メグルユメ

トラフィックライトレイディ

1.川岸の洞窟

 落ちていく。

 上か下かも分からないままに落ちていく。

 どんどん加速していき、どんどんと速度が緩まっていく。そして、そのまま水の中に入水する。

 水の中をドンドン沈んでいく。水面から5mのところでようやく下へと進む勢いが止まる。手足を必死に動かし、もがいて水面を目指そうとする。その時、横から衝撃が来る。衝撃で口から泡が出る。
 目を動かすとシキだった。シキがアレンを抱えたまま泳ぎ、光が消えた。水面から届いていた光が届かなくなったのだ。岩肌が見える。

 どうやら洞窟の中に入ったようだ。そして頭が水面を割る。

「プハァ」

 アレンが肩で息をする。シキが岸から上がり、こちらに手を伸ばしてくる。

「ん」
「あ、ありがとうございます」

 アレンは自然な流れでシキの手を掴むことができ、少しにやけてしまう。

「ところで、何で洞窟の中なんですか? さっき水面がありましたけど」
「あぁ、何かヤベェ魔物がいたからな。誰かが欠けた状態は避けたかった」
「成る程」

 アレンにはそのヤベェ魔物が何か分からないが、コストイラが言うのだからヤバそうだったのだろう。とりあえず、アレン達は洞窟を出ようと動き出した。






 古代ローマのトゥニカの上にトガが巻きつけられた格好をしている。鉄剣を佩いているので、兵隊の男かと思ったが、美しく染められた、土埃に汚れている綿や絹の衣装を身に着けている。
 ドレイニー帝国式の染技法で染められており、2000年前の作り方だと分かる。繊維は特殊な見た目をしており、きらきらと太陽に輝き美しく流れるであろう襞を作る性質や、薄く滑らかに肌を包んで体の線を強調する性質も持っている。

 服は女性ものだ。魔物の種類は以前戦ったことがある。名前はヘルソーディアンだ。

 洞窟内でおいて、派手な格好は意味がない。それどころか不利に働く。足元まである金と紫の服は魔物の目を引きやすい。全身を覆うアクセサリーは動きを緩慢にするだろう。

 宝石の付いた王冠は男を象徴し、華美な格好は女を象徴している。今は滅んでしまったドレイニーの頃の王族の格好と上流階級の女の格好のハイブリッドだ。

 すでにヘルソーディアンの剣は抜かれている。構えから確実に素人であることが窺えた。
 この洞窟は剣を扱うには狭すぎる。アレンでも分かるのに、相手はそれにも気づいていない。

 ヘルソーディアンは鋭く睨んでくるコストイラの眼を見て、わなわなと震えた。相手はブンブンと乱雑に剣を振り回し、洞窟の壁面の出っ張っている岩にぶつけて落した。痺れているのか、細かく震える両手を自分の胸に寄せ、蹲る。

 相手が魔物に見えてこない。反応が今まで戦闘訓練をした事がない女子供といったものだ。おそらくは性別違和か性同一性障害だろう。
 ヘルソーディアンが急に科を作り始めた。細身の男のような体をしたヘルソーディアンが、コストイラを色仕掛けで堕とそうとしている。コストイラの好みはアストロのような気丈な女なので、流されることがない。

 近づいてくるヘルソーディアンに平手を打った。ほとんど無意識のうちに手を振ったからか、叩いた掌をじっと見つめている。
 ヘルソーディアンの顔を覆っていた仮面が少しずつ外れていった。

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