メグルユメ
23.捕らわれの身
然のチャンピオンのフウは愛に飢えていた。フウの愛情表現は一言でいえば過激で異常だった。力で本気でぶつかり合い、殺し合う。それが、フウの中の愛情表現だ。
フウが然のチャンピオンになり、未だに居続ける理由は愛を知るため、そして自分を知るためだ。挑戦者とフウは愛を確かめたかったのだ。しかし、フウが愛を知れる相手がいなかった。自分も知りたかった。自分とは何者なのか知りたかった。
フウは指を組み、掌を前に突き出し、腕を伸ばしてストレッチをする。
さて、今日の挑戦者は愛し合える相手だろうか?
フウはくるくるとナイフを回して鞘に戻し、腰に取り付ける。闘技場の入り口から堂々と愛を囁きに向かっていった。
人の動きは目に出やすい。それは白目があるからだ。動物の中でも人間と犬だけが持っているものだ。
瞳の動きが白目があることで分かりやすく見ることができる。だからこそ、シキは人の眼をよく見る。
フウの両眼をよく見る。緑と青のオッドアイ。正直綺麗だと思う。刳り抜いて保管したいほどに美しいと思う。
シキもフウも似たような背格好をしている。銀と白の色の髪、薄く半袖の服に短パンという恰好。武器もナイフと同じだ。
フウの瞳がスッと動き、体も動く。フウの瞳は先に動きたい方に動いている。シキは行く手を阻むように動き、ナイフを振るう。
その動きを読めていなかったフウは、持ち前の身体能力でナイフを合わせ、何とか防ぐ。ギリギリのところで防げたとはいえ、シキの勢いに負け、フウの勢いは殺される。驚愕に顔色を染めたままのフウの腹を、シキは思い切り蹴飛ばす。
驚愕は痛みに変わり、熱を孕む腹を押さえながら地面を跳ねる。シキとしては、今投げる分のナイフがあれば投げているところだが、余裕がないので投げない。その代わり、フウのことを追いかけ走る。
フウは跳ねながらも体勢を整え、正面を向く。どっちだ? 今度はどっちだ? 迷っていると、シキもどっちにも跳ぼうとしない。その威圧に焦って右側に跳ぶ。
跳んだ瞬間、いや、跳ぼうとした瞬間にシキが跳んだ。フウには相手が、自分が動く前に跳んでいるようにしか見えない。もしかして、心でも読んでいるのか?
シキの美しい足がしなり、フウの顎を蹴り上げる。耐えようとしたせいか首を痛めてしまった。ナイフが脇腹を叩く。痛みに歪んだ顔を蹴り、一閃で血に染める。
しかし、フウの顔は苦痛に悶えていなかった。むしろ、頬を染め、口角を上げていた。
「ふ、ふふ。うふふ」
どこか笑いながら立ち上がるフウに疑問を浮かべるシキは、疑念を抱いたままフウを見つめる。早期決着を付けようと突っ込んだら罠だったということは避けたい。
「ふふ。うふふ。素敵」
その一言を最後に、フウの動きは別人のように変わった。
フウは紛れもなく天才だ。たった2回の先回りを見て真実に辿り着いたのだ。間違いないとまで確信している。
左に動くかのように瞳を動かす。シキはまんまと策に嵌まる。フウはにやりと笑った。やはり瞳だ。
フウは左右どちらかに動くことなく、真っ直ぐに進みナイフを振るう。こちらもまた驚異的な動体視力と身体能力で対処する。
鋼と鋼がぶつかり、火花を散らす。シキはフウと違い、表情が変わらない。一合、また一合と鋼同士の交錯は続き、打たれるたびに女の悲鳴の如き甲高い音を連鎖させていく。
踊るように身を翻し、上下左右から軌道を選ばずにナイフの刃が急所へ閃く。それはいかなる修行の賜物か、それとも愛ゆえの所業か。
両者は互いに攻防兼ね備えた連撃を常外の速度で振り続ける。嗅覚に滑り込む死の香りに、両者は別々の反応を見せる。フウが見せたのは笑顔だ。すでに死が近いことに喜んでいる。死がないはずの闘技場で死を感じ取れて嬉しくなっちゃったのだ。
シキが見せたのは無だ。死に対し何も感じず、ただ流されるだけの者の表情だ。フウはその感情に少し寂しさを覚えるのと同時に興奮までしてしまう。フウは狂気的な光を宿した双眸を細め、舌なめずりする。
「――シィ!!」
鋭く呼気を吐き、足裏に力を込める。瞬間、闘技場の床ごと地面が同心円状に砕けて沈み、フウの体が前に出る。高速で迫る肉体から凛として澄やかな香りを感じ取りながら、シキは地を這うように回避。低いと思われるナイフの一閃よりも低い位置を通過する。
負けられない。だってこんな素晴らしい愛は初めてなんだもの。
負けられない。だってアレンに勝てと命令されたのだから。
ますます戦意が燃え滾り、負けられないと魂が咆哮する。
直後、満たされぬ強欲の愛と、命令を遂行するための殺意がぶつかり合う。フウの左腕が掻き消え、握られていた凶刃が視界から消える。シキは見えずとも感覚だけで身を捻り躱す。その捻りを利用してフウを蹴飛ばす。
口を切ったのか、フウは口の端から血が垂れている。しかし、表情は恋する乙女のようだ。
フウのしなやかな足がシキの側頭部へ跳ね上がるのを、シキは頭突きで撃墜する。脳髄に響くような衝撃を受け、のけぞりそうになるが耐える。フウの方は、足の甲が砕けたのか、変色し変形している。それでも表情は恍惚としている。
「愛している。シキ」
「拒否する」
互いに理解し合うことなく、唯一通じる、暴力と殺戮に委ね合う。
凶刃は光となり、闘技場内は荒れ狂い、切り刻み、寸断していく。両者は殺伐としているように見えるが、間には凛として澄みやかな匂いが充満し、風に乗って客席にまで届いている。肩を、腹を、足を、額を、腕を鋼に掠められ出血し、しかし、シキは揺るがない。両者の間は目算6歩だ。
残り6歩、距離が縮む。シキは2本の内1本のナイフを投じる。
残り5歩、フウのナイフがシキの投じるナイフを叩き落とす。
残り4歩、ナイフをなくした左半身に無数の斬撃が入り、刃がないのにシキの体から血が噴き出る。しかし、止まらない。
残り3歩、シキの右手に残ったナイフがうねりを上げ、フウの左腕を叩き折る。
残り2歩、旋回する然のチャンピオンの一撃は、生涯最高速を記録する。その一撃はシキの動体に突き刺さる。
残り1歩、シキはフウの一撃を左腕一本を犠牲にして受け止めた。
残り0歩、両者の間に距離がなくなり、シキの右の凶刃がフウを直撃。
しかし、フウは含み笑いをして、シキの顔面に長くしなやかな足が振り下ろされる。落ちてきている踵に、シキが目を瞑り受け入れる。フウの右脇腹にはナイフが刺さっている。シキの左肩は砕けている。
瞬間、フウの足元を風が通り抜ける。風は銀色をしており、美しくしなやかな姿をしていて、フウの後ろに回る。フウは振り返りざまに右腕を振るう。シキはぐちゃぐちゃになっている左腕を何の躊躇もなく、ぶつける。壊音、シキの左腕が千切れかける。
左腕に灼熱、血を噴く傷口に手も当てず、戦闘を続ける。フウの頬がリンゴのように赤くなる。
いつの間に切られたのか、首から流血しているフウは、ゆらゆらと構える。銀髪の少女の体には、自分がつけた傷がある。シキの凶刃に気付いていながら、フウは最後の瞬間にまで愛しい人を見つめる。
「大好きだよ、シキ」
「拒否します」
ナイフの一閃がフウを襲い、そのまま意識が刈り取られた。
「勝者、シキ!!」
フウが然のチャンピオンになり、未だに居続ける理由は愛を知るため、そして自分を知るためだ。挑戦者とフウは愛を確かめたかったのだ。しかし、フウが愛を知れる相手がいなかった。自分も知りたかった。自分とは何者なのか知りたかった。
フウは指を組み、掌を前に突き出し、腕を伸ばしてストレッチをする。
さて、今日の挑戦者は愛し合える相手だろうか?
フウはくるくるとナイフを回して鞘に戻し、腰に取り付ける。闘技場の入り口から堂々と愛を囁きに向かっていった。
人の動きは目に出やすい。それは白目があるからだ。動物の中でも人間と犬だけが持っているものだ。
瞳の動きが白目があることで分かりやすく見ることができる。だからこそ、シキは人の眼をよく見る。
フウの両眼をよく見る。緑と青のオッドアイ。正直綺麗だと思う。刳り抜いて保管したいほどに美しいと思う。
シキもフウも似たような背格好をしている。銀と白の色の髪、薄く半袖の服に短パンという恰好。武器もナイフと同じだ。
フウの瞳がスッと動き、体も動く。フウの瞳は先に動きたい方に動いている。シキは行く手を阻むように動き、ナイフを振るう。
その動きを読めていなかったフウは、持ち前の身体能力でナイフを合わせ、何とか防ぐ。ギリギリのところで防げたとはいえ、シキの勢いに負け、フウの勢いは殺される。驚愕に顔色を染めたままのフウの腹を、シキは思い切り蹴飛ばす。
驚愕は痛みに変わり、熱を孕む腹を押さえながら地面を跳ねる。シキとしては、今投げる分のナイフがあれば投げているところだが、余裕がないので投げない。その代わり、フウのことを追いかけ走る。
フウは跳ねながらも体勢を整え、正面を向く。どっちだ? 今度はどっちだ? 迷っていると、シキもどっちにも跳ぼうとしない。その威圧に焦って右側に跳ぶ。
跳んだ瞬間、いや、跳ぼうとした瞬間にシキが跳んだ。フウには相手が、自分が動く前に跳んでいるようにしか見えない。もしかして、心でも読んでいるのか?
シキの美しい足がしなり、フウの顎を蹴り上げる。耐えようとしたせいか首を痛めてしまった。ナイフが脇腹を叩く。痛みに歪んだ顔を蹴り、一閃で血に染める。
しかし、フウの顔は苦痛に悶えていなかった。むしろ、頬を染め、口角を上げていた。
「ふ、ふふ。うふふ」
どこか笑いながら立ち上がるフウに疑問を浮かべるシキは、疑念を抱いたままフウを見つめる。早期決着を付けようと突っ込んだら罠だったということは避けたい。
「ふふ。うふふ。素敵」
その一言を最後に、フウの動きは別人のように変わった。
フウは紛れもなく天才だ。たった2回の先回りを見て真実に辿り着いたのだ。間違いないとまで確信している。
左に動くかのように瞳を動かす。シキはまんまと策に嵌まる。フウはにやりと笑った。やはり瞳だ。
フウは左右どちらかに動くことなく、真っ直ぐに進みナイフを振るう。こちらもまた驚異的な動体視力と身体能力で対処する。
鋼と鋼がぶつかり、火花を散らす。シキはフウと違い、表情が変わらない。一合、また一合と鋼同士の交錯は続き、打たれるたびに女の悲鳴の如き甲高い音を連鎖させていく。
踊るように身を翻し、上下左右から軌道を選ばずにナイフの刃が急所へ閃く。それはいかなる修行の賜物か、それとも愛ゆえの所業か。
両者は互いに攻防兼ね備えた連撃を常外の速度で振り続ける。嗅覚に滑り込む死の香りに、両者は別々の反応を見せる。フウが見せたのは笑顔だ。すでに死が近いことに喜んでいる。死がないはずの闘技場で死を感じ取れて嬉しくなっちゃったのだ。
シキが見せたのは無だ。死に対し何も感じず、ただ流されるだけの者の表情だ。フウはその感情に少し寂しさを覚えるのと同時に興奮までしてしまう。フウは狂気的な光を宿した双眸を細め、舌なめずりする。
「――シィ!!」
鋭く呼気を吐き、足裏に力を込める。瞬間、闘技場の床ごと地面が同心円状に砕けて沈み、フウの体が前に出る。高速で迫る肉体から凛として澄やかな香りを感じ取りながら、シキは地を這うように回避。低いと思われるナイフの一閃よりも低い位置を通過する。
負けられない。だってこんな素晴らしい愛は初めてなんだもの。
負けられない。だってアレンに勝てと命令されたのだから。
ますます戦意が燃え滾り、負けられないと魂が咆哮する。
直後、満たされぬ強欲の愛と、命令を遂行するための殺意がぶつかり合う。フウの左腕が掻き消え、握られていた凶刃が視界から消える。シキは見えずとも感覚だけで身を捻り躱す。その捻りを利用してフウを蹴飛ばす。
口を切ったのか、フウは口の端から血が垂れている。しかし、表情は恋する乙女のようだ。
フウのしなやかな足がシキの側頭部へ跳ね上がるのを、シキは頭突きで撃墜する。脳髄に響くような衝撃を受け、のけぞりそうになるが耐える。フウの方は、足の甲が砕けたのか、変色し変形している。それでも表情は恍惚としている。
「愛している。シキ」
「拒否する」
互いに理解し合うことなく、唯一通じる、暴力と殺戮に委ね合う。
凶刃は光となり、闘技場内は荒れ狂い、切り刻み、寸断していく。両者は殺伐としているように見えるが、間には凛として澄みやかな匂いが充満し、風に乗って客席にまで届いている。肩を、腹を、足を、額を、腕を鋼に掠められ出血し、しかし、シキは揺るがない。両者の間は目算6歩だ。
残り6歩、距離が縮む。シキは2本の内1本のナイフを投じる。
残り5歩、フウのナイフがシキの投じるナイフを叩き落とす。
残り4歩、ナイフをなくした左半身に無数の斬撃が入り、刃がないのにシキの体から血が噴き出る。しかし、止まらない。
残り3歩、シキの右手に残ったナイフがうねりを上げ、フウの左腕を叩き折る。
残り2歩、旋回する然のチャンピオンの一撃は、生涯最高速を記録する。その一撃はシキの動体に突き刺さる。
残り1歩、シキはフウの一撃を左腕一本を犠牲にして受け止めた。
残り0歩、両者の間に距離がなくなり、シキの右の凶刃がフウを直撃。
しかし、フウは含み笑いをして、シキの顔面に長くしなやかな足が振り下ろされる。落ちてきている踵に、シキが目を瞑り受け入れる。フウの右脇腹にはナイフが刺さっている。シキの左肩は砕けている。
瞬間、フウの足元を風が通り抜ける。風は銀色をしており、美しくしなやかな姿をしていて、フウの後ろに回る。フウは振り返りざまに右腕を振るう。シキはぐちゃぐちゃになっている左腕を何の躊躇もなく、ぶつける。壊音、シキの左腕が千切れかける。
左腕に灼熱、血を噴く傷口に手も当てず、戦闘を続ける。フウの頬がリンゴのように赤くなる。
いつの間に切られたのか、首から流血しているフウは、ゆらゆらと構える。銀髪の少女の体には、自分がつけた傷がある。シキの凶刃に気付いていながら、フウは最後の瞬間にまで愛しい人を見つめる。
「大好きだよ、シキ」
「拒否します」
ナイフの一閃がフウを襲い、そのまま意識が刈り取られた。
「勝者、シキ!!」
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