メグルユメ
17.その心は燃えているか?
「ついに実現したカード。先ほどの挑戦者コストイラを待ち受けるのは、この女。黒い炎で場を支配し、青い瞳で戦いを終わらす、火のチャンピオン、ショウノウ!」
早く戦いが見たいアナウンサーは短く紹介を終わらす。コストイラの反対側にある入り口から露出の多い服を着た、片目が隠れてしまうほどに髪を伸ばした女が入ってきた。女はコストイラを見ると、隠れていない目が見開かれる。そしてどこか嬉しそうに弓なりに曲がる。コストイラも目を見開くが、どこかピンと来ない。どこかで見た気がするのだが。
「それでは、バトル、開始!!」
開始直後、すぐにショウノウの拳に黒い炎が出現した。ショウノウとコストイラの距離が消える。バルログの時もそうだったが、合図直後に駆けだすのが鉄板なのだろうか。
ショウノウが仕掛けるインファイトをギリギリのところで躱す。コストイラの眼が見開かれる。ショウノウはコストイラよりも速い。コストイラは技術で拮抗していたが、いつまで持つかは分からない。
コストイラが隙を見て刀を抜く。ショウノウは腹をくの字に曲げて躱すと、次の行動に移られる前にバックステップで距離を取る。
ショウノウは左側を前にした半身の状態で構えを取る。踵が少し浮いているので足の速さを活かせる形にしているのだろう。足の速い相手には足で勝負しない。コストイラは堂々と刀を構えておく。
二人の状態はまるで西部劇のガンマンのように、先に動いたら負けな状況だ。両者ともにそれが分からないほど馬鹿ではない。
コストイラはその戦い方や言動とは裏腹に我慢強い。この構えの状態で3日は耐えられるだろう。
ショウノウは分かっていながら先に動いた。ここで先に動いたとしても負ける気がしなかったのだ。それに切り札となる奥の手だってまだ見せていない。
体に黒い炎を纏い、炎を繰り出す。コストイラは赤とオレンジの炎を纏い、刃の潰された刀を合わせる。髪が巻き上がり、両者の両目が合う。片や赤く赤く燃え上がる黄色い瞳、片や黒く黒く燃え上がる黒い瞳。
コストイラはアナウンスの言葉を思い出す。戦いを終わらせたのは青い瞳ではなかったか? そう考えた瞬間、ショウノウの眼がグリンと裏返った。黒い瞳の裏の青い瞳が明らかになる。
「お休み、坊や」
その言葉が聞こえた瞬間に、コストイラの意識が堕ちた。
「え?」
鍔迫り合いをしていたコストイラが急に膝から落ちた。あの様子、意識がない。何をされたのか第三者視点でさえ分からなかった。
「決まった!ショウノウの必殺コンボ! 夢見視だ! これはもう決まったか!?」
アレン達は夢見視というのが何か分からない。しかし、その正体不明の技をコストイラは受けた。今、アレン達にできるのは、ただ祈ることだけだった。
懐かしい感覚だった。
何もない暗闇にただ独りでポツンとそこにいる。
昔、何度かこの手の悪戯を受けたことがある。当時は不安で彼我の境すらもなくなりかけ、絶望寸前で泣きじゃくったものである。
「アイ―――」
懐かしくてその名を口にしようとして、足元の何かに当たった。声が止まり、足元の何かを拾う。
槍だ。凝った意匠のない、それでも誰のものか分かる。一番近くで見てきたからこそ分かる。これはアシドの槍だ。
「何でここにあるんだ?」
疑問をわざわざ口に出し、槍をくるくる回し、じっと見つめる。コストイラが疑問を口に出すのは大抵、自分の中に答えを用意できる材料がない時だ。
手にぬるりとした感触がある。
「ん?」
手元を見ると、粘性の高い液体だった。周りが暗闇のせいで、色がいまいち分からない。だが、嫌な予感がする。この予想が当たってほしくない。当たってほしくないと思いながら、答えを求めるように、真実に近づくように何かを探す。そして、その何かを見つけてしまう。
それは粘性の高い液体に沈むアシドの姿だった。
「あ?」
コストイラは拒絶するようにアシドに近づき、アシドに触れる。
止めてくれ、止めてくれよ。もう誰かがいなくなるのはこりごりなのだ。なぜここまで自分が危険の最前線に立っていたと思っているのだ。味方の犠牲をもう出したくないからだ。テシメもセルンもカーベラも、もういない。それに、身内であるあの二人も。
「おい、アシド? アシド!? 嘘だろ? 冗談だろ? なァ、おい、アシド!!」
いくら肩を掴み揺らしても、アシドはただ首をがくがくと動かすだけで反応が返ってこない。コストイラの腕がわなわなと震え、アシドの体が落ちる。
視界に残るコストイラの両腕には血がべっとりと付いている。
コストイラはそれ以上直視することができず、顔を上げる。そこには偶然とは思えないほど、仲間の姿が見えている。
両足を失い、コストイラの足元に沈むアシド。
裂傷だらけで、ナイフを辺りに散らばせて倒れるシキ。
四肢が捻じれ、真っ白になった髪を地面に撒いたエンドローゼ。
眼窩が伽藍堂になっており、両腕から骨を覗かせるアレン。
楯も大剣も砕かれ、体に裂傷がないところを見つけられないほどに刻まれたレイド。
そして、右腕を失い、装飾品の数々を砕かれたアストロ。
「あ」
コストイラの心が折れた。
エンドローゼが人の死に敏感であるとするならば、コストイラは味方の死に敏感である。一人だけでも心へのダメージが凄いというのに、一気に全員も。そんなこと、コストイラが耐えられるはずがない。口を閉じることを忘れ、目からは自然と涙が流れる。拭う力さえ出ない。膝から崩れ落ち、首を折る。
もう何も考えられなくなった頭を介さず、口が一人の身内の名を漏らす。
「アイケルス……」
その言葉は力なく、もしかしたらコストイラの耳にすら届かなかったかもしれない。
力なく開いた口から涎が垂れ落ち、自身の膝を汚す。そこでコストイラはアイケルスの言葉を思い出した。外部と隔離した世界に飛ばす理由は心を折るためだ。
そうだ。今、オレは奈落の闘技場で戦っていたじゃないか。ショウノウはオレの心を折りにきている。今、オレの手には刀がない。
コストイラは瞳にハイライトを戻し、炎を宿し、右腕に炎を纏う。炎で刀を形成して、最大火力で景色を薙ぐ。目の前にあった死体がすべて消えた。
「そうだよな、アイケルス。ここで落ち込むのはオレらしくない」
コストイラはニカリと笑う。すると、世界は崩壊していった。
会場ではブーイングが巻き起こっていた。火のチャンピオン、ショウノウが止めを刺そうとしないのだ。判定員が勝負ありを宣言しようとしたところ、ショウノウはそれを止めた。まだ終わっていない、と。
3分後、ブーイングが止まぬ中、コストイラの指が僅かに動いた。気付いたのは各々のチャンピオンと勇者一行だけだった。
ショウノウの青い瞳はいつの間にか黒に変わっている。夢見視の魔眼の効果はすでに消えている。コストイラは完全に目を覚ました。あの不敗のチャンピオン、アリスでさえその魔眼を食らったら勝機はないと言わしめた夢見視の魔眼から帰ってきた。
ショウノウは紅潮した頬を隠すように下を向き、潤んだ瞳をコストイラは静かに炎を纏っていた。
懐かしい夢を見た。
花畑には狐の面をした少女がいた。鬼の面を持った男がいた。鳥の面をした女が、虫の面をした男が、猿の面をした少女がいた。
他にも様々な面をした男女がいる中、コストイラとセルンは面を持ってなかった。その二人に近づく二人の面。片方、龍の面をした教祖様はセルンの、もう片方の狸の面をした母がコストイラの前に立つ。
「この面はシラスタ教の証。15になったら何かを彫ってあげるよ」
その時、コストイラとセルンはのっぺりとした飾り気のない、何も彫られていない面をもらった。
ショウノウは1枚の仮面を懐から取り出す。猿の面だ。会場内はなぜこのタイミングで、しかも猿の面なのか分からず、混乱している。それはアレン達も同様だ。
「猿の面?」
「何かの魔道具なのでしょうか?」
「そんな気はしないわ。ただ、あれは」
「あぁ、コストイラも似たようなものを持っていたはずだぜ」
アシドの声など聞こえていないはずなのに、タイミングよく仮面を取り出す。未だのっぺりとした面だ。
「ふふ。やっぱりコス君だ」
「オレはアンタの名も顔も知らないんだが、猿の姉ちゃん」
ショウノウが黒い炎を纏い、突進してくる。コストイラの顔にはもう焦りも動揺も迷いもない。ただ、ショウノウに合わせて刀を振るった。両者の立っていた場所が入れ替わる。コストイラがパチンと刀を収めた。
「あぁ、流石だよ、コス君。もう超えられちゃった」
猿の面に遮られ、くぐもったセリフが、しかし、コストイラの耳にはしっかりと残る。
「こっちだって、ここで会うとは思わなかったぜ猿の姉ちゃん」
コストイラの言葉は小声で、のっぺりとした仮面にも遮られ、仮面の外にすら漏れなかった。
「勝者は、コストイラ!」
早く戦いが見たいアナウンサーは短く紹介を終わらす。コストイラの反対側にある入り口から露出の多い服を着た、片目が隠れてしまうほどに髪を伸ばした女が入ってきた。女はコストイラを見ると、隠れていない目が見開かれる。そしてどこか嬉しそうに弓なりに曲がる。コストイラも目を見開くが、どこかピンと来ない。どこかで見た気がするのだが。
「それでは、バトル、開始!!」
開始直後、すぐにショウノウの拳に黒い炎が出現した。ショウノウとコストイラの距離が消える。バルログの時もそうだったが、合図直後に駆けだすのが鉄板なのだろうか。
ショウノウが仕掛けるインファイトをギリギリのところで躱す。コストイラの眼が見開かれる。ショウノウはコストイラよりも速い。コストイラは技術で拮抗していたが、いつまで持つかは分からない。
コストイラが隙を見て刀を抜く。ショウノウは腹をくの字に曲げて躱すと、次の行動に移られる前にバックステップで距離を取る。
ショウノウは左側を前にした半身の状態で構えを取る。踵が少し浮いているので足の速さを活かせる形にしているのだろう。足の速い相手には足で勝負しない。コストイラは堂々と刀を構えておく。
二人の状態はまるで西部劇のガンマンのように、先に動いたら負けな状況だ。両者ともにそれが分からないほど馬鹿ではない。
コストイラはその戦い方や言動とは裏腹に我慢強い。この構えの状態で3日は耐えられるだろう。
ショウノウは分かっていながら先に動いた。ここで先に動いたとしても負ける気がしなかったのだ。それに切り札となる奥の手だってまだ見せていない。
体に黒い炎を纏い、炎を繰り出す。コストイラは赤とオレンジの炎を纏い、刃の潰された刀を合わせる。髪が巻き上がり、両者の両目が合う。片や赤く赤く燃え上がる黄色い瞳、片や黒く黒く燃え上がる黒い瞳。
コストイラはアナウンスの言葉を思い出す。戦いを終わらせたのは青い瞳ではなかったか? そう考えた瞬間、ショウノウの眼がグリンと裏返った。黒い瞳の裏の青い瞳が明らかになる。
「お休み、坊や」
その言葉が聞こえた瞬間に、コストイラの意識が堕ちた。
「え?」
鍔迫り合いをしていたコストイラが急に膝から落ちた。あの様子、意識がない。何をされたのか第三者視点でさえ分からなかった。
「決まった!ショウノウの必殺コンボ! 夢見視だ! これはもう決まったか!?」
アレン達は夢見視というのが何か分からない。しかし、その正体不明の技をコストイラは受けた。今、アレン達にできるのは、ただ祈ることだけだった。
懐かしい感覚だった。
何もない暗闇にただ独りでポツンとそこにいる。
昔、何度かこの手の悪戯を受けたことがある。当時は不安で彼我の境すらもなくなりかけ、絶望寸前で泣きじゃくったものである。
「アイ―――」
懐かしくてその名を口にしようとして、足元の何かに当たった。声が止まり、足元の何かを拾う。
槍だ。凝った意匠のない、それでも誰のものか分かる。一番近くで見てきたからこそ分かる。これはアシドの槍だ。
「何でここにあるんだ?」
疑問をわざわざ口に出し、槍をくるくる回し、じっと見つめる。コストイラが疑問を口に出すのは大抵、自分の中に答えを用意できる材料がない時だ。
手にぬるりとした感触がある。
「ん?」
手元を見ると、粘性の高い液体だった。周りが暗闇のせいで、色がいまいち分からない。だが、嫌な予感がする。この予想が当たってほしくない。当たってほしくないと思いながら、答えを求めるように、真実に近づくように何かを探す。そして、その何かを見つけてしまう。
それは粘性の高い液体に沈むアシドの姿だった。
「あ?」
コストイラは拒絶するようにアシドに近づき、アシドに触れる。
止めてくれ、止めてくれよ。もう誰かがいなくなるのはこりごりなのだ。なぜここまで自分が危険の最前線に立っていたと思っているのだ。味方の犠牲をもう出したくないからだ。テシメもセルンもカーベラも、もういない。それに、身内であるあの二人も。
「おい、アシド? アシド!? 嘘だろ? 冗談だろ? なァ、おい、アシド!!」
いくら肩を掴み揺らしても、アシドはただ首をがくがくと動かすだけで反応が返ってこない。コストイラの腕がわなわなと震え、アシドの体が落ちる。
視界に残るコストイラの両腕には血がべっとりと付いている。
コストイラはそれ以上直視することができず、顔を上げる。そこには偶然とは思えないほど、仲間の姿が見えている。
両足を失い、コストイラの足元に沈むアシド。
裂傷だらけで、ナイフを辺りに散らばせて倒れるシキ。
四肢が捻じれ、真っ白になった髪を地面に撒いたエンドローゼ。
眼窩が伽藍堂になっており、両腕から骨を覗かせるアレン。
楯も大剣も砕かれ、体に裂傷がないところを見つけられないほどに刻まれたレイド。
そして、右腕を失い、装飾品の数々を砕かれたアストロ。
「あ」
コストイラの心が折れた。
エンドローゼが人の死に敏感であるとするならば、コストイラは味方の死に敏感である。一人だけでも心へのダメージが凄いというのに、一気に全員も。そんなこと、コストイラが耐えられるはずがない。口を閉じることを忘れ、目からは自然と涙が流れる。拭う力さえ出ない。膝から崩れ落ち、首を折る。
もう何も考えられなくなった頭を介さず、口が一人の身内の名を漏らす。
「アイケルス……」
その言葉は力なく、もしかしたらコストイラの耳にすら届かなかったかもしれない。
力なく開いた口から涎が垂れ落ち、自身の膝を汚す。そこでコストイラはアイケルスの言葉を思い出した。外部と隔離した世界に飛ばす理由は心を折るためだ。
そうだ。今、オレは奈落の闘技場で戦っていたじゃないか。ショウノウはオレの心を折りにきている。今、オレの手には刀がない。
コストイラは瞳にハイライトを戻し、炎を宿し、右腕に炎を纏う。炎で刀を形成して、最大火力で景色を薙ぐ。目の前にあった死体がすべて消えた。
「そうだよな、アイケルス。ここで落ち込むのはオレらしくない」
コストイラはニカリと笑う。すると、世界は崩壊していった。
会場ではブーイングが巻き起こっていた。火のチャンピオン、ショウノウが止めを刺そうとしないのだ。判定員が勝負ありを宣言しようとしたところ、ショウノウはそれを止めた。まだ終わっていない、と。
3分後、ブーイングが止まぬ中、コストイラの指が僅かに動いた。気付いたのは各々のチャンピオンと勇者一行だけだった。
ショウノウの青い瞳はいつの間にか黒に変わっている。夢見視の魔眼の効果はすでに消えている。コストイラは完全に目を覚ました。あの不敗のチャンピオン、アリスでさえその魔眼を食らったら勝機はないと言わしめた夢見視の魔眼から帰ってきた。
ショウノウは紅潮した頬を隠すように下を向き、潤んだ瞳をコストイラは静かに炎を纏っていた。
懐かしい夢を見た。
花畑には狐の面をした少女がいた。鬼の面を持った男がいた。鳥の面をした女が、虫の面をした男が、猿の面をした少女がいた。
他にも様々な面をした男女がいる中、コストイラとセルンは面を持ってなかった。その二人に近づく二人の面。片方、龍の面をした教祖様はセルンの、もう片方の狸の面をした母がコストイラの前に立つ。
「この面はシラスタ教の証。15になったら何かを彫ってあげるよ」
その時、コストイラとセルンはのっぺりとした飾り気のない、何も彫られていない面をもらった。
ショウノウは1枚の仮面を懐から取り出す。猿の面だ。会場内はなぜこのタイミングで、しかも猿の面なのか分からず、混乱している。それはアレン達も同様だ。
「猿の面?」
「何かの魔道具なのでしょうか?」
「そんな気はしないわ。ただ、あれは」
「あぁ、コストイラも似たようなものを持っていたはずだぜ」
アシドの声など聞こえていないはずなのに、タイミングよく仮面を取り出す。未だのっぺりとした面だ。
「ふふ。やっぱりコス君だ」
「オレはアンタの名も顔も知らないんだが、猿の姉ちゃん」
ショウノウが黒い炎を纏い、突進してくる。コストイラの顔にはもう焦りも動揺も迷いもない。ただ、ショウノウに合わせて刀を振るった。両者の立っていた場所が入れ替わる。コストイラがパチンと刀を収めた。
「あぁ、流石だよ、コス君。もう超えられちゃった」
猿の面に遮られ、くぐもったセリフが、しかし、コストイラの耳にはしっかりと残る。
「こっちだって、ここで会うとは思わなかったぜ猿の姉ちゃん」
コストイラの言葉は小声で、のっぺりとした仮面にも遮られ、仮面の外にすら漏れなかった。
「勝者は、コストイラ!」
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