メグルユメ
32.混沌の玉座
パンタレストは魔王軍らしくない、として軍内で有名だ。魔王軍は自由で気ままで我儘を押し通す者達と考えらている。実際にそうだ。しかし、それは下の者たちには当てはまらない。上に立つ者の言うことを聞いてしまうからだ。その中でもパンタレストは格別だった。常に誰かのために動き、お願いを聞き入れる姿は我儘とは無縁に思われた。パンタレストの立場と合わさり、命を狙うものは跡を絶たない。
だが、パンタレストは50年以上魔王の隣にいる。そう簡単には奪わせなかった。魔王軍らしくないといわれるのはもう一つ理由があった。
仲間思いなのだ。
パンタレストが動くときは必ず仲間を立てる。仲間の方が手柄が多くなるように動く。仲間を切り捨てても這い上がろうとする魔王軍にはパンタレストは稀有な存在だ。
今回の戦いも魔王軍の為なのは間違いないが、幹部たちの為でもあった。幹部が負けて殺されたのだ。
研究熱心で一度やると決めたら実施できる、有言実行の権化のカンジャも。
軽い調子だが芯のしっかりしている、面倒がっても仕事はきっちりこなすカレトワも。
妹思いでぶっきらぼうなところがある、最も頼りになる戦力のコウガイも。
魔道具製作に一家言ある、誰よりも権利に厳しく法を作ってくれたエヴァンズも。
軽薄な話し方をする、コウガイを慕い付き従っていたロッドも。
死してなお魔王様に忠誠を誓う、一番信仰心の強いエンコも。
正義を主張し続けた、異常なまでに正義に固執していたヴェスタも。
全員殺された。
ここで立ち、戦う理由は十分だ。最初の赤髪はガードされたが、次は決める。
『まずは貴様だ、レイド!!』
叫ぶパンタレストの斧はアレンの頭に近づく。
ガキンッ!!
「レイドは、私だっ!」
本物のレイドが大剣で受け止める。
『何?レイドは茶色の髪だと報告が、いや、貴様も茶色だな。ん?ではこれは誰だ?』
「アレンだ」
『馬鹿な。奴は焦げ茶髪だろう』
アレンの髪は土埃を被り、焦げ茶から茶髪になっていた。
『まぁ、いい。倒してしまえば何ら問題ない』
パンタレストは剛力にレイドが押し込まれていく。
「そらっ」
鎧の隙間に槍が入り込む。
『ぐっ』
突然の足への激痛は、力を緩めさせるのには十分だった。レイドは大戦斧を弾き、脱出する。
『グォオオオオオオオッッ!!』
兜の隙間から光が漏れる。もともと浅黒かった肌が少し濃くなった。
酒、養父、魔法陣。
「うっ」
アストロが口元を押さえる。
「アストロさん?」
「構わないで」
アストロを心配し声をかけてくるエンドローゼに魔法使いは指で前を向くように示し、自身は口元を押さえたまま、吐き気を飲み込む。
アストロを中心に発生した黒い霧はパンタレストの足元へと広がり絡みついていく。それに気付かぬパンタレストではない。
『何だ、これは。霧。パープルミストか?いやあれは紫だ』
冷静に分析し、一つの結論に至る。これを食らい続けるのはまずい。ポロポロと光の珠が2つ3つ出てくる。
『ヌゥン!』
地面スレスレから上へのフルスイング。軌道上にいたレイドは大剣でのガードを試みるが、力負けし、天井に激突する。
『ォオオオオオオオオッッ!』
吠える。肌の色がまた少し濃くなる。アシドが仕掛けようとすると、パンタレストは大戦斧で床を叩き、走るルートを潰す。完璧な作戦、相手がアシドとシキでなければ、だが。アシドは瞬時にルートを変え、床板の剥がれた地面を走っていく。シキは跳躍し、空中に放り出せれた床板を乗り継いでいく。
『オオオオッッ!』
吠える。肌の色が赤黒くなった。迎え撃つ。ジャストタイミングで放ったと思った迎撃はシキの速度よりはるかに遅く、凛として澄みやかな香りを放つ少女はパンタレストの右目を抉った。
『グォオオオオオッッ!』
叫ぶパンタレストは右目を押さえる。すでにシキは離脱していた。少し後ろによろめくパンタレストに追い打ちをかけるように魔術が当たる。頭に魔術が当たったことで頭が大きく後ろへ行き、重心が後ろへ行く。
右足に痛みが走り、膝が笑う。うまく踏ん張れない。自然と左足に力が入る。しかし、その左足、膝裏を槍で打たれ、両足の膝が曲がり、状態は仰向けに倒れる。膝カックンを受けたような体勢。上から大剣と刀が落ちてくる。断頭台のギロチンのような大剣と、火葬場の炎のような刀。
パンタレストはすでに倒れないように手を突こうとするが、何も持っていない右手のおかげですぐに動けるようになる。斧で迎撃しようとして気付いた。斧が重い。いや、腕が重い。肌も浅黒く戻っていく。
これは黒い霧のせいだ。視界の端で嘔吐くアストロの姿が映る。こちらに気付くとにやりと笑った。やはりそうか。
視線が切られる、物理的に。割って入ってきたのは大剣。ついにこの時が来てしまった。刃が首にあたり、落下速度と合わさり、パンタレストの首が飛んだ。
「まずいかもしれません」
治療をしながらアレンが話し始める。
「何がだ」
「暴れすぎました。それに時間もかけすぎです。相手に僕たちの居場所がばれたのは確実ですし、逃げる時間も十分に与えすぎました」
「…………確かに」
「かといって急ぎすぎて負けるのも駄目です」
「…………確かに」
「な、な、治りました」
エンドローゼは頑張りすぎて顔が真っ赤になっている。アストロがエンドローゼを胸に抱いて、頭を撫でて落ち着かせる。
「あー。行くか」
コストイラは視線を外し、部屋の奥を見る。
兵がいない。
罠もない。
明らかに逃げた後だ。遅かったか。
全ての部屋を見て回ろうというアストロの提案に従い、城内を歩いていた。思えば要塞や廃城を探索したことはあったが、確実に何かがいた後のある城は初めてかもしれない。
「ちょっとおかしくないか」
コストイラが部屋を覗きながら話す。
「何が?」
「魔物がここにいたっつーか住んでたのは一目瞭然だ。椅子にジャケットが掛けられてあるし、机の上に書物が閉じたままだったりな。けど、逆に綺麗すぎてねェか」
言われてもう一度部屋を見渡す。ジャケットの掛けられた椅子。書物の積まれた机。畳まれた着替えの置かれたベッド。
確かにおかしい。
「焦った跡がねェ」
焦って準備していたらもっと物が散乱していてもいいはずだ。それがない。元から来るのが分かっていて準備されていたかのような。
「こりゃ、これ以上探しても何もねェかもしれねェぞ」
これ以上探すかどうか。残りは最上階だけだ。
「行きましょう」
アストロが力強く答えた。
「何かはなくても、もしもがあるわ」
アレン達は3階へ上がった。分かりやすく豪華な通路だ。面長に縁取られた窓、一つ一つに職人のこだわりが見え隠れする細かい意匠、見る者を魅了する美しい天井画。素人のアレンにはこの廊下だけでもどれほどのお金が使われているのか想像つかない。10億リルは超えそうだ。チラスレア達の屋敷のものに似ている。
「部屋が一つしかない」
「玉座か謁見の間ね。この廊下は豪華にすることで資金力を見せつけるためのものよ。さらに、軍事力に加え芸術の域にまで出資できるという余裕さと技術力も誇示して相手の心を折りにかかっているわ」
「そんな意図があるんですか?」
「ええ。お偉方がここを通るのよ。嘗められたら終わりよ」
なぜ知っているのか気になったが、もうそんな時間もない。レイドが扉を押すと、ガゴッと音を立て、何かのスイッチが押し込まれる。ゴゴゴと重い音が響く。
「今度は何の音だ」
「扉を開ける絡繰りの音ですかね」
自動で扉が開いていく。
『よく来たな。勇者よ』
女性の声がした。女は一際豪華で大きな椅子の隣に座っていた。女は魔王ではない。
『私は魔王妃イライザ。ここで貴様等を葬ってやる』
魔王妃は立ち上がり、カツとヒールを鳴らした。
だが、パンタレストは50年以上魔王の隣にいる。そう簡単には奪わせなかった。魔王軍らしくないといわれるのはもう一つ理由があった。
仲間思いなのだ。
パンタレストが動くときは必ず仲間を立てる。仲間の方が手柄が多くなるように動く。仲間を切り捨てても這い上がろうとする魔王軍にはパンタレストは稀有な存在だ。
今回の戦いも魔王軍の為なのは間違いないが、幹部たちの為でもあった。幹部が負けて殺されたのだ。
研究熱心で一度やると決めたら実施できる、有言実行の権化のカンジャも。
軽い調子だが芯のしっかりしている、面倒がっても仕事はきっちりこなすカレトワも。
妹思いでぶっきらぼうなところがある、最も頼りになる戦力のコウガイも。
魔道具製作に一家言ある、誰よりも権利に厳しく法を作ってくれたエヴァンズも。
軽薄な話し方をする、コウガイを慕い付き従っていたロッドも。
死してなお魔王様に忠誠を誓う、一番信仰心の強いエンコも。
正義を主張し続けた、異常なまでに正義に固執していたヴェスタも。
全員殺された。
ここで立ち、戦う理由は十分だ。最初の赤髪はガードされたが、次は決める。
『まずは貴様だ、レイド!!』
叫ぶパンタレストの斧はアレンの頭に近づく。
ガキンッ!!
「レイドは、私だっ!」
本物のレイドが大剣で受け止める。
『何?レイドは茶色の髪だと報告が、いや、貴様も茶色だな。ん?ではこれは誰だ?』
「アレンだ」
『馬鹿な。奴は焦げ茶髪だろう』
アレンの髪は土埃を被り、焦げ茶から茶髪になっていた。
『まぁ、いい。倒してしまえば何ら問題ない』
パンタレストは剛力にレイドが押し込まれていく。
「そらっ」
鎧の隙間に槍が入り込む。
『ぐっ』
突然の足への激痛は、力を緩めさせるのには十分だった。レイドは大戦斧を弾き、脱出する。
『グォオオオオオオオッッ!!』
兜の隙間から光が漏れる。もともと浅黒かった肌が少し濃くなった。
酒、養父、魔法陣。
「うっ」
アストロが口元を押さえる。
「アストロさん?」
「構わないで」
アストロを心配し声をかけてくるエンドローゼに魔法使いは指で前を向くように示し、自身は口元を押さえたまま、吐き気を飲み込む。
アストロを中心に発生した黒い霧はパンタレストの足元へと広がり絡みついていく。それに気付かぬパンタレストではない。
『何だ、これは。霧。パープルミストか?いやあれは紫だ』
冷静に分析し、一つの結論に至る。これを食らい続けるのはまずい。ポロポロと光の珠が2つ3つ出てくる。
『ヌゥン!』
地面スレスレから上へのフルスイング。軌道上にいたレイドは大剣でのガードを試みるが、力負けし、天井に激突する。
『ォオオオオオオオオッッ!』
吠える。肌の色がまた少し濃くなる。アシドが仕掛けようとすると、パンタレストは大戦斧で床を叩き、走るルートを潰す。完璧な作戦、相手がアシドとシキでなければ、だが。アシドは瞬時にルートを変え、床板の剥がれた地面を走っていく。シキは跳躍し、空中に放り出せれた床板を乗り継いでいく。
『オオオオッッ!』
吠える。肌の色が赤黒くなった。迎え撃つ。ジャストタイミングで放ったと思った迎撃はシキの速度よりはるかに遅く、凛として澄みやかな香りを放つ少女はパンタレストの右目を抉った。
『グォオオオオオッッ!』
叫ぶパンタレストは右目を押さえる。すでにシキは離脱していた。少し後ろによろめくパンタレストに追い打ちをかけるように魔術が当たる。頭に魔術が当たったことで頭が大きく後ろへ行き、重心が後ろへ行く。
右足に痛みが走り、膝が笑う。うまく踏ん張れない。自然と左足に力が入る。しかし、その左足、膝裏を槍で打たれ、両足の膝が曲がり、状態は仰向けに倒れる。膝カックンを受けたような体勢。上から大剣と刀が落ちてくる。断頭台のギロチンのような大剣と、火葬場の炎のような刀。
パンタレストはすでに倒れないように手を突こうとするが、何も持っていない右手のおかげですぐに動けるようになる。斧で迎撃しようとして気付いた。斧が重い。いや、腕が重い。肌も浅黒く戻っていく。
これは黒い霧のせいだ。視界の端で嘔吐くアストロの姿が映る。こちらに気付くとにやりと笑った。やはりそうか。
視線が切られる、物理的に。割って入ってきたのは大剣。ついにこの時が来てしまった。刃が首にあたり、落下速度と合わさり、パンタレストの首が飛んだ。
「まずいかもしれません」
治療をしながらアレンが話し始める。
「何がだ」
「暴れすぎました。それに時間もかけすぎです。相手に僕たちの居場所がばれたのは確実ですし、逃げる時間も十分に与えすぎました」
「…………確かに」
「かといって急ぎすぎて負けるのも駄目です」
「…………確かに」
「な、な、治りました」
エンドローゼは頑張りすぎて顔が真っ赤になっている。アストロがエンドローゼを胸に抱いて、頭を撫でて落ち着かせる。
「あー。行くか」
コストイラは視線を外し、部屋の奥を見る。
兵がいない。
罠もない。
明らかに逃げた後だ。遅かったか。
全ての部屋を見て回ろうというアストロの提案に従い、城内を歩いていた。思えば要塞や廃城を探索したことはあったが、確実に何かがいた後のある城は初めてかもしれない。
「ちょっとおかしくないか」
コストイラが部屋を覗きながら話す。
「何が?」
「魔物がここにいたっつーか住んでたのは一目瞭然だ。椅子にジャケットが掛けられてあるし、机の上に書物が閉じたままだったりな。けど、逆に綺麗すぎてねェか」
言われてもう一度部屋を見渡す。ジャケットの掛けられた椅子。書物の積まれた机。畳まれた着替えの置かれたベッド。
確かにおかしい。
「焦った跡がねェ」
焦って準備していたらもっと物が散乱していてもいいはずだ。それがない。元から来るのが分かっていて準備されていたかのような。
「こりゃ、これ以上探しても何もねェかもしれねェぞ」
これ以上探すかどうか。残りは最上階だけだ。
「行きましょう」
アストロが力強く答えた。
「何かはなくても、もしもがあるわ」
アレン達は3階へ上がった。分かりやすく豪華な通路だ。面長に縁取られた窓、一つ一つに職人のこだわりが見え隠れする細かい意匠、見る者を魅了する美しい天井画。素人のアレンにはこの廊下だけでもどれほどのお金が使われているのか想像つかない。10億リルは超えそうだ。チラスレア達の屋敷のものに似ている。
「部屋が一つしかない」
「玉座か謁見の間ね。この廊下は豪華にすることで資金力を見せつけるためのものよ。さらに、軍事力に加え芸術の域にまで出資できるという余裕さと技術力も誇示して相手の心を折りにかかっているわ」
「そんな意図があるんですか?」
「ええ。お偉方がここを通るのよ。嘗められたら終わりよ」
なぜ知っているのか気になったが、もうそんな時間もない。レイドが扉を押すと、ガゴッと音を立て、何かのスイッチが押し込まれる。ゴゴゴと重い音が響く。
「今度は何の音だ」
「扉を開ける絡繰りの音ですかね」
自動で扉が開いていく。
『よく来たな。勇者よ』
女性の声がした。女は一際豪華で大きな椅子の隣に座っていた。女は魔王ではない。
『私は魔王妃イライザ。ここで貴様等を葬ってやる』
魔王妃は立ち上がり、カツとヒールを鳴らした。
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