メグルユメ

トラフィックライトレイディ

15.月の姫

 アストロはエンドローゼのことをどう思っているのか? 改めて考えてみると、悩んでしまう。出てくる単語のどれを照らし合わせても、しっくりくるものがない。

 妹のように感じたり、娘のように感じたり、姉のように感じたりもする。これをなんと言い表せばいいのだ?

「なんて言っていいのか分からないわ。ただ、護りたいのは事実よ」
『最初は嫌そうにしていながら、今は仲良しだもんね』
「いつから見てんのよ」

 王であり神であるフォン相手に容赦のない物言いだが、偉くなりすぎたフォンには新鮮だ。

『いつから、と言われれば、最初から、だね。君達が出会うよりも前からだよ』
「ということは知ってんの? エンドローゼがあそこまでオドオドする理由」
『絶対じゃないけど、推測ならできるかな。聞きたい?』
「止めとくわ。エンドローゼから直接聞きたいもの」
『それがいい』
「ところで」
『ん?』

 アストロがペンを置いた。それまでと同じニコニコ顔のフォンがアストロを見る。

「仕事、終わったわよ」
『わぉ』

 アストロが伸びをする。パキパキと骨が鳴る。かなりの負荷をかけてしまっていたのだろう。

『ペンキューベーリベーリマッチ。チョーゼツタスカッタワー。サンガツ』
「何かは分からないけど、感謝を伝えたいということだけは分かったわ」

 アストロが髪を耳にかける。フォンはアストロから仕事を受け取ると、鼻歌交じりにテーブルの上に置く。

『ありがとね。手伝ってくれて』
「ま、罰だし。それに、こういうの私は好きな方の仕事だから」
『ん、パーペキパーペキ。流石、あの人の弟子だ』

 アストロの眉がピクリと動く。

『んあ、ごめんごめん。君の師匠は4人いるんだよね。私が言っているのはレンオニオールのことだよ。アイツは辞書の編纂に携わるくらいだからね』
「私のこと見てたの?」
『うんにゃ。私が見ていたのは、レイヴェニアの方』
「……そう」
『ところで』
「ん?」

 フォンが最初にアストロが座らせていた椅子を手にした。

『こっちに来てよ。最後の仕上げだ』

 アストロはこれからやることをなんとなく察し、自身の後頭部を撫でた。




 アストロが消えた。

 この事実はアシド達を焦らせるには十分だった。

「おい! アストロはどこだ!」
『し、知らねェ。転移の魔法陣なんて初めて見た!』

 アシドが近くにいた衛兵を捕らえるが、情報は得られない。どうしていいのか分からず、じっとしていられないアシドの横で、コストイラが考える。

 こんな手の込んだことを仕掛けるとしたら、誰がいるのか。元々エンドローゼが歩こうとしていた道であると考えると、最も有力なのが、フォンだ。もしかしたら出会っていないだけで、物凄い魔術師がいるかもしれない。

「おい、フォンの部屋はどこだ!」
『そ、それをよそ者に教えるわけには、いかないので』

 コストイラが聞くが、答えようとしない。

「よし、足で稼ぐか」

 アシドがエンドローゼのいた道を突っ走る。慌ててその後ろをアレン達が追いかける。

「フォンはここのトップだ! きっと豪華な扉に違いない」

 月宮殿最上階、その最奥の部屋を開ける。

「ここか!」
『何がだ?』

 そこにいたのはディーノイだった。人の形をした3体の像の掃除をしている。

『天体神話を知っているか?』
「いや、知らねェ」
『お前等の住む星以外の宇宙空間に存在する、その他の星をめぐる神話のことだ。他の星と違い、太陽や月は、どの地域からでも見えるからこそ、伝承が多い』
「それがどうした?」

 なぜそのようなことを言い始めたのかわからず、思わず首を傾げた。

『我々の生まれ育った島にはな、太陽と月、そして海の誕生に関する伝承が存在している。大昔、大神が一組の男女を作り出して、言いつけたんだ。大地を見張るように、と。大神は人口が増えるのを好ましく思っていないから、子を作るな、と約束させたんだ』
「男女の時点でなぁ」
『その通り。2人の間には子が生まれた。3人もだ。それを大神の召使の魚が、大神に告げ口をしたんだ。もちろん大神は厳しく2人を叱った。しかし、2人も謝りながら反論したんだ。まぁ、反論というよりは説得だ。子の1人は地上を照らす太陽であり、もう1人は月だ。太陽が休んでいる時、代わりに光を与えてくれる。3人目は海で、たくさんの魚を与えてくれる、とな』
「何だ、その説明。納得するわけねェだろ」

 コストイラが呆れながら、言葉を返す。ディーノイはゆるゆると首を横に振った。

「マジで?」
『あぁ、大神はこれで納得した。これが太陽、月、海の始まりだ。そして、それに重ねられたのが、フォンだ。フォンは余り物で月にされたが、存外、これが気に入っていてな』
「余り物、だ、だ、だったのですか?」
『おぉ、その髪飾りの少女、サーウィン・フェイドースが海狂いであったことから海、エリオ教の名の由来となったエリオは、その明るい性格が太陽のようであったから、太陽と呼ばれていたよ。私は齢が3つ離れていてね。この3人の輪に追従することしかできなかったよ』
「エリオとは人の名前だったのか」

 エリオ教徒であるレイドが驚いて目を見張る。

「じゃあ、何でフォン教じゃなくてトッテム教なんだ?」
『当然の疑問だな。元々、帝国歴以前より太陽と月は信仰の対象となっていた。それぞれ太陽はソル教、月はルナーラ教という名前でな』
「じゃあ、両方とも改名したのか」
『あぁ、今じゃ半ば無理矢理、認めさせているがな。ソル教の改名は900年ほど前だから定着してきたが、ルナーラ教の改名は180年前だからな。未だに覚えないやつもいる』

 アレンが傾げた。

「何で180年前何ですか?」
『元々、900年前にフォン教になっていたんだが、200年前に8代目勇者のトッテムに夢中になってな。死亡後に名前をもらったのさ。もしかしたら、このままエンドローゼ教になるのかもしれないな』
「え、えぇ!?」

 エンドローゼが驚いて、ワタワタし始めた。そこで、ズイとアシドが前に出てきた。

「で? アストロはどこ?」
『ん? 2階の仕事部屋だな。”ワークルーム00”と書いてある部屋だ』

 ディーノイが言い終えるや否や、アシドは飛び出していった。

『気を付けろよ。あれは相当の悪戯っ子だからな』
「ありがとうございました」

 アレンは丁寧に腰を折って、アシドの後を追った。




 アシドが最速で2階の”ワークルーム00”に辿り着いた。そして、何の躊躇もなく蹴破った。

「ふぎゃっ!?」

 何か猫が驚くような声が聞こえた。そちらに目を向けると、アストロが倒れている。しかも、いつものイヴニングドレスではなく、よく分からんキモノ姿だ。

「しゃあ!」

 アシドが最速の蹴りを放つ。最高速の走りをした直後であったために、蹴りの速度も速くなっていた。

 アストロはこの展開を目撃していた。その動きはあまりにも衝撃だった。アシドのスピードは数値にすれば、すでに800を超えている。しかし、フォンはそれよりも速いスピードで手を出し、足を掴んだ。足首を掴んだまま、勢いを殺さずにフォン自身も回る。もう一方の手をアシドの足の付け根に当てて、力を籠める。
 アシドの体が浮いた。もう抵抗できない。
 そのまま半回転して、壁に叩きつけた。そして、壁は壊れて隣の部屋に消えていった。

『ヤベ。修繕に時間かかるぞ、これ』
「やらかしているわね、神様でも」
『やらかした~~』

 フォンがわなわなと震えながら、アストロの顔を見た。そして、壁の穴を見た。

『ちょ、一緒に謝ってくんね?』
「怒られて、エンドローゼにでも慰めてもらいなさい」
『それもいいな』

 さっきまでの焦りは何だったのか、フォンがニヤニヤし始めた。これがトップとか、月もトッテム教も大丈夫なのだろうか。

「服汚れちゃったけど、洗って返せばいい?」
『あぁ、いいよ。メイド達が洗ってくれるから。脱いでその椅子にでも掛けておいて。メイド達にはこういう時にしか仕事を与えられないからね。仕事をさせてあげないと、お給金を支払えないよ』
「そこまで考えているのね」

 アストロは立ち上がり、ついた埃を軽く叩きながら帯を解き始める。
 そこで、コストイラが合流した。絶妙に重要なところが隠れているが、かなり際どい恰好を晒している。

「ごめっ!?」
『どーん』

 コストイラが出ていこうとした瞬間、天罰が放たれた。コストイラは壁に激突し、くたりと首を折った。

「こ、こ、コ、コストイラさん!?」

 エンドローゼがコストイラの回復を始める。

『ヤベっ。これ、私怒られる?』
「ガンバ」
『オゴゴゴゴゴ』

 そして、フォンはあらゆる人に怒られた。しかし、一応アストロが庇った。






『それじゃ、地上に送るよ』

 豪く落ち込みながら、魔法陣を展開する。

『じゃあね。魔大陸に向かえるように飛ばしてあげよう』
「あ、ありがとうございます」

 実はあの後、一頻りいちゃいちゃしていたエンドローゼが、大きく感謝する。

『全部終わったら、絶対会いに行くからね』
「は、はい!」

 本人がいいなら、ま、いっか。



 そして、目の前が白くなった。




 フォンが地下の通路を、強めの酒を持って歩く。足取りから、すでにかなり酔っていることが分かる。エンドローゼと会えてテンションMaxだ。

 ここに入れるのはフォンとディーノイだけという、選ばれた場所の唯一の扉を開ける。

『やぁ、元気にしていたかい、トッテム』

 そこには大きな機械が設置されており、中央に設置されている大きなカプセルの中には緑色の液体で満たされていた。その液体の中に、人の形をした者が浮かんでいる。

 これこそがトッテム。フォンがその宗教の名前にまで刻むほど、執心した人物の成れ果てである。

 フォンがカップを一つ取り出し、カプセル前に置くと、酒を注いだ。

『まったく、私は過去に囚われすぎているのかもしれないな』

 アルコール度数52%の酒を新しく開け、一升瓶なはずなのにラッパ飲みで一気した。

『いつか、君から飛び立ってみせるよ。トッテム。応援しておくれ』

 魔剣鍛冶師のレインレインが特別に作ったコールドスリープ装置を、目を細めながら新しい酒を開け、この一升瓶も一気飲みした。

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