メグルユメ
23.立ち上がる貴族
レイド・クレア。
クレア家の長兄にして跡取りであった。レイド・クレアには他に父母と妹、2人の兄弟がいた。
家名とは貴族の証だ。誰でも納得できる分かりやすい功績を残せた者に与えられ、2つ以上の功績があれば没落しないことが約束された永久の貴族だ。褫奪されるのは家そのものがなくなった時ぐらいだ。
クレア家の先祖であるグラステ・クレアは新天地の開拓と農業の新形態、それに加えて内陸地での魚の養殖の成功と、家名をもらうのにふさわしい活躍をした。
クレア家が例外の没落を経験したのは一人の存在によるものだ。エヴァンズ・クレアその人だ。彼は魔道具の製作で功績を得ていた。没落の原因はレイドの母、スチュワートの死だ。死因は衰弱死。子を産んだことで体力を使い果たしたせいで衰弱した。
当時5歳だったレイドは、幼いながら家族を守らなければならないと考えた。
生涯一人の妻しか娶らなかったエヴァンズは妾の一人も作らなかった。エヴァンズは哀しみや寂しさを考えないように魔道具製作により没頭した。レイドの弟ナイトとフィリスは父を見限り家を出て行った。父も家を空けるようになり三月に一回しか帰ってこなくなった。
レイドは最後まで残った妹のエレノアを溺愛し、守護していた。ある日、妹が帰って来なかった。友人の家で泊っているのかと思い、町中の友人宅を回った。しかし、エレノアはいなかった。
そんな状況でレイドは成人した。今まで子爵・領主の息子という職業欄は勇者の楯となった。貴族が野蛮と揶揄される冒険者となった。父から勘当されたレイドは街の中を転々としながら暮らしていた。そんな時だった、エレノアの死体が見つかったのは。
何人も男に輪された跡、薬を打たれ紫になった肌、魔物か獣か、牙の鋭い生き物に食い千切られた傷があった。抵抗を押さえつけたからか、体中に痣がたくさんついていた。激昂したレイドは犯人を突き止め、黒幕の名前を知った。その時は別の怒りがわいてきた。名前が書かれた羊皮紙を握り締める。書かれていた名前は知っている名前だった。
エヴァンズ、と。
「なぜあんなことをした!」
レイドは怒りに任せ、大剣を振るう。
「そうやって、他者の言い分も聞かず心に侵略してくるのはお前の悪い癖だよ、レイド」
対するエヴァンズは冷静に返していく。
「だが、答えよう。なぜだと言ったな。お前の為さ。お前はあまりにもエレノアに依存していたからだ。だからこそお前は弱いままだった。お前は長男だ。跡継ぎにふさわしくなければならない。そのためには家族への依存は邪魔だった。感謝こそされども恨まれる筋合いはない」
蔦がレイドの体を叩き、進行を止める。膝から崩れ落ちそうになるが踏み止まり、猛進する。蔦、猛進、蔦、猛進。レイドの体を淡い光が包んだ。
レイドは怒りで視界が狭まっている。エヴァンズはふむと顎を上げる。
「邪魔だな」
エヴァンズは器用に蔦を動かし、エンドローゼを絡めとる。
「ぐぎゅ!?」
エンドローゼはは逆バンジーのように引っ張り上げられるが、すぐさま蔦が斬られ助け出される。感性の法則に従ったままエンドローゼは天井にぶつかったが、秘密にしておきたい。ゴンと音が響いたが秘密にしたい。額が赤くなっているが絶対に秘密である。
「待てよ、レイド!」
「邪魔だ!!」
レイドの前にコストイラが立ち塞がるが、レイドの熱は引かない。白目は紅く血の色に染まり、血管は浮き出ていて、ドラゴンの顔よりも恐怖を受けた。頭のてっぺんからは湯気が出ていそうだ。
「どけっ!!」
「あぁ邪魔させてもらうぜ。家族水入らずになんかさせねェ。お前と親父の前に水を差させてもらうぞ」
「あぁ!!?」
「手伝わせろよ」
怒りの瞳はコストイラの力強い決意の目を前に冷静になっていく。
「良いだろう」
レイドは首肯した。
「今更遅い」
エヴァンズの周りに電撃が走る。バチバチと鳴った後、放出される。電撃は前へと進みレイドに直撃し、コストイラにも伝わる。
「ふん」
もう一撃が放たれる。先程と似た、しかし、違う攻撃。コストイラはたまらず距離を取る。強力な風は体を吹き飛ばそうとしており、向かいの扉は蝶番が壊れてバカンバカンと鳴っている。それに加え、雷が入ってくる。雷も風と同様に螺旋を描いている。
レイドは避けない。避けたらまた何か大事なものがなくなりそうな気がしたから。エヴァンズから目を背けることもしない。背けたらまた何かを奪われるかもしれないから。
レイドは前に出た。
エヴァンズ・クレア。
クレア家ができて以来の落ちこぼれ。最もふさわしくない男と称された者。
クレア家は代々、手先が器用な人間が生まれてきていた。グラステからエレノアまでに至るまで全員が器用なものだった。その中で剣術がうまい、魔術に秀でている、防御力が高いなど個性を持っていく。
エヴァンズは手先が器用なだけで他の個性がなかった。しかも特段手先が器用というわけでもなかった。だからこそ、何かに特化するしかなく、個性を持っているものを妬んだ。魔道具製作の努力を怠ることはなかった。できることしかできない。しかし、いつかは報われると思っていた。
最初は良かった。
家に入ってくる不審者を撃退する装置を作成し、犯罪数を劇的に減らした。一躍有名になった。あの作家は凄い。素晴らしい。期待は枷になった。エヴァンズは一発屋であり、最初こそが最高傑作であり、それを超えることが出来なかった。苦悩の中で悲劇は続く。
愛し続けていた妻が亡くなったのだ。心に2つしかない執着のうち1つが欠け、エヴァンズの心はぴしりと音を立てて壊れ始めた。自然とエヴァンズはもう一つに打ち込むようになった。スポンサーだった魔王軍に傾倒していった。
魔道具を作れば作るほど冷静になっていった。冷静になる程、妻の死について考えてしまう。妻の死因は衰弱だ。原因は娘の出産。では、妻を殺したのは娘なのではなかろうか。
エヴァンズは娘への復讐を誓った。
エヴァンズは電撃を使って相手の動きを止めるスタンガンのようなものを開発した。それを屈強な男たちに渡した。そしてエレノアを襲うように唆した。
男たちは歓喜した。今まで遠くから見ていることしかできなかったエレノアに手を出せるとあって、入念に準備をした。スタンガンの威力は驚くべきものだった。エレノアは撃たれた瞬間、体から力が抜けた。男たちは興奮し、エレノアに攻撃を加えていった。加虐趣味の男たちは痣や流血を見て、さらに興奮していった。エレノアは抵抗できずに男たちの暴力的な性を受け続けた。
受けきれずに死んでしまってもなお、使われた。
捨てられた後にレイドに発覚した。
「ぬぐっ!」
前に出たレイドの左肩に鉄針が刺さる。さらに、針から電撃が流れ動きを止めさせる。
「レイド!」
「これがエレノアにも撃った魔道具だ」
コストイラとアシドがエヴァンズを狙い疾走する。
「ぐ、が、ぬがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
レイドは血管を浮かび上がらせながら叫んだ。いや、吠えた。
「それが娘へのやる事かぁ!!」
怒り、恨み、復讐、その他諸々の感情がレイドを獣へと成り下げた。啼き吠えるレイドは右目を赤く光らせ、僅かに動く。唇を噛み締めすぎて噛み千切れ血を流すどころか、それどころか血涙さえ流す。
「まだ動くか」
口の端をヒクつかせ、エヴァンズは再び魔道具を構える。発射された鉄針は、今度は右肩に刺さる。もちろん電撃も流れる。ブシュッと血管が斬れた。エンドローゼは両手を掲げてレイドを支援しようとする。しかし、レイドはそれよりも早く動く。
電撃の拘束を無理矢理剥がし、エヴァンズに肉薄する。
「はっ」
エヴァンズの口から自然と声が出た。そこにどういう感情があったのかは本人も分からない。しかし、声が出た。ところどころに火傷を創り、細かい傷をつけ、両肩には穴を空け、しかし、しっかりと真正面から受け止め、今も気丈に向かってくるレイド。エヴァンズは薄く口角を上げた。
レイドは思いっきり大剣を地面に突き刺す。今までになった攻撃方法にアレン達は目を張る。エヴァンズは口角を上げたまま。エヴァンズの周りの地面が盛り上がり、蔦が出現する。
まだ抵抗を。そう思いアレン達は思い思いに武器を構える。レイドはゆっくりと大剣を抜き、腰を低くし大剣の剣身を地面と水平にする。蔦はシュルシュルとエヴァンズの体を拘束していく。エヴァンズは抵抗しない。何を考えているのか分からないが、薄く笑みを浮かべたままだ。
「来ると良い、レイド。胸を貸してやる。その技で私を仕留めると良い」
今、発動している技を知っているのか、エヴァンズは顎を上げ、攻撃を促す。レイドは大剣を突き出し、エヴァンズの胸を穿つ。ゴボリとエヴァンズが血を吐き出す。
「やは…り。お前…………は…自慢…の…………むす…………こ…………だ……………………」
エヴァンズは幸せそうな顔で首を折った。
クレア家の長兄にして跡取りであった。レイド・クレアには他に父母と妹、2人の兄弟がいた。
家名とは貴族の証だ。誰でも納得できる分かりやすい功績を残せた者に与えられ、2つ以上の功績があれば没落しないことが約束された永久の貴族だ。褫奪されるのは家そのものがなくなった時ぐらいだ。
クレア家の先祖であるグラステ・クレアは新天地の開拓と農業の新形態、それに加えて内陸地での魚の養殖の成功と、家名をもらうのにふさわしい活躍をした。
クレア家が例外の没落を経験したのは一人の存在によるものだ。エヴァンズ・クレアその人だ。彼は魔道具の製作で功績を得ていた。没落の原因はレイドの母、スチュワートの死だ。死因は衰弱死。子を産んだことで体力を使い果たしたせいで衰弱した。
当時5歳だったレイドは、幼いながら家族を守らなければならないと考えた。
生涯一人の妻しか娶らなかったエヴァンズは妾の一人も作らなかった。エヴァンズは哀しみや寂しさを考えないように魔道具製作により没頭した。レイドの弟ナイトとフィリスは父を見限り家を出て行った。父も家を空けるようになり三月に一回しか帰ってこなくなった。
レイドは最後まで残った妹のエレノアを溺愛し、守護していた。ある日、妹が帰って来なかった。友人の家で泊っているのかと思い、町中の友人宅を回った。しかし、エレノアはいなかった。
そんな状況でレイドは成人した。今まで子爵・領主の息子という職業欄は勇者の楯となった。貴族が野蛮と揶揄される冒険者となった。父から勘当されたレイドは街の中を転々としながら暮らしていた。そんな時だった、エレノアの死体が見つかったのは。
何人も男に輪された跡、薬を打たれ紫になった肌、魔物か獣か、牙の鋭い生き物に食い千切られた傷があった。抵抗を押さえつけたからか、体中に痣がたくさんついていた。激昂したレイドは犯人を突き止め、黒幕の名前を知った。その時は別の怒りがわいてきた。名前が書かれた羊皮紙を握り締める。書かれていた名前は知っている名前だった。
エヴァンズ、と。
「なぜあんなことをした!」
レイドは怒りに任せ、大剣を振るう。
「そうやって、他者の言い分も聞かず心に侵略してくるのはお前の悪い癖だよ、レイド」
対するエヴァンズは冷静に返していく。
「だが、答えよう。なぜだと言ったな。お前の為さ。お前はあまりにもエレノアに依存していたからだ。だからこそお前は弱いままだった。お前は長男だ。跡継ぎにふさわしくなければならない。そのためには家族への依存は邪魔だった。感謝こそされども恨まれる筋合いはない」
蔦がレイドの体を叩き、進行を止める。膝から崩れ落ちそうになるが踏み止まり、猛進する。蔦、猛進、蔦、猛進。レイドの体を淡い光が包んだ。
レイドは怒りで視界が狭まっている。エヴァンズはふむと顎を上げる。
「邪魔だな」
エヴァンズは器用に蔦を動かし、エンドローゼを絡めとる。
「ぐぎゅ!?」
エンドローゼはは逆バンジーのように引っ張り上げられるが、すぐさま蔦が斬られ助け出される。感性の法則に従ったままエンドローゼは天井にぶつかったが、秘密にしておきたい。ゴンと音が響いたが秘密にしたい。額が赤くなっているが絶対に秘密である。
「待てよ、レイド!」
「邪魔だ!!」
レイドの前にコストイラが立ち塞がるが、レイドの熱は引かない。白目は紅く血の色に染まり、血管は浮き出ていて、ドラゴンの顔よりも恐怖を受けた。頭のてっぺんからは湯気が出ていそうだ。
「どけっ!!」
「あぁ邪魔させてもらうぜ。家族水入らずになんかさせねェ。お前と親父の前に水を差させてもらうぞ」
「あぁ!!?」
「手伝わせろよ」
怒りの瞳はコストイラの力強い決意の目を前に冷静になっていく。
「良いだろう」
レイドは首肯した。
「今更遅い」
エヴァンズの周りに電撃が走る。バチバチと鳴った後、放出される。電撃は前へと進みレイドに直撃し、コストイラにも伝わる。
「ふん」
もう一撃が放たれる。先程と似た、しかし、違う攻撃。コストイラはたまらず距離を取る。強力な風は体を吹き飛ばそうとしており、向かいの扉は蝶番が壊れてバカンバカンと鳴っている。それに加え、雷が入ってくる。雷も風と同様に螺旋を描いている。
レイドは避けない。避けたらまた何か大事なものがなくなりそうな気がしたから。エヴァンズから目を背けることもしない。背けたらまた何かを奪われるかもしれないから。
レイドは前に出た。
エヴァンズ・クレア。
クレア家ができて以来の落ちこぼれ。最もふさわしくない男と称された者。
クレア家は代々、手先が器用な人間が生まれてきていた。グラステからエレノアまでに至るまで全員が器用なものだった。その中で剣術がうまい、魔術に秀でている、防御力が高いなど個性を持っていく。
エヴァンズは手先が器用なだけで他の個性がなかった。しかも特段手先が器用というわけでもなかった。だからこそ、何かに特化するしかなく、個性を持っているものを妬んだ。魔道具製作の努力を怠ることはなかった。できることしかできない。しかし、いつかは報われると思っていた。
最初は良かった。
家に入ってくる不審者を撃退する装置を作成し、犯罪数を劇的に減らした。一躍有名になった。あの作家は凄い。素晴らしい。期待は枷になった。エヴァンズは一発屋であり、最初こそが最高傑作であり、それを超えることが出来なかった。苦悩の中で悲劇は続く。
愛し続けていた妻が亡くなったのだ。心に2つしかない執着のうち1つが欠け、エヴァンズの心はぴしりと音を立てて壊れ始めた。自然とエヴァンズはもう一つに打ち込むようになった。スポンサーだった魔王軍に傾倒していった。
魔道具を作れば作るほど冷静になっていった。冷静になる程、妻の死について考えてしまう。妻の死因は衰弱だ。原因は娘の出産。では、妻を殺したのは娘なのではなかろうか。
エヴァンズは娘への復讐を誓った。
エヴァンズは電撃を使って相手の動きを止めるスタンガンのようなものを開発した。それを屈強な男たちに渡した。そしてエレノアを襲うように唆した。
男たちは歓喜した。今まで遠くから見ていることしかできなかったエレノアに手を出せるとあって、入念に準備をした。スタンガンの威力は驚くべきものだった。エレノアは撃たれた瞬間、体から力が抜けた。男たちは興奮し、エレノアに攻撃を加えていった。加虐趣味の男たちは痣や流血を見て、さらに興奮していった。エレノアは抵抗できずに男たちの暴力的な性を受け続けた。
受けきれずに死んでしまってもなお、使われた。
捨てられた後にレイドに発覚した。
「ぬぐっ!」
前に出たレイドの左肩に鉄針が刺さる。さらに、針から電撃が流れ動きを止めさせる。
「レイド!」
「これがエレノアにも撃った魔道具だ」
コストイラとアシドがエヴァンズを狙い疾走する。
「ぐ、が、ぬがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
レイドは血管を浮かび上がらせながら叫んだ。いや、吠えた。
「それが娘へのやる事かぁ!!」
怒り、恨み、復讐、その他諸々の感情がレイドを獣へと成り下げた。啼き吠えるレイドは右目を赤く光らせ、僅かに動く。唇を噛み締めすぎて噛み千切れ血を流すどころか、それどころか血涙さえ流す。
「まだ動くか」
口の端をヒクつかせ、エヴァンズは再び魔道具を構える。発射された鉄針は、今度は右肩に刺さる。もちろん電撃も流れる。ブシュッと血管が斬れた。エンドローゼは両手を掲げてレイドを支援しようとする。しかし、レイドはそれよりも早く動く。
電撃の拘束を無理矢理剥がし、エヴァンズに肉薄する。
「はっ」
エヴァンズの口から自然と声が出た。そこにどういう感情があったのかは本人も分からない。しかし、声が出た。ところどころに火傷を創り、細かい傷をつけ、両肩には穴を空け、しかし、しっかりと真正面から受け止め、今も気丈に向かってくるレイド。エヴァンズは薄く口角を上げた。
レイドは思いっきり大剣を地面に突き刺す。今までになった攻撃方法にアレン達は目を張る。エヴァンズは口角を上げたまま。エヴァンズの周りの地面が盛り上がり、蔦が出現する。
まだ抵抗を。そう思いアレン達は思い思いに武器を構える。レイドはゆっくりと大剣を抜き、腰を低くし大剣の剣身を地面と水平にする。蔦はシュルシュルとエヴァンズの体を拘束していく。エヴァンズは抵抗しない。何を考えているのか分からないが、薄く笑みを浮かべたままだ。
「来ると良い、レイド。胸を貸してやる。その技で私を仕留めると良い」
今、発動している技を知っているのか、エヴァンズは顎を上げ、攻撃を促す。レイドは大剣を突き出し、エヴァンズの胸を穿つ。ゴボリとエヴァンズが血を吐き出す。
「やは…り。お前…………は…自慢…の…………むす…………こ…………だ……………………」
エヴァンズは幸せそうな顔で首を折った。
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