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やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される

Adria

イレーニアの正体

「ルチア……」

 フラーヴィア様がルチャーナ様の愛称を小さく呼びながら、また風景画を見つめた。その声があまりにも悲痛に聞こえて、なんだか泣きそうになってしまう。

 でも泣きたいのはフラーヴィア様だ。私がここで泣くのは間違えている。どうにか……どうにかできないだろうか……。

 私は唇をぎゅっと噛んだ。

「この絵は……わたくしが好きだったコスピラトーレの風景なのです。王の部屋から望む街並み――けれど、内戦が起きてしまった上にイストリアと戦になってしまったコスピラトーレには、もうこの美しい街並みは残っていないかもしれないわね」

 帰ってきたあと、塞ぎ込むフラーヴィア様にせめてもの慰めになるようにと、イヴァーノのお父様が贈ってくれた絵だと、彼女は言った。
 その言葉を聞いた時、なんとなく自分の中にすとんと落ちるものがあった――ああ、私は陛下に憎まれているのだと。

 ずきんと痛む胸元を押さえて、その絵を見つめる。


「ですが、伯母上。アリーチェを我が国に差し出させる時に、同様にルチャーナ姫をも父上は要求したと聞き及んでおります。けれど、その時に……」
「やめて頂戴!」

 絵を見ていると、イヴァーノがとても言いにくそうに恐ろしい現実を口にする。慌てて絵からイヴァーノに視線を戻すと、それよりも早くフラーヴィア様が彼の言葉を遮った。

「いいえ、伯母上。そろそろ現実を見なければなりません。属国であるコスピラトーレの王族は監視の意味も含めて、すべてノービレ学院に通うことが義務づけられています。たとえ、コスピラトーレにおいて王籍を剥奪されていても、彼女はイストリア王女である伯母上が産んだ姫君。我がイストリアにとっては彼女は立派な王族です。我が国はこれまで何度もルチャーナ姫の通学を要求しました。けれど、何度議論を重ねてもコスピラトーレは「あの時に処刑した」の一点張りです。これはもう……」
「イヴァーノ……!」

 泣き崩れるフラーヴィア様にさらに残酷な現実を突きつけるイヴァーノに私は彼の袖口を引っ張った。そして、彼の目をしっかり見ながら何度も首を横に振る。

「イヴァーノ、やめてください」
「アリーチェ。だが……」

 イヴァーノの言うことは分かる。
 コスピラトーレ王がルチャーナ様を処刑したというのなら、きっと彼女は生きていないのだろう。でも、その事実を突きつけるのはあまりにもむごい……。

 私はまた首を横に振って、「やめてください」と彼に乞う。

「いいえ、ルチアは生きているわ」

 すると、フラーヴィア様が私たちの考えをきっぱりと否定した。そして、私の手の上に涙型の綺麗な魔石のペンダントをのせる。

 青く輝いていて、とても美しい。

「これは……?」
「この魔石にはルチアの血が登録されているの。そしてルチアには、わたくしの血が登録されているものを持たせているわ。この魔石がまだ輝いてるということは、ルチアはまだ生きているという証。それに、わたくしは間者をコスピラトーレにこっそり潜ませているの……」
「伯母上! それは……」
「もちろん、いけないことだということも危険が伴うということも分かっているわ。それでもわたくしはルチアの安否を知りたいのです」

 フラーヴィア様の言葉を聞きながら、私は手の中にある魔石に再度視線を落とした。
 その魔石は、まるでまだ諦めていないと主張するかのように煌々と輝いている。

 そしてフラーヴィア様は言った。間者からの報告によると、ルチャーナ様は『不幸』という意味の『スフォルトゥーナ』という名を与えられ、王宮の敷地内に建てられた荒ら屋に住まわせられ、下女として働かされていると……。そして、私の実母である王妃オフェーリアが鬱憤の吐け口として、ルチャーナ様に日常的に暴力をふるっていると、彼女は泣きながらそう言った。


「そんな……」
「オフェーリアは恐ろしい女だから気をつけなさい、アリーチェ。あの夫婦は、人を玩具のように扱って殺すことをなんとも思っていない。実父母だからといって、絶対に油断をしてはいけないわ」

 言葉が出てこない。
 そんなにも自分の本当の両親がひどい人だったなんて……。そんなにも恐ろしい国だったなんて……。

 その事実を知ると手足の先から急速に冷えていった。

「……早くルチアを助け出さなければ、本当に殺されてしまうかもしれないわ。それなのに、良い方法がどうしても見つからないの……。弟に宗主国として強制的に動いて欲しいと何度お願いしても、首を縦には振ってくれなかった。わたくしはもう諦めなければならないのかもしれないわね」
「……」

 なんと返事をしていいか分からず、フラーヴィア様の泣き顔から視線を外す。

 陛下の選択はもっともだ。王として一人の命よりも大勢の民の命を守る選択を取らなければならないことは、悲しいけれど当然のこと――
 あちら側が処刑したと言っている以上、あまりきつく追及するのは難しい。下手をすれば、やっと終わった戦争を蒸し返すことにもなりかねない。

 でも……生きているなら取り返したい。
 私は腕を組み、うーんと唸った。その瞬間、イヴァーノが「駄目だ」と言う。

「まだ何も言っていません」
「言わなくても分かる。取り返したいと言うのだろう? なぜ、今までそれができなかったかをよく考えろ。それとも、アリーチェは問答無用でコスピラトーレに攻め入るつもりなのか?」
「……そうではありませんけれど」

 コスピラトーレが、イストリアに嘘をついてまでルチャーナ様を生かしているのは、なんらかの価値が彼女にあるからなのだろう。だから、きっとまだ殺されたりしないはず。

 でも、今後のことは分からない。いつ向こうの気が変わるのかも分からない。

 私は彼女の置かれている立場に、胸が張り裂けそうな思いだった。

 早く助け出してあげなきゃ……。

「イヴァーノ。でも陛下は仰られました。コスピラトーレを潰せと。それは今ならその用意があると言うことですよね? イストリア軍だって何かあった時に動ける準備ができているのでしょう?」
「だが……父上はずるい方だ。すんでのところで、軍を出して下さらないかもしれない。入念に準備をせねば……」

 イヴァーノの難しそうな表情に、私はにこっと微笑んだ。

 陛下の真意は分からないけれど、どのみちコスピラトーレとの衝突は避けられない。イヴァーノとの婚姻のためにも、フラーヴィア様やルチャーナ様のためにも、私はいずれコスピラトーレと対峙しなければならない。


「ならば、入念に準備をしましょう。私はどうせ戦いになるのなら、失うのではなく得たいです。そのためにも、この書庫で知識を得て対策を練りましょう」

 イストリアは何も失わない。取り戻すのだ。
 イレーニアさんの予言は外れる。そのためにも入念な対策は必要だ。

 私がそう言うと、イヴァーノが頷いてくれる。その彼の反応にほっと胸を撫で下ろす。

「我々は頼もしい姫を得たようね。そうと決まれば、わたくしも間者と連絡を取らなければ。弟をもう一度説得しなきゃ……。すんでのところで、アリーチェを裏切るようなことは絶対にさせないわ」
「ありがとうございます」

 その表情は覚悟を決めた母親の顔だった。
 私は禁書庫を出ていくフラーヴィア様の背中を見つめながら、どうやったらイレーニアさんの予言が起こらないようにできるかを考えていた。

 ううん、鬼司教も外れたことがないと言っていた。だから起こらないようにするのは難しいかもしれない。ならば、被害が出ないように防げる魔法を考えるほうがいいのかしら?

 たとえば、戦いになった時に一気に皆を守れるような魔法がいい。個々に結界を張っていたら、きりがないし……。

 私はうーんと唸った。

「イヴァーノ。万が一、コスピラトーレと戦になった時に大勢を一気に守れるような魔法ってありませんか? たとえば、一気に大勢を神殿に転移させるとか……。でもそれだと、とても大きな魔法陣を描かなければなりません。……魔法陣を描かずして、転移ができないか調べてみたいです」
「イストリアには結界が張られているので、コスピラトーレが攻め込んでくることはない。が、対策は練っておくに越したことはないだろう。魔法陣を使わずに転移する方法はあるにはあるが……」
「え? あるんですか?」
「だが、現実的ではないのだ。魔法陣を使わぬ場合、使用する本人が共に転移をしなければならない上に、習得するまでに大量の魔力の消費が必要となる。おそらく考え方としてはできても、現実にできる者はいないだろう」

 イヴァーノがそれについての本を見せてくれる。
 そこには、まず無詠唱で魔法を扱う術を覚えることと、魔法陣を自分の中に取り込み、自在に操らなければならないと書いてあった。

 そしてその修得には、自分の持つすべての魔力が必要だとも。

 ……確かに現実的じゃない。時間がかかりすぎる上にたくさんの魔力が必要なら、このコスピラトーレ戦には仕えないだろう。

 転移の魔法陣は描きさえすれば、始動する本人が呪文を唱えると、共にではなくても転移させることができる。今はその練度をあげるほうが、先だろう。

 この方法に関しては、落ち着いてから勉強しよう。


 ◆     ◇     ◆


「はぁ、疲れた……」

 色々な本を読んでみても、被害を防げる手立ては思いつかなかった。
 私が疲労のあまりソファーに座って項垂れていると、イヴァーノが背中をさすってくれる。

「何をそんなに焦っているのだ? 私だとて、このままコスピラトーレを放っておくつもりはないが、今すぐ動くのは得策ではないぞ。それに何度も言うが、我が国にはアナクレトゥスがいる。結界があるのだ。アリーチェがそんなにも焦るほどの被害をイストリアは受けぬ」
「でも、だって予言が……」
「予言?」

 イヴァーノの訝しげな声に私は、ハッとした。そして、慌てて自分の口を塞ぐ。

「どういうことだ、アリーチェ」
「えっと……」

 どうしよう、どうしよう。
 イヴァーノがとても真剣に見てくる。その表情に、とても隠し通せるとは思えなかった。

 私はこれはまだ確定ではありませんが、ということを前置きして、あの日のイレーニアさんとのことを正直にすべて話した。もちろん、鬼司教が言っていたこともすべて。

 すると、イヴァーノが皺の寄った眉間を押さえながら、大きな溜息をつく。

「まったく……其方は、なぜいつもそのように危険なことばかりをするのだ……」
「ごめんなさい……」

 私が頭を下げると、イヴァーノがコスピラトーレの風景画に視線を向けて、「そう遠くない未来か……」と呟いた。

「…………。アナクレトゥスは、首座司教としてのあり方や、結界の間の場所や仕組みなどを学んだと言っていたな? 代々の首座司教に干渉できる者は、聖獣しかおらぬ。まさかイレーニア殿は……」
「え?」

 私が顔を上げると、イヴァーノが静かに頷いた。

 確かにその可能性を考えなかったわけじゃない。けれど、まさかそんなこと……。

「でもそんなの考えすぎな気がします……。いくらなんでもそんな……。だって、ならどうして国を守るはずの聖獣が、姿を隠してあんな怪しいお店をやっているのですか?」
「それは分からぬ。疑問はこんなところで考えているより、アナクレトゥスから直接聞いたほうが早い。神殿に行くぞ」
「え? は、はい」

 私が頷くよりも早くイヴァーノは私の手を引いて立ち上がった。

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