やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される
謁見
「え? 国王陛下から?」
イヴァーノのお母様とお会いして二週間くらいが経った頃、一度会って話がしたいと召喚命令がくだった。
お義母様が婚約式を……みたいなとことを言っていたので覚悟はしていたのだけれど、イヴァーノは内心複雑なようだ。
そうよね……。不安のほうが大きいわよね。
鬼司教の執務机の前に並んで立つイヴァーノを不安げに盗み見る。すると、鬼司教が大仰な溜息をついた。
「やっとか……。遅いくらいだな」
「だが、今会わせてよいのだろうか? アナクレトゥス、其方はどう思う?」
「ですが、アリーチェをいずれ正妃にと望むのなら避けて通れない道ともいえます。それに、王妃陛下の言うとおり、何かあった時に殿下の正式な婚約者となっていたほうが、色々と都合がよいです。それに覚悟なら、すでにできているのでしょう?」
「ああ、アリーチェは必ず守る」
二人の深刻な表情と話に、本当に歓迎されていないのだなと、まざまざと思い知る。
陛下は……私をよく思っていない。それが当たり前なのだ。私の素性を知っているのに好意的なイヴァーノやお義母様のほうが珍しいのだから。
私は胸元をぎゅっと掴んだ。
よく思われていないのなら、気に入ってもらえるように頑張ればいい。
とりあえずはコスピラトーレの件をうまく収めることができれば……陛下の気持ちも少しは良いほうに変わるだろうか?
私は認めてもらえるために頑張ろうと、拳を固く握りしめた。
「アリーチェ。不安にさせるようなことばかりを言って悪かった。何があっても必ず守る。だから、父上に会ってくれぬか?」
イヴァーノが私のほうに向き直り、手を差し出した。私はその手を迷わずに取り、にこっと微笑む。
私の立場上、不安や懸念があるのは当然のことだ。けれど、それを取り除こうとしてくれる皆の想いに私は応えたい。
何より、イヴァーノと共に歩みたい。
私はそのための努力なら惜しまない。
「もちろんです。それに私は簡単なことで折れたりしないので、そんなに心配しないでください。それより、私が神殿を離れている間、また鬼司教に暗殺者が襲ってくるほうが心配です。なので、近衛兵か騎士を貸してくれませんか?」
「愚か者。そんなものいらん。其方に心配してもらわずとも、私は大丈夫だ。それよりも己の心配をしておけ。国王は善人ではない。余計なことを考えていたら、罠に嵌るのは其方だぞ」
「……はい」
私はしょんぼりと肩を落とした。
そりゃ、鬼司教は強い。おそらく、この国で一番強い。自分の身くらい、自分で守れるだろう。でも、師を守りたいと思うのが弟子というものなのだ。分かってほしい。
「…………」
鬼司教は、私が怒ってコスピラトーレと戦うと言い出すと分かっていたから、暗殺者のことを知らせなかったのだと、言った。そして、鬼司教は言ってくれた。「国王の意のままに動く手駒にも、国のために死ぬ英雄にもなる必要はない。己の幸せだけを考えろ」と――
その想いに報いたいけれど、やっぱり私は大切な人に牙を剥くコスピラトーレを許せない。
英雄になりたいなんて烏滸がましいことを考えてはいないけれど、陛下に認めてもらえるだけの力は必要だ。
私はぐっと拳を握り、鬼司教に向き合った。
「鬼司教。実は私、とてもわがままなんですよ。だから、欲しいものは絶対に手に入れてみせます。鬼司教の身の安全も、そして陛下に認めていただくのも。どちらも成し遂げます」
「ならば、さっさと行って婚約式を挙げるという確約でも得てきなさい」
「はい!」
手でしっしっと示す鬼司教に、私は元気よく返事をした。すると、イヴァーノが「其方は一人ではないのだから、もう少し肩の力を抜け」と言って、肩を抱いてくれる。
イヴァーノ、ありがとうございます。
貴方が側にいてくれるから、私は怖いけれど、陛下に立ち向かえるんですよ。
私は心の中で独り言ちりながら、神子服からイヴァーノが少し前に贈ってくれたドレスに着替え、王宮へと向かった。
不思議だ。いつもはドレスなんて、重いし動きづらいし、鬱陶しいと思っていたけれど、今は頼もしく感じる。まるで戦闘服を着たみたいに心が引き締まった。
イヴァーノがプレゼントしてくれたドレスだからかしら?
「そういえば、陛下が善人ではないというのはどういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。と言っても、あの方は母上のように勘が鋭いわけでもなく、ただの小物ゆえに、気をつけていれば、それほど問題はない」
「そんな……イヴァーノのお父様なのに……」
馬車の道中、気になっていたことを訊ねると、イヴァーノが苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。
そういえば、お母様が「お兄様は優しいけれど、下衆なところが玉に瑕なのよね」と言っていた気がする。あの時は、国王陛下が下衆? と首を傾げたものだけれど、イヴァーノの話を聞く限り、嘘ではないのかもしれない……。
「アリーチェ。あの方は、表面上和やかに優しく其方を認めてくれるだろう。だが、目に映るものだけを決して信じるな……」
「イヴァーノ……?」
「あの方は、全て己の手駒だと考えている。どれほど、楽に国を治められ、己の利益になるかくらいしか考えていない。そのために邪魔になるのなら、アリーチェでも私でも消すだろう」
「そんな……」
「あの方には親子の情などない。アリーチェ、私は父上の思惑通りに其方を失うつもりなどない。しがみつけ。絶対に、私の手を離すな。私は絶対にこの手を――アリーチェを離さぬ。アリーチェ、何があっても必ず其方を守ると誓おう」
力強く握ってくれるイヴァーノの手を、戸惑いがちに見つめる。
そんなことってある?
私なら分かるけれど、イヴァーノまで消すだなんて……。
私は唇をきゅっと引き結んだ。
きっと以前も今も、イヴァーノは父親の愛情を知らないのだ。だから、あのように冷たいイヴァーノができあがったのかもしれない……。
私はイヴァーノにぎゅっと抱きついた。そして、いつも彼がしてくれているように頭を撫でる。
「イヴァーノ。私がいます。私が陛下の分も、いえ、それ以上にイヴァーノを愛します」
私が考えている以上に、イヴァーノを取り巻く環境も脆く危ういんだ……。イヴァーノを守れるくらい強くならないと。
「私もイヴァーノを絶対に離しません。それに、守られているだけなのは性に合いません。私もイヴァーノを守ります。そのために強くなります。だから、イヴァーノの抱えているものを私にも持たせてください」
「アリーチェ……」
お互いの視線が絡み合う。
見つめあったまま、イヴァーノの手が私の頬にそっと伸ばされ、ゆっくりと顔が近づいてきた。
あ、口付けだと思って、目を閉じようとしたのと同時に、「殿下、到着いたしました」という従者の声が聞こえる。
「きゃあっ!」
その声に驚いた私は、ついイヴァーノを突き飛ばしてしまう。その瞬間、イヴァーノがむすっとした顔をした。
「ち、違うんです。これは嫌とかではなくて、王宮に着いたから……」
「気にするな。分かっている。この謁見が終われば、アリーチェから口付けをしてもらうから気にするな」
「は、はい。は……い? え?」
私から口付け?
イヴァーノの言葉に固まると、彼はクスクス笑いながら、馬車からさっと降り手を差し出した。その手を取りながら、「イヴァーノ……」と困ったように名を呼ぶと、ぐっと引き寄せられる。
「アリーチェ、先程の続きはあとで……」
「~~~っ」
◆ ◇   ◆
「よく来たな」
謁見の間に通され、イヴァーノと一緒に跪いて待っていると、陛下がゆったりと入ってくる。
あら? 一人なのかしら? お義母様は?
小さく視線を動かして、イヴァーノのお母様を探す。その途端、陛下と目が合った。その目が蛇のようでなんだか居心地が悪くて、私はごくっと生唾を呑み込み、小さく深呼吸をして、頭を下げる。
「お初にお目にかかります、国王陛下。ヴィターレ・カンディアーノの娘、アリーチェと申します。お目通りいただき、心より感謝いたします。以後、お見知りおきを」
「あの時に潰してしまわなくて本当に良かった。マリアンナには感謝だな……」
あの時に潰す……?
陛下は私を見て、そう言った。言われていることの意味が分からず、こそっとイヴァーノを見ると、彼は怪訝な表情で首を傾げていた。
「父上、それはどういう意味ですか?」
「本来ならば、アリーチェはコスピラトーレの王女として、魔力を封じる塔で生涯幽閉されながら育てられるはずだったのだ」
え……?
私とイヴァーノは、その言葉に目を見張った。
私、本当に人質生活を送るところだったんだ……。けれど、私は一度目の人生でも、今の人生でも、そんな生活は送っていない。とても自由だ。
すべてはお母様のおかげ……。それが分かると、瞳の奥が熱くなった。
「だが、マリアンナが罪のない赤子にそのようなことを強いるのは許さないと、とても怒り、実の娘として育てると決めた。私としては、どんな形であれ、我が国が其方の命を握っておられるならば、マリアンナのわがままを聞いてやるくらい些末なことだった」
陛下が事の顛末を教えてくれる。
戦争が終わった時――当時王太子妃であったコスピラトーレの現王妃は懐妊中だった。そのために、見せしめとしてお腹の子を人質として要求したらしいけれど、お母様が私を引き取ってくれたので、幽閉できなかったと陛下は言った。
「だが、其方は全属性の魔力を持ち、首座司教の座を継げる力を示した。私も其方の見方を改めねばならぬ時が来たようだ……」
「陛下……」
「私は失敗するところだった。其方を魔力を封じ込める塔に幽閉していれば、それを知ることすら叶わなかったのだからな」
陛下は私をにやにやと嗤いながら見つめ、言葉を続けた。微笑んでいるけれど、その笑顔が嘲るようなものに感じる。優しい口調に反して、決して好意的ではない笑みに、皆の忠告の意味が分かった気がした。
「マリアンナが大切に育てたことで、我が国はとても素晴らしい力を得た。私はマリアンナに救われたのだ。アリーチェ、イストリアのために、その身を捧げてくれるか?」
「はい。私はイストリアが大切です。イストリアのためなら、なんでもいたします」
「ほう、なんでもか……。ならば、其方とイヴァーノの婚約を認めよう。但し、コスピラトーレを必ず消すと誓え」
「父上。言っておきますが、まずは牽制が先です」
「それは分かっておる。だが、どのみち消えてもらわねば困る。イヴァーノ、其方もだ。アリーチェが欲しくば成果を上げろ」
……やっぱり、陛下にとってもコスピラトーレは邪魔な存在なんだ。
必ず消す。それはとても重い言葉だ。
陛下の言葉に、いつかは軍事衝突を避けられないのだと悟った。
ならば、私は覚悟を決めなければならない。元より、私の取るべき道は――取りたい道は決まっている。
「然るべき時が来ましたら、必ずご期待に応えてみせます」
「よく言った」
私はこの時の陛下の恐ろしい笑みと、イヴァーノがずっと握ってくれていた手の温かみを、決して忘れない。
イヴァーノのお母様とお会いして二週間くらいが経った頃、一度会って話がしたいと召喚命令がくだった。
お義母様が婚約式を……みたいなとことを言っていたので覚悟はしていたのだけれど、イヴァーノは内心複雑なようだ。
そうよね……。不安のほうが大きいわよね。
鬼司教の執務机の前に並んで立つイヴァーノを不安げに盗み見る。すると、鬼司教が大仰な溜息をついた。
「やっとか……。遅いくらいだな」
「だが、今会わせてよいのだろうか? アナクレトゥス、其方はどう思う?」
「ですが、アリーチェをいずれ正妃にと望むのなら避けて通れない道ともいえます。それに、王妃陛下の言うとおり、何かあった時に殿下の正式な婚約者となっていたほうが、色々と都合がよいです。それに覚悟なら、すでにできているのでしょう?」
「ああ、アリーチェは必ず守る」
二人の深刻な表情と話に、本当に歓迎されていないのだなと、まざまざと思い知る。
陛下は……私をよく思っていない。それが当たり前なのだ。私の素性を知っているのに好意的なイヴァーノやお義母様のほうが珍しいのだから。
私は胸元をぎゅっと掴んだ。
よく思われていないのなら、気に入ってもらえるように頑張ればいい。
とりあえずはコスピラトーレの件をうまく収めることができれば……陛下の気持ちも少しは良いほうに変わるだろうか?
私は認めてもらえるために頑張ろうと、拳を固く握りしめた。
「アリーチェ。不安にさせるようなことばかりを言って悪かった。何があっても必ず守る。だから、父上に会ってくれぬか?」
イヴァーノが私のほうに向き直り、手を差し出した。私はその手を迷わずに取り、にこっと微笑む。
私の立場上、不安や懸念があるのは当然のことだ。けれど、それを取り除こうとしてくれる皆の想いに私は応えたい。
何より、イヴァーノと共に歩みたい。
私はそのための努力なら惜しまない。
「もちろんです。それに私は簡単なことで折れたりしないので、そんなに心配しないでください。それより、私が神殿を離れている間、また鬼司教に暗殺者が襲ってくるほうが心配です。なので、近衛兵か騎士を貸してくれませんか?」
「愚か者。そんなものいらん。其方に心配してもらわずとも、私は大丈夫だ。それよりも己の心配をしておけ。国王は善人ではない。余計なことを考えていたら、罠に嵌るのは其方だぞ」
「……はい」
私はしょんぼりと肩を落とした。
そりゃ、鬼司教は強い。おそらく、この国で一番強い。自分の身くらい、自分で守れるだろう。でも、師を守りたいと思うのが弟子というものなのだ。分かってほしい。
「…………」
鬼司教は、私が怒ってコスピラトーレと戦うと言い出すと分かっていたから、暗殺者のことを知らせなかったのだと、言った。そして、鬼司教は言ってくれた。「国王の意のままに動く手駒にも、国のために死ぬ英雄にもなる必要はない。己の幸せだけを考えろ」と――
その想いに報いたいけれど、やっぱり私は大切な人に牙を剥くコスピラトーレを許せない。
英雄になりたいなんて烏滸がましいことを考えてはいないけれど、陛下に認めてもらえるだけの力は必要だ。
私はぐっと拳を握り、鬼司教に向き合った。
「鬼司教。実は私、とてもわがままなんですよ。だから、欲しいものは絶対に手に入れてみせます。鬼司教の身の安全も、そして陛下に認めていただくのも。どちらも成し遂げます」
「ならば、さっさと行って婚約式を挙げるという確約でも得てきなさい」
「はい!」
手でしっしっと示す鬼司教に、私は元気よく返事をした。すると、イヴァーノが「其方は一人ではないのだから、もう少し肩の力を抜け」と言って、肩を抱いてくれる。
イヴァーノ、ありがとうございます。
貴方が側にいてくれるから、私は怖いけれど、陛下に立ち向かえるんですよ。
私は心の中で独り言ちりながら、神子服からイヴァーノが少し前に贈ってくれたドレスに着替え、王宮へと向かった。
不思議だ。いつもはドレスなんて、重いし動きづらいし、鬱陶しいと思っていたけれど、今は頼もしく感じる。まるで戦闘服を着たみたいに心が引き締まった。
イヴァーノがプレゼントしてくれたドレスだからかしら?
「そういえば、陛下が善人ではないというのはどういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。と言っても、あの方は母上のように勘が鋭いわけでもなく、ただの小物ゆえに、気をつけていれば、それほど問題はない」
「そんな……イヴァーノのお父様なのに……」
馬車の道中、気になっていたことを訊ねると、イヴァーノが苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。
そういえば、お母様が「お兄様は優しいけれど、下衆なところが玉に瑕なのよね」と言っていた気がする。あの時は、国王陛下が下衆? と首を傾げたものだけれど、イヴァーノの話を聞く限り、嘘ではないのかもしれない……。
「アリーチェ。あの方は、表面上和やかに優しく其方を認めてくれるだろう。だが、目に映るものだけを決して信じるな……」
「イヴァーノ……?」
「あの方は、全て己の手駒だと考えている。どれほど、楽に国を治められ、己の利益になるかくらいしか考えていない。そのために邪魔になるのなら、アリーチェでも私でも消すだろう」
「そんな……」
「あの方には親子の情などない。アリーチェ、私は父上の思惑通りに其方を失うつもりなどない。しがみつけ。絶対に、私の手を離すな。私は絶対にこの手を――アリーチェを離さぬ。アリーチェ、何があっても必ず其方を守ると誓おう」
力強く握ってくれるイヴァーノの手を、戸惑いがちに見つめる。
そんなことってある?
私なら分かるけれど、イヴァーノまで消すだなんて……。
私は唇をきゅっと引き結んだ。
きっと以前も今も、イヴァーノは父親の愛情を知らないのだ。だから、あのように冷たいイヴァーノができあがったのかもしれない……。
私はイヴァーノにぎゅっと抱きついた。そして、いつも彼がしてくれているように頭を撫でる。
「イヴァーノ。私がいます。私が陛下の分も、いえ、それ以上にイヴァーノを愛します」
私が考えている以上に、イヴァーノを取り巻く環境も脆く危ういんだ……。イヴァーノを守れるくらい強くならないと。
「私もイヴァーノを絶対に離しません。それに、守られているだけなのは性に合いません。私もイヴァーノを守ります。そのために強くなります。だから、イヴァーノの抱えているものを私にも持たせてください」
「アリーチェ……」
お互いの視線が絡み合う。
見つめあったまま、イヴァーノの手が私の頬にそっと伸ばされ、ゆっくりと顔が近づいてきた。
あ、口付けだと思って、目を閉じようとしたのと同時に、「殿下、到着いたしました」という従者の声が聞こえる。
「きゃあっ!」
その声に驚いた私は、ついイヴァーノを突き飛ばしてしまう。その瞬間、イヴァーノがむすっとした顔をした。
「ち、違うんです。これは嫌とかではなくて、王宮に着いたから……」
「気にするな。分かっている。この謁見が終われば、アリーチェから口付けをしてもらうから気にするな」
「は、はい。は……い? え?」
私から口付け?
イヴァーノの言葉に固まると、彼はクスクス笑いながら、馬車からさっと降り手を差し出した。その手を取りながら、「イヴァーノ……」と困ったように名を呼ぶと、ぐっと引き寄せられる。
「アリーチェ、先程の続きはあとで……」
「~~~っ」
◆ ◇   ◆
「よく来たな」
謁見の間に通され、イヴァーノと一緒に跪いて待っていると、陛下がゆったりと入ってくる。
あら? 一人なのかしら? お義母様は?
小さく視線を動かして、イヴァーノのお母様を探す。その途端、陛下と目が合った。その目が蛇のようでなんだか居心地が悪くて、私はごくっと生唾を呑み込み、小さく深呼吸をして、頭を下げる。
「お初にお目にかかります、国王陛下。ヴィターレ・カンディアーノの娘、アリーチェと申します。お目通りいただき、心より感謝いたします。以後、お見知りおきを」
「あの時に潰してしまわなくて本当に良かった。マリアンナには感謝だな……」
あの時に潰す……?
陛下は私を見て、そう言った。言われていることの意味が分からず、こそっとイヴァーノを見ると、彼は怪訝な表情で首を傾げていた。
「父上、それはどういう意味ですか?」
「本来ならば、アリーチェはコスピラトーレの王女として、魔力を封じる塔で生涯幽閉されながら育てられるはずだったのだ」
え……?
私とイヴァーノは、その言葉に目を見張った。
私、本当に人質生活を送るところだったんだ……。けれど、私は一度目の人生でも、今の人生でも、そんな生活は送っていない。とても自由だ。
すべてはお母様のおかげ……。それが分かると、瞳の奥が熱くなった。
「だが、マリアンナが罪のない赤子にそのようなことを強いるのは許さないと、とても怒り、実の娘として育てると決めた。私としては、どんな形であれ、我が国が其方の命を握っておられるならば、マリアンナのわがままを聞いてやるくらい些末なことだった」
陛下が事の顛末を教えてくれる。
戦争が終わった時――当時王太子妃であったコスピラトーレの現王妃は懐妊中だった。そのために、見せしめとしてお腹の子を人質として要求したらしいけれど、お母様が私を引き取ってくれたので、幽閉できなかったと陛下は言った。
「だが、其方は全属性の魔力を持ち、首座司教の座を継げる力を示した。私も其方の見方を改めねばならぬ時が来たようだ……」
「陛下……」
「私は失敗するところだった。其方を魔力を封じ込める塔に幽閉していれば、それを知ることすら叶わなかったのだからな」
陛下は私をにやにやと嗤いながら見つめ、言葉を続けた。微笑んでいるけれど、その笑顔が嘲るようなものに感じる。優しい口調に反して、決して好意的ではない笑みに、皆の忠告の意味が分かった気がした。
「マリアンナが大切に育てたことで、我が国はとても素晴らしい力を得た。私はマリアンナに救われたのだ。アリーチェ、イストリアのために、その身を捧げてくれるか?」
「はい。私はイストリアが大切です。イストリアのためなら、なんでもいたします」
「ほう、なんでもか……。ならば、其方とイヴァーノの婚約を認めよう。但し、コスピラトーレを必ず消すと誓え」
「父上。言っておきますが、まずは牽制が先です」
「それは分かっておる。だが、どのみち消えてもらわねば困る。イヴァーノ、其方もだ。アリーチェが欲しくば成果を上げろ」
……やっぱり、陛下にとってもコスピラトーレは邪魔な存在なんだ。
必ず消す。それはとても重い言葉だ。
陛下の言葉に、いつかは軍事衝突を避けられないのだと悟った。
ならば、私は覚悟を決めなければならない。元より、私の取るべき道は――取りたい道は決まっている。
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