【完結】2番ではダメですか?~腹黒御曹司は恋も仕事もトップじゃなきゃ満足しない~

霧内杳

第四章 ......今は1

富士野部長のご両親に挨拶した翌週は、コンペのプレゼンだった。
お昼休み、最終確認と壮行会だと、部長は私をランチに連れていってくれた。

「ううっ、緊張する……」

よく考えなくてもプレゼンなんて、入社以来初めてなのだ。
しかも今まで、大学のゼミの発表くらいしかしたことがない。

「大丈夫でしょう。
私がこれだけ指導したんですから」

「うっ」

会社近くだからか部長は対外モードだ。
言葉遣いは丁寧だが、言外に部長が圧をかけてくる。
これで不採用とかになったら……ううん、考えない。

「……頑張り、マス」

「はい、頑張ってください」

銀縁オーバルの向こうで、部長がにっこりと笑う。
それがなぜか、物足りないと思った。
いやいや、私はドMじゃないし。

会社に入った途端、富士野部長から手を引っ張られた。

「えっ、なんですか」

「いいから着いてきてください」

そのまま強引に私の手を引っ張り、連れてきたのは誰もいない非常階段だった。

「明日美」

眼鏡を外し、部長が私を呼び捨てにする。
壁際に追いやられ、わけもわからぬまま彼の顔を見上げた。

「プレゼンが上手くいくようにおまじない」

眼鏡を持つほうの腕を、部長が壁につく。
反対の手が私の顎にかかり、逃げられないように固定された。
傾きながら近づいてくる顔が、スローモーションのように見えた。
形のいい唇が私に唇に触れ、離れる。

「……これで絶対に、上手くいく」

眼鏡をかけ直しながら、私が見える口端を部長は僅かに持ち上げた。
おかげで、一気に現実に戻ってくる。

「……キ」

「ん?」

「キスとかしないでください!
しかも会社で!」

私から怒りをぶつけられたというのに、部長は涼しい顔をしている。
それどころか。

「ちゃんと人目のないところを選びましたから、問題ないですよね?」

さらりと言い放ち、くすりとバカにするように小さく笑われたら、火に油が注がれるだけだ。

「問題!
大あり!
です!」

「いいんですか、早く行かないと時間がなくなってしまいますよ?」

促すように部長がドアノブに手をかける。

「ああっ、早く戻って資料の確認しないと!」

そうだった、今は富士野部長と争っている時間などないのだ。
それでも、先に非常階段を出たところで、部長を振り返る。

「許したわけじゃないですからね!」

それだけ叩きつけ、部長を残して大急ぎで職場に戻った。

お昼休み終わってすぐが、私の順番だった。

「落ち着け……。
落ち着いてやれば、大丈夫なはずだから……」

一次審査を通ってから富士野部長の指導の下、資格試験と並行して資料作りや練習をした。
あんなにしごかれ……もとい。
熱心に指導してくれたんだ、絶対に大丈夫。
それにあのキスで怒りマックスになったおかげか、緊張は解けていた。

「はぁーっ」

一度深呼吸し、ドアを開ける。

「失礼します!」

中に入ると同時に集まった視線で一瞬怯みそうになったが、落ち着いて所定の位置に立つ。
目のあった富士野部長が小さく頷き、私も頷き返す。

「紀藤明日美です。
よろしくお願いします」

こうして、私の試練が始まった。

今日のプレゼンはおもだった部署の課長と部長が出席している。
ほぼ、商品採用試験といってもいい。

「……ご当地の食材を使うことによって、付加価値が生まれます。
さらにマスコットキャラにご当地コスプレをさせることで、コレクション性が生まれ……」

プレゼンは終盤に入っていた。
ここまでは部長のおかげか、上手くいっている。

……よし、あとは綺麗にまとめるだけ。
なんて気が緩んだ瞬間。

「コレクション性ってさー、こんなものを集める人がいるの?」

生野課長から質問の声が上がる。
同時に、年配の方々が同意だと頷いた。

「こちらのデータにもありますとおり、限定品への関心は高く……」

「あれでしょ?
転売ヤーとかいうのが買い占めて、価格をつり上げるんでしょ?
それも問題だし、そもそも話題になるの、こんなの?」

はぁっと短く、呆れるようにため息をつき、ぺしぺしと資料を叩きながらちらりと課長が富士野部長を一瞥する。

「それにつきましては……」

「だいたい、パッケージ頼みなんてねぇ。
中身で勝負しないと、中身で」

私の意見を聞く気がないのか、かぶせるように課長が遮ってくる。
さらに、彼の嘲笑に追従して他の方々からも笑われ、カッと頬に熱が走った。
硬く唇を噛みしめ、俯く。
このまま逃げだしてしまいたくなったが、踏ん張った。
あんなに頑張ってきたじゃないか。
ここで逃げたら全部が無駄になる。

それに生野課長はきっと最初から、富士野部長に嫌がらせをするのが目的だ。
同じ部内だから、このところずっと私が、この件で部長に相談しているのは知っているはずだ。
だからこそ、こうやって私の案を卑下し、間接的に部長へ嫌がらせをし、いつも抱えている不満を溜飲を下げている。
そんな最低な人間には……絶対に、負けない。

「パッケージは付加価値にすぎません。
それにクリームソーダ自体は一定の人気があるので、我が社でも定番商品です」

真っ直ぐに課長の目を見据えて反論する。
私が泣くとでも思っていたのか、彼は不快そうに顔を歪めた。

「定番商品でもうあるのなら、さらに作る必要などないんじゃないか」

「大ありです!」

私の大きな声で、課長は目が覚めたかのように大きく目を開いた。

「クリームソーダといってもメロンソーダのみ、しかもクリーム感が薄くて詐欺なんじゃないかと以前から思っていました」

「詐欺……」

その場にいるほとんどの人間が微妙な顔になる。
富士野部長だけは笑うのを我慢しているようで、肩が震えていたが。

「それを、チェリーやブルーベリー、さらにはお茶とラインナップを広げます。
さらに開発部に確認したところ、クリーム感アップも可能とのこと」

私のマシンガントークを皆、呆気にとられて聞いている。
たったひとりを除いて。

「だったら……」

「なら、リニューアルじゃないのかと仰るかもしれませんが」

それでもまだ阻止しようとする生野課長にかまわず、語り続けた。

「これはもう、まったくの別物! です!」

力強く言い切り、ダメ押しで部長を真似て自信満々に笑う。

「以上で終わらせていただきます」

そのまま頭を下げた。
途端に、高揚していた気分が落ち着いていく。
あんな、一方的に話して大丈夫だっただろうか。
反応が怖くて頭を上げられない。

「最後に質問、よろしいですか」

「はい」

頭を上げると、商品部の部長と目があった。
彼はこの中では年長者で、誰からも一目置かれている。

「あなたはこの商品をどんな商品にしたいですか」

目尻を下げ、じっと私を見つめる目もとは優しげだが、私を試していた。
緊張してじっとりと脇に汗を掻く。
きっとこの答えが、この商品の行く末を決める。
ごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと口を開いた。

「陳腐な言葉かもしれませんが、誰をも笑顔にする商品にしたいです。
この商品を中心に話が広がり、飲んで笑顔になるような商品。
そんな商品になればいいと願っています」

自分の持てる言葉で、精一杯気持ちを尽くす。
でも頭の中は本当にこれで正解だろうかと不安がぐるぐると渦巻いていた。
それでもそれは、絶対に顔に出さない。

「ありがとうございます。
今日はもうけっこうですよ、お疲れ様でした」

「こちらこそ、ありがとうございました!」

勢いよく頭を下げ、部屋を出る。
ドアを閉めた途端、腰が抜けたかのようにその場に座り込んだ。

「やりきった……」

はぁーっと安堵の息が抜けていく。
全力は出し切った、あとは野となれ山となれ、だ。

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