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やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される

Adria

首座司教としての役目

「……其方がどこまで知り、またどれほどの覚悟をしているのかを確認しなければならないと、ずっと思っていたのだが中々機会に恵まれなくてな」
「機会に恵まれないって……。毎日顔を合わせているじゃないですか」
「うるさい。質問に答えなさい」

 鬼司教は、また私の頭を本で叩いた。照れているのかもしれないが、いい加減にして欲しい。馬鹿になったらどうしてくれるのか……。

 私は叩かれた頭をさすりながら、うーんと唸った。

「どこまでと言われましても、全属性が貴重ってことくらいしか……。あ、殿下が国の宝と言っていました。あとは、鬼司教がイストリアに結界を張って守っていると……。それは全属性を持つ者にしかできないと聞きました」
「そうか……」

 鬼司教は眉間を押さえながら溜め息をつき、私を見た。何やら思案顔だ。

 どうしたのだろうと彼の顔をじっと見つめると、彼もまた私をじっと見つめる。


「この話を中々言い出せなかったのは、話すと其方が神殿を去るかもしれないと思ったのだ。私は愛弟子を失うことが怖かったのかもしれん」
「愛弟子……」

 私はその言葉に感動した。
 胸の中が熱くなって、涙が込み上げてきそうだ。

 その言葉をもらえたのに、神殿を去るなんて有り得ない。

「大丈夫です、愛弟子を信じてください! 私は何があっても神殿を去ったりしません! それに、神殿は私にとって我が家と同じくらい大切な場所なのです。もう失うことなんてできません」

 日々大変だけれど、それでも神殿での毎日は私の日常だ。ここで得るものはかけがえのないものばかり。全属性を持つ者の覚悟――私はそのすべてをまだ知らないけれど、国の結界を担う首座司教の役割りは私が考える以上に重いものだろう。

 その手に国の命運が託されているのだから。


「どうか教えてください。鬼司教が思うより、私の精神こころは強いですよ。イストリアに役立つ人間になる覚悟なら、とうにできています」

 自分の愚かな行動を死を以て贖うということを経験した。
 私はそれを回避し、自分自身が変わるために、持ちうる限りの力とできる限りのことを尽くして、頑張ると決めたのだ。神殿にいる。それが私の覚悟だ。

 私の真剣な想いが伝わったのか、鬼司教がゆっくりと口を開いた。

「……全属性を持つ者は、代々イストリア神殿の首座司教を務める義務が生じる。それはアリーチェも殿下から聞いたとおり、イストリア国の結界がこの神殿を中心に張られているからだ」
「はい」
「だが、我が国はその結界を一度失ったことがある。それがさきのコスピラトーレとの戦だ」
「え?」

 その言葉に驚いて、聞き返した声が思った以上に震えていた。

「前任の首座司教様が身罷られたのは……もう二十年も前の話になる。その時、私はまだ子供だったため、イストリアは首座司教と結界を失った。そしてそれから五年ほど経った頃……今から十五年前に、これを幸いとしたコスピラトーレ王国が攻め入ってきたのだ」

 背筋に嫌な汗がつたう。
 手足の先から冷たくなってくる嫌な感覚に私は、手をぎゅっと握り込んだ。

 殿下が全属性の者を『国の宝』と言った意味が分かった気がする。守護する者がいないと、攻め込まれるんだ……。

「その戦は激しいものとなった。結界がない我が国は苦戦を強いられたのだ」
「でも、コスピラトーレは小国ですよね? 当時、そんなにも強かったのですか?」

 結界の有無に限らず、イストリアの軍事力は強大だ。とてもじゃないけれど、苦戦を強いられるように思えない。

 私の問いかけに鬼司教がゆるやかに首を横に振った。


「今は過去の教訓があるゆえに、イストリアは結界を必要としないほどに強い。だが、昔は結界に頼り、軍事力はあってないようなものだった。そこをつけ込まれたのだ」
「まさか、そんな……」
「開戦から二年後、私はノービレ学院を卒業し、首座司教の座に就くこととなったのだが……」

 その言葉と彼のつらそうな表情に胸がぎゅうっと締めつけられた。

 鬼司教はたった十八歳で国と民の命運を背負ったのだ。とても大きく重いものを……。


「卒業と同時に神殿に入ったのですね……。結界の張り直しとコスピラトーレを抑えることが急務とはいえ、学院を卒業したばかりの若さで、そのような重責……ご家族はさぞかし心配なされたでしょうね……」

 私が家族だったら……ライモンド兄様やルクレツィオ兄様に課された重積だったら、とても心配したと思う。毎日気が気じゃないはずだ。

 首座司教の座だけじゃない、殿下もまたノービレ学院の卒業と共に、王太子となる。以前の人生で、私がわがまま放題に生きていた頃、二人はそんなにも重いものを背負っていたんだ……。そして、それは今回もだ。

 今回は、今回こそは、少しでも彼らの手助けになりたい。背負っている大きく重いものを、少しでも持てるようになりたい、全属性を持つ者として。


「いや……。心配してくれる者など、もういない。我が家は代々軍の総司令官を務めていたが、私の在学中にコスピラトーレ王国との戦で父も兄も命を落とした。その心労で母も病に倒れ、ほどなく二人の後を追うように亡くなってしまったのだ。それゆえに、誰も意見することなく私は首座司教となった」
「そんな……」

 そんなにも辛い過去を背負ってきたんだ……。その上にさらに重責がのしかかり、きっと気の休まる時なんてなかっただろう。
 そう思うと、とても悲しくなって涙が自然にあふれてきた。


「待て。なぜ、其方が泣くのだ?」
「ですが、こんなの……とてもつらい……つらいです。鬼司教が可哀想です」

 私は涙があふれて止まらなかった。壊れた水道のようにだばーっと流れ出ている涙を見ながら、彼はとても困った顔で私の顔を自分の袖で拭いた。

「泣くな。私はつらくなどない。そのようなことを考える暇もなかったのだ。前任の首座司教様が亡くなられて時が経っていたために、引き継ぎすらできず分からないことばかりで、毎日必死だったのでな……」
「だったら私が、これからは私が、鬼司教の代わりに泣きます。貴方のつらい想いを、背負っている大きくて重い荷物を私にも持たせてください!」
「愚か者……」

 そう言った鬼司教の声はとても優しかった。泣いている私を抱き締めて慰めてくれる彼の腕も手も、とてもあたたかい。


 かつての悲劇を二度と繰り返さないためにも、結界と首座司教の座の大切さがよく分かった。結界は全属性を持つ者にしか張ることができない。なら、私はイストリア神殿でこの国を守っていこう。

 それが私を愛し、大切にしてくれる家族を守ることにもなる。
 私は次期首座司教として、人生のすべてを懸けてもいい。素直にそう思った。

 私が決意を固めていると、鬼司教の手が私の手を握った。

「今なら其方のことは私と殿下しか知らぬ。一生を神殿の中で暮らすより、女子おなごとしての幸せを願うなら今のうちだ。殿下は、そのつもりで私に其方を託したのかもしれんが、私から取りなしてやろう」
「鬼司教……。駄目です。私は自分の役目を放り投げたくありませっ!?」

 言い終わる前に鼻を摘まれ、慌てて鼻を押さえる。
 突然されたことに驚いて、私はジトッとした目で鬼司教を睨んだ。

「やめてください。何するんですかっ!?」
「愚か者。私をいくつだと思っているのだ。まだ三十一だぞ。私はまだまだ現役だ。其方が違う道を選んだとて、何も困らん」

 えっ!? 三十一歳!?
 私は飛び出そうになった言葉を慌てて呑み込んだ。

 正直もう少しいっていると思っていた。どうしてかしらね? いつも無表情か眉間に皺を寄せているような顔ばかりだからかしら?

 私が心の中でそんなことを考えていると、また鼻を摘まれそうになって、慌てて鼻を隠した。すると、鬼司教は不満そうなまま、言葉を続ける。

「……珍しく貴重とはいえ、二、三十年の間隔で誕生している。遅くとも五十年程度だ」
「五十年って……。おじいさんになっちゃうじゃないですか」
「そのような些末なこと、其方が気にする必要はない。其方は己の力を伸ばし、コントロールするために神殿に来たのだろう? 一生を神殿で過ごすためではないはずだ。アリーチェ、嫁ぎ、子を生す。そういう当たり前にありそうな幸せを、ここにいては失うことになるぞ」
「鬼司教こそ、そんなこと気にする必要ないですよ。大体、たとえ嫁いでも子供に恵まれるかまでは分からないじゃないですか……。そのような不確定な幸せより、私は確実な幸せを望みます。私の幸せは皆と共にあること。この国の恒久的な平和です」

 私の言葉に、鬼司教が小さく目を見張った。
 もちろん、鬼司教の気持ちは分かる。嬉しいとも思う。だけれど、私には嫁いで子を産み育てるよりも、神殿で皆と一緒にいるほうが、しょうに合っている。

「私、貴族社会よりこの神殿が好きなんです。だから、ずっとここにいさせてください」

 私はずっとイストリアに必要な人間になりたかった。私が首座司教となり結界を担い、両国の平和の架け橋となれるのなら、これ以上の役目はない。

 しっかりと鬼司教を見据え、そう言うと彼は固くなっていた表情を崩して、困ったように笑った。

「本当によいのか? 其方、殿下のことが好きなのだろう?」
「へ? そ、そんな……! そんなこと烏滸がましいです! 私は神殿で研究三昧をしながら、首座司教として結界を守っていきます。それが殿下のためになると思います……陰ながら支えられればそれで……」


 予想もしていない言葉に飛び上がる程に驚き、顔を真っ赤にして、思いっきり首を横に振った。

 それに、少し気になるくらいだ……。
 元々、人質である私が殿下の隣に立つことはできない。けれど、首座司教として彼の近くに立つことができるなら、これ以上の幸せはない。

 大丈夫。この芽生えたばかりの淡い恋心は、自分の中でちゃんと昇華できる。


「烏滸がましい? 其方……」
「私は! 私は次期首座司教として、殿下を守る影となりたいです」
「……そうか。其方が決めたのなら、何も言うまい。……これから先は其方にとって決して楽な道だけではないだろう。だが、今後何が起きても、其方が何を選んでも、私は其方を必ず守ると誓おう」
「鬼司教……」

 鬼司教の言葉を遮り、私は自分の気持ちをぶちまけた。すると、とても優しい言葉をくれる。そんなにも優しくされると、止まっていた涙がまたあふれだしてしまいそうだ。
 私はもう以前の私ではない。とても心強い師と絆を得たのだ。

「頑張ります! 私は貴方の愛弟子として、守ってもらうだけではなく、研鑽を積み日々精進し、貴方の背を守れる者になります」

 これから先、己の無力さ、不甲斐なさに嘆くこともあるだろう。人質としての重責が伸し掛かり、立ち上がることが困難になる未来もくるかもしれない。

 だけれど、それでも私は今日の鬼司教との話を忘れない。死ぬ間際、助けに来てくれたルクレツィオ兄様の想いを忘れない。こんな私を家族として受け入れて愛してくれている家族の愛を忘れない。

 何があっても奮い立ってみせる。私はイストリア首座司教の弟子。それを矜持に、私は自分自身の運命に抗い、立ち向かってみせる。国王陛下に、存在価値を示すんだ。

 私はもう一人じゃない。なにものにも変え難い絆を得たのだから。

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