ジャンルごちゃ混ぜ小説詰め合わせ 3
魔法陣は良縁を呼ぶ? 1
わたしは必死になって逃げ回っていた。それはもう、まるで不運にも闘牛から狙われて逃げている観客みたいな必死さで。
そもそも誰から逃げているかって? わたしと結婚したいとせまってくる知人男性からだ。
「あなたが好きだ、アビーさん! 結婚してくれ!」
「いやー! 誰か助けてー!」
家の中にわたしの悲鳴がこだました。
約一時間前。
家の地下室を大掃除中だったわたしは、ホコリを被った木製の棚を退かした時に、床に描かれた魔法陣を発見した。
古代の言語で書かれたそれは、現代の魔法陣とは全く違っていた。学校の授業で習った最低限の魔法の知識しかないわたしだけど、それくらいはわかる。
「これ、誰が何のために……」
字はところどころ掠れていて、書かれてから数十年は経過しているように感じた。
でも、わたしにわかるのはそこまでだ。何の魔法を発動させるためのものかなんてちっともわからない。
「危ないから触らないでおこうっと」
そうつぶやいたのもつかの間、わたしは棚を退かしながらついうっかり身体をふらつかせてしまったのだ。
「きゃあっ!」
慌てて床に片手をついて尻もちをつかないようにした。片手が触れた場所には、さっき見つけたばかりの魔法陣があって――
手が触れた瞬間、辺りがまぶしいくらい桃色の光に包まれた。顔を腕で覆いながら強く目をつぶる。頭の中では、この光が魔法陣からあふれ出しているのだと冷静に理解していた。
――まずい、どうしよう。何が起こるの!?
そう考えたのは杞憂だったようで、派手な光はおとなしく消失してしまい何も起こらなかった。ホッと胸を撫で下ろす。
途端に緊張と疲労がどっと押し寄せてきて、とりあえず休憩したくなった。
うんと甘くしたコーヒーと、甘さ控えめのシフォンケーキが食べたい!
そう思ったら口の中に唾液があふれてきてしまった。じゅる……なんて下品な音は立てずに済んだけれど、急いで唾液を飲み込んだ。
私は地下室から一階に上がるべく、頑丈な石で出来た狭くて薄暗い階段に右足を置いた。
ちなみに今さらだけど……なんでわたしが地下室の掃除をしていたのかと言うと、機嫌の悪いお義母様から命じられたからだ。
父が再婚して新たに出来た母であるカーリー様は、ちょっとヒステリックな女性で、時々癇癪を起こしてしまう。彼女のヒステリーが発動したあとは、感情のままに女中やわたしに当たり散らすのが常だ。父や義兄はターゲットにされない。
……女中やわたしを見下しているからそうなっているのだろう。そう思うと気分が悪くなるけど、この世の中、貴族の娘が結婚以外の方法で家を出るのは難しい。
いっそのこと、修道院に入って修道女になった方が幸せなのかも。
コツコツと靴の踵と石階段がぶつかる音を聞きながら、わたしはため息を吐き出した。
地下から一階の床に上がり、階段の入り口についている上げ橋のようなふたを静かに閉める。パンパンと音を立てながら髪や服に付いたほこりを払っていると、誰かの足音が聞こえてきた。
ゴッ、ゴッ、ゴッ。その重たい音からして、ブーツを履いた男性が歩いてくる音に違いない。
「お義兄様かしら?」
そう呑気に構えながら服のしわや襟元を整えていると、建物の角を曲がってきたのはお義兄様ではなかった。
茶色の短髪、グリーンの瞳。精悍な顔立ちに熊のようにたくましい体躯。たしかこの方は――
「ごきげんよう、アビーさん。今、お時間はよろしいでしょうか?」
あっ、そうだ。お義兄様のご友人で伯爵家の次男であり軍人でもあるコンスタント様だわ。
無事にお名前を思い出すことができてホッとしながら、わたしはカーテシーの所作をして口を開いた。
そもそも誰から逃げているかって? わたしと結婚したいとせまってくる知人男性からだ。
「あなたが好きだ、アビーさん! 結婚してくれ!」
「いやー! 誰か助けてー!」
家の中にわたしの悲鳴がこだました。
約一時間前。
家の地下室を大掃除中だったわたしは、ホコリを被った木製の棚を退かした時に、床に描かれた魔法陣を発見した。
古代の言語で書かれたそれは、現代の魔法陣とは全く違っていた。学校の授業で習った最低限の魔法の知識しかないわたしだけど、それくらいはわかる。
「これ、誰が何のために……」
字はところどころ掠れていて、書かれてから数十年は経過しているように感じた。
でも、わたしにわかるのはそこまでだ。何の魔法を発動させるためのものかなんてちっともわからない。
「危ないから触らないでおこうっと」
そうつぶやいたのもつかの間、わたしは棚を退かしながらついうっかり身体をふらつかせてしまったのだ。
「きゃあっ!」
慌てて床に片手をついて尻もちをつかないようにした。片手が触れた場所には、さっき見つけたばかりの魔法陣があって――
手が触れた瞬間、辺りがまぶしいくらい桃色の光に包まれた。顔を腕で覆いながら強く目をつぶる。頭の中では、この光が魔法陣からあふれ出しているのだと冷静に理解していた。
――まずい、どうしよう。何が起こるの!?
そう考えたのは杞憂だったようで、派手な光はおとなしく消失してしまい何も起こらなかった。ホッと胸を撫で下ろす。
途端に緊張と疲労がどっと押し寄せてきて、とりあえず休憩したくなった。
うんと甘くしたコーヒーと、甘さ控えめのシフォンケーキが食べたい!
そう思ったら口の中に唾液があふれてきてしまった。じゅる……なんて下品な音は立てずに済んだけれど、急いで唾液を飲み込んだ。
私は地下室から一階に上がるべく、頑丈な石で出来た狭くて薄暗い階段に右足を置いた。
ちなみに今さらだけど……なんでわたしが地下室の掃除をしていたのかと言うと、機嫌の悪いお義母様から命じられたからだ。
父が再婚して新たに出来た母であるカーリー様は、ちょっとヒステリックな女性で、時々癇癪を起こしてしまう。彼女のヒステリーが発動したあとは、感情のままに女中やわたしに当たり散らすのが常だ。父や義兄はターゲットにされない。
……女中やわたしを見下しているからそうなっているのだろう。そう思うと気分が悪くなるけど、この世の中、貴族の娘が結婚以外の方法で家を出るのは難しい。
いっそのこと、修道院に入って修道女になった方が幸せなのかも。
コツコツと靴の踵と石階段がぶつかる音を聞きながら、わたしはため息を吐き出した。
地下から一階の床に上がり、階段の入り口についている上げ橋のようなふたを静かに閉める。パンパンと音を立てながら髪や服に付いたほこりを払っていると、誰かの足音が聞こえてきた。
ゴッ、ゴッ、ゴッ。その重たい音からして、ブーツを履いた男性が歩いてくる音に違いない。
「お義兄様かしら?」
そう呑気に構えながら服のしわや襟元を整えていると、建物の角を曲がってきたのはお義兄様ではなかった。
茶色の短髪、グリーンの瞳。精悍な顔立ちに熊のようにたくましい体躯。たしかこの方は――
「ごきげんよう、アビーさん。今、お時間はよろしいでしょうか?」
あっ、そうだ。お義兄様のご友人で伯爵家の次男であり軍人でもあるコンスタント様だわ。
無事にお名前を思い出すことができてホッとしながら、わたしはカーテシーの所作をして口を開いた。
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