メグルユメ
19.研ぎ澄まされて
「頭をぶつけたようだが、大丈夫か?」
「あ?」
靴紐を結んでいたアシドは、上から声がしたため、自然と口が開いたままで返事をし、顔を上げた。
「大丈夫ですけど、アナタは?」
「私は次の対戦相手であるモシェーだ。君に挨拶をしに来たのだ」
「モシェー。そうか、アンタが。でも、勝たせてもらうぜ」
「互いに死力を尽くそう」
モシェーは白い鬚を撫でながらアシドに礼をして、立ち去った。登場口が反対側にあるにもかかわらず挨拶に来るなど、何て律義な奴だろうか。
アシドは立ち上がり、支給品の槍を掴むと、自分の入場口へと向かった。
剣豪モシェー。
その名前は戦いを知らぬ者でも知っているほど有名だ。野球のルールを知らないのに大谷翔平は知っているような感覚で、多くの人が知っている。
”混沌の濁流”カタルナ、”介抱者”ジョンと並び、三大剣豪に数えられる剣豪の一人である。そのため、今天之五閃に一番近いのはその3人だと言われている。
きっと救護室などに運ばれず、アストロ達と同じように観戦していたのなら、コストイラは自分と戦ってほしそうにするだろう。
先程挨拶した時には感じられなかった威圧を感じ取る。フゥと短く息を吐き、腰を落とすアシドに対し、モシェーは直立のまま、刀の柄に手を触れさせている。余裕の表れかと考えたが、すぐに否定する。これがモシェーの構えなのだろう。
先に動いたのはアシド。真正面ではなく斜めから襲撃する。あまりの足の速さに観客は目で追えず、ざわめき出す。しかし、モシェーは動じない。
冷静にアシドの動きを見切り、ロングソードを抜く。完璧なタイミングで合わせられ、アシドの顔が歪む。モシェーはそれを見逃さない。
モシェーは剣を持ち替え、槍を力で押し返す。モシェーの見た目からは思えないほどの力に、さらにアシドは驚く。しかも、モシェーの剣技は鮮やかであり、槍を掴んでいるわけでもないのに槍が操られてしまう。
槍の先端が地面に刺さる。アシドの重心が体の外、前面に出される。アシドの体が前に倒れる。モシェーの振るう剣がアシドの顔を狙う。
「うぐぬぉ!?」
何とか顔を跳ね上げ、剣を躱す。顎を少し掠ってしまい、最近生えてきたばっかりの鬚が舞う。
モシェーの鋭い目がアシドを射抜く。アシドは自分から地面を蹴り、モシェーの横を通り過ぎる。そのまま回転して反転して、老人と相対する。
殺気がだだ漏れだ。殺しが禁止されているとは思えないほどの殺気に、唾が上手く呑み込めない。今手元に支給された槍がない。しかし、取りに行こうとすればその瞬間にやられるだろう。何とか隙を見つけたいが、”死の渇望”モシェーに隙などあるのだろうか。
腰を落とし、いかなる攻撃にも対応できるようにする。両者の時間が延びる。感覚が研ぎ澄まされ、動きがゆっくりに見え、音は遠のき、二人だけの時間になる。
両者が同じ技を放つ。しかし、その精錬度はモシェーに軍配が上がる。
その美しい一閃に観客は感嘆の息を吐く。アシドの体はくの字に折れ、地面にワンバウンドすると、壁にぶつかった。
強い。これが達人の領域。
驚愕に身を震わせ、アシドが立ちあがる。
「ったく。どうやったらあそこまで精錬されるんだ?」
ただ何となく言っただけの疑問に、モシェーが律義に答える。
「感覚を研ぎ澄ますのに必要なものは何だと思う?」
アシドは少し考える。この対話は単なる時間稼ぎではなく、アシドがモシェーに勝て、コストイラを超えるのに必要なものを得られる気がした。だからこそまじめに考える。
「極限の集中力かな」
「では、それを得るためには何は必要だと思うね」
「極限の集中力を得るために必要なもの」
「それはな」
そこでモシェーはロングソードを回し、持ち方を変えた。あれはおそらく刺突するための構え。それを対処するためアシドも構えを変えようと動いた時、立派な白鬚の老人は答えを言った。
「臨死と生への渇望だよ」
刺突に左肩を抉られながら、アシドは理解した。そうか、だからこそ戦場に身を置き、戦い続けているからこそ、コストイラは強いのだ、と。モシェーは死を渇望しているのではなく、走馬灯が見えてしまうほどに近くへと迫った臨死体験を望んでいるのだ。モシェーが渇望しているのは死ではなく、生だ。
アシドは左肩に模造の剣を当てられたまま、壁に背中を強打する。血や胃の中身が出てくるわけではないが、痛みを吐き出そうと口を開ける。
モシェーの左手が拳を作るのが見えた。アシドは闘技場の壁を蹴り、勢いをつけると、モシェーの拳が来る前に老人の側頭部を蹴る。
老人の体が揺るがない。青年の左肩を押さえつけているロングソードも動かない。老人の拳は生きたまま、青年の顔面へと辿り着く。青年の鼻頭が折れ、頬骨が砕かれ、前歯が落ちた。拳がどくと、口から、鼻から血が漏れた。
あぁ、そうか。オレはまだまだ強くなれるってことか。
「勝者、モシェー!」
「あ?」
靴紐を結んでいたアシドは、上から声がしたため、自然と口が開いたままで返事をし、顔を上げた。
「大丈夫ですけど、アナタは?」
「私は次の対戦相手であるモシェーだ。君に挨拶をしに来たのだ」
「モシェー。そうか、アンタが。でも、勝たせてもらうぜ」
「互いに死力を尽くそう」
モシェーは白い鬚を撫でながらアシドに礼をして、立ち去った。登場口が反対側にあるにもかかわらず挨拶に来るなど、何て律義な奴だろうか。
アシドは立ち上がり、支給品の槍を掴むと、自分の入場口へと向かった。
剣豪モシェー。
その名前は戦いを知らぬ者でも知っているほど有名だ。野球のルールを知らないのに大谷翔平は知っているような感覚で、多くの人が知っている。
”混沌の濁流”カタルナ、”介抱者”ジョンと並び、三大剣豪に数えられる剣豪の一人である。そのため、今天之五閃に一番近いのはその3人だと言われている。
きっと救護室などに運ばれず、アストロ達と同じように観戦していたのなら、コストイラは自分と戦ってほしそうにするだろう。
先程挨拶した時には感じられなかった威圧を感じ取る。フゥと短く息を吐き、腰を落とすアシドに対し、モシェーは直立のまま、刀の柄に手を触れさせている。余裕の表れかと考えたが、すぐに否定する。これがモシェーの構えなのだろう。
先に動いたのはアシド。真正面ではなく斜めから襲撃する。あまりの足の速さに観客は目で追えず、ざわめき出す。しかし、モシェーは動じない。
冷静にアシドの動きを見切り、ロングソードを抜く。完璧なタイミングで合わせられ、アシドの顔が歪む。モシェーはそれを見逃さない。
モシェーは剣を持ち替え、槍を力で押し返す。モシェーの見た目からは思えないほどの力に、さらにアシドは驚く。しかも、モシェーの剣技は鮮やかであり、槍を掴んでいるわけでもないのに槍が操られてしまう。
槍の先端が地面に刺さる。アシドの重心が体の外、前面に出される。アシドの体が前に倒れる。モシェーの振るう剣がアシドの顔を狙う。
「うぐぬぉ!?」
何とか顔を跳ね上げ、剣を躱す。顎を少し掠ってしまい、最近生えてきたばっかりの鬚が舞う。
モシェーの鋭い目がアシドを射抜く。アシドは自分から地面を蹴り、モシェーの横を通り過ぎる。そのまま回転して反転して、老人と相対する。
殺気がだだ漏れだ。殺しが禁止されているとは思えないほどの殺気に、唾が上手く呑み込めない。今手元に支給された槍がない。しかし、取りに行こうとすればその瞬間にやられるだろう。何とか隙を見つけたいが、”死の渇望”モシェーに隙などあるのだろうか。
腰を落とし、いかなる攻撃にも対応できるようにする。両者の時間が延びる。感覚が研ぎ澄まされ、動きがゆっくりに見え、音は遠のき、二人だけの時間になる。
両者が同じ技を放つ。しかし、その精錬度はモシェーに軍配が上がる。
その美しい一閃に観客は感嘆の息を吐く。アシドの体はくの字に折れ、地面にワンバウンドすると、壁にぶつかった。
強い。これが達人の領域。
驚愕に身を震わせ、アシドが立ちあがる。
「ったく。どうやったらあそこまで精錬されるんだ?」
ただ何となく言っただけの疑問に、モシェーが律義に答える。
「感覚を研ぎ澄ますのに必要なものは何だと思う?」
アシドは少し考える。この対話は単なる時間稼ぎではなく、アシドがモシェーに勝て、コストイラを超えるのに必要なものを得られる気がした。だからこそまじめに考える。
「極限の集中力かな」
「では、それを得るためには何は必要だと思うね」
「極限の集中力を得るために必要なもの」
「それはな」
そこでモシェーはロングソードを回し、持ち方を変えた。あれはおそらく刺突するための構え。それを対処するためアシドも構えを変えようと動いた時、立派な白鬚の老人は答えを言った。
「臨死と生への渇望だよ」
刺突に左肩を抉られながら、アシドは理解した。そうか、だからこそ戦場に身を置き、戦い続けているからこそ、コストイラは強いのだ、と。モシェーは死を渇望しているのではなく、走馬灯が見えてしまうほどに近くへと迫った臨死体験を望んでいるのだ。モシェーが渇望しているのは死ではなく、生だ。
アシドは左肩に模造の剣を当てられたまま、壁に背中を強打する。血や胃の中身が出てくるわけではないが、痛みを吐き出そうと口を開ける。
モシェーの左手が拳を作るのが見えた。アシドは闘技場の壁を蹴り、勢いをつけると、モシェーの拳が来る前に老人の側頭部を蹴る。
老人の体が揺るがない。青年の左肩を押さえつけているロングソードも動かない。老人の拳は生きたまま、青年の顔面へと辿り着く。青年の鼻頭が折れ、頬骨が砕かれ、前歯が落ちた。拳がどくと、口から、鼻から血が漏れた。
あぁ、そうか。オレはまだまだ強くなれるってことか。
「勝者、モシェー!」
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