やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される
襲撃
「姫様、お腹が空いたでしょう? 夕食を摂ったあとは、温かいお湯に浸かって心身を休めれば、きっと明日には元気が湧いてきますよ」
「ダーチャ……」
私が積み上げられた課題を見つめていると、ダーチャが優しげな声でそう言いながら、私の背中をさすってくれる。
乳母である彼女は私の感情の変化を敏感に感じとってくれる。私が落ち込んでいる時は、いつもこうやって背中をさすってくれる温かく優しい人だ。
私は……どこかで王太子に淡い期待を抱いていたのだと思う。コスピラトーレのやり方に腹を立ててはいたけれど、実の兄だから――かつて好きになった人だから、彼なら話し合えば分かってくれるんじゃないかと、浅はかにも考えていた。
鬼司教に刺客を送り込んでいるのも、コスピラトーレ王の一存で、王太子は関与していないのだと、どこかで信じていた……。いや、そう思いたかったのかもしれない。呆れるほどに甘く愚かな考えだ……。
でもまさか、あんなふうに突然攻撃してくる人だったなんて……。
「…………」
それに王太子があのような感じだということは、コスピラトーレ王はさらに期待ができないだろう。話し合えるだなんて思っては駄目だ。少しの油断が死に直結する――今日、私は身を以てそれが分かった。
コスピラトーレにいる本当の両親は、私と赤子の時に離れてしまったから、愛情がないのだろうか。生まれた時は我が子でも、手放してしまえば他人なのだろうか。だから、イストリアに牙を剥くの?
「ねぇ、ダーチャ。お父様とお母様は、もしも私と長い間会えなかったら、私への愛情が薄らいでしまうかしら? 忘れてしまうと思う?」
私がポツリとこぼした言葉に、ダーチャが大きく目を見開く。そして、すぐに首を横に振った。
「そんなことは絶対にありません! ずっと側で見てきた私が言うのだから、間違いありません! お父様もお母様も、姫様をとても愛しています。それは私もです。今後何か事情があって、長い間会えないことがあったとしても、心配こそすれ愛情が薄らぐなど、決してあり得ません!」
「ダーチャ……」
そう断言してくれるダーチャに涙ぐみながら抱きつくと、しっかりと抱き締めてくれる。
そうよね。
お母様もお父様も何があっても私を愛してくれる。やり直す前の私でも愛して守ってくれていたんだもの。それを疑うのはいけないことだ。
「……」
私が実の両親を知らないように……おそらく彼らも、最初から私を愛していないのだろう。
私はゆっくりと目を閉じ、そして開けた。
……いえ、今はそんなことを考えるだけ無駄だ。それは対峙してみれば分かることだもの。
私はダーチャの温かい腕の中で、コスピラトーレと戦う決意をさらに固めた。
「姫様、大丈夫ですか? 元気が出ない時は美味しいものを食べましょう。お腹が空いていては、気持ちも俯きがちになってしまいます」
ダーチャが幼いときのように私の頭をよしよしと撫でてくれる。その言葉に、私はこくりと頷いた。
「そうね。なら、スープだけもらおうかしら。今日は食欲がなくて……」
「任せてくださいませ。料理長にとびきり美味しいスープを作ってもらいます」
「ありがとう」
張り切って部屋を出ていくダーチャの背中を見つめながら、なんだか無性にイヴァーノに会いたくなった。
会って話を聞いてもらいたい。
でも、こんな時間だから無理ね。明日まで我慢しないと……。
私はソファーに腰掛け小さく息を吐いたあと、ゆっくりと目を瞑った。
◆ ◇ ◆
「アリーチェ、大丈夫か?」
「イヴァーノ……」
翌日は神殿に行く気がせずに、ベッドでごろごろしていた。すると、エレナと共にイヴァーノが部屋に入ってくる。そのイヴァーノの顔を見た途端、安堵から涙が出てきた。
嗚呼、来てくれた。会いたかった……。
私がベッドから体を起こしてイヴァーノに手を伸ばすと、力強く抱き締めてくれる。
「首座司教とダーチャから、すべてを聞いた。怖かっただろう。本当は昨夜すぐにでも来たかったのだが、森が燃えた件の後処理に手間取っていて行けなかったのだ。すまぬ……」
「いいえ、今ちゃんと来てくれました。ありがとうございます」
鬼司教も言っていた。
生態系のバランスを崩さないためにも、しばらく魔獣を保護しなければならないと。イヴァーノは、事件の調査と森での狩猟禁止のために動いてくれていたのだろう。
イヴァーノの腕の中で彼の胸にすり寄ると、不安が安心に変わる。前を向いて頑張ろうという元気が湧いてきた。
「アリーチェ。一応、しばらくは生徒の森への立ち入りを禁ずることにした。学院の森は、誰もが自由に出入りでき且つ安全でなければならぬ。だが、ひとたび森の奥に入ってしまえば、人の目から逃れられるという懸念もある。コスピラトーレの王太子が森の奥で何をしていたかは分からぬが、彼奴の意図が分からない以上は危険のほうが勝る」
「はい。私もそうしたほうがいいと思います」
イヴァーノが私を力強く抱き締め、何度も頭を撫でてくれる。
今回の生で――私たちは再会し、お互いを好きになった。これほどの奇跡なんてないと思う。だから、怖いことなんて何もない。コスピラトーレとだって戦える。
私は、この幸せを守りたい。イストリアの皆を守りたい。
だから、然るべき時がきたら戦う。自分の大切なものは自分の手で守らなければならない。私は強くそう思った。
「イヴァーノ。私、強くなりますね。イヴァーノや皆を守れるように、今よりもっともっと強くなります」
「ならば、私はさらに強くなってアリーチェを守ると約束しよう」
「ふふっ、ありがとうございます」
イヴァーノが涙の溜まった目尻に口付けてくれる。
その口付けにはにかむように笑うと、次は唇を食まれた。しばらく啄むような口付けに興じると、ゆっくり唇が離れて、イヴァーノが私の頬に手を添える。
「アリーチェ。昨夜はスープしか食べていないと聞いたぞ。あのようなことがあって食欲がわかないのは分かるが、食べぬと体を壊してしまう。少しでよいから、私と一緒に食べぬか?」
「はい!」
良かった。
イヴァーノと一緒なら美味しく食べられそうだ。
そして朝食後は、鬼司教からの指示どおりに侍女と護衛騎士を伴って、寮から学院へと向かった。寮の部屋から一緒に教室に行くなんて、なんだかソワソワしてしまう。
まるで昨夜泊まったみたい……。
照れながら笑うと、イヴァーノは優しい笑みを向けてくれ、私の耳元で「一緒に登校できて嬉しい」と囁いてくれた。
「私も嬉しいです。イヴァーノが駆けつけてきてくれてから、昨日の嫌な気持ちが消えていき、元気になれました」
「それは良かった」
「はい、……ん?」
イヴァーノと話していると、廊下の曲がり角にある大きな窓のところに、何やら気配を感じた。私が顔をそちらに向けると、イヴァーノとエレナが首を傾げる。
「どうした?」
「アリーチェ様?」
「いえ、あそこの窓に誰かいるような気配がするのです」
私が窓を指さすと、エレナが「あそこは窓ですよ。風でカーテンが揺れたとか、そんなんじゃないんですか?」と笑いながら、窓に近づいた。
「エレナ、待って!」
エレナは私の勘違いだと言いたくて窓を見に行ったのかもしれないけれど、なんだか嫌な予感がする。私がエレナを引きとめようと手を伸ばした途端、イヴァーノの「待て! 確認なら騎士に任せよ」という声が、廊下に響いた。
「きゃあっ!」
その瞬間、突然窓が大きく開いて、全身黒ずくめの男が十人近く、武器を手に飛び込んでくる。その勢いで窓の近くにいたエレナが弾かれたように、廊下の角に転がってしまう。
「エレナ!」
私が慌ててエレナの側に駆け寄ると、「動いては駄目だ!」というイヴァーノの焦った声が聞こえたけれど、もう遅い。
護衛騎士達と襲撃者達が対峙したことによって、私とエレナは襲撃者側に、イヴァーノは護衛騎士側に、分断されてしまった。
これはまずい。
なんとしてでもエレナを守らなきゃ。
「私より、アリーチェ達の護衛につけ!」
イヴァーノの叫びと共に、護衛騎士が私のところに来ようとしたけれど、襲撃者に阻まれてしまう。
そして戦いが始まってしまった。
私はエレナを背に隠し、鬼司教からもらった杖を出す。この杖は、私の魔力と同調しているので、いつでも自由自在に出せる。それを昨日と同じように剣に変えて、こちらに向かってくる襲撃者達に応戦する
襲撃者達はその手に魔力を封じるロープを持ち、こちらに向かってきた。
その者達を往なしながら、これもきっとコスピラトーレの策略の一つなのだろうと、当たりをつける。
おそらく王太子は昨日の続きをするつもりなのだ。
こんなの最低だ。私の対応が気に入らないからって、こんなことまでして……。
怒りで抑えきれない魔力が体から沸き立つ。それを見た襲撃者が一瞬たじろぐ。私はその隙に襲撃者が持っているロープを燃やした。
ロープを燃やされたことに驚いている彼らを魔力で拘束する。
「エレナ、大丈夫?」
「はい。私はアリーチェ様が守ってくれたので大丈夫です。アリーチェ様こそ大丈夫ですか? お怪我は?」
「私は大丈夫よ」
敵は訓練された兵士というわけではなかった。
というより、完全な素人だ。こんな奴ら、私やイヴァーノ、騎士達の敵ではない。
私はイヴァーノのほうへ視線をやった。
あちらも、もうじき方がつきそうだ。
「きゃあっ!?」
え?
イヴァーノ達の手伝いに行こうとした瞬間、エレナの悲鳴が聞こえる。私がハッとして振り返ると、襲撃者の一人がエレナに近づいているのが見えた。私が慌ててエレナの前に滑り込むと、その途端そいつが何かを投げる。
これは……!
辺りを突如として覆った煙に、私は口元を隠しながら叫んだ。
「この煙を吸ってはいけません! 毒です!」
エレナの周りに結界を張ったけれど、エレナは毒を吸い込んでしまったのか、倒れ込んでいる。
「エレナ、大丈夫!? しっかりして!」
敵に応戦しながら、すでに意識が混濁しはじめたエレナを見て、血の気が引いていく。
私は先ほど毒の煙を撒き散らかした者を斬って、慌ててエレナに駆けつけた。
「エレナ、エレナ! しっかりしなさい!」
エレナに声をかけても返答がない。意識のないエレナを見つめながら、私は唇を噛んだ。
このままでは命が危ない。
治癒魔法は外傷は治せるけれど、体を蝕む病気などは治せない。私はポーションを口移しでエレナに飲ませようとしたけれど、すでに意識のないエレナは飲んではくれなかった。
「今すぐ神殿に行かないと……」
「アリーチェ! 大丈夫か? すぐに医務室へ運ぼう」
「いいえ、神殿へ行きます。神殿なら付属の診療所もありますし、解毒剤の点滴もできます」
経口投与ができないなら点滴するしかない。
私は駆け寄ってきてくれたイヴァーノの提案に首を横に振り、神殿へ向かいたいと告げる。そしてイヴァーノにエレナを託すと、私は騎士達に、私のまわりに敵と一緒に集まるように伝えて、転移の魔法陣を描いた。
「destinazione イストリア神殿、執務室」
「アリーチェ!?」
その瞬間、私達を眩い光が包み、視界がぐにゃりと歪む。イヴァーノ達がとても驚いているけれど、今はそんなことを気にかけている余裕はない。
私は例の如く、突然現れて驚いている神子達の悲鳴を聞きながら、「アリーチェ、これはどういうことだ?」と側に来てくれる鬼司教の胸元を掴んだ。
「アリーチェ。魔法陣は古代語が用いられ、この国で使える者も限定される。其方、その年にしてすでに転移の魔法陣を扱えるのか?」
「鬼司教、先ほど私達は学院で襲撃に遭いました。それにより、エレナが毒を吸い込んでしまったんです! 至急、診療所に運んで解毒しましょう」
私はイヴァーノの問いかけを無視し、縛られて転がっている襲撃者達を指差しながら、そう告げた。
鬼司教はエレナに近寄り、エレナの口の周りを嗅いだ。そして、イヴァーノの手からエレナをソファーへ移し、その場で解毒剤の点滴をしてくれる。
「ふむ、これで大丈夫だろう。二、三時間ほどで目を覚ますはずだ」
「ああ、よかった」
毒の臭いなんてもうほとんど残っていないのに、的確に必要な薬を判断し治療してくれるなんて、鬼司教は本当にすごい。
私が安堵している横で、鬼司教はイヴァーノから事の詳細を聞いている。
「殿下、至急王宮へ使いを出してください。今回の賊はコスピラトーレが絡んでいる可能性が高い。なんとしてでも口を割らせるのです。私も協力します」
「其方たちがエレナの治療をおこなっている間に、騎士達を使いに出した。すぐに召喚命令がくだるだろう」
鬼司教もすごいけれど、イヴァーノもすごい。
私はイヴァーノの迅速な対処に、ほっと息をついた。
「ダーチャ……」
私が積み上げられた課題を見つめていると、ダーチャが優しげな声でそう言いながら、私の背中をさすってくれる。
乳母である彼女は私の感情の変化を敏感に感じとってくれる。私が落ち込んでいる時は、いつもこうやって背中をさすってくれる温かく優しい人だ。
私は……どこかで王太子に淡い期待を抱いていたのだと思う。コスピラトーレのやり方に腹を立ててはいたけれど、実の兄だから――かつて好きになった人だから、彼なら話し合えば分かってくれるんじゃないかと、浅はかにも考えていた。
鬼司教に刺客を送り込んでいるのも、コスピラトーレ王の一存で、王太子は関与していないのだと、どこかで信じていた……。いや、そう思いたかったのかもしれない。呆れるほどに甘く愚かな考えだ……。
でもまさか、あんなふうに突然攻撃してくる人だったなんて……。
「…………」
それに王太子があのような感じだということは、コスピラトーレ王はさらに期待ができないだろう。話し合えるだなんて思っては駄目だ。少しの油断が死に直結する――今日、私は身を以てそれが分かった。
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「ねぇ、ダーチャ。お父様とお母様は、もしも私と長い間会えなかったら、私への愛情が薄らいでしまうかしら? 忘れてしまうと思う?」
私がポツリとこぼした言葉に、ダーチャが大きく目を見開く。そして、すぐに首を横に振った。
「そんなことは絶対にありません! ずっと側で見てきた私が言うのだから、間違いありません! お父様もお母様も、姫様をとても愛しています。それは私もです。今後何か事情があって、長い間会えないことがあったとしても、心配こそすれ愛情が薄らぐなど、決してあり得ません!」
「ダーチャ……」
そう断言してくれるダーチャに涙ぐみながら抱きつくと、しっかりと抱き締めてくれる。
そうよね。
お母様もお父様も何があっても私を愛してくれる。やり直す前の私でも愛して守ってくれていたんだもの。それを疑うのはいけないことだ。
「……」
私が実の両親を知らないように……おそらく彼らも、最初から私を愛していないのだろう。
私はゆっくりと目を閉じ、そして開けた。
……いえ、今はそんなことを考えるだけ無駄だ。それは対峙してみれば分かることだもの。
私はダーチャの温かい腕の中で、コスピラトーレと戦う決意をさらに固めた。
「姫様、大丈夫ですか? 元気が出ない時は美味しいものを食べましょう。お腹が空いていては、気持ちも俯きがちになってしまいます」
ダーチャが幼いときのように私の頭をよしよしと撫でてくれる。その言葉に、私はこくりと頷いた。
「そうね。なら、スープだけもらおうかしら。今日は食欲がなくて……」
「任せてくださいませ。料理長にとびきり美味しいスープを作ってもらいます」
「ありがとう」
張り切って部屋を出ていくダーチャの背中を見つめながら、なんだか無性にイヴァーノに会いたくなった。
会って話を聞いてもらいたい。
でも、こんな時間だから無理ね。明日まで我慢しないと……。
私はソファーに腰掛け小さく息を吐いたあと、ゆっくりと目を瞑った。
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「アリーチェ、大丈夫か?」
「イヴァーノ……」
翌日は神殿に行く気がせずに、ベッドでごろごろしていた。すると、エレナと共にイヴァーノが部屋に入ってくる。そのイヴァーノの顔を見た途端、安堵から涙が出てきた。
嗚呼、来てくれた。会いたかった……。
私がベッドから体を起こしてイヴァーノに手を伸ばすと、力強く抱き締めてくれる。
「首座司教とダーチャから、すべてを聞いた。怖かっただろう。本当は昨夜すぐにでも来たかったのだが、森が燃えた件の後処理に手間取っていて行けなかったのだ。すまぬ……」
「いいえ、今ちゃんと来てくれました。ありがとうございます」
鬼司教も言っていた。
生態系のバランスを崩さないためにも、しばらく魔獣を保護しなければならないと。イヴァーノは、事件の調査と森での狩猟禁止のために動いてくれていたのだろう。
イヴァーノの腕の中で彼の胸にすり寄ると、不安が安心に変わる。前を向いて頑張ろうという元気が湧いてきた。
「アリーチェ。一応、しばらくは生徒の森への立ち入りを禁ずることにした。学院の森は、誰もが自由に出入りでき且つ安全でなければならぬ。だが、ひとたび森の奥に入ってしまえば、人の目から逃れられるという懸念もある。コスピラトーレの王太子が森の奥で何をしていたかは分からぬが、彼奴の意図が分からない以上は危険のほうが勝る」
「はい。私もそうしたほうがいいと思います」
イヴァーノが私を力強く抱き締め、何度も頭を撫でてくれる。
今回の生で――私たちは再会し、お互いを好きになった。これほどの奇跡なんてないと思う。だから、怖いことなんて何もない。コスピラトーレとだって戦える。
私は、この幸せを守りたい。イストリアの皆を守りたい。
だから、然るべき時がきたら戦う。自分の大切なものは自分の手で守らなければならない。私は強くそう思った。
「イヴァーノ。私、強くなりますね。イヴァーノや皆を守れるように、今よりもっともっと強くなります」
「ならば、私はさらに強くなってアリーチェを守ると約束しよう」
「ふふっ、ありがとうございます」
イヴァーノが涙の溜まった目尻に口付けてくれる。
その口付けにはにかむように笑うと、次は唇を食まれた。しばらく啄むような口付けに興じると、ゆっくり唇が離れて、イヴァーノが私の頬に手を添える。
「アリーチェ。昨夜はスープしか食べていないと聞いたぞ。あのようなことがあって食欲がわかないのは分かるが、食べぬと体を壊してしまう。少しでよいから、私と一緒に食べぬか?」
「はい!」
良かった。
イヴァーノと一緒なら美味しく食べられそうだ。
そして朝食後は、鬼司教からの指示どおりに侍女と護衛騎士を伴って、寮から学院へと向かった。寮の部屋から一緒に教室に行くなんて、なんだかソワソワしてしまう。
まるで昨夜泊まったみたい……。
照れながら笑うと、イヴァーノは優しい笑みを向けてくれ、私の耳元で「一緒に登校できて嬉しい」と囁いてくれた。
「私も嬉しいです。イヴァーノが駆けつけてきてくれてから、昨日の嫌な気持ちが消えていき、元気になれました」
「それは良かった」
「はい、……ん?」
イヴァーノと話していると、廊下の曲がり角にある大きな窓のところに、何やら気配を感じた。私が顔をそちらに向けると、イヴァーノとエレナが首を傾げる。
「どうした?」
「アリーチェ様?」
「いえ、あそこの窓に誰かいるような気配がするのです」
私が窓を指さすと、エレナが「あそこは窓ですよ。風でカーテンが揺れたとか、そんなんじゃないんですか?」と笑いながら、窓に近づいた。
「エレナ、待って!」
エレナは私の勘違いだと言いたくて窓を見に行ったのかもしれないけれど、なんだか嫌な予感がする。私がエレナを引きとめようと手を伸ばした途端、イヴァーノの「待て! 確認なら騎士に任せよ」という声が、廊下に響いた。
「きゃあっ!」
その瞬間、突然窓が大きく開いて、全身黒ずくめの男が十人近く、武器を手に飛び込んでくる。その勢いで窓の近くにいたエレナが弾かれたように、廊下の角に転がってしまう。
「エレナ!」
私が慌ててエレナの側に駆け寄ると、「動いては駄目だ!」というイヴァーノの焦った声が聞こえたけれど、もう遅い。
護衛騎士達と襲撃者達が対峙したことによって、私とエレナは襲撃者側に、イヴァーノは護衛騎士側に、分断されてしまった。
これはまずい。
なんとしてでもエレナを守らなきゃ。
「私より、アリーチェ達の護衛につけ!」
イヴァーノの叫びと共に、護衛騎士が私のところに来ようとしたけれど、襲撃者に阻まれてしまう。
そして戦いが始まってしまった。
私はエレナを背に隠し、鬼司教からもらった杖を出す。この杖は、私の魔力と同調しているので、いつでも自由自在に出せる。それを昨日と同じように剣に変えて、こちらに向かってくる襲撃者達に応戦する
襲撃者達はその手に魔力を封じるロープを持ち、こちらに向かってきた。
その者達を往なしながら、これもきっとコスピラトーレの策略の一つなのだろうと、当たりをつける。
おそらく王太子は昨日の続きをするつもりなのだ。
こんなの最低だ。私の対応が気に入らないからって、こんなことまでして……。
怒りで抑えきれない魔力が体から沸き立つ。それを見た襲撃者が一瞬たじろぐ。私はその隙に襲撃者が持っているロープを燃やした。
ロープを燃やされたことに驚いている彼らを魔力で拘束する。
「エレナ、大丈夫?」
「はい。私はアリーチェ様が守ってくれたので大丈夫です。アリーチェ様こそ大丈夫ですか? お怪我は?」
「私は大丈夫よ」
敵は訓練された兵士というわけではなかった。
というより、完全な素人だ。こんな奴ら、私やイヴァーノ、騎士達の敵ではない。
私はイヴァーノのほうへ視線をやった。
あちらも、もうじき方がつきそうだ。
「きゃあっ!?」
え?
イヴァーノ達の手伝いに行こうとした瞬間、エレナの悲鳴が聞こえる。私がハッとして振り返ると、襲撃者の一人がエレナに近づいているのが見えた。私が慌ててエレナの前に滑り込むと、その途端そいつが何かを投げる。
これは……!
辺りを突如として覆った煙に、私は口元を隠しながら叫んだ。
「この煙を吸ってはいけません! 毒です!」
エレナの周りに結界を張ったけれど、エレナは毒を吸い込んでしまったのか、倒れ込んでいる。
「エレナ、大丈夫!? しっかりして!」
敵に応戦しながら、すでに意識が混濁しはじめたエレナを見て、血の気が引いていく。
私は先ほど毒の煙を撒き散らかした者を斬って、慌ててエレナに駆けつけた。
「エレナ、エレナ! しっかりしなさい!」
エレナに声をかけても返答がない。意識のないエレナを見つめながら、私は唇を噛んだ。
このままでは命が危ない。
治癒魔法は外傷は治せるけれど、体を蝕む病気などは治せない。私はポーションを口移しでエレナに飲ませようとしたけれど、すでに意識のないエレナは飲んではくれなかった。
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「アリーチェ! 大丈夫か? すぐに医務室へ運ぼう」
「いいえ、神殿へ行きます。神殿なら付属の診療所もありますし、解毒剤の点滴もできます」
経口投与ができないなら点滴するしかない。
私は駆け寄ってきてくれたイヴァーノの提案に首を横に振り、神殿へ向かいたいと告げる。そしてイヴァーノにエレナを託すと、私は騎士達に、私のまわりに敵と一緒に集まるように伝えて、転移の魔法陣を描いた。
「destinazione イストリア神殿、執務室」
「アリーチェ!?」
その瞬間、私達を眩い光が包み、視界がぐにゃりと歪む。イヴァーノ達がとても驚いているけれど、今はそんなことを気にかけている余裕はない。
私は例の如く、突然現れて驚いている神子達の悲鳴を聞きながら、「アリーチェ、これはどういうことだ?」と側に来てくれる鬼司教の胸元を掴んだ。
「アリーチェ。魔法陣は古代語が用いられ、この国で使える者も限定される。其方、その年にしてすでに転移の魔法陣を扱えるのか?」
「鬼司教、先ほど私達は学院で襲撃に遭いました。それにより、エレナが毒を吸い込んでしまったんです! 至急、診療所に運んで解毒しましょう」
私はイヴァーノの問いかけを無視し、縛られて転がっている襲撃者達を指差しながら、そう告げた。
鬼司教はエレナに近寄り、エレナの口の周りを嗅いだ。そして、イヴァーノの手からエレナをソファーへ移し、その場で解毒剤の点滴をしてくれる。
「ふむ、これで大丈夫だろう。二、三時間ほどで目を覚ますはずだ」
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