メグルユメ

トラフィックライトレイディ

2.ヂドル

「こ、こ、こ、ここを渡るんdですcっ!!?」

 エンドローゼがいつも以上に言葉を跳ねさせる。それもそうだろう。目の前にある道は20メートルほどの長さであり、両足で渡るのには細い道。ドアの縁2つ分ほどの幅しかない。恐怖するのは分かる。かくいうアレンも足がすくんでしまって動かない。

「行くっきゃねェだろ」

 コストイラが何でもなさそうに上に乗る。スタスタといつものように歩く。凄い胆力だ。どうしてそんな普通に歩けるんだ?ぞろぞろとその後ろを進む。エンドローゼ以外が。

「う、う、う、う」

 壊れた玩具のようにかくかくと動く。アレン達に見つめられてついに覚悟を決めるようにパチンと頬を叩いた。

「か、かか様」

 小さく呟く。子供を抱き、揺する、蕩けた笑顔の女が思い浮かぶ。孤児院にいる時はもっと細い綱を渡ったじゃないか。そう思うと自然と脚の震えが止まった。冷静な足取りができる。心臓も撥ねない。これならいける。

「ぶふぁ」

 エンドローゼが渡り切り、そのまま倒れ込む。

「よし頑張った」

 レイドが肩を叩き微笑む。エンドローゼも微笑み、ガッツポーズを見せる。最初は嫌われているかと思ったが、いつの間にか馴染んでいたのか。アレンは少し疎外感を覚えた。




 ヂドル。

 魔王城に最も近い街。魔王軍との衝突が絶えず行われたことから、人間の間では地獄と呼ばれている。その割に死体を目にする機会はない。

 ヂドルのギルドに寄ると見覚えのある人がいた。治癒院のギルドにいた受付嬢だ。

「レリアさんですよね」
「えぇ、久しぶりね」

 受付嬢のレリアに疑問をぶつけると、少し口を引き攣らせた。やはり死体の話はNGだったか?

「死体は近くの火山に放り込んでいるらしいわ。この街の衛兵は大体の人が慣れているわよ」
「大丈夫なんですかね」

 何も答えず肩を竦められた。宿に行くために別れることにした。

 ギルドに入る前もそうだが、今もまた衝撃を受ける。やはり慣れない。建築様式が明らかに違う。レンガや石が多く見られないし、四角くもない。眼前にあるのは、平べったい木造の建築物だ。入り口は木戸でガラス張り、庭には生け垣があり、門前から建物までの道に砂利が敷き詰められ、屋根には瓦が使われている。

「初めて見た。何でこんなに木を使用しているのだ?」
「元々、湿度・気温が中庸な地域だから、この建築様式らしい」
「で、なんでそれで木造なの?」
「………オレもプロじゃないから知らね」

 コストイラが聞きかじった情報を話し、詰められる。しかし、知らないものは知らない。コストイラは顔を顰める。

「おぉ、また再び会うことになろうとは」

 声を掛けてきたのは白髪に刀を佩いた男、ヲルクィトゥだった。

「どうした?こんな道の中央で立ち、呆けて」
「いえ、木造建築を初めてみたもので、なぜ木で造っているのか考えていました」

 しどろもどろで返すと、ヲルクィトゥはふむと顎を撫でる。

「木というのは湿度の高いところでは湿気を吸い、乾燥しているところでは溜めた湿気を吐き出す。さらに木造建築は基礎と柱で屋根を支える構造となっている。そこさえしっかりしていれば比較的自由に設計ができる。それに木の匂いはヒトをリラックスさせる効能を持っている。ゆえに好まれるのだろう」
「へ~。ではなぜ道中ではあまり見なかったんだろうな」
「それは石やレンガに比べて耐久性が劣るからだ。この街は襲われたとき、耐えるのではなく、あえて破壊させ、すぐに逃げられることを心情としているようだ。自然災害や発火、害虫にも弱いというものもあろうな。火山が近くにあるにもかかわらず木造である理由は私には理解できないがな」

 圧倒的な知識量にもかかわらず知らないことははっきりと知らないと言える。アレンとしては憧れる存在だ。

「私はもう行くが、おそらく、また会えるだろう」

 互いに礼をし、立ち去った。





 宿に着く、男女別部屋を取り、休むことにした。この宿は火山の熱を利用した温泉が有名だ。癒院にあった者は効能重視した温泉街だったが、ここは効能というよりは数で勝負をしている。どのみち温泉自体が珍しいのでどちらにも人が集まるのだが、この2か所はよく比べられる。

「はふぅ」

 温泉に入ると自然と声が出た。気持ち良すぎて目も細まっていく。

「あれ? コストイラさんは?」
「そういえばいないな」

 温泉の縁に座り足を湯につけていたレイドも、アレンと一緒にきょろきょろと周囲を見渡す。

「体でも動かしてんだろ」

 アシドは気にも留めない様子で発言し、顔にお湯をかけてくる。アレンは顔を振り水を拭う。

「何か知っているんですか?」
「さぁな」

 アシドは天を眺め、長く長く細い息を吐いた。

「あら、何してんの?あなたのことだし修行?」

 コストイラは顎に伝う汗を拭い、声のした方を向く。

「アストロか。まぁ、そんなとこだ。お前は何の用だ?温泉に行ったんじゃねェのか?」
「エンドローゼと入ると嫉妬の炎を燃やして愚痴を延々と聞かされるのよ。面倒なのよそんなの」
「仲いいじゃねェかよ」
「可愛いわよその嫉妬も」

 そんなことを言うアストロに苦笑しつつ、刀を構える。

「見てても面白いことなんてねェぞ」
「懐かしいからよ」

 12歳ころからアストロが修行を見ていた。確かに懐かしい。息を吐き、上段に構える。風がうねり、動き始めた。しばしの沈黙。

「フンッ!」

 振り下ろす。しかし、その前に纏っていたものが散開した。

「失敗?」
「…………」

 アストロの言う通り、失敗した。それどころか一度たりとも成功したことはない。

「それ、いっつも見てたけど、なんて技なの?」
「斬開者(キリヒラクモノ)」
「キリヒラクモノ?」
「そ。うちの家系に伝わる伝統の技。使用者によって技の効果が違うらしい。オレの前の代は身体能力の向上だった」
「アンタはどんな技を想像してんの?」

 コストイラが少し沈黙の後に答える。

「尊敬している人に辿り着けるイメージ」
「私には湧かないけど、結局魔法ってのはその人の記憶に関わっているわ。同じ技でもその人の生い立ちによって効果が変わるなんて普通よ」
「そういうもんなのか」
「えぇ」

 アストロの表情が昏く翳るが、コストイラは自身の掌を見ていて気付かない。

「ほら、じゃ、温泉に行こ」
「混浴か?」
「……なわけ」

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