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やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される

Adria

勉強会

「ここがアリーチェの部屋か……」

 寮に着くと、ルクレツィオ兄様が興味深そうに見てまわり始めたので、私も一緒に見ることにした。

 ちなみに寮の部屋は、身分順で広い部屋が割り当てられる。王子イヴァーノの婚約者であり、公爵令嬢である私の部屋はこのフロアすべてだ。寝室に居間、応接室や仕えてくれる侍女達の部屋に水回りの設備。あと、ゲストルームなんかもあったりするので、私が部屋の隅で薬の研究をしていても問題ないと思う。

 私は自分の部屋に入って、中をぐるりと見渡した。

「アリーチェ、難しい顔をしてどうしたんだい?」

 私が目算で、どれくらいの大きさの机や棚を入れられるか確認していると、ルクレツィオ兄様が首を傾げながら顔を覗き込む。

 その兄様の顔を見た瞬間、私はダーチャの説得役を任せようと閃いた。


「ここの角に置いてある調度品類が邪魔なので退かそうと思うのです」
「……それで? 代わりに何を置きたいの?」
「大きめの机と薬草や薬品、魔石を入れられる棚を……。なので、ダーチャを説得してください」
「予想どおりの答えで、僕は悲しいよ」

 甘えられるのが大好きな兄様の腕に自分の腕を絡ませ、上目遣いでねだる。でも、喜んで了承してくれると思っていた兄様は呆れたような声を出して首を横に振る。私が悲しそうな顔を作って見つめると、なぜか笑い出した。

 え? どうして笑うの?

 私が驚いていると、それを見ていたイヴァーノも一緒になって笑い出す。


「えっ? なんですか? 私、何か変なこと言いました?」
「いや。アリーチェらしいのだし、よいのではないか?」
「どうだろうね。間違いなくダーチャの雷が落ちると思うな。説得か……。面倒だし、僕は嫌だな」
「面倒だなんて、ひどい……」

 笑いながらも許可を出してくれるイヴァーノとは対照的に、ルクレツィオ兄様は面倒くさそうに断ってくる。

 私は散々笑って目に浮かんだ涙を手で拭っている兄様を見て、愕然とした。

「兄様。そこは兄様の腕の見せどころです。面倒だなんて言わないでください!」
「えー。僕、別に研究スペースなんていらないもん」
「そこは可愛い妹のために、なんとかダーチャを」
「いけません!」

 いつもは鬱陶しいくらい構ってくるくせに、興味なさそうに背中を向ける兄様にがしっと抱きつく。その瞬間、耳がつんざきそうなくらい大きな声が、部屋に響いた。

 おそるおそる振り返ると、ダーチャが腰に手を当てて立っている。

「ダーチャ……。イヴァーノが、王子殿下がいいと言ったのよ」
「いけません、姫様。そういうことは神殿の中だけになさいませ! この学院は、イストリアの貴族としてより良く学ぶためにあるのです! 研究をするためではありません」
「でも私の研究は長い目で見れば、絶対に国のためになるわ。だから、大丈夫よ」
「屁理屈は許しませんよ、姫様!」

 一蹴されてしまった私は、次はダーチャにがしっとしがみついた。
 バラ色の学院生活のためにも、私は負けるわけにはいかないのだ。

「お願い、ダーチャ。絶対に散らかさないし、夜更かしもしないから」
「なりません! 奥様とライモンド様に報告しますよ!」
「う……」

 お母様とライモンド兄様の名を出すなんてズルい……。

 私は少し怯んでしまった。すると、見兼ねたイヴァーノとルクレツィオ兄様が私たちの間に入ってくれる。


「ダーチャ、そのように頭ごなしに反対してやるな。いつも頑張っているのだから、趣味くらい好きにさせてやれ」
「それに趣味が充実すれば、きっと勉強も捗ると思うよ。研究させてあげたら、卒業するまで学年首席を維持できるってさ」
「うんうん……え!?」

 得意げに相槌を打っていると、最後の兄様の言葉で目をくわっと剥いた。

 今、卒業するまで学年首席とか言わなかった?

 私が震えていると、ダーチャと兄様は一番が取れなかった場合は研究をやめさせるということで勝手に合意した。


「え? 待って。あの……ルクレツィオ兄様?」
「アリーチェならできるよ。頑張ってね」
「アナクレトゥスからも一年生のうちに三年生までの勉強を完璧にしろと言われていただろう? ならば、楽勝ではないか」
「それはそうですけれど……」

 イヴァーノが私の肩に手を置いて励ましてくるけれど、まったく励ましになっていない。

 というか、鬼司教もイヴァーノも私に二学年も先の勉強を完璧にやり遂げろって本気で言っていたの? どうしよう。二人が本当の鬼に見えてきた。

 私は顔を引き攣らせた。
 これはまずい。楽しい研究の時間を守るためにも、至急どうにかしなきゃ。


 ◆     ◇     ◆


「ん~っ」
「お疲れのようですわね、アリーチェ様」

 私は朝、学院の廊下で軽く伸びをした。すると、背後からフェリチャーナが私の肩を軽く叩く。

「フェリチャーナ……」

 私は以前からの友達が声をかけてきてくれて嬉しい反面、お行儀の悪いところを見られた恥ずかしさで縮こまった。

 彼女はフェリチャーナ・マラテスタ。
 赤茶色の髪がふんわりとしていて、あどけなさが残る可憐な雰囲気。その髪と同じ赤茶色の瞳と優しげな声。何一つ記憶と変わることのない私の大切な友達だ。

 初授業の日に速攻で「お友達になってください!」と声をかけに言ったのよね。

「ごめんなさい。恥ずかしいところを見られてしまいましたね」
「いいえ」

 小さく笑う彼女に、私は頬を赤く染めた。

 これは夜明け前から神殿に行って一仕事終えてきたという開放感からつい……。
 そう、私は鬼司教からもらった転移の魔法陣が施された布を使い、呼ばれてもいないのに神殿に行っている。執務のお手伝いを少しして、鬼司教にちゃんと休憩を取るんですよと口うるさく言ってから、皆が起き出す前に寮に戻っているのだ。そして何食わぬ顔で起きたふりをし、朝食を摂って、今のように教室へと向かう。学院に入って二週間。私はそんな生活を続けている。

 鬼司教は私を見るたびに、やれやれといった顔をしてくるけど、普段と変わらずに私の前に仕事を積み上げてくるので、さほど気にしていないのだと思う。

 でもそんなことは言えないので、私は口元に手を当てて、うふふと笑って誤魔化した。


「そういえば、フェリチャーナは学院生活には慣れましたか? 私は正妃教育でいないことも多いので、いまいち教室に入る時、緊張しちゃいます」

 すると、彼女の表情が少し曇る。その表情の意味をはかりかねて、私は首を傾げた。

「フェリチャーナ? 何かあったのですか?」
「何かあったというわけではないのですけれど、わたくし……、実は授業についていくのがやっとなのです。なので、慣れるのはまだ先になりそうですわ」

 そうか……。フェリチャーナ、早くも躓いているところが出てきているのね。

 フェリチャーナの授業についての悩みを聞きながら、私は閃いた。

 正直な話、ノービレ学院の学問のレベルは高い。以前は、まったくついていけずに早々に諦めたので、困る気持ちは痛いほどに分かる。

 私も鬼司教とイヴァーノに、学年首席と二学年先までの学力を求められているので、死ぬ気で勉強しなければならない。ならば、これはもう一緒に勉強すればいいのでは?

 そうすれば以前のように、いいえ、以前よりも、仲良くなれるはずだ。


「では放課後、寮の談話室で一緒に勉強しませんか? 分からないところは一人で悩むより、人に聞くほうがいいと思います。私なら教えられますよ」
「え? ですが……それではアリーチェ様にご迷惑をおかけしてしまいませんか? わたくしは、アリーチェ様のような優秀な方から教えていただけるなら、とても助かるのですけれど……」
「気にしないでください。むしろ、私のためだと思って一緒に勉強しましょう」

 私は申し訳なさそうにしているフェリチャーナの肩に手を置き、「任せてください」と笑いかけた。

 人に教えることができてこそ、真に理解しているというもの。それに分かりやすく教え方を工夫することで、さらに成長も望めるだろう。

 フェリチャーナと仲良くなれて、成績も上がる。いいこと尽くめだ。


 私の提案にフェリチャーナがとても嬉しそうに微笑んでくれたから、私はとても嬉しくなった。


 ◆     ◇     ◆


「これは……」
「ごめんなさい、アリーチェ様。アリーチェ様に勉強を教えていただくと話したら、皆も教わりたいって……」

 翌日の放課後、談話室に向かうと、フェリチャーナ以外にも五人くらいの令嬢がいて、驚いてしまった。

 話を聞いてみると、皆もフェリチャーナのように算術や歴史、地理。それから音楽の実技などに躓いている子が多かった。

「アリーチェ様は入ったばかりの試験で、すべて満点だったでしょう。だから、わたくしたち……」

 とても申し訳なさそうな令嬢たちに、私は慌てて首を横に振った。

 驚いてしまったけれど、これは願ったり叶ったりではないのだろうか。このやり直しの生では、フェリチャーナ以外の子達とも仲良くなりたいと思っていた。

 これはとてもよいスタートなのでは?

「そのような顔をしないでください。皆で一緒に勉強したほうが、絶対に捗ります。一緒に頑張りましょう!」
「はい! ありがとうございます、アリーチェ様」

 とても喜んでくれる皆に、私も嬉しくなって、にこにこと微笑んだ。
 そして昨日、急いで作ってきた対策の問題集と参考書を取り出して、魔法で人数分複写し、皆に配った。


「これは、授業の要点をまとめた参考書と今後の試験対策のための問題集です。作ってきました。これを中心に勉強していきましょう。分からないところがあれば、皆で協力して解いていきましょうね」

 すると、皆から感嘆の声が上がる。皆が目を通しながら、とても喜んでくれている姿を見て、昨日徹夜して作った甲斐があったと、にんまりする。

 私はライモンド兄様や鬼司教から叩き込まれているので、一年生の座学なら余裕で教えられる。勉強を頑張っておいて本当に良かった。
 

「そして声楽や楽器が苦手という方は、私の侍女のエレナがお教えします。エレナは、音楽を優で卒業していますし、お父上は宮廷楽師をされているので、絶対に力になれると思います」

 そう、実はエレナには音楽の才能がある。楽師になれるのではないかと思うほどだから、きっと皆の助けになれるはずだ。


 私たちは早速、皆で勉強を始めた。談話室のテーブルを一つ一つ周りながら、丁寧に教えていくと、皆ともお話ができて一石二鳥だし、とても楽しい。

 一年生の始まりで躓いているところは大体、皆同じだったので、比較的スムーズに進んでいった。声楽や楽器もエレナの指導で皆頑張っているみたいだし、とても順調だ。


 そして、いつしか一人増え、二人増えと、放課後に勉強するのが日課になった頃、選択コースや男女関係なく、一年生全員が参加するようになっていた。
 そうなると、さすがに寮の談話室では狭すぎるし、ほかの学年の生徒の方に迷惑をかける恐れがあるので、イヴァーノに頼んで寮の多目的ホールを開放してもらうことにした。

 その日の授業で分からなかったところを中心に勉強したり、明日の予習をしたり、皆で勉強をするのが習慣になっていくと、一年生全体の基礎学力が自然と上がっていく。

 ふふっ、よい傾向だ。先生にも褒められるし、皆も勉強に余裕ができたおかげか、交流や趣味などのほかのことにも時間を使えるようになって、学院生活が充実してきたみたいだ。
 それに、本来ならコースが違う人達との交流は難しいのに、この勉強会のおかげで一年生皆がとても仲良くなれた。これを卒業まで続けていければ、卒業後もとても良い関係が築けて、国のためにもなると思う。


「アリーチェ様、本当にありがとうございます。わたくし、最近学院がとても楽しいんですよ」
「あら、わたくしもですよ」
「私も嬉しいですし、とても楽しいです。これからも、仲良く勉強していきましょうね」
「もちろんです!」

 私の言葉に、皆も笑顔で頷いてくれる。

 嗚呼、とても幸せだ。
 こうやって皆と友情を育めていけることが、こんなにも嬉しいなんて、以前の私は知らなかった。

 本当にやり直せてよかった。
 私はこの生でとても素晴らしいものをたくさん得ることができている。

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