悪役令嬢探偵、婚約破棄殺人事件

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婚約破棄殺人事件

―ファザーン王国王宮(18時)―
 
 外では、2時間以上前から雨が降り続けている。こんな日にはちょうどいいのかもしれない。
 何がちょうどいいのかといえば、今起きていることが、だ。
 貴族階級のパーティーの席で、金髪の髪を揺らしながらクリス王太子は突然宣言した。


「ミリア。残念だが、お前との婚約を破棄する」


 突然の婚約破棄を宣言されたミリア伯爵令嬢は、王太子をじっくりみつめた。やはりこうなってしまったか。私はどこで間違えたのだろう。彼女は自暴自棄になりつつあった。


 ここは前世でやっていたゲーム世界。彼女はその中の俗にいう悪役令嬢に転生してしまった25歳の女だった。前世知識で、何とか破滅を乗り越えようと頑張った。友達には優しくしたし、後輩たちからも慕われる淑女になった。でも、歴史の修正力のような力は、ミリアをどうしても破滅させたいらしい。


 頑張れば頑張るほど、ゲーム世界にはなかったイベントが発生して、ゲームのメインヒロインと王子の中は深まっていった。逆に、ミリアと王子の溝は広がっていってしまったのだ。


「ミリア、お前は国外追放の刑に処……」


 ミリアの破滅を宣言しようとした瞬間……


「大変でございます」


 大慌てで、近衛兵がパーティーホールにやってきた。


「どうした、さわがしいぞ」
 王子はイラつきながら近衛兵を注意する。


「申し訳ございません。しかし、一大事なのです。さきほど、アン子爵令嬢のご遺体が発見されました!!」


「なんだと!!」


 ゲームのメインヒロインで、王子の浮気相手のアン子爵令嬢は、王宮の中庭で無残な姿で発見された。その時、すでに雨はやんでいた。


 突然降り出した雨によって遺体はずぶ濡れになっていた。彼女の美しいはずのピンクの髪も血と泥によって汚れている。すでに血は乾燥していた。


 直接的な死因は、頭を鈍器のようなもので強く殴られてことによる脳挫傷だろうとミリアは冷静に分析した。油断していたところを一撃でやられてしまい自分が死んだことにも気が付かなかったかもしれない。


 凶器は見つけることができなかった。犯人が持ち去ったのかもしれない。さらに、突然降り出した雨によって犯人の足跡は消滅していた。


「かなりめんどくさいことになったわ」と彼女はため息をついた。なぜなら、殺された女は、王太子の意中の人。ミリアの恋敵。すでに、婚約破棄寸前だったことも考えると、ミリアが一番の容疑者だ。浮気相手に激高して、恨みを晴らした。わかりやすく、だれもが納得できる物語もできている。


 王子は浮気相手の遺体に泣きついている。
 そして、突然立ち上がるとミリアの肩をもって揺さぶり始めた。


「なんでだ、なんで彼女を殺した。婚約破棄される事への恨みからか。この野郎。殺してやる。俺の氷魔法でお前を切り刻んでやるっ!」
 王子は数少ない氷魔力の使い手だった。この世界には氷・雷・風・火・命・闇に分類される魔力が存在している。たとえば、ミリアは命の魔力の使い手で回復魔力が得意だ。ただし、それとは正反対の属性である闇の魔力は不得意である。


「お言葉ですが、殿下、私は彼女を殺していません」


「何を言っている。殺人鬼は皆そういうのだ」


「物理的に不可能なのですよ。私が彼女を殺すのは……」


「何をつべこべ言っている」


「わかりませんか? 彼女が殺されたのは雨が降る前です。つまり、2時間以上前ですよね」


「だから、どうしたっ!」


「私はパーティーの準備のために、その時間はお付きのマリアと一緒にドレスやお化粧の準備をしておりました。また、さきほどの婚約破棄宣言でうやむやになりましたが、今回は私たちの卒業パーティーの意味合いもこめられていたではないですか。ですから、その準備の前は宰相閣下と一緒にスピーチ原稿を添削していただいておりました。その時間も含めれば、私は6時間以上アリバイがあります」


「なぜ、アンが死んだのは雨が降る前だとわかるんだ!! それこそお前が犯人だという証拠だ」


「わかりますよ。少し彼女の周囲を見てもらえればですが……」


「なんだと!!」


「例えば、アン様の遺体の下の地面は、雨が直接降ったにしては状態が良すぎます。ほかの場所はもっとぬかるんでいるのに、彼女の周りだけはそうではない。それに、雨が降っている間に殺されたのであれば、髪に付着している血痕はもっと少なくてもよいはずです。洗い流されてしまいますから。ですが、彼女の髪の毛は血がへばりついている。これは、彼女が殺されてここに放置されて、しばらくたった後に、雨が降ってきたことを意味します」


「ぐぬ……」


 王子は残念そうに、手を離した。


「わかっていただけましたか」


「だが、お前が直接手を下したのではなくて、別の者に依頼したのであれば、可能ではないか。お前の父ならそれくらい簡単であろう」
 そこは否定できない。だが、その可能性は低いと彼女は考えていた。
 


「ゲームではこんなイベントはなかった。まさか、《《死んでからこっちの世界でも探偵になるとは思わなかったわ》》」と彼女は苦笑いをする。


 ※


 遺体発見から1時間が経過した。
 パーティー参加者たちは、会場にとどめ置かれていた。
 結局、国外追放の件は進展がない。そもそも、王太子に司法権はないので、追放を宣言すること自体に無理があったのかもしれない。


 近衛兵たちによって捜査が継続されている。ミリアは知り合いの近衛兵から話を聞いているが、やはり犯人はまだわからないようだ。ただ、容疑者としては1人の男が捜査線上に浮かんでいる。


 それは、王太子の異母弟・ルッツ第二王子だ。
 ルッツ王子は、王太子がアンと知り合う前から彼女と親しかったらしい。たしかに、ゲーム世界においても彼は攻略対象だった。
 だが、アンは王太子と出会うとすぐに、ルッツを切り捨てて、王太子に切り替えたようだ。


 それからルッツは、アンに固執して少しストーカー気味になっていたようだ。
 さらに、パーティーの途中でルッツが抜け出していたこともわかっている。ズボンの袖は泥に汚れていた。さらに、王宮のメイド長が窓から中庭を走って逃げているかのようなルッツ王子の姿を目撃されていた。


 完全に一番怪しい容疑者だ。近衛兵たちもそう思い彼を取り調べしているらしい。


「とんでもないことになりましたねぇ」
 ミリアのわきにいた同級生で親友のグレースは震えながら言った。彼女は、かなり大人しい女性だった。ミリアとは仲がいいが、ほかのグループの人とはめったに話しているところを見たことはない。


「そうね。グレースさんは、アン様のことをどう考えていたの?」


「ちょっと苦手でした。実は、こんなことになる前に言っておけばよかったんですけど。ミリアさまが傷つくかなぁって言えなかったことがあるんです」


「言えなかったこと?」


「はい。実は私はこっそり聞いちゃって。アン様は、王太子殿下にことあるごとにあなたにいじめられたって吹き込んでいたみたいで。でも、それがおかしいんですよ。話を聞いていたら、私とミリアさまがお茶をしたり、ショッピングをしていた時間にも、嫌がらせをしたなんてでまかせを教えていたみたいで……」


「そうなの……」


 どうやら本物のメインヒロインは、ゲーム上の健気でかわいらしい感じではなくて、かなりの悪女みたいね。


「それで、2日前なんですが、私言ったんですよ。殿下に勇気をだして。ミリアさまは、そんなことをしない。アンさまはあなたに噓を吹き込んでいる。ミリアさまが嫌がらせをしたという時刻には、私と遊んでいたというアリバイがあるって……でも、王子さまは半信半疑で――今回のパーティーの場で婚約破棄宣言したから、私のお話は信じられなかったみたいですね。お力になれなくて申し訳ございません」


「そんなことはないわ。私のために勇気を出してくれたんでしょ。それだけで十分幸せよ。ありがとう、グレースさん」


「うう、でも、あんな女、死んだほうがよかったのかもしれませんよね。二人の殿下をたぶらかして、略奪婚を狙っていたんですから」


 自分のために憤ってくれている友達を見て、元気をもらえた。この事件を解決できれば、ここで楽しく生きていくこともできるかもしれない。


 ※


 そして、ミリアはマリアと合流した。彼女は小さいころからずっとミリアに仕えてくれている5歳年上のメイドだ。もともとは、下級貴族だったが家が没落したため伯爵家に拾われた経緯がある。主従関係はあるものの、作法や勉強は彼女から教わっていたため、ミリアにとっては姉のような存在だ。


「お疲れさまでした、お嬢様。許される事なら、あの殿下のことを何度か殴ってやりたかったです」


「大丈夫よ、マリア。とりあえず、追放の件はなくなったようだから」


「実は、お嬢様に伝えていなかったことがあるのです」


「伝えていなかったこと?」


「はい、実は私の実家はアン子爵令嬢の実家にだまされて没落させられたんです」


「どういうこと!?」


 彼女が語るには、子爵家が王族に対して特別な取り計らいをしてやると言って金品を集めて、持ち逃げしていたようだ。それで多くの下級貴族たちが生活基盤を失い没落した。あの子爵家には恨みを持っている人がたくさんいる。国王陛下も警戒しているらしいとのことだった。


「そう、話してくれてありがとう。調べれば調べるほど、悪いうわさが出てくるわね」
 これで少しずつ被害者のことはわかってきた。私はできる限りゲームのフラグが立たないように離れていたから、こんな話は知らなかったわ。


「ゲームではあんなに健気だったのに。もしかすると、私が転生したことで世界線が変わってしまったのかもしれない。歴史の修正力かも。悪役令嬢の役割が彼女に移ったのではないか」と彼女は考えてしまった。


 最後に向けて彼女は、椅子に座り込み頭に叩き込んだ情報をまとめる。両手を合わせて、虚空を見つめて、ぶつぶつとつぶやいていく。それが彼女の前世からの癖だった。


 消えた凶器。雨とともに消えた犯人の痕跡。逃げていくところを目撃されたルッツ王子。嘘をついていた被害者と彼女にまつわる黒いうわさ。パーティーの準備時間中に起きた凶行。


「窮地を脱出するには、気力があるのみね」
 彼女は最も尊敬する名探偵の言葉を引用しそう決心すると、マリアに関係者を集めてもらうように依頼した。
 すべてを終わらせるために……


 ※


「犯人が分かったとは本当ですか、ミリア伯爵令嬢?」
 騎士団長は、驚いた声をあげていた。


「ええ、もちろん。わかってしまえば、簡単な事件でした」


「何を言っているんだ。犯人は、振られたことに逆上したルッツか、お前だろう!! 何を言っているんだ」
 王太子は叫ぶ。


「違うんだ、兄上。たしかに、俺はアンの遺体を発見したが、怖くて逃げただけなんだ。俺が怪しまれるのは明白だったし。でも、殺してなんかいない。本当だ。みんな信じてくれ!!」


 しかし、パーティー参加者は彼の言葉を信用していなかった。実際、多くの者がルッツ王子がしつこくアンに言い寄っていたところを目撃している。


「なんでみんな信じてくれないんだ」


「早く白状した方がいいぞ、ルッツ。凶器はいったいどこに隠した!!」
 クリス王太子は、異母弟の胸倉を持って揺らした。


「なんで……」
 絶望したルッツはうなだれる。


「クリス殿下、残念ながらルッツ殿下は犯人ではありません。犯人には絶対になりえないのです」


「なんだと!?」


「ルッツ殿下の服は汚れていません。犯人は被害者の頭を鈍器で打ったのです。返り血が服についているのが普通です。しかし、殿下の服は泥に汚れているくらいでそのような痕跡はありません」


「その泥の汚れで現場に行ったのは確かだろう。上着などは着替えればいい。ルッツが犯人ではない証拠にはならない!」


「いえ、違います。ルッツ殿下が犯人であれば、ズボンのすそが泥で汚れるのもおかしいのです。なぜなら、アン子爵令嬢は雨が降る前に襲われたのです。しかし、ルッツ殿下のズボンには激しく泥が付着している。つまり、雨が降った後のぬかるんだ中庭に行かなければ、そうはなりませんよ。それにルッツ殿下のお召し物は、パーティー前後で変わってはいないとみんなが証言しています」


 クリス王子は激高しながらミリアに詰め寄った。


「ならば、誰だ。誰が殺したんだ!」


 その力が強まった手を彼女は簡単にあしらった。


「《《もう、お芝居はやめてください、殿下》》」


「はぁ?」


「もう、わかっているのですよ。アン子爵令嬢を殺した真犯人は、クリス王太子殿下、あなたです」
 
「何を言っている。なぜ、私が犯人なのだ! さては、お前は逃げようとしているな。俺に罪をなすりつけて逃げようとしている。この不敬者が!!」


「では、追って私の推理をお教えしましょう。犯人は、正午過ぎにアン様を中庭に呼び寄せた。おそらく、今後のことを相談したいといえば、簡単に来てくれたでしょう。今後のこととはつまり、私と婚約破棄した後、新しい国母としてアン様を選びたいと言っていることに等しいですから。そもそも、つきまとって警戒されているルッツ殿下では呼び寄せることも難しいのです」


「だが、それならお前でも可能なはずだ。王太子妃の地位は、アンに譲りたいから最後に話をしたいといえばいい。お前はそこにいなくても、雇った刺客をまちぶせさせればいいんだ。暗殺なんて簡単だろう!!」


「なるほど。たしかに、それもあり得ます。では、それも含めて、次の行動を推理していきましょう。アン様を呼び寄せた犯人は、世間話をしつつ彼女の背後に回り込んだ。そして、用意した鈍器で彼女の頭を……」


 マリアを被害者に見たてて、私は背後に回り込み襲い掛かるジェスチャーをする。


「それも矛盾している。そもそも人を殺せるほどの鈍器など持っていれば間違いなく警戒される。そんな不審者と楽しく世間話ができるわけがないっ! さらに鈍器には血が付着しているだろう。それを王宮に持って帰れば間違いなく不審がられる。だが、中庭に捨てていればすぐに見つかる。この矛盾をどう説明する」


「簡単ですよ。ゼロから作ればいいのです」


「なっ……」


「さきほど、殿下は私におっしゃってくださったではありませんか。『なんで彼女を殺した。婚約破棄される事への恨みからか。この野郎。殺してやる。俺の氷魔法でお前を切り刻んでやるっ!』と」


 クリス王太子の顔は真っ青になった。


「ですから、あなたはアン様の後ろに回り込んで、氷魔法で氷の塊を生成し、それを彼女の頭に打ち込んだのです。そうすれば、氷の塊は粉々に砕かれて散乱する。小さい氷であれば、あとは時間をかけて溶けていってくれるでしょう。そうすれば、凶器は残らない。あとは用意しておいた服に着替えて、何食わない顔でパーティーに出席すればいいのです。殿下は、パーティーの主役ですからね。昼の後に正装に着替えても誰も違和感がない。さらに、パーティーの席上で婚約破棄を宣言してしまえば、私に疑いの目が向く。自分は罪を逃れる可能性が高くなる。数少ない氷魔力の使い手のあなたなら可能なはずです」


「……」


「あなたはこう言い訳したいのかもしれないですね。ならば、血が付着した服はどこにあると? あくまでも推論ですが、中庭に放置するのはリスクが高すぎる。かといって、中庭で燃やしてしまえばボヤ騒ぎで遺体の発見が早まってしまう。火をつけている時に見つかってしまうリスクも高い。それに、火の魔法はあなたが得意とする氷魔法の対極にある。苦手だったはずですよね。ならば、何かの袋に入れて、自分がよく監視できる自室の中にあると思っています」


「……っ」


 王子は観念したようにうつむいた。


「さあ、何か言ってください、殿下」


「ああ、そうだよ。俺があいつを殺した」


 王太子の自供で会場は騒然となる。


「なぜ、そんなことを……」


「俺はあいつを愛していた。でも、あいつにとって、俺はただの飾りだったんだ。あいつは俺ではなくて将来の王妃という称号が欲しかった。それに気づいて、俺はあいつとの関係解消を図った。でもな、認めなかったんだよ。アンはこう言ったんだ。『私と結婚してくれなかったら、今まであなたが婚約者を裏切ってきていたのかも、私のことをどうもてあそんだのかも洗いざらい暴露してあげる。あったことなかったこと関係なくね。そうなったら、あなたも終わりよ。もう、玉座に座ることは許されなくなる。だから、あなたはミリアさまとの婚約を破棄して、私と結ばれるしかないの。ね、わかったでしょ。次のパーティーであなたは婚約破棄を宣言して、あの女を追放するしかないのよ』ってさ」


 王子は壊れた人形のようにグニャグニャになっていた。


「だから、やってしまったんですね」


「そうだよ。俺は、あの中庭が最後のチャンスだったんだ。あそこでアンが応じてくれれば、殺すつもりはなかった。だけど、あいつは応じなかった。だから、だから……」


 泣き叫ぶように王子は絶叫した。


「俺は選ばれた者のはずだったんだ。次の国の王として、みんなに慕われるはずだったのに。なのに、どうして。アンやミリア、お前たちがいけないんだ。俺をもっと敬えば、こんなことにはならなかった。そもそも、俺は次期国王だ。アンを殺して何が悪い。あいつは、俺をないがしろにした。だから、殺した!!」


「残念ながら、殿下。あなたは、人々に法律を守らせる側の人間です。あなたが勝手に法を破れば示しはつかなくなる。これにおいては、すべての王国民は平等なのです。あなたは、自分勝手な殺人鬼として裁判を受けなくてはいけません」


「いやだ。そうなったら、俺は死刑だ。ギロチンだ。おかしいだろう。なぁ、見逃してくれよ。ミリア、お前との婚約は復活させる。今度は浮気なんか絶対にしない。許してくれ」


「もう、遅いですよ。あなたが私を裏切ったことは絶対に消えません。私とあなたの関係はここで終わりです」


「いやだ。あんな女のために死にたくない。俺は国王に……」


 国王陛下は騎士団に目配せしながら、クリス王太子を連行させた。


「皆の者。この度は、息子がお騒がせをした。たった今をもって、クリスは廃嫡とする。あいつにはしっかりとした法の裁きも受けさせる。また、今回の事件の遠因にもなった子爵家の黒いうわさは、私も聞いている。そちらに関してもしっかりと調査するつもりだ」


 陛下は厳しい口調でそう言った。連行された王子からは絶叫が聞こえた。


「ミリア。この度は、バカ息子が大変な迷惑をかけた。今回の件でそちらにかけた迷惑の分はしっかりと私の責任をもって保証させてもらう、詳細は後日で構わんか。少なからず、私も動揺しているのだ」


「はい、陛下」


「心遣い痛みいる」
 こうして、パーティーは終わりを告げた。王太子による愛人の殺害という不名誉な事実だけを残して。


 ※


―3日後―


 ミリアは、同級生のグレースとカフェで落ち合っていた。
 ふたりでお茶を飲みながら世間話をする。


 最初は気を使って、王子の問題については何も言わなかったグレースだが、やはりばつが悪いのか、気を使っているのがよく分かった。


「ねぇ、グレースさん。クリス王子とアン様のことだけど……」


「は、はい!!」


 ついにこの時が来たかとグレースは覚悟を固めているように見えた。だが、次の言葉は彼女の想像を超えた発言だった。


「《《すべては、あなたの計画通りってことでいいのよね》》?」


「なっ!!」


 彼女は驚いて目を白黒させている。


「何を言っているんですか、ミリアさま?」


「だってそうでしょう。あなたは言っていたじゃない。クリス王子にアン様の本当の姿を知らせたって。そして、あの事件が発生した。あなたは、まるでこうなることを狙ってすべてを裏で操っていたんじゃないの」


「……そんなことは言いがかりです」


「ええ、そうね。でも、学園の方が教えてくださったのよ。あなたとアン様がお話をしているところをね。あなたは物静かな女性だから、驚いたって……あなたは、王子に注意したうえで、アン様にも情報を伝えていたのですよね。王子があなたとの関係を解消しているはずだって。違う?」


「……」


「あなたは、あえて二人の関係に亀裂を作らせて、仲たがいさせた。まさか、殺しあうとまでは思っていなかったのだと思うけど。たぶん、理由はアン子爵令嬢の実家への復讐ってところかしら。あなたの家もあの子爵家の詐欺に騙されて、お父様が心労で亡くなったと聞いたわ」


「ええ」


「やはりそれがきっかけなのね?」
 ミリアが優しく声をかけると、彼女は観念したように首をゆっくり振る。


「違います。それはたしかに許せなかったけど、それだけではありません」


「なら、なぜ?」


「わからないんですか」


「ええ、わからないわ」


「やっぱり気づいていなかったんですね、《《私の気持ちに》》?」
 グレースは少し残念そうに笑った。目には涙がたまっている。


「どういうこと?」


「私は、あなたのことが……ミリアさまのことを……愛していたんですよ」
 彼女はささやくような声で、震えながらそう告白する。


「……」
 ミリアは予想外の告白に動揺し言葉を失った。


「だから、許せなかったんです。あなたという素敵な方と婚約していながら、浮気を繰り返していた王太子殿下に……あの浮気相手の女も……だから、破滅してしまえばいいと思ったんです。まさか、王太子殿下が殺人をしてしまうとは思わなかったけど……でも、ざまぁ見ろと思っていた自分がいました。あなたを裏切った二人が破滅して、私は嬉しかった」
 そして、その瞬間、彼女は冷たい目をしながら笑った。
 
 ミリアは彼女のその様子を見ながら恐怖すらおぼえていた。前世で探偵をやっていた時ですら、犯人にそんな感情をおぼえたことはなかった。


 だが、目の前の親友からは圧倒的な才能を感じてしまった。
 他人を狂わせて凶行へと誘導させる狂気とも言えるほどの才能を……


 道を一歩でも踏み外してしまえば、彼女はその狂気の世界に誘われてしまうだろう。


「さぁ、ミリアさま。私を断罪してください」


 だが、彼女を断罪することもできないのである。彼女はあくまでふたりに事実を伝えただけなのだから。この様子なら本当に事実を伝えただけだろう。


 だからこそ、犯罪者として彼女をさばくことはできない。


「残念ながらあなたは事実をふたりに知らせただけ。罪を犯したのは、ふたりの責任であなたのせいではないわ」


「では、私はこの罪悪感をずっと抱えながら生きていかなくてはいけないということですか?」


「そうね、残念ながら」


「……では、ミリアさま。ひとつだけ、都合のいいお願いを聞いてくださいませんか」


「ええ。私はあなたのことを親友だと思っているわ。なんでも言って」


「さっきの告白は忘れてください。だから、私とずっと友達でいてください」


「ええ、もちろんよ」


 こうして彼女たちは秘密を共有しながら生きる約束をした。
 天才的な探偵とそれを愛する天才的な犯罪の扇動者アジテーターは友人として共に生きる契約を取り交わした。


 ふたりは、ゆっくりとカフェを出て街へと歩き始めた。



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