メグルユメ

トラフィックライトレイディ

20.お墓で楽しく暮らしましょう?

 彼女はただの死体だった。



 師匠に騙され、殺され、土に埋められた死体だった。



 師匠は何故か土に埋める時、意識だけは生き返らせた。それは師匠の術が失敗したのか、成功したのか、彼女には分からなかった。ただ、残された意識だけをフルに活用して思考を続けることにした。その時間は意外にも充実しており、楽しくもあった。



 土に埋められてから少しの時間がたった頃、何かが土の中に流れ込んできた。



 重く、色のついた煙のような気体。



 彼女の体は永い間、晒され続けた。



 ある時、彼女の体は動き出した。



 何故かはわからない。



 何に向かっているのかも分からない。



 自分がどうなっているのかも分からない。



 ただ、動いたのだ。



 動く時には、記憶は失われていた。



 師匠のことも忘れていた。



 もっと大事な人も。















「ひきゃっ!?」



 エンドローゼが珍妙な声を出し、体が逆さまになる。ゾンビはエンドローゼの足首を摑んだまま、土から起き上がりエンドローゼを吊るす。ゾンビの身長は160センチメートルと少し。エンドローゼは145センチメートル程なので、頭が地面から離れる。エンドローゼは地面を摑んで抵抗しようとするが、無駄に終わる。片手はスカートを抑えているので当然か。



『ヴァアアア』



 墓場に住まう魔物、ゾンビが動き出す。



 ゾンビ。



 ゴブリン、ドラゴンに次ぐ有名な魔物だ。



 爛れた体、落ち窪んだ眼、漂う腐乱臭。ゾンビの細胞が傷口に入ると毒に感染してしまうのも有名だ。



 ただし、どのように増えているのかは不明だ。毒に感染したものがそのままなるとも言われているし、ちゃんと葬儀しなかったものがなるとも言われている。そもそも生殖機能のない魔物の増え方自体が分かっていないのだ。ゾンビ単体でも分かることではない。



 ゾンビが、大口を開けた。エンドローゼが食われようとしているように見える。



「失礼っ!!」



 アシドはエンドローゼを摑む腕を攻撃し、離させる。



『ヴォアッ!!』



 ゾンビは腕を薙ぐ。攻撃というよりは痛みを払うようにと言った方が近いだろうか。



 何をしようとしているのか分からないゾンビに、アシドはバックステップで距離を取る。



「案外早くね?」



 アシドは振っている腕の速さに驚く。ただし、ゾンビが常にその速度で動いているとは限らない。しかし、その瞬間的速さは今のアレンよりも早かった。



『ヴァヴ』



 ゾンビの伸ばされる腕を避け、反撃の隙を窺う。そして、アシドはゾンビの腹を蹴る。



 ゴポリ。



 ゾンビの喉が鳴る。何か粘性の液体が出てきそうなそんな音。いわゆる嘔吐。腹を蹴られたのだ、そんな反応も当然だろう。しかし、アシド達は気付かない。



 ゾンビの口が開かれた瞬間、アシドは思いっきり飛び退く。出てきたのは液体ではなく、気体。



 紫色の誰がどう見ても毒々しい色の息が、飛び出してきた。















 それから彼女は何度も動いた。



 生前の動きを模倣するように散歩したり、何かを求めているかのように何かを摑んだりもした。生前のようには動いてはくれないが、それでも思う最低限は動いてくれた。



 眼が見えない。水晶体割れてしまっているからだろう。



 声が出ない。喉が爛れてしまっているからだろう。



 それでも、彼女は自由だった。生に縛られず、自由に動けた。



 しかし、彼女には抗い難い本能が植え付けられていた。



 魔力だ。



 光を放つあの魔力に充てられると、暴走してしまう。



 ほら、また何か来た。



 来ないでと願っても無駄になってしまう。



 やっぱり。知ってた。



 彼女は体が動き出してしまう。















『ヴァ!!』



 急に息が途切れる。止められたのだ。



 ギョロリとその眼を背中に向ける。ぼやっと輪郭しか見えないので何かは分からない。コストイラが斬りつけていた。



『ヴァオアッ』



 ゾンビが手を上げながら、後ろへ振り返る。攻撃だと思い、コストイラはしゃがんで躱す。



 赤髪の侍が炎を纏う。



 ゾンビは攻撃が来ることが分かる。しかし、防御は間に合わない。この体の性能は理解している。回避も間に合わない!



 灼熱の斬り上げを、無防備なまま、食らう。



『ヴァオオオアアアアッッッ!!』



 煙がのぼる。



 額の札と共にのぼる。



 願わくば、もう一度彼女に。















「これでお終いなのよね」



「そうですね」



 少し小さな声でアストロが言った。アレンの声も小さくなる。



 ゾンビは燃えながら、出てきた穴に落ちていった。



 儚い最後を見せつけたゾンビに、空気が重たくなる。



 あのゾンビは魔物だったのだろうか?

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