メグルユメ
30.救い
コウガイは拳闘士だ。
無類の強さを誇り、戦場において負けたことがなく、勝利の代行者、戦争請負人とさえ言われた。コウガイが15の時の話だ。
その後は田舎町でのんびりと過ごしていた。妹と食べるアップルパイは平和という単語を頭の中に定着させ、甘いものが苦手なコウガイだったが、アップルパイだけは珍しく好物になった。
その町の住民からは別の二つ名を聞けるだろう。シスコン、だ。行動の理由がすべて妹に通じるようになっていた。住民の中のシスコン気味の者も引いていた。一緒にいない方が珍しく、一人で歩いているとどうしたのかと声を掛けられるほどだ。
あの日も一人だった。
コウガイはその強さを活かし、町内ではよく魔物の討伐のために駆り出されていた。その日はグラントプスが出現したので討伐するように依頼されていた。森の中をいくら探してもオーウェンやディアボロスしか見つからずグラントプスは見つからなかった。心の中で悪態をつきながら街に帰ると、依頼してきた男が見つからない。聞けば少し前に町から出ていったらしい。金も払わずにいなくなったあたり、コウガイへの嫌がらせの依頼だったのかもしれない。
「今度見つけたらぶん殴ってやる」
事実上の死刑宣告を空気に溶かし、コウガイは妹と2人暮らししている家のドアに手をかける。1センチ、開ける前、ほんの数センチメートルの隙間から違和感を察知した。漏れ出てくるのは生臭く雄臭いにおい。男女一組の家、しかも一日中女しかいなかったはずの家から出る臭いではない。そして中から感じるのは弱弱しい気を放つ一つの影。
「アスミンッ!!」
思わず叫び、勢いよくドア開ける。ドアが壊れてしまったが、気付かない。中には裸の妹がいた。
「アスミンッ!アスミン?アスミン?アスミンッ!?」
何度呼びかけても返答どころか反応がない。そこでようやく兄は妹の状態に気付いた。裸の体を染め上げる白濁色のドロドロとしたものと乾いたもの。妹の髪や体だけではなく床や壁にも付着していた。もう一度妹の体を見る。下腹部からドロリと白濁色の粘性のある液体が零れた。今わかった。これは精液だ。
強き者は無駄に声を上げない。ただ静かに唇を噛み締め、千切った。
コウガイの戦争が始まった。
結果、あっさりと犯人を捕まえることができた。部屋の中に依頼主の毛髪が見つかったのだ。犯人はアスミンの美しさに犯行に及んだと供述していた。
あっさりと終ってしまった。コウガイの熱は冷めず、怒りは浮遊し、何よりアスミンの意識が戻らない。アスミンの心は壊れていた。
コウガイが塔の3階に着くと不思議な光景が広がっていた。男が5人倒れている。全員コウガイの部下だ。常にアスミンを厭らしい目で見ていたが、遂に実行に移したということだろう。
次に立っている男女。
男の側はロッドだ。いつも世話になっている。自身の塔はどうしたのか気になるが、妹を護ってくれたのだろう。ありがたい。
女の方はカレトワだ。この塔になんて一度も来たこともない少女は細剣を抜き、ロッドと同じ方を向いている。彼女は味方の側なのか?
「ロッド」
「はい。この5人、アスミンさんを、その、えっと、輪そうとしていたようでしたので撃退しました」
「ブッ」
カレトワが吹いた。
「どうした」
「何その喋り方、アタシ知らないんだけど」
お腹に手を当て笑っている。それよりもコウガイには重要あことがある。
「こいつらを外に出して、部屋を掃除する。このままじゃアスミンがかわいそうだ」
「アスミンってこの娘のこと?」
「ああ」
カレトワの方を見ず、倒れている男たちに手を伸ばしつつ答える。
「マジ!?似て…るか?」
「疑問形かよ」
ロッドは男たちの武器を拾い集めていく。カレトワはアスミンの顔を覗き込む。
「眼は、似てないな。鼻、は似てるか。口は、似て、ないな」
「お前も手ェ動かせよ」
「やることないんだもん」
「だもんじゃねェよ。オレかコウガイ様を手伝えよ」
「オレ?」
コウガイが引っかかった。
「お前、自分のことオレっていうんだな」
ロッドはコウガイの前では猫を被っていたのでオレではなく、私と言っていた。
「あ、、いや、これは」
「素がそっちならオレと話すときも素でいいぞ。お前が何の狙いであの話し方していたのかは知らねェけど」
「は、はい」
「つか、二人ってどんな仲なの?」
カレトワは男の一人を掴むと部屋の外に出すように放り投げる。
「お前、そんな雑な。あと、仲は知らないよ。オレが勝手にコウガイ様を慕っているだけだから」
「頼りになるやつ」
「ふぅん。てか様呼びなんだね」
「そォだよ」
無駄口を叩きながら片付けを進めていく。
「な、幹部が3人!?」
すべてを窓の外から捨てた時、アレンが声を上げた。コウガイとロッドが自然な動きでアスミンの前に立つ。無駄のない洗練された動きにカレトワは感嘆する。コウガイが拳を固める。変な動きをしたら、アレンの体は即爆発四散するだろう。
「そういえばロッド」
「はい?」
アレン達には聞こえない声で話しかける。
「お前はあの時、回復術士がいればって言ってたよな」
「そうですね」
あの時がどの時かはロッドにはすぐにわかった。嘘であると今でも言い出せていない。何年も経て、自分の首を絞めることになるとは。
一歩コウガイが踏み出す。
「手を借りたい」
アレン達は眉根を寄せた。
エンドローゼはごくりと唾をのむ。冷汗が止まらない。仲間と三幹部、都合9人、18の眼がエンドローゼを刺していた。こんなに視線が向いているのは孤児院以来だ。当時の光景を思い出し、ぶるりと体を震わせた。
なぜこうなったのか。
理由は簡単だ。目の前に患者がいるからだ。これに尽きる。エンドローゼも回復魔法を扱うものとしてプライドがある。患者がいると知ったからには手を尽くす。逃げるなんてできるはずがない。
エンドローゼが両手を翳す。
淡く薄紫色の光が珠状に浮遊を始めると、コウガイとロッドが祈りを捧げ始める。コウガイは妹の復活を願って妹とエンドローゼに、ロッドは自分の発言が事実になるように、とエンドローゼに捧げる。
回復魔法には2種類ある。肉体的回復魔法と精神的回復魔法だ。
肉体系は主に傷の治癒をする。エンドローゼは離れた肉体をくっつけることまでできる。
精神系は主に心の病に効くものだ。心の壊れた人はこの魔法を使うが、エンドローゼにはこの魔法が使えない。
エンドローゼが使えないのには理由がある。いや、多くの回復術士が精神系を使えない。心に病を持つ者やトラウマを持つ者、さらにその一部の者しか回復魔法を習得できない。要は才能がなければ習得できない。複雑な条件があるが、簡単に言えばトラウマを克服することが絶対条件になる。
逃げて逃げて逃げ続け、護られ護られ護られ続けたエンドローゼにとってトラウマは絶対的な壁だった。これまでにもトラウマを見ることはあった。そのたびに頭を抱え、蹲り、がくがくと震えることしかできなかった。この日、初めてエンドローゼはトラウマと向き合った。
「うぷ」
吐き気を催し、光が乱れる。
ポンと両の肩をそれぞれ違う手が置かれる。右にはアストロ。最初は険悪な仲だったが、なぜか今は仲良くなれ、今まで同じ寝床で眠る仲だ。
左にはレイド。アストロの華奢な手とは違う服越しにもわかるごつごつした手。男らしいでかくて力強い、でも安心する手。
大丈夫。私は独りじゃない。立ち向かえる。相変わらず吐き気はするが、我慢できる。この患者は何があって何を思ってどうして心を閉ざしているのか分からない。だけど、言ってくれないと分からないよ?
アスミンは心を閉ざしていた。
拳闘士として産まれたが、拳闘士として生きられなかった。集落の中では生きられず、虐げられ孤独になりかけた。ならなかったのは兄さんの存在があったからだ。兄さんが嫌というほどに世話を焼いてくれたからだ。兄さんがいるから自分が強くならなくても良かった。
私がいじめられるのに耐えきれず、兄さんは私を連れて集落を出た。戦争に出てお金を稼いでは不自由なく生活させてくれた。私が一人になることが多くなって、兄さんは戦争に行くのをやめた。兄さんとの時間が増え、私は正直嬉しかった。兄さんが私の世話を焼こうとするのが楽しかった。
ある日、家に緑の髪を無理矢理金に染めた男を先頭に5人の男がぞろぞろと上がり込んできた。
私は犯された。汚されてしまった。純粋な存在ではなくなってしまった。私は、兄さんに見られたくなかった。でも、体が動かなった。間に合わず、兄さんに目撃されてしまった。私は知られたくない一心で心を閉ざしてしまった。兄さんは心を閉ざした私の世話をし続けた。
もういいよ。私を捨てても。私に構わないでよ。もう兄さんの荷物にはなりたくないよ。
馬鹿みたいに叫びたかった。でも、心を閉ざした。そうすれば捨ててもらえると思ったから。
変化があった。
私の心を溶かして解放しようとする旅を兄さんが始めた。兄さんがロッドという見るからに胡散臭そうな男と協力を始めた。大丈夫かなと思ったが、全面的に協力をしてくれた。
ロッドさんは時々、私に話しかけてきた。今日の出来事、過去の女性トラブル、治療についての内容などを軽い調子で話してきた。
それでも。そうまでされても。私の心は冷めていた。熱くならない。治りたいと思えない。
私は心の中、暗闇の底で体育座りをして、蹲っていた。何年経っても私はもう、どうすればいいのか分からないよ。
その時、心の底にまで届く光が差した。
「貴方は?」
――私は、え、え、エンドローゼです。あ、あ、あ、あな、貴方を、な、治したくて
どこかくぐもっており、、さらに詰まっているというのも重なって、聞き取りづらい。
――な、な、何でこ、こ、心を閉ざしているんですか?
すごく直接的な質問だ。婉曲的に聞いてこないのは好感が持てる。ただ、本来なら答えないだろう質問になぜか今回は答えようと思った。
「兄さんが、兄さんに合わせる顔がない」
――あ、な、何で?あ、貴方は、ひ、ひ、被害者なのに
「ううん。私は加害者。被害者であり、加害者でもあるの」
――それはどうゆう意味?
「私は強姦の被害者。でも兄さんの心を蝕んでいる元という加害者。兄さんに申し訳ない」
――お兄さんが、な、な、なにを考えているのか、わ、わ、w、分から+‘<*よ
言葉がブレた。
「分かるわ。兄さんは迷惑だなんて思わないし、自分のせいだと思い込んでる。申し訳ないの。私はどんな顔をして会えばいいの?」
最後の方は言葉が小さくなり、涙が混じっていた。
――笑えば、い、い、いいんじゃないですか?
「え?」
――お、お、思い込んでいるのはお、お、お互い一緒ですよ。w、笑って、頼って、お*^て、哀しんで。た、た、た、ただ、そ、それだけで、い@%じゃ$#で¥<?
分からない。自分が何を思い込んでいるのか。
分からない。この女性は何が言いたいのか。
でも、なぜか、分からないのに、温かくなった。
――い、い、行き+*-↲¥
肝心なところが聞き取れない。光が手を差し伸べてくる。最後が締まらなかったが、この温かいものにもっと触れていたい。ここに残ればもう得られない気がした。
アスミンは光に手を伸ばした。
アスミンの瞼がピクリと動いた。
上級の戦士たちはそのわずかな動きを見逃さない。
「お!?」
「アスミン?」
「…………んぅ…」
アスミンの口から声が漏れた。薄く細く開いた眼が何かを訴える。
「どうした?」
「…………い…………ず…………」
「水!?そうだな、喉が乾いてるよな」
「ほいよ」
耳をアスミンの口元まで寄せた。コウガイは水を欲していることを聞き、取りに行こうとしたところ、カレトワが水を渡す。喉を潤し、唇を湿らせ、舌でぺろりと舐める。
「エンドローゼさんとは?」
礼を言いたかった。温かいものをくれてありがとうと言いたかった。
「あー」
「あっち」
カレトワは明後日の方を向き頬を搔き、ロッドは指で示す。指で作られた矢印の先は部屋を仕切る布がかかっていた。その布にはシルエットで滅茶苦茶吐いている人が映っている。
「えっと」
「あの吐いてるのがエンドローゼ」
アスミンの頬に汗が流れた。
「あの女異常だぜ」
「え?」
「コウガイ様が貴方を助けてほしいと頼んだら何て言ったと思う?」
「えっと、任せてとか?」
ロッドはひどくつまらなそうに頬杖をつく。
「当たり前です、だとよ」
「え」
「オレ達は敵だ。弱みを見せたらそこをついてブッ倒す。それぐらいやってもおかしくないぐらいの関係だ。それがどうだ。当たり前、だと。敵を助けんのが当たり前だと。くそっ!分かんねェ」
ロッドは頭を抱えて黙ってしまった。
「み、水をってあれ?」
コウガイが水を取って戻ってくると、アスミンには水を飲んだ形跡が。
「あれ?もしかして無駄だったか?」
「うん。アタシが渡した」
コウガイは落ち込んだが、アスミンは一応受け取り飲んだ。
「あ、あ、お、お、起きたんですね」
布の向こうから吐き疲れた顔をしたエンドローゼが出てきた。
「ありがとうございます。エンドローゼさん」
アスミンはニコリと笑いかけると、エンドローゼも疲れた状態でも笑顔を見せる。
「オレからもありがとう。生きる理由をなくしてくれてありがとう。死ぬ意味を奪ってくれてありがとう。この感謝は忘れない」
「い、いえ、そそ、そ、そんな」
エンドローゼは慌てて手をパタパタと横に振る。
「お前は稚魚ではなく戦士だった。それについては詫びさせてほしい。すまなかった」
「?」
拳闘士の言い回しはただの回復術士であるエンドローゼには通じず、首を傾げる。
「今回オレ達は助けられた。困ったことがあったら言ってくれ。助けになろう。今は、妹のリハビリをしなくてはいけないから厳しいがな」
アレン達は7つ目の宝玉を破壊した。魔王城に張られていた結界が静かに解けていく。
始まる。
この時、7人全員が同じことを考えていた。
無類の強さを誇り、戦場において負けたことがなく、勝利の代行者、戦争請負人とさえ言われた。コウガイが15の時の話だ。
その後は田舎町でのんびりと過ごしていた。妹と食べるアップルパイは平和という単語を頭の中に定着させ、甘いものが苦手なコウガイだったが、アップルパイだけは珍しく好物になった。
その町の住民からは別の二つ名を聞けるだろう。シスコン、だ。行動の理由がすべて妹に通じるようになっていた。住民の中のシスコン気味の者も引いていた。一緒にいない方が珍しく、一人で歩いているとどうしたのかと声を掛けられるほどだ。
あの日も一人だった。
コウガイはその強さを活かし、町内ではよく魔物の討伐のために駆り出されていた。その日はグラントプスが出現したので討伐するように依頼されていた。森の中をいくら探してもオーウェンやディアボロスしか見つからずグラントプスは見つからなかった。心の中で悪態をつきながら街に帰ると、依頼してきた男が見つからない。聞けば少し前に町から出ていったらしい。金も払わずにいなくなったあたり、コウガイへの嫌がらせの依頼だったのかもしれない。
「今度見つけたらぶん殴ってやる」
事実上の死刑宣告を空気に溶かし、コウガイは妹と2人暮らししている家のドアに手をかける。1センチ、開ける前、ほんの数センチメートルの隙間から違和感を察知した。漏れ出てくるのは生臭く雄臭いにおい。男女一組の家、しかも一日中女しかいなかったはずの家から出る臭いではない。そして中から感じるのは弱弱しい気を放つ一つの影。
「アスミンッ!!」
思わず叫び、勢いよくドア開ける。ドアが壊れてしまったが、気付かない。中には裸の妹がいた。
「アスミンッ!アスミン?アスミン?アスミンッ!?」
何度呼びかけても返答どころか反応がない。そこでようやく兄は妹の状態に気付いた。裸の体を染め上げる白濁色のドロドロとしたものと乾いたもの。妹の髪や体だけではなく床や壁にも付着していた。もう一度妹の体を見る。下腹部からドロリと白濁色の粘性のある液体が零れた。今わかった。これは精液だ。
強き者は無駄に声を上げない。ただ静かに唇を噛み締め、千切った。
コウガイの戦争が始まった。
結果、あっさりと犯人を捕まえることができた。部屋の中に依頼主の毛髪が見つかったのだ。犯人はアスミンの美しさに犯行に及んだと供述していた。
あっさりと終ってしまった。コウガイの熱は冷めず、怒りは浮遊し、何よりアスミンの意識が戻らない。アスミンの心は壊れていた。
コウガイが塔の3階に着くと不思議な光景が広がっていた。男が5人倒れている。全員コウガイの部下だ。常にアスミンを厭らしい目で見ていたが、遂に実行に移したということだろう。
次に立っている男女。
男の側はロッドだ。いつも世話になっている。自身の塔はどうしたのか気になるが、妹を護ってくれたのだろう。ありがたい。
女の方はカレトワだ。この塔になんて一度も来たこともない少女は細剣を抜き、ロッドと同じ方を向いている。彼女は味方の側なのか?
「ロッド」
「はい。この5人、アスミンさんを、その、えっと、輪そうとしていたようでしたので撃退しました」
「ブッ」
カレトワが吹いた。
「どうした」
「何その喋り方、アタシ知らないんだけど」
お腹に手を当て笑っている。それよりもコウガイには重要あことがある。
「こいつらを外に出して、部屋を掃除する。このままじゃアスミンがかわいそうだ」
「アスミンってこの娘のこと?」
「ああ」
カレトワの方を見ず、倒れている男たちに手を伸ばしつつ答える。
「マジ!?似て…るか?」
「疑問形かよ」
ロッドは男たちの武器を拾い集めていく。カレトワはアスミンの顔を覗き込む。
「眼は、似てないな。鼻、は似てるか。口は、似て、ないな」
「お前も手ェ動かせよ」
「やることないんだもん」
「だもんじゃねェよ。オレかコウガイ様を手伝えよ」
「オレ?」
コウガイが引っかかった。
「お前、自分のことオレっていうんだな」
ロッドはコウガイの前では猫を被っていたのでオレではなく、私と言っていた。
「あ、、いや、これは」
「素がそっちならオレと話すときも素でいいぞ。お前が何の狙いであの話し方していたのかは知らねェけど」
「は、はい」
「つか、二人ってどんな仲なの?」
カレトワは男の一人を掴むと部屋の外に出すように放り投げる。
「お前、そんな雑な。あと、仲は知らないよ。オレが勝手にコウガイ様を慕っているだけだから」
「頼りになるやつ」
「ふぅん。てか様呼びなんだね」
「そォだよ」
無駄口を叩きながら片付けを進めていく。
「な、幹部が3人!?」
すべてを窓の外から捨てた時、アレンが声を上げた。コウガイとロッドが自然な動きでアスミンの前に立つ。無駄のない洗練された動きにカレトワは感嘆する。コウガイが拳を固める。変な動きをしたら、アレンの体は即爆発四散するだろう。
「そういえばロッド」
「はい?」
アレン達には聞こえない声で話しかける。
「お前はあの時、回復術士がいればって言ってたよな」
「そうですね」
あの時がどの時かはロッドにはすぐにわかった。嘘であると今でも言い出せていない。何年も経て、自分の首を絞めることになるとは。
一歩コウガイが踏み出す。
「手を借りたい」
アレン達は眉根を寄せた。
エンドローゼはごくりと唾をのむ。冷汗が止まらない。仲間と三幹部、都合9人、18の眼がエンドローゼを刺していた。こんなに視線が向いているのは孤児院以来だ。当時の光景を思い出し、ぶるりと体を震わせた。
なぜこうなったのか。
理由は簡単だ。目の前に患者がいるからだ。これに尽きる。エンドローゼも回復魔法を扱うものとしてプライドがある。患者がいると知ったからには手を尽くす。逃げるなんてできるはずがない。
エンドローゼが両手を翳す。
淡く薄紫色の光が珠状に浮遊を始めると、コウガイとロッドが祈りを捧げ始める。コウガイは妹の復活を願って妹とエンドローゼに、ロッドは自分の発言が事実になるように、とエンドローゼに捧げる。
回復魔法には2種類ある。肉体的回復魔法と精神的回復魔法だ。
肉体系は主に傷の治癒をする。エンドローゼは離れた肉体をくっつけることまでできる。
精神系は主に心の病に効くものだ。心の壊れた人はこの魔法を使うが、エンドローゼにはこの魔法が使えない。
エンドローゼが使えないのには理由がある。いや、多くの回復術士が精神系を使えない。心に病を持つ者やトラウマを持つ者、さらにその一部の者しか回復魔法を習得できない。要は才能がなければ習得できない。複雑な条件があるが、簡単に言えばトラウマを克服することが絶対条件になる。
逃げて逃げて逃げ続け、護られ護られ護られ続けたエンドローゼにとってトラウマは絶対的な壁だった。これまでにもトラウマを見ることはあった。そのたびに頭を抱え、蹲り、がくがくと震えることしかできなかった。この日、初めてエンドローゼはトラウマと向き合った。
「うぷ」
吐き気を催し、光が乱れる。
ポンと両の肩をそれぞれ違う手が置かれる。右にはアストロ。最初は険悪な仲だったが、なぜか今は仲良くなれ、今まで同じ寝床で眠る仲だ。
左にはレイド。アストロの華奢な手とは違う服越しにもわかるごつごつした手。男らしいでかくて力強い、でも安心する手。
大丈夫。私は独りじゃない。立ち向かえる。相変わらず吐き気はするが、我慢できる。この患者は何があって何を思ってどうして心を閉ざしているのか分からない。だけど、言ってくれないと分からないよ?
アスミンは心を閉ざしていた。
拳闘士として産まれたが、拳闘士として生きられなかった。集落の中では生きられず、虐げられ孤独になりかけた。ならなかったのは兄さんの存在があったからだ。兄さんが嫌というほどに世話を焼いてくれたからだ。兄さんがいるから自分が強くならなくても良かった。
私がいじめられるのに耐えきれず、兄さんは私を連れて集落を出た。戦争に出てお金を稼いでは不自由なく生活させてくれた。私が一人になることが多くなって、兄さんは戦争に行くのをやめた。兄さんとの時間が増え、私は正直嬉しかった。兄さんが私の世話を焼こうとするのが楽しかった。
ある日、家に緑の髪を無理矢理金に染めた男を先頭に5人の男がぞろぞろと上がり込んできた。
私は犯された。汚されてしまった。純粋な存在ではなくなってしまった。私は、兄さんに見られたくなかった。でも、体が動かなった。間に合わず、兄さんに目撃されてしまった。私は知られたくない一心で心を閉ざしてしまった。兄さんは心を閉ざした私の世話をし続けた。
もういいよ。私を捨てても。私に構わないでよ。もう兄さんの荷物にはなりたくないよ。
馬鹿みたいに叫びたかった。でも、心を閉ざした。そうすれば捨ててもらえると思ったから。
変化があった。
私の心を溶かして解放しようとする旅を兄さんが始めた。兄さんがロッドという見るからに胡散臭そうな男と協力を始めた。大丈夫かなと思ったが、全面的に協力をしてくれた。
ロッドさんは時々、私に話しかけてきた。今日の出来事、過去の女性トラブル、治療についての内容などを軽い調子で話してきた。
それでも。そうまでされても。私の心は冷めていた。熱くならない。治りたいと思えない。
私は心の中、暗闇の底で体育座りをして、蹲っていた。何年経っても私はもう、どうすればいいのか分からないよ。
その時、心の底にまで届く光が差した。
「貴方は?」
――私は、え、え、エンドローゼです。あ、あ、あ、あな、貴方を、な、治したくて
どこかくぐもっており、、さらに詰まっているというのも重なって、聞き取りづらい。
――な、な、何でこ、こ、心を閉ざしているんですか?
すごく直接的な質問だ。婉曲的に聞いてこないのは好感が持てる。ただ、本来なら答えないだろう質問になぜか今回は答えようと思った。
「兄さんが、兄さんに合わせる顔がない」
――あ、な、何で?あ、貴方は、ひ、ひ、被害者なのに
「ううん。私は加害者。被害者であり、加害者でもあるの」
――それはどうゆう意味?
「私は強姦の被害者。でも兄さんの心を蝕んでいる元という加害者。兄さんに申し訳ない」
――お兄さんが、な、な、なにを考えているのか、わ、わ、w、分から+‘<*よ
言葉がブレた。
「分かるわ。兄さんは迷惑だなんて思わないし、自分のせいだと思い込んでる。申し訳ないの。私はどんな顔をして会えばいいの?」
最後の方は言葉が小さくなり、涙が混じっていた。
――笑えば、い、い、いいんじゃないですか?
「え?」
――お、お、思い込んでいるのはお、お、お互い一緒ですよ。w、笑って、頼って、お*^て、哀しんで。た、た、た、ただ、そ、それだけで、い@%じゃ$#で¥<?
分からない。自分が何を思い込んでいるのか。
分からない。この女性は何が言いたいのか。
でも、なぜか、分からないのに、温かくなった。
――い、い、行き+*-↲¥
肝心なところが聞き取れない。光が手を差し伸べてくる。最後が締まらなかったが、この温かいものにもっと触れていたい。ここに残ればもう得られない気がした。
アスミンは光に手を伸ばした。
アスミンの瞼がピクリと動いた。
上級の戦士たちはそのわずかな動きを見逃さない。
「お!?」
「アスミン?」
「…………んぅ…」
アスミンの口から声が漏れた。薄く細く開いた眼が何かを訴える。
「どうした?」
「…………い…………ず…………」
「水!?そうだな、喉が乾いてるよな」
「ほいよ」
耳をアスミンの口元まで寄せた。コウガイは水を欲していることを聞き、取りに行こうとしたところ、カレトワが水を渡す。喉を潤し、唇を湿らせ、舌でぺろりと舐める。
「エンドローゼさんとは?」
礼を言いたかった。温かいものをくれてありがとうと言いたかった。
「あー」
「あっち」
カレトワは明後日の方を向き頬を搔き、ロッドは指で示す。指で作られた矢印の先は部屋を仕切る布がかかっていた。その布にはシルエットで滅茶苦茶吐いている人が映っている。
「えっと」
「あの吐いてるのがエンドローゼ」
アスミンの頬に汗が流れた。
「あの女異常だぜ」
「え?」
「コウガイ様が貴方を助けてほしいと頼んだら何て言ったと思う?」
「えっと、任せてとか?」
ロッドはひどくつまらなそうに頬杖をつく。
「当たり前です、だとよ」
「え」
「オレ達は敵だ。弱みを見せたらそこをついてブッ倒す。それぐらいやってもおかしくないぐらいの関係だ。それがどうだ。当たり前、だと。敵を助けんのが当たり前だと。くそっ!分かんねェ」
ロッドは頭を抱えて黙ってしまった。
「み、水をってあれ?」
コウガイが水を取って戻ってくると、アスミンには水を飲んだ形跡が。
「あれ?もしかして無駄だったか?」
「うん。アタシが渡した」
コウガイは落ち込んだが、アスミンは一応受け取り飲んだ。
「あ、あ、お、お、起きたんですね」
布の向こうから吐き疲れた顔をしたエンドローゼが出てきた。
「ありがとうございます。エンドローゼさん」
アスミンはニコリと笑いかけると、エンドローゼも疲れた状態でも笑顔を見せる。
「オレからもありがとう。生きる理由をなくしてくれてありがとう。死ぬ意味を奪ってくれてありがとう。この感謝は忘れない」
「い、いえ、そそ、そ、そんな」
エンドローゼは慌てて手をパタパタと横に振る。
「お前は稚魚ではなく戦士だった。それについては詫びさせてほしい。すまなかった」
「?」
拳闘士の言い回しはただの回復術士であるエンドローゼには通じず、首を傾げる。
「今回オレ達は助けられた。困ったことがあったら言ってくれ。助けになろう。今は、妹のリハビリをしなくてはいけないから厳しいがな」
アレン達は7つ目の宝玉を破壊した。魔王城に張られていた結界が静かに解けていく。
始まる。
この時、7人全員が同じことを考えていた。
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