メグルユメ
3.雷獣
こんなところで何をしたいのか、そんなことこっちが聞きたい。
男は再びトントンと肩を叩くと、側頭部に手を待っていき、そこそこの長さのある耳飾りに触れる。2本あるうちの上の方をくりくりと弄り、手を離すとバチッと電気が弾けた。
耳飾りと電気の関係性は分からないが、灯りのないこの地において、一瞬だけ現れる電気は、周りを把握するのに必要な灯りになっている。
ガキンと槍と槍がぶつかって火花が散る。アレンの眼にはいつ相手が動いたのか分からなかった。アレンの眼は暗視に向いていない。向いていないというより、一般人と同等レベルなので一筋の光がなければ、闇は晴れない。
アシドが対応できたのは類稀なる健脚があったからだ。一瞬動いたのが見えたのだ。もしそれがなければ反応できていなかっただろう。
それがなかったとしても反応できたのは1人。コストイラは完璧な暗闇の中でも刀を振るう。男は槍を軸に跳び上がり、刀を躱す。着地を同時にバチバチと紫電を撒き散らし、電撃を矢のように放つ。
「ウワッ!?」
「キャッ!?」
後衛2人を護るようにレイドが楯で雷を散らす。しかし、完全に守れたわけではなく、レイドはよろめいてしまう。男とて馬鹿ではないので、それがどんなことを意味しているのか分からないわけではない。
こいつら全員、オレの電撃を灯りの代わりにしているぞ。
それが分かった瞬間、男は電撃での攻撃を止めた。
男――ティアーズは天才だった。自国では負けたことがないという無類の強いを持つ男だ。この2つの事実は不変の真理であり、過去形にならないものだ。但し、天才の方を過去形にしているのは、ティアーズの精神的な問題だ。
ティアーズは井蛙だった。しかし、それも当然な活躍をしていたのだ。ティアーズの称号にふさわしい一騎当千の働きは、当時奈落にまで届いていた。それゆえにティアーズは奈落の闘技場に呼ばれたのだ。
それはもう凄い活躍をしていた。各地から集められた数多の猛者たちを次々と倒していった。
自分の強さが通用すると分かった時、調子に乗った。東方の言い方をすれば天狗に、西方の言い方をすればトゥリモンストゥルムになった。
しかし、ある日その長い鼻を折る者が現れた。奈落の絶対的チャンピオンのアリスだ。どのステータスもティアーズよりも劣るはずなのに、その差を圧倒的な技術力で覆された。その時初めて知ったのだ。上には上がいると。
ティアーズは天才だ。未だに天才だ。しかし、本人は天才ではなく凡人なのだと悟った。実際は天才を上回る超天才が現れただけなのだが、ティアーズには分からなかった。
だからこそ、ティアーズはグレた。闘技場正戦士の身でありながら、試合に出ようとせず、ただほっつき歩いた。外の試合をするようになり、荒れていった。しかし、荒ぶティアーズを救ってくれる者はいなかった。不貞腐れは加速した。
ティアーズが闘技場外で敵なしと言われる頃には、正戦士の称号は剥奪されていた。しかし、ティアーズはそれで構わないと思っていた。だって、重要なのは楽しく生きることなんだから。
そこでふと気付いた。自分の縄張りに入る者が分かるようになっており、暗闇の中でも見えるようになっていた。
暗闇に目が慣れるというが、それは真の暗闇ではないからだ。真の暗闇には光がないため、目が慣れるだけの光が確保できないのだ。
その真の暗闇に置いてけぼりにされたアレンは必死に耳を澄ますが、剣戟しか聞こえてこない。しかも剣戟は縦横無尽に聞こえており何の役にも立たない。
視覚を確保するには灯りが必要だ。相手が電撃を使わないと考えると、灯りを付けられる者はアストロとコストイラの2名だ。今この場にいないアストロを頼りにすることは出来ない。唯一頼りなコストイラは炎を使わない。以前闇が好きと言っていたことと何か関係しているのだろうか。
それにしても、どうしてこの真の暗闇の中で戦えているのだろうか。
ティアーズは焦っていた。暗闇の中で動けるのは自分一人だと思っていた。ティアーズの眼は特殊で、色は分からないが真の暗闇の中でも視覚が働く。
目の前にいる男が刀を振っているのは分かる。しかし、現実として信じられないのは、この男は目を瞑っていることだ。この男は視覚以外の五感で周辺を把握しているのか?
「ちっ、天才かよ」
思わず呟くと、答えが返ってきた。
「この程度で天才たぁな。随分と温室育ちだな。オレには同じ技は通じねェだけだぜ。オレやお前以上にスゲェ奴なんてゴロゴロといるもんだぜ」
「チッ!」
ティアーズは舌打ちだけ返すと、鋭い角度から槍を振るう。しかし、それ以上の鋭い一閃が繰り出される。コストイラはティアーズの槍の穂先を切り飛ばした。
次の瞬間、こめかみに衝撃が走る。シキ・アストロの乱入だ。と言いつつも、シキが手を離したことでアストロには何も見ることも感じることもできず、ただ微妙に腰を落として警戒することしかできない。
ドロップキックをしたシキは片手をついて回転して着地した。そこでシキが、タッと舌を鳴らした。瞬間的にコストイラもティアーズも察した。シキは超音波的な技術で位置を特定しているのだ。
ティアーズにもう武器がない。穂先をなくした槍をアレン達に向かって投げた。アレン達には何かが飛んでくるのは分かった。しかし、何がどこから・・・・、どうやって・・・・・飛んできているのかは分からなかった。
分かるシキとコストイラから遠く、下手に動けばティアーズからの攻撃をもらってしまう。アシドがおおよその位置を槍で振るう。しかし、空振り。レイドが楯を構えるが、穂先のない槍は通りすぎる。斬られたことで、鋭く尖った断面をもつ、本来よりも凶悪な槍がアレンの左耳に直撃する。アレンの体が浮き、仰向けに倒れた。最悪なことに、回復役のエンドローゼにはアレンのことが見えていない。回復ができない。
ティアーズは凶悪な笑みを浮かべると、足元から爆発的に暴力的な光量の電気を生み出し、勇者一行の眼を潰す。
ティアーズはシキの首を絞め折ろうと手を伸ばす。ティアーズの胸から刀が生えた。
「あ?」
未だに目を閉ざしているコストイラがティアーズの胸を貫いたのだ。目をやられ、強く閉ざしているシキが跳び、太腿でティアーズの顔を挟むと、相手の前傾姿勢と自身の体重を利用して両手をつき、巴投げのように投げ、地面に叩きつける。コストイラがティアーズの上に飛び乗ると、刺さったままの刀が鍔まで入り込む。
「ハッ。……また弱者が現れたよ。オレよりも強い弱者が。その刃を闘技場で試してみると良い。どうせ、一瞬で粉砕されるだろうがな」
「……あぁ、闘技場ごと粉砕してやるよ」
ティアーズは満足そうに息を引き取った。
「お前、よく火を着けられるな」
呆れたような口調で、コストイラは爪に火を点すアストロに話しかける。
「そりゃあそうよ。緊急事態ですもの」
「よくってどういうこった?」
意味が分かっていないアシドが尋ねてくると、コストイラは溜息を吐く。
「人の死体はガスが出るんだ。もしかしたら引火して爆発するかもしれないんだよ」
アシドは素早い動きで死体の山を見て、顔を青くする。
「だからお前も炎を使わなかったの?」
「炎使いには常識だからな。ところで」
コストイラとシキがアレンとエンドローゼを見る。エンドローゼはシクシクと泣いており、アレンはその背を擦っている。
「大丈夫そうではねェな」
「……」
泣きじゃくるエンドローゼの代わりに火を灯しているアストロが首を横に振って答える。駄目のようだ。
「間に合わなかったみたいよ。失ってから時間が経ちすぎたらしいわ」
「アレンはどれくらい耳を失ったんだ?」
「……7割ね。形も戻んなくって、歪なまま。まさしく傷だらけね」
少し離れた位置にいる2人は泣きじゃくるエンドローゼと、傷だらけでぎこちなく右手を動かすアレンを見る。
こんな調子でアレンの体は持つのだろうか。
シキは悲しそうな顔で2人を見つめた。
男は再びトントンと肩を叩くと、側頭部に手を待っていき、そこそこの長さのある耳飾りに触れる。2本あるうちの上の方をくりくりと弄り、手を離すとバチッと電気が弾けた。
耳飾りと電気の関係性は分からないが、灯りのないこの地において、一瞬だけ現れる電気は、周りを把握するのに必要な灯りになっている。
ガキンと槍と槍がぶつかって火花が散る。アレンの眼にはいつ相手が動いたのか分からなかった。アレンの眼は暗視に向いていない。向いていないというより、一般人と同等レベルなので一筋の光がなければ、闇は晴れない。
アシドが対応できたのは類稀なる健脚があったからだ。一瞬動いたのが見えたのだ。もしそれがなければ反応できていなかっただろう。
それがなかったとしても反応できたのは1人。コストイラは完璧な暗闇の中でも刀を振るう。男は槍を軸に跳び上がり、刀を躱す。着地を同時にバチバチと紫電を撒き散らし、電撃を矢のように放つ。
「ウワッ!?」
「キャッ!?」
後衛2人を護るようにレイドが楯で雷を散らす。しかし、完全に守れたわけではなく、レイドはよろめいてしまう。男とて馬鹿ではないので、それがどんなことを意味しているのか分からないわけではない。
こいつら全員、オレの電撃を灯りの代わりにしているぞ。
それが分かった瞬間、男は電撃での攻撃を止めた。
男――ティアーズは天才だった。自国では負けたことがないという無類の強いを持つ男だ。この2つの事実は不変の真理であり、過去形にならないものだ。但し、天才の方を過去形にしているのは、ティアーズの精神的な問題だ。
ティアーズは井蛙だった。しかし、それも当然な活躍をしていたのだ。ティアーズの称号にふさわしい一騎当千の働きは、当時奈落にまで届いていた。それゆえにティアーズは奈落の闘技場に呼ばれたのだ。
それはもう凄い活躍をしていた。各地から集められた数多の猛者たちを次々と倒していった。
自分の強さが通用すると分かった時、調子に乗った。東方の言い方をすれば天狗に、西方の言い方をすればトゥリモンストゥルムになった。
しかし、ある日その長い鼻を折る者が現れた。奈落の絶対的チャンピオンのアリスだ。どのステータスもティアーズよりも劣るはずなのに、その差を圧倒的な技術力で覆された。その時初めて知ったのだ。上には上がいると。
ティアーズは天才だ。未だに天才だ。しかし、本人は天才ではなく凡人なのだと悟った。実際は天才を上回る超天才が現れただけなのだが、ティアーズには分からなかった。
だからこそ、ティアーズはグレた。闘技場正戦士の身でありながら、試合に出ようとせず、ただほっつき歩いた。外の試合をするようになり、荒れていった。しかし、荒ぶティアーズを救ってくれる者はいなかった。不貞腐れは加速した。
ティアーズが闘技場外で敵なしと言われる頃には、正戦士の称号は剥奪されていた。しかし、ティアーズはそれで構わないと思っていた。だって、重要なのは楽しく生きることなんだから。
そこでふと気付いた。自分の縄張りに入る者が分かるようになっており、暗闇の中でも見えるようになっていた。
暗闇に目が慣れるというが、それは真の暗闇ではないからだ。真の暗闇には光がないため、目が慣れるだけの光が確保できないのだ。
その真の暗闇に置いてけぼりにされたアレンは必死に耳を澄ますが、剣戟しか聞こえてこない。しかも剣戟は縦横無尽に聞こえており何の役にも立たない。
視覚を確保するには灯りが必要だ。相手が電撃を使わないと考えると、灯りを付けられる者はアストロとコストイラの2名だ。今この場にいないアストロを頼りにすることは出来ない。唯一頼りなコストイラは炎を使わない。以前闇が好きと言っていたことと何か関係しているのだろうか。
それにしても、どうしてこの真の暗闇の中で戦えているのだろうか。
ティアーズは焦っていた。暗闇の中で動けるのは自分一人だと思っていた。ティアーズの眼は特殊で、色は分からないが真の暗闇の中でも視覚が働く。
目の前にいる男が刀を振っているのは分かる。しかし、現実として信じられないのは、この男は目を瞑っていることだ。この男は視覚以外の五感で周辺を把握しているのか?
「ちっ、天才かよ」
思わず呟くと、答えが返ってきた。
「この程度で天才たぁな。随分と温室育ちだな。オレには同じ技は通じねェだけだぜ。オレやお前以上にスゲェ奴なんてゴロゴロといるもんだぜ」
「チッ!」
ティアーズは舌打ちだけ返すと、鋭い角度から槍を振るう。しかし、それ以上の鋭い一閃が繰り出される。コストイラはティアーズの槍の穂先を切り飛ばした。
次の瞬間、こめかみに衝撃が走る。シキ・アストロの乱入だ。と言いつつも、シキが手を離したことでアストロには何も見ることも感じることもできず、ただ微妙に腰を落として警戒することしかできない。
ドロップキックをしたシキは片手をついて回転して着地した。そこでシキが、タッと舌を鳴らした。瞬間的にコストイラもティアーズも察した。シキは超音波的な技術で位置を特定しているのだ。
ティアーズにもう武器がない。穂先をなくした槍をアレン達に向かって投げた。アレン達には何かが飛んでくるのは分かった。しかし、何がどこから・・・・、どうやって・・・・・飛んできているのかは分からなかった。
分かるシキとコストイラから遠く、下手に動けばティアーズからの攻撃をもらってしまう。アシドがおおよその位置を槍で振るう。しかし、空振り。レイドが楯を構えるが、穂先のない槍は通りすぎる。斬られたことで、鋭く尖った断面をもつ、本来よりも凶悪な槍がアレンの左耳に直撃する。アレンの体が浮き、仰向けに倒れた。最悪なことに、回復役のエンドローゼにはアレンのことが見えていない。回復ができない。
ティアーズは凶悪な笑みを浮かべると、足元から爆発的に暴力的な光量の電気を生み出し、勇者一行の眼を潰す。
ティアーズはシキの首を絞め折ろうと手を伸ばす。ティアーズの胸から刀が生えた。
「あ?」
未だに目を閉ざしているコストイラがティアーズの胸を貫いたのだ。目をやられ、強く閉ざしているシキが跳び、太腿でティアーズの顔を挟むと、相手の前傾姿勢と自身の体重を利用して両手をつき、巴投げのように投げ、地面に叩きつける。コストイラがティアーズの上に飛び乗ると、刺さったままの刀が鍔まで入り込む。
「ハッ。……また弱者が現れたよ。オレよりも強い弱者が。その刃を闘技場で試してみると良い。どうせ、一瞬で粉砕されるだろうがな」
「……あぁ、闘技場ごと粉砕してやるよ」
ティアーズは満足そうに息を引き取った。
「お前、よく火を着けられるな」
呆れたような口調で、コストイラは爪に火を点すアストロに話しかける。
「そりゃあそうよ。緊急事態ですもの」
「よくってどういうこった?」
意味が分かっていないアシドが尋ねてくると、コストイラは溜息を吐く。
「人の死体はガスが出るんだ。もしかしたら引火して爆発するかもしれないんだよ」
アシドは素早い動きで死体の山を見て、顔を青くする。
「だからお前も炎を使わなかったの?」
「炎使いには常識だからな。ところで」
コストイラとシキがアレンとエンドローゼを見る。エンドローゼはシクシクと泣いており、アレンはその背を擦っている。
「大丈夫そうではねェな」
「……」
泣きじゃくるエンドローゼの代わりに火を灯しているアストロが首を横に振って答える。駄目のようだ。
「間に合わなかったみたいよ。失ってから時間が経ちすぎたらしいわ」
「アレンはどれくらい耳を失ったんだ?」
「……7割ね。形も戻んなくって、歪なまま。まさしく傷だらけね」
少し離れた位置にいる2人は泣きじゃくるエンドローゼと、傷だらけでぎこちなく右手を動かすアレンを見る。
こんな調子でアレンの体は持つのだろうか。
シキは悲しそうな顔で2人を見つめた。
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