メグルユメ

トラフィックライトレイディ

29.砕けぬ意志

「すげェな。その女」



 塔の方から声が聞こえてきた。そこには手入れのされていない赤い髪に赤褐色の肌をした男が立っていた。強者だ。戦いに疎く、いつも誰かに守られてきたエンドローゼさえもここにいる誰よりも強いことを感じた。ガレットにさえ挑んだコストイラはエンドローゼにそっちに集中しろと告げ、刀を構える。



 特殊な眼を持つアレンは相手のレベルが自分たちのものよりも20は上なことに絶望し、さらなる情報を盗み見て諦めた。



「気色悪ィ目を向けんなよ。それと、早く回復してやれよ」



 アレンたちは眉根を寄せた。このセリフは隙を攻撃しないと宣言しているようなものだ。相手を睨むようにして壁に凭れながら回復を待っている。



 シキが起き上がる。男は一度ミノタウロスを見て、相手に視線を戻す。



「ミノタウロスについては気にすんな。アイツも戦いの中で散ったんだ。本望だろうよ」



 男は壁から背を離し、組んでいた腕を解放する。



「オレはコウガイ。<跿跔科頭>のコウガイだ」



 直後、地面が爆発した。



「テメェの眼ェ気分悪ィな」



 一人目の脱落者はアレンだった。



 アシドには見えた。コウガイはアレンに拳を当てなかった。寸止めだ。拳の風圧で体をくの字に曲げ、血を吹きながら水平に飛んだ。岩が体を止めるが、アレンの意識はなくしたままだった。コストイラ、シキ、レイドが動く。後から動いたはずのコウガイは3人の速度を上回っていた。次の狙いはアストロ。



「遠距離は面倒だからな」



 アストロの後ろに回ったコウガイは振り向く前に、彼女の脇腹に肘鉄砲を撃つ。地面に転がったアストロは撃たれた箇所を押さえながら奥歯を噛み締める。アストロは痙攣するばかりで、それ以上ができない。



 コウガイよりも速いアシドは最高速度でコウガイに駆け寄り、鋭い突きを出す。コウガイは槍の下に手を入れ、上に少し上げることで軌道を逸らし、できた空間に体を入れ、アシドの腕を取り、一本背負いする。



 しかし、コウガイの一本背負いは一般的なそれではなかった。コウガイもともに飛んだ。アシドが地面に叩きつけられるのと同時に上からコウガイの体重とサンドウィッチにする。



「がぁっ!!」



 アシドの意識も落ちる。



 圧倒的な強さ。



 4人の動きが止まる。勝てる光景が見えない。



「どうした。来いよ」



 立ち上がりながら、コストイラたちを睨む。コストイラ、シキ、レイドが一斉に動く。



「戦士どもめ」



 シキの攻撃を体を回転させて躱し、そのまま回し踵落としを叩き込む。シキは地面を割り、ワンバウンドするが、強烈な踏み付けの追い打ちを受け、白目を剥き意識が飛ぶ。



 コストイラの炎を纏った刀を摘まむ。コウガイは熱さを顔に出さない。コストイラは刀が動かず眼を張る。コウガイはシキの上に置いていた足でコストイラの腹を蹴り上げる。ボキやゴリの他にボチュと骨折以上にしてははいけない音をさせ、コストイラは宙を舞う。落ちてきたコストイラは岩にぶつかり、俯せに倒れる。ピクリとも動かない。



 肉薄するコウガイにレイドは楯を間に挟むが、コウガイの前には意味をなさない。鋭い拳は槍よりも鋭く、楯を貫いた。拳はそのまま左肩を穿つ。抉れ、窪み、破裂する。肩の後ろから肉や骨が弾ける。



「ぐお、ガァ、ああ!!」



 強烈な痛みに左肩を押さえ後ろに2,3歩下がる。コウガイは楯から腕を抜き、レイドに歩み寄る。レイドの顔に脂汗が浮かぶ。



「すまんな」



 一言。コウガイが謝るとレイドの腹に衝撃が走り、意識が消えた。















「あ、あ、あ」



 エンドローゼは尻餅をついた状態で震えることしかできなかった。目の前で行われた3分にも満たない光景に参加も反応もできなかった。あまりの恐怖にエンドローゼは失禁してしまったが、隠すこともできない。その行為をするだけの力が出せない。後ずさりをしたいが、足は空回るし、そもそも後ろは岩で下がることができない。エンドローゼには気付けるほどの心の余裕もない。



 コウガイが何かを喋ろうと口を開くが、左側が爆発する。眼だけを動かし確認すると、溜息を吐く。



「面倒だな。寝てりゃいいのによ」



 首に手を当て、鳴らすように傾ける。



「エンドローゼっ!今のうちに逃げてっ」



「逃げんなっ!」



 アストロの命令もコウガイの怒号に塗りつぶされる。



「稚魚、テメェ仲間を見捨てんのか」



「わ、わ、私は」



 瞳に大粒の涙を溜める。その時、コウガイは塔の上を素早く見上げる。



「早く回復してやれ」



 エンドローゼの方を見ずに言うと、コウガイは塔の中に入っていった。



「何だったのよ」



 アストロは緊張を解き、俯せに倒れる。



「エンドローゼ?」



「は、はい」



 アストロに話しかけられ止まっていたエンドローゼの時間が動き出す。一番近くにいたコストイラの回復に取り掛かる。その瞬間、塔が揺れた。



「え」



「手を止めない」



「は、はい」



 アストロは岩に凭れながら塔を見上げる。



「何が起きているのかしら」















「おい、アンナを知らないか?」



 男が一人、家に入りながら中の人に質問する。中にいた女は布巾で手をふきながら、台所から出てくる。



「アンナ?知らないよ。まだ戻ってきちゃいないね。仕事は、もう終わっている時間か。どっかほっつき歩いてんじゃないの?夕飯だから呼んできておくれ」



「いや、俺も探し」



「何か言ったかい?」



「いや、何でもないです」



 妻には勝てない男はランタンを片手に出歩く。村の中を散々探したが見つからない。すれ違ったかな?



「まだ帰ってきちゃいないよ」



 男はもう一度外に出されたが、探せる場所はもう探した。あとはどこが残っているだろう。まさか。



 男の思い当たる場所は一つしかない。男は鬱蒼とする森を携えた山を見つめた。男はご近所に呼びかけ、山に入ることにした。



 アンナは村一番の美人だ。味方は多い。10人で森に入る。獣、特にオオカミがこの森には出てくる。アンナの安否が心配になり、少し早足になる。つんと鉄臭いに臭いがした。



 まさかと思い、ランタンを向けると、そこには一つの体が転がっていた。



「うわっ!」



 思わず声が出る。男はランタンを落とし、尻餅をついてしまう。捜索隊の一人が吐いてしまう。家畜の番を任されていた少女は死体で発見された。惨殺された死体には心臓部と肝臓部がなくなっていた。この傷は喰い殺されたということを表しているのだろう。



「この後はどうする」



 この山にはオオカミが住んでいる。大勢で行動しているからといって安全ではない。



「一旦戻ろう。アンナの遺体も放置だ。相手がオオカミなら、これは食事を中断しているだけなんだ。食料を盗られたと思われたら面倒なことになる」



 この日、チェシバルの町は恐怖に包まれた。アンナの死体は残ったままだった。

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