メグルユメ

トラフィックライトレイディ

8.堕ちた蛇神

 エネルギーを感じた。
 そのエネルギーはかつて感じたことがあるものだった。
 数百年前だったか、数千年だったか忘れてしまったのだが、それでもかつて遭遇したことは覚えている。
 ドレイニー帝国に産まれ、生み落とされた神選民。第2の魔王、月の姫と称されるフォンのものだ。
 私はその魔力を持つフォンにやられたことがある。ナンバエッタ教の布教者であった私はボコボコにされた。
 ナンバエッタ教の布教者として、新しくトッテム教などという宗教を立ち上げたフォンを許さない。
 茶色の長髪を赤いリボンで結び、下半身の蛇を巧みに動かした。




 コストイラが呆然とした顔でアレンを見ている。

「え? 何が起こったんだ?」

 アシドもコストイラ同様にびっくりして、中途半端に腰を落とした状態で止まっている。コストイラから視線を送られ、その姿勢のままに首を振った。

「オレが知るわけねェだろ」
「あの、僕も分からないです」

 アシドの言葉に続くように、アレンも発言して、引き攣った顔で首を振った。何か心当たりがあるとするならば、エンドローゼの魔力で作った矢を使ったこと。エンドローゼの魔力というかフォンの魔力というか。

「き、き、きっとフォン様のおーおかげです」

 エンドローゼがちょっとはしゃいでいる。エンドローゼはフォンが絡むと齢一桁の子供のようなテンションになる。きっとフォンも大はしゃぎしていることだろう。
 エンドローゼのはしゃぎ方に頬を緩ませていると、ドガァンと塔が崩落した。ブワリと土埃が舞う。
 土煙の中に何かいる。それは分かるのだが、色が濃すぎてシルエットさえできない。中途半端に落としていた腰が、臨戦態勢の位置まで落ちた。

 土埃からまず、人の手が飛び出してくる。掌だけでも1mありそうだ。この時点で身長が10mはあると推測できる。

 その次に蛇の頭が出てきた。しかも次々と出てきた。手よりも低い位置から出てきたので、何の魔物かのあたりをつけておく。
 人の手が掻くように動き、顔が出てきた。端正な顔立ちをしており、美人の部類に入るだろう。赤いリボンで結ばれた茶色の長髪を振り乱し、血走った目を向けてくる。

『フォンはどこだ! あのエネルギーはフォンの魔力だ! フォンがここにいるはずだ!!』

 血走った眼で勇者一行を見渡す。土煙の中から出てきたのは、ダークナーガだった。人間の女の上半身に、蛇の上半身が下半身から数匹出ている。
 ナーガという種族が闇落ちしたのがダークナーガだ。ナーガとダークナーガの違いを見分ける方法は簡単だ。色を見ればいい。特に蛇の鱗の色を。ナーガが緑色の蛇なのに対して、ダークナーガは青色か水色の蛇なのだ。今アレン達の目の前にいるのは水色の蛇を持つ個体だ。

 女の眼と蛇の眼が別々に勇者達を見ていき、ある一点で止まった。全員の意識がダークナーガの視線の先に移る。その先にいたのはエンドローゼだった。






『ガァアア!!』

 ダークナーガがエンドローゼに向けて腕も蛇も伸ばす。あまりに唐突すぎたので、感情を表に出さないシキさえも驚いた。
 襲う直前にフォンがどうとか言っていたので、もしかしたらエンドローゼの中にフォンの影を見たのかもしれない。コストイラが刀を抜いて攻撃タイミングを計る。レイドがエンドローゼの前に立ち、楯役として立てを構えた。

 それ以上は入ってきたら攻撃しようと決めていた線を、ダークナーガの手が超えようとした瞬間、透明な壁のようなものに阻まれた。ぶつかった衝撃で指が少し曲がった。

「え?」
『あっ?』

 ダークナーガが不思議そうな声を出した時点で、これがダークナーガの仕業である線が消えた。何が起きたのか分からず、自分の折れた指を見た。内出血でオレンジになっている指が、何やら超常的な力でぐしゃりと潰れた。

 その時、一つの魔力を感じ取った。やはりフォンだ。
 ダークナーガは何とか届かせようと、腕を必死になって伸ばし、下半身の蛇の頭も噛みつこうと躍起になっていた。

 しかし、どれだけ頑張っても壁が越えられない。どれだけ叩いても、どんなに噛みついても壁はビクともしない。コストイラが壁越しに攻撃しようとしたが、こちらからも攻撃が通らない。

『おのれ~~~!!』

 何やら恨めしそうにこちらを見ているが、アレン達としては本当に何も知らないので勘弁してほしい。

「ご、ごめんなさい」

 そう言うと、エンドローゼの掌から月にも似た淡い光の魔力が放出された。ダークナーガはその魔力を怖いほど睨みつけている。魔力は透明な壁を通り抜け、ダークナーガに直撃する。ダークナーガの体が浮き上がり、瓦礫となった遺跡に突っ込んだ。
 ダークナーガが起き上がってこない。腕がくたりと落ち、蛇の頭も動く気配がない。

「え? オレ達は勝ったの?」

 コストイラもアシドもシキも、誰も彼もが実感のないままに戦いは終わっていた。

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