メグルユメ

トラフィックライトレイディ

32.挑む者達

 意識が半ばまで飛んでいる。体がふわふわと浮いている。今の自分の状態が思い出せない。
 顔が痛い。この感じは鼻頭が折れているだろう。鼻に血塊が詰まっているのか、息がしづらい。
 無理矢理背を反らし、一回転して着地する。勢い余って一回バク宙する。目の前には腕を振って走るアリスの姿。ここで一気に追い打ちをかけて潰したいのだろう。

 アリスには一つ、誤算があった。

 シキがアリスの右拳を左手で受け、手首を返して逸らさせた。シキはアリスの懐に入っていき、臍の下に手を当て、右の手首を掴み、アリスの体を投げ飛ばす。
 背中を強かに打ち付けたアリスは察した。シキは武器術の人間ではなく、何かの武術に加えるようにして武器術があるのだ。つまり、シキは体術でもいける口なのだ。

 アリスは背中を丸め、足裏をシキの胸に付け、脚を伸ばす。シキはバク転で威力を逃がし、距離を取る。アリスは反作用を利用して膝を立てた状態で起き上がる。アリスは立ち上がりながら走り出す。口元をもごもごと動かす。シキが気付かないはずがない。
 ギュガッ!! とアリスが止まる。その瞬間、アリスの後ろから隕石が現れる。しかし、それは今までの隕石とは違った。イライザの放っていたものとは違う。その一つ一つの威力は3,4倍はあるだろう。

 今までの感覚で戦えば即死。闘技場では殺傷NGという設定はどこへ行ったのだろうか。

 シキは静かにそっと息を吐き、痛む脇腹を気遣い最小限の動きだけで回避する。

 一個目が着弾。圧倒的な爆音と暴力的な爆風がシキを襲う。いくらシキと言えど風を防ぐ手段はない。受け流す術はあるが、それでどうにかなるレベルの風ではない。

 身軽にするためにかなり体重を減らしているシキでは耐えきれず、飛ばされてしまう。空中のせいであまり身動きが取れなくなってしまい、もう回避どころではなくなってしまう。
 シキは空中で身を捻り、何とか着地する。シキは暴風などものともせず、弾丸のように空気を切り裂きながら走る。この暴風の中、真面目に真正面から向かってくる奴などいないと思っていた。だというのに、シキは真正面からやってくる。

 アリスは困惑した。大前提として、アリスも暴風の影響で壁に叩きつけられている。ここから体を引き剥がす事すらできないのだ。シキはどうやっているというのか。

 その時、風が止んだ。逆風という環境下にいたシキの体が解放される。急激な速度の変化に、シキは対応できたが、アリスは出来なかった。速度の増したシキはそのままアリスに蹴りを繰り出す。アリスの反応は少し遅れ、蹴りがまともに顔面にヒットする。

 アリスは鼻血を出しながら、宙に浮いた。







 チャンピオンになってから、負けるのが恐くなった。今の生活を手放したくないと思ったのは認めよう。しかし、それだけではない。
 アリスという女の価値が分からなくなってしまった。ゆえに、アリスは自分の価値はチャンピオンであることだと勘違いを起こしてしまった。つまり、チャンピオンでない自分に価値などないと考えたのだ。

 事実として、チャンピオンであるアリスに影響を受けた者はかなりいる。代表的な者は<白き刃>サラだろう。

 その事実もアリスの考えを助長させた。これらはチャンピオンであるからこその結果なのだ、と。

 だからこそアリスはチャンピオンにこだわった。
 負けない。負けられない。

 アリスは無理矢理意識を引き戻し、ギロリとシキを睨みつける。そこからは壮絶なインファイトが始まった。アリスもシキも小柄で細身のはずなのに、一発一発の打撃音が重すぎる。空振った一撃が壁や床を砕く。
 両者から血が噴き出る。音が壮絶すぎて最初は盛り上がれなかったが、だんだんと歓声が出てくる。
 アリスは殴り合っているうちに心が開けていった。殴り合っているのが楽しい。闘技場に入ったばかりの新人だった頃の気持ちが蘇ってきた。

「あは」

 楽しい。ただただ楽しい。自然と笑い顔すら出た。

 シキの中で一つの言葉が渦巻いていた。アレンからの勝ってくださいだ。命令は絶対遂行する。父からの教えだ。アレンから下された命令に絶対に遂行する。すでにいくつかの骨や内臓が破砕しているが、命令の為なら我慢できる。

 シキはアリスの拳に合わせて拳を繰り出す。両者の拳がクロスして、相手を殴る。但し、片方だけ。

 アリスの拳は間違いなくシキの顔面を捉えると思われた。しかし、そこはシキの方が一枚上手であり、当たった瞬間に顔面を逸らされ、威力を逃がされた。
 筋力の少ないシキの拳がアリスの顔面に入る。アリスの首がゴキンと鳴り、膝から落ちていく。アリスの眼には自分の血が見えている。意識もある。しかし、体が動いてくれない。

 無敗を誇ったチャンピオンに初めての黒星がついた。






「もう行くのかい」

 アリスがショウノウに肩を貸してもらいながら、別れの挨拶にやって来た。

「はい。僕達は旅をしていて、ここに留まる気はありませんので」
「そうか」

 ショウノウは猿の面を取り出し、その顔を隠すように持ち上げる。

「じゃあね、コス君。ここにいつでも帰ってくると良いさ。私は待ってるぜ」
「あぁましらの姉ちゃんが死ぬまでにはな」

 のっぺりとした面をつけたコストイラが軽く応じる。

「もっと研ぎ澄ますといい。君はいいものを持っている」
「当たり前だ。オレは絶対に負けねェよ」

 モシェーはアシドにアドバイスをするが、アシドは拒絶する。

「オマエ、強い。アタシ、惚れた。好きだよ、シキ。付き合おう、愛し合おう」
「ッ!?」
「ん? え、嫌」
「…………フーン」

 フウからの突然の告白にシキは珍しく目を丸くして断った。アレンはフウとのやり取りに聞き耳を立て、アリスにそれを勘づかれる。

「今回の戦いは私にも大いなる学びがあった。感謝しよう」
「私としては最後に私が負けた直接の原因が知りたいな」
「すまない。私も分からん」

 両者ともに何が起きたのか分からず、首を傾げてしまう。

「よくも顔を傷付けてくれやがったな」
「あら。嫌なら避ければよかったじゃない」

 闇の二人は未だに戦いが終わっていない。

「達者でな、愛されし者よ」
「そ、そ、そ、そんな、わー、私なんて」

 エンドローゼはトゥーヤの言葉を顔を真っ赤にして否定する。どこか遠くでは狐の面をした少女がもっと自信を出せ、と応援している。

「オマエ、あの女が好きなのか? 何か全然恋愛には興味なさそうだが」
「なっ!? ま、まぁ、そうですね」
「勇者なんだろ。早くしねェと有益だからって政略結婚とかあるかもしれないぞ。まぁ、押したらいけそうな気もするけどな」
「え」

 アレンは言われて初めて考えた。その可能性はあるじゃん、と。

「旅をするのなら、地獄みたいな奈落の次は、天国みたいな天界に行くと良い。まぁ、実際の地獄天国は異世界らしいけどね」

 アリスが顎で一つの階段を指す。

「13代目勇者オイボースが天界に行くために造ったとされる階段だ。魔法でできているみたいでね、ほぼ一生崩れないらしい。そこは安心していいよ」

 アレン達の視線が上の方に向く。この階段何万段あるのだろうか。

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