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やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される

Adria

終わり……そして日常へ

 地下から出ると、王宮内は変わらず静かだった。それが不気味に感じる。

 でも外から聞こえる喧騒に、私は二人に目配せをし、外に飛び出た。すると、そこではすでにイストリア軍とコスピラトーレ軍が混戦になっていた。

「イヴァーノ! 鬼司教!」

 その中から指揮官のいる場所に当たりをつけて、名前を呼び、走る。すると、ぐいっと腕を引っ張られた。

「アリーチェ!」
「ルクレツィオ兄様!」
「よかった、無事で。怪我はない?」

 ルクレツィオ兄様も来てくれていたのね。

 私の体に怪我がないかを確認してくれる兄様を呆けた顔で見つめる。

 先ほど聞いた真実とルクレツィオ兄様の想いの深さに、なんと反応していいか分からなかった。でも、久しぶりに会えたことがとても嬉しい。徐々に胸が熱くなってきて、私は兄様にぎゅっと抱きついた。

「兄様! 会いたかった! 私の兄様はルクレツィオ兄様とライモンド兄様だけです。あんな王太子、私の兄様じゃありません。とても怖かった……」
「アリーチェ」

 今は難しいことなんて考えずに再会を喜びたい。

 強く抱き締め返してくれる兄様の胸にすり寄りながら泣くと、兄様は向かってくる敵を躱しながら、私の背中をぽんぽんとさすってくれる。

 すると、イレーニアさんに頭を殴られてしまった。

「痛っ!」
「痴れ者。こんな状況で感動の再会をしている場合かい。そういうのはあとでしな」
「……ごめんなさい」
「そうだぞ、あるじ。イヴァーノや首座司教と合流しなくてもよいのか?」

 私はルーポさんの言葉にハッとした。慌てて兄様の胸元を掴んで、「兄様、イヴァーノ達は?」と訊ねると、兄様が私をじっと見つめる。でも、すぐに微笑んでくれた。

 一瞬見せた寂しそうな表情に胸が痛くなったけれど、イレーニアさんの言うとおり、今はそんな場合じゃない。


「イヴァーノと首座司教様は後方にいるよ。イストリア旗が掲げられているから、すぐに分かると思う」
「ありがとうございます」
「優勢とはいえ、この戦闘の中だ。くれぐれも気をつけてイヴァーノのところまで行くんだよ。怪我をしないようにね」
「はい、兄様」

 私の両肩に手を置く兄様にしっかりと頷く。そして、兄様はイレーニアさんに「アリーチェをよろしく頼んだよ」と言って、戦闘に戻っていった。

 その後ろ姿をしばらく茫然と見つめる。でも、すぐにハッとして、なびくイストリア旗を目標に敵をなしながら走った。



「イヴァーノ!」

 城門を抜けると徐々に敵の数が減っていき、イストリア軍の陣営が見えてくる。私はイヴァーノの姿を見つけて、その胸に飛び込んだ。


「アリーチェ!」

 しっかりと受け止めてくれるイヴァーノにぎゅっと縋るように抱きつく。すると、「無事で良かった」という安堵の声が聞こえた。その声は少し震えている。

 ああ、やっぱりここだ。この腕の中こそ、私のいるべき場所だと胸を張って言える。
 私はイストリアの人間だ。イストリアこそ、私の生きる場所――


「アリーチェ、殿下に抱きつく前に手当てをしなければならん。こちらに来て見せなさい」
「そうだ、アリーチェ。とても酷い傷だろう? 早くアナクレトゥスに治してもらえ」
「もう大丈夫です。ルーポさんの目覚めと共に、全部治りました」

 イヴァーノの腕の中にいる私の襟元を鬼司教が引っ張る。その口調はいつもと何も変わらない。
 私はイヴァーノから少し体を離し、鬼司教に微笑みかけた。拳を握り、元気だと言うところを見せ、ぎゅっと抱きつく。


「ただいま戻りました」
「馬鹿者、遅い」

 そう言って優しく抱き締めてくれる鬼司教に胸がじーんと熱くなる。私が浸っていると、またイレーニアさんの「痴れ者」という言葉が降ってきた。

 その言葉に一気に現実に引き戻された私は、鬼司教から体を離して、ゴホンと咳払いをする。そして、ルーポさんが目覚めた経緯を二人に話した。すると、イヴァーノもイストリアで起きたことを話してくれる。

「そんな……! 陛下が意識不明だなんて……。なんということ。私、なんと償えば……」
「償う必要などない。そのおかげで軍を出しやすくなった」
「でもイヴァーノ……」

 もう何も言うなというようにイヴァーノが私の唇に人差し指をあてる。そして、イヴァーノは自分のマントを私に羽織らせてくれた。

 これは……?

「帰ってきた時には、正規軍を其方に預けると約束した。アリーチェ、其方は私の正当なる婚約者だ」
「イヴァーノ」
「アリーチェ・カンディアーノ。次期王妃として、コスピラトーレの王族を皆捕えてこい」
「畏まりました!」

 私はイヴァーノに跪き、元気よく返事をした。そして剣を握り込み、鬼司教とルーポさんと一緒に近衛兵と王宮騎士団を引き連れ、王宮の中に向かう。


あるじ、大丈夫か?」
「大丈夫です」

 入る瞬間、恐怖で足が竦んだ。
 今までのことがまざまざと思い起こされる。でも、大丈夫だ。私は負けたりしない。

 ぐっと地を踏みしめるように立ち、深呼吸をひとつする。


「大丈夫。大丈夫です。私には皆がいてくれます。だから、何も怖くありません!」

 弱い自分を心の中に押し込め奮い立ち、王宮の中に入る。すると、あの人達は王妃の部屋で優雅にお茶を飲んでいた。
 けれど、部屋の隅に積まれている数人の男女の死体が状況の異質さを物語っていた。

 身なりから判断するに、おそらく側室が産んだという王子や王女だろう。
 彼らの骸を見つめていると、王妃がにこりと笑う。

「あら、アリーチェ。おかえりなさい。その者達は末席とはいえ王族でありながら、早く降参しろとうるさいから殺したの。気にしなくていいわよ」
「……なぜ? なぜ、殺したのですか?」
「うるさいからよ。何度も言わせないでちょうだい」
「そ、それに、ここで何をしているのですか? 外で何が起きているのか分からないわけではないでしょう!」
「そんなの下の者に任せておけばよい。些末なことだ。ほら、アリーチェも座りなさい。剣にマント。その姿は勇ましいが私の娘として、それではいけないよ。ふむ、お茶の前に着替えさせるか……」

 狂っている……。
 これが一国の王と王妃だなんて……。

 追い詰められた時にこそ、その人の本性が見える。と聞いたことがあるけれど、これがこの人達の本性なのだろうか。

 王族として国や民を守るつもりすらない。
 それどころか、こんな状況になっても悔いることもない。危機感すらいだかない。平然と笑っている。

 この人達は何かが欠落しているのだろうか。私は彼らを見て、背筋が寒くなった。


「コスピラトーレは先代の王が亡くなってから、めちゃくちゃだ。民の生活を一切かえりみず、重税を課す。そして兵達は平気な顔で街の皆に乱暴を働く。王太子だけではない。そこに転がっている王子も兵達も、気に入った娘がいれば慰み者にし、殺していた。この王宮内にいる者に少しでも同情の念を抱く必要はないぞ、アリーチェ」

 私は鬼司教の言葉に愕然とした。
 手足の先から急速に冷えていき、体が怒りで震える。

「イ、イストリアは何も言わなかったのですか? 宗主国としてできることがあったはずです」
イストリア王たぬきはコスピラトーレを属国としたが、ほぼ放置していた。邪魔に思っていたようなので、自滅してくれればと思っていたのかもしれんな」
「そんな……」
「アリーチェ、帰ったら忙しくなるぞ。まずは立太子式。それから其方達の婚儀に戴冠式だ。我が国では学院を卒業し成人と認められるまで、国政には関与できぬが、これからはすべてが変わる。其方達が変えていくのだ。二度とこのようなことが起きないように、殿下と共に考え悩み、治めていきなさい」
「はい!」

 鬼司教の言葉に力強く頷くと、コスピラトーレ王と王妃が鼻で笑う。そして、王太子が私に向かってティーポットを投げつけてきた。

 それを受け取り、彼らを睨むと、王妃が「馬鹿な子」と憐憫の眼差しを向けてくる。


「アリーチェは相変わらず馬鹿ね。貴方の中には私達と同じ血が流れているのよ。どれほど嫌悪しようと、それは変えられないわ。貴方が子を産めば、その血はイストリアの王統に染み込んでいくわ。それはもう呪いのように」

 私はその言葉に、嫌悪感しかなかった。これが国を治める人間なのか……と失望したのと同時に、この人達の血が己にも流れていることが、さらに自分を辛くさせた。胸が痛い。

「それがなんだというのですか? 血はただの血です」

 私はかつてイヴァーノが私に言ってくれた言葉を、王妃にも言った。

 そう。血はただの血だ。血統などでは人の価値は量れない。

 私の言葉に王妃が立ち上がり、テーブルをばんっと叩く。

「アリーチェ! 貴方を産んだのは、このわたくしですよ! イストリアではなく、コスピラトーレこそが貴方が従わねばならない祖国のはずでしょう! 本来なら、その剣はイストリアに向けるべきもの。今なら許してあげるわ。今すぐイストリア軍を捻り潰してきなさい!」
「……」

 この後に及んで、この人は何を言っているのだろうか。きっとこの人達には、戦争をしている自覚というものがないのかもしれない。ならば、話すだけ無駄だ。


あるじ、どうする? この場で殺すか?」
「いいえ、彼らはイストリアへ連れていきます。私が裁くのではなく、法律に則り裁かれるべきです」
「よく言った、アリーチェ。そうだ、よく覚えておきなさい。どれほど憎くても、上に立つ者は私情で動いてはならん」
「はい」


 その後、私は魔力を封じる縄で王妃達を捕らえた。そして王宮内を鎮圧し、イヴァーノの下へと連行する。王妃は連行する間もずっと私を罵っていた。

 あまりにも聞くに耐えないので、鬼司教が魔法で口を縫ってしまった。

「鬼司教……」
「気にするな。一時的に口を塞いだだけだ。あまりにもうるさいのでな」
「ありがとうございます」
「アリーチェ。そのような顔をするな。下の者が不安になる。上に立つ者として、どんな時でも堂々としていなさい。あと少しだ。胸を張り、顔を上げなさい」
「はい」

 言葉とは反対に、マントの中に私を隠してくれる鬼司教の優しさに、私はいけないとは分かっているのに、少しだけ泣いてしまった。


あるじ、我はイレーニアと共にイストリアを守り、あるじの側にずっといる。あるじが死したあとも、イストリアを守ると約束してやる。だから元気を出せ」
「ありがとうございます、ルーポさん」


 ◆     ◇     ◆


 その後、私達はコスピラトーレを制圧し、イヴァーノの兄ジルベルト殿下を知事とし、ルクレツィオ兄様を補佐官とした。今回の戦争の前からすでにぼろぼろのコスピラトーレを立て直すべく、ジルベルト殿下と兄様は皆と協力して、なんとか頑張っているらしい。

 それでも難しいことも多く、お父様が宰相職をライモンド兄様に譲り、応援に駆けつけてくれることになった。

 前宰相がサポートしてくれるなら、間違いなく復興できるだろう。


 そして、コスピラトーレ王と王妃、そして王太子や生き残っていた王族や貴族は、イストリアで裁かれ、処刑されることとなった。
 調べてみると、横領やら暴行やら、腐敗の極みだったので、処刑は当然の処置なのだと思う。

『アリーチェが子をし、イストリア王家にその血が根付くことで、この国は呪われる』

 そう最期に喚いて、王妃は死んだ。
 
 その言葉にはなんの意味もない。ただの戯れ事だ。負け惜しみだ。分かっていても、その言葉が私の胸に杭のように突き刺さる。


「また気にしているのか?」
「イヴァーノ……」

 私が王宮のバルコニーから中庭をぼんやり眺めていると、イヴァーノが優しく声をかけてくれる。

 最近悩むことがあると、ここでお義母様が精魂込めた中庭を眺めることが多くなった気がする。ほぼ、王妃の戯れ事を思い出して沈んでいるだけだが……。

 それをイヴァーノは分かっているのか、いつも慰めに来てくれる。

「アリーチェ、気にするな。何度も言うように血はただの血だ。イストリア王家の血も、コスピラトーレ王家の血も、民の血ですら、関係ない。血はただの血なのだ。そんなもので呪ったりなどできぬ。それに、私達には聖獣が二柱もついてくれているのだ。未来は明るい。アリーチェ、笑え。コスピラトーレ王妃の言葉など笑い飛ばしてしまえ」

 イヴァーノが私をギュッと抱きしめてくれながら、力強い声でそう言ってくれた。私はその言葉に「はい!」と元気よく頷いて笑う。

 この人と歩んでいこう。歩んでいきたい。
 私はイヴァーノの手を絶対に離さない。彼を幸せにしたい。一緒に幸せになりたい。そして楽しいことも辛いことも、すべて共に背負える強さを身につけたい。

 私はコスピラトーレ王妃のように恐怖で治めるのではなく、慈愛でこの国を治める。彼の隣に立っても恥ずかしくない人間でいるために、研鑽を積んでいきたい。

 そう強く思った。


「コスピラトーレが、あのようになったのはイストリアにも落ち度がある。宗主国でありながら、その役目を放棄し、放置し過ぎていた」
「これからはコスピラトーレがあった場所は、イストリアの一部になります。ちゃんと気を配り、より良く治めていきましょうね」
「ああ、そうだな。アリーチェ。其方なら大丈夫だ。其方なら、絶対によい王妃になれる。私が保証しよう」
「イヴァーノ、ありがとうございます。私、頑張りますね!」

 私はもう間違わない。
 今度、生を終える時はイヴァーノに処刑されるのではなく、自分の行ないと生き方に胸を張って死にたい。

 そして、いつかは貴方の隣で眠り、土に還りたい。そうやって、これからもずっとイストリアを見守っていくの。イヴァーノと一緒に――



 その後は、鬼司教は相変わらず神殿で執務に勤しみ、イレーニアさんは以前と違い、よく神殿に居てくれるようになった。とても厳しい師が二人になって、毎日が忙しい。
 そしてルーポさんは、神殿の番犬ならぬ番狼として、のんびり過ごしている。

 コスピラトーレとのいざこざは、二年生の夏季休暇の短い間だったけれど、色々な人達の心の中に楔と教訓を残し、幕を閉じた。


「そういえば、アリーチェ。ノービレ学院にはサルターレ・イル・グラードという早期卒業制度があるのだ。無論、卒業に足る能力を認められねば許可は下りぬのだが……。アリーチェなら大丈夫だ。それを使って、私と共に卒業せぬか?」
「へ? え? ええっ!?」
「国政を担えば、今までのように学院に通っている時間はない。アリーチェだとて、婚儀が終われば王妃だ。その上に神殿業務もある。学院に通っている時間などないだろう?」

 イヴァーノの提案に戸惑い後退ると、彼はぐいっと距離を詰めてくる。

 問いかけているが、私に頷くことを求めているのが、手に取るように分かる。私は観念して「頑張ります」と頷いた。

 どうやら感傷に浸っている暇などないようだ。今すぐ、サルターレ・イル・グラードの試験のための勉強をしなければ。

 私は拳をぐっと握り込んだ。
 さあ、胸を張って、背筋を正して、笑うの!
 私はイヴァーノと共に生きていく。共に歩むために、必要なことなら、どんなことでも成し遂げてみせようじゃないか。

 前進あるのみだ!

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