やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される
奉献生活のはじまり
「首座司教を務めているアナクレトゥスと申します」
「アリーチェ・カンディアーノと申します。ご指導よろしくお願いいたします」
首座司教様が私に一礼したので、私も慌ててカーテシーをして、挨拶をした。
すると、彼は顔を上げ私を品定めるような目で見る。その目が冷たく恐ろしいものに思えて、私は一歩後退ってしまった。それと同時に、彼が大仰な溜息がつく。
「話になりませんな。泣いて逃げ帰るくらいならば、今すぐ帰ったほうがいい。殿下には私から言っておきますので、もうお帰りください」
「え?」
そう言って、首座司教様は踵を返した。
彼はもしかすると、私の怯えを察したのかもしれない。でも、ここで帰るわけにはいかないのだ。
私は背を向けてしまった彼の前にまわって、頭を下げた。
「申し訳ございません。至らないところがあって、ご不興を買ってしまうこともあると思いますが、どうかお願いいたします。どんなことでもします。泣いたりなどしません。どうか私にご指導ください」
「……ならば護衛を帰し、この神殿内にいる時は貴族だということを忘れなさい」
「はい!」
「では、これより私の命令には絶対遵守すること。逆らうことは許さん」
「承知いたしました、首座司教様」
私が跪くと、首座司教様は神子のソフィアと神官のジルドを呼び、私に神子服を与えてくれた。
もらった神子服を胸に抱き締め、何度も首座司教様に頭を下げると、彼は「着替えたら執務室に来なさい」と言い残して、礼拝堂から出ていった。その後ろ姿を見て、ホッと胸を撫で下ろす。
本当によかった。これでまずは安心ね。
ルクレツィオ兄様が言っていたとおり、本当に厳しい方のようだから、気を引き締めて頑張ろう。
「はじめまして、ソフィアと申します」
「はじめまして、ジルドです」
「アリーチェと申します。よろしくお願いします」
にこやかな表情で、「これから、よろしくお願いします」と握手をしてくれる二人に、深々と頭を下げる。
神殿の皆とも仲良くなって、色々なことを教えてもらいたい。
私は期待に満ちた心で、二人に微笑み返した。
「神殿には司教や神官、神子がいます。神職に従事する者は貴族も平民も出自は関係ありません。だから、首座司教様は貴族であることを忘れろと言ったのです」
「神殿での生活を奉献生活といいます。日の出と共に起き、神殿内の掃除や朝食の用意などをしたあと、朝の礼拝、朝食。その後は各々割り振られた仕事をこなしていきます。夜はまた神殿内の掃除、夕食の用意、それが終われば夜の礼拝、夕食、就寝です。特に神官や神子は下働きのようなこともするので、慣れるまでは大変かもしれませんが、一緒に頑張りましょう!」
「はい!」
二人の説明を聞きながら、私は与えられた部屋へと向かい、神子服に着替えた。
神子服は足首くらいまでの長さがある紺色のワンピースだった。袖を通すと背筋がのびて、これから頑張ろうと思える。
私は鏡に映る神子服を着た自分を見つめ、両の頬を叩いて気合いを入れた。そして、部屋を出る。
「では、執務室に行きましょうか」
「はい」
部屋から出ると待っていた二人が執務室へと案内してくれる。三人で執務室に入ると、首座司教様は私たちを一瞥だけして、書類に視線を戻した。
「見ていないようで見ている方なので、執務机の前に立って、お言葉を待ってください」
どうしていいか分からず、困った顔でソフィアとジルドを見つめると、声をひそめて教えてくれる。私が頷くと、二人は「頑張って」と言って自分の持ち場へ戻っていった。
二人がいなくなると少し不安だ。
それに執務室の空気が張り詰めていて、少し怖い。そのせいか、家族の顔を思い出して少し恋しくなってしまった。
私ったら駄目よ。頑張らなきゃ……。
「今日より神殿に住んで、奉献生活にあたること。帰宅は週末のみだ。其方の今の能力が知りたいので、まずはこれをやってみなさい」
「え、住む? 通いではないのですか?」
「貴族であることを忘れろと言ったはずだが? 私に従えぬのなら、今すぐ帰るがいい」
「いえ! 従います! 申し訳ございませんでした!」
私が慌てて頭を下げると、首座司教様が何かの紙を数枚、私に押しつけ、しっしっと手を振る。
ちらっと見てみると算術などの座学のテストだったので、私は与えられた席へと移動した。
びっくりしたわ。とても厳しい方のようだから、言葉選びには気をつけないと……。そっか、しばらく帰れないのか……。やっぱり少し寂しい。
でも自分の立場を確立しなければならない私には家でのんびりしている暇なんてない。十五歳まで、あと八年。時間はいくらあっても足りないのだ。
頑張らないと……!
両の拳を握りしめ、よしっと気合いをいれる。そして、首座司教様からのテストに向かい合った。以前なら、ほとんどできなかっただろうけど、今はライモンド兄様や先生方に色々教えてもらって自信がある。
「…………?」
あら、これ……。ノービレ学院の最終学年じゃないと解けない問題があるわ。
もしかして何年生くらいの学力か確認したいのかしら……。でも私、今七歳なのに……。
でも死ぬ時は三年生だったので、せめてそのくらいの学力は示したい。大丈夫、ずっと頑張って勉強してきたんだ。今の自分の能力を知ることのできるいい機会だと思って頑張ろう。
その後、ひと通りの座学のテストを終えた私は首座司教様におずおずと渡し、自分の席へと戻った。
む、難しかった……。
難しい顔で採点し始めた首座司教様を盗み見ながら、机に突っ伏す。すると、すぐに頭の上に採点の終わったテストがバサバサと落とされた。慌てて顔を上げると、怖い顔の首座司教様と目が合う。
「……話にならんな」
「え?」
「其方はノービレ学院卒業までに王国一を目指すのだろう? あと十一年しかないというのに、この程度とは」
その思いもよらない言葉に目を瞬く。
王国一を目指す? 誰が? 私が?
「いえ、私は……」
「そうか? 七歳にして学院入学レベルの学力があるのなら、充分だとは思うが……」
「でっ……!?」
殿下!?
私は突然現れた殿下に心臓が止まりそうなくらい驚いて飛び上がってしまった。
殿下は驚いている私を見ずに、テストに目を通しながら首座司教様と話をしている。きょろきょろと室内を見渡しても、誰も驚いていないところを見ると、殿下が来たことに気づいてないのは、どうやら私だけだったみたいだ。
「ですが、この程度で王国一を目指すなどと……」
「王国一というのは私の願望だ。だが、確実にそうあれとは申さぬ。アリーチェが自信を持ち、己の能力を存分に示せるようになってくれれば、それでよい」
「……殿下は、いずれこの娘をどうされたいのですか? いずれ、首座司教の座に据えたいのですか?」
え? それって……。私が首座司教様を継ぐってこと?
私を置いてけぼりに、どんどん話が進んでいく。でも、なんとなく口を挟んではいけない気がして、私は大人しく聞いていた。でも、予想外の言葉の数々にやや混乱気味だ。
「私はアリーチェを、イストリアの宝としたい。我が国にとって何者にも代われぬ唯一無二の存在にしたいのだ」
「……なるほど」
宝? 唯一無二の存在?
なんて、大それたことを。私は自分の居場所を認めてもらえて処刑されないだけで充分なのに……。
「では、私は王宮へと戻る。頼んだぞ」
「承知いたしました」
「わ、私、お見送りします!」
二人の会話にどうしていいか分からずに考え込んでいると、殿下の戻るという言葉が聞こえてハッとする。
退室しようとしている殿下を慌てて引き止め、見送りを申し出て、一緒に執務室を出た。
「あの、イヴァーノ兄様?」
「なんだ?」
「買い被りすぎです。私に王国一とか、唯一無二とか、私の身にはすぎたものです。私は、少しでもイストリアの役に立てればそれで……」
「アリーチェ。其方の悪いところはそれだ。其方は全属性を持っているのだぞ。もっと自信を持て」
殿下は私の頭を撫でて、微笑みかけてくれる。
その表情と死ぬ時に見た殿下の表情との乖離が大きすぎて、私は混乱した。
どうしていいか分からず、神子服をぎゅっと掴む。
「焦らず、ゆっくりと己の力と自信を身につけていけばよい」
「……どうして、私なんかにそこまでしてくれるのですか? 私は……」
「言ったであろう。其方は私の大切な人だ。私はアリーチェが可愛くて仕方がない。アリーチェが幸せに生きられる助けになりたいのだ」
「イヴァーノ兄様……」
「其方がそのような卑屈になるのは……もしや何かあるのか?」
「…………」
殿下の問いかけに言葉が詰まる。私は優しげな表情で、私の不安を知ろうとしてくれる彼を見つめた。
……言ってもいいのだろうか? 私はすべてを知っていると。今の殿下なら、それを言っても私を殺したりしないのだろうか。
そこまで考えて、私は首を横に振った。
いや、やめておこう。油断は禁物だ。
「何かがあるわけではありません。ただ、前の私はライモンド兄様から呆れられるくらいわがままで愚か者だったのです。なので、変わりたいのです」
「ルクレツィオからも聞いたが、それは五歳の頃の話だろう? アリーチェは真面目過ぎるのだ。少しは肩の力を抜いてみろ。この神殿が、其方にとって良き場所となることを願っている」
「良き場所、ですか?」
「ああ、きっとここが其方にとって心の拠り所となるだろう。もちろん、私自身もアリーチェにとってそういう存在になりたいが……。まずはここで己の居場所を見つけてみろ。時々様子を見に来るから、頑張るのだぞ」
殿下の言葉に頷くと、彼は王宮に帰っていった。
殿下が乗った馬車が見えなくなるまで、私はその場から動けなかった。
神殿が私の居場所に? なるんだろうか……。
その後は目紛しく日々が過ぎていった。
祝詞奏上や礼拝、下働きの仕事。座学全般と本格的な魔法の使い方や剣術、槍術、弓術、体術、馬術。そして薬草学や回復薬を作るための勉強。
時間が空くと首座司教様の執務の手伝いと、正直なところ毎日毎日余計なことを考えたり悩む暇もなく、忙しなく過ぎていく。そんな忙しい日々の中で、一日置きに殿下が会いに来て、息抜きに少し散歩をさせてくれるのが、私にとって楽しみになっていた。
「一番大変だったのは、神殿の裏の森での素材採取でした。ポーションを作るのには、魔獣から取れる魔石と薬草が必要らしいのです。己で見極めて取ってこいと言われ、はじめて魔獣と相対した時はとても恐ろしくて震えてしまいました」
「それは大変だったな。まだ幼いアリーチェには、魔獣は中々に手強かっただろう」
「はい。怖くて逃げてしまいたかったですが、そんなことをしたら、とても叱られてしまいますので頑張りました。魔獣と首座司教様、どちらが怖いかと考えると、首座司教様なので。それに皆に手伝ってもらったからこそ、ちゃんとやり遂げられたのだと思います」
殿下と散歩をしながら、興奮気味に話す。殿下は楽しそうに私の話を聞いてくれる。
はじめて魔獣を倒した時の肉を斬る感触や剣が魔獣の体に食い込む感触が、どうしても恐ろしくて泣きながら吐いてしまったこと。目を瞑るとその感覚が思い起こされて眠れそうにないと思ったけれど、毎日毎日極限まで自分の体を扱き使っているので、そんな心配の必要もなく、ベッドに入ると泥のように眠れたこと。そういう話を、殿下はいつもいつも嫌な顔をせずに聞いてくれるのだ。
「アリーチェ。明日は首座司教との約束の週末だが、帰宅するのか?」
「はい、お父様たちに報告もしたいので帰ろうと思っています」
「なら、私も明日は一緒にカンディアーノ邸に行くことにしよう。明日、迎えにくる」
「はい」
いっぱい私の話を聞いてくれた殿下は、いつものように私の頭をたくさん撫でて帰っていった。
正直なところ、とても大変な奉献生活の中で話を聞いて、こうやって息抜きに散歩に連れ出してくれる殿下にはとても助かっている。
殿下がいるから、この五日間頑張れたのだとも思う。
私は最初に会った殿下への恐怖が徐々に薄れていくのを感じていた。
「アリーチェ・カンディアーノと申します。ご指導よろしくお願いいたします」
首座司教様が私に一礼したので、私も慌ててカーテシーをして、挨拶をした。
すると、彼は顔を上げ私を品定めるような目で見る。その目が冷たく恐ろしいものに思えて、私は一歩後退ってしまった。それと同時に、彼が大仰な溜息がつく。
「話になりませんな。泣いて逃げ帰るくらいならば、今すぐ帰ったほうがいい。殿下には私から言っておきますので、もうお帰りください」
「え?」
そう言って、首座司教様は踵を返した。
彼はもしかすると、私の怯えを察したのかもしれない。でも、ここで帰るわけにはいかないのだ。
私は背を向けてしまった彼の前にまわって、頭を下げた。
「申し訳ございません。至らないところがあって、ご不興を買ってしまうこともあると思いますが、どうかお願いいたします。どんなことでもします。泣いたりなどしません。どうか私にご指導ください」
「……ならば護衛を帰し、この神殿内にいる時は貴族だということを忘れなさい」
「はい!」
「では、これより私の命令には絶対遵守すること。逆らうことは許さん」
「承知いたしました、首座司教様」
私が跪くと、首座司教様は神子のソフィアと神官のジルドを呼び、私に神子服を与えてくれた。
もらった神子服を胸に抱き締め、何度も首座司教様に頭を下げると、彼は「着替えたら執務室に来なさい」と言い残して、礼拝堂から出ていった。その後ろ姿を見て、ホッと胸を撫で下ろす。
本当によかった。これでまずは安心ね。
ルクレツィオ兄様が言っていたとおり、本当に厳しい方のようだから、気を引き締めて頑張ろう。
「はじめまして、ソフィアと申します」
「はじめまして、ジルドです」
「アリーチェと申します。よろしくお願いします」
にこやかな表情で、「これから、よろしくお願いします」と握手をしてくれる二人に、深々と頭を下げる。
神殿の皆とも仲良くなって、色々なことを教えてもらいたい。
私は期待に満ちた心で、二人に微笑み返した。
「神殿には司教や神官、神子がいます。神職に従事する者は貴族も平民も出自は関係ありません。だから、首座司教様は貴族であることを忘れろと言ったのです」
「神殿での生活を奉献生活といいます。日の出と共に起き、神殿内の掃除や朝食の用意などをしたあと、朝の礼拝、朝食。その後は各々割り振られた仕事をこなしていきます。夜はまた神殿内の掃除、夕食の用意、それが終われば夜の礼拝、夕食、就寝です。特に神官や神子は下働きのようなこともするので、慣れるまでは大変かもしれませんが、一緒に頑張りましょう!」
「はい!」
二人の説明を聞きながら、私は与えられた部屋へと向かい、神子服に着替えた。
神子服は足首くらいまでの長さがある紺色のワンピースだった。袖を通すと背筋がのびて、これから頑張ろうと思える。
私は鏡に映る神子服を着た自分を見つめ、両の頬を叩いて気合いを入れた。そして、部屋を出る。
「では、執務室に行きましょうか」
「はい」
部屋から出ると待っていた二人が執務室へと案内してくれる。三人で執務室に入ると、首座司教様は私たちを一瞥だけして、書類に視線を戻した。
「見ていないようで見ている方なので、執務机の前に立って、お言葉を待ってください」
どうしていいか分からず、困った顔でソフィアとジルドを見つめると、声をひそめて教えてくれる。私が頷くと、二人は「頑張って」と言って自分の持ち場へ戻っていった。
二人がいなくなると少し不安だ。
それに執務室の空気が張り詰めていて、少し怖い。そのせいか、家族の顔を思い出して少し恋しくなってしまった。
私ったら駄目よ。頑張らなきゃ……。
「今日より神殿に住んで、奉献生活にあたること。帰宅は週末のみだ。其方の今の能力が知りたいので、まずはこれをやってみなさい」
「え、住む? 通いではないのですか?」
「貴族であることを忘れろと言ったはずだが? 私に従えぬのなら、今すぐ帰るがいい」
「いえ! 従います! 申し訳ございませんでした!」
私が慌てて頭を下げると、首座司教様が何かの紙を数枚、私に押しつけ、しっしっと手を振る。
ちらっと見てみると算術などの座学のテストだったので、私は与えられた席へと移動した。
びっくりしたわ。とても厳しい方のようだから、言葉選びには気をつけないと……。そっか、しばらく帰れないのか……。やっぱり少し寂しい。
でも自分の立場を確立しなければならない私には家でのんびりしている暇なんてない。十五歳まで、あと八年。時間はいくらあっても足りないのだ。
頑張らないと……!
両の拳を握りしめ、よしっと気合いをいれる。そして、首座司教様からのテストに向かい合った。以前なら、ほとんどできなかっただろうけど、今はライモンド兄様や先生方に色々教えてもらって自信がある。
「…………?」
あら、これ……。ノービレ学院の最終学年じゃないと解けない問題があるわ。
もしかして何年生くらいの学力か確認したいのかしら……。でも私、今七歳なのに……。
でも死ぬ時は三年生だったので、せめてそのくらいの学力は示したい。大丈夫、ずっと頑張って勉強してきたんだ。今の自分の能力を知ることのできるいい機会だと思って頑張ろう。
その後、ひと通りの座学のテストを終えた私は首座司教様におずおずと渡し、自分の席へと戻った。
む、難しかった……。
難しい顔で採点し始めた首座司教様を盗み見ながら、机に突っ伏す。すると、すぐに頭の上に採点の終わったテストがバサバサと落とされた。慌てて顔を上げると、怖い顔の首座司教様と目が合う。
「……話にならんな」
「え?」
「其方はノービレ学院卒業までに王国一を目指すのだろう? あと十一年しかないというのに、この程度とは」
その思いもよらない言葉に目を瞬く。
王国一を目指す? 誰が? 私が?
「いえ、私は……」
「そうか? 七歳にして学院入学レベルの学力があるのなら、充分だとは思うが……」
「でっ……!?」
殿下!?
私は突然現れた殿下に心臓が止まりそうなくらい驚いて飛び上がってしまった。
殿下は驚いている私を見ずに、テストに目を通しながら首座司教様と話をしている。きょろきょろと室内を見渡しても、誰も驚いていないところを見ると、殿下が来たことに気づいてないのは、どうやら私だけだったみたいだ。
「ですが、この程度で王国一を目指すなどと……」
「王国一というのは私の願望だ。だが、確実にそうあれとは申さぬ。アリーチェが自信を持ち、己の能力を存分に示せるようになってくれれば、それでよい」
「……殿下は、いずれこの娘をどうされたいのですか? いずれ、首座司教の座に据えたいのですか?」
え? それって……。私が首座司教様を継ぐってこと?
私を置いてけぼりに、どんどん話が進んでいく。でも、なんとなく口を挟んではいけない気がして、私は大人しく聞いていた。でも、予想外の言葉の数々にやや混乱気味だ。
「私はアリーチェを、イストリアの宝としたい。我が国にとって何者にも代われぬ唯一無二の存在にしたいのだ」
「……なるほど」
宝? 唯一無二の存在?
なんて、大それたことを。私は自分の居場所を認めてもらえて処刑されないだけで充分なのに……。
「では、私は王宮へと戻る。頼んだぞ」
「承知いたしました」
「わ、私、お見送りします!」
二人の会話にどうしていいか分からずに考え込んでいると、殿下の戻るという言葉が聞こえてハッとする。
退室しようとしている殿下を慌てて引き止め、見送りを申し出て、一緒に執務室を出た。
「あの、イヴァーノ兄様?」
「なんだ?」
「買い被りすぎです。私に王国一とか、唯一無二とか、私の身にはすぎたものです。私は、少しでもイストリアの役に立てればそれで……」
「アリーチェ。其方の悪いところはそれだ。其方は全属性を持っているのだぞ。もっと自信を持て」
殿下は私の頭を撫でて、微笑みかけてくれる。
その表情と死ぬ時に見た殿下の表情との乖離が大きすぎて、私は混乱した。
どうしていいか分からず、神子服をぎゅっと掴む。
「焦らず、ゆっくりと己の力と自信を身につけていけばよい」
「……どうして、私なんかにそこまでしてくれるのですか? 私は……」
「言ったであろう。其方は私の大切な人だ。私はアリーチェが可愛くて仕方がない。アリーチェが幸せに生きられる助けになりたいのだ」
「イヴァーノ兄様……」
「其方がそのような卑屈になるのは……もしや何かあるのか?」
「…………」
殿下の問いかけに言葉が詰まる。私は優しげな表情で、私の不安を知ろうとしてくれる彼を見つめた。
……言ってもいいのだろうか? 私はすべてを知っていると。今の殿下なら、それを言っても私を殺したりしないのだろうか。
そこまで考えて、私は首を横に振った。
いや、やめておこう。油断は禁物だ。
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「良き場所、ですか?」
「ああ、きっとここが其方にとって心の拠り所となるだろう。もちろん、私自身もアリーチェにとってそういう存在になりたいが……。まずはここで己の居場所を見つけてみろ。時々様子を見に来るから、頑張るのだぞ」
殿下の言葉に頷くと、彼は王宮に帰っていった。
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その後は目紛しく日々が過ぎていった。
祝詞奏上や礼拝、下働きの仕事。座学全般と本格的な魔法の使い方や剣術、槍術、弓術、体術、馬術。そして薬草学や回復薬を作るための勉強。
時間が空くと首座司教様の執務の手伝いと、正直なところ毎日毎日余計なことを考えたり悩む暇もなく、忙しなく過ぎていく。そんな忙しい日々の中で、一日置きに殿下が会いに来て、息抜きに少し散歩をさせてくれるのが、私にとって楽しみになっていた。
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