メグルユメ

トラフィックライトレイディ

21.色づく風

 灰色の人生という言葉がある。
 感情をなくしたり、何も色が着いておらず、カラフルに見えない人生のことだ。
 とはいえ、灰色には陰鬱や不透明さ、寂しさなどのイメージがあるが、そんなマイナスな面とは裏腹にプラスの方のイメージがある。安らぎや上品さ、信頼といったものだ。

 さて、今一度冒頭の言葉に戻ろう。

 灰色の人生には色のない人生という意味がある。

 何もない。そう、”何も”ないのだ。
 ないものをなぜ灰色で表すのだろうか。何もないというのであれば、何もかもを入れられ、何にでも成れ、何かに染められる色。つまり、白色。
 色がないのだから灰色よりも白色の方が適任だ。白色の人生、白色の青春、白色の空。

 だからこそ、フウは灰色の人生ではなく白色の人生の方がいいと思っている。

 白にしたなら不安感が少し、ほんの少しだけ減るのではないか? とアリスに言われたことがある。でも、白って恐くない? まだ、何者でもないんだよ?




 揺れの原因、現れたのはエメラルドグリーンの体色をした、首長の恐竜だった。
 ストームドラゴン。しかし、通常8mはある体高が、今は2mちょっとくらいしかない。こいつは小さく纏っている。先程の奴が大きすぎただけなのか。

 ストームドラゴンの眼の色が、これまで見たどの魔物よりも濃いオレンジ色をしていた。
 もしかしたら、今までの個体と何か違うのかもしれない。
 ある一定の距離を作ったまま、ストームドラゴンを観察するが、対する向こうもこちらを視ている。

 そもそもの話だ。なぜこんな雪の中に爬虫類がいるのだ? 恐竜って変温動物ではないのか?

 ちなみにアレンのこの疑問の答えだが、分からない、が正しい。恐竜の研究は今になっても答えが出ていないことが多い。恒温派も変温派もいるままなのだ。

 ストームドラゴンのエメラルドグリーンの体表が脈打っている。まるで体全体が一つの心臓であるかのようだ。よく見ると、血管もかなり浮き出ている。
 異常性がどこかに感じられる。いつも見ていたタイプではない。いや、この土地に来た時や、ここに来るまで、ここ最近の魔物はほとんどが異常だったような気がする。

 待てよ。常に異常だったということは、これが正常なのか? こちらの常識が間違っている?

 しんしんと雪が降る中、勇者と暴風の竜が見つけ合う。

『ダ、ゲ』
「あ?」

 聞き覚えのない鳴き声だった。そこにいつもと違う異常性があるのか?

 その時、ストームドラゴンの穴という穴から風が吹いた。今までの吹雪は、こいつが作り出していたのか?
 そして、エメラルドグリーンの体皮に罅が入った。その罅割れからも突風が吹いている。

 次の瞬間、ストームドラゴンの体が爆発した。

「は?」

 竜の血も肉片も、風に乗って飛ばされる。頬や体に付着する中、コストイラは確かに目撃した。二足で立つ人型がいることを。
 人型はそのまま立ち続けることなく、両膝を着いて、両腕を天へと掲げた。

『ア~アァアア~~~~』

 何かに嘆いている。何を嘆いているのか、本当に嘆いているのか、全く分からないが、悲しんでいるように見える。
 天へと挙げていた両肘を曲げ、顔面を覆った。

『アァ――――!!』

 嘆き哀しみ、泣き叫んでいる。それに呼応するように風の威力が増していく。人型を中心とする台風のせいで、収まりを見せていた吹雪がこれまで以上に激しくなった。

「止める」
「しかねぇよな」

 シキがナイフを引き抜き、ナイトメアスタイルで装備した。コストイラが刀を抜き、瞳に炎を宿した。
 雪の中を地上と変わらない速度で、シキが駆けだす。

 嘆く謎人は涙を流しながら頭を振った。涙が多すぎるため、手では受け止めきれず、雪に落ちて融かしている。
 謎人はその涙を握りつぶし、空中へと振り撒いた。その水滴が弾丸のように撃ち出される。

 シキは驚異的な動体視力で、全てを見てから回避した。被害を受けたのは後ろにいたコストイラである。

「うおっ!?」

 コストイラは動体視力と勘を駆使して避けるが、頬が貫かれてしまった。

 謎人の動きがぴたりと止まった。そして、シキが辿り着いた途端、謎人が動き出した。

 ゴバッ! 空気を切り裂きながら、謎人の手がシキの腹を捉えた。シキの腹が抉られ、肉が飛び出した。
 コストイラはシキの服を掴み、後ろへと投げた。その横を矢が通り過ぎる。アレンが放ったのだ。

 吹雪に負けることなく進む矢が謎人の目を穿った。弓矢はかなりの力を有していたのか、謎人の体が仰け反った。

 しかし、完全に倒れることなく、謎人の体が起き上がろうとする。その力を利用して、コストイラが刀を振った。完璧に首を捉えた。だというのに、衝撃が来たのはコストイラの手首の方だった。
 まるで日緋色金を斬っているかのような感覚になる。日緋色金など切ろうと思わなければ切れない。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
 濃淡のないオレンジ一色の眼がこちらを向いているような気がした。

 ドロリと腕の先が融けた。その泥のような腕の中から、円柱状の泥が出てきた。円柱状の泥は形を作り始め、バールのようなものとなった。

 僅か一秒で作ったそれを握り、コストイラに向かって薙いだ。コストイラはマトリックスのように背を反らして躱し、天に向かって蹴りを放った。
 しかし、感触が完全にダイラタンシー現象だ。柔らかいのに硬いという気色悪い感触だ。ダメージが通っている気がしない。

 謎人は何も気にすることなく、バールのようなものを振ってくる。
 その速度は尋常ではなく、コストイラの脚が戻る前に当たった。大きな音を立てて折れる。

 コストイラは片足と片手を使い、一気に距離を取った。

 謎人はゴブリンのようにつるつるとした黒い色の肌に変わっており、ポタポタと泥のようなインクのようなものが落としていた。
 謎人が何者なのか分からないが、明らかに強い。

『あ~~~アアアアアア――――――ッ!!』

 謎人は片手で顔面を覆い、バールのようなものを振り回しながら叫び始めた。
 謎人はバールのようなものを投げた。真正面にいたコストイラは刀で弾こうとする。

 しかし、コストイラは弾くことができず、体ごと飛ばされてしまった。そして、頭から雪の中に突っ込んだ。

『アァアアアア―――――ッ!!』

 謎人が叫ぶと、次の瞬間、今度は本人の体が爆破した。

「な」

 今度のインクも、先程の頬を貫いたものと一緒だ。散弾銃のように放たれるそれが、シキに迫る。おそらく一発でも当たったなら、それで終わりだ。

 そして、血が舞った。




 フウの人生は白色だった。

 フウ・カナエとはなんでもなく、何者でもなかった。

 速度重視式暗殺種族カナエの一人であるフウは、幼い頃より技術を教え込まれていた。
 敵を殺す走り方、敵に見つからない走り方、敵から逃げる走り方。さらにナイフの持ち方や体の動かし方など様々だ。
 教えることに心血を注いでいた親二人から、フウは愛を貰えなかった。しかし、教わったことができるようになれば、両親は褒めてくれた。

 そこに親の愛はなかったのかもしれない。

 とはいえ、フウだって齢一桁中盤の女児だった。愛が欲しかった。この頃の子など、男児だろうと女子だろうと関係ない。ただ、親の愛が欲しいのだ。
 だからこそ、父が、母が、同胞が立ち会ってくれるという時間に愛を求めた。戦うことに愛を求めたのだ。

 与えられ、求めるだけの、何もできない少女はある日、一人になった。魔王軍に燃やされてしまったのだ。

 一人逃れたフウだったが、少女には何も残されていなかった。今までの道は父母同胞達が示してくれていたから歩けたのだ。それがなければ、何をすればいいのかもわからない。

 そんな時に出会ったのが、当時まだチャレンジャーであった頃のアリスだ。

 手を引かれるまま共に歩み、言われるがままに力を使った。
 そうしていると、いつの間にか周囲に人垣ができており、称賛が増えていった。さらに然のチャンピオンになっていた。

 ある程度の地位、かなりの名声、ほどほどの力。様々なモノを手に入れられる立場になってなお、フウは自分のことが分からなかった。
 地位はアリスが力を使い、殺さずに勝てと言ってきたから手に入ったものだ。名声はそれがあったからついてきたものである。力は同胞から授けられたものだった。
 全てフウが自発的に行ったことではない。誰かに言われた通りに生きていく。型嵌まり、従順な人生。

 無意識であるが、自発的に行ったことといえば、戦闘中に愛を求めることぐらいだ。

 それが、あの日、変わった。

 何回目か分からぬ防衛戦をすることになった。その時の挑戦者チャレンジャーが、お姉様シキだった。
 戦ってみて分かった。彼女はアタシと同じだ。誰かの命に従い、その通りに生きている。
 しかし、シキはそれから外れようとしていた。攻撃に自分の意志が乗っかっていたのだ。

 興味が湧いた。その姿を見ていたかった。

 だからこそ、私も変われるかもしれないとも思った。

 そんなお姉様シキが死に瀕している。
 もう何度目か分からない、フウの自発的行動。その向かう先は常にシキだ。
 もしかしたらこれが恋愛というやつなのかもしれない。

 シキのことが心配になったフウが彼女のことを突き飛ばした。

「え」

 シキの口から自然と声が漏れた。シキの眼にはフウの笑顔が映った。

 次の瞬間、フウはインクに巻き込まれた。腕や脇腹が千切られ、抉られ、フウは吹き飛んだ。
 いつの間にか雪も風も止んでいた。

 アースドラゴンの体に突っ込んだフウの元に駆け寄る。

 フウの右腕は千切れ飛んでおり、腹から内臓が漏れ出ている。さらに、肩や腿が、アースドラゴンの牙に貫かれている。

 駄目だ。もう助けられない。

 シキは少なからず衝撃ショックを受けた。私は何もできないのか。

「お、姉様?」
「……何?」
「役、立てた?」

 シキはフウの残った手を握り、もう片方を頬に添えた。

「駄目。護る者が死んだら意味がない」
「ハハ、シキ、高い」

 シキの理想の高さに、フウが血の含まれた溜息を吐いた。
 フウはその時、初めて心底笑顔を見せた。

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