メグルユメ

トラフィックライトレイディ

11.崩れ去る理性

 カンジャの父も魔王軍の幹部だった。父の話によれば曾祖父の代からその地位を築いてきたのだとか。魔道具で革命を起こしたとか、誰でも魔物を従える術を見つけたとか様々な説が囁かれている。



 実際は武功だ。近くにいた強力な魔物を排除したことが称えられたことが幹部に慣れた要因だ。今の魔王の性格を考えると武功を上げたところで幹部にはなれない気もする。父は古いタイプの考えをする存在だった。意味のない武功を上げ続けていた。これにはどの代の魔王も頭を悩ませていた。幼いカンジャの目にも分かってしまうほど目立っていたのだ。















「くっ」



 コストイラが顔を歪める。



 戦いが始まってすでに10分ほどが経過していたが、一向に攻められずにいた。相手の炎の火力が違った。痺れを切らしたアストロが水魔術で強引に道をこじ開ける。それを待っていたかのようにカンジャの口角が上がる。アストロが空けた穴から弾丸のように速い炎が発射され、アストロの右肩を穿ち、体を浮かせた。エンドローゼ、レイド、アシドが駆け寄る。



「平気よ、さっさと戻りなさい。特にアシドはこの場にいらないわ」



 指を刺され、名指しされ、アシドはたじろぎ不安を残しながらも戻っていく。アストロは右肩を押さえていたが、傷ができているわけではない。不思議に思いその周りを注意してみると、エンドローゼは髑髏の首飾りの一つが壊れていることに気付いた。



「あ、あ、あの。こ、こ、こわ、壊れて」



「…………知ってるわよ。気にしないで」



「あ、あ、安静に」



「していられるわけないでしょ」



 指摘しようとするエンドローゼの唇に人差し指を当て、起き上がる。それを押しとどめようとしてくるが、押し切った。



 アレンは矢を射り、狙い撃ちするが、当たる直前で燃えてしまう。カンジャは流し目でその様子を見ると鼻で笑い、意識の外に切り離す。



 コストイラとシキ。片手間で相手どれない相手だ。データでのアレンの成長度合いを見れば、無視してもいいだろう。



 コストイラに比べてカンジャは速いのだが、戦いの足捌きは速さを凌駕してくる。カンジャは細かい傷を創っていくが、笑ってしまう。その態度を見て、コストイラは苛立ってしまう。データ通りだったからで、相手を蔑む意図は毛頭ないのだが。



 カンジャにはもう一人脅威になる相手がいる。シキだ。カンジャよりも足が速く、的確に攻撃をしてくる嫌らしさがある。しかし、だからこそ読みやすい。すぐに背後に回り、死角から急所を狙おうとしてくる。だからこそ読め、防げる。近接用に用意した炎の結界を躊躇なく突破してくる者用の楯がうまく機能する。コストイラとカンジャの炎以外の火の粉が舞う。それは戦線を離れていた脅威を知らせる炎だった。















 父のことはどうでもいいと思っていた。今の時代に合わせることも出来ない愚鈍な父のことなど、考えるだけ無駄だと思ったからだ。カンジャはその時、魔術武器の製作においての功績を残しており、魔王インサーニアからも気に入られていた。ある日、別の研究をしたいがために予算を申請しようとしていた時、体裁の話をされた。軍幹部ならまだしも、軍の一隊員に対して優遇すると贔屓として見られてしまう。今、士気を下げるわけにはいかないよ言われた。



 そんなことを話されたらする行動は一つしかないだろう。だからカンジャは父を引きずり落とすことにした。父は単純な男だ。考える前に行動してしまうタイプだ。だから誘い出すのは簡単だった。



「どうしたんだ?カンジャ」



『早かったですね、父さん』



「まぁ、お前からだからな」



 今でもこの返しのセリフの意味が分からない。思い出すたびに眉間にしわが寄ってしまう。早く来た理由としても不適切だから苛立ちすら覚える。馬鹿にされたのだろうか?



 事前に張っていた罠を発動させ、父を嵌める。この時の父は悲しげな表情の中に納得の目をしていた。父の首を土産に魔王インサーニアに会いに行くと、インサーニアは哀しそうな顔をして、幹部の地位を下賜した。



 肉親を殺してでも手に入れた立場は、好きに研究できる立場は、絶対に奪わせない。















 オレンジに色づき始めた瞳は蒼いオーラを纏う男を捉えていた。幼いころに祖父を倒した男に似ている。確か、あの男も蒼髪に金の眼をした槍使いだったな。しかし、祖父の顔を思い出すことさえできないカンジャには敵討ちという言葉はない。



 ビキ。嫌な音がした。今まで魔力で自立していた魔術武器の楯が割れた音だ。むしろ耐えてきた方だろう。カンジャは近くにいたシキの顔を焼いてやろうと手を伸ばすと、ゴシャという音と共にカンジャの体が前の方に跳ぶ。眼前いっぱいに竜の鱗が見えた。ダンナルミョウジンダイが参戦してきたのだ。竜は何もしてこないと思ったのにここで参戦してくるなんて予想外だ。カンジャは嬉しくなり笑みが零れる。



 ボフッと潰れた傷跡を押し開けるようにオレンジと黒の混じった煙が出てくる。その光景に眼が奪われた。



 その隙に槍が体を貫いた。



 幹部になってから続けている研究がある。魔物とは何か。



 魔物と魔族は違う。ヒトと獣くらい違う。しかし、厳密にどう違うかが説明されたことがない。皆、感覚でしか分類していなかった。カンジャはそこを明らかにしたかった。魔物とは何か。魔物を捕まえては解剖し、魔族の遺体の解剖もした。内臓器官に違いはない。魔物に見られる共通点は魔族にも見られた。



 カンジャは首を捻った。違いがないはずがない。これはヒト=獣という式が成り立ってしまう。研究が行き詰まったカンジャは一歩、重要な線を越えた。生きた対象を研究材料にすることにした。。



 理性、本能、知恵、死の瞬間。その全てを観察した。時には自分で殺し、時には衰弱させて研究した。判明したことがある。下級の魔物は死の直前に滅茶苦茶に抵抗する。光に異常な反応を見せる個体がいる。大きな傷口からオレンジと黒の混じった煙が出てくる。個体によって出てくる量は違うが、必ずこの煙が出てくる。



 それが、今自分から出ているのだ。魔物と同じ煙が出たのだ。目を奪われた。その隙に槍が体を貫いた。そんなことはどうでもいい。今はこの煙だ。知りたい。もっと知りたいのだ。だから、カンジャは口に出す。



『槍を、抜い、て、みてくれ、ないか?』



 声を絞り出した。アシドは罠を疑い訝しむ。カンジャは力があまり入らない手で槍を摑むと、抜こうとしてゆるゆると動かす。しかし、血で滑り槍は動かない。気味悪さを覚えたアシドはカンジャを蹴飛ばし槍を抜く。血と共に煙も出る。オレンジと黒の混じった煙だ。この事実だけでカンジャからは笑い声が漏れる。



 ああ、私は魔物だったのか?それとも魔物になったのか?魔族からは煙は出ない。やはり私は魔物なのか?想定外だ。データにはない。データが当てにならない。データが狂っている。どこから狂ったのだ?検証しなければ。しっかりと調べなければ。やはり研究は面白い。



『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ――――――――!!!!』



 後方に飛ばされ地面を転がりながら大声で笑う。アレン達は肩をびくりと震わせ、身をこわばらせる。カンジャは勢いそのままに走り出し、塔に向かう。それはアレン達から遠ざかる方向だ。このままでは逃げられるかもしれない。立ち塞がるようにフレアドラゴンが前に出る。気の弱いものなら簡単に心臓が止まるだろう顔で咆哮を浴びせる。しかし、カンジャには効かない。



『邪魔だっ!!』



 傷ついている身体でどうしてそんな大声を出せるのか。カンジャは残った左腕を振り、強力な魔術を発動させ、竜の頭を吹き飛ばす。一撃で仕留めるとそのまま塔の中に入っていく。アレン達は追って中に入るのを躊躇した。















 肺が新鮮な空気を求める。興奮も相まって呼吸が浅い。研究だ。新しい研究テーマだ。いや、これは今までの研究の発展のための糸口か?どっちにしろ興奮するのは間違いない。



 コツンと足音が聞こえた。興奮冷めやらぬまま足音のした方を見る。狐の面をした和装の少女だ。見たことのない少女を目の前にし、眉を顰める。



『お前は誰だ?』



『私のことはどーでもいいんだよ。重要なのは君がやったことだよ。私はこの機会をずっと待っていた』



『会話ができないなぁ。私は君に名前を、正体を聴いているんだよ?勝手にこの塔に入ってきてさ。何なんだよ』



『君は魔物の正体を知りたいんでしょ?』



『お前は何か知っているのか?』



『まぁね』



 少女は薄い胸を張り誇示してくるが、カンジャにはどうでもいい。カンジャの求める答えを知っているものが目の前にいる。これのみが重要なことだ。



『まぁ私も魔物だしね』



 衝撃的な言葉だ。魔物は言葉が通じないと思っていた。しかし、通じるのか。新たな発見だ。



『君、あの淡い紫の娘を傷つけたでしょ?それに今この瞬間も精神的に傷ついている。この塔の1階の光景を見て。作り出した君を許さない。あの死体の中には私のお気に入りの子もいたのに』



『知らないよ。あれは研究で必要だったんだ。仕方のなかったことなんだ』



 悪びれずに言うカンジャの前で少女は頭の血管をヒクつかせる。



『じゃあ、君に関わっている時間はもうないんだ。私は研究をしなくてはいけないんだ』



 カンジャが少女に近付き押しのけようとする。ぐらりと体勢が崩れる。



『はっ?』



 足が動かない。見てみると脚だけが自立していた。自分の体は横たわっているのに足だけは倒れていない。足が切られた。いつ?分からない。相変わらず煙は出ている。しかし、煙の出が悪い。寿命か?私はもう死ぬのか?



 カツと少女が近付いてくる。



『もう死ぬでしょうから教えてあげる。魔物の正体はね…………』



 答えを聞いたカンジャは震え上がった。そうか、魔物とはそうだったのか。



『冥界の王に口添えしてあげる。転生はさせないでねって』



 この少女は冥界にまで顔が利くのか。カンジャは左手だけで壁に凭れ、少女を見る。研究が一つ完了した。



『じゃあね』



 少女はカンジャに止めを刺した。















 躊躇していたが、結局塔の中に入ることにした。



 1階には死体がたくさん安置されていた。正しい処理がされているのは半分もないだろう。死体にはハエが集り、異臭を放っている。名前や日付の書かれたラベルが貼ってあり、何かの研究に使用していたのだろう。エンドローゼは口元を袖で覆い、涙目をしている。



 2階には生活空間があった。食事する場所や寝室がある。1階には死体安置所があるのにどうして食欲や睡眠欲が湧くのだろう。



 3階には死体があった。カンジャだ。足が切られており、壁に凭れている。その顔は満足げである。エンドローゼが調べると、すでに事切れていた。色々と聞きたいことがあったが、死んでしまったのならば仕方ない。死体の先には部屋があり、そこは書類で満ちていた。借用書や部下の履歴書などがあったが、一番目を引いたのが、魔物の研究資料だ。アストロは真理に近付いている気がすると言っていた。アレンにはさっぱり理解できない。学舎に通ったことのある人は違うな。



 資料の一つを手にしたシキが肩を叩く。差し出される羊皮紙に眼を通してみる。魔王城を書こう結界に関する情報が書いてある。



 どうやらすべての塔に備え付けてある宝玉を壊さないといけないらしい。アレンは部屋の奥にある紅い宝玉を割った。

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