メグルユメ

トラフィックライトレイディ

11.北方をも呑み込む大渦

 冥界にも霧が出るようで、今アレン達は朝早くの霧立ち込める中で集合していた。皆朝早いことに慣れており、欠伸一つしていない。対して自衛隊達は眠そうにしている。ホキトタシタは流石自衛隊隊長と言えるくらいには完璧な身だしなみをしているが、ぺデストリとアンデッキは寝癖がついていたり、鞘に収まった剣を佩かずに手に持っていたりと急いで準備したことが窺えた。

「ザンバイに厳しい特訓を確約させたから、それで許してくれ」

 別に遅刻したわけではないので怒っているわけではない。罰と言われてもピンときていないままに、頷いておく。張本人であるアンデッキは遠い目をしていた。
 アレン達が向かっているのは冥界の西側だ。しかし、今から行くのは北側らしい。冥界には高い山や深い谷はあまり存在していないが、今から向かう東方から西方への境に極端なものが存在しているのだとか。アコモス山とドウェハ山とスマンという谷だ。そこは冥界内でも自衛隊隊長のホキトタシタか冥界の主シュルメしか通れないとされている。高すぎる深すぎるもそうなのだが、入るためには特別なパスが発行されないといけないようで、前述の2人以外には発行されたケースが今のところ2件らしい。

「何かあんのか」
「さぁてなんでしょうね」

 はぐらかされてしまった。何かを隠したいのだろうが、これ以上言及するのは危険だ。もしかしたら、今は友好的は自衛隊を敵に回してしまうかもしれない。

「行こう」

 ホキトタシタは荷物を担ぎ歩きだす。後を追うように全員が荷物を持ち足早に合流する。ホキトタシタは少し先の丘で立ち尽くしていた。

「おいおいおい。聞いてないぞ。大渦はここまで来ていたのか」

 ホキトタシタは本気で驚いたようで呆然としている。ポツと呟くホキトタシタは少し精神が大人だと思えていたが、この呟きの瞬間だけは同じ人間なのだと思えた。

 ホキトタシタの呟いた通り、北方へと続く道が水に沈んでいた。エンドローゼは不安を軽減させるように、アストロの腕に抱き着く。

「どう進んでいくんだ?」
「何とかしよう。その前に話さなきゃいけないことがあるな。出発は明日にして、今は滞在しよう」
「話を聞いて、午後に出発じゃ駄目なのか?」
「準備を急いじゃいかんだろ。アンデッキ、ちょっとお遣いを頼まれてくれ」

 ホキトタシタは羊皮紙ではなく紙に何か書くと、アンデッキに渡す。アンデッキは場所を確認すると、すぐに走り出す。

「小屋に入ろう」

 ホキトタシタの顔に影が落ち、石戸を開けて中に入った。

「まず現状、我々冥界が抱えている課題を教えねばなるまいな」

 ホキトタシタは椅子に座るように促し、自分も座る。

「課題?」
「そうだ。君達も目にしただろうが、今回話す内容は水没のことだ」
「実は原因が分かっているのか?」
「八岐大蛇だ。我々が倒した個体だと信じたいがね。まさか北方にまで侵食していたとはな」
「水は引くのか?」
「総動員だよ。今だけは無意味に働く幽霊達がありがたいよ」

 溜息を吐き、頭を抱えるホキトタシタは窓の外を窺う。アシドは隊長を見下ろしながら腰に手を当てる。

「で、結局、移動手段は何なんだ?」
「船を用意する」

 船と聞き、シキとエンドローゼの眼が泳ぐ。さては舟が苦手か?

「船と言っても小舟で、自分で漕ぐタイプの奴だ」

 ならいけるか? シキとエンドローゼを見るが、エンドローゼは細かく、プルプルと首を振っている。シキは目を閉じ、俯いている。もしかしたらこっちも駄目なのだろうか。






 出発の予定を一日ずらし、小舟を用意してもらった。小舟は3,4人乗るのが、やっとな大きさだ。自衛隊3人は1組で乗ってもらうことになった。自然と幼馴染三人が固まり、レイド、シキ、アレンが集めっていた。エンドローゼはレイドとシキ、アストロの間で視線を行ったり来たりさせている。

 流石のレイドでもお荷物を3人も抱えるのは厳しいのではないだろうか。そんなことを考えていると、エンドローゼの腕をアストロが引いた。そのまま流されるままのエンドローゼはアストロの股の間に座らせられた。
 何が起こっているのか分からないエンドローゼは顔いっぱいに疑問を浮かべた後、表情は一変して不機嫌になった。分かりやすく表情が変わるが何があったのだろう。

「わ、わざとですか?」
「? 何が?」
「むぅ。せ、せ、背中に」
「背中に?」
「むぅう」
「早よ行くぜ」

 茶番を展開するアストロを叱責するようにホキトタシタが進行の合図を出す。

 アレンは少し心地悪そうに身を揺らす。原因は座り心地の悪い硬い船もそうなのだが、一番をあげるなら隣にいるシキだろう。シキはアレンの左腕の袖が引きちぎれそうなほど掴んでいる。本来なら好きな人との腕組など憧れの何ものでもないのだが、今は痛すぎて気にしてられない。
 シキは温泉にも入っているし、八岐大蛇との戦いの時には水の中を走っていたし、水自体が苦手とは思えない。

「船の揺れが苦手なんですか?」

 シキの耳元で質問をすると、バッとこちらを向き、迫真の顔で縦に首を振りまくる。ここまで分かりやすいシキを見たのは初めてだ。
 船が進み途中、兵を乗り上げたり、小型の魔物を倒したりとしていた。そのたびにシキは積極的に参加した。船の揺れを忘れるように。

 船で進み始めて2時間ほどが経った頃、明らかに敵対してはいけなさそうな魔物を発見する。最初に見つけたのはホキトタシタであり、直後にコストイラも発見した。
 それは宝箱だった。水に沈んだ土地の上に宝箱があった。宝箱は外に置かれることはない。置いてあっても不審に思い、誰も開けないのだ。しかし、実際に今ここにおいてある。十中八九魔物だろう。

 ホキトタシタが手で合図を送ってくる。音を出さずにこの場から離れたいようだ。レイクミミックは戦いづらい相手である。レベル自体は高くとも能力が低いことが多い。なぜそうなるのかと言えば戦う場所にある。足場がないのだ。自分達は陸上、敵は水中。戦いづらく、時間がかかってしまう。ホキトタシタも勝てはするが、戦いたくない相手であると評価している。

 オールを水から上げないようにしながらゆっくりと進む。シキの掴んでいる手が緩んだ。この速度なら平気なのか。少し名残惜しいが、彼女は自由な方がらしい気がする。エンドローゼはぐったりしている。自分の回復魔法でもどうにもならない。意識は半分以上なかったのだろう。虚ろな目のエンドローゼはアストロに寄りかかる。そして、左腕がだらんと垂れた。垂れた腕が水に触れた。
 皆の行動は早かった。アストロはがっしりとエンドローゼに抱き着き、そのアストロのことをコストイラが抱えて跳ぶ。アシドはオーラを手放す暇すらなくジャンプした。跳んだ後1秒経つ頃には小舟は粉々に砕けた。水面から船を貫くように水が出ていた。

 硬質化していた水が解かれ、雨として降ってくる。雨に身を濡らしながら、動かずに気付かれないように過ぎるのを待つ。しかし、シキは気付いてしまう。レイクミミックにとってこの雨はエコーロケーションのような役割をしている。今この瞬間、居場所がばれたのではないか? シキはレイドの袖を引っ張り注意を向かせると、アレンを抱えて船を跳ぶ。レイドがシキの行動の意図を察して船から飛んだその直後、船を水が貫いた。

 同じ時、ホキトタシタは勘で捕捉されたことを感じ取った。ぺデストリとアンデッキの襟を掴み投げ飛ばし、自身も跳ぶ。
 それぞれのチームが別々の小島に着地する。コストイラ達は宝箱のある小島に着地していた。グラリと揺れる。

「地震?」
「いや、足元が動いている」

 急上昇してくる足元に手をつき耐えようとする。アレンは宝箱に向けて矢を射る。矢は宝箱の直前でコースを変え、コストイラの手の中に吸い込まれていく。左腕にアストロを抱えたまま矢を掴み取り、レイクミミックの皮膚に突き刺す。アシドも槍を突き入れ、落ちないようにする。
 レイクミミックは表面にへばりつく異物を落とすように自らジャンプし、体を水面に叩きつける。矢が折れてしまい、コストイラ達は水中に取り残される。急いで小島に上がり、標的から外れる。コストイラは雑にエンドローゼを抱えたアストロを投げ出し、自身は血管が破裂しそうな体を横たえる。

 アストロも呼吸が浅くなっているが、体が痛すぎて動かないようだ。エンドローゼは痛む体を押し切ってよろよろと立ち上がりコストイラとアストロの回復を優先させる。自分のことを後回しにするエンドローゼにアストロが怒りをぶつけているが、エンドローゼには効いていないようだ。
 そういえばアシドがいない。見ると、今もレイクミミックに引っ付いていた。レイクミミックは止まることなく北方の方へ泳いでいった。

「ヤベェ! 追うぞ!」

 コストイラがアストロを担ぎ走り始める。

「後で説教ね」
「えへへ」

 怒れるアストロに対し、エンドローゼは照れ笑いで返した。






 少し賑やかになってきた。グレイソレアは体を隠すようなローブを羽織り、顔を隠すようにフードを被る。小さめの籠を持ち、変装しておく。完璧だ。

 人の多くいるところに来るのは久し振りだ。その人達は何やら慌ただしく動いている。何かあったのだろうか。
 街で一番情報を持っているのは、町長かギルド長だろう。町長は滅多に会えないと判断してギルドに向かおうとして呼び止められた。

「そこのお嬢さん。どうかされたのかな。迷子?」

 幼い子供と勘違いされたようだが、それはそれで今は都合がいい。何も知らなくても子供だからで許してもらえそうだ。

『この街に用がありまして、迷子ではないです。すごく忙しなく動いていますが、何かあったんですか?』
「あぁ、僕は関係ないんだけどさ。近くで魔物が出ているんだって。その魔物を倒すための人達がここに集まっているらしいんだよね」

 青年が森を見ながら答えてくれる。青年に気付かれないように魔眼を発動させ、森を見つめる。あの見た目はガルムかな? 成長度合いから見て、この討伐隊は負けるだろうな。

「ん? 魔力が集約している? 君、何かしたかい」

 ドキリとした。この青年は魔力視を持っているわけではない。しかし、問われた。この青年は相当の実力者だ。

『私は魔力を使うと遠くにいる魔物が分かるのです。これで、向こうに気付かれる前に逃げるのでここまで一人で来ることができました』
「ふぅん。魔物は見えたのかな?」
『ううん』

 グレイソレアはわざと子供っぽく首を振る。にこやかな顔で高さを合わせてくる。

「そっか。残念。まぁ、見えてもあの人達の中には参加させてあげられないけどね。じゃあ、僕はもう行こうかな」
『どこに行くのですか?』
「さぁ、どこだろうね。僕は光に導かれるままに歩いてるから。僕には分からないけどね」

 この青年も光。マーエン教なのだろう。先に出会った単眼の男と同じだ。グレイソレアのポケットには片目分の結晶がある。片目分しかないがあげてしまおうか。

『お兄さん、お兄さん』
「ん? どうしたんだい?」
『お守りあげる』

 青年は目を見開き、すぐににこりと笑う。

「おぉ、ありがとう。何をくれるのかな?」
『ん』

 一つの金の結晶を取り出して見せつける。

「これは?」
『結晶。これをね、目に当てるの。開いたままだよ』
「ふぅん」

 青年は結晶を摘まむと、素直に目に当てようとする。その瞬間、青年の反応速度を超える動きで手を動かし、結晶を押し込む。
 結晶が眼窩半ばまで突き刺さる。

「がぁぁッ!!?」

 青年は結晶を抜こうとするが、ツルツルと滑り、抜き取ることができない。何もしていないのにズブズブと中に入ってくる。痛みに蹲っていると警邏が寄ってくる。その頃には結晶はすべて目の中に収まっており、現物はなくなっていた。

「どうかしましたか?」
「あの女を捕まえろ!」
「女?」
「あのメスガキだ!」

 顔を振り上げた群衆の中には、その少女がいなかった。しかし、人が二重に見えている。視界が気持ち悪い。青年は胃の中のものを吐き出してしまう。

「誰か、救護班を呼んでくれ」

 あのメスガキはいったい何をしたのか問い詰めたくなる。しかし、光を解放してからでも遅くはない。
 未来視を手に入れたヴェスタは目を慣らすために街に留まることにした。

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