【完結】2番ではダメですか?~腹黒御曹司は恋も仕事もトップじゃなきゃ満足しない~

霧内杳

最終章 私の一番は……4

次の日、富士野部長は急に日帰り出張へ行かされた。
いつもは電話でしかやりとりしていない、小さな取引先なので、嫌がらせに他ならない。

「証拠……」

今日もお昼は誰もいない、備品倉庫で食べる。
社内はどこにいても空気が悪かった。
せめてランチくらい人目のないところ、と探してきたのがここだった。

「いつもお世話になっております」

話し声が聞こえ来て、びくりと箸が止まる。

「はい。
上手くいっております。
もうまもなくかと」

……まさか。

そう思いつつ、そろりと棚の陰から声の主を確認する。
そこでは生野課長が、携帯で誰かと話していた。

「はい、はい。
わかりました」

誰もいないと思っているのか、彼は話し続けている。
息を殺し、それに耳をそばだてた。

「では、今日。
それでは」

電話を切り、彼が倉庫を出ていく。
かなり経ってから緊張を解くように、はぁーっと息を吐き出した。

……あれってきっと、花恋さんと会う約束だよね?

携帯を出し、部長に報告のメッセージを送る。
しかし、部長が今日、帰ってくるのはかなり遅いはずだ。
なら。

「……私がやるしかないんだよね」

生野課長のあとをつけて、現場を押さえる。
それしかない。

「よしっ!」

拳をぎゅっと握り、気合いを入れた。

終業後、会社を出る生野課長のあとをつける。
出てすぐにタクシーに乗られたが、幸いすぐあとのタクシーが拾えたし、運転手さんが大変理解のある方で、ノリノリで追いかけてくださった。
十五分ほどで生野課長の乗ったタクシーが止まり、私も慌てて降りる。
彼はすぐ前にあるカフェに入っていくので、部長に報告してから私も店に入った。

中に入り、店内を見渡す。

……やっぱり。

一番奥の席に座っている、花恋さんの姿が見えた。
さらに、その前の椅子に座る生野課長も。
店員に断り、バレないように少し離れた席に座って、メニューも見ずにアイスコーヒーを注文した。

……なに、話しているんだろ?

ここからはなにを話しているのか聞こえないが、ふたりが会っているのがわかっただけで十分だ。
こっそり携帯をかまえてふたりの姿を写真に収め、念のために部長にも送る。
出てきたアイスコーヒーを一気飲みし、席を立った。

……あとは、バレないようにここを去るだけ。

会計をしながらどくん、どくんと心臓が大きく鼓動する。
決済し終わり、出口を向こうとした瞬間。

――誰かに肩を、叩かれた。

「……!」

思わず、出そうになった悲鳴を必死に飲み込む。
おそるおそる振り返るとそこには、富士野部長が立っていた。

「わるい、遅くなった」

「富士野部長……!」

彼だとわかり、ほっと息をつく。

「話してくるからちょっと待ってろ」

私の肩をぽんぽんと叩き、部長は店の奥へと向かっていく。
私も慌ててそのあとを追った。

「おまたせ」

部長の姿を見て、みるみる生野課長が顔色を失っていく。
花恋さんはコーヒーをひとくち飲み、目を逸らしただけだった。

「こ、これは別に」

あちこちに視線を彷徨わせながらコーヒーを口に運ぶ生野課長の手は、動揺しているのか震えていた。

「もう調べはついているんですよ、生野課長」

逃がさないように彼の隣に座り、部長がこれ以上ないほどいい顔で笑う。

「今日一日、あなたの身辺の調査をさせてもらいました。
情報のリークと私の失脚で、他社への部長待遇での採用を約束されていたみたいですが」

「そ、そんな話、オレは知らない」

などと言いつつも、課長の視点は定まらない。

「残念ながらそんな話はないんですよ、なあ、花恋?」

部長から視線を送られ、びくりと花恋さんの身体が大きく震える。

「それこそ、なんの話?
だいたい私、こんな人知らないし」

それでも彼女は強がってみせた。
それに、呆れるようにはぁーっと部長がため息をつく。

「生野課長。
上層部もあなたを疑っています。
今日、出張という名目で私に調査を許可したのもそういう理由です。
でも、今考え直すなら、私はこの調査結果を握り潰します。
……どう、しますか?」

生野課長へ向き直り、部長が真っ直ぐに彼を見つめる。
うっすらと笑う顔は美しいが、私でも背筋がすっと冷えるほど恐ろしかった。

「オ、オレはなにも知らないんだー!」

怯えるように言い放ち、課長が部長を押しのける。
そのまま、一目散に逃げていった。

「いいんですか、あれ……?」

「いいんだ」

部長が頷き、隣をぽんぽんするからそこに腰掛ける。

「さて、花恋」

改めて部長が、花恋さんを見据える。

「な、なによ」

「お前は俺の地雷を踏んだ。
タダで終われると思うなよ?」

眼鏡の奥ですっと部長の目が細くなる。
さすがに花恋さんも気圧されているみたいで、黙ってしまった。
その場の空気が凍りつく。
先に破ったほうが――負けだ。

「だ、だいたい、準一朗が忘れてるから悪いんじゃない!」

「え……」

緊張に耐えかねたのか、まるで小さな子供のように花恋さんが泣きだし、店内の視線が痛い。

「忘れたって、……なにを?」

「昔、一緒に遊んだとき、お嫁さんにしてくれるって言ったじゃない!」

「えっと……」

彼女に糾弾されて部長は必死で思い出そうとしているようだが、心当たりはなさそうだ。

「父に着いて準一朗の家に行ったとき、『大きくなったらお嫁さんにしてくれる?』って聞いたら、うんって頷いてくれたでしょ!」

「それって、何歳のときだ?」

「三つ!」

花恋さんは主張しているが、それは覚えてないかもな……。

「わるい、覚えてない。
……すまない」

真摯に部長が花恋さんへ頭を下げる。

「それに小さい頃、『お嫁さんにしてくれる?』って聞かれて頷けばみんな喜んでくれたから、なにも考えずに頷いていた。
それが誤解を与えたのなら、本当にすまないと思っている」

再び部長は花恋さんへ向かって頭を下げた。

「本当に悪いと思ってるなら、私を準一朗のお嫁さんにして」

軽く鼻を啜りながら、まだ目尻に残る涙を花恋さんが拭う。

「悪いがそれはできない。
俺は真剣に明日美を愛している」

強い決意の目で、部長が真っ直ぐに花恋さんを見つめる。
これは、彼女との結婚を断るための口実だってわかっていた。
なのに本気に聞こえて、心臓が一回、大きく鼓動した。

「そんなにその女がいいの?」

「ああ」

「そっか。
とうとう私、失恋しちゃった」

笑った花恋さんは淋しそうだったが、どこか晴れ晴れしているようにも見えた。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品