚の羽根が彫られていた。淡く明滅する右手が掴みにかかる。シキは高く跳び、手を躱し、上に乗る。生と死の境で戦い続けるがゆえにいつも以上に神経が研ぎ澄まされていた。的確に関節の間に刃を滑り込ませ、右の手首を切り、神経を斬った。魔術を使うしかないのかという迷いが、判断を鈍らせた。矢がこちらに向かっていた。



 咄嗟に魔力の塊を矢にぶつける。バチリと後頭部に電気が走った気がする。意識が飛びかける。視界の端にくるくると回る白いものが映った。あれは矢の先端か。いや、あれは紋章の刻まれた爪。



 シキが爪を蹴飛ばす。弾丸並みの速度で進む爪はインサーニアの頭に吸い込まれ、額を穿つ。



 インサーニアの右腕に着地すると、もう一度高く跳躍する。そして、インサーニアの顔、爪の刺さった額に踵を落とす。爪はめり込み、砕けた。隙間からオレンジと黒の混じった煙と、ゴルフボール大の光の珠が噴き出した。勢いに飛ばされ、シキはくるくると宙を舞い、地面に叩きつけられる、ことなく受け止められる。



 首を動かす気力もない。耳元でシキさん、シキさんと呼び掛けている。受け止めてくれたのはおそらくアレンだろう。



 シキは安心してギリギリで保っていた意識を手放した。















 シューと額から煙と光が出ていく。



 抜ける。



 抜けていく。



 抜けてしまう。



 力が。尊厳が。証が。



 なくなってしまう。



 抜け出るものをかき集めて、再び詰めて、立たなくては。



 みんなのために。



 我らが悲願のために。



 しかし、力が入らない。



 役目の終わり?



 もう頑張らなくてもいいのか?



 そうか。



 私は。



 もう。



 解放されるのか。



――諦めるのか?



 貴方か。



――もう、夢を諦めるのか?



 しかし、貴方の言うとおりに魔法陣を組んだのだが。



――貴様の使い方が悪いのだ。私は正しかった。



 そうか。



――納得するのか?



 そうだな。



――なぜだ。なぜ抵抗しない。納得するのか!よし、わたしが助かる方法を。



 いらん。私はこの程度だった。彼女らは強かった。私はきちんと祝福し、認めよう。



――認める。そうか。ならば次のステップに。



 もう構わないでくれ。私は死んだのだ。



――。



 呆れたか?諦めたか?



――。



 そうか。なら、私は逝こう。















「おめでとう」



 どこか、次元の歪んだ空間で、金髪に紫の眼をした女性が愛おしそうに声を出す。



「その偉業、みんなに知ってもらいましょ」



 女性はペンを執った。















「ふむ」



 白髪の男は魔物に囲まれた状態で顔を上げる。



「そうか、倒したか。おめでとう」



 視線を魔王城の方に向けて、成長を喜んだ。















「あぁ、コストイラ」



 金髪に赤目の女性が哀しみと喜びの混ざった声を出す。



「また一つ、こっちに来たんだね」



 闇がへばりついた森で月を見ていた。















『ん?』



 岩石の被り物をした偉丈夫が食事を中断した。



『あの吸われるような、嫌な感じが軽減した』



 それ以上言うことなく、興味が失せたように食事を再開させた。















 チラスレアは一枚の紙を眺めていた。



「私達を倒した人達だものね。これくらいしてもらわなくちゃ」



 どこかの金髪が書いた紙を見ていたチラスレアの方にアルバトエルがスカートから顔を出して聞いてくる。



「お姉様、何見てるの?」



「あら、アル。ようやく顔を出してくれた。私達を倒した人達が魔王の一人を倒したそうよ」



 チラスレアはアルバトエルの頭を撫で、手を滑らせ頬も撫でる。アルバトエルは姉の手に自身の顔を擦り付けていく。















 シキが目を覚ますと、6人全員がいた。分かりやすく包帯を巻いているアレンが顔を覗き込んできた。



「よかった。目を覚ましてくださって」



 首だけを動かすとエンドローゼがアストロに膝枕されていること以外は平常だった。



「勝った?」



「はい。シキさんの一撃が止めとなりましたよ」



「そう」



 シキは瞼を閉じた。



「エンドローゼは何があったの?」



 シキはもう一度目を開け、エンドローゼを見る。



「貴方を回復させて疲弊したのよ。眠っているだけよ」



「そう。髪の端は」



「わかりません。ただ、戻るのかどうかも分かりません」



「そう」



 アストロがエンドローゼの髪を弄り、寝顔を見る。



「で?これからどうすんの?」



 コストイラが両腕の違和感に首を傾げながら、これからのことを聞く。



「…………帰りましょう。故郷に」



「…………そうだな」



「…………のーんびりしてェなァ」



 全員がアレンの言葉に賛同する。



 開けた森に座り込む7人を月が柔らかに照らしていた。

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