やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される
首座司教の魔法
「今日もありがとうございました。アリーチェ様は、いつものように学院の森に行かれるのですか?」
「はい。夕食後に少しだけ」
夏季休暇明けの勉強会のあと、フェリチャーナと話しながら、一緒に多目的ホールを出る。
学院の裏の森では、薬草や魔石が豊富に取れる。魔石は魔獣を倒して得るものと、花のように咲いているものがある。
本格的なポーションを作ったり、魔石にこめられている魔力を、補助に使う場合などは、魔獣から得る大きい魔石が必要だ。でも授業などで作るような下級ポーションには魔石の花で充分だ。
なので、学院の生徒たちは用途に合わせて、自由に森に入り、素材採取に励んでいる。
「今日はいつもより奥に行ってみようかしら」
基本的に生徒は入り口付近のみで奥には入らない。でも、鬼司教から森の奥深くには貴重な薬草や魔獣がいると教えてもらったことがある。けれど、当然ながら危険も伴うので入る場合は、友人達と協力して入れと言っていた。
「…………」
でも私は治癒魔法が扱えるし、攻撃魔法だって自信がある。鬼司教が危険だと言うからには、奥深くにいる魔獣は入り口付近にいるのとは違い、強いのだろう。
私はむくむくと湧いてきた興味に抗えなかった。
自分の力を過信してはいけないとはいえ、少しなら……。
私は「少しなら大丈夫よ」と独り言ちりながら、森の奥に入っていった。
「わぁ、すごい! たくさん、貴重な薬草が生えているわ!」
予想どおり、入り口付近よりも強い魔獣がいるし、珍しい薬草もたくさん生えている。
私が感動に目を輝かせていると、人の気配がした。
やっぱり同じことを考える人はいるものね。
私はその人の邪魔にならないように、少し離れた場所で素材採取に励もうと考えた。そして診療所で使う薬の素になる薬草を摘んでいく。
でも、距離を置こうとしている私とは違い、その人はなぜか近寄ってくる。
なんなんだろうと思って振り返った瞬間、私はハッとした。
「サヴェーリオ王太子殿下……」
「アリーチェ……」
黒髪に黒い瞳。影を背負っているような雰囲気。
忘れるはずなんてない。やり直す前はとても好きだった──私の初恋の人。
私の実の兄様……。
「あ……申し訳ございません、王太子殿下。素材採取をしておりました一年生のアリーチェ・カンディアーノと申します」
予想していなかった再会に硬直してしまったけれど、すぐにハッとして、私は慌ててカーテシーをした。
すると、彼の目がすっと細まる。
その彼の表情に背中にぞくりとしたものが走った。以前は素敵だと思っていた彼が、今はなぜか怖い。
「…………」
この方は、私のことを知っているのだろうか。
黒髪がコスピラトーレ王国王族の証だと教えてくれたのも殿下だ。
そのことからも、おそらくサヴェーリオ殿下は私のことを知っているはずだ。
それに、やり直す前は三年生の春に出会ったのに、今回はまだ学院に入って半年も経っていない。
イヴァーノとも今回の生では出会いが早まったので、私の選択や行動が変わったせいで、色々なことが変わってきているのかもしれない。
私は私を見つめているサヴェーリオ殿下をじっと見つめ返した。
以前は私が好きだと言って彼を追いかけていた。私たちが一緒にいるのは危険なのに、彼は特に何かを言うこともなく、側にいることを許していた。
以前の彼は一体何を想っていたのだろう……。そして、今の彼も何を想っているのだろうか。
殿下は、鬼司教に送られている暗殺者のことを知っているのかしら?
「王太子殿下も素材採取ですか? 共を連れずに、こんなに森の深くまで来ても大丈夫なのでしょうか?」
「……其方はよいのか?」
「私はよいのです。素材採取は一人で黙々としたいタイプなので……」
「…………」
この人の考えていることを知りたくて、話しかけてみたけれど、彼はこれ以上何も話してくれなかった。無言のまま、私を見つめている。
その目に居心地の悪さを感じた私は、「御前失礼いたします」と言って、カーテシーをして立ち去ろうとした。
すると、背中を向けた途端、「其方は、今幸せか?」という言葉が、微かに聞こえてくる。それはとても小さな声だったけれど、確かに私の耳に届いた。
なので、私は振り返り彼の目をじっと見据え、「幸せです」としっかりと答えた。
「ならばよい」
「……殿下、私の幸せを考えてくださるなら、イストリアとの関係を改めてちゃんと考えるように、お父上に言ってください。一国の王として、何が最善かを考えてくださるように伝えてください」
「…………」
私の言葉にサヴェーリオ殿下が小さく目を見張る。でも、すぐにその表情が不機嫌なものに変わっていく。
その表情を見る限り、彼は私の言葉をよく思わなかったのだろう。そうなのだとしたら、私たちは相容れない。コスピラトーレがこのままイストリアと戦う道を選ぶのなら、私は実の兄でもある貴方にも剣を向ける覚悟だ。
私が殿下にきつい眼差しを向けると、彼は「アリーチェは悪い子だな」と吐き捨てるように言った。
「躾が行き届いていないようだ。可哀想に」
し、しつけ? 可哀想?
続けて殿下の口から出た言葉に目を瞬いた。それと同時にむっとする。
「それはどういう意味ですか?」
私が聞き返すと、サヴェーリオ殿下が私の腕を痛いくらいに掴んでくる。その力強さに眉を寄せると、彼は嗤った。
「其方は我がコスピラトーレのものだ。それだけは忘れるな。従うべきは、どちらかは考えずとも分かるだろう?」
「いいえ、私はイストリアの人間です。従うべきは、イストリアです」
私は掴まれている腕を振り払い、殿下を力一杯睨みつけた。
「その口ぶりだと、すべてを知っているのでしょう? ならば、我が師への無礼な行いの数々に対して、どうお思いですか? 私はコスピラトーレを軽蔑しています。二度と師に暗殺者を送らないと、今ここで約束してください」
私が声を荒げると、殿下……いや王太子が足を上げる。私を蹴ろうとする動きに、私は後ろに飛び退いた。
「何をなさるのですか!?」
「軽蔑とはおかしなことを言うものだ。はぁっ、なんと愚かな。一から躾け直さねばならぬようだな。アリーチェ、こちらへ来い。己の立場を分からせてやろう」
「絶対に嫌です!」
私は鬼司教から入学祝いにもらった杖を魔法で出し、それを剣に変える。それを構えて、王太子を睨みつけると、王太子の纏っている雰囲気が変わった。抑えきれない魔力がバチバチと雷のように体から漏れ出ている。
もう言葉は通じなさそうね。
「fiamma!」
「barriera!」
王太子が呪文を唱えた瞬間、青い炎が大蛇のように轟いた。慌てて結界の範囲を広げたけれど、王太子は何度も炎で攻撃してくる。
そのせいで森が焼けてしまった。ざっと見渡せる限りの森が燃えてしまっている。
緑豊かで美しかった森は、焼け野原になり、巻き込まれた魔獣が魔石に変わって、辺りに散らばっている。
このままではまずい。
学院の森が焦土と化してしまう。
それに躾とか言っているけれど、この人は間違いなく私を殺すつもりだ。
「アリーチェ、火傷をしたくなかったら、こちらへ来い。今なら許してやろう」
「attivare!」
「うわっ! なんだこれは!?」
私は虫が降ってくる魔法陣を描き、始動させた。まさか使う機会が訪れるなんて思いもしなかった。どんなものにも使いみちがある。気持ち悪い魔法陣でも、ちゃんと覚えておいて正解だった。
王太子は突如として降ってわいた虫を振り払うのに忙しそうなので、その隙に転移の魔法陣を始動させる。
私は森がこれ以上焼けないためにも、一時退却することにした。
「destinazione イストリア神殿、執務室」
◆ ◇ ◆
「うわっ!」
「きゃあっ!」
私が突然現れたものだから、執務室にいた神子や神官達が悲鳴をあげる。鬼司教は何かを感じたのか、立ち上がり、私の頬についている煤を指で拭った。
「何があった?」
「学院の森でコスピラトーレの王太子と戦いになりました。そのせいで森が真っ黒焦げになってしまいました」
「何?」
私の言葉に鬼司教の眉間に深い皺が刻まれる。
私は森であったことを包み隠さず、すべて話した。
これ以上、森の被害を大きくしたくなかったので、逃げたこともちゃんと話した。
「良くやった、アリーチェ。それでよい。逃げることは決して間違いではない」
「……けれど、森が。あの、どうにかなりませんか? あの森が焼けると学院の皆がとても困ります」
「放っておいても、森自体が持つ回復力で、自然と元に戻る……だが、被害状況次第では時間はかかるだろうな」
私は森が持つポテンシャルに驚くと共に感動した。でも、状況的に回復には時間がかかってしまうかもしれない。
その後、鬼司教は森の確認のついでに、私を学院まで送ってくれることになった。
森に転移すると、焼け焦げた臭いが鼻をつく。
「これは酷いな……。これだけ酷いと、自然回復に任せると数年はかかるだろう」
「そんな……」
鬼司教の言葉と険しい表情からも、森の受けたダメージの深さがよく分かる。
ここは皆の場所なのに……。
私は王太子が炎を放った場所を唇を噛みながら恨めしそうに見つめた。辺り一面焼け焦げ、草一本生えていない。周囲にいた魔獣もすべて魔石となり、とてもひどい状態だ。
その光景にショックと怒りで、体がわなわなと震える。
「これは回復せねばならんな」
「え? できるのですか?」
鬼司教は溜息をついて、その焼け野原の中央に立った。そして、「bacchetta magica」と唱え、とても神々しく光った大きな杖を出す。
私がその杖から目が離せないくらい驚いていると、鬼司教が「guarigione」と唱えた。その瞬間、杖が緑に光り、鬼司教を中心に魔力が渦巻き、風が起こる。
隣にいた私の髪が風に揺られて舞い上がり、神子服の裾がぶわりと翻る。大きな風に耐えながら、目を開くと見る見るうちに焼けていた土が綺麗な土になり、草花が芽吹いていった。
「わぁ!」
私が感嘆の声をあげて感動していると、鬼司教は「こんなものか……」と言って、杖を消す。
「鬼司教! すごい! すごいです! 私、感動しました!」
「だが、大量に死んだ魔獣は還って来ぬ。しばらくは魔獣を倒し、魔石を取ることは禁じねばならんな」
「薬草や魔石の花だけでも戻ったんですから、やっぱり素晴らしいです。ありがとうございます!」
私が興奮していると、鬼司教は私を一瞥し、分かりやすいように溜息をついた。そして私の頬をつねる。
「いひゃい……れす」
急に何するの?
「第一、其方が素材を求めて森を彷徨いていなければ起きなかったことだ。これからは、しばらく一人での行動と学院の森への立ち入りを禁ずる」
「え? そんな……」
「退屈しないように、課題をたくさん出してやるから安心しなさい」
「…………」
それは安心とは何かが違う。
その後は、王太子のせいで死んだ魔獣の魔石を拾い、鬼司教と一緒に寮へ向かった。
戻るとエレナとダーチャが待っていて、私を見るなり安堵の表情を浮かべた。
遅くなったから、とても心配をかけてしまったようだ……。
「まあまあ、姫様! 帰ってくるのが遅いので、心配していたのですよ。神殿へ行くのなら一言だけでも言伝てくださいな」
「ごめんなさい、ダーチャ」
「私、てっきり殿下とデートしているのかと思っていました……」
「エレナ!」
エレナが残念そうにそう言うと、ダーチャから叱責が飛んできた。
怒られているのはエレナなのに、一緒に怒られている気分になってしまうのは何故だろうか、不思議だ……。
「遅くなってすまない。懸念事項があり、この時間までアリーチェを引き止めてしまったのだ」
「それなら仕方がありませんが、次からは一言お願い致します」
「約束しよう」
鬼司教はダーチャに頭を下げた。そして、私一人での行動禁止や、学院の森への立ち入り禁止を徹底させて欲しいと伝え始める。
うう……仕方がないけれど辛い……。
「承知いたしました。元々、殿下の婚約者であり、公爵家の公女であられる姫様が共もつけず、学院内を歩きまわり、森で採取することに対して、ずっと改めてほしいと思っていたのでちょうどよいです」
ダーチャが満足そうに快諾している。
私はダーチャの不満に対してて、薄々気づいてはいたけれど、敢えて気づかないふりをしていた。それなのに、こんなにもハッキリ言われると、とても複雑だ。
「では、頼んだぞ。殿下には、私から伝えておく」
鬼司教はそう言ったあと、私に課題を山ほど積み上げて帰っていった。ダーチャは、そのたくさんの課題を見て、私のポーション研究が減って勉強に費やす時間が増えると、とても喜んでいたので、私はさらに複雑な心持ちになった。
「はい。夕食後に少しだけ」
夏季休暇明けの勉強会のあと、フェリチャーナと話しながら、一緒に多目的ホールを出る。
学院の裏の森では、薬草や魔石が豊富に取れる。魔石は魔獣を倒して得るものと、花のように咲いているものがある。
本格的なポーションを作ったり、魔石にこめられている魔力を、補助に使う場合などは、魔獣から得る大きい魔石が必要だ。でも授業などで作るような下級ポーションには魔石の花で充分だ。
なので、学院の生徒たちは用途に合わせて、自由に森に入り、素材採取に励んでいる。
「今日はいつもより奥に行ってみようかしら」
基本的に生徒は入り口付近のみで奥には入らない。でも、鬼司教から森の奥深くには貴重な薬草や魔獣がいると教えてもらったことがある。けれど、当然ながら危険も伴うので入る場合は、友人達と協力して入れと言っていた。
「…………」
でも私は治癒魔法が扱えるし、攻撃魔法だって自信がある。鬼司教が危険だと言うからには、奥深くにいる魔獣は入り口付近にいるのとは違い、強いのだろう。
私はむくむくと湧いてきた興味に抗えなかった。
自分の力を過信してはいけないとはいえ、少しなら……。
私は「少しなら大丈夫よ」と独り言ちりながら、森の奥に入っていった。
「わぁ、すごい! たくさん、貴重な薬草が生えているわ!」
予想どおり、入り口付近よりも強い魔獣がいるし、珍しい薬草もたくさん生えている。
私が感動に目を輝かせていると、人の気配がした。
やっぱり同じことを考える人はいるものね。
私はその人の邪魔にならないように、少し離れた場所で素材採取に励もうと考えた。そして診療所で使う薬の素になる薬草を摘んでいく。
でも、距離を置こうとしている私とは違い、その人はなぜか近寄ってくる。
なんなんだろうと思って振り返った瞬間、私はハッとした。
「サヴェーリオ王太子殿下……」
「アリーチェ……」
黒髪に黒い瞳。影を背負っているような雰囲気。
忘れるはずなんてない。やり直す前はとても好きだった──私の初恋の人。
私の実の兄様……。
「あ……申し訳ございません、王太子殿下。素材採取をしておりました一年生のアリーチェ・カンディアーノと申します」
予想していなかった再会に硬直してしまったけれど、すぐにハッとして、私は慌ててカーテシーをした。
すると、彼の目がすっと細まる。
その彼の表情に背中にぞくりとしたものが走った。以前は素敵だと思っていた彼が、今はなぜか怖い。
「…………」
この方は、私のことを知っているのだろうか。
黒髪がコスピラトーレ王国王族の証だと教えてくれたのも殿下だ。
そのことからも、おそらくサヴェーリオ殿下は私のことを知っているはずだ。
それに、やり直す前は三年生の春に出会ったのに、今回はまだ学院に入って半年も経っていない。
イヴァーノとも今回の生では出会いが早まったので、私の選択や行動が変わったせいで、色々なことが変わってきているのかもしれない。
私は私を見つめているサヴェーリオ殿下をじっと見つめ返した。
以前は私が好きだと言って彼を追いかけていた。私たちが一緒にいるのは危険なのに、彼は特に何かを言うこともなく、側にいることを許していた。
以前の彼は一体何を想っていたのだろう……。そして、今の彼も何を想っているのだろうか。
殿下は、鬼司教に送られている暗殺者のことを知っているのかしら?
「王太子殿下も素材採取ですか? 共を連れずに、こんなに森の深くまで来ても大丈夫なのでしょうか?」
「……其方はよいのか?」
「私はよいのです。素材採取は一人で黙々としたいタイプなので……」
「…………」
この人の考えていることを知りたくて、話しかけてみたけれど、彼はこれ以上何も話してくれなかった。無言のまま、私を見つめている。
その目に居心地の悪さを感じた私は、「御前失礼いたします」と言って、カーテシーをして立ち去ろうとした。
すると、背中を向けた途端、「其方は、今幸せか?」という言葉が、微かに聞こえてくる。それはとても小さな声だったけれど、確かに私の耳に届いた。
なので、私は振り返り彼の目をじっと見据え、「幸せです」としっかりと答えた。
「ならばよい」
「……殿下、私の幸せを考えてくださるなら、イストリアとの関係を改めてちゃんと考えるように、お父上に言ってください。一国の王として、何が最善かを考えてくださるように伝えてください」
「…………」
私の言葉にサヴェーリオ殿下が小さく目を見張る。でも、すぐにその表情が不機嫌なものに変わっていく。
その表情を見る限り、彼は私の言葉をよく思わなかったのだろう。そうなのだとしたら、私たちは相容れない。コスピラトーレがこのままイストリアと戦う道を選ぶのなら、私は実の兄でもある貴方にも剣を向ける覚悟だ。
私が殿下にきつい眼差しを向けると、彼は「アリーチェは悪い子だな」と吐き捨てるように言った。
「躾が行き届いていないようだ。可哀想に」
し、しつけ? 可哀想?
続けて殿下の口から出た言葉に目を瞬いた。それと同時にむっとする。
「それはどういう意味ですか?」
私が聞き返すと、サヴェーリオ殿下が私の腕を痛いくらいに掴んでくる。その力強さに眉を寄せると、彼は嗤った。
「其方は我がコスピラトーレのものだ。それだけは忘れるな。従うべきは、どちらかは考えずとも分かるだろう?」
「いいえ、私はイストリアの人間です。従うべきは、イストリアです」
私は掴まれている腕を振り払い、殿下を力一杯睨みつけた。
「その口ぶりだと、すべてを知っているのでしょう? ならば、我が師への無礼な行いの数々に対して、どうお思いですか? 私はコスピラトーレを軽蔑しています。二度と師に暗殺者を送らないと、今ここで約束してください」
私が声を荒げると、殿下……いや王太子が足を上げる。私を蹴ろうとする動きに、私は後ろに飛び退いた。
「何をなさるのですか!?」
「軽蔑とはおかしなことを言うものだ。はぁっ、なんと愚かな。一から躾け直さねばならぬようだな。アリーチェ、こちらへ来い。己の立場を分からせてやろう」
「絶対に嫌です!」
私は鬼司教から入学祝いにもらった杖を魔法で出し、それを剣に変える。それを構えて、王太子を睨みつけると、王太子の纏っている雰囲気が変わった。抑えきれない魔力がバチバチと雷のように体から漏れ出ている。
もう言葉は通じなさそうね。
「fiamma!」
「barriera!」
王太子が呪文を唱えた瞬間、青い炎が大蛇のように轟いた。慌てて結界の範囲を広げたけれど、王太子は何度も炎で攻撃してくる。
そのせいで森が焼けてしまった。ざっと見渡せる限りの森が燃えてしまっている。
緑豊かで美しかった森は、焼け野原になり、巻き込まれた魔獣が魔石に変わって、辺りに散らばっている。
このままではまずい。
学院の森が焦土と化してしまう。
それに躾とか言っているけれど、この人は間違いなく私を殺すつもりだ。
「アリーチェ、火傷をしたくなかったら、こちらへ来い。今なら許してやろう」
「attivare!」
「うわっ! なんだこれは!?」
私は虫が降ってくる魔法陣を描き、始動させた。まさか使う機会が訪れるなんて思いもしなかった。どんなものにも使いみちがある。気持ち悪い魔法陣でも、ちゃんと覚えておいて正解だった。
王太子は突如として降ってわいた虫を振り払うのに忙しそうなので、その隙に転移の魔法陣を始動させる。
私は森がこれ以上焼けないためにも、一時退却することにした。
「destinazione イストリア神殿、執務室」
◆ ◇ ◆
「うわっ!」
「きゃあっ!」
私が突然現れたものだから、執務室にいた神子や神官達が悲鳴をあげる。鬼司教は何かを感じたのか、立ち上がり、私の頬についている煤を指で拭った。
「何があった?」
「学院の森でコスピラトーレの王太子と戦いになりました。そのせいで森が真っ黒焦げになってしまいました」
「何?」
私の言葉に鬼司教の眉間に深い皺が刻まれる。
私は森であったことを包み隠さず、すべて話した。
これ以上、森の被害を大きくしたくなかったので、逃げたこともちゃんと話した。
「良くやった、アリーチェ。それでよい。逃げることは決して間違いではない」
「……けれど、森が。あの、どうにかなりませんか? あの森が焼けると学院の皆がとても困ります」
「放っておいても、森自体が持つ回復力で、自然と元に戻る……だが、被害状況次第では時間はかかるだろうな」
私は森が持つポテンシャルに驚くと共に感動した。でも、状況的に回復には時間がかかってしまうかもしれない。
その後、鬼司教は森の確認のついでに、私を学院まで送ってくれることになった。
森に転移すると、焼け焦げた臭いが鼻をつく。
「これは酷いな……。これだけ酷いと、自然回復に任せると数年はかかるだろう」
「そんな……」
鬼司教の言葉と険しい表情からも、森の受けたダメージの深さがよく分かる。
ここは皆の場所なのに……。
私は王太子が炎を放った場所を唇を噛みながら恨めしそうに見つめた。辺り一面焼け焦げ、草一本生えていない。周囲にいた魔獣もすべて魔石となり、とてもひどい状態だ。
その光景にショックと怒りで、体がわなわなと震える。
「これは回復せねばならんな」
「え? できるのですか?」
鬼司教は溜息をついて、その焼け野原の中央に立った。そして、「bacchetta magica」と唱え、とても神々しく光った大きな杖を出す。
私がその杖から目が離せないくらい驚いていると、鬼司教が「guarigione」と唱えた。その瞬間、杖が緑に光り、鬼司教を中心に魔力が渦巻き、風が起こる。
隣にいた私の髪が風に揺られて舞い上がり、神子服の裾がぶわりと翻る。大きな風に耐えながら、目を開くと見る見るうちに焼けていた土が綺麗な土になり、草花が芽吹いていった。
「わぁ!」
私が感嘆の声をあげて感動していると、鬼司教は「こんなものか……」と言って、杖を消す。
「鬼司教! すごい! すごいです! 私、感動しました!」
「だが、大量に死んだ魔獣は還って来ぬ。しばらくは魔獣を倒し、魔石を取ることは禁じねばならんな」
「薬草や魔石の花だけでも戻ったんですから、やっぱり素晴らしいです。ありがとうございます!」
私が興奮していると、鬼司教は私を一瞥し、分かりやすいように溜息をついた。そして私の頬をつねる。
「いひゃい……れす」
急に何するの?
「第一、其方が素材を求めて森を彷徨いていなければ起きなかったことだ。これからは、しばらく一人での行動と学院の森への立ち入りを禁ずる」
「え? そんな……」
「退屈しないように、課題をたくさん出してやるから安心しなさい」
「…………」
それは安心とは何かが違う。
その後は、王太子のせいで死んだ魔獣の魔石を拾い、鬼司教と一緒に寮へ向かった。
戻るとエレナとダーチャが待っていて、私を見るなり安堵の表情を浮かべた。
遅くなったから、とても心配をかけてしまったようだ……。
「まあまあ、姫様! 帰ってくるのが遅いので、心配していたのですよ。神殿へ行くのなら一言だけでも言伝てくださいな」
「ごめんなさい、ダーチャ」
「私、てっきり殿下とデートしているのかと思っていました……」
「エレナ!」
エレナが残念そうにそう言うと、ダーチャから叱責が飛んできた。
怒られているのはエレナなのに、一緒に怒られている気分になってしまうのは何故だろうか、不思議だ……。
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「それなら仕方がありませんが、次からは一言お願い致します」
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